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モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング

モネ劇場の今季最後の演目だったグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』が、
いつものようにモネのサイトからオンライン・ストリーミングで視聴可。(7月29日まで)
http://www.lamonnaie.be/en/mymm/media/2075/Orph%c3%a9e%20et%20Eurydice/

モネ劇場と今年五月のWiener Festwochenとのコープロで、ウィーンでは1762年のウィーン
版(イタリア語)が上演され、オルフェオ役はCTのベジュン・メータが歌った。
モネの方は、1859年のベルリオーズ版(フランス語)で、オルフェオ役はメゾのステファニー・
ドゥストラックだ。

モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング_c0188818_20313977.jpg photo © Bernd Uhlig
Orphée et Eurydice
Christoph W. Gluck / Hector Berlioz
Music direction ¦ Hervé Niquet
Staging, set design, lighting & costumes ¦ Romeo Castellucci
Artistic collaboration ¦ Silvia Costa
Dramaturgy ¦ Christian Longchamp
Piersandra Di Matteo
Video / Camera ¦ Vincent Pinckaers
Chorus direction ¦ Martino Faggiani
Youth chorus direction ¦ Benoît Giaux

Orphée ¦ Stéphanie d'Oustrac
Eurydice ¦ Sabine Devieilhe
Els
Amour ¦ Michèle Bréant (18, 20, 22 & 24 June)
Fanny Dupont (17, 25, 27 & 29 June, 01 & 02 July)

Orchestra & chorus ¦ La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus
Ombre Joyeuse ¦ Choeur de jeunes de la Monnaie, La Choraline


今年はグルック・イヤーなので、特に『オルフェオとエウリディーチェ』は豊作だ。各地で
上演されているし、TVやオンラインで視聴の機会が多いのはうれしい。
その中でも、カステルッチ演出のこのプロダクションは、わたしの周辺では話題の的だった。

なぜかというと、カステルッチ(そしてモネ)は大胆にも、黄泉の国に行ってしまったエウリ
ディーチェの状況を実際にロックド・イン・シンドロームで寝たきりの患者に置き換え、
その患者(ブリュッセルの場合は、エルス)の映像を舞台に投影しつつ、オペラ・ライブ放送を
その患者に送信するという、一種のインタラクティブ上演方法を採ったからだ。
キャストには、だからエルスの名前も出ているし、ストリーミングをご覧になれば分かる通り、
エルスのためのエルスの物語、という設定になっているのだ。

そのコンセプトがモネのサイトで詳しく発表され、患者本人と家族および医療担当者、
医療倫理審議委員会やロックド・イン・シンドローム患者支援団体等と綿密に打ち合わせ、
関係者すべての了承やサポートを取り付けたということを知ったのだが、見るまでは私にも
友人たちの間にも疑問は残った。
センセーションを煽るような思い付きが出発点ではないのか、本当に家族や患者本人は納得
して出演OKしたのか、様々な方面の利害や思惑が複雑に絡み合って個人のプライヴァシーが
無視されているのではないか、等々である。

5月にウィーン版を鑑賞した友は「打ちのめされて、一週間たっても頭から離れない。とにかく
見るべし」とのメッセージを寄せてくれて、私の興味を限りなく助長したのだった。

モネの舞台は、救急車のサイレンの音とともに始まり、オルフェオ役のドゥストラックが登場。
スクリーン前に設置された椅子に客席を正面に見るよう座る。
おもむろに序曲が始まると、スクリーンにはElsの文字が投影される。ドゥストラックの前に
マイクが立てられ、オーディオ機器の電源が入る。そして、スクリーン上に英語で書かれた
エルスの状況・病状説明および演出コンセプトが簡潔な文章で出てくる。
合唱が始まるが、合唱団は全く舞台上に姿を見せずに声だけの出演。(合唱団のこういう使い
方はモネではよくある)

第一幕は、結局すべて、エルスの物語が語られる文字を追い読むことになり、音楽や歌は
どちらかというとバックグラウンドという趣だ。スクリーン上には、彼女の出生から始まり
生い立ちやダニエルとの結婚までの道のり、家族関係などが淡々と書かれていく。
映像はなく、文字オンリーだ。

一年半前に突然エルスを襲ったロックド・イン・シンドロームというのは、映画『潜水服は
蝶の夢を見る』でも知られているように、脳幹障害のため全身の筋肉が麻痺し、患者は覚醒
していて意識やすべての感覚は正常なのに、眼球および瞼しか動かせないという状態だ。
だから、Yes, Noを瞬きで表すこととアルファベット表を用いることでコミュニケーションは
可能である。
カステルッチの演出では、そういう患者の状況がエウリディーチェに近いことが示唆される。

