Rinaldo @ Barbican

『リナルド』はヘンデルのオペラ作品の中でも、見て聴いてすんなり楽し
めるという点でトップ3に入る佳作だと思う。有名アリア等聴きどころが
多く、魔法オペラのジャンルの中でも人物像も勧善懲悪のストーリー展開
も単純明快かつエンタメ度が高いからだ。
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        サシャ・クックとイエスティン・デイヴィス

これまでに4つの異なるプロダクション(ケルン、グラインドボーン、
ブリュッセル、フランクフルト)を鑑賞したが、今回のバービカンでのは
演奏会形式であったにも関わらず総合点でそれらを上回る素晴らしさで
記念すべきもの。

Handel Rinaldo @バービカン 2018年3月12日
The English Concert
Harry Bicket  conductor
Iestyn Davies  Rinaldo
Jane Archibald  Armida
Sasha Cooke  Goffredo
Joelle Harvey  Almirena
Luca Pisaroni  Argante
Jakub Józef Orliński  Eustazio
Owen Willetts  Mago

その理由は、まずピッタリ適役で固めたキャストで、各自が役になりきり
表情の演技も巧みに歌唱には全く手を抜かず、実力が拮抗してしかも歌唱
様式が揃っていて絶妙に調和していたからという点に集約できる。
歌っている時以外でも歌手に触れば音がするかのように張り詰めた緊張感
漂う真剣勝負の空気がビンビンと伝わり、観客はそういう滅多にないスリ
ルを味わうことができたのだった。

カウンターテナーが歌うことが多いのかと思っていたゴッフレード役は、
メゾ・ソプラノというよりはコントルアルトに近い深みのある低音を聴か
せるサシャ・クック。
彼女は2年前同じくビケットとイングリッシュ・コンサートによる
演奏会形式『オルランド』でもズボン役で登場して強い印象を残した。
リナルドの上司でエルサレム奪回十字軍司令官という男性的な役柄にピタ
リとハマる声質のCTは実は意外と少ないのは、1711年の初演版ではこれは
ズボン役が歌ったからだろう。一般的に音程がより安定していて低音にも
高音にも魅力のあるメゾやアルトが歌うほうがこの役には合っているの
かもしれない。
演奏会形式だから男性的ルックスにする必要はないため、安定した歌唱の
クックの起用で安心して聴くことができた。(ヘアメイクでどういう風に
男性的ルックスに変身できるのか見てみたい気もする。)
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悪役アルミーダとアルガンテのペアには微妙な上下関係・愛憎関係があり、
ちょっとコミカルな要素もあるはずなのだが、今回の二人の役作りは怖い・
悪いというキャラクター造形を徹底していた。
それを特に強く感じさせたのはアルガンテ役のルカ・ピサローニで、唯一の
正真正銘低音男声歌手として終始怒ったような表情で圧倒的威圧感を出して
全体をきつく引き締めていた。役得であるともいえるが、彼が登場すると
その場の空気が冷たく感じるほどであっぱれであった。

アルミーダ役はジェーン・アーチボルドで、金属的な高音と線の細さを感じ
させる歌唱とでシモーネ・ケルメスのアルミーダを思い出させた。骨太さは
ないがヒステリックな魔女という役柄にはうってつけの声質である。
Furie terribiliの登場でまずそのキャラを印象付けなければならないの
だが、あまりエキセントリックではないが高慢で意地悪な魔女らしい
というその時の印象がずっと最後まで続いた。
それとは打って変わってリナルドに恋する気持ちを切々と訴える
Ah! crudel, Il pianto mioでは魔女とはいえ憎めない女性の心情を
ドスのある声でしかも嫋々と歌って欲しかったのだが、何か物
足りなかった。
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       ごめん、花束で顔が見えない、ジェーン・アーチボルド

アルミーダと対照的に弱々しいお姫様であるアルミレーナ役にはルックスも
声もピッタリのジョエル・ハーヴィー。いかにもアングロサクソン系教会系
ソプラノというタイプの声質なので、この役にはバッチリ。誰もが知って
いるから感動させるのが難しいLascia ch'io pianga(私を泣かせてくだ
さい)も、小鳥のさえずりのようなリコーダー伴奏といっしょに歌ってアル
ミレーナの清純さ、思わず守ってあげたくなるような弱々しさ、爽やかさを
印象つけるAugelletti, che cantateも満足度が高かった。

さて、メインはやはり3人のCTの聴き比べであった。
イエスティン君のリナルドは十八番でお馴染の安心感があるから、
もっぱらの興味は昨年9月にフランクフルトでリナルド役だったヤクブ・
ヨゼフ・オルリンスキ君(JJ)が今回は主役から脇役にスケールダウン
して異なる舞台でどういう風な具合であろうかという点だ。
出番が少なくて今までのプロではほとんど印象に残らなかったエウス
ターツィオのアリアCol valor, colla virtùがオルリンスキ君によって
これほど丁寧に心を込めて歌われると、おお、こういう歌だったんだ、
いいなあ、という新鮮な驚きの新発見になるのだった。テクニックも
発音も一か所として気を抜かずに真剣勝負!という気概が聴く者にビシ
バシ伝わる好感度の高い歌唱で、清々しくしかも声量もある彼のこれが
ロンドン・デビューになったのだが、絶大なる好印象を残したことは
明らかだった。
二人のCTの間に見えない火花が散っていることは、お互いが歌っている
時に真剣に食い入るように見つめる視線から見て取れた。

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       ウィレッツとJJオルリンスキ、ルカ・ピサローニ

もう一人のCTオーウェン・ウィレッツも声量があり、テクニックも
器用に操り上手いのだが、どこか華に欠けるというか印象に残らない。
舞台に立つ歌手というのは歌唱だけでなくルックスやプレゼンスと
いうのも重要な要素で人気が決まるんだなと、と図らずも納得すること
になった。

リナルド役イエスティン君は、2年前のオルランドの時にも感じられた
丁寧な歌唱と無敵のテクニックで緊張が途切れることがない。
ブロードウェイの『ファリネッリと王』でも毎日のように歌っている
Cara sposa と Venti, turbiniは十八番を通り越してルーティン化して
いるのではないかと恐れていたが、さすが長年鍛えられたプロ精神で、
その晩も一期一会と心得て聴衆と対峙し、一語たりともおろそかにせず
誠意と魂を込めた歌唱である。
万雷の拍手でようやくほっとしたいつもの表情になったのでこちらも
安堵のため息をついたのだった。

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ハリー・ビケット率いるイングリッシュ・コンサートも手堅い演奏で
とにかく全体的な質と満足度が高い。こういう形で今後もヘンデルの
オペラをコンサート形式でツアーしてもらいたいと願うものである。

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by didoregina | 2018-03-22 21:02 | オペラ コンサート形式 | Comments(2)
Commented by ロンドンの椿姫 at 2018-03-23 05:30 x
素晴らしいコンサートでしたよね。私はオルリンスキーを生で聴くのは初めてだったですが、魅了されました。もちろんイエスティン君は素晴らしかったし、至福の時でした。1年以上も前に切符を買って長い間楽しみにしてましたが、期待以上で大満足でした。
Commented by レイネ at 2018-03-23 16:58 x
コンサート形式でこれほど完成度高く感動を呼ぶオペラ実演はめったにないほど。
イェスティン君はいつも通り盤石の実力で聴かせてくれたし、オルリンスキ君のイギリス・デビューも大成功。(彼のリサイタル楽しみですね。)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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