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『ペレアスとメリザンド』@モネ劇場

『ペレアスとメリザンド』は、ドビュッシーが作曲を完成させ上演にこぎつけることのできた唯一のオペラ作品である。初演は1902年だから100年以上前であるが、オペラとしては前例のないタイプで、世紀末というより20世紀の幕開けを感じさせる、好きな作品だ。

雲の中に浮かんでいるような、霧か霞のようなヴェールのかかったような色彩を聴覚化したオーケストレーションのとらえどころのなさと、アリアらしいアリアがなく、語りともレチタティーヴォとも言いがたい歌がオーケストラ音楽と渾然一体化して夢幻の世界そのものだが、オペラとしては画期的なその音楽書法に馴染めない人もいるだろう。
これは、絶対に舞台形式で鑑賞しないとよさがわからないオペラである。
そして、主な役はできればフランス語ネイティブの歌手で揃えて欲しい。


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            2013年4月14日@モネ劇場

Pelléas et Mélisande
Claude Debussy   

Muzikale leiding¦Ludovic Morlot
Regie¦Pierre Audi
Decors¦Anish Kapoor
Kostuums¦Patrick Kinmonth
Belichting¦Jean Kalman
Koorleiding¦Martino Faggiani
Pelléas¦Stéphane Degout (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Yann Beuron (16, 18, 20 & 24 April)
Mélisande¦Sandrine Piau (23 & 25 April)
Monica Bacelli (14, 16, 17, 18, 19, 20 & 24 April)
Golaud¦Dietrich Henschel (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Paul Gay (16, 18, 20 & 24 April)
Géneviève¦Sylvie Brunet-Grupposo
Arkel¦Jérôme Varnier (16, 18, 20 & 24 April)
Frode Olsen (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Un médecin¦Patrick Bolleire
Un berger¦Alexandre Duhamel
Le petit Yniold¦Valérie Gabail
Orkest¦Symfonieorkest en koor van de Munt

今まで、モネ劇場では100ユーロ以上の座席に座ったことが一度もなかった。どんなに贔屓の歌手が出る演目でも、せいぜい80ユーロ止まりであった。しかし、安い席すなわち視界に難ありであるのは資本主義の哀しい事実でもある。このところ、あまりに舞台が見切れる席ばかりで欲求不満が溜まっていた。特に、先シーズンから全演目がオンライン・ストリーミングされるようになって、映像と実際の舞台とを見比べ、舞台全体がよく見えない席で鑑賞する短所をイヤというほど知らされてしまったのだ。
それで、今回は、マチネ初日の平土間最前列の席(カテゴリー1)にした。見る気満々である。

当初のキャストは、メリザンド、ペレアス、ゴローにソプラノ+バリトン+バリトンの組み合わせとメゾ+テノール+バリトンの組み合わせの日替わりダブル・キャストになっていた。モネではこういう風にキャストを音域別に組み合わせ、分けたりすることがよくある。主役がメゾとCTに分かれる場合もある。
歌手の組み合わせによって、同じ舞台でも印象は全く異なるものになるはずで、それが狙いなのだ。

わたしが狙っていたのは、もちろん、ピオー(s)、ドゥグー(b)、ヘンシェル(b)の組み合わせで、主役二人はフランス人で理想的。勝手にAキャストと思っていた。
ピオーの出演するマチネは初日だけだ。バラ売りチケットはマチネだと取りにくいが仕方ない。オンライン発売日、なぜか最前列右よりの席が一つだけ空いていたので、迷わずゲット。

しかるに、初日舞台の幕が開く前に、インテンダントのデ・カーリウが目の前に現れた。初日を祝う挨拶ではなかろう。
「サンドリーヌ・ピオーは、数日前から筋肉を傷めており、まことに遺憾ながら
本日から幾つかの公演をキャンセルすることになりました。代役はメゾ・ソプラノのモニカ・バッチェリが務めます。彼女はテノール・ペレアスとの組み合わせキャストで出演しますので、このプロダクションのメリザンド役は歌も演技も精通していて全く問題ありません。ただし、バリトン・ペレアスとの組み合わせは今回が初めてとなります。その点、皆様のご理解を頂きたく、お願い申し上げます」
と言うではないか。

