カテゴリ:オペラ実演( 108 )

『ポッペアの戴冠』@ケルン、後半のみ鑑賞

何かと話題のケルンの歌劇場だが、昨年大好評だったため今年再演されている『ポッペアの
戴冠』の会場は、移民の多そうな町外れの寂れた工場地帯にある倉庫を改装したと思しい
ディスコ・クラブである。

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    ロビーに置かれたゴンドラのような大道具。左手のカーテンの向こうが舞台。

ケルンの東に位置する会場へ行く手前の高速道路で、大変な渋滞に巻き込まれてしまった。
目的地まであと7キロという地点から延々4キロが1時間半近くかかった。ゆっくり歩く速度とほぼ
同じだが、高速道路だから歩くわけには行かない。そして、このくらいのろのろ運転だと、クラッチと
アクセルとブレーキのペダルをずっと交互に踏むことになり、車に乗りながら4キロ歩いたような具合
である。足がつりそうだ。

夜7時開演というのは、渋滞に巻き込まれやすい時間帯なので嫌な予感がした。通常なら1時間
20分で着くはずのところ、余裕をもって5時15分前には出発したのに。。。
多分休憩時間だろうと思って8時15分頃に会場に入ると、「あと15分ほどで一幕目が終わるので
ロビーでお待ちください」と言われた。同様に待つ人が10人ほどいた。皆、渋滞の被害者だと思う。
ドアから外に漏れ聴こえてくる音が慰めてくれた。

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     ロビー奥には、チェンバロと器楽奏者用の椅子が。黒いドアは客席に通じる。

一幕目が終わる頃になると、ゴンドラの回りに通行止めの線が張られ、アッシャー達がドアの前に
立つ。すると、舞台に通じるカーテンを通り抜けて、オットーネ役のデヴィッド・D・Q・リーが
飛び出してきた。
あれあれ、と思っているうちに、拍手が鳴りドアが開け放たれた。観客がロビーに出てくる。
器楽奏者もロビーの席に着く。休憩中に音楽を流すのか?
ゴンドラの回りに観客が集まるが、その反対側にあるカウンターで飲み物を頼む列も出来て、ロビー
は混雑している。トイレに行く人も多い。
休憩が始まる前にトイレに行こうと思っていたが、機会を逃したのでトイレに行って、ロビーに戻って
来ると、なんと、ゴンドラの回りで、フランコ・ファジョーリのネローネが血にまみれた手をすり合わせ
ながら歌っているではないか。ネローネとルカーノが「アンディアーモ」と歌うデュエットにはなんとか
間に合った。

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       ロビーのゴンドラの周りで歌うファジョーリ。photo by Paul Leclaire

大失敗!混雑していた地下のトイレには音楽は全く聴こえてこなかった。アッシャーたちも、もっと
はっきりと、休憩になる前にロビーで幕の続きがあることを伝えるべきである。
昨年の公演でははBMWのオフィスビルが使われ、社員食堂や玄関ホールや廊下、オフィスなどを
観客も移動しながらの上演という演出だったのだが、今年も一部そのようになるとは思わなかった。

通常3幕のオペラだが、今回は2幕にして上演しているので、セネカの死までが前半だったのだ。
かなり重要な部分を沢山見逃したことになる。
ヨーロッパの歌劇場中、自治体からの補助金が一番多いというケルン歌劇場の場合、チケット代金が
異常に安い(最高カテゴリーでも60ユーロちょっと)ので、さほど悔しい気分にはならず諦めもつく。

L'incoronazione di Poppea (Claudio Monteverdi)
2012年4月25日@Palladium

Musikalische Leitung  Konrad Junghänel
Inszenierung  Dietrich W. Hilsdorf
Bühne  Dieter Richter
Kostüme  Renate Schmitzer
Licht  Nicol Hungsberg
Video  Jasper Lenz & Eric Poß

Poppea Maria Bengtsson
Nerone Franco Fagioli
Ottone David DQ Lee
Ottavia Katrin Wundsam
Seneca Wolf Matthias Friedrich
Drusilla Claudia Rohrbach
Nutrice Andrea Andonian
Arnalta 1. Schüler Senecas Daniel Lager Littore  
Tribuno 3. Schüler Senecas Sévag Tachdjian
Fortuna 2. Amorino Ji-Hyun An
Virtù  Damigella 3. Amorino Adriana Bastidas Gamboa
Amore  Valletto 1. Amorino Maike Raschke
Liberto 2. Soldato Console John Heuzenroeder
Lucano 1. Soldato 2. Schüler Senecas Gustavo Quaresma
4. Amorino Martina Sigl
Orchester Gürzenich-Orchester Köln und Gäste

後半を鑑賞するため席に着く前に、会場や舞台を見てみよう。
舞台は、細長い体育館のようなディスコ・クラブの中央に置かれ、その左右にオケピット。
観客席は中央の舞台を挟んで対称的に設置されている。つまり、円形の舞台は正面からのみ見る
ような作りではなく、前後両方の観客席から対等に見られる。
歌手達は舞台の真ん中に置かれたテーブルの上や回りで、両面の観客に向かって演技しつつ
歌うのだった。

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        舞台中央のテーブルのみが大道具。photo by Paul Leclaire

舞台とオケ・ピットの回りには金網のように見える幕が張られ、後半はピンクの色の照明が下から
当てられていた。(写真で見ると前半は水色だったようだ)
中央舞台はプラクシ・ガラス張りで、その下から蛍光灯の無機質な光が当たり、モダンなデザインの
ドイツのオフィスの雰囲気だ。左右の舞台裏からラン・ウェイみたいなものが伸びていて、それを
通って歌手は舞台に登場する。

指揮者は、わたしの座った側からは上手に当たる位置に立ち、上手側のオケは一般管弦奏者および
リュートとチェンバロとバロック・ギター。下手側には、チェンバロ、オルガン、ハープ、ヴィオラ・ダ・
ガンバ、テオルボのコンティヌオという布陣である。
右側一列目席のわたしの目の前が管楽器で、演奏の難しそうな古楽器コロネットなども手堅い演奏
で、なかなかのものだった。去年の『リナルド』でも、金管以外の古楽器演奏が予想以上に上手い
のでびっくりしたものだった。
通奏低音はオケの人数割合からすると多い。左右に分かれた配置を生かして、対話形式のレチタ
ティーボの伴奏はそれぞれ別のピットからの通奏低音楽器が担当するので、人物の個性にくっきりと
コントラストが付く。レチタティーボの伴奏が左右ではっきり分離しているので、夫々の人物の台詞に
同化するという効果も大きかった。

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      photo by Paul Leclaire

さて、後半のみの鑑賞なので全体的なストーリーや演出にはコメントできない。個々の歌手の歌唱の
印象のみに留める。

ケルンまで来たのは、話題のCT、フランコ・ファジョーリの生の歌声を聴くことが最大の目的だ。
ファリネッリの再来と言われるテクニックとパワフルかつ男性的な声のCTというイメージの彼だが、
実際に聴く声は、芯がはっきりと通って強くかつ澄んで美しい高音に感嘆した。
モンテヴェルディのネローネのパートは、男性にしてはかなりな高音域で作曲されている。ソプラノ・
パートであるポッペアとほぼ同じような音域が要求される歌もある。だから、通常メゾ・ソプラノによって
歌われてきたが、このところ、高音が無理なく美しく出せる新世代CTによる上演が多くなっている。
以前なら、フォン・オッター、マレーナ様、サラ様というのがネローネの定番だったが、近年は、
PJ、チェンチッチ、そしてファジョーリによる新境地ネローネが現れる時代になっている。

生の『ポッペア』鑑賞は、マレーナ様ネローネに次いでこれが2度目である。
ファジョーリの生の声の印象は期待以上で、マレーナ様に負けるどころか、特に高音部での歌唱の
安定度と力強い表現の素晴らしさは特筆に価する。低音のドスの利き具合ではマレーナ様の方が
男性的だが、ファジョーリの方は高音に女性には出せない男性的な強さがあり唸らされた。
演技では、鞭を叩いて鳴らしたり、爪や指を詰めたりするサディスティックなネローネになりきっていて、
小柄な彼なのに舞台では堂々と大きく見える。(かなりのハイヒール履いてた)
眼力というか、目による表現も上手く、権力と愛欲に執着するネローネなのに一回り器の大きいチェー
ザレに見えたりすることもあったほどだ。(衣装と髪型のせいもある)
予習のために鑑賞したチェンチッチのネローネ@リールが、ゲイっぽさの漂うエキセントリックさを出し、
それはそれでなかなか面白かったが、ファジョーリのはそれとは対照的にファシスト的マッチョな
ネローネ像で大分異なる。夫々のキャラに合っているのが面白い。

