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ヘンデルの『ロデリンダ』@ENO

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2014年3月2日@ENO

Rodelinda Rebecca Evans
Bertarido Iestyn Davies
Grimoaldo John Mark Ainsley
Eduige Susan Bickley
Unulfo Christopher Ainslie
Gardibaldo Richard Burkhard

Conductor Christian Curnyn
Director Richard Jones
Set Designer Jeremy Herbert
Costume Designer Nicky Gillibrand
Lighting Designer Mimi Jordan Sherin
Video Design & Animation: Jeremy Herbert and Steven Williams
Movement Director Sarah Fahie
Translator Amanda Holden










English National Opera (ENO)で現在上演中のヘンデル『ロデリンダ』は、この歌劇場の通例
通り、原語ではなく英語上演である。
ヴェルディやロッシーニ、プッチーニはたまたドニゼッティなど、こてこてのイタリア・オペラを英語で
歌われると、かなり耳なじみが悪いだろう。。また、ヘンデルのよく知られたイタリア語歌詞の曲の
場合も英語で聴くのは辛い。しかし、ヘンデルのオラトリオにはもともと英語歌詞の作品が多いから
だろうか、今回のオペラも英語に訳して歌われるのを実際に聴いてみて、当初恐れていたほどの
違和感を感じなかった。
オペラ『ロデリンダ』には、私自身あまりなじみがないと言うこともあるが。

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ロンドン・コリシアムと呼ばれるこの歌劇場は、トラファルガー広場から程近い場所に1904年に
建てられ、外観も内装もなかなか重厚な世紀末趣味が感じられる。
円形に近いホール中心に沿うように客席が作られ、ホールに奥行きがあまりなく、大きさも程よく、
客席床は緩いスロープで少しずつ高くなっているから、平土間のどの位置に座っても舞台はよく
見えそうだし、音響にも大差なさそうだ。
私たちは、今回、平土間2列目中央に席を取った。

舞台前のオーケストラピットは深めで、1列目中央に座っても指揮者の頭が邪魔にならないだろう。
しかし、そのためもあるのか、小編成のオケの音は音量が控えめでよく聴こえてこない感じだ。
まあ、イギリスの古楽系指揮者およびオケにありがちなので驚かないが、とにかく歌手の邪魔を
しないことを旨としているとしか思えないような、耳にも胸にも響かない、印象に残らない演奏で
あった。彼らの演奏には、ワクワク感とかスリルとか主張のあるカッコよさとかを期待するのは
間違いである。火傷しそうなほど熱かったり、ピリッとしたスパイスの利いた演奏を聴かせる、個性
溢れるヨーロッパの古楽オケやアンサンブルの数々に慣れた耳には、さらりとした無色透明の白湯
みたいで、味とか熱が全く感じられないのだった。

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上の写真で舞台の全体的な造形がよくわかるだろう。
『ロデリンダ、ロンバルディアの女王』というタイトルから乖離しないよう、時代は50年代かと
思しく、ミラノの暗黒街が舞台である。
舞台手前に置いてある3基のホームランナーの上を登場人物が走ったり歩いたりして、ちょっと
レトロなフィルムノワールのカリカチュア的雰囲気、例えるならば『ディック・トレイシー』みたいな
イメージである。
ミラノを独裁で牛耳っていたと思われるベルタリドは、敵対するマフィアの親分グリモアルド に
よって失墜・追放させられた。その妻ロデリンダと息子は、敵方に捕えられ軟禁されている。
ヴァレンチノもどきの無声映画時代のハリウッド・スターのブロマイドみたいな甘い表情で写って
いるベルタリドの栄光時代の写真が、壁にべたべたと貼られているのには笑えてしまう。l

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             妻子が心配で、浮浪者に身をやつしてミラノに舞い戻ってきたベルタリド


ロデリンダとベルタリドの息子は、リチャード・ジョーンズによる今回の演出では、20代始めと
思しき年齢設定なので、ロデリンダもベルタリドの妹エドゥージも50歳くらいの年増の雰囲気で
違和感はない。しかし、ベルタリド役のイエスティン・デイヴィスは30代前半と若いし、もともと
ベビーフェイスで実際の年齢より普段でも若く見えるから、白髪交じりの鬘を付け老けメイクを
しても20歳くらいの息子がいる中年もしくは初老の男性に化けるには無理がある。
イエスティン君は目チカラがあるし、痛々しい表情で苦い境遇の薄幸の人物を上手く演じては
いるのだが。
彼の役どころは、最初から最後まで同情を買う、悲劇の主人公である。

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それに対する敵のグリモアルドは、憎々しげで太ったマフィアの親分風の嫌な奴で、まさしく
アメリカ映画の悪役そのものだ。
ジョン・マーク・エインズリが下種な悪役になりきりなのに唸らされた。
徹頭徹尾カリカチュアライズされた悪役だから、やることなすこと笑いを誘うのである。

ハリウッドのギャング映画のパロディー風演出なので、悲劇の主人公ベルタリドはいつでも
弱々しげな哀しい目つきで、ワルイやつににいたぶられがまま、という善悪・白黒がはっきり
した設定と展開だから、全体のトーンはコミカルにならざるをえない。オペラセリアであるはず
なのにドタバタコメディになっているのである。
それは今日、ヘンデルのオペラを現代演出で上演する場合、避けられないパラドックスなのだと
思う。もともと、喜劇的要素がある脚本だし、音楽にも悲劇のトーンは少ないからだ。

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このオペラでは、CTによって歌われるベルタリドのアリアに美しい曲が多いし、同情を誘う役柄
だし、今回のキャストでもイエスティン・デイヴィスの存在感(歌唱と演技両方)が贔屓目でなしに
一番光っていた。タイトルも『ロデリンダ』ではなく、『ベルタリド』にしたらよかったのではないかと
思えるほどだった。イエスティン君が真の主役であったことは誰の目にも明らかだった。

とにかく丁寧かつ誠実に心を込めた歌を聴かせるのが彼の真髄である。歌唱に無理がないから、
音がぶれたりすることが全くなく、どの音域でもとても安定して安心して聴くことができる。
声質的には、CTの中ではかなり男っぽい声である。
装飾に凝ったり技巧に走るタイプではなくストレートな歌唱で勝負するから、ヘンデルのオペラに
ぴったりだ。
彼の歌を聴いていると、言葉の意味の重要さも大切にしていることがよくわかる。単語のひとつ
ひとつにしっかりを意味を込め、音符の一つ一つを大切にして色と陰影を付けるから、美しい英語の
発音も相まってとても分かり易く、聴く者の心にまっすぐに届く。
だから、ベルタリドの心情を切々と歌われるのに胸が痛んで、こちらの目からも思わず涙が
こぼれそうになった。

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さて、ベルタリドの腹心の部下であるウヌルフォ役もCTであるから、二人のCTを同じ舞台で聴き
比べることができるのも楽しみにしていた。
しかも、まだ生の歌声を聴いたことのない、期待のクリストファー・エインズリーだから、彼の歌唱に
は身を乗り出して聴く構えだった。
イエスティン君と比べると、クリスの歌唱はメリハリに乏しく一本調子だ。彼の声も比較的男性的で
ダークな色合いで少々重い。まだ若いから、これから経験を積んで変化していくだろうから、今回
の舞台のみで判定するのは早計ではあるが、ちょっとまだ歌唱では印象が弱い。

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                     左がクリス

しかし、クリスには、舞台映えするルックスと存在感という強みがある。このまま研鑽を積んでいけば
キャリアも自ずと開けるのではないかと思わせた。

ところで、今回の登場人物は皆、思い人の名前を自分の体に彫っていたり刺青を入れさせたりする
のだが、最後近くのシーンになって、血だらけのシャツを脱いだウヌルフォの背中に大きく彫られた
名前を見てにやりとしてしまった。そこには、ベルタリドと彫られていたのだ。


この『ロデリンダ』は、明日3月8日CETで18時50分から(GMTで17時50分から)BBC3より
生放送される。
一週間はオンデマンドで聴けるはずなので、ぜひともお聴きいただきたい。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b03x160z
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by didoregina | 2014-03-07 17:01 | オペラ実演 | Comments(10)

DNOの2014・2015年演目発表  デュモーのタメルラーノ!

ヨーロッパの歌劇場の先陣を切って、アムステルダムのDNOが来シーズン演目を発表した。

http://operaballet.nl/en/program/season-2014-15-opera-ballet

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昨日からオペラとバレエが合併して、正式名称Nationale Opera & Balletになった。
オペラ部門のオランダ語名はDe Nationale Opera、英語名はDutch National Opera
なので、略称は今までのDe Nederlandse Operaと同様DNOのままというのは、面倒がなく
よろしい。

演目・キャストをコピペして、一言コメントを添えた。

全体的には、近年まれにみる充実ぶりと言える。理由のひとつは、バロック・オペラが3作しっかり
入っていることと、その出演歌手が凄いからだ。


Gurre-lieder Arnold Schönberg (1874 -1951) 2-23 September 2014

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Christof Hetzer
Lighting Design: Jean Kalman
Video: Martin Eidenberger
Dramaturgy : Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Waldemar : Burkhard Fritz
Tove : Emily Magee
Waldtaube: Anna Larsson
Bauer : Markus Marquardt
Klaus Narr: Wolfgang Ablinger-Sperrhac

アルブレヒト指揮・オーディ演出。演出付で『グレの歌』上演と言うのは珍しいのではないか。
この曲は生で聴いたことないので興味津々。トーヴェにエミリー・マギー、山鳩にアンナ・ラーソン。


Orfeo Claudio Monteverdi (1567-1643) 3-6 September 2014

Musical Director: Pablo Heras-Casado
Stage Director/Choreography: Sasha Waltz
Decor: Alexander Schwarz
Costumes: beate Borrmann
Lighting design: Martin Hauk
Orchestra: Freiburger Barockorkester
Cast:
La Musica/Euridice: Anna Lucia Richter
Orfeo: Georg Nigl
La Messagiera/La Speranza: Charlotte Hellekant
Caronte: Douglas Williams
Proserpina: Luciana Mancini
Plutone : Konstantin Wolff
Ninfa/Pastore 1: Cécile Kempenaers
Apollo/Eco/Pastore 4: Julián Millán
Pastore 2/Spirito: Kaspar Kröner
Pastore 3/Spirito: Kevin Skelton
Pastore 5/Spirito: Hans Wijers

パブロ・ヘラス=カサド指揮FBO!サシャ・ヴァルツ演出・振付!オルフェオにゲオルク・ニグル。
プロセルピーナにルチアーナ・マンチーニ!


