オランダ・バッハ協会の『ダイドー』

ダイドーを名乗る私としては、オランダ・バッハ協会による『ダイドーと
イニーアス』コンサートを避けて通るわけにはいかない。主にバッハの
作品録音と演奏(All of Bachと題して全録音中)を活動の中心にしている
このオケとこの作品とは意表を突いた組み合わせである気がしたことは
否めない。そして、実演を聴いてみるとやはり意外なサプライズに満ち
満ちていたのだった。
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Nederlandse Bachvereniging
Robert King dirigent
Marianne Beate Kielland mezzosopraan (Dido)
Julia Doyle sopraan (Belinda)
Matthew Brook bas (Aeneas)
Tim Mead countertenor(Spirit/sorceress)
2018年4月25日@TivoliVredenburg 

公演前に知らされていた情報は、開演時間と終演時間、休憩があること
だった。『ダイドー』は1時間ほどの短いオペラなので、ダブルビル
(サラ様ダイドー@ROHはヘンデルの『エイシスとガラテア』とのダブル
ビルだった)にするとか、一晩に2回公演(クリスティー指揮マレーナ様
ダイドー@DNO)行ったりたのを鑑賞しているが、休憩があることには
訝った。

開演すると客席と舞台が暗くなり、譜面台の上にだけ照明が当たり、出演
者が登場した。そして、いきなり聞こえてきたのはテノールの歌声だった。
全く予期していなかったのでこれには心底驚かされた。
慌てて歌詞が印刷されているプログラムブックを読むと、なんとパーセルの
Why why are all the Muses muteが第一部の演目になっているのを発見。
この曲は国王ジェイムズ2世が政変を平定し、ウィンザー城からようやく
ロンドンのホワイトホール宮殿に戻ったことを記念して作曲されたという。
そういうわけで、イギリスと国王の偉業を称える内容の歌詞になっている。
シーザーという単語が何度も出てくるが、これは後に登場するもう一つの
サプライズに呼応する内容ともいえるのは、終演後に分かったことだった。
(また、この曲のアルト・パートは当時のカウンターテナー、ウィリアム・
ターナーのために作曲されたということである。)私にとって新発見だら
けの第一部であった。

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      テノールのデヴィッド・デ・ウィンターとCTティム・ミード

たっぷり30分の第一部と休憩の後で、第二部というか本日のメイン・イヴェ
ント『ダイドー』が始まった。
国内3か所(ユトレヒト、ロッテルダム、アムステルダム)のホールでの
公演であるが、一応セミ・ステージ形式になっている。第二部開始前に合唱
団員が客席入り口付近に待機しているのが見え、最初のベリンダのアリアの後、
祝福の歌と共に客席を通って舞台に上がるのだった。大道具・小道具の舞台
装置は特にないが、合唱団の演技が主にステージングの主だった要素になって
いる演出だった。
すなわち、彼らが魔法使いの弟子や船乗りに扮して、オケ団員に絡んだり
するのだ。

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絡まれるオケ団員はそれに対してまじめにウザがったような反応をしている。
器楽奏者としてはテオルボとギターの二人(マイク・フェントロスとフレッ
ド・ヤーコプス)とヴィオローネの一人が大活躍する以外は、他の弦楽器
奏者にはさして目立つ場面はない。それでも、コンマスの佐藤俊介さん始め
いつものバッハ協会のメンバーが、バッハではない曲を熱演するのだった。
オケのメンバーには18世紀オーケストラのメンバーを兼ねている人もいて、
こういうセミ・ステージ形式には一応馴染みがあるだろう。そう思ったのは、
近年18世紀オーケストラが行うセミ・ステージ形式のモーツァルトのダ・
ポンテ三部作の実演を鑑賞していて、その印象が重なったからだ。
アプローチが非常に似ているが、バッハ協会としては初の試みかもしれない。