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         photo by Paul Leclaire

もう1人のCT、オットーネ役のリーとの一騎打ちが楽しみでもあった。
生の声を聴いたことのあるリーは、ふくよかな胸声のように聴こえるファルセットがユニークで、声量も
あり押し出しが強いため、主役だが調子のイマイチだったチェンチッチを食っていた。その時は印象に
残るタイプの声の持ち主で得だな、と思った。
ところが、今回は地味なオットーネ役でちょっと損している。どうやらこの役を演じるのはCTにとって
不利なのではないかという気がする。暗い性格を反映した歌やレチばかりで、華やかなテクニックを
披露できないのだ。朗々とした明るい声質なので、役に合わないのだ。
メータのオットーネにも以前失望したのだが、後になって、これは、メータの声や歌がどうこうという
より、オットーネに与えられた歌や性格がアピールしないのだと思った。

女性歌手にはあまり期待していなかった。
主役のポッペアは、まあ、こんなもんだろうという感じ。可憐さもしくはイノセントな悪女ぶりを発揮でき
たらいいのだが、役者不足。声にあまり魅力がなく、演技もどちらでもない中途半端なポッペアだった。
それに対して、オッターヴィアは、なかなかしたたかなタイプだった。皇后だったのにネローネの愛情が
冷めて最後にはローマから追放されるとというのに、憐れな女ではなく悪女っぽいのである。そういう
キャラには、今回の歌手はぴったりだ。
一番よかったのは、ドルシーラ役だ。複雑な境遇なのに秘めた野心がめらめらと燃える小悪女で、
耳に心地よい声の持ち主だ。

セネカ役の歌手が、カーテンコールで大きな拍手を貰っていたのだが、セネカは前半で死んだので、
彼の声が聴けなかったのがとても残念だ。

演出としては、舞台の左右のスクリーンにヴィデオ映像が投影され、舞台上の歌や台詞や出来事と
呼応する別の場面が映し出されていたのが面白かった。
例えば、ポッペアがテーブルで眠りこけ、愛の神が天井近くのバルコニーから歌っている間、
スクリーンでは、去年の会場だったオフィス・ビル内の廊下を女装したオットーネが駆け抜け、
ドアを一つ一つ開けては、ポッペアを必死に探す映像が映されたり、ネローネがポッペアを暗殺しよう
としたオットーネを責めて拷問する場面では、牢屋での拷問を思わせる映像だったり、ポッペアの
戴冠の前には、後に起きるネロによるローマ炎上を想像させるようなオフィス・ビルの火災の映像が
流れたり。
舞台装置はテーブルというシンプルさなので、そういう映像も演奏や歌の邪魔にはならなかった。
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by didoregina | 2012-04-26 13:57 | オペラ実演 | Comments(8)

ベルギーの歌劇場の2012・2013年は三者三様で唯我独尊

ベルギーの常設歌劇場には、首都ブリュッセルにある王立モネ劇場以外に、リエージュの
王立ワロン歌劇場(ORW)と、アントワープおよびゲントのフランダース・オペラ(Vlaamse
Opera)があり、それぞれ異なる独自の路線で相変わらず我が道を行っている。


モネ劇場のラインナップは、演目的には普通っぽいというか、モネにしては捻りが足りないと
いう感じだが、演出その他に期待できる。
ワーグナーが一つもない、というところにモネのこだわりと計算が感じられる。舞台の規模も小さいし、
オケもワーグナー向きとはいえないから、メモリアル・イヤーとはいえ闇雲にワーグナーを上演したり
しないで、他の劇場との競合を避けているのは賢明。

8・9月 Pascal Dusapin のPassion サシャ・ヴァルツ振付・演出で数年前のホランド・
    フェスティヴァルと同じプロダクション?

10月 『ルル』 ワルリコフスキ(どう読むのが一般的?)演出! バーバラ・ハニガン、 
    ディートリッヒ・ヘンシェル他。

12月 『椿姫』 

12月 『こうもり』コンサート形式。ダニエルちゃんのアデーレとタニア・クロスのオルロフスキー。

1・2月 『マノン・レスコー』ウェストブルックがAキャスト主役!でもマチネはBキャスト。。。

2・3月 『ルクレツィア・ボルジア』 ギ・ヨーステン演出、エレナ・モシュク主演。

3月  Benoit Mernierの La Dispute カール・エルンスト・ヘルマン演出、ドグー、
    ドゥストラック、ヴィス他。

3月  『ロメオとジュリエット』コンサート形式 ニノ・マチャイゼとジョン・オズボーン。

4月  『ペレアスとメリザンド』オーディ演出、アニッシュ・カプーア舞台デコ。ドグーとピオー、
    トピ君とバッチェリというA・Bキャスト!トピ君には悪いがヘンシェルもゴローのAを選ぶ。

5月  『コジ・ファン・トゥッテ』ハネケ演出!アネット・フリチュ他。



フランダース・オペラは、上演数こそ少ないがピリリとスパイスが効いている。

9・10月 『ファウストの劫罰

10・11月 『アグリッピーナ』!マクリーシュ指揮、ハレンベリ主役でハマーシュトレムがオットーネ!

12・1月 『魔笛』 デヴィッド・ヘルマン演出

2・3月  『ナブッコ

3・4月  『パルジファル』インバル父子指揮、ゾラン・トドロヴィッチ主演。

5月   ヤン・ファーブルのThe Tragedy of a Friendship ベルギーの鬼才芸術家が、     ワーグナーへのオマージュとして新作オペラを作曲・演出。こわいものみたさ。

6月   『キャンディード』 ナイジェル・ロウリー演出

コンサートでは、9月18日にショル!1月1日と4日にデヴィーアによるベル・カント・ガラ、
11月24日にサラ・ミンガルドがソリストでマーラー、ショスタコーヴィッチ、ワーグナー。



リエージュのORWの演目は、毎度ながらここはイタリアですか?と思わずツッコミ
を入れたくなるようなイタリア・オペラ路線に、若干のフランスものと地元出身作曲家の超マイナー・
オペラを組み合わせているのが独特で、唸らされる。
足掛け3年にも及んだ歌劇場の修築工事も終わる見込みで、9月からいらなくなるテントは売り出し
に出ている。。。

9月    フランクの『ストラデッラ』 ご当地出身作曲家シリーズ第一弾。フランクのオペラという
      のが意表を突いている。

10月   グレトリのL'Officier de Fortune ご当地作曲家シリーズ第二弾。コンサート形式。
      世界初演。

11・12月 『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』 ホセ・クーラ演出・主演!

12月   『ナブッコロ』子供向けのナブッコ?

12・1月  『美しきエレーヌ

1月    『アルジェのイタリア人

2・3月   『西部の娘』 デボラ・ヴォイトが主役。

3月    『子供と魔法

4・5月   『運命の力』 アルミリアートとデッシー夫妻共演。

5月    『二人のフォスカリ』 レオ・ヌッチとファビオ・サルトリ。

6月    『ウィリアム・テル』 ご当地作曲家シリーズ第三弾で、ロッシーニではなくグレトリ作曲。

その他、コンサートは、9月30日にサヴァール、10月4日にエディタ・グルベローヴァ!
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by didoregina | 2012-04-19 15:53 | オペラ実演 | Comments(6)

ヘンデルの『デイダミア』@アムステルダム歌劇場

バロック・オペラ・ファンにとっては、今シーズンはアムステルダムでもブリュッセルでもなんとか
バロック・オペラが上演され、一安心であった。しかし、来シーズンのプログラムを見ると、
両歌劇場ともバロック・オペラはひとつもない。ついにそうなってしまったか、と一抹の寂しさを
覚える。

2012年3月25日 @ DNO
c0188818_6572621.pngDeidamia
Georg Friedrich Händel 1685 1759

muzikale leiding  Ivor Bolton
regie  David Alden
decor  Paul Steinberg
kostuums  Constance Hoffman
licht  Adam Silverman
choreograaf  Jonathan Lunn

Deidamia  Sally Matthews
Nerea  Veronica Cangemi
Achille  Olga Pasichnyk
Ulisse  Silvia Tro Santafé
Fenice  Andrew Foster-Williams
Licomede  Umberto Chiummo
Nestore  Jan-Willem Schaafsma

orkest  Concerto Köln

ヘンデルの最後のイタリア語オペラ『デイダミア』は、いかにもそれまでのヘンデルのスタイルを
踏襲してはいるが、一味違うところがある。
まず、準主役である女装の男性(ピラ=アキーレ)役をソプラノ歌手が歌う、というのが意表を突く。
少年から青年への移行期にある楽天的なアキーレという設定の喜劇であるためだ。
主役のデイダミアとその親友ネレアもソプラノで、また、元々はカストラートが歌ったはずのウリッセ
役は今回はメゾ・ソプラノが担当する。つまり、主要登場人物は全員女性歌手なのだ。