L’étoile  Emmanuel Chabrier (1841-1894)  4-26 October 2014

Musical Director: Patrick Fournillier
Stage Director and Costumes: Laurent Pelly
Decor: Chantal Thomas
Lighting Design: Joël Adam
Dramaturgy: Agathe Mélinand
Orchestra:  Residentie Orchestra
Cast:
Ouf I: Christophe Mortagne
Lazuli: Stéphanie d’Oustrac
La Princesse Laoula: Hélène Guilmette
Siroco: Jérôme Varnier
Hérisson de Porc-Épic: Elliot Madore
Aloès: Julie Boulianne
Tapioca: François Piolino

ローラン・ペリ演出、ラズーリにステファニー・ドゥストラック。


Lohengrin  Richard Wagner (1813-1883)  10-29 November 2014

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Pierre Audi
Decor: Jannis Kounellis
Costumes: Angelo Figus
Lighting design: Jean Kalman
Dramaturgy: Klaus Bertisch
Orchestra:  Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
heinrich der Vogler : Günther Groissböck
Lohengrin: Nikolai Schukoff
Elsa von Brabant: Juliane Banse
Friedrich von Telramund: Evgeny Nikitin
Ortrud: Michaela Schuster
Der Heerrufer des Königs: Bastiaan Everink
Vier brabantische Edle: Pascal Pittie Morschi Franz Harry Teeuwen Peter Arink
Vier Edelknaben: Tomoko Makuuchi Michaela Karadjian Anneleen Bijnen Inez Hafkamp

オーディ演出、ローエングリンにシューコフ、テルラムントにニキーチン、オルトルードにシュスター。


La bohème Giacomo Puccini (1858-1924)  7-30 December 2014

Musical Director: Renato Palumbo
Stage Director: Benedict Andrews
Decor: Johannes Schütz
Costumes: Victoria Behr
Lighting design: Jon Clark
Orchestra:  Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Rodolfo: Atalla Ayan
Schaunard: Thomas Oliemans
Benoit/Alcindoro: Matteo Peirone
Mimi : Grazia Doronzio
Marcello: Massimo Cavaletti
Colline: Gianluca Buratto
Musetta: Joyce El Khoury
Parpignol: Morschi Franz

ムゼッタにジョイスちゃん。


Il viaggio a Reims  Gioachino Ross ini (1792-1868)  20 January
2-8 februari 2015

Musical Director: Stefano Montanari
Stage Director: Damiano Michieletto
Decor: Paolo Fantin
Costumes: Carla Teti
Lighting design: Alessandro Carletti
Orchestra: Netherlands Chamber Orchestra
Cast:
Corinna: Eleonora Buratto
La Marchesa Melibea: Anna Goryachova
La Contessa di Folleville: Nino Machaidze
Madama Cortese: Carmen Giannattasio
Il Cavaliere Belfiore: Juan Francisco Gatell
Il Conte di Libenskof: Michael Spyres
Lord Sidney: Roberto Tagliavini
Don Profondo: Nicola Ulivieri
Il Barone di Trombonok: Bruno De Simone
Don Alvaro: Mario Cassi
Don Prudenzio: Biaggio Pizzuti
Delia: Maria Fiselier
Maddalena: Teresa Iervolino
Modestina: Florieke Beelen
Zefirino/Gelsomino: Jeroen de Vaal
Antonio: Tomeu Bibiloni

ミキエレット演出。マチャイゼとスプライヤーズ。


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Tamerlano  Georg Friedrich Händel (1685-1759)  24-28 February 2015

Musical Director: Christophe Rousset
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Patrick Kinmonth
Lighting Design: Matthew Richardson
Orchestra: Les Talens Lyriques
Cast:
Tamerlano: Christophe Dumaux
Bajazet: Jeremy Ovenden
Asteria: Sophie Karthäuser
Andronico: Delphine Galou
Irene: Ann Hallenberg
Leone: Nathan Berg

出た!真打登場!デュモーのタメルラーノ!モネとの共同プロなので、ブリュッセルでも観れる!
オーディ演出2005年の再演。ドロットニングホルム版!
オケ、指揮、キャストに文句なし!このままキャスト変更がなければ、ほとんど最強だ。


Alcina  Georg Friedrich Händel (1685-1759)  25 February-1 March 2015

Musical Director: Christophe Rousset
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Patrick Kinmonth
Lighting Design: Peter van Praet
Orchestra: Les Talens Lyriques
Cast:
Alcina: Sandrine Piau
Ruggiero: Maite Beaumont
Bradamante: Varduhi Abrahamyan
Morgana: Sabina Puértolas
Oberto: Chloé Briot
Oronte: Daniel Behle
Melisso : Giovanni Furlanetto

『タメルラーノ』同様ドロットニングホルム版で、同時期に交互上演。モネとの共同プロ。
ピオー、アブラミヤン、ベーレと、こちらもかなり強力なキャストだ。


Die Zauberflöte  Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)  4-27 March 2015

Musical Directors: Marc Albrecht & Gergely Madaras 22, 24, 27 maart
Stage Director: Simon McBurney
Decor: Michael Levine
Costumes: Nicky Gillibrand
Lighting design: Jean Kalman
Video: Finn Ross
Sound: Gareth Fry
Movement: Josie Daxter
Dramaturgy: Simon McBurney Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Chamber Orchestra
Cast:
Sarastro: Brindley Sherratt
Tamino: Maximilian Schmitt
Sprecher: Maarten Koningsberger
Erster Priester/Zweiter: Thomas Dear
Zweiter Priester/Erster geharnischter Mann: Elmar Gilbertsson
Königin der Nacht: Iride Martínez
Pamina: Chen Reiss
Erste Dame: Judith van Wanroij
Zweite Dame: Silvia de la Muela
Dritte Dame: Julia Faylenbogen
Drei Knaben: Knabenchor der Chorakademie Dortmund
Ein altes Weib (Papagena): Regula Mühlemann
Papageno: Thomas Oliemans
Monostatos: Wolfgang Ablinger-Sperrhacke

チェン・ライスのパミーナとボーイソプラノの子役に注目。


Macbeth  Giuseppe Verdi (1813-1901)  3-28 April 2015

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Andrea Breth
Decor and Costumes: Martin Zehetgruber
Lighting Design: Alexander Koppelman
Dramaturgy: Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Macbeth : Scott Hendricks
Banco : Vitalij Kowaljow
Lady Macbeth : Tatjana Serjan
Dama di lady Macbeth : Letitia Singleton
Macduff : nog niet bekend

ブレト女史演出。


Benvenuto Cellini Hector Berlioz (1803-1869)   9-31 May 2015

Musical Director: Sir Mark Elder
Stage Director: Terry Gilliam
Co-director & Choreography: Leah Hausman
Decor: Rae Smith
Costumes: Katrina Lindsay
Lighting Design: Paule Constable
Video: Finn Ross
Orchestra: Rotterdam Philharmonic Orchestra
Cast:
Benvenuto Celllini: John Osborn
Giacomo Balducci : Maurizio Muraro
Fieramosca: Laurent Naouri
Le Pape Clement VII: Orlin Anastassov
Francesco : Nicky Spence
Pompeo: André Morsch
Le Cabaretier: Marcel Beekman
Teresa: Patricia Petibon
Ascanio: Michèle Losier

聴いたことないオペラだが、ナウリとプティボンというフランス人キャストが魅力。(ただし、DNOの
キャスト暫定というか希望みたいな感じで、いつのまにか別の歌手に代わっているということが
よくある。)


Lulu  Alban Berg (1855-1935)  1-28 June 2015

Musical Director: Fabio Luisi
Stage Director: William Kentridge
co-director: Luc de Wit
Decor: Sabine Theunissen, William Kentridge
Costumes: Greta Goiris
Lighting Design: Urs Schönebaum
Video : Catherine Meyburgh
Orchestra: Royal Concertgebouw Orchestra
Cast:
Lulu: Mojca Erdmann
Gräfin Geschwitz: Jennifer Larmore
Eine Theater- Garderobiere/ Ein Gymnasiast/ Ein Groom: Rebecca Jo Loeb
Der Maler/Ein Neger: William Burden
Dr. Schön/Jack the Ripper: Johan Reuter
Alwa: Daniel Brenna
Schigolch: Franz Grundheber
Ein Tierbändiger/ Ein Athlet: Werner Van Mechelen
Der Prinz/Der Kammer- diener/ Der Marquis : Gerhard Siegel
Eine Fünfzehnjährige: Katrien Baerts
Ihre Mutter: Helena Rasker
Eine Kunstgewerblerin: Virpi Räisänen
Ein Journalist: Roger Smeets
Ein Diener : Peter Arink

METとENOとの共同プロ。エルトマンが消えてハニガンになったら文句なし。ゲシュウィッツ役の
ラーモアに期待。シーズン最終演目恒例でコンヘボ・オケがピットに入り、力がこもってる。
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by didoregina | 2014-02-18 13:42 | オペラ実演 | Comments(29)

さよなら、アムステルダム・リング!