第一幕では、思いつめたような表情のオルフェオが、誠心誠意を込めてエウリディーチェ=
エルスに語り掛けるがごとく歌う。
少年の姿の愛の神アモールがオルフェオに同情し、あの世に行ってしまったエウリディーチェ
に会わせ、連れ帰ることができるよう仕組む。しかし、こちらに戻るまでは彼女を見てはいけ
ないという禁忌を課して。アモールの歌は、説き聞かせるがごとくで、理性を強調したような
態度だ。
だから、オルフェオの感情も高揚するまでには至らず、第一幕最後のブラヴーラ・アリアも
歓喜の高まりとは程遠い、ごくごく抑えた表現なのだった。

モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング_c0188818_2136863.jpg


そのまま続く第二幕は、車や徒歩でのエルスのいるリハビリ病院へのダニエル=オルフェオの
道のりが、ぼやけた映像でスクリーンに投影される。
黄泉の国の亡者達をなだめるためのハープの音楽やそれに合わせて歌うオルフェオもとても
シリアスで、しかしここにきてようやく悲嘆の感情を抑えずに心情を吐露する。
エルスの夫ダニエルは、毎日140キロ離れたエルスの病院へ通っているのだ。

草地や牧草地や木々の映像に「精霊の踊り」やフルート演奏がかぶり、楽園の合唱。
悲しみのない天国、という合唱にドゥストラック(オルフェオ)は少しだけ笑みを見せる。
ベルギーらしい北方ルネッサンスの館であるリハビリ病院の内部には、病棟や科や医師の
名前の表示が見える。
ここで椅子からようやく立ちあがったドゥストラックは、エウリディーチェとの再会への
期待に胸がいっぱいになり感極まったかのような歓喜の表情を見せる。
「なんと澄んだ空」と。
フォーカスをぼかしたままのカメラは廊下を突き進み、エルスの横たわる病室に入る。
「望みは叶えられた!」

モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング_c0188818_21533131.jpg


病室のエルスが投影されたスクリーンの後ろにエウリディーチェ役の歌手が立っている。
手を伸ばし合うオルフェオとエウリディーチェ。しかし、手は届かず、視線を交わすことも
禁じられたままだ。
「一刻も早くここから逃げよう」と言うオルフェオに「なんて冷たい態度なの。一目私を
見て」とかき口説くエウリディーチェ。

スクリーン上には、病室の壁に貼られた絵や写真が映され、9時8分を示す時計も。ライブで
エルスに音楽を送信しているという設定だからだ。
見かけはあくまでもドキュメンタリー風だが、これはオペラ・プロダクションなのだから
物語でありフィクションである。
しかし、現実との違いは曖昧なまま残されている、という手法だ。

オルフェオのジレンマと、二人の気持ちのすれ違いが、エルスとダニエルの境遇に重なり、
哀れを誘う。
スクリーン上のエルスはピントが合った大写しになる。瞼や眼球や物言いたげに口元が動いて
いる。
エウリディーチェのなじる言葉を無視できずに振り返るオルフェオと、消えていくエウリディ
ーチェ。そこで舞台は暗転し、暗闇の中でドゥストラックは「エウリディーチェを失って」
を歌う。オルフェオの後悔と塗炭の苦しみ。このオペラのハイライトである。

電灯を持ったアモールが現れて、沈むオルフェを慰め、愛の力でエウリディーチェは生き
返った、と伝える。
池の水から新生!という感じでエウリディーチェが出てくるのだが、オルフェオに手を差し
伸べつつも、月明かりの森を背景にニンフのように全裸のエウリディーチェはまた池に沈ん
でいくのだった。
オルフェオはずっと正面を向いたままである。
合唱団は歓喜と祝福の歌を歌うが、病室のエルスに変化はなく、オルフェオは立ち尽くした
まま目をかっと見開き、また閉じる。
音楽が終わり、ヘッドフォンを外されるエルスと、ダニエルらしき人の手。
目元と口元は動いているが、静寂のままエンド。
遠ざかる病室。そして幕。
拍手はなく、クレジット・タイトルのみがスクリーンに流れる。

モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング_c0188818_22132513.jpg


音楽の力・治癒作用を期待しての、実際の患者起用という側面もあったのだが、ライブで
この音楽を聴いていたエルスに奇跡は起らなかった。

エルスとダニエルのラブ・ストーリーとなっていて、限りなくノン・フィクションに近い
この『オルフェオとエウリディーチェ』プロダクションは、観る者を声を発することも
できないほど深い思いに沈ませる。冷酷な現実に打ちのめされて、哀しみを共有するのみ。
by didoregina | 2014-07-14 15:31 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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