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『イル・トロヴァトーレ』@リエージュは、イタリア・オペラ節炸裂!

リエージュでオペラ実演を観賞するのはなんと、二年ぶりである。二年前の夏から歌劇場の
改修工事が始まったので、それ以来、公演は別の会場で行われている。
二年前、最後に観賞したのは、ホセ・クーラ主演の『サムソンとデリラ』で、会場はなんと
近隣の山村にある大きなバスケット・ボール専用体育館だった。オペラを観たという気が全く
しなかったし、音響うんぬん以前の最悪の環境だった。クーラは、よくまあ出演を承諾した
ものだ、と思う。
その後の公演は、リエージュの町外れの空き地に建てられたサーカス・テントのような仮設
ホールで行われている。音響に不安を感じ、そこには一度も足を踏み入れていなかった。
その代わり、ネットでのオンライン・ライブ配信を視聴したり、オランダに引越し公演をしに
来たりしたのは実演を観賞していた。

今回、『イル・トロヴァトーレ』を観に行ってみようという気になったのは、ヨーロッパでのオペ
ラ鑑賞は初めてという人が同行するので、主演歌手もよさそうだし演目としてもわかりやすいし、
美しいメロディーばかりのこの作品なら、と思ったからだ。わたしは、格別ヴェルディのオペラ
に萌えるタチではない。

c0188818_18492745.jpg2011年9月20日@リエージュ
Direction musicale: Paolo Arrivabeni
Mise en scène: Stefano Vizioli
Décors et costumes: Alessandro Ciammarughi*
Lumières: Franco Marri
Nouvelle coproduction: Opéra Royal de Wallonie &
Teatro Lirico Giuseppe Verdi de Trieste

Orchestre et Choeurs: Opéra Royal de Wallonie &
Choeur d'Opéra de Namur
Chef des Choeurs: Marcel Seminara

Manrico: Fabio Armiliato
Leonora: Daniela Dessi
Il Conte di Luna: Giovanni Meoni
Azucena: Ann McMahon Quintero*
Ferrando: Luciano Montanaro
Inès: Ninon Dann
Ruiz: Xavier Petithan
Un vieux gitan: Edwin Radermacher
Un messager: Raffaelle Lancellotti

まず一番の心配は、会場の音響だった。外から見るといかにもビニールで出来たような仮設
テントである。
とっつきのテントに入場すると、そこがフォアイエで、いいにおいが立ち込めている。
中央に飲み物のバーがあり、ケータリングもあるので軽食を取る人が大勢テーブルについている。
熱気がこもる。狭いが、トイレも完備されている。
天井からはプリーツを寄せた布やシャンデリアが下がり、壁面には過去のプロダクションの写真が
大きく飾られている。パリ・コレのショーなどで使用されるような大掛かりで立派なテントなので、
内装をちょっと豪華にすればまあまあの雰囲気だ。

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            テント内のフォアイエのデコレーション。
            黒と赤が基調で、シャンデリアも沢山。

演奏会場に入ると、どでかいテントで天井が高い。壁面は板で補強してあるので反響はある。
平土間と、その後方に段差をつけて傾斜を出した雛壇のような座席が設置されている。
私達の座席は一列目のほぼ真ん中だ。オケはピットではなく平土間と同じ高さに座っているので、
指揮者が少々邪魔になる位置であるが、舞台は間近でよく見える。字幕(仏・蘭・独が上下3列)
も読める。

音楽が始まると、メロディアスで威勢のよいヴェルディ節が炸裂して、思わず笑みがもれる。
これだ、これでなくては、いけない。
オーケストラはリエージュのワロン歌劇場専属だが、指揮者はイタリア人。主要歌手もイタリア人だ。
普段とは打って変わったように、恥じも外聞もかなぐり捨ててダイナミックで、甘さも誇張した演奏
だ。音楽で聴衆を酔わせるのが目的なのだから。
音響は、意外にも悪くない。特に最前列で聴いたせいか、オケの音も歌手の声も直接届くから、
問題なかった。

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         ファビオ・アルミリアートのマンリーコと
         ダニエラ・デッシーのレオノーラ

期待していたのは、主役二人。先シーズンからリエージュ常連のようになったこの二人のナマの
声を聴きたいと思っていた。耳を慣らすため(?)にその日の昼間は、この二人が主演する
『アイーダ』をTVで観ていた。リセウの豪華舞台セットのプロダクションだ。アルミリアートの
高音が美しく伸びていた。期待は高まった。

しかし、その晩の実演では、彼は不調だった。高音域に近づくのが怖いみたいな、おどおどした
発声で張りも伸びもない。もともと線が細い声なので、さほど魅力を感じさせない中音域よりも
高音に期待したのだが、声は割れるは、びくびくしたように歌うから音程も微妙で、ハイCなど
望むべくもない。しかも音量はくぐもって矮小化している。演技もなんだか、自信がなさそうで、
主役なのにまことに冴えない出来であった。

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彼以外の歌手は、なかなかよかった。

まず、近くで見る舞台上のダニエラ・デッシーの可憐ともいえる顔立ちにびっくり。ステージ・メイク
のせいか、肌のたるみなどの年を感じさせるものが見えない。顔の線がすっきりしている。夏の間
にフェイス・リフトでもしたのか。それともダイエットの成果か。

彼女の声は、ミレッラ・フレーニに似ていて好きなタイプである。嫌味や無理がなくて、イタリア・
オペラを歌うのに最適な正統的ソプラノ・リリコだと思う。歌唱は堂々と安定している。運命に弄ば
れる悲劇のヒロインの心情を切々と歌い、ほろりとさせるのが上手い。それでいて、声量もしっかり
あるのだ。見直した。この調子で、若手と張り合って末永く歌い続けてもらいたいものである。

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          アズチェーナ、フェランドとルーナ伯爵

アズチェーナ役のマクマホン・クインテーロだけ、主要出演歌手の中でイタリア人ではない。
体格・声量・表情が大きく派手で、いかにもジプシーらしい歌唱も演技も大迫力だ。ヴェルディ
向きの歌手である。
アズチェーナは、荒唐無稽なストーリーの鍵を握る重要人物だ。それを意識した演技と歌唱で、
カーテン・コールでは一番大喝采を貰っていた。

ルーナ伯爵役のメオーニは、それほど印象に残らなかった。これは役のせいかもしれない。以前
聴いた『椿姫』でのパパ・ジェルモン役は説得力があった。それとも、主役のアルミリアートに合
わせて少々、声量を落としていたのかもしれない。

フェランド役は、なかなかに押しが強くて、主要登場人物のアンサンブルをきりりとまとめて締めた。
それから、男声合唱もヴェルディのオペラらしく、いい雰囲気を盛り上げた。

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              鍛冶屋の合唱シーン

演出は、取り立てて言うべき内容はない。アクロバット的な殺陣が目に付く程度で、小難しい
演技や振りが主要登場人物についているわけではない。読み替えなど全くないし、ヴェルディの
オペラにふさわしくわかりやすいものだ。とにかく、音楽が重要で、歌手が中心なのだから。

久方ぶりに、歌を聞かせることに的を絞った正統的なイタリア・オペラ実演を観賞した。
観て聴いて、心も耳もスカッとする。頭で考えずに体感で満足できる。
たまには、こういうのもいい。

         
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by didoregina | 2011-09-24 13:23 | オペラ実演 | Comments(8)

『イフィゲニア2部作』@DNOの出演歌手達

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2011年9月18日@アムステルダム歌劇場
Iphigénie en Aulide    Iphigénie en Tauride
Christoph Willibald Gluck (1714 - 1787)

muzikale leiding  Marc Minkowski
regie  Pierre Audi
decor  Michael Simon
kostuums  Anna Eiermann
licht  Jean Kalman
dramaturgie  Klaus Bertisch