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アムステルダム歌劇場のオーディ演出『リング』は、現在のチクルス公演中の『神々の黄昏』(今週
金曜日)を最後に、17年に渡って語り継がれた伝説の舞台の幕を下ろす。
その伝説の舞台を一部とはいえ目の当たりにすることができたことは、なんという僥倖であろうと、
喜びと寂しさを噛みしめている。

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                  設営中の『神々の黄昏』舞台

わたしとワーグナーというのは、傍目にはどうやら意外な組み合わせのように映るらしい。
確かに『リング』の実演鑑賞は今回が初めてだった。しかし、オペラ舞台鑑賞を始めた20年前から
約10年間は、地元のオペラ団の定期会員だったから、ワーグナーも含む様々なジャンルのオペラを
観てはいたのである。10年前くらい前にそういうお仕着せから脱皮し、自分で選んでアムステルダム
やブリュッセル、リエージュなどにプチ遠征をするようになり、それから自分の好みがハッキリわかって
演目を選ぶようになった結果、ワーグナーからは遠ざかっていだけである。

今回の『リング』も、実は日本から友人が遠征で来なかったら、自分から見に行こうと思ったかどうか。
だから、アムステルダム・リングに導いてくれた友人には、非常に感謝している。

チケットはかなり早くから売り切れだった。サブスクライバー枠で3月に予約注文を入れたのは
正解だった。人気演目だから、8月からの一般発売時には、これはという席は残っていなかった。

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『神々の黄昏』舞台設営には8時間かかる。床材プレキシグラスの重さは一枚8トン。間に照明が
埋め込まれている。照明とブリュンヒルデの炎の点検の最中。

わたしは、チクルスの後半の2演目のみの鑑賞だったが、その合間に、歌劇場主催の『リング・
バックステージ・ツアー』に参加した。リングの上演時間も長いが、バックステージ・ツアーもそれに
見合うべく(?)2時間以上あった。なにしろ、話が17年前の初演に遡るし、すべてに最上級が付く
から説明が長くなる。

舞台造形は各夜毎まったく異なり、壊すのに2,3時間、新たに組み立てるのに6から8時間かかる。
普段はアムステルダムから150キロ離れたブラバント州の『リング』専用倉庫に保管されている舞台
装置を、トレーラー延べ120台を使って運び込む。

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             舞台裏に積み重ねてあるプレクシグラス


その舞台装置が、また超ど級なのである。普段の舞台の形態を全く留めない立体構造で、舞台の
平面構造も各夜毎に異なる。
『ジークフリート』では、オケは通常の舞台下手側後方に乗っかり、上手側とオケの前に3角形の
ような変則的なプレキシグラスの舞台がオケピットの上にも敷き詰められる。そして、客席前3列を
つぶして、木製の廊下のような舞台も延長されて作られる。

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下手バルコンの舞台脇の位置からのカーテンコール写真。斜め後ろを向いてオケの方にむかって
拍手を送る歌手たちの姿勢から、イレギュラーな形態の舞台を想像してもらいたい。
立体構造になっているのは、舞台上部に太い梁のようなものが何層も重なって、その上でも歌手は
歌ったり演技したりするのである。特に、この『ジークフリート』では、実際にボーイソプラノが森の
小鳥役を歌い演技する。それが、かなり高いところから身を乗り出したりして、迫真の演技なので
ある。ほとんど、サーカスの子役に近い。

また、『神々の黄昏』では、舞台設営中の写真をご覧いただくと分かり易いが、オケはまた通常の
ピットの位置に入り、通常の舞台はプレキシグラスで埋め尽くされ、上手後方上部からスロープが
伸び、オケピットを囲むように客席に張り出した半円形の木の舞台が造られている。

もちろん、『ラインの黄金』と『ワルキューレ』では、また異なる舞台造形なのである。

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『神々の黄昏』のジェットコースター状立体セットを舞台裏から見たところ。

こういう立体的かつ奥行きの深く変形舞台を造れるのは、世界広しと言えどもアムステルダム歌
劇場以外は無理だ。パリのバスティーユ、そしてNYのメトロポリタン歌劇場でも、規模を小さくすれ
ば似たような舞台造形も可能かもしれないが、それ以外の動力および防災上も含めたテクニカル
設備の面で無理だそうだ。
たとえば、プレクシグラスの床の一部が開き、舞台と奈落の間を歌手が一瞬で上下移動できる。
その床の上を音もなく動く宇宙船のような乗り物は、ホヴァークラフトと同じ原理で浮いて、音も
なくスムーズに移動する。

オーディ演出のトレードマークとして、炎や煙のスペクタクルな使用というのがある。
アムスの歌劇場舞台では、それらの炎は高圧のガス管を通して供給し作るので、コントロールが
容易であるという。
必要な量と圧力でガスを送り火の大きさを調節し、消すときには高濃度の酸素を充填送風するので
一瞬でできるし、完全に消える。
鍛冶の場面などでは盛大に炎が出るのだが、その上部に、なんとアドヴェンチャーシートと呼ばれる
太い梁のような特設客席が造られていて、前3列潰した客席代わりに40人ほどが座れるようになって
いる。舞台を文字通り上から見下ろす位置であり、臨場感とスリル満点であろう。

かように、オーディ好みの、サーカスのようなスペクタクル満載の、しかしファンタジックなショーに
なっているのが、アムステルダム・リングの特徴である。
読み替えとか小難しいところはなく、シンプルかつ分かり易い。ただひたすらおとぎ話の具現化に
終始していて、観客は五感でそれを体感できるという仕組みである。

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             衣装アトリエで、森の小鳥用衣装素材のプロトタイプを見る。

ジョージ・ツィーピンによる舞台セットは、17年前から見かけは変わらないが、傷んだり壊れたり
した部分には修理が入っているがもうそれも限界で、似たような材料や部品が手に入りにくくなって
いるし、老朽化した装置は安全面で万全とはいえなくなっているから、今回のチクルスを最後に、
これらのセットは壊して破棄される。(ただし、『ワルキューレ』だけは、単独で近い将来もう一度
上演されることが決まっている。)

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衣装デザインは、石岡瑛子さんである。これも、近くで見ても精密なのに驚くし、遠目にも惚れ惚れ
するほど美しい。染めのぼかしのグラデーションが絶妙だし、ぱっきりと潔い造形が大きな舞台に
映える。
近年は、映像化されたりHDでも細かいところまで見えるので、衣装にも手を抜くことが許されない
ようになっている。
石岡さんの亡き後、彼女の名を冠した財団が、『リング』の衣装を引き取ることになっているが、
来年か再来年には、アムステルダム市立美術館で、彼女の回顧展とともに『リング』の衣装も
展示されるという。

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アムステルダム・リングの最後のチクルスはHD録画されて、TV放映、オンライン・ストリーミング
もしくは劇場公開される。それは、記録に残すという意味で重要なのだが、歴史に残るアムステル
ダム・リングは、実演に接しないとその全体像をつかむのは容易ではなく、その偉大さも実感でき
ないだろう。
ぎりぎりセーフで間に合って、歴史を見届けることができたことをうれしく思う。
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by didoregina | 2014-02-12 11:51 | オペラ実演 | Comments(4)

『アグリッピーナ』@リセウは、エンタメ・バロックオペラ決定版!  バルセロナ遠征記 その4

c0188818_20281651.jpgConductor Harry Bicket
Stage direction David McVicar
Scenography and Costumes John Macfarlane
Lighting Paule Constable
Choreography Andrew George
Co-production Théâtre Royal de la Monnaie (Brussels) / Théâtre des Champs Elysees (Paris)
Jory Vinikour, clave
Symphony Orchestra of the Gran Teatre del Liceu

Agrippina Sarah Connolly
Nerone Malena Ernman
Poppea Danielle De Niese
Claudio Franz-Josef Selig
Ottone David Daniels
Pallante Henry Waddington
Narciso Dominique Visse
Lesbo Enric Martínez-Castignani

2013年11月18日@Liceu

リセウ歌劇場の今シーズン、ほとんど全演目がよそからの借り物か共同プロなのだという。
新作、新演出などのオリジナリティ追及派、冒険推進派からしたら、節操のない態度と思えるかも
しれないが、財政緊縮を余儀なくされている歌劇場にとって、こういう開き直った態度をとることも
一理ある。
なにより、すでにどこかの劇場で上演済みの安全パイ、しかも一流のキャストを持ってくるのだから、
集客もしやすいだろうし、成功は約束されたも同然である。

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今年の新シーズン開幕演目は、10年前にモネ劇場とシャンゼリゼ劇場の共同プロとしてブリュッセル
とパリで上演されて以来、バロックオペラ・ファン、ヘンデルオペラ愛好家にとって伝説と化している
マクヴィカー演出による『アグリッピーナ』だった。

マクヴィカーのヘンデル・オペラ演出では、グラインドボーンで上演された『ジュリオ・チェーザレ』も
伝説化しているが、そちらは全幕映像化されているし、昨年METでも再演されたし、安定した人気を
誇っている。
マクヴィカー版『ジュリオ・チェーザレ』は、ミュージカルと見まごうばかりダンスシーンの多い、しかし、
無理な読み替えがないシンプルな舞台のため、純粋にヘンデルの美しい音楽が楽しめる優れた
エンタメになっていて、その点は『アグリッピーナ』も同様である。だから、この2プロダクションは、
まるで2部作として見ることができるほど、似ているのである。

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モネでの初演でネローネだったマレーナ様と、ENOでの英語版でタイトルロールだった
     サラ様が共演!まさに私のために夢を実現してくれたとしか思えない、いいとこどりキャスト!