ピオーは筋肉を傷めた、とデ・カーリウははっきりと言った。喉の故障ではないし、病気でもない。筋肉を傷めて出演不可になるとは、一体どんな演技が必要とされる舞台なのだろう。
(帰宅後、モネのサイトを見ると、キャスト変更がアナウンスされていて、ピオーは最後の2公演のみ出演。モニカ・バッチェリが代役で歌う3公演と、ピオーが歌ってバッチェリが演技する1公演がある!それ以外は、全てバッチェリ。)

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         舞台装置模型 (モネのサイトより拝借)

演出はピエール・オーディで、舞台デコールはアニッシュ・カプーアである。(この二人のコンビは昨年のDNO『パルジファル』でも実現)

オーディの演出は、写実的な演技が少なくてゆったり静的な動作と、抽象的なイメージ重視で、一点豪華主義とも言えるシンプルな視覚造形が典型的である。
近現代美術に近いミニマルなアプローチの視覚造形で観客の感性に訴える。舞台装置に写実性も日常性も入り込まず、演技も簡素ですっきりしているので、見る側の想像力を刺激する。基本的に好きなタイプだ。
全体のスケールが大きくてちまちましたところがなく、舞台装置や照明が写実を排した象徴的なものなので、夢幻能のような『ペレアスとメリザンド』のようなオペラには特にピッタリだ。

カプーアも、アーティストとしては割りと好きである。彼がこの作品のためにデザインした舞台デコールなのに、まるでオーディを特徴付けるアイコンそのもの。二人の感性は似通っているのだろう。

巨大な赤いチューブが正面から見るとねじれた円形を形成していて、この形状もカプーアのアイコンそのものである。メヴィウスの輪を思わせるねじれた立体には窪みと膨らみがあって、動物の(人間の)内臓のようでもある。子宮もしくは心臓の一部のように思われる。そう思ったのは、以下のプロローグのような語りからの連想である。

舞台の幕が開く前、音楽が始まる前、暗闇の中で数人の女の子の語りが聴こえてくる。
(こういう、もともとのオペラのリブレットにはないプロローグのような語りや、音楽が始まる前に別の効果音が流されるというパターンの演出が、今シーズンのモネ劇場には何度か見られた。)
「夜が明けたようだわ。太陽の光が隙間からもれてくる。もっと開けて光を見たい。光の方に出て行きましょうよ」というようなミステリアスな内容で、すなわち、誕生とか自由への希求を思わせるのだった。

そして、いつの間にか指揮台に上がっていた指揮者に照明が当たると、オーケストラが音楽を奏で始める。
もたもたと登場する指揮者に拍手、という型どおりのパターンから脱した導入だから、観客は日常から飛躍していきなりドビュッシーの夢幻のような音楽世界に入り込めた。音楽と舞台の一体化を最初から見事に具現している。


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今までこの作品は、『ペレアスとメリザンド』という感じで、タイトルにあるペレアスの影は薄くて、ミステリアスかつとらえどころのないヒロインに男達が翻弄される物語というイメージを抱いていた。ところが、今回のプロダクションでは、ペレアスもゴローもアルケル王も大変に存在感があって、メリザンドの方が、影のような儚い女性像である。
メリザンドを取り巻く男性三人にイニョルドを加えた、男たちのドラマという趣になっているのだった。

残念ながら降板したピオーに代わってバッチェリ演じるメリザンドは、無色透明でつかみ所のない謎の女というより、暗い過去をひた隠しにしている逃亡奴隷、もしくは肉親にいたぶられ続けたせいで精神を病んでるみたいな印象なのだ。
彼女の顔にも声にも、苦悩の色がにじんでいる。メゾのバッチェリの声には、全体に重さが感じられるため、いかにも過去を背負った女という雰囲気になるのだ。
ピオーが出演する日に録画されるようだったら、ストリーミングでは、バッチェリとの違いをディクションも含めてぜひ聴き比べたいと思っている。