Diane  Salome Haller
Agamemnon  Nicolas Testé
Clytemnestre  Anne Sofie von Otter
Iphigénie   Véronique Gens
Achille  Frédéric Antoun
Patrocle  Martijn Cornet
Calchas  Christian Helmer
Arcas  Laurent Alvaro


Iphigénie  Mireille Delunsch
Thoas  Laurent Alvaro
Oreste  Jean-François Lapointe
Pylade  Yann Beuron
Première prêtresse  Simone Riksman
Deuxième prêtresse  Rosanne van Sandwijk
Diane  Salome Haller
Un Scythe  Peter Arink
Le ministre  Harry Teeuwen
Prêtresses  Gonnie van Heugten, Madieke Marjon
 Maartje Rammeloo, Floor van der Sluis

orkest   Les Musiciens du Louvre.Grenoble
koor  Koor van De Nederlandse Opera
instudering  Martin Wright

モネ劇場との共同プロダクションなので、演出に関する感想は今回は省く。2年前のブリュッセル
での観賞記(『アウリスのイフィゲニア』および『タウリスのイフィゲニア』)を参照願いたい。

今回の公演では、特に女性歌手達に注目した。すなわち、アウリスのイフィゲニア役のヴェロニク・
ジャンス、その母クリュタイムネストラ役のアンヌ・ソフィー・フォン・オッター、タウリスのイフィゲニア
役のミレイユ・ドルンシュである。

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        アウリスのイフィゲニア、その母とアキレス

第一部での主役ジャンスは、ブリュッセルでも同役だった。古楽系で清々しく端整な歌声が、受身の
生き方で従順な役にぴったりとはまっていた。感情を押し殺し自己主張というものを禁じられたかの
ようなイフィゲニアには適役だ。ジャンスは、フランス人女性にしてはけっこう大柄な体型とは裏腹に、
顔立ちも声もどちらかというと地味だし声量もさほどないので、CDや映像ではイマイチその魅力が
伝わらない。ナマで聴いてみて初めて、しみじみとしたよさがわかるという、ちょっと損なタイプである。

モネ劇場の公演では、彼女の正統的古楽っぽい歌い方と、相手役アキレスの朗々とした明るい声が
どうもマッチしていなかった。今回のアキレスは、鼻にかかった甘めの声だし張り上げたりしない歌い
方なので、声量的にもアンサンブル的にも均整が取れていた。

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         アルカス、クリュタイムネストラ、イフィゲニア

しかし、アンサンブルの影の功労者は、母親役のアンヌ・ソフィー・フォン・オッターだ。
堂々とふくよかで芯のある歌声に、娘の行く末を案じる母親らしさが込められていて、しかも歌唱が
自己主張しすぎない。長身で立ち姿が美しく華がある歌手なのに、しっかりと脇役に徹している。
好感度抜群。それでいて、彼女が登場すると舞台が引き締まるのは、さすがだ。クールなディー
ヴァの面目躍如。

アガメムノンは、全く印象に残らなかった。専制君主的家長の威厳さを感じさせるわけでもなく、
ちょっと影が薄すぎた。
それに対して、金粉を塗ったスキンヘッドに筋肉のしっかりした上半身を裸身で誇示したアルカス役
のアルヴァーロが、押し出しの強さと不気味さで文字通り光っていた。

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           トアス王とタウリスのイフィゲニア

第二部の主役は、ドランシュだ。最近、かなり太り気味のような気がする。それともおめでたなのか。
離れ島で巫女として10年を過ごしたにしては、肉付きがよすぎるイフィゲニアなのでは、と突っ込み
を入れたくなるほど、他のほっそりとした少女のような巫女たちに混じると、どす~んとした下半身の
重さが目立った。
声は、重量に比例して力強い。ドラマチックで威勢のよい第二部の音楽には合っているが、どうも
役のイメージに対して重すぎる声に思えた。まろやかで持ち味自体は悪くないし、声そのものは嫌い
ではないのだが、歌唱にメリハリやニュアンスが足りないような気がして、イフィゲニア役としては
モネでのナジャ・ミヒャエルに軍配を上げたい。(ヴィジュアル的にも)

ジャンスの声量は、ドランシュには比ぶべくもない。二人が同時に舞台に立たなかったのは幸いだ。

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            オレスト、ピラデ、イフィゲニア

男性歌手は、オレスト役もピラデ役も、似たり寄ったりで個性にも魅力に乏しかった。この二人の
友情の絡みが第二部では重要なのに。
それに対して、第一部での不気味さで印象付けたアルヴァーロのトアス王が圧倒的迫力の歌唱で、
イフィゲニアとの掛け合いは丁々発止でスリリング。

プロダクションは同じでも歌手が変わると、かなり全体の印象が異なるものだ、と思った。

ブリュッセル公演ではモネ劇場専属オケだったのに対して、今回の器楽演奏担当は古楽オケのレ・
ミュジシャン・ド・ルーブル・グルノーブルだ。舞台上のコーラス席から、同じく舞台上で指揮する
ミンコさんの姿をほぼ正面から見ることが出来たのが楽しかった。

第一部の音楽はわりと淡々と進み、典雅な古典派らしさを保った形態なので、丁寧だが感情表現は
抑え気味の演奏だったのが、第二部になるとうってかわって、弾けたように奔放になった。作曲作法
自体が、新時代に入ったかのように全く変わったからだが、その変化が劇的で耳に判りやすい。
明暗がより一層くっきりと浮き彫りになった。
オケの音のほうが、歌手の声よりも直接届く位置だったからかもしれない。


終演後に女性歌手3人のサイン会があることを、前日に知った。美女達とのツーショットのチャンスで
ある。どんなに遅くなろうともサインをもらおう、と心に決めた。

舞台衣装から私服に着替えて、ヘア・メークもばっちり直した美女3人がデスクに並んで座った。
右端がジャンスでサインの列はそこから始まる。
こういう場合、それぞれの歌手に対して、なんと声をかけるべきか悩む。いずれも魅力的な歌手で
あるが、特に誰かの熱烈なファンというわけでもない。ジャンスには「このオペラは2回目の観賞です。
あなたの歌声がとても好きだし、よい舞台でした。」と、なんだかあたりさわりのないことを言ってみた。

真ん中にフォン・オッターが座っていた。彼女のCDは自宅に色々あるのだが、CDを作曲家別の
アルファベット順に並べてあるのが災いして、当日の朝急いでいたので、彼女のCDだけ見つからず
持って来れなかった。それで、「あなたのCDは沢山持ってるんですが、どれにしたらいいのか
悩んでしまって、失礼ですがパンフレットにサインお願いします」と、理由にならない言い訳をした。
すると、フォン・オッターは私の持っていた別のCDに目を留めて、手を伸ばしてきた。「これは、
ドランシュさんのCDなんです」と言うと、どれどれと眼鏡をかけてジャケット写真や曲目をじっくりと
見る。このジャケットのドランシュは金髪ショートで写真も小さいので、ちょっとフォン・オッターに似て
見える。フォン・オッターはドランシュのCDをなかなか返してくれないので「フランスの作曲家の曲を
集めたCDなんですよね」と言うと、「ふむ、なかなかよさそうじゃない」と鷹揚に言い放ち、姐御
の貫禄十分のフォン・オッターであった。

最後はドランシュだったが、フォン・オッターとのやり取りが長引いたので、彼女を待たすことになって
しまった。舞台の印象とは異なり、座ると小顔なのでほっそり美人に見える。ジャケットではなく、
CD本体にしてもらったサインは丸っぽくかわいくて、最後に加えたミレイユという字がよく読める。