マレーナ様とサラ様は、わたしが一番好きなメゾ・ソプラノの両雄(!)であり、追っかけの対象で
あるから、単独では何度か生に接している。しかし、その二人そがろって同じ舞台に立つことは
今までなかった。
今回の『アグリッピーナ』は、だから、それだけでも世紀のプロダクションなのだ。
その二人の親子役は、どうだったであろうか。
舞台上の二人は、全く齟齬を感じさせず、奸智に長けた母親と彼女に対して屈折した感情を持つ
息子という役柄を、本当に説得力を持って演じていた。
しかし実際は、もしかしたらライバル歌手同士の火花も散っていたのではなかろうか、とわたしは
推測するのである。特に、マレーナ様ネローネに対する拍手喝采は凄まじく、人気の軍配は彼女の
方に挙がったのではないかと思われるから、主役を張ったサラ様の心理やいかに、と心配になるの
であった。逆にいえば、主役でないマレーナ様の方がずっと精神的には楽だし、はまり役でもある
ネローネを思いっきりのびのびと演じられ、余裕で溢れ出るエネルギーを歌唱にも回すことができた
のだと思う。


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              カーテンコールで、サラ様とマレーナ様が手を取り合って。


リセウ歌劇場の専属オケの演奏はしょぼくてイマイチかも、という声も事前に聞いていた。
しかし、ビケット指揮によるオケは非常にバランスよくまとまった演奏を披露してくれた。
どのセクションも、ちょっとこれは、と思うような点が見当たらず、通奏低音がよく響いてリードしている
から、モダンオケなのに古楽らしさが香っていたし、なにより音楽としての全体をまとめるためにあえて
歌手の伴奏に徹する、という態度を前面に出しているのがよかったのである。
ビシバシと歯切れよく、小気味いいドライブ感とか、エッジが立ってかっこいいという演奏とは全く
言えないが、主張と言うものが感じられずまったりして生気に乏しくてなんだかつまらない、という英国の
古楽オケと指揮者によくありがちな演奏とも別物であった。
これは、指揮者のバランス感覚が優れているためだと思う。そして、リセウ歌劇場の音響が、意外にも
バロックオペラに適しているのだった。ドライではなく、響きすぎもせず、稀に見るほど気持ちいい音響
環境なのだ。

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                  舞台上の字幕は、な、なんとカタロニア語のみ!

前日のグルベ様リサイタルですでに驚いたのだが、リセウ歌劇場の舞台上字幕は、バルセロナの
公用語であるカタロニア語のみである。
スペインからの独立気運の盛んなこの地方は、スペイン全体の経済(工業)を背負って立つという
自負があるが、火の車であるスペイン経済の重みが肩にずっしりとのしかかっているという苛立ちも
隠せない。
そのことは、町に一歩足を踏み入れると建物からずらりと下がるカタロニアの旗で一目瞭然だし、
学校教育の場でもスペイン語を用いずにカタロニア語だけなのだ。
だから、町中では、スペイン語とカタロニア語の二か国語表示や放送になっている場合もあるが、
カタロニア語がなんといっても主流である。なんとも凄い郷土愛と誇り。
ただし、平土間の座席に付いている字幕は、数国語から選べるようだった。(舞台と手元の字幕を
同時に見ることは不可能なので、利用しなかったが)

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                      幕間に舞台とオケピットを背景に。


オペラ演出に話を戻そう。
マクヴィカーは、当然ながら設定を現代に移しているが、舞台となっている国などが特定・
推察ができるわけではない。どこか小国の元首のお家騒動でもいいし、オーナー一家が株主や
取締役を占める企業のお話としても観ることができる。
ワンマン社長もしくは元首であるクラウディオ、経営や権力の座世襲に口をはさむ辣腕の妻と、
色情狂のバカ息子、それにもう一組ポッペアとオットーネが絡むコメディーである。
権力闘争が軸にはなっているが、暗殺が絡んだりする暗いお話ではない。そういえば、バロック
オペラには珍しく、この作品中に死人は出ないのだ。
だから、一人突出して怨みを持った人物が登場する、ということがないため、全体のトーンが明るく、
楽しいのだ。エンタメとして料理しやすい理由であろう。


女同士、悪巧み知恵比べのアグリッピーナとポッペア

マクヴィカーの演出で感心したのは、舞台上の焦点の定まりである。
上掲の動画をよくご覧いただきたい。歌のないレチタティーヴォの場面なのに、いい意味での
緊張感が途切れなく続き、神経が万遍なく舞台上に行き届いていることがお分かりいただける
だろうか。
無駄に大勢の人物を舞台に乗せず、主要人物以外は最小限にして、話の筋と音楽に焦点を当てる。
その場面で焦点を当てるべき人物には、舞台上の他の人物の関心も集まっているから、焦点が
ぼけない。インパクトが強い。
映画映像の主役に焦点を当てるのと同様の仕方でオーソドックスな方法ながら、最近のオペラ演出
ではあまり見かけないパターンである。
こうすることによって、観客の視線も一か所に集中しそのまま耳も歌手の歌に集中するので、会場
全体に一体感が生まれるのである。どうして、こういう正攻法なアプローチが最近のオペラ演出では
避けられる傾向になっているのか合点がいかないほど、これは効果的なのだ。
あれもこれもと欲張って、なんでも詰め込んだ過剰演出が、観客にとっては有難迷惑なサーヴィスで
ある、と、はっきりわからせてくれた。
マクヴィカーによる『アグリッピーナ』は、観客にとって、音楽と舞台を同時に楽しめる気持ちのいい
演出である。
その代り、舞台上の歌手へのスポットの当たり具合が半端ではないから、一点集中に耐えられる
演技力と歌唱力の両方が必要であることは言うまでもない。

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結論。このマクヴィカー版『アグリッピーナ』は、究極のエンタメとして、近年まれにみるほど
優れたプロダクションになっていた。
シンプル・イズ・ベスト。シンプルなものほど素材で勝負しないといけないし、誤魔かしがきかない。
舞台造形もシンプルだから、このプロダクションは他の劇場へのレンタルに適している。しかし、
演技力と歌唱力の優れた素材である歌手が揃わないと、これほどまでの効果は生まれなかったに
違いないのだ。
空前絶後の今回のプロダクションを見逃した人たちのために、全編が正式に映像化されることを
切に望む。
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by didoregina | 2013-12-07 15:41 | オペラ実演 | Comments(2)

Lilith シーズン開幕前夜祭

ヘーレンでは、毎年シーズン開催前一週間にわたって、Cultura Novaと称したイヴェントが
劇場や広場や野外で行われる。ミニ・フェスティヴァルの趣で、コンサート、芝居、音楽劇、ダンス
など試験的かつ意欲的な出し物が多い。
今年見に行ったのは、Lilithという現代ものオペラというか(ほぼ)一人舞台の音楽劇である。

c0188818_16331222.jpgLilith
2013年8月31日@ Theater Heerlen

Muziektheater Transparant

Claron MacFadden (live)

Jeroen Willems (film)

Dimitar Bodurov (piano)

この作品とプロダクションは、昨年、アムステルダムのホランド・フェスティヴァルで初演された。













興味を惹かれたのは、まず、リリスという元祖悪女をテーマにした現代音楽劇であるということと、
企画および主演がソプラノのクラロン・マクファデンであるという点である。

リリスというのは、アダムと同時に神が土塊から創った女性で、アダムの最初の伴侶である。
しかし、男性であるアダムとの同権と文字通りの女性上位を主張するも叶わず、平等と自由を
求めて堕天使ルシファーとともに出奔。諸悪の根源を生み出した悪女とされる。
残されたアダムの肋骨から、神はイヴ(エヴァ)を作り出して伴侶にさせた。

そういう独立志向の強いイメージかつ悪女の原点ともいえるリリスであるから、つれなき美女を好んだ
ロセッティの絵に描かれたり、フェミニズムの旗頭に祭り上げられている。

そして、この作品を企画したのが、数年前のホランド・フェスティヴァルで世界初演されたザウダム
のオペラ『楽園追放のアダム』でイヴを歌い演じたクラロン・マクファデンである、というのが面白い。
そのオペラでのイヴは、自我に目覚め、意識の進んだ強い女性、というか悪女に近いイメージの
女性だった。
つまり、マクファデンは、リリスのイメージもある程度投影されていたザウダムのイヴにインスピレー
ションを得て、しかしそのイヴには飽き足らず、リリスを主人公としてまた一歩先に進んだ音楽劇を
プロデュースしたくなったのではないか、とわたしは想像するのである。

もう一つ、この音楽劇へのわたしの関心が高まったのは、ヴィデオを用いてライブとフィルムが同時
進行するという方式のこの音楽劇のスクリーン上で演じる俳優イェルン・ウィレムスが昨年末に急逝
したという事実と、亡くなってから知ることになったのだが、彼は世界でも一流の舞台俳優だったと
いうことによる。
一体どうやって、生の歌手とスクリーン上の俳優が同じ舞台で音楽劇を作り出すのか、という興味で
ワクワクして臨んだのはもちろんのことである。

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ヘーレン市民会館での『リリス』の舞台および客席は、舞台の奥に造られていて、観客も同じ平面
上(舞台)に座る。だから、歌手との物理的距離は非常に近い。
舞台設定はホテルのバー「パラディ」ということになっていて、別れたアダムとイヴがそこで再会して、
それぞれの視点から別れた理由やその後の生活などを怨念を込めて語る、という内容である。

マクファデンの歌は、ピアノ伴奏とコンピューターからアウトプットされる音楽、そしてスクリーンから
語りかけたり歌ったりするウィレムスに合わせる形になる。
それらは、独白であったり、相手を責めたりする丁々発止のスリリングな掛け合いなのだが、
絶妙なタイミングでぴったりと合い、ずれも齟齬もなく進むのであった。

こういう風に、ヴィデオと生の器楽演奏および歌とコンピュータ出力の音楽との融合した形態の
音楽劇というと、近年、ミシェル・ファン・デル・アーによるオペラ作品とプロダクションを思わせる。
彼の作品『アフター・ライフ』と『サンクン・ガーデン』は、ともに数年前と今年のホランド・フェスティ
ヴァルで初演された音楽劇で、それらにクラレン・マクファデンが出演しているのも偶然ではない
だろう。