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      舞台装置も衣装もポップで軽いタッチ。右から3人目が女装のアキーレ。
      登場人物に若い女性(ギャル)が多く、全体の印象がキャピキャピ。


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     床はプレキシ・ガラス張り。底が水色なのと背景の青空の反射が
     相まって淡い海の色そのもの。潜水艦からギリシア軍が現れた。

アキーレ(アキレス)は、トロイで戦死するという予言から逃れるため、スキュロス島で女の子と
して育てられていた。成長したアキーレは島の王女デイダミアと恋仲になる。
そこへ、トロイへ向かうギリシア軍がやってくる。トロイに勝つためにはアキレスの力がどうしても
必要という神託により、ギリシア軍はアキーレをなんとか探し出そうとする。
智に長けたウリッセ(オディッセウス)は姦計を廻らし、女装したアキーレの尻尾をつかむ。
狩や武術が大好きで武具に目の無いアキーレは、ウリッセの策略に乗って正体を現し、無邪気な
男の子らしい戦意を高揚させる。
アキーレはトロイに出征するが、その先に待っているのは戦死の運命であることを誰もが知っている。
後に残されるのは憐れなデイダミア。


     ルセ指揮レ・タラン・リリック演奏でピオーの歌うデイダミア


コメディと悲劇がいっしょになったようなストーリーである。めでたしめでたしでは終わらない。
いうなれば、高貴の者が都から離れた鄙の地に身をやつしていて、現地の女と恋仲になるが、
最後には身分が明らかになり女は捨てられる、という能によくあるような貴種流離譚のパターンを
踏んでいる。ギリシア・ローマの場合、捨てられる女として有名なのはアリアドネ(アリアンナ)や
ディドである。

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        出征するアキーレと捨てられるデイダミア。          
        ファン・デル・ローエのバルセロナ・チェア(コピーだろう)に
        代表される地中海セレブ風インテリアがスタイリッシュで
        リッチな雰囲気を高めている。

アキーレ役のオルガ・パシチュニクは、少年の愛らしさと未来の偉丈夫らしい逞しさを兼ね備えた
ルックスで適役だ。声も歌い方もくせがなく、好きなタイプ。女装の少年役をソプラノに歌わせると
いうヘンデルのアイデアが生きるキャストといえる。
天真爛漫で子供子供したアキーレだから、メゾでなくソプラノというのがミソなのだ。小柄で丸顔、
ショートカットにパッチリお目目のキュートなパシチュニクは、男っぽいしぐさで少年らしさが上手く
表現でき、伸び伸びした高音も耳に心地よく響く。

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デイダミア役は、去年のDNO『ばらの騎士』でゾフィー役を歌ったサリー・マシューズだ。
この人は嫌味の無いノーブルな少女らしい歌唱も出来るが、少女から大人に脱皮したばかりという
微妙な年齢の心の揺らぎを表現し、最後には捨てられる女の憐れさとけなげさをはっとするほど
大人っぽい歌唱で聴かせる。そのバランス感覚が絶妙だった。

若い女性の登場人物は皆、かなり高度な振付のダンスを踊りながら歌う。

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      飛び込み台みたいな高いところで踊りながら歌ったりするので、
      見ているほうがハラハラしてしまう。
      左は、ウリッセ役のシルヴィア・トロ・サンタフェ。

問題は、メゾ・ソプラノが歌うウリッセ役だ。少なくともわたしにとっては。
というのは、休憩中の噂話やカーテン・コールから察するに、トロ・サンタフェは、アムステルダムの
観客受けがなかなかよろしいようだった。
しかし、わたしには、あの押し出すような中・低音部が生理的にどうも苦手だ。なんだか不自然に
男っぽくしようと懸命になっているように聴こえるのである。
そして、一番違和感を感じたのは彼女のルックスと小柄な体型だ。狡猾な智将であるウリッセの
イメージには全然合わない。悪いけど、この人はミス・キャストと言わざるを得ない。
すらっとした大人っぽいアルトやメゾは他にも沢山いるのに、なんでこの人が、と思ってしまう。
または、なぜ、カウンターテナーを起用しなかったのか。これが、一番の謎だ。
ソプラノの少年アキーレとCTの大人ウリッセという対比で、喜劇的ドラマにぴしりと締りが出せた
はずなのに。ベジュン・メータやクリストフ・デュモーなんてこの役にピッタリだったろうに。


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          海辺のネレア(パラソルさしてる)とデイダミア

ネレア役のヴェロニカ・カンヘミは期待に背かず、ノーブルそのものの歌唱も風情も自然で、さらりと
した発声なので熱唱しても暑苦しさを感じさせない。この人とサリー・マシューズの二人のおかげで
全体がとても上品にまとまったと思う。
悲劇的結末の最後に、呆然と崩れるネレアという演出が、唐突なエンディングをなんとかまとめた。

オールデンの演出は、ほとんどマクヴィカーの『ジュリオ・チェーザレ』に迫るくらい踊りの要素が多く、
アクロバティックな所作も入って、ポップでしかも猥雑な振りもあり楽しい。ヘンデル最後のオペラの
内容にふさわしく、かなりハチャメチャなコメディア・デッラルテの要素を取り入れているのであった。
でも、あくまでも気品を保っていて、やりすぎないのがよかった。

しかしなんといっても、全体をびしっと〆ていたのは、コンチェルト・ケルンによるオーケストラ演奏だ。
大体私が座るバルコンの隅でオケを横から見るような位置だと、オケの音が響きすぎるきらいがある。
シュトラウスなどの威勢のいい音楽の場合、オケが鳴り過ぎて、歌手の声がよく届いてこない。
今回は、古楽オケだから編成は小さめなので、音量は丁度いい。
聴こえてくる音は、バロックには珍しいほどの重々しさが感じられる。弦の響きがじんじんと底の
方から伝わるようで、全体の音色に何ともいえない深みがある。
チェンバロは2台で、指揮のアイヴァー・ボルトンは、レチタティーボに入るときはほとんど自らチェン
バロを弾きリードしていた。それ以外の時は、上半身全体を流麗に動かした滑らかなダンスのような
指揮振りで、その自然な動きの美しさに思わず見とれてしまうほどだった。オケは指揮者の動きに
応えて、ちまちましたところの全くない、スケールの大きな音を出していた。気宇壮大という言葉が
似つかわしい演奏であった。成熟してどっしり構えた音作りというべきか。

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歌劇場のCD売り場のお姉さんによると、このプロダクションはDVD化が決まっているという。
だから、多分、年末あたりにTV放映もされるだろう。
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by didoregina | 2012-03-31 00:03 | オペラ実演 | Comments(11)

ナショナル・レイスオペラの『プラテー』

マーストリヒトに拠点を置くオペラ・ザウドと同じく、オランダ東北部のエンスヘデーに拠点を置く
ナショナル・レイスオペラは巡業専門のオペラ団で、地方への文化伝播・文化水準維持という面で
かけがえのない存在である。
しかし、その存在は、現文化教育相が躍起になって推進する助成金削減案(再来年から60%
カット)によって、風前の灯火の様相を呈している。
首都にあるアムステルダム歌劇場は優良株として助成金削減の措置を逃れご安泰だが、地方の
文化団体は政府からの補助がなくなれば、他に活路を見出すのは非常に困難だ。そして、首都
住人のみが文化の恩恵に与ることになり、地方での文化は貧困になっていく。。。

そのレイスオペラのプロダクションである『プラテー』は、家族揃って楽しめる高度な娯楽作品
に仕上がっていた。
「どうだ、見てみろ!こちらは、通好みの演目と演出でトンガリすぎのアムス歌劇場とは違う道を
行くのだ」とばかりに、ストレートに愉快でしかし客に媚びたところのないセンスのよさだった。

Platee by Rameau 2011年12月3日@Parkstad Limburg Theater Heerlen
c0188818_19451980.jpgMuzikale leiding  Jan Willem de Vriend
Regie  Mirjam Koen en Gerrit Timmers
Decor  Gerrit Timmers
Kostuums  Carly Everaert
Licht   Uri Rapaport
Choreografie T on Lutgerink i.s.m. Marieke den Dulk