サイン会のお礼として、劇場側から歌手3人に、劇場近くの有名チョコレート屋プッチーニの小箱が
プレゼントされた。
ドランシュに話しかける言葉が見つからなかったので、「このチョコ食べたことないんですよ」などと
言ってみた。オランダ人歌手だったら多分「あらそうなの、美味しいのよ」とか「私も初めてだわ。
あなたも食べてみる?」などと言う筈だ。ところが、彼女からは何の反応もなかった。とりなすように
劇場の人がチョコの説明を始めた。ドランシュは、ダイエット中なのに余計なものを、と思ったのかも
しれない。

普段使うデジカメは、マヨルカ島に出かけた主人が持って行ったので、長男のデジタル一眼カメラを
借りて来た。舞台裏写真は撮れたが、フォアイエは大きなガラス窓から差し込む日の光が明るすぎ、
手動でどうやっても絞りが効かずに、真っ白の写真ばかりになってしまった。
ツーショットも撮ってもらったのに、お宝写真は出来なかった。

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         サイン会での、(多分)フォン・オッター
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by didoregina | 2011-09-21 22:44 | オペラ実演 | Comments(6)

グルックの『タウリスのイフィゲニア』と『アウリスのイフィゲニア』を舞台裏側から

デ・ネーデルランド・オペラ(DNO)の『イフィゲニア2部作』を舞台上のコーラス席から鑑賞
した。コンセルトヘボウのコーラス席ならいざ知らず、歌劇場の舞台上に造られた客席に観客と
して座って裏側からオペラ鑑賞、という機会はめったにない。

DNOからのメルマガでそういうお知らせが来たので、即電話でチケット・ゲットした。
チケットはすぐに郵送されてきた。別便で集合場所や時間についての注意事項の手紙も来た。
(時間が間違っていたので、訂正メールもその後届いた。)
だから、実演体験を首を長くして待っていた。

13時30分開演の日曜マチネなので、13時15分に入り口付近のミィーテイング・ポイントに
集合。時間厳守。その前にコートなどはクロークに預けること。字幕が見えない位置なので、
簡単なプログラム・ブックの交換券もチケット代25ユーロに込みだ。

当日、集合場所には、老若男女が50~60人ほど集まった。老年の夫婦連れが大半なのは
普段の客席と同じだが、なぜか比較的若い男同士の二人組みが多いように思えた。

一行は、若い男性のアッシャー2人に従って、クロークのある一階の奥の方にぞろぞろと歩いて
行った。オフィス・ドアを抜けると、出演者および関係者専用のカンティーンだ。ロッテルダムの
コンサート・ホール『デ・ドゥルン』でも入ったことがあるが、カフェテリア形式の学食や社員食堂
の雰囲気で、料金はめちゃ安。

その先が楽屋で、そこから階段を上がると文字通り舞台裏に出る。暗い。足元には照明があるが、
迷わないように前の人に遅れずに付いて行く。オケ・メンバーも同じ通路を通って同じ舞台上に登る
ので、楽器を持った人たちも混じって歩いている。

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       舞台上の特設コーラス席からの眺め。正面が一般客席。
       普段のオケ・ピット上に格闘技リングほどの大きさのステージが
       造られ、オケは舞台上に登っている。

コーラス席は、注意書きから想像していたよりも座り心地がいい。半円状で傾斜が急な段5層に
席が作られていて、座面と背に造りつけのクッションがある。足元もゆったりスペースだし、前の
人も全く邪魔にならない。特設とはいえ、軋む音もしないし、しっかりした造りになっている。

こうしてステージ奥からステージおよび客席を眺めると、全体のフォルムがこの歌劇場にぴったり
と収まっていることがよくわかる。アムステルダムの歌劇場の客席は、ゆるい弧を描いた半円状に
配置されている。今回は、オケピットとステージの位置を逆転させ、舞台上にやはり半円のコーラ
ス席が設置されたので、歌劇場内部全体の造形は、ギリシャの古代劇場そっくりになった。舞台
面積のやたらと広い(自称世界で2番目に大きいという)アムステルダム歌劇場ならではの壮観さ
だ。モネ劇場では、さすがにこの効果は得られなかった。

私は、舞台下手側のコーラス席に座った。オケの位置はやはり半円状に設置されている。
今回の指揮者ミンコフスキーは、舞台および一般客席に背を向けず、下手に顔を向けて中央に
立っている。
指揮者の左側が舞台で、右側および後側にオケが陣取る形だ。歌手の後方舞台に指揮者が
立っているわけだから、一般客席に向かう歌手からは指揮姿は見えない。だから指揮者を映す
モニターが元々のオケ・ピットや客席など計10箇所くらいに設置してあった。

舞台上コーラス席の真ん中に、合唱団員が座っている。それに混じる形で、私達が座っているの
だった。注意書きに、舞台上ではおしゃべり厳禁、あまり身動きするな、とあった。でも、一般
客席からコーラス席ははたしてよく見えるんだろうか、と疑問が湧いた。こちらからは鏡映しのように
なっている一般客席は、上演中は暗いからそれほどよく見えない。逆もまた同様ではないだろうか。

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        オケと指揮者が下方目の前によく見える位置。

オケの音は当然ながらよく響いてくる。指揮者もほぼ正面でよく見える位置である。
歌手が乗った舞台は、というと、距離的に近いので、声も心配したほど聴きづらくはない。
古楽アンサンブルによる演奏なので器楽の音がそれほど大きくないから、大編成のモダン・オケが
ピットに入ったとき(R.シュトラウスなど)よりもずっと歌手の声はよく聴こえてくるほどだ。
それに、演技があるから様々な位置と向きで歌うので、後ろ姿ばかり見てる、という気にはさほど
ならなかった。

ただ、ミンコさんは、位置的にちょっと全体像がつかみにくくて、指揮しづらいのではないか、とは
思えた。左目でちらちら舞台の歌手を見ながらの指揮になるし、オケ・メンバーの3分の1は指揮者
の後側という変則的な配置なのだ。

こういう舞台演出を考えたオーディは、休憩中にカンティーンを通ったら、コーヒーとスナック菓子を
買っていた。このプロダクションの演出担当のみならず、DNOの芸術監督という高位の人なのに
自分でお金を出して普通に社員食堂でコーヒーを買っている姿は、私達の親愛の情を誘った。

2つのオペラを一挙に上演となると、40分ほどの休憩をはさんで全部で5時間近くの長丁場である。
演奏家達や舞台裏で実際に働いている人たちは大変だ。
座っているだけでいいのに、第二部が始まるときには、コーラス席の観客の数は少し減っていた。
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by didoregina | 2011-09-19 21:28 | オペラ実演 | Comments(7)

『メデア』@モネ  現代の魔女は繊細な心の持ち主?