今回のプロダクションの演出で、おお、なるほどそういう方法があったか、と思わず膝を打ったのは、
生身のリリスとスクリーン上のアダムがベッド・インする場面である。
ベッドの上に横たわるアダムを上から映しているが、スクリーンは垂直なので、アダムの横にリリスが
立つと、二人が同じベッドに横たわっているように見えるのだ。だから、二人で同じベッドに横たわる
場面は観客から見るとインタラクティブ性に全く問題ない。
しかし、問題は、リリスとアダムが上下に重なる場合である。アダムにのしかかられて、嫌がるリリス
というシーンだ。それがシーツをうまく使うことによって、見事に解決されているのだった。
リリスがシーツを自分の上に広げて垂直に垂らして、そこにアダムを映写すると、生身の人間と
スクリーン上の人物とのベッドシーンになるのだ。言われてみれば、コロンブスの卵的ではあるが、
オリジナリティがありかつ成功している。




クラロンさんの声は、基本的に正統的オペラのリリコなのだが、ポップス風にもっと軽く歌ったり、
ジャジーかつドスを効かせたり、千変万化。現代音楽だから、音が取りにくそうなメロディーが
多いが、ほぼ独り舞台でも実力を発揮していた。
観客を見据えるようにスクリーン上から語りかけるウィレムスの求心力が凄い。眼力も台詞の
言い回しもストレートに迫り、生に引けを取らないインパクトがあるが、オペラ歌手と伍して歌う
のに感服した。
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by didoregina | 2013-09-07 11:03 | オペラ実演 | Comments(2)

ブリテンの『ヴェニスに死す』@DNO

c0188818_207825.jpgDeath in Venice
Benjamin Britten (1913 - 1976)
gezelschap
ENO Chorus and Technical / Production team
muzikale leiding Edward Gardner
regie Deborah Warner
decor Tom Pye
kostuums Chloe Obolensky
licht Jean Kalman
choreografie Kim Brandstrup
video Finn Ross
een productie van English National Opera 2007
coproductie met De Munt/La Monnaie Brussel
orkest Rotterdams Philharmonisch Orkest


Gustav von Aschenbach John Graham-Hall
The Traveller / The Elderly Fop / The Old Gondolier / The Hotel Manager / The Hotel Barber / The Leader of the Players / The Voice of Dionysus Andrew Shore
The Voice of Apollo Tim Mead
The Polish Mother Laura Caldow
Tadzio, her son Sam Zaldivar
Her two daughters Mia Angelina Mather Xhuliana Shehu
Their governess Joyce Henderson
Jaschiu - Tadzio's friend Marcio Teixeira

2013年7月7日@Muziektheater Amsterdam

DNOの2012・2013年シーズン最後の演目は、ブリテンの『ヴェニスに死す』だった。
通常ならば、グランドオペラやヴェルディやワグナーなどの大作でシーズンの幕を下ろすの
だが、この静謐なオペラを最後に持ってきた。
というより、DNOプロダクションとしては、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が
最後の演目でこの『ヴェニスに死す』は、オーケストラ以外は、出演者はもちろん、指揮・
演出を始めとするプロダクションのテクニカルチームも完全にENOからの引っ越し公演だった。

そういうわけで、アムステルダム歌劇場の舞台の雰囲気は、完全にイギリス色に染まっていた。

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DNOサイトの写真は、ENOとモネ共同プロ初演のまま(主役はイアン・ボストリッジ)!あまりに手抜きだ。


作曲家がイギリス人でリブレットも英語だから、歌手はイギリス人で揃えるのが間違いがなく
てよろしい。指揮者も演出家ももちろんイギリス人である。

舞台デコールはシンプルで、ラグーンの遠浅の浜辺とオーガンジーのように風をはらむ透明な
カーテン、大道具はゴンドラ、船、ホテルやテラスの椅子などだけでスッキリとした空間が
美しい。
バックは、なかなか日の暮れない残照の浜辺や、ぎらぎらと残酷な太陽を表現する照明、
遠くに霞むヴェニスのシルエットなど、全体に淡くて透明感のある憂いに満ちている。
衣装も正統的ベル・エポックで、20世紀初頭の高級な避暑地の雰囲気そのもの。誰もが思い
浮かべる当時のヴェニスとリド島のイメージで、違和感を感じさせない。
舞台造形上、立体的な物はほとんど設置していないのに関わらず、平面的になっていない。
すなわち、ごちゃごちゃした大道具なしで、シンプルな装置が視覚的に奥行きを感じさせ、
観客のイマジネーションに訴えかけ、美的感覚を呼び起す、この舞台は大いに気に入った。
説明過剰で子ども扱いされているような気分になるような舞台とは正反対である。

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ブリテン作曲のこの音楽を聴いたのは、今回実演鑑賞した時が初めてなのだが、器楽にも歌
にもおやっと思うほど、ドビュッシーの音楽を思わせる箇所がとても多いのに驚いた。
作曲されたのが1973年というのが信じられないほど古めかしいというか、20世紀前半風の
響きに満ち溢れているのだ。
無調の歌や、ピアノの分散和音の響きや、ヴィヴラフォンの奏でる東洋的なペンタトニックの
旋律がドビュッシー(特にピアノ曲集『映像』と『版画』)に後期ウィーン楽派の音を混ぜた
ような具合で、初めて聴くのに懐かしささえ覚えたほどである。
物語の時代設定が20世紀初めなのだから、それで間違いはない。懐古趣味とも言えなくも
ないが、そこにぺダンチックな抒情性が感じられ、安心して聞いていられる。

とはいえ、歌手は3人のみで、特に主役フォン・アッシェンバッハはほぼ出ずっぱりでずっと
独唱(しかも無調)するのだから、歌う方はさぞかし大変だろう。主役歌手は、最後にはほと
んど絶唱という感じである。
歌手が3人というのと、東洋的な旋律、シンプルな舞台造形から、能を鑑賞しているような
気分にもなった。
かといって、シテ、ワキ、などの役割構成がそっくりそのまま『ヴェニスに死す』の登場人物
に当てはまるわけではないが、テノールのフォン・アッシェンバッハがシテ、複数の登場人物
を担当するバリトン歌手がワキ、カウンターテナーのアポロがツレ、タージオが子方と言え
ないこともないだろう。

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         ようやく夏らしくなった北のヴェニス、アムステルダムの運河は船で溢れる。
         歌劇場フォワイエ・ベランダからの眺め。

ゴンドラが能の作り物の舟のように使われているのが印象に残ったのだが、このゴンドラは、
ギリシャ神話に出てくる三途の川の渡し守カロンの漕ぐ舟に思えた。つまり、ヴェニスの運河の
水は現世とあの世を分かつ境界であり、その象徴性からフォン・アッシェンバッハの運命は最初
から明白だ。(タイトルからして死は暗示どころではないが)
その死の世界へ、スランプに陥った作家フォン・アッシェンバッハは、自らの意志でインスピ
レーションを求めて旅立つ。しかし、そのために蒸気船に乗り込むのが、私には少々腑に落ち
なかった。
というのは、最初彼が住んでいたのはミュンヘンで、そこからアルプスを越えて彼方の光溢れる
ヴェニスに行く、ということになっているから、地理上、船に乗る必要性はない。
しかし、ヴェニスには船で訪れることは、芸術家にとって美学上絶対にはずせないお約束だっ
たのだろう。どうやら、わざわざプーラから蒸気船に乗り込んでヴェニスに向かったようである。
アドリア海上から望むヴェニスこそ海の都の本来の姿であり、その姿を見るためには船で行く
ほかはない。

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さて、このオペラを実演鑑賞したかったのは、ウォーナー女史演出ということも大きかったが、
実はカウンターテナーのティム・ミード(アポロ役)の生の声を聴きたかったからだ。
数年前のモネ劇場ではボストリッジ博士が主役だった(チケット取れず無念)が、今回のテノ
ール歌手にはさほど期待していなかった。
しかし、ジョン・グレアム=ホールの役柄への没入はすさまじく、ほとんど鬼気迫るという感
じで、もうフォン・アッシェンバッハになりきっている。声も年齢や体格も役にふさわしい。
バリトンのアンドリュー・ショアも異なる役柄の歌い分けが上手くて唸らされたし、出番の少
ないCTティム・ミードも期待を裏切らない歌唱だった。というか、生の声が聴けただけで満足だ。
ミードの声は、いわゆる教会系というか、いかにもイギリス人CTの伝統を感じさせ、最近の若手
CTに付けたくなる形容詞、筋肉質だとかレーザー光線のようにシャープというのには当てはま
らない。
育ちのいい好青年というったルックスがいいし演技もなかなかだから、またオペラ舞台で見て
みたい。

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ルックスといえば、この作品では美少年タージオ役も重要である。歌はないからダンサーが
務める。
躍動感あふれる振付で、いかにも太陽神に好かれそうな少年タージオの存在が強調されていた。
すなわち、美と若さと生命そして無垢の象徴である。心を病んで、年を取り、外見的には美しい
とは言えないフォン・アッシェンバッハとは正反対の存在であり、それだからこそ彼が魅かれ
るのだ。
タージオを始めとする少年たちは、いかにもイギリス風訓練の行きとどいて均整の取れた踊り
を披露してくれた。彼らが踊ると、さわやかな涼風が吹き抜ける。それが、フォン・アッシェ
ンバッハがタージオに抱くプラトニックな恋愛感情を象徴していて、舞台および作品のストー
リー全体との統一感が壊されず好ましかった。


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              ワンピースのベルト代わりに、帯締め二本を結んだ。
              オペラ・ピンクの丸組と天使の肌と呼ばれる薄い珊瑚色の
              平組で、和のテイストを入れてみた。

アムステルダムのDNOへは通常電車で日帰り遠征するので、着物で行ったことはない。
当日も、保線工事プラス事故で大回り迂回乗換3回となり、片道4時間かかった。
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by didoregina | 2013-07-11 15:43 | オペラ実演 | Comments(6)

