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Stradella@ORW  フランクの超レア・オペラはアクア・アルタのヴェネツィアが舞台

ベルギー東部ワロニー地方の都市リエージュにある王立ワロニー歌劇場は、足かけ3年に及ぶ
改修工事がようやく終わって、9月にリニューアル・オープンした。
その杮(こけら)落とし公演には、ご当地出身の作曲家(しばしばフランス人と思われてしまう)
セザール・フランクのオペラ『ストラデッラ』が上演された。記念的演目であるから、多分今回に
限るのだろうが、いつものように一回きりのライブ・ストリーミングではなく、Arte Live Webから
オン・デマンドでかなり長期に渡って見ることができる。一見以上の価値があることは、保証する。
その理由を説明していきたい。

Stradella by César Franck

Musical direction : Paolo ARRIVABENI
Direction : Jaco VAN DORMAEL *
Orchestration : Luc VAN HOVE
Set : Vincent LEMAIRE
Costumes : Olivier BERIOT *
Lighting : Nicolas OLIVIER *

Chorus master : Marcel SEMINARA
Orchestra and Choruses : Opéra Royal de Wallonie

Leonor : Isabelle KABATU
Stradella : Marc LAHO
Spadoni : Werner Van MECHELEN
The Duke : Philippe ROUILLON
Pietro : Xavier ROUILLON
Michael : Giovanni IOVINO
Beppo : Patrick MIGNON
An Officer : Roger JOAKIM

この作品は、歌劇場のサイトによると、フランクが15歳の時に作曲したもので1837年3月3日に
パリ・オペラ座で初演、とあるが、Arteでのストリーミング映像でも、サイトの同じページにも
「世界初演」が謳われている。
一体これはどうしたことか。
様々な情報を付き合わせると、どうやら『ストラデッラ』は歌の部分しか楽譜が残っていなくて、今回
Luc Van Hoveによってオーケストラ・パートが作曲されて上演された模様。それで、世界初演と
銘打っているのだろう。そしてまた、パリで初演と言っても、きちんとオーケストレーションのなされた
オペラとしての上演ではなかったらしい。

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まず、今回の舞台演出は、オペラ演出は初めてらしいJaco Van Dormaelという人なのだが、
それが、舞台装置を含めて、「えっ、これがリエージュ?まるでモネみたい」と思えるほど、革新
的なのである。
とにかく、百聞は一見に如かずである。悪いことは言わない、映像を観ていただきたい。
ネタをばらすのがもったいないから、冒頭の序曲シーンだけでも、まずご覧になっていただきたい。
百年一日の如きオーソドックスな演出および舞台装置で、とにかくコンサバなお年寄りをヘンに刺激
しないことを心がけていたとしか思えないリエージュの歌劇場が、とうとうここまで来たか!という
衝撃的かつ耽美的シーンで舞台が始まる。(他の劇場なら、特筆すべきことでもないのだが)


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        アクア・アルタのヴェネツィアのごとき光景

ステージ一面が水である。それが場面によって、桟橋のような、板を渡した橋のようなものが水面
すれすれに頭を覗かせたりする。まるで、アクア・アルタに見舞われたヴェネツィアそのものである。
そう、この作品の設定は、元々ヴェネツィアなのである。

あらすじを知らずに、何の字幕もない映像をまず鑑賞してみた。どうやら、女1人に男二人の三角
関係というか、愛し合う男女の間に残忍な貴族が無理やり入り込もうとするお話のようである。
悲劇への道をひた走る愛し合う二人は殺され、現世では結ばれず水の中で一緒になる、ということ
らしい。

あとであらすじを読んでみた。ヒロイン・レオノールはヴェネツィアの10人会の有力者ペーザレ公に