2011年シーズン最初の演目『メデア』は、2008年のモネのプロダクションの再演だ。
オリジナルのフランス語版なので、登場人物名はフランス風の名前になっている。そして、
レチタティーヴォの代わりに、登場人物は現代フランス語の台詞をしゃべる。そこに、まず
少々違和感を覚えた。

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         メデアは、エイミー・ワインハウスそっくりのヘア・メイクに
         ドレス、そして刺青で登場。ナジャ・ミヒャエルは細身で華奢な
         体型なので、脆さと繊細さもワインハウスさながら。

Médée  Luigi Cherubini  2011年9月11日@モネ劇場
Opéra en trois actes, version originale française
Livret de François-Benoît Hoffman adapté par Krzysztof Warlikowski &
Christian Longchamp

Muzikale leiding  Christophe Rousset
Regie  Krzysztof Warlikowski
Decors & kostuums   Malgorzata Szczesniak
Belichting   Felice Ross
Dramaturgie  Christian Longchamp
Miron Hakenbeck
Video  Denis Guéguin
Choreografie  Saar Magal
Koorleiding  Stephen Betteridge

Médée  Nadja Michael
Jason  Kurt Streit
Néris  Christianne Stotijn
Créon  Vincent Le Texier
Dircé   Hendrickje Van Kerckhove
Première servante   Gaëlle Arquez
Deuxième servante   Anne-Fleur Inizian
Orkest  Les Talens Lyriques
Koor Koor van de Munt

開幕前や休憩中の舞台スクリーンには、50年代のホームヴィデオ風の映像(結婚式など)が
映し出され、60年代ポップスやシャンソンが流れている。
結婚式に参列するかのように正装した男の子二人が立っている。どうやら、メデアとイアソンの
息子たちらしい。

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        イアソンの新しい花嫁となるディルセ(グラウチェ)とその父
        クレオンとドレッド・ヘアのイアソン(ジャゾーネ)

第一幕冒頭では、まず、ディルセの恐れ慄きが主要テーマだ。女官たちから慰められたり、
父王から諌められたりするが、メデアの恨みを買うことは必至なので、イアソンとの結婚に乗り気
になれない王女である。
小鳥のようにはかなげで、国策のための政略結婚に従わなければならないディルセの心情が
叙情的なメロディーのバロック・フルート・ソロに込められている。結婚への迷いと希望とがないまぜ
で、魔女メデアがどんな手段に訴えてくるのだろうのか、という不安が心に暗い影を落としている。

イアソンからの贈り物も、乙女心がわかっていないようなヘンなものだから、心が満たされない。
ここでは、ダイヤを付けた髑髏で、まるでダミアン・ハーストの作品を思わせて愉快だった。
本物だったら相当の価値がある贈り物だが、贈られてもあまりうれしくないものである。

ディルセ役は、ベルギー期待のかわいらしいソプラノ、ヘンドリッキュ・ファン・ケルクホーヴだ。
小顔で細身の体型もリリコの声も、サリー・マシューズによく似ているから、『ばらの騎士』の
ゾフィー役なんかもぴったりだろう。見た目もさわやかでいい感じ。今シーズンはDNOの新作
オペラで素顔のマリリン・モンロー(ノーマ・ジーン)役を歌う。


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           皆から疎まれて追放の憂き目にあい、
           花嫁・花婿の人形に呪いを込めるメデア。
      

そういう愁嘆場にメデアが登場。酒瓶を持って足元が覚束ないそのいでたちは、エイミー・ワイン
ハウスそっくりであるが、このコスプレは3年前のプロダクションでも同様だった。ただ、つい先ごろ
ワインハウスが亡くなったばかりだから、その姿にどうもアクチュアルなリアリティーがある。
外見やドスの聴いた声と歌詞の内容とは裏腹に、ワインハウスもメデアも、心の奥に脆い部分を
秘めた繊細な女性だ。
ナジャ・ミヒャエルの声はこの役にどんぴしゃだし、最初からダイナミックにドラマチックで迫力満点。
かなりマリア・カラスを意識しているのではと思える歌唱。堂々たる悲劇のヒロイン魔女ぶりである。


フランス語の台詞がレチタティーヴォではなくしゃべりなので、音響増幅のため、主要登場人物は
皆、マイクロフォンを付けている。だから、台詞はよく聴こえるが、歌や演奏部分と比べて突出して
しまって不自然である。(古楽アンサンブルのレ・タラン・リリックによる演奏なのだが、古楽器の
音響補足のためにも、あちこちにマイクロフォンが立っている。だから、ヴァイオリン・ソロや太鼓
などがよく響きすぎて、これも少々不自然だった。)


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          メデアをなじりつつ同情心も見せるクレオンと
          しゅんとしてしおらしいそぶりのメデア。


イアソンというのは、男としての甲斐性がなくてかなり情けないタイプである。マッチョに振舞っても
結局、メデアのおかげで成功してのし上っただけで、実力が伴わない。メデアとディルセ双方の
女性の気持ちが全く理解できないのも、困ったものだ。現代にも多々見かけるし、よくある男の
典型かもしれない。そのイアソン役のクルト・シュトレイトは、ドレッド・ヘアもチンピラっぽい服装も
よく似合っていたし、空威張りでエゴイストのイアソンのイメージにぴったりの声と歌唱だ。


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           侍女ネリスに泣きつくメデア

メデアの策略を知らないネリスは、泣き落とされて心ならずもメデアの悪事に加担してしまう。
花嫁に毒を塗ったガウンを贈る役目だ。
ネリス役は大柄なメゾ。誰だろうと思ったら、クリスティアンネ・ストテインだった。この人には、
やっぱり、侍女とか乳母とか地味な役が似合うと思う。声にイマイチ、主役を張るだけの張りがなく、
オーラもないからだ。名脇役と言われる渋い俳優を見習って、脇役としてのトップを目指す方がいい。


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           二人の息子との別れを惜しむそぶりのメデア

第三幕は、ひたすら凶暴な悲劇の最後に向かって突き進む。しかし、演出は非常にスマートかつ
現代的で、子殺しのシーンも花嫁毒殺のシーンも見せない。
メデアは、壁にあった現代版ピエタ像の聖母の着ていたブルーのマントを纏い、子供達に別れを
告げる。新しいお母さんと仲良くするのよ、と。
しかし、心は冷たい炎に燃やされていることがわかる恨み節で、ギリシア悲劇のヒロインそのものの
勝気で自信に満ちた歌だ。この両極端の心情振幅の激しさが、メデアをメデアたらしめている。

自分のお腹を痛めて産んだ子供は可愛い。しかし、自分を捨てた夫と世間に対する憎しみと復讐の
念はそれを上回る。メデアの傷ついた心は、残酷という概念や後悔とは無縁の域に達したのだろう。
その確信に満ちた行為は、なぜか、世継ぎの子供を人質に捕られても降伏のそぶりを見せず、
「子供なんて、わたしにはいくらでも作れるのよ」と言い放ち、城壁の上からスカートを捲り上げて
下腹部を敵に見せ、あっと言わせたというルネサンス時代の女傑、カテリーナ・スフォルツァを思い
出させた。(塩野七生『ルネサンスの女たち』)

まるで妊婦のようにお腹を膨らませた格好のメデアが、スリップの下から血の付着した子供達の
パジャマを出して、イアソンに復讐劇の一部始終を悟らせる。
物分りの悪い男にも子供が殺されたことは理解でき半狂乱。メデアは復讐の甘い味をじっくりと
味わうようかのように丁寧にパジャマをたたんで箪笥に入れる。そこに幕が下り、音楽は終わる。
しかし、メデアは一人幕の前に残されたままだ。無言で無音の舞台をゆっくりと歩き、おもむろに
幕の中に仕掛けられたドアを開けて、メデアが奥に消える。ここで拍手になり、本当の幕。
龍に引かせた車を駆って天空に消えたりはしないが、メデアの行く先は別の次元の異界である。
社会から疎外された人間の、閉じられた狂の世界と言い換えてもいい。


歌手は皆、立派な歌唱で不満はない。だが、迫力とオーラではナジャ・ミヒャエルが群を抜いていた。
彼女の一人舞台といってもいいほどで、熱い拍手とブラーヴァが飛び交った。モネでは珍しいほどだ。
歌唱の点では、マリア・カラスに負けないメデアなのではないかと思えた。そして、演出と衣装の
せいで、強くて怖いだけの女ではないメデアの精神の脆い部分も表現されていた。