Koor van de Nationale Reisopera
Combattimento Consort Amsterdam
Platée   Harry Nicoll
Mercure/Thespis  Vincent Lesage
La Folie/Thalie  Claron McFadden
Clarine/L’Amour  Eugénie Warnier
Cithéron/Momus (proloog)  Frans Fiselier
Momus (akte II en III)  Ashley Catling
Jupiter/Un Satyre  Philippe Kahn
Junon  Machteld Baumans

Co-productie met Opera O.T. Rotterdam

まず、コンセプトが明快でわかりやすい。
舞台はディズニー・ランドを思わせるようなテーマ・パークで、主要登場人物は、御伽噺の
キャラクターの扮装をしている。プラテーは不思議の国のアリス、ジュピターとジュノーは国王と
王妃(継母っぽい)、アモールはティンカーベル風、マーキュリーは馬に乗った騎士といういで
たちで、舞台デコールも遊園地のアトラクションそのもの。
合唱団は遊園地スタッフのユニフォーム姿だが、場面によっては、アトラクションの客やショーの
キャストの格好をしたりもする。
女遊びの絶えないジュピターにやきもちを焼くジュノーの怒りを静めるため、皆で芝居を打ち、
醜い水の精プラテーとジュピターに偽の結婚をさせるという、たわいのないストーリーだが、
読み替えのコンセプトに破綻が見られないどころか、非常に的を得てどんぴしゃと決まっていた。
もともとこのオペラのストーリー展開は破天荒で場面も突飛に飛ぶから、それをテーマ・パークの
ショー仕立てにする、というアイデアは素晴らしい。

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        一夜ごとに移動するから、大道具の設置も大変そうだが
        遊園地の雰囲気を上手く作ってある。

舞台の明るい雰囲気と登場人物の服装が、昨年アムステルダムで観賞したバロック・オペラの
『モレナ山中のドン・キホーテ』に似た印象だ。あちらは、巨大な本棚を舞台に古今東西の
名作文学のキャラクターの扮装をして飛び回っていた。両プロダクション共に、ファンタジーに
溢れた造形で、しかも誰でもが見覚えある登場人物なので、観客は安心して空想の世界に浸る
ことができる。
そういう風に、舞台そのものを観客の共同幻想の世界にしてしまうという発想が見事で、それを
実現させた演出家の手腕も素晴らしい。

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プラテー役のテノール、ハリー・ニコルの演技が抜群に上手い。容姿は醜いが恋に恋する夢見る
乙女という役をおっさんが演じて笑わせながら、純な心にほろりとさせる。(『モレナ山中のドン・
キホーテ』では空想の世界に行ってしまった認知症の老人のドン・キホーテをステファン・ドグーが
見事に演じ、同じように笑わせつつ最後にはほろりとさせた)

聞かせるような歌らしい歌はラ・フォリー以外にはほとんどない。そして、ラ・フォリー役のソプラノ、
クレーロン・マクファデンの歌唱には、動画の印象からかなり期待していたのだが、舞台ではイマ
イチ迫力不足であった。
澄んだ声は美しいし歌心が感じられるのだが、ちょっと響きが足りないのが意外だった。
彼女の歌が第一幕のハイライトで文字通りアトラクションなので、かなり盛り上がるはずなのに、
拍手もぱらぱらで寂しかった。2年前にはDNOの新作現代オペラ『楽園追放のアダム』での
イブ役の歌唱が力強く、存在感抜群で印象に残っていたのに、今回は拍子抜け。

もともとこの作品は、ルイ15世の王太子とスペイン王女の結婚式のためにラモーが作ったバレエ・
ブッファだからコミカルなストーリーに華やかな踊りが沢山入る。バレエ場面のための器楽演奏が
多いのだが、バレエの素養があるらしいダンサーは大人2人と子供3人くらいなので、ほとんどの
ダンスは素人でも踊れるような、テクニックを必要としないものだった。気取ったところのない、スト
リート・ダンスに近いものなので、親近感を感じさせて楽しいことは楽しい。

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         これは、珍しくバレエっぽいダンス。

最後のダンス・シーンは、合唱団や子供たちが揃って踊るウェスタン・ライン・ダンスで、なぜか
バロック音楽にぴったりはまるのだった。ここが結局最大の見せ場になり、拍手が一番多かった。
レイスオペラの弱点はいつでも合唱団だ。老人が多いため合唱の迫力に欠け、演技もノソノソして
いて見るに耐えない。だから、彼らが踊るもっさりしたウェスタン・ライン・ダンスは、ダサさ加減が
イメージにばっちりで、しかも音楽に合っていて効果抜群だった。

この夜の観客層は、いつもとかなり違うようで、知った顔が一人も見かけられなかったし、若い人が
多くファッショナブルで華やかだった。チケットがなかなか売れず、2枚で1枚分料金というオファーが
来たので主人と二人で出かけた。そういう人たちが大部分だったろう。多分、初めてバロック・オペラを
鑑賞する人ばかりだったのではないだろうか。エンターテインメントとして楽しめる万人向けのプロダク
ションでよかったと思う。これを機会に(バロック)オペラの客層が広がったら喜ばしい。
ただし、もっと笑ったり、途中で拍手をしてもいいのに、おずおずとした感じの観客が多くて、舞台と
いっしょになって盛り上がったり和気藹々とした雰囲気にはならなかった。多分、アムスでは違った
反応だったのではないか。地方の限界だろう。

音楽で観客をノセることができなかった歌手やコンバッティメント・コンソール・アムステルダムの
スケール不足も原因かもしれない。もっと観客を煽ってもいいのに、チマチマとまとまっていて
ハチャメチャ感に欠ける。コミカルなバロック・オペラなんだから、もっと音楽的に爆発した演奏なら
より満足度が得られたのに惜しい、と思った。
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by didoregina | 2011-12-04 12:50 | オペラ実演 | Comments(6)

エヴァ=マリア・ウェストブルック特集と今後の予定

先週の土曜日のNRC紙土曜付録マガジンDeLUXEには、オランダが誇るソプラノ歌手
エヴァ=マリア・ウェストブルックがゲスト・エディターに起用され、彼女の特集のみならず、
彼女の視点で書かれた記事が多くて、なかなか読み応えのある面白い内容になっていた。
タブロイド版でオールカラー写真だから、ぺらぺらと頼りない紙質だが永久保存したい。

まず、表紙がクチュールの(紙で出来た)白いプリーツのドレス姿のウェストブルックで、
メイクもカメラ・アングルも凝った、とてもモードっぽい写真なので、一見、彼女とは気が
つかなかったほどだ。

最初の記事は、恒例の「仕事場」というコラムのページで、ロンドンのロイヤル・オペラ・
ハウスコヴェント・ガーデンのステージから客席を見る位置の写真が全面に。
ウェストブルックが一番好きな仕事場がここであるので、ROHに関する彼女のコメントが
載っている。
曰く「プッチーニの『西部の娘』のコヴェント・ガーデンでの古い録画をよく観たものです。
ミニー役でその舞台に実際に立った時には万感が胸に迫りました。スカラ座やMETを夢見る
歌手は多いのですが、わたしにとってコヴェント・ガーデンが頂点なんです。」

そして、売り物記事はウェストブルックのインタビューだ。
いつも口元に笑みを絶やさないキュートなウェストブルックだが、今年4月のMETデビュー
初日での不調による降板の真相や、売れない下積時代の苦労を語ったり、不屈でポジティブ
思考の彼女の横顔が垣間見られて興味深い。

METでの『ワルキューレ』初日に、最初から声が出ないという大変な不調に見舞われた。
理由はどうやら、薬の副作用で声帯付近に水腫様膨潤が起こり、声が出なくなったらしい。
飲んだ薬というのは、子宮筋腫の影響で月経の出血量が非常に多いのを抑えるためのもので、
血管を狭めるのだが副作用として上記の症状が出る。以前にも同様に声が出なくなったときが
あるが、過労による声帯の疲れか友人の死というショック性のストレスによるものだと思って
いた。
今回は、同じ生理日に起きたので理由がはっきりしたらしい。その数ヶ月後にライデンの大学
病院で筋腫摘出手術を受けた。経過は良好で、体調にも声にも影響は出ていないと言う。


       2011年8月20日 アムステルダムの運河コンサートの〆で
       恒例の『アムステルダムの運河で』を歌うウェストブルック

また、尊敬する歌手として、レナータ・テバルデイ、ジュゼッペ・ディ・ステファーノ、
レジーヌ・クレスパン、アダミ・コラデッティ、レオニー・リザネクの5人を挙げ、詳しい
コメントを述べている。