『ゴーラのアマディージ』@アン・デア・ウィーン劇場

4月のウィーン遠征日程は、マレーナ様主演の『ベアトリスとベネディクト』と演奏会形式の
『ゴーラのアマディージ』を二日続けて鑑賞できる!ということで決めたのだった。
なぜかというと、当初のキャストはイエスティン・デイヴィスのアマディージということになって
いたからだ。生の彼をウィーンで最初に聴いたのはかれこれ2年前の『怒れるオルランド』で、
やはりマレーナ様主演の『セルセ』と連荘できたのだ。

ところが、キャスト発表からチケット発売開始までの間に、イエスティン君は降板してしまった。
代わりはソニア・プリーナ女史である。ええ~、イエスティン君とプリーナ姐とではあまりに
声質もキャラも異なるではないか。そうしてキャストは全員女性になるし、メリッサ役はロベル
タ・マメリ、指揮はアラン・カーティス。う~む。(この一言で、わたしの心境が分かる人には
わかってもらえるだろう)

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          オペラ遠征も、命綱が頼りのビルの外壁メンテも、びくびくもの。


さて、チケットを買おうかどうしようか迷っていると、今度は新たに心躍るニュースが入ってきた。
なんと、ダルダーノ役をフランコ・ファジョーリが歌うらしいと!彼のサイトには載っていないが、
所属プロダクションのスケジュールには記載されていた。
それで、またまた行く気満々になった。しかし、劇場サイトにはフランコのフの字も出ていない。

『ベアトリスとベネディクト』のチケットは発売開始日に即ゲット。二泊三日の予定でフライトも
予約した。
しかし、『ゴーラのアマディージ』チケットだけはぎりぎりまで買わなかった。劇場サイトでは、
ダルダーノ役は、デルフィーヌ・ガルーになっていたからだ。事務所サイトのからもフラちゃん
『ゴーラのアマディージ』出演公演予定はいつのまにか消えていたし、公演3日前になっても
キャストは代わらず。今回はカウンターテナーが1人も出演しないのが残念だが、それは諦めよう。
ようやく重い腰を上げて、当初の予定通りチケットを購入したのだった。

c0188818_18564157.jpgAmadigi di Gaula
Opera seria in drei Akten (1715)
Musik von Georg Friedrich Händel (1685-1759)
Libretto unbekannt, wahrscheinlich Nicola Francesco Haym oder Giacomo Rossi

Musikalische Leitung Alan Curtis
Amadigi di Gaula Sonia Prina
Oriana Emoke Baráth
Melissa Roberta Mameli
Dardano Delphine Galou
Orchester Il complesso barocco

25.04.2013 @ Theater an der Wien







二年前にアン・デア・ウィーン劇場で演奏会形式の『怒れるオルランド』を鑑賞した時は、背後の
『セルセ』舞台セットを見せる形式だった。オケ・ピットに入っていたのは、『セルセ』同様に
スピノジ指揮のアンサンブル・マテウスで、スピノジはラ・フォリアのヴァイオリン・ソロも披露
してくれた。

今回も演奏会形式であるが、カーテンが下りていて歌手はその前に立って歌う。
オケ・ピットに入っているのは、カーティス指揮のイル・コンプレッソ・バロッコである。
今回は例のCTでもあるというロシア人コンマスではなくて、女性のコンミスだった。第一
ヴァイオリン4人、第二3人という小編成なのでチェロも1人。それと通奏低音はチェンパロに
テオルボ。
まるで室内楽のようにに器楽演奏者たちはコンミスの呼吸に合わせて息のあったアンサンブルを
作り出していて、例の四角四面のカーティスの指揮を見ている人はいないようだった。

古楽器では金管が特に難しくて、トランペットやホルンなどよく音が外れて聴こえたり、出だし
が上手く決まらないのだが、ここのトランペット奏者は、ソロ部分の出だしでも全く余裕しゃく
しゃくでびっしりと決めてくれた。バロックでトランペット・ソロを安心して聴けるというのは
得がたい。

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       左からソニア・プリーナ、エメケ・バラート、ロベルタ・マメリ。
       プリーナ姐の髪型は、忌野清志郎やシド・ヴィシャスを思わせパンキッシュ。

出演歌手はたったの4人で、女性ばかりである。

アマディージ役はソニア・プリーナ。録音で聞く彼女の声は独特で、硬い芯を中心に表面は
まろやかな輪郭で覆われた、ある意味女性らしい艶があるがドスの利いたアルトである。
いかにもイタリア人らしい発声の女性らしさを感じさせるアルトというのがイマイチ好きに
なれず、積極的に生の声を聴きたいと思ったことがなかった。
それが、実際に生の声を聴くと、録音では好きになれなかった要素がまるで異なる印象を与え
たのだった。即ち、豪華絢爛・金襴緞子のような色彩が放出される声質が心地よく、夜空を彩る
原色の花火にも似たドッ派手さが潔い。

好きなタイプのアルトというと、キャスリーン・フェリアーやナタリー・シュトゥッツマンの
光沢はあっても暗い色合いのビロードのような声、サラ・ミンガルドのように薄手ウール・
スカーフのような滑らかで軽く暖かい声、マリヤーナ・ミヤノヴィッチのように麻のように
爽快感のある声などで、いずれもシンプルでベーシックな質感が命だ。プリーナ姐のそれとは
全く正反対のしっかり地厚で素材感よりは色彩感の
勝る帯地のような生の声に触れて、はっとする思いであった。歌唱という芸でも群を抜いている。
その新発見ができただけでも、遠征してこのオペラを鑑賞した価値があるというものだ。


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          ソニア・プリーナに敬意を表してポスターとツーショット。


そして、やはり生の声に接して感嘆したのは、ロベルタ・マメリ女史である。彼女の歌唱も
濃~いタイプなので、今まで録音ではなんとなくヒケてしまっていたのだが、ほとんどめっけ
もの新発見。
こってりと熱い歌唱で盛り上げるのだが、生舞台ではこのくらいやっても差し支えない。
同じイタリア人同士のソニア姐との競演はまさに色彩の饗宴で、ゴージャスこの上ない。
マメリ女史はルックスもゴージャスで、この日のメイクとドレスのおかげで某高級時計の
イメージ・モデルであるケイト・ウィンスレットそっくりなのだ。
バロック歌手というと、一般オペラ・ディーヴァと比べるとストイックで質素なイメージが
あるのだが、この二人は違う。この色彩感はイタリア人独特なのではないだろうかと思える。
ここにフラちゃんが加わっていたらどれほど豪華絢爛になっただろうか、とそれだけが惜しま
れた。
それにしても、今まで敬遠していた二人の歌唱に開眼できたので、食わず嫌いで損していたなあ、
と反省することしきりだ。


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          左から、マメリ、カーティス、デルフィーヌ・ガルー。


もう1人のソプラノ、エメケ・バラートは、いかにもお姫様役にふさわしい正統清純派バロック・
ソプラノで、可憐なのだが、このアクの強いメンツの中にいると霞んでしまって印象に残らない。
ストイックな歌い方と声質なので、どちらかというと硬質で温かみの少ない声のCTとの相性の
方がいいのではないかと思う。

ダルダーノ役というのは、出番が少なくて損だ。そんなつまらない役をフラちゃんがふって当然。
そして、ガルーは声も体格も線が細すぎて、舞台栄えしない歌手である。すらりとしていて
ズボン役など一見似合いそうだが、全く押し出しが弱いから、舞台での男性役には向いていない。
声の飛ばし方に問題があるのだろうか。客席に響いてこないのだ。前回かなりがっかりさせられ
たので、彼女には期待していなかったが、今回も印象を塗り替えることはできなかった。
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by didoregina | 2013-05-10 13:37 | オペラ実演 | Comments(16)

『ベアトリスとベネディクト』@アン・デア・ウィーン劇場

マレーナ様はすでにバーデン・バーデンでの『ドン・ジョヴァンニ』リハーサルに余念が
ない現在、ウィーンの『ベアトリスとベネディクト』レポなど、ほとんど今更の感があるが、
備忘録として一応残しておこう。
実演鑑賞したのは既に1週間半も前のことである。記憶はかなり薄れてしまっている。
記憶に残りにくいというのは、『ベアトリスとベネディクト』がオペラ作品としてかなり
特殊な部類に属するものであるということも大きな理由だと思う。

c0188818_533637.jpgBéatrice et Bénédict
Opéra-comique in zwei Akten (1862)
Musik und Libretto von Hector Berlioz
Nach der Komödie "Much ado about nothing" von William Shakespeare

Musikalische Leitung Leo Hussain
Inszenierung Kasper Holten
Bühne Es Devlin
Kostüme Moritz Junge
Licht Bruno Poet

Béatrice Malena Ernman
Bénédict Bernard Richter
Claudio Nikolay Borchev
Héro Christiane Karg
Ursule Ann-Beth Solvang
Somarone Miklós Sebestyén
Léonato Thomas Engel
Don Pedro Martin Snell
Une femme Madeline Ménager-Lefebvre
Orchester ORF Radio-Symphonieorchester Wien
Chor Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)

2013年4月24日@アン・デア・ウィーン劇場

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ベルリオーズ作曲のこのオペラの予習としてCDを繰り返し聴いたのだが、ほとんど頭に
残らない。通常、仕事しながらとか家事をしながらのながら聴きでも、耳にたこが出来る
くらい聴いてるうちに序曲とか主要アリアとかのメロディーはいやでも耳に残り、追い
払っても頭の中を巡るものである。
しかし、このオペラは通して聴きにくいのだった。仕事とこの曲の両立は無理だった。
なぜかというと、各場面ごとに物語の説明のような語りの部分が入るからで、その語りの
部分は音楽とは切り離されていて器楽演奏もなくなるのだ。そしてそれがまた、聴くものを
イライラさせるような朗読調のフランス語で前後の音楽と全く相容れない。まるでTV番組
の途中に入るCMみたいな違和感があり、パブロフの犬的反応でトイレに行きたくなったり、
思わず別の局(曲)にリモコンを合わせたくなる。かなりうざったく、不快にさせるので
あった。