ケルビーニの音楽は、古典的端整さとドラマチックな乱調が混じって、バロックのようなケレンミも
あり、それにロマン派のように心を酔わせる毒の味もする。
ルセ指揮のル・タラン・リリックの演奏はハチャメチャとは程遠い端整な諧調そのもので、そこが少し
物足りない気がした。


このオペラは、23日から3週間、モネのサイトからオンラインでストリーミング配信される。
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by didoregina | 2011-09-14 17:33 | オペラ実演 | Comments(2)

ジョン・ブローの『ヴィーナスとアドニス』 トランスパラントのダンス・オペラ

アントワープのデ・シンヘルというコンサート・ホールに初めて行った。

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       建築会館も兼ねている複合文化施設

日曜日に丸一日遊ぶため、家族揃ってアントワープまで出かけた。
一番のメインは今年5月に完成した新しい博物館MAS見学なのだが、丁度マチネのオペラ公演が
あったので組み合わせた。チケットは一人6ユーロとめちゃ安だったが、それには理由があった。

『ヴィーナスとアドニス』はジョン・ブロー(1649-1708)作曲の唯一のオペラ(当時はマスク)
だが、上演機会が少ないレア・バロックものだ。今回は、生舞台に接するまたとないチャンスである。
もともとはチャールズ2世のために作られた作品で、初演では王の愛妾(ヴィーナス役)とその子
(キューピッド役)が出演したというから、内輪で演じて、楽しむ娯楽だったのだ。

マスクとかセミ・オペラというのは、まだまだ、後のオペラのように歌と音楽と演技とが融合した総合
芸術とは異なるものだと、パーセルの『妖精の女王』を観賞したときしみじみ感じた。
すなわち、主な台詞は朗読でまるで芝居のよう、独唱や重唱、合唱などの歌も入るが、器楽演奏
はどちらかというと重点の置かれたダンスのための伴奏の感を呈する、という具合で、各々の独立
した構成要素をむりやり一つの舞台に乗せた、という印象で有機的に結合していないのだった。

ブローのマスクでは、台詞は全て歌われる。これだけでも、いわゆるオペラのイメージに近い。
ダンス場面が多いのは、マスクには必要不可欠だから許そう。また、3幕で1時間と短いのは、パー
セルの『ダイドーとイニーアス』でも同様だから、別に文句はない。

さて、ホールに入場すると、舞台上、左端に楽器が並べてある。
オケ・ピットのないホールでは、舞台にオケが上がっていても不思議はない。しかし、かなり広い
ステージの左端、というのが微妙だ。私達は1列目かぶりつき席だったが、まっすぐステージを見ると
オケが視界に入ってこないのが残念だ。というのは、面白そうな楽器編成だったからだ。

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         ステージの左側に置かれた器楽演奏台。
         オルガン、チェンバロ、ハープ、テオルボが通奏低音。
         それにバロック・ヴァイオリン2から4、リコーダー、チェロ2台と
         バロック・ギターが加わる。

すごいのは、リーダーのニコラ・アクテンの八面六臂の演奏だ。なにしろ、バロック・ギターを抱えて
指揮をとりつつ、ハープも弾く。(2年前の『エウリディーチェ』では、テオルボを抱えて立ったまま、
主役オルフェオの歌も歌った。そのときは、オルフェオなんだからハープを弾きつつ歌ったらいいのに、
という感想だったが、彼はやっぱりハープも弾けるのだ。)

VENUS AND ADONIS John Blow  2011年8月28日@deSingel

GEZELSCHAP Muziektheater Transparant
MUZIKALE LEIDING Nicolas Achten
COACHING Marcin Lasia
SCENOGRAFIE Itamar Serussi
CHOREOGRAFIE Itamar Serussi
COPRODUCTIE deSingel , Danshuis Station Zuid (Tilburg)


↓ リハーサル風景および鍵盤奏者とリーダーのニコラ・アクテンのインタビュー



実演では、器楽奏者もダンサーも歌手も皆、白またはベージュまたはグレーの私服に近いような
衣装でさわやか。全員、裸足であったのとシンプルなコスチュームで若さが強調されていた。
実際、アクテンとバロック・ヴァイオリンのコンマス以外は、全員学生っぽい非常に若い子達だった。

リーダーのアクテンが、今回は歌わなかったのが非常に残念だ。というのは、歌ったのはプロの
レヴェルには達していない歌手ばかりだったからだ。皆、学生だから仕方がないが、誰一人として
感心させる歌唱の人はいなかったから、退屈して、もう、眠くて眠くて困ってしまった。(器楽演奏
に関しては文句はないのだが)

歌手はダンサーも兼ねていて、一つの役を何人かで交代しながら全員が踊り歌う、という構成だった。
かなり難しい振りがついているから、踊りつつ歌うというのは、やはり若い子でないとこなせない。
登場人物はヴィーナス、キューピッド、アドニスに牧人だから、全員が公平にソロを歌うためには、
一役に複数の歌手を充てる必要がある。どうしてその必要があるかと言うと、小学校の学芸会を想像
してもらえばよろしい。今回は、アクテンとトランスパラントが主催する学生のためのワークショップの
学芸会的な出し物だったのだ。

いかにもベルギーのコンテンポラリー・ダンス、という感じの振り付けで、次男曰く「ADHDみたいな
動きで、見ていて疲れた」とのこと。手を伸ばせばステージに届くような距離の席だったから、見てる
だけで疲れるというのはありえるかもしれない。

ストーリーは非常に単純で、キューピッドのいたずらでヴィーナスは美少年アドニスを愛するようになる
が、狩の最中にアドニスはイノシシに襲われて負傷し死んでしまう、というだけの話だ。
キューピッドがソプラノもしくはメゾ、ヴィーナスがソプラノというのはわかるが、アドニスがバリトンという
のは納得できない。美少年なんだからCTかメゾか、せめてテノールにしてほしかった。
当時のイギリス王室では、CTが好まれなかったのだろうか。バリトンが歌うと、どうも中年っぽくなって
しまい、自分のことをアドニスと呼んだりして可愛らしく拗ねたりする台詞↓とのギャップが辛い。

Adonis:
Adonis will not hunt today:
I have already caught the noblest prey.
(アドニスは今日、狩には行かない。最も高貴な獲物をもう捕らえたのだから。)

Venus:
No, my shepherd haste away:
Absence kindles new desire,
I would not have my lover tire.
(だめよ、わたしの羊飼い、急いでお出かけなさい。離れていれば新しい欲望に火がつくわ。
愛人に飽きられてしまうのはいやよ。)

ヴィーナスとアドニスの後朝の音楽はバロックながら官能的で、『ばらの騎士』を思い出させる。
アドニスの台詞はオクダヴィアンそのものだし、その後のヴィーナスによる愛想尽かしの台詞も、
元帥夫人かダイドーか、という感じである。

歌は難しくなさそうだし、長いアリアもないから、学芸会向けのオペラである。しかし、官能的な部分を
表現できる大人の歌手がヴィーナスを歌う舞台を見てみたい。ブローの音楽はイギリスのバロックらしい
典雅さと牧歌的な要素もあるのだから、『ダイドー』とのダブル・ビルならぴったりだと思うのだ。
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by didoregina | 2011-08-29 17:46 | オペラ実演 | Comments(0)

MonteverdISH ヒップホップ・ブレークダンス・バロック

今週末は、アムステルダムでアウト・マルクトといって、新シーズン開幕前プロモーションのため
様々な催し物がミュージアム広場やレイツェ広場で繰り広げられる。
コンサート・ホール(全てのジャンル)や劇場(全てのジャンル、映画も含む)などのエンタメが
一斉に生情報を発信するのである。