旅行ページは、彼女の好きなサン・フランシスコ特集。
ファッション・ページでは、彼女自身がモデルとなって、モードっぽいメイクとドレス姿を
披露。普段と違うメイクで、なかなか憂いのある表情である。
敬愛するTVコック、アントーニオ・カルルッチオが、ウェストルブルックのために寄せた、
とても美味しそうなクリスマス・メニューのレシピもいい。

最後に今後の予定が載っている。
夫君のテノール歌手、フランク・ファン・アーケンがフランクフルトで来年1月から『オテロ』
主役を張ることや、2013年にはドレスデンで夫婦揃って『トリスタンとイゾルデ』を歌うこと
など。来年の予定として、「ウィーン、ニュー・ヨーク、ベルリン、サンティアゴ(チリ)、
ドレスデン、パリ、ロンドン、モンテ・カルロ」とあったので、どんな役なのか気になり、
彼女のオフィシャル・サイトを覗いてみた。
そうすると、予定が2013年末までしっかり詰まっている。目出度いことである。しかし、
あまりに売れっ子で世界の歌劇場でお呼びがかかるのはいいが、地元オランダで歌うことが
あまりなく、彼女の生の声を聴いたのは一度だけだ。アムスやブリュッセルで聴きに行こうと
思っていたオペラは大体どれも売り切れになってしまったのだ。

オフィシャル・サイトによると、2012年の予定は、
1月、ウィーン国立歌劇場で『仮面舞踏会』のアメリア、
4月、METで『ワルキューレ』のジークリンデ
5月、ベルリンでラトル指揮ベルリン・フィルと『ワルキューレ』コンサート形式、ジークリンデ
8月、サンティアゴ市立劇場で『タンホイザー』のエリザベート
9,10月、ドレスデンのザクセン州立歌劇場で『トスカ』タイトル・ロール
とある。
あれれ、6,7月のROHでの『トロイの人々』ディド役はどうなったのだろう?と大きな疑問が。。
遠くまで追っかけはできないが、ロンドンなら比較的近場だし、共演はカウフマンだし、カッ
サンドラ役にアントナッチで、ウェストブルックがディド役というのに大変興味を覚えていた
のだ。
どうして、本人のオフィシャル・サイトにその予定が載っていないのか、非常に気になる。
ROHのサイトでは、ウェストブルック出演ということになっているし、NRC紙には、2012
年には上記以外にパリ、ロンドン、モンテ・カルロの予定が記されているのに。

ついでに2013年の予定は、
1月、ブリュッセルのモネ劇場で『マノン・レスコー』タイトル・ロール!
3月、METで『リミニのフランチェスカ』タイトル・ロール
5月、フランクフルト歌劇場で『西部の娘』のミニー
6月、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場祝祭で『タンホイザー』のエリザベート
9月、ベルリンDOBで『ワルキューレ』のジークリンデ
11月、ドレスデンのザクセン州立歌劇場で『トリスタンとイゾルデ』タイトル・ロール(夫婦で)

再来年の1月にはブリュッセルだから、これは逃さずに行かないと!
そして、2015年にはバイロイトでイゾルデを歌うことも決まっている。
色々と気になる今後の彼女である。


       同じく運河コンサートでピーター・ウィスペルウェイ(チェロ)と
       ロナルド・ブラウティハム(ピアノ)の伴奏で、バーンシュタインの
       『ピーター・パン』よりDream with meを歌うウェストブルック
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by didoregina | 2011-12-01 15:12 | オペラ実演 | Comments(6)

Opera Zuidによるヤナーチェクの『カーチャ・カバノヴァー』

マーストリヒトに拠点を置くオペラ・ザウドが、今シーズンは『カーチャ・カバノヴァー』を
クプファー演出で上演すると知って以来、実演を心待ちにしてきた。
ヤナーチェクは好きな作曲家だし、地方のドサ周りオペラ団がクプファーに演出を依頼する
という意気込みに、これは見逃せないと思ったのだ。

実際、クプファー自身がオペラ・ザウドの歌手たちに演技指導をしている映像など見たり、
今回は意地悪な姑役で自ら出演する芸術監督でもあるミランダ・ファン・クラーリンゲンが
ブロシャーに書いた解説を読んだりすると、期待はいや増しになった。
開演前には、レン・ファン・シャイク女史による解説(元オペラ歌手の女史と音響技師の夫君の
コンビによるオペラ解説は、筋・演出・歴史背景などの説明のほか、登場人部を象徴するモチ
ーフ旋律や楽器、聴きどころなどの録音を交えた偏らない内容で素晴らしい)を聞いたりして、
泥縄式予習も行った。

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katja kabanova   L. Janáček  2011年11月20日@フレイトホフ劇場
regisseur  Harry Kupfer
dirigent  Stefan Veselka
decorontwerper  Hans Schavernoch
kostuumontwerper  Yan Tax
lichtontwerper  Jürgen Hoffman
assistent dirigent  Tjitte de Vries

orkest Limburgs Symfonie Orkest
koor  Het Zuidelijk Theaterkoor

Johanni van Oostrum  Katerina (Katja), vrouw van Tichon
Mark Duffin  Boris, Dikojs neef
Miranda van Kralingen  Kabanicha Kabanová
Michael Baba  Tichon, zoon van Kabanicha
Henk van Heijnsbergen  Dikoj, koopman
Elmar Gilbertsson  Kudrjás
Karin Strobos  Varvara, pleegdochter Kabanicha
Jacques de Faber  Kuligin, vriend van Kudrjás
Marjolein Bonnema  Glása, dienstbode
Saskia Voorbach  Feklusa, dienstbode


幕が開くと、舞台一面に泥のようなものが敷き詰められ、不気味なシルエットの幹と枝だけの
木立と電柱、梯子、そして傾いたチェストやテーブルや椅子などが全て黒で、存在を浮き立た
せている。
登場人物は皆、息詰まるような因習に束縛されたかのように、首まできっちりと詰まった上着で
その上に女性はコルセットで固く締め付けられている。そして、裾模様のように見えるが、実は
衣装の下の方には泥の汚れが固く付着しているのだった。

視覚的にかなり単純化された舞台デコールとコスチュームだ。逃げ場のない暗さが澱んでいる。

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      ヴァルヴァラ役のカリン・ストローボス(左)と
      カーチャ役のヨハンニ・ファン・オーストルム(右)は、
      昨シーズンの『ばらの騎士』コンビだ。


純な人妻カーチャは、専制的家長である姑カバニハに自由を束縛され、息が詰まるような毎日を
送っている。マザコンの夫は全く無気力で母の言いなり。出張で留守をする前には「実の母同様に
姑を愛すること」などと妻に誓わせたりする。
奔放で情熱的な青年ボリスは、教会で見初めたカーチャに夢中になり、所在無げなで欲求不満
気味のカーチャは夫の留守中に義妹ヴァルヴァラに焚きつけられて、ボリスと密会することになる。
ロシア文学によく見られるパターンであり、悲劇的結末はお約束のようなものだ。
カーチャはあまりに一途な性格であり、ボリスとの情事を浮気として軽く楽しむことができず、
罪悪感のみを抱く。自分(そして神)を偽ることができない生真面目な性格が命取りになる。


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         居丈高で意地悪な姑の最愛の息子は情けない駄目夫


人物描写が、舞台デコール同様、あまりにも白黒はっきりしすぎていて、まるで30年前の昼ドラ
もしくは新派の芝居みたいにチマチマしているのにはびっくり。意地悪な人たちはひたすら性悪で、
虐げられるタイプの人たちはひたすら弱弱しく、若者は奔放、と、あきれるほど単純な図式化で、
特に悪役はほとんどクサイとしかいいようのない演技である。
今どきのオペラにこんなのありか、人物造形にもう少し含みや奥行きがあってもいいのではないだ
ろうか、クプファーさん、といちゃもんを付けたくなった。
しかも、クライマックスのカーチャが身投げするシーンなど、あまりにスケール感がない影絵のよう
なもので、もうがっかり。

音楽はといえば、ヤナーチェクなのに、リンブルフ・シンフォニー・オーケストラの演奏にはドラマ
チックな迫力が全く欠けていて、覇気もなければ高揚感もない。ひたすら暗くて、ストーリー同様
に閉塞感に満ちている。う~む。これはつまらない。
指揮者はチェコ人だから、ヤナーチェクのオペラに不可欠な要素であるチェコ語の発話旋律指導
にも問題はないはずだが、もうすこしヤナーチェクらしさを演奏に出してもらいたかった。
オケの演奏があまりに盛り上がらないため、マチネ公演なのに眠気を堪えるのに必死になってしま
ったほどだ。(途中、実際にうとうとしてしまった。)
歌手は皆上手く、難癖つけるところはないのに。。。