また、雷鳴の音を出す板担当の人が仰々しく舞台袖から登場して鳴らすことで、
効果音を視覚的演出の一部にしていた。
また、少々ダサいバロック・ダンス風のジェスチャーをダイドーとイニーアス
がしてみせる場面もあった。
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        魔女の二人

合唱団員がいつものように舞台の奥に立って歌うと、いつものバッハのように
聴こえる。なんというか、(バロック)オペラチックな合唱ではなく、実直
生真面目な歌唱で、個々の団員が弾けるような要素に乏しいのが原因かと思う。
それが残念だった。

ダイドー役のキーラントは、昨年プレガルディエン親子との共演でモンテヴェ
ルディのマドリガーレや『ウリッセ』で歌うのを聴いた。ちょっとマレーナ様
に似た声と歌唱ではあるが、ルックスに華がない。私を感動・感涙の涙にむせ
ばせるには力が足りないのだった。
イーニアス役のマシュー・ブルックも同様で、バッハの受難曲を歌うには不足
ないのだが、先月ヴェネツィアーノの『ヨハネ』を歌うのを聴いた時にイタリ
ア(ナポリ)バロックの陽光溢れるような明るい要素に欠ける気がした。
今回も、私のイメージする偉丈夫であるイニーアスからかけ離れていて(しか
もバス。テノールかバリトン歌手に歌ってもらいたい役である)シンパシーが
わかない。
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それに対して、魔法使い役にCTティム・ミードを持ってきたのは大正解以上の
説得力があった。通常は女声が歌うこの役を力強い男声アルトで歌われると
ほれぼれするほどの感動を呼ぶのだった。声量をセーブせずに朗々と聴かせる
ティム君の自信あふれる歌唱の上手さに舌を巻いた。オランダ・バッハ協会とは
マタイやヨハネで共演して定評のある彼だが、また新境地を拓いた感がある。

最後は涙涙で終わるはずの『ダイドー』だが(マレーナ様ダイドーを見た時
には最初から涙涙の私だったが)今回は、イマイチ胸に迫るものがなかった。
オケの演奏にもイマイチ躍動感が足りず、まったりしたもので、3週間前に
聴いたダイドーとクレオパトラをテーマにしたアナ・プロハスカのコンサート
でのジョヴァンニ・アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルマニコの
歯切れよくエッジの利いたドライブ感あふれる演奏とは正反対だった。
イル・ジャルディーノ・アルマニコの演奏は、ちょっと間違えるとラルッペ
ジャータ風にぶっ飛びすぎになりそうな面も感じられたが、プロハスカちゃん
の蓮っ葉な女王的態度とちょっとハスキーな声で存在感と個性あふれる歌唱と
相まってそちらに軍配を上げてしまう。

ダイドーが死んで横たわったまま舞台が暗転すると、指揮者のキングがチェン
バロの椅子から立ち上がり、エピローグでトム・ダーフィーの詩を朗読するの
には驚かされた。
シェイクスピア風の抑揚と堂々たるアクセントで読み上げる声の美しさ。
これも国王とイギリスの国威を称える内容で、プロローグ的だった第一部と
対称的に呼応する構成になっていて、典雅な締めくくりであった。






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by didoregina | 2018-04-30 06:57 | オペラ コンサート形式 | Comments(2)
Commented by ロンドンの椿姫 at 2018-04-30 08:12 x
まあ、オランダのバッハ協会の方々にイギリスを称えて頂けて光栄です。ロンドンでも演奏して下さったらもっとありがたかったですが、レイネさんの詳しいご説明で想像できました。レポートありがとうございます。
Commented by レイネ at 2018-04-30 19:12 x
指揮者もイギリス人だしソリストもイギリス人が多かったので、イギリスでも公演したらいいのにと思いますね。
オランダ・バッハ協会というと毎年の『マタイ受難曲』コンサートツアーで有名で、イースター前のナールデンの教会でのコンサートには首相はじめ閣僚が参列し、TVで生中継される国家的行事なんですよ。彼らのバッハ以外のコンサートはあまり聞いたことがありませんでした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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