それに先駆けて、新聞にも様々なジャンルのエキスパートによるイチオシ演目が載っていた。
その中に気になるものがあった。

バロック・オペラとヒップホップとブレークダンスの融合、と銘打ったISHという団体によるシアター・
パフォーマンスで、モンテヴェルディの『ポッペアの戴冠』をベースにしたものらしい。
タイトルも Monteverdish

手っ取り早く、動画をご覧いただきたい。



上掲のトレイラーは、なかなかスタイリッシュな映像で美しく出来ている。
特に、廃屋の工場というロケーションが抜群だ。控えめなブレークダンスとバロックの器楽演奏の
組み合わせがマッチしている。この程度のダンスなら、実際に普通のオペラのステージ上で近年
よく見られる。バロックとコンテンポラリーもしくはモダン・ダンスの組み合わせはごく当たり前だ。
ただし、デュエットはハモリが下手だし音程が不安定で、全然耽美的でない。


下の動画は、ステージでの実演。



バロック音楽がヒップホップとミックスされて、なかなかに過激というか、トレイラーの印象とは大分
異なる。

このように全く異なるジャンルの音楽をミックスさせたオペラ舞台というと、昨年観賞したフラメンコ・
オペラの『トレドのエル・グレコ』を思い出す。古楽系クラシック歌手と、フラメンコ歌手にギタリスト、
フラメンコ・ダンサーの組み合わせが渾然一体となり、しかし、互いに均一に混じりあうことがなく、
咀嚼しきれない異物感が残る舞台だった。はっきり言って期待はずれだった。

だから、この『モンテヴェルディッシュ』も、興味津々なのだが、行こうかどうしようか悩むところだ。
9月から各地で公演がある。近いところではエイントホーフェンかベルギーのベーリンゲンだ。後者
だと、ベルギー価格で10ユーロ!なので、やっぱり行こうか。。。14歳以上にお勧め、という
ことなので、若い子達に的を絞ったパフォーマンスになるのだろうが。

いずれにせよ、モンテヴェルディの『ポッペア』は、時代を超越したテーマの面白さと音楽とで、
様々な解釈が可能でいつでも新鮮な作品(素材)なのだなあ、と改めて感心した。
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by didoregina | 2011-08-27 10:12 | オペラ実演 | Comments(0)

DNOの『イフィゲニア二部作』を舞台上のコーラス席から

昨シーズンのオペラ実演観賞回数は7回と、非常に少なかった。
今(来)シーズンは、最低でも12回は行きたいと思っている。
日帰り圏内の各歌劇場のシーズン開始演目を始め、下記チケットをゲット済み。

8月28日 アントワープのデ・シンヘルでジョン・ブロー『ヴィーナスとアドニス』
ブロー作曲のマイナー・バロック・オペラ。ニコラス・アクテンとミュジックテアター・トランスパラント
のコラボ。

9月11日 ブリュッセルのモネ劇場で ケルビーニ『メデア』
ルセ指揮、ナディア・ミヒャエル主演。

9月18日 アムステルダムの歌劇場で グルック『アウリスのイフィゲニア』『タウリスの
イフィゲニア』2部作一挙上演。

ミンコフスキー指揮、ピエール・オーディ演出、ヴェロニク・ジャンス、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、
ミレイユ・ドランシュ出演。

9月20日 リエージュの王立ワロン劇場 ヴェルディ『イル・トルヴァトーレ』
ダニエル・デッシーとファビオ・アルミリアート夫妻が主演。丁度、オンライン・ライブ配信される日。
Dailymotionで当日の夜8時からタダで観られるので、皆様、お忘れなく。

10月22日 ウィーンのアン・デア・ウィーンで ヴィヴァルディ『狂えるオルランド』
スピノジ指揮のコンサート形式。デルフィーヌ・ガルー、イェスティン・デイヴィス、ヴェロニカ・
カンジェミ他出演。

10月23日 アン・デア・ウィーンで ヘンデル『セルセ』
スピノジ指揮、エイドリアン・ノーブル演出。マレーナ・エルンマン、ベジュン・メータ、ダニエル・ド・
ニース出演。

6月2日 アムステルダムのコンセルトヘボウで ヴィヴァルディ『ファルナーチェ』
ファゾリス指揮のコンサート形式。マックス・エマニュエル・チェンチッチ、サラ・ミンガルド、ヴィヴィカ・
ジュノー、メアリー・エレン・ネジ出演。


DNOの『イフィゲニア二部作』は、おととし観賞したモネ劇場のとはキャストが異なり、ミンコさん
指揮、フォン・オッターの母親役やドランシュのイフィゲニアなどなので興味があったが、長丁場だし
値段も張るから、もう一度観に行こうとは思っていなかった。
ところが、昨日、アムス歌劇場から、魅力的なオファーが来たので、即チケットをゲットした。
舞台上に設えたコーラス席に観客の一部も座らせて、ギリシャの野外劇場風に見せる演出なので
コーラス席が25ユーロと安く売りに出されたのだ。

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       モネでは、ナディア・ミヒャエルが第二部のイフィゲニア、
       トピ君がピラデだった。

モネとの共同プロだが、モネとアムス歌劇場とでは舞台の規模がまるで異なる。いったいどうするの
だろうと思っていた。モネでは、オケ・ピットに舞台を張り出し、ロイヤル・ボックスが宮殿になっていた。
その時は平土間のかぶりつき席も安く設定された。舞台が近すぎるのと、字幕が見えないからという
理由だったが、字幕はちゃんと読めた。工事現場の足組みのようなパイプが横や頭の上にあったが、
邪魔には感じなかったし、かえって歌手が至近で見られたので満足できた。

そして、オケは舞台の後方に乗るので、指揮者は異例にも歌手に背を向けることになり、歌手は
モニター映像の指揮を見ながら歌っていた。
コーラス席は、オケの後ろにひな壇のように設えられて、合唱団と観客が入り混じって座る。

たまたま、モネ劇場隣のレストランで、コーラス席に座るという夫婦連れと開演前の食事を同席した。
字幕が見えない席ということだったので、リブレットと対訳をプリントアウトして持参し、予習として食事
前に読んでいたら、隣の席から声をかけられた。彼らも分厚いリブレットを持参していたが、期待に
胸を膨らませていた。3人でおしゃべりが弾んだので、リブレットを全部読むことはできなかった。
正味4時間分のオペラの対訳だから、A4で50枚以上もあったのだ。

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DNOからのオファー。「新しい視点からオペラを楽しもう」
         「ユニークな舞台上の席を売り出し中」

今回は、舞台上から後ろ向きの歌手の歌を聴くことになる。指揮者とは対峙する位置だが、オケの
音でかけ消されて、声がよく聴こえてこないかもしれない。しかし、もうすでに観賞済みプロダクション
なので問題はない。普段は10ユーロ位で売っているリブレットもタダでくれるという。
それより、別の入り口から入場して合唱団に混じって舞台に座る、というのは面白い体験になりそうだ。
歌手も真近だし、別の視点から観ることができる。
文字通り、オペラの舞台裏が覗けそうで、わくわくしている。
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by didoregina | 2011-08-25 13:31 | オペラ実演 | Comments(4)

マイヤベーアの『ユグノー教徒』@モネは映像化すべし

グランド・オペラというだけあって、とにかくスケールの大きな盛りだくさんのプロダクションで、
いったいどこから書き始めたらいいのか悩んでしまう。
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Les Huguenots 2011年6月19日@モネ劇場