というわけで、期待したものの半分も満足感を得ることができない公演だった。残念である。
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by didoregina | 2011-11-25 15:08 | オペラ実演 | Comments(2)

エネスコの『オイディプス王』@モネ劇場

当初観に行こうかどうか迷ったが、千秋楽に行ってきた。もう2週間以上も前になる。
なぜ迷ったかというと、モネでは今シーズン、どうやら全てのプロダクションの公演終了後
3週間、タダでオンライン・ストリーミング公開するらしいからだ。
でも、やっぱりエネスコのオペラ実演観賞機会は、これを逃したらもう2度と巡ってこないかも
しれない、という思いの方が勝った。
そして、それはいい選択だったのだ。しかし、なかなか記事にできないまま日が経ってしまった。
記憶はどんどん曖昧になっていく。そういう時、ストリーミングは便利である。もう一度オンライン
で全編見直すことができる。(12月2日までモネのサイトから。ただし、字幕はオランダ語と
フランス語のみ。フランス語で歌われるからフランス語字幕を読むとわかりやすいかも)

Oedipe by George Enescu   2011年11月6日@モネ劇場

Music direction¦Leo Hussain
Concept¦Alex Ollé (La Fura dels Baus)
Director¦Alex Ollé (La Fura dels Baus) Valentina Carrasco
Set design¦Alfons Flores
Costumes¦Lluc Castells
Lighting¦Peter Van Praet
Chorus direction¦Martino Faggiani
Youth chorus direction¦Benoît Giaux

Oedipe¦Dietrich Henschel
Tirésias¦Jan-Hendrik Rootering
Créon¦Robert Bork
Le Berger¦John Graham-Hall
Le Grand-Prêtre¦Jean Teitgen
Phorbas¦Henk Neven
Le Veilleur¦Frédéric Caton
Thésée¦Nabil Suliman
Laios¦Yves Saelens
Jocaste¦Natascha Petrinsky
La Sphinge¦Marie-Nicole Lemieux
Antigone¦Ilse Eerens
Mérope¦Catherine Keen
Une femme thébaine¦Kinga Borowska
Orchestra¦La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus

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舞台にかかった幕の模様が凝ったデザインを投影したものになっていて、オイディプスの縁起を
物語っているようだ、まるで『風の谷のナウシカ』の冒頭に似てる、と思って見ていたら、なんと、
薄い紗のような布が引かれると、模様と思ったのは実際の舞台上のデコールだった。
舞台は4層の壁(穿眼のような)になっていて、テラコッタで出来た彫刻のように静止した人物が
大勢立ち様々な姿勢で並んでいる。序曲の間中、人物はじっとしたまま動かない。様式美に溢れ、
ドラマチックな緊張感のある素晴らしい幕開けだ。

実際、ドラマチックという言葉が、このプロダクションを貫いていると思える。そして、わたしは
この作品を「音楽劇」として見た。音楽はドラマのドラマチックさを増幅するための添え物的なもの
であると。
スペインの劇団La Fura dels BausのAlex Ollé とValentina Carrascoによる演出は、いい
意味で非常に演劇的で、造形やモブの動作も緻密で美的な統一感がある。

オイディプスの出生から始まる数奇な人生を語るオペラである。
ギリシア悲劇に源泉を汲むオペラ作品は万とあるが、これは非常に正攻法で出来事をクロノロジカル
に淡々と語って見せる形式だ。しかし、単に事件や出来事の羅列にはなっていないのは、演出の
巧みさのおかげだろう。演技や動作でその後の展開の暗示がされたり、人物の性格表現がされて
いる。
例えば、スフィンクスを倒したオイディプスが、それと知らずに母と結婚する場面では、血の
着いた手で母の白い腕を汚す。母は、はっとしたような目で汚れた腕を見る、という具合である。

また、オイディプスというえばフロイト、という連想そのもののシーンに、白衣にカルテを手にした
精神科医のような養母が、カウチに横たわるオイディプスの夢診断をする、という場面があった。

三叉路で父王とオイディプスが出会うシーンも後々のドラマの伏線になっている。
道路工事中の道に仁王立ちのオイディプスが、車で通りかかった王たちを酒に酔った勢いで殺す、
という残酷な展開なのだが、羊飼いならぬ道路工事人夫にしっかり目撃されている。


古代ギリシア語のドラーン(行動する)がドラマの語源だとすると、このオペラがドラマチックに
展開するのは、主人公オイディプスの行動に負うところが大きい。
夢と神託という、いかにも古代ギリシア的な要素が劇の進行を支配しているのだが、それに抗する
行動に出て「宿命」を打ち砕こうとする人間がオイディプスである。

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        スフィンクスは小型飛行機に乗っている。飛行機の造形は
        なるほど、スフィンクスそのものだなあ、と思わせる。
        スフィンクス役のルミューの歌唱は迫力と説得力に満ちている。

スフィンクスの投げかける問いは、「宿命に打ち克つものは何だ?」という近代的なものだが、
自信満々のオイディプスは「それは人間」と答えてスフィンクスを負かす。よく言われるように、
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足の動物は?」という問いではないのがミソである。

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        平和と幸福の後には災いが。ペストに苦しむテーベを救えるのは、
        罪を犯したオイディプス王だけ。償いのために自ら目を潰す。

自らの行動こそが、宿命に打ち克つ方法だと信じるオイディプスは、しかし、暗い宿命に翻弄される。
償いとしての行動は、テーベ市民には理解されず、追放され、娘アンティゴネと放浪の旅に出るという
前途に全く救いの見えない状況だったのだが、最後には天から注ぐ泉の水オイディプスは浄化される。

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音楽もドラマチックではある。しかし、歌は無調なので、メロディーとして印象に残らない。観賞して
いる時には圧倒されても、すぐに忘れてしまうのだ。だから、音楽は添え物として聴いて、美しく
統一の取れた舞台のドラマを観た気分になるのだった。それで満足はできる素晴らしいプロダクション
だった。

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歌手は、低音の男性の登場人物がやたらと多い。だから、華やかさには欠ける。
女性では、母イオカステ役が美しくしかも迫力ある歌唱で舞台を〆ていた。それから、スフィンクス役
のルミューは期待通りの素晴らしさだった。
指揮者のフセインは、若いのにどうも神経質すぎるようで、正確さを出したいのはわかるが溌剌さに
欠ける。冒頭、客席の雑音がなくなるまで、何度も指揮をし始めるのだが止めたりしていた。
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by didoregina | 2011-11-22 11:13 | オペラ実演 | Comments(10)

3人の歌姫との4ショット@アムステルダム歌劇場

9月のアムステルダム歌劇場『タウリスのイフィゲニア』と『アウリスのイフィゲニア』
マチネ公演の後、主演・主要女性歌手3人のサイン会があった。
その時持って行ったカメラの感度がよすぎて(?)絞りが上手く利かず、窓からサンサンと
入る陽光のせいで、わたしの撮った写真はほとんど真っ白。誰が誰だかわからない代物だった。

舞台上の特設席に座っていたため、終了後なかなかフォアイエに出られず、サイン会の列の
ほぼ最後尾に並んだ。わたしの後ろには30代くらいの男性カップルがいて、多分、彼らも
特設席組だ。見ず知らずの他人だが、趣味を同じくする者同士、袖振り合うも多生の縁、
彼らのカメラで写真を撮ってメールで送ってもらえないかと頼んだ。

その時の写真が1ヶ月経ってから届いた。
やはり逆光がきつく、白っぽくなっていてゴメン、とのことだが、わたしの写真よりは数十倍マシだ。
せっかく送ってくれたので、4ショットをご披露したい。

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       「すみません、写真を撮りたいのであちらを向いていただけますか?」
        

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         にっこり微笑む美しいミレイユ・ドランシュ、
         溌剌とファンに対応するアンヌ・ソフィー・フォン・オッター、
         遠くの端にヴェロニク・ジャンス。

サイン会は、たいがい、CD売り場の隣の階段脇で行われる。アムステル川に面した
フォアイエは大きなガラス張りで、行き交う船が眺められる。アムステルダムらしい風景だ。

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         歌劇場正面入り口を出て右手に回り、スピノザの銅像に挨拶
         してから橋を渡り真っ直ぐ行くと、次の橋から南教会が見える。
      
       
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by didoregina | 2011-11-03 13:09 | オペラ実演 | Comments(4)

『セルセ』は体当たりマレーナ様の当たり役!