実演の方は、その点まだマシだった。ト書きみたいな台詞の朗読ではなく、舞台上で歌手が
台詞をしゃべるし、しかもかなり演技の上手い歌手ばかりだから思わず席を立ちたくなる
ことはない。しかし、音楽が途切れてしまうのはCDと同様だ。レチタティーヴォのように
音楽の一部というか続きのような風にはいかない。オペレッタ風と言えようが、台詞の部分が
かなり多くオペラというより芝居に近い。

歌手としては、こういう作品を歌い・演じるのはいかがなものだろうか。思うに、しゃべる
のと歌うのとでは相当喉の使い方が異なるから、台詞と歌唱とをスムーズに往復しつつ落差を
感じさせないというのは大変なことだ。喉への負担はいかがなものだろうか。そういう心配を
させるような作品なので聴く方も音楽にのめりこみにくい。また、音楽自体もぶちぶちと
途切れてしまうのだ。

c0188818_68171.jpg


カスパー・ホルテンは、このオペラらしくないオペラを、割りとオーソドックスに芝居また
はオペレッタ風に演出した。それらしくかなりベタなオーヴァー・アクション満載である。
舞台の造りは、背景が半円状の劇場客席のようになっていて、中央に回り舞台。その中心に
回り舞台を半分に分割するミラー状の壁というか襖のようなものがあって、場面によって
高さが変わる。
それが、男女を分かつ壁になったり、テニスのネットになったりする。
舞台上の客席に上る階段とそして沢山の椅子。セットも機構の使い方も、アン・デア・
ウィーン劇場のこれまでのプロダクションで見たことがあるようなものばかりだ。う~む、
かなり予算をけちったのか。

ストーリー自体がたわいのないコメディなので、ストレートな演出だと、つける演技もオー
ヴァーになるのもやむを得まい。そういうコメディエンヌ的オーヴァー・アクションは、
マレーナ様の得意とする
ものではあり、演技はべらぼうに上手いのだが、どうも喜劇専門のワン・パターンに陥って
いるような気もする。ファンとしては、オペラ・セリアで深刻そうな表情のマレーナ様を久
しぶりに見たい。

前半はとにかく歌が少ないのが残念で、またオックス男爵みたいなキャラのソマローネが
ドイツ語の台詞をしゃべったりする場面が長くて退屈だった。ベアトリスとベネディクトの
テニスのシーンなどは見ていて楽しいのだが。
後半になって、待ちに待ったアリアやデュエットを続々聴くことが出来、前半のだれた雰囲
気から一気に舞台も締まった。歌が相対的に少ないオペラだから、マレーナ様は喉をセーブ
する必要がなく、演技しながら歌うシーンも最初から最後までパワフルだった。
しかし、ここぞと自慢の喉を披露できるソプラノは得である。特に贔屓でもないがクリス
ティアーネ・カルグは声を出し惜しみせず盛り上げたので、カーテン・コールでも一番拍手を
貰っていた。嫌味のない歌唱と声の持ち主なのだが、どこか意地悪そうで老けて見えるルック
スが好みではない。
ベネディクト役のベルナルド・リヒターは、背丈もルックス的にもマレーナ様とは美男美女の
組み合わせでヴィジュアル面では文句ない。歌はあまり印象に残っていないが、問題もない。

c0188818_6505731.jpg

         すらりと長身のマレーナ様は、また少し痩せたような気がする。

今回のオペラ鑑賞には、義母と義妹も同行した。前半は台詞が多いのに閉口していた二人だが、
後半の歌には堪能できたようだ。そして、コメディエンヌのマレーナ様には感嘆していた。
だから、終演後には二人も楽屋口での出待ちに誘った。
さほど待つこともなくマレーナ様が出てきた。平日ということもあり、出待ちしていたのは
私達三人の他は、スウェーデンから来た初老の女性2人組だけである。丁度、私達の前の座席
に座っていた。
外に出てきたマレーナ様に声をかけると、向こうからハグ。これで何度目?という回数の
おっかけと出待ちだから、御覚えめでたいのも当然。
マレーナ様は、翌早朝バーデン・バーデンへ飛んでリハーサル、そして翌々日にはまた
ウィーンに戻り舞台出演という忙しさだと言う。
義母と義妹もマレーナ様に紹介。翌朝早いから、皆でわいわいどこかに繰り出すというわけ
にもいかない。またハグして、次回はバルセロナでの再会を期して別れた。

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            桜の花びらの散る小紋に砂子で金を撒いた袋帯。
            花びらに合わせて、白地に桜の花びらの模様の
            帯揚げと白に近い象牙色の帯締め。草履も白。
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by didoregina | 2013-05-06 00:11 | オペラ実演 | Comments(6)

『ペレアスとメリザンド』@モネ劇場

『ペレアスとメリザンド』は、ドビュッシーが作曲を完成させ上演にこぎつけることのできた唯一のオペラ作品である。初演は1902年だから100年以上前であるが、オペラとしては前例のないタイプで、世紀末というより20世紀の幕開けを感じさせる、好きな作品だ。

雲の中に浮かんでいるような、霧か霞のようなヴェールのかかったような色彩を聴覚化したオーケストレーションのとらえどころのなさと、アリアらしいアリアがなく、語りともレチタティーヴォとも言いがたい歌がオーケストラ音楽と渾然一体化して夢幻の世界そのものだが、オペラとしては画期的なその音楽書法に馴染めない人もいるだろう。
これは、絶対に舞台形式で鑑賞しないとよさがわからないオペラである。
そして、主な役はできればフランス語ネイティブの歌手で揃えて欲しい。


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            2013年4月14日@モネ劇場

Pelléas et Mélisande
Claude Debussy   

Muzikale leiding¦Ludovic Morlot
Regie¦Pierre Audi
Decors¦Anish Kapoor
Kostuums¦Patrick Kinmonth
Belichting¦Jean Kalman
Koorleiding¦Martino Faggiani
Pelléas¦Stéphane Degout (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Yann Beuron (16, 18, 20 & 24 April)
Mélisande¦Sandrine Piau (23 & 25 April)
Monica Bacelli (14, 16, 17, 18, 19, 20 & 24 April)
Golaud¦Dietrich Henschel (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Paul Gay (16, 18, 20 & 24 April)
Géneviève¦Sylvie Brunet-Grupposo
Arkel¦Jérôme Varnier (16, 18, 20 & 24 April)
Frode Olsen (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Un médecin¦Patrick Bolleire
Un berger¦Alexandre Duhamel
Le petit Yniold¦Valérie Gabail
Orkest¦Symfonieorkest en koor van de Munt

今まで、モネ劇場では100ユーロ以上の座席に座ったことが一度もなかった。どんなに贔屓の歌手が出る演目でも、せいぜい80ユーロ止まりであった。しかし、安い席すなわち視界に難ありであるのは資本主義の哀しい事実でもある。このところ、あまりに舞台が見切れる席ばかりで欲求不満が溜まっていた。特に、先シーズンから全演目がオンライン・ストリーミングされるようになって、映像と実際の舞台とを見比べ、舞台全体がよく見えない席で鑑賞する短所をイヤというほど知らされてしまったのだ。
それで、今回は、マチネ初日の平土間最前列の席(カテゴリー1)にした。見る気満々である。

当初のキャストは、メリザンド、ペレアス、ゴローにソプラノ+バリトン+バリトンの組み合わせとメゾ+テノール+バリトンの組み合わせの日替わりダブル・キャストになっていた。モネではこういう風にキャストを音域別に組み合わせ、分けたりすることがよくある。主役がメゾとCTに分かれる場合もある。
歌手の組み合わせによって、同じ舞台でも印象は全く異なるものになるはずで、それが狙いなのだ。

わたしが狙っていたのは、もちろん、ピオー(s)、ドゥグー(b)、ヘンシェル(b)の組み合わせで、主役二人はフランス人で理想的。勝手にAキャストと思っていた。
ピオーの出演するマチネは初日だけだ。バラ売りチケットはマチネだと取りにくいが仕方ない。オンライン発売日、なぜか最前列右よりの席が一つだけ空いていたので、迷わずゲット。

しかるに、初日舞台の幕が開く前に、インテンダントのデ・カーリウが目の前に現れた。初日を祝う挨拶ではなかろう。
「サンドリーヌ・ピオーは、数日前から筋肉を傷めており、まことに遺憾ながら
本日から幾つかの公演をキャンセルすることになりました。代役はメゾ・ソプラノのモニカ・バッチェリが務めます。彼女はテノール・ペレアスとの組み合わせキャストで出演しますので、このプロダクションのメリザンド役は歌も演技も精通していて全く問題ありません。ただし、バリトン・ペレアスとの組み合わせは今回が初めてとなります。その点、皆様のご理解を頂きたく、お願い申し上げます」
と言うではないか。

ピオーは筋肉を傷めた、とデ・カーリウははっきりと言った。喉の故障ではないし、病気でもない。筋肉を傷めて出演不可になるとは、一体どんな演技が必要とされる舞台なのだろう。
(帰宅後、モネのサイトを見ると、キャスト変更がアナウンスされていて、ピオーは最後の2公演のみ出演。モニカ・バッチェリが代役で歌う3公演と、ピオーが歌ってバッチェリが演技する1公演がある!それ以外は、全てバッチェリ。)

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         舞台装置模型 (モネのサイトより拝借)

演出はピエール・オーディで、舞台デコールはアニッシュ・カプーアである。(この二人のコンビは昨年のDNO『パルジファル』でも実現)

オーディの演出は、写実的な演技が少なくてゆったり静的な動作と、抽象的なイメージ重視で、一点豪華主義とも言えるシンプルな視覚造形が典型的である。
近現代美術に近いミニマルなアプローチの視覚造形で観客の感性に訴える。舞台装置に写実性も日常性も入り込まず、演技も簡素ですっきりしているので、見る側の想像力を刺激する。基本的に好きなタイプだ。
全体のスケールが大きくてちまちましたところがなく、舞台装置や照明が写実を排した象徴的なものなので、夢幻能のような『ペレアスとメリザンド』のようなオペラには特にピッタリだ。

カプーアも、アーティストとしては割りと好きである。彼がこの作品のためにデザインした舞台デコールなのに、まるでオーディを特徴付けるアイコンそのもの。二人の感性は似通っているのだろう。

巨大な赤いチューブが正面から見るとねじれた円形を形成していて、この形状もカプーアのアイコンそのものである。メヴィウスの輪を思わせるねじれた立体には窪みと膨らみがあって、動物の(人間の)内臓のようでもある。子宮もしくは心臓の一部のように思われる。そう思ったのは、以下のプロローグのような語りからの連想である。

舞台の幕が開く前、音楽が始まる前、暗闇の中で数人の女の子の語りが聴こえてくる。
(こういう、もともとのオペラのリブレットにはないプロローグのような語りや、音楽が始まる前に別の効果音が流されるというパターンの演出が、今シーズンのモネ劇場には何度か見られた。)
「夜が明けたようだわ。太陽の光が隙間からもれてくる。もっと開けて光を見たい。光の方に出て行きましょうよ」というようなミステリアスな内容で、すなわち、誕生とか自由への希求を思わせるのだった。

そして、いつの間にか指揮台に上がっていた指揮者に照明が当たると、オーケストラが音楽を奏で始める。
もたもたと登場する指揮者に拍手、という型どおりのパターンから脱した導入だから、観客は日常から飛躍していきなりドビュッシーの夢幻のような音楽世界に入り込めた。音楽と舞台の一体化を最初から見事に具現している。


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今までこの作品は、『ペレアスとメリザンド』という感じで、タイトルにあるペレアスの影は薄くて、ミステリアスかつとらえどころのないヒロインに男達が翻弄される物語というイメージを抱いていた。ところが、今回のプロダクションでは、ペレアスもゴローもアルケル王も大変に存在感があって、メリザンドの方が、影のような儚い女性像である。
メリザンドを取り巻く男性三人にイニョルドを加えた、男たちのドラマという趣になっているのだった。

残念ながら降板したピオーに代わってバッチェリ演じるメリザンドは、無色透明でつかみ所のない謎の女というより、暗い過去をひた隠しにしている逃亡奴隷、もしくは肉親にいたぶられ続けたせいで精神を病んでるみたいな印象なのだ。
彼女の顔にも声にも、苦悩の色がにじんでいる。メゾのバッチェリの声には、全体に重さが感じられるため、いかにも過去を背負った女という雰囲気になるのだ。
ピオーが出演する日に録画されるようだったら、ストリーミングでは、バッチェリとの違いをディクションも含めてぜひ聴き比べたいと思っている。

メリザンドはスキンヘッドで、薄いドレスの腹部には最初からずっと赤黒い血がべっとりと付いている。
それだけでもいわくありげである。

面白かったのは塔の場面で、世紀末風髪フェチシズムの見せ場なのだが、近年のプロダクションでは、そのものズバリ長い髪の鬘を被ったヘア・メークは避ける傾向があるのだが、今回は、ドレスのウエストあたりにほとんど目に付かないような薄い金髪が付いていて、赤い巨大なデコール上部にいるメリザンドがそのドレスに付いた金髪らしきものを垂らす、というものだった。
童話的ないかにも古臭いイメージから脱却していてスタイリッシュで面白い。

そして、最後の死の床の場面では、メリザンドはブリュネットのロングヘアーになっているのだった。
スキンヘッドというと罪人のイメージに結びつくから、ロングにしたことで彼女の汚れなさ・無実を象徴しているのだろう。
ペレアスとの仲を疑い問い詰めるゴローに応えるメリザンドの「私たちは疑われるようなことは何もしていないわ」にも、そのせいで説得力が加わる。

ゴロー役のディートリッヒ・ヘンシェルは、このところモネ劇場での活躍が著しいというか欠かせない歌手である。
ニヒルなルックスで外観も声にも存在感が充満しているヘンシェルは、嫉妬に心を燃やす中年の王太子という同情されにくく損な役どころのゴローを、魅力溢れる男に変えてしまった。優柔不断なペリアスよりもずっと男らしいゴローだから、彼の苦悩も理解しやすく、観客としては彼に肩入れしたくなってしまう。味わいがあって上手いのである。
中年男の哀愁の表現力という点で、ヘンシェルには端倪すべからざるものがある。

マッチョで狩好きなゴローにとって、メリザンドは森の中の鹿のごとく獲物の性格を帯びて映っているはずだ。動物的肉体の化身であり、征服欲の対象なのだ。だから、彼は自分でも意識せずにメリザンドを追い詰め痛めつけてしまうのである。追う者と追われる者の関係には、接点がないという切なさ。

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         指揮のモルロットとペレアス役のドゥグー

内省的で控えめなペレアスは、言葉少ない、というより理路整然とした話のできないメリザンドに対して、傷つきやすい者同士が傷を舐めあうごときソウルメイトの存在を投影していたのだと思う。
だから、抽象的な会話で成り立つ二人の世界に満足していたのではないか。
それなのに、メリザンドは訳の分からない言葉やコケティッシュな態度で、ペレアスを妙に刺激してしまった。しかし、メリザンド自身は自分の言動のもたらす影響を全く意識していなかったのだ。
それは無知・無垢と言えば言えるし、彼女の罪ではないのだが。

ペレアス役のステファン・ドゥグーが、実に素晴らしい。
今まで、イマイチ印象の薄い人物だなあと思っていたペレアスだが、ドゥグーによってイメージが改まった。この役は、彼のために作られたのではないかと思われるほど説得力がある。というより、もう、ペレアスそのものになりきっている。
テノールに近いような伸びやかな高音で、エレガントな鼻音を響かせる彼のフランス語のディクションの美しさにうっとり。(だから、ピオーとのフランス人コンビで聞きたかったのに!)
苦悩する若き王子ペレアスに、ハムレットやトリスタンの姿が重なって見える。
ドゥグーの来シーズンのモネでの『アムレ』タイトル・ロールにも期待したい。


また、年老いたアルケル王も、なぜかメリザンドには惑わされてしまう。老いらくの恋をひと時夢見てしまったのかもしれない。

そして、イニョルド。
父親に無理強いされて、メリザンドの部屋を覗いたりするのだが、彼も実は若い継母に淡い恋心を抱いていたのではないか。そう思わせるような苦悩のそぶりを見せるのである。

そういう風に、周りにいる男達全てを魅了してしまうメリザンド自身の存在は、実は月の夜の森に漂う霧のように曖昧である。
実体ではなく欲望・望みの投影対象としての女。これもファム・ファタールの一つの典型である。


このプロダクションは、5月4日から24日まで、モネ劇場のサイトからオン・デマンドでオンライン・ストリーミング公開される。

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by didoregina | 2013-04-17 14:54 | オペラ実演 | Comments(6)

ネーデルランド・オペラ(DNO) 2013/2014年演目発表

訂正・追記あり。1,2月は『指輪』ツィクルス>

アムステルダム歌劇場(Het Muziektheater)の De Nederlandse Opera(DNO)が
2013・2014年のプログラムを発表した。
演目はというと、二年続けて非常にオーソドックスなラインナップで、あのトンガリ具合も今は昔と
いうか、まるでどこかの首都の歌劇場のような様相を呈している。

ワーグナー・イヤーということで右に倣えという態度は世間体もあるだろうからまだ許せるとしても、
1998年の指輪プロダクションをこれで最後だからと言い訳してまたもや上演するってのは?
そこには、すなわち、25年目に突入するというオーディ体制の悪しき弊害がはっきりと現れている。
それらの演出もオーディなのだ。。。
1,2月の『指輪』ツィクルスを最後の花道として、オーディはDNOを去るのだろうか。

8,9月  『ジークフリート』 ハーンヒェン指揮 オーディ演出

10月   グルックの『アルミード』  ボルトン指揮 コスキー演出 カリーナ・ゴーヴァン!
      新プロダクション

11月   『神々の黄昏』  ハーンヒェン指揮 オーディ演出

12月   プロコフィエフの『賭博師』  アルブレヒト指揮 ブレト演出! ナジャ・ミヒャエル!
      新プロダクション

1,2月  『ニーベルンゲンの指輪』ツィクルス  ハーンヒェン指揮 オーディ演出 
     (『ラインの黄金』だけかと勘違いしていたことをお詫びし、ここに訂正します。)

3,4月  『ランメルメールのルチア』  リッツィ指揮 ワーゲマーカース演出 
      2007年のプロダクションの再演  マリナ・レベカとイスマエル・ホルディ!

4,5月  『アラベラ』 アルブレヒト指揮 ロイ演出! アンネッテ・ダッシュ!
      ヨーテボリとフランクフルトのプロダクション

5月    『ファウスト』 ミンコフスキー指揮! アレックス・オレ演出! ソニア・ヨンケヴァ
      新プロダクション

6月    マルテイン・パディングの『ライカ』 シーベンス指揮 ミック演出
      新作の世界初演   トマス・オリーマンスとクレロン・マクファデン

6月    『ファルスタッフ』 ガッティ指揮 カーセン演出
      ROH スカラ METとの共同プロ


何これ、一体?ほとんどコメントすべき内容がない。。。がっくり、悄然。
しかし、『アルミード』『賭博師』『ルチア』『アラベラ』『ファウスト』『ファルスタッフ』は
観てもいいかな、というか、演目があまりにオーソドックスなだけに、演出に期待できそうな気も
しないでもない。いや、するしかないだろう、アムステルダムの面子にかけても。

バロック・オペラはひとつもない。カウンターテナーが出演するオペラも全くない。(コンセルトヘボウ
のコンサート形式で、3つくらいはあるが)
ときめきが感じられないし、安全第一でチャレンジ精神が見えないという、これは世界的傾向なの
だろうか、時代の趨勢なのだろうか。なんともはや、寂しいことである。
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by didoregina | 2013-02-26 22:57 | オペラ実演 | Comments(24)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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