Muzikale leiding¦Marc Minkowski
Regie¦Olivier Py
Decors¦Pierre-André Weitz
Kostuums¦Pierre-André Weitz
Belichting¦Bertrand Killy
Koorleiding¦Martino Faggiani
Marguerite de Valois¦Marlis Petersen
Valentine¦Mireille Delunsch
Urbain¦Yulia Lezhneva
Raoul de Nangis¦Eric Cutler
Comte de Saint-Bris¦Philippe Rouillon
Comte de Nevers¦Jean-François Lapointe
De Retz¦Arnaud Rouillon
Marcel¦Jérôme Varnier
Cossé¦Xavier Rouillon
Tavannes¦Avi Klemberg
Thoré¦Marc Labonnette
Méru¦Frédéric Caton
Dame d honneur¦Camille Merckx
Une coryphée¦Tineke Van Ingelgem
Deux bohémiennes¦Camille Merckx
Tineke Van Ingelgem
Maurevert¦Ronan Collett
Bois-Rosé¦Olivier Dumait
Un Valet¦Marc Coulon
Un archer du guet¦Jacques Does
Etudiant catholique¦Alain-Pierre Wingelinckx
Un moine¦Olivier Dumait
Ronan Collett
Charles Dekeyser
Deux jeunes filles catholiques (couple 1)¦Marta Beretta
Françoise Renson
Deux jeunes filles catholiques (couple 2)¦Adrienne Visser
Birgitte Bønding
Trois Coryphées¦Bernard Giovani
Alain-Pierre Wingelinckx
Pascal Macou
Orkest¦Symfonieorkest en koor van de Munt

登場人物が上記のように非常に多い。グランド・オペラには欠かせない要素のバレエ(ダンス)
も外されていないし、スペクタクルが売りだから、エキストラやコーラス団員も大量に出演する。
何よりもまず、度肝を抜かれるのが、ゴージャスな舞台セットだ。

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       舞台装置・セットも超豪華。モネのサイトのリハーサル映像を
       見てもらうとわかるように、建物のセットには金箔を貼っているし、
       銅も大量に使っていそうだ。
       モネではあまり見たことないようなハイテク・メカニックな舞台構築で、
       スムーズに移動する装置で舞台がきっちりと次々と変わる。
       水浴びシーンなんて、石張りにしか見えない床に本当に水が流れる
       池を作っていた。それが一瞬の操作で別の場面に展開する。

ストーリー的に複雑に込み入っていて、通常のオペラ2作品をひとつにしてしまったようなものだ。
主役といえる人物は3人。マルグリット・ド・ヴァロワ、騎士ラウール、侍女ヴァランティーヌだ。
キリスト教の新旧派の宗教戦争が題材だから、実在の人物と歴史的事件が入り込んだ歴史フィク
ションなのだが、まるでNHKの大河ドラマ1年分を圧縮したような感じだ。休憩2回込みで上演
に5時間かかる。

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         小道具で重要な役目を果たすのは、十字架。
         2つの十字架を持つヴァランティーヌが
         冒頭に登場して、カトリックとプロテスタントの
         せめぎ合いとそれに翻弄される彼女の行く末を
         暗示する。


前半のヒロインはマルグリット・ド・ヴァロワだ。ユグノー戦争というと、セント・バーソロミューの
虐殺を思い浮かべるように、彼女はこの歴史上の大事件には不可欠の重要人物だが、映画
『王妃マルゴー』に描かれているように、このオペラでも性的に奔放な王女である。
だから、彼女の城館と庭はヴィーナス的快楽の園だ。

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         大きな月を背景にしたマルグリットの庭。
         小姓が目隠しして引っ張って来たのはラウール。
         その下は池で、美女達が水遊びしている。

マルグリットは、カトリックとプロテスタントの和解調停役を自認しているらしいが、彼女が
主役の前半では、エロティックな場面や歌が非常に多い。プロテスタントの騎士ラウールを
目隠しして城館まで連行させ、女の魅力で協力を頼む。というより、ラウールの魅力に囚われて
しまい、役割を忘れたかのように陶酔の時を過ごす。ニンフォマニアの面目躍如である。
完全ヌードの若い男女のダンサーがパ・ド・トゥーを踊ったり、ポール・デルヴォーの絵から抜け
出て来たようなキレイですんなりとした美しい女の子達が優雅に水浴びしたり、エログロとは全く
無縁の耽美的なエロスの世界を見せてくれる。

マルグリットは、まるで『エマニエル夫人』のように奔放な、性の求道者だ。
政治的動機というより、快楽のためにラウールを篭絡したように思える。
そのマルグリットに、マーリス・ペーターゼンは適役だった。すんなりと美しい肢体、愛らしさも
感じられる甘目の声、優美で迫真の演技、どれをとってもどんぴしゃ。
最初だけ、高音が伸びずに弱音でごまかしていたが、すぐに調子を出していって、堂々たる
歌唱で印象付けた。

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甘い官能の世界を中心舞台とした第一幕だが、次の幕から状況はだんだん暗くなる。
上半身裸のダンサー達も、ここでは髑髏のマスクをつけている。

バレエ・シーンが多いのもグランド・オペラの特徴だが、このプロダクションの振付は正統的な
クラシック・バレエだ。それが全裸であるというのだけアヴァンギャルドで、演出家の好みを反映
してるのだろう。

舞台は、金色と黒で統一されている。登場人物の衣装も黒が基調だ。

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      カトリックは黒のジャケットの下に金色の鎧を付けている。
      カトリックの印として十字架模様の腕章を巻き、プロテスタント
      虐殺のため蜂起。大司教とカトリーヌ・ド・メディチが頭目。

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      プロテスタントは黒づくめ。男性は黒の帽子を被っているので、
      なんだかユダヤ人みたいに見える。16世紀のプロテスタント抑圧を
      20世紀のユダヤ人大量虐殺に重ね合わせているのだろう。

新旧のキリスト教徒対立は、同じ神を信じる二派の対立だから、信じる根本は同じで、それを
両者とも十字架で表現している。全く同じ型と素材の十字架を皆手に持ち、それを実際に武器と
して使う、というアイデアは秀逸だ。刀代わりに手にした十字架でチャンバラしたり、銃の音を
十字架を撥代わりに叩いて出したり。

歴史(というより王女や王妃の思惑)に翻弄され、カトリックの許婚との婚約を破棄しプロテスタント
のラウールとの結婚を命じられたり、カトリックからプロテスタントに改宗したあげく、最後には
殉教(というよりカトリックによる虐殺)の目に合うヴァランティーヌが、後半のヒロインである。
マルグリットとは正反対の生真面目・お堅い女性である。彼女が悲劇を背負わされた形でストー
リーは進む。
そのヴァランティーヌ役は、ミレイユ・ドランシュ。金髪の鬘が似合う北欧的なクール・ビューティで、
ちょっと重目の声がドラマチックな役柄にぴったり。声量豊かで説得力十分。ただ、侍女という
設定からして、主体性より主君への忠誠や惚れた男への献身など、どうしても受身で地味な人物
像にならざるをえず、ちょっと損なのは否めない。まるで歌舞伎の世話物に出てくる、浮世の義理
と人情のために苦界に身を沈めた女房みたいな感じだ。

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主役および準主役の男性も沢山登場し、歌唱には文句ないのだが、二人のヒロインとユリアちゃん
扮する小姓のインパクトが強すぎて、印象に残らない。ラウール役のテノール歌手が、ヴィジュアル
的にもう少しよかったら、説得力があったのに。。。。

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         まるでルチアみたいに血まみれのマルグリット。

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         ボケボケのカーテンコール写真。中央は指揮のミンコフスキー。