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Serse (1738)     2011年10月23日@Theater an der Wien
Musik von Georg Friedrich Händel
Dichtung nach Nicolò Minato und Christian Postel

Musikalische Leitung: Jean-Christophe Spinosi
Inszenierung: Adrian Noble
Ausstattung: Tobias Hoheisel
Licht: Alan Burrett

Serse: Malena Ernman
Arsamene: Bejun Mehta
Amastre: Luciana Mancini
Romilda: Adriana Kucerova
Atalanta: Danielle de Niese
Ariodate: Anton Scharinger
Elviro: Andreas Wolf

Orchester: Ensemble Matheus
Chor: Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)

一年前から胸をときめかせて待っていた、マレーナ様が男性役で主演のオペラ・プロダクションの
初日公演は、オーストリアの新聞評では大絶賛だった。
しかし、あえて眉唾で実演には臨んだ。信ずるのは自分の目と耳だ。

平土間2列目中央の席はスピノジの真後ろなので、指揮者の頭が視界の邪魔になるんじゃかいか、
と前日に心配になったが、実際には杞憂であった。
前日の『怒れるオルランド』同様、スピノジのしなやかな体型に似通った滑らかな指揮ぶりで、
アンサンブル・マテウスは若々しく溌剌とした音楽を奏でる。このオケの出す音は、低音弦楽器の
くっきりとした響きと、生き生きとした色彩感に溢れた高音弦楽器との対比が絶妙で、しかも上手く
融合している。
このバロック・アンサンブルとこの劇場とは、規模と音響の面で素晴らしくマッチしている。

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序曲の間、ステージ上の円形の壁は閉じられているが、そのすぐ後に「オンブラ・マイ・フ」の
前奏が始まると、引き戸が開くように中央から左右に壁が開いて、妖精が飛び回っていそうな
秘密の森が現れる。
森の神秘性を強調するために、ステージから霧のようなスモークがふわ~っと客席に流れて来る。
木々の緑と木洩れ日と清涼な空気の流れとを写実的に表現した舞台の視覚的効果は抜群で、
あまりに正攻法なのに、その清々しさにのっけから気分は高揚する。
プラタナスの木陰の美しさに感極まったセルセが歌う「オンブラ・マイ・フ」を聴きながら、舞台
効果と音楽の叙情的な美しさが相まって、観客は主人公とひと時の幸福を共有した。
蚕から絹糸を取り出すように、きらめく細い音を伸ばして緊張を高め、縒りをかけつつ糸を紡ぎ出す
慎重さでマレーナ様は清々しいアリアを歌うので、こちらは最初から涙がこぼれそうになった。

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叙情性溢れるこの音楽で、いきなり最初から感動の場を作ってしまうとは、ヘンデルもかなり変わった
構成の作曲をしたものだと思う。
この歌を歌っている時点でのセルセは、自然美に感動する真っ当な精神の持ち主だ。

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         セルセに口説かれ迫られて、身をくねらせるロミルダ。

木の上からするすると降りてくるロミルダは森の精か木の精さながらで、その清純な美しさには
セルセでなくても参ってしまうだろう。ロミルダ役のアドリアーナ・クセローヴァは、目がパッチリとして
舞台栄えがするルックスと素直で甘い声の持ち主で、役柄にぴったりである。
ストレートで癖のない歌い方も好感が持てる。

それに対して、姉のアタランタ役はダニエルちゃんで、全ての面で対照的だ。
いつもの通り、自信たっぷりに変な発声法で聴くに耐えないような濁った声を張り上げる。オーヴァー・
アクションの似合うド派手なルックスとコケットなシナも相変わらずだ。諦めの境地になって、また例の
ワンパターンか、と彼女には苦笑してしまうのだが、なぜか観客ウケがよいのが不思議だ。
コミカルな演技が上手いのは毎度だが、ダンスで鍛えた体の柔らかさの賜物か、様々な姿勢で歌える
のには感心した。

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         セルセも呆れて、かしましいロミルダの口を塞ぐ。

セルセの弟アルサメーネ役は、その晩は喉の調子が万全ではないが歌う、というアナウンスの入った
ベジュン・メータだ。高音になるととたんに声量を落としているものの、それ以外は押し出しがしっかり
したツヤのある声でテクニックにも問題はない。昨年から彼の声に魅力が増したので見直したのだが、
今回も期待を裏切らない。
コミカルな演技や表情もなかなか上手く、この役に嵌っている。

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         アルサメーネを空安心させるセルセ。


セルセの婚約者アマストレ役のルチアーナ・マンチーニが、小柄なのに迫力ある中低音をダダダダッと
機関銃のように発射して歌うたびに、拍手喝采であった。最初は迫力満点なので度肝を抜かれたが、
だんだんといつでも一本調子で押しまくるのが鼻についてきた。美しい声とか歌唱という範疇には全く
入らない。役を選ぶ声質だ。
しかし、男装のスパイのように登場する謎の女として、要所要所に登場して、ストーリー展開を変える
得な役割だし、声量は十分すぎるほどあるので、観客のウケがよかった。

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マレーナ様は、前半は特にパワー温存のため声量をかなりセーブしていた。それで、しみじみと聴か
せるアリアは弱音の美しさが堪能できていいのだが、クレージーな性格を反映したような曲になると、
声が小さいとちょっと説得力に欠ける。しかも、他の歌手は馬鹿でかい声を張り上げる人が多かったの
で、相対的に声量のみを比較されると損だ。
なぜかこの日の観客は、声量で勝負の歌手に大甘で拍手喝采するので、美声だが声量少なめだった
マレーナ様だけ不当に評価されているような気がした。もともと絶対的声量に乏しい人ではないことは、
ダイドー役やネローネ役やイノ役で聴いた限り、はっきりしている。今回は主役だから長丁場をほぼ出
ずっぱりで、しかもアクロバティックなテクニックが必要なアリアが多いので、大声を出しまくりパワーで
勝負の歌唱は、美意識の点からも避けたかったに違いない。
ただ、かぶりつき席だったせいか、発声のたびに直前に鼻から息を吸い込む音がずすーっとするのが、
ちょっとバルトリ姐の影響なのか、かなり耳に付いた。

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            第二幕になってからは、声量も出して
            アクロバティックなアリアを披露した。

しかし、マレーナ様の醍醐味は、何といっても演技を含めた全体の表現力とカリスマ性にある。
完全に男性になりきった迫真の演技で好色な馬鹿殿セルセを演じ、表情にも態度にも一瞬の隙も
ない。
体型も動きも、本当に男性としか見えないから、ズボン役のマレーナ様を初めて舞台で観る人は
驚いたことだろう。

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癇性で独善的でエキセントリックでコミカルな役であるから、セルセはマレーナ様の当たり役になるに
違いない、と思ったとおりの迫真の演技だった。
女性らしい胸のふくらみは消していて、薄いブラウスになっても、筋肉質の厚い胸板にしか見えない。
例えば、他のメゾがズボン役を演じる場合、体型や顔つきがなかなか男性には見えないし、動作も
男性になりきっていることは少ない。それが、マレーナ様の場合、声以外は身振りも男性そのものだ。
ロミルダを口説く時には、軽妙な足取りのダンスやタンゴのような踊りもするし、見ごたえ抜群だった。

エイドリアン・ノーブルの演出は、兄弟と姉妹の恋の鞘当に男装の女性も登場する舞台を森に設定
したので、シェイクスピアの『お気に召すまま』の雰囲気そのもの。
舞台装置は、写実的な森が回転し、それを囲む円形の壁が開いたり閉まったりするのみでシンプル。
それなのに、効果は抜群で、ファンタジー溢れる演劇的な空間になっていた。
相当高レベルの演技力が要求されたに違いなく、それに歌手は皆応えて、芝居の役者並みの演技を
しつつ歌うのだった。
昨年ウィーン国立歌劇場で上演されて好評を博した、同演出家による『アルチーナ』のようにDVD
化もしくはプロダクションとして定番化したらいいのにな、と思う。
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by didoregina | 2011-10-27 17:12 | オペラ実演 | Comments(14)

演奏会形式の『怒れるオルランド』@アン・デア・ウィーン劇場

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Orlando Furioso
Musik von Antonio Vivaldi
Libretto von Grazio Braccioli
22.10.2011 @ Theater an der Wien





Musikalische Leitung: Jean-Christophe Spinosi
Orlando: Delphine Galou
Alcina: Marina de Liso
Bradamante: Kristina Hammarström
Ruggiero: Iestyn Davies
Medoro: Blandine Staskiewicz
Angelica: Veronica Cangemi
Astolfo: Christian Senn
Orchester: Ensemble Matheus