メリザンドはスキンヘッドで、薄いドレスの腹部には最初からずっと赤黒い血がべっとりと付いている。
それだけでもいわくありげである。

面白かったのは塔の場面で、世紀末風髪フェチシズムの見せ場なのだが、近年のプロダクションでは、そのものズバリ長い髪の鬘を被ったヘア・メークは避ける傾向があるのだが、今回は、ドレスのウエストあたりにほとんど目に付かないような薄い金髪が付いていて、赤い巨大なデコール上部にいるメリザンドがそのドレスに付いた金髪らしきものを垂らす、というものだった。
童話的ないかにも古臭いイメージから脱却していてスタイリッシュで面白い。

そして、最後の死の床の場面では、メリザンドはブリュネットのロングヘアーになっているのだった。
スキンヘッドというと罪人のイメージに結びつくから、ロングにしたことで彼女の汚れなさ・無実を象徴しているのだろう。
ペレアスとの仲を疑い問い詰めるゴローに応えるメリザンドの「私たちは疑われるようなことは何もしていないわ」にも、そのせいで説得力が加わる。

ゴロー役のディートリッヒ・ヘンシェルは、このところモネ劇場での活躍が著しいというか欠かせない歌手である。
ニヒルなルックスで外観も声にも存在感が充満しているヘンシェルは、嫉妬に心を燃やす中年の王太子という同情されにくく損な役どころのゴローを、魅力溢れる男に変えてしまった。優柔不断なペリアスよりもずっと男らしいゴローだから、彼の苦悩も理解しやすく、観客としては彼に肩入れしたくなってしまう。味わいがあって上手いのである。
中年男の哀愁の表現力という点で、ヘンシェルには端倪すべからざるものがある。

マッチョで狩好きなゴローにとって、メリザンドは森の中の鹿のごとく獲物の性格を帯びて映っているはずだ。動物的肉体の化身であり、征服欲の対象なのだ。だから、彼は自分でも意識せずにメリザンドを追い詰め痛めつけてしまうのである。追う者と追われる者の関係には、接点がないという切なさ。

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         指揮のモルロットとペレアス役のドゥグー

内省的で控えめなペレアスは、言葉少ない、というより理路整然とした話のできないメリザンドに対して、傷つきやすい者同士が傷を舐めあうごときソウルメイトの存在を投影していたのだと思う。
だから、抽象的な会話で成り立つ二人の世界に満足していたのではないか。
それなのに、メリザンドは訳の分からない言葉やコケティッシュな態度で、ペレアスを妙に刺激してしまった。しかし、メリザンド自身は自分の言動のもたらす影響を全く意識していなかったのだ。
それは無知・無垢と言えば言えるし、彼女の罪ではないのだが。

ペレアス役のステファン・ドゥグーが、実に素晴らしい。
今まで、イマイチ印象の薄い人物だなあと思っていたペレアスだが、ドゥグーによってイメージが改まった。この役は、彼のために作られたのではないかと思われるほど説得力がある。というより、もう、ペレアスそのものになりきっている。
テノールに近いような伸びやかな高音で、エレガントな鼻音を響かせる彼のフランス語のディクションの美しさにうっとり。(だから、ピオーとのフランス人コンビで聞きたかったのに!)
苦悩する若き王子ペレアスに、ハムレットやトリスタンの姿が重なって見える。
ドゥグーの来シーズンのモネでの『アムレ』タイトル・ロールにも期待したい。


また、年老いたアルケル王も、なぜかメリザンドには惑わされてしまう。老いらくの恋をひと時夢見てしまったのかもしれない。

そして、イニョルド。
父親に無理強いされて、メリザンドの部屋を覗いたりするのだが、彼も実は若い継母に淡い恋心を抱いていたのではないか。そう思わせるような苦悩のそぶりを見せるのである。

そういう風に、周りにいる男達全てを魅了してしまうメリザンド自身の存在は、実は月の夜の森に漂う霧のように曖昧である。
実体ではなく欲望・望みの投影対象としての女。これもファム・ファタールの一つの典型である。


このプロダクションは、5月4日から24日まで、モネ劇場のサイトからオン・デマンドでオンライン・ストリーミング公開される。

by didoregina | 2013-04-17 14:54 | オペラ実演


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性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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