ミンコさん指揮とピイの演出コンビのオペラを観るのは、昨年のDNO『ロメオとジュリエット』に
続いてこれが2度目。完全主義的な舞台造形や時空を超越したテーマの追求という点でDNOの
『ロメ・ジュリ』に似たところがあった。
今回の『ユグノー教徒』は、16世紀と20世紀を混ぜ合わせたようなセットに小道具と衣装で、
それが特定の時間や場所を超越しているので、宗教対立という重いテーマを真正面から取り上げる
のに適した普遍性があった。
ミンコさんが長年上演を希望していたというマイヤベーアのこのオペラは、これ以上は望めないだろう
と思われるプロダクションとして実現した。これはぜひ映像化して総合芸術としての素晴らしさを広く
世間に知らしめるべきだと思う。
       
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by didoregina | 2011-06-22 00:37 | オペラ実演 | Comments(9)

ユリア、恐ろしい子、、、

モネ劇場の『ユグノー教徒』は、今シーズン最後の演目ということで、舞台セットへのお金の
かけ方が半端でなく、力の入った絢爛豪華・長大な歴史劇のグランド・オペラだ。
作品自体が盛りだくさんの内容だし、サーヴィスもてんこ盛りのプロダクションなので、一回では
書き尽くせない。

主要登場人物はダブル・キャストなので、ミレイユ・ドランシュがヴァランティーヌ役の日を選んだ。
そうするとマルグリット・ド・ヴァロワがマーリス・ペーターゼンになり、Aキャストのはずだ。
初日公演のNRC新聞評は5つ星の最高点で、総合的にも素晴らしい舞台でブリュッセルに行く
価値あり、と絶賛だった。特にユリア・レージネヴァの小姓ウルバン役での鮮烈なデビュー、と
いうのが気になった。というのは、1ヶ月前からこの歌手のことが妙に頭に引っかかっていたからだ。

ユリア・レージネヴァは、1989年ロシアのサハリン島生まれの若い歌手だ。年齢に似合わぬ成熟
した声と圧倒的な歌唱テクニックの持ち主で、指揮者のミンコフスキーが強力にプッシュしている。
新譜トレーラーを見て、おおっ、と思ったが、『ユグノー教徒』にも出演していることはNRC新聞
記事を読むまでうかつにも気が付かなかった。わたしの行く日のキャストである、ラッキー!と喜んだ。
ロンドンのブログ仲間たちにも好評で、次代のスーパースター候補なのだ。

何はともあれ、トレーラー動画をご覧あれ。↓




ルックスは、いかにもロシア人の子供という感じの丸顔で、マトルーシュカ人形みたいだ。
サハリン(樺太)出身というと、昭和40年以前に生まれた人なら、大鵬を思い出すだろう。
モネ劇場でのユリアちゃんは、ちっちゃくて、子供子供していて、ショートヘアにベル・ボーイ
みたいな制服姿で、まるで男の子。舞台ではかなり東洋的に見える(平面的な)顔立ちである。

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            カーテンコールでのユリアちゃん


こんな子供が、とびっくりするほど堂々たる歌唱と伸びのいい声、テクニックも完璧で、アンファン・
テリブルとして観客にインパクトを残した。スター誕生を印象付け、モネ・デビューは大成功だ。

ミンコさんも言っているように、彼女の声域は驚くべきほど広いので、今後の役柄も幅広いものに
なるだろう。今のところ年齢とルックス相応の小姓役や小間使いや若い女の子役がぴったりだが、
彼女に歌ってもらいたい役を思い浮かべてはわくわくしてしまう。
テクニックが売りだから、ロッシーニ・レパートリーはどんぴしゃだが、今後どのように成長していく
のか、追っていくのが楽しみな歌手だ。
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by didoregina | 2011-06-20 09:07 | オペラ実演 | Comments(20)

『ばらの騎士』元帥夫人の心情演出

理想の大人の女性である元帥夫人の心情を表すのに、ヘタな演出は不要である。
ホフマンスタールの歌詞にもシュトラウスの音楽にも、それははっきりと表現されている。
しかし、それをある程度補足もしくは強調する演技もまた好ましい。

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DNOの『ばらの騎士』は、ヴィリー・デッカーのコンセプトに基づいて、ブリギット・ファス
ベンダーが演出を完遂したものだ。2004年に第一幕の演出を終えた時点で病気のため演出続行
不可になったデッカーの志を継いで、第二幕と第三幕はファスベンダーが完成させた。
ファスベンダーは、その昔、オクタヴィアン役で名を馳せた元メゾ・ソプラノ歌手だから、後任
として適材である。しかも、花形歌手としての現役を退いているから、時の流れの残酷さを知り、
大人の女性の悲哀にも実感が込められるだろう。

第一幕の終わりに元帥夫人が歌う「時というものは結局のところ」に込められた老いに対する
抵抗(夜になると時計を止めてみるの)と諦観(時は音もなく流れている)がストレートな
言葉で表現され、砂時計の砂がはらはらと無常に落ちて行く様が目に浮かぶ。

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デッカーは、だから、実際に第一幕では、夫人を取り巻く時間を止めてしまった。男爵や
公証人や雑多な商人や使用人の欲望が渦巻く部屋で、髪を整えさせている間に歌手が歌うの
だが、その歌の間は、全ての人物の動きが静止するのだ。そして、夫人は鏡に見入りながら、
歌を聴く。
夫人の思い通りに時は止まったが、その後すぐに人物は再び動き出す。そして髪結いに向かって
夫人は言うのだ。「今日のわたしは老けているように見えるわ、この髪型では」

第三幕の幕開けは唐突だった。間奏曲とともに開いた幕の内側の舞台上では、雑多な登場人物が
凍りついたように瞬間の動きを止めたポーズでいた。夫人の願いどおり、時は再び静止したの
だった。


夫人は、第一幕後半では、ほとんどいつも鏡の中の自分に見入っている。その鏡は曇っていて、
映される姿はぼんやりとしているから、見えるのは夫人の頭を離れない時の流れの無常という
観念である。もしくは現実ではない理想の姿、それとも肉体から遊離した魂かもしれない。

デッカーの構築した舞台装置は、貴族階級の没落を象徴するかのように斜めになった壁だけと
いうシンプルさだ。その傾斜が幕を追うごとに急になり、壁は低くなっていく。貴族の館らしい
華麗な内装は全くない。置かれているのはベッドと、椅子と、鏡だけだ。
ファスベンダーは、鏡をキー・ワードにして、第二幕と第三幕の舞台演出を続けた。

第二幕冒頭では、小間使いが鏡を磨いている。しかし、曇りは取れない。

c0188818_292638.jpg


第三幕でも、鏡は重要な位置を占めている。元帥夫人が赴くところには、必ず等身大の鏡が置い
てあるのである。夫人の独白の相手は、鏡の中の自分なのだ。
最後に夫人は大人の女性の矜持を保ちつつ、青春に決定的に別れを告げるべく、オクタヴィア
ンを捨ててゾフィーに譲る。
そして、夫人がオクタヴィアンとゾフィーの二人を残して去った後、鏡は舞台を左から右まで
横切ってしっかりと片付けられたことからも、その象徴性は明らかだった。


c0188818_226340.jpg


ダブル・キャストになったオクタヴィアン役を千秋楽に演じた、ミシェル・ブリートのサイン
会が終演後にあった。
南アフリカ出身で、現在はドイツを中心に活躍中だ。名前の綴りはオランダ系で、オランダ語
読みならブレートという姓だ。英語を母国語とするがオランダ語も話せる、と本人が言っていた。

c0188818_2292280.jpg

      お約束のツーショット。「『ばらの騎士』はとても美しい
      音楽のわかりやすく、万人向けのオペラ」と話す声も凛々しい。
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by didoregina | 2011-05-31 19:16 | オペラ実演 | Comments(8)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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