ウィーン遠征第一日目夜は、ヴィヴァルディの『怒れるオルランド』だ。
同じ日に国立歌劇場では、クリムト風舞台セットの『サロメ』を上演していたが、定番化している
『サロメ』よりもレアなバロック・オペラを選んだ。
こちらは、スピノジ指揮で器楽演奏はアンサンブル・マテウスというのが、翌日の『セルセ』と同じ
だし、ヴィヴァルディのオペラは上演機会が少ないから、演奏会形式だが食指が動いたのだった。

バロック・オペラは長いので、開演時間が夜7時と早く、終わるのが遅い。だから、腹ごしらえも
重要だ。2時にホテルにチェックインして、まずは、ウィーン名物のカフェ(コーヒーハウス)へ。

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        カフェ・オレに泡立てたミルクの乗ったメランジュ。 
        スポンジの肌理の荒さとデコレーションがいかにも手作り風
        のケーキは、ふわふわのトリュフル・トルテ。
        
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        老舗カフェSperlはホテルと劇場から程近く、町の中心からは
        外れているので観光客は少なく、地元の人ばかりで落ちつける。

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        1880年創業当時の名物ビリヤード台と
        各種新聞の乗ったテーブル。常連はじっくりと
        新聞を読みつつ、ひねもすコーヒー一杯で粘る。

そして、4時ごろから、ナッシュ・マルクトに行って、早目の夕食を摂った。

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         去年も同じ屋台で飲んだシュトゥルム(濁りワイン)
         左はロゼ、右はラズベリー。一年越しの念願だった。

魚屋兼魚レストランで、いわしのフライとローズマリーをまぶしたポテトのオーブン焼きという軽い夕食。
天気がいいので、10月下旬だというのに、外のテラスで食べられたのは幸運だった。
着替えと準備のため5時半にはホテルに戻った。

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           昨年同様、劇場隣のホテル・ベートーヴェン泊。
           とにかく便利。中二階のラウンジで。窓の外に
           見えるのがアン・デア・ウィーン劇場。

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         秋らしい万寿菊の帯を締めたかったので、着物は地味に。
         10年前なら、大島紬に派手な袋帯という組み合わせは
         考えられなかっただろう。特にヨーロッパの歌劇場では
         こんなちょっと洋風の色合いとコーディーネーションが
         映えるし、雰囲気に馴染む。

地味にしたつもりだが、結構目立ったかもしれない。終演後、アルチーナ役だった歌手に
「ベリッシマ!」と着物姿を褒められたから、うれしかった。

さて、劇場に入ると、同行のsarahoctavianさんが「まあ、素敵!」と声を上げた。舞台が
明日の『セルセ』のセットのままで、森の造りになっていたからだ。
ファンタジー溢れる美しいセットを背景に、しかし歌手はてんでんばらばらの私服の衣装で、
譜面台を前にして立って歌う。

アンジェリカ役のヴェロニカ・カンヘミ(カンジェミ)だけは、最初から最後まで暗譜で、お姫様
らしい銀のロング・ドレス姿に演技も交えて歌った。彼女は、CDにも参加しているしすでに各地で
コンサート形式で歌っているから慣れたものだろう。彼女以外は、CDのキャストとは異なるし、
当初の公演予定から2人キャスト変更になったから、楽譜を見ながらでも仕方ない。

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       カーテンコールで、左からスピノジ、ガルー、カンヘミ、スタスキヴィッツ

オルランド役のデルフィーヌ・ガルーは、痩せて長身のメゾだ。写真では迫力のある美人なのだが、
実際の舞台では、なぜか主役としてのオーラが感じられない。声にとりたてて魅力がないのと、
スタイルは整っているのにズボン役に不可欠の華がないからだ。痩せてて体力なさそうでも、
ミヤさまだったら、ぞっとするような独特の魅力があるのに、とはsarahoctavianさんの弁。

コンサート形式だと舞台衣装が私服だし、しかもメゾが多く登場する複雑なストーリーのこの
作品では、誰が誰なのかよくわからなくなってくる。だから、声に特徴があるとか、歌唱に味が
あるとか、何か突出するものがないと演技で補えないだけに厳しいものがある。

非常に重要な役である魔女アルチーナ役だったメゾのマリーナ・デ・ミソが、かわいそうなくらい
印象に残らなかった。まず、趣味を疑ってしまうようなクリーム・イエローの変なデザインのロング・
ドレスが魔女のイメージではない。クラシックすぎてバロックの舞台には似合わない。ケルメス姐を
見習ってもらいたいものである。
外見が地味でオーラがないのだから、邪悪さを表現した歌唱で魔女らしさを出すべきなのに、
なんだかおっとりしたオバサンみたいな表情と歌い方でちっともキマっていない。
奇想天外なストーリー展開を操る一番重要な役なのに、まるで気のいい魔法使いのおばあさんだ。

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            終演後、楽屋口で私服のカンヘミ

カンヘミは、今回唯一のソプラノだし小柄でお姫様役にぴったりだが、声量はあまりない。
暗譜で演技もしているし、堂々たる実力の歌唱なのだが、いかんせん声量が少ないのは、
この劇場ではあまり受けないようで、難しいところだ。

歌手の中で、歌唱で断然光っていたのは、ルッジェーロ役のCTイェスティン・デイヴィスだ。
近頃の若手CTのテクニックには目を瞠るものがある。声量もしっかりあるし、音程もしっかり安定
しているし、メゾには出せない男性的な迫力が表現できるのが頼もしい。
イェスティン君の場合、パワーで押しまくるのではなく叙情的な歌心もあるのが素晴らしい。
第一幕での、フラウト・トラヴェルソとの掛け合いでは、堂々たる歌唱を披露したので、フルート奏者
および彼に対して贈られた拍手が轟々と鳴り止まなかった。
盛り上がり効果抜群のアリアがあったおかげの役得とも言えるが、技術面に支えられていないと
こけてしまってとんでもないことになるのだから、緊張も要するだろう。難なく余裕で歌い上げていた。

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       カーテンコールでも拍手喝采のイェスティン君とアルチーナ役のデ・ミソ

しかし、舞台上の彼は、ネクタイとベストとズボンの上にベルベットの普通の背広を着ているので、
ダサい学者みたいに見えたのが難である。もう一人の男性歌手がシルバー・グレーのいかにも
ステージ衣装っぽい格好をしているので、普段着みたいな彼は場違いで浮いている。たいがいの
CTはおしゃれなのに。腑に落ちない。。。
終演後、楽屋口に行って出待ちをしていたら、外に立ってる男性が英語でしゃべる声が聞こえた。
ふと見ると、イェスティン君である。かわいいガール・フレンドと並んでいる。なるほど。
首にマフラーを巻いただけで、ステージ衣装も普段着みたいなもので着替える必要なしだから、
客よりも早く外に出られたのである。

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           ステージではダサかったが、素顔は可愛い
           イェステイン君。俳優のマカヴォイ似。


歌唱でもう一人印象に残ったのは、ブラダマンテ役のクリスティーナ・ハマーストレームだ。
衣装はグリーンのふんわりしたブラウスに黒のパンツで、オバサン体型丸出しでイケてなかったが、
聴いていて安心できるまろやかな声質と、味わいとメリハリのある歌唱で、しみじみと心に響いてくる。
地味な人だが、歌うとオーラが放たれ惚れ惚れさせるのだった。

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           終演後の私服がいいし、素顔の方が美人の
           ハマーストレーム。

スピノジ指揮アンサンブル・マテウス演奏のCDは、結構色々持っているが、生で聴くのは今回が
初めてだ。平土間の6列目で、舞台も指揮もオケもよく見える場所だった。
弦楽器の音色の整い方にはびっくりで、左から響く滑らかな高音楽器と、右からびしばしと響く低音
楽器の対比がくっきり生き生きしている。

コントラバスやテオルボおよびチェンバロの通奏低音もかなりよく主張して響いてくるのが心地よい。
底をちょろちょろと流れるような感じではなく、ぴしりとエッジが効いているのが特徴だ。まったりして
いないのがヴィヴァルディらしくていい。

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            楽屋口でのスピノジ

スピノジの指揮は、オーヴァーアクションではないがエネルギッシュで、自然なアンサンブルのまと
め方と要所でのツボの引き出し方が上手い。
2幕目では、スピノジが自らヴァイオリンを手にしてラ・フォリアを弾き、アルチーナと掛け合いを
したのもウケた。

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            ホテル・ザッハの建物にあるプレート。
            ヴィヴァルデイが住んでいた。
            彼は、その年ウィーンで亡くなっている。
       
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by didoregina | 2011-10-25 11:51 | オペラ実演 | Comments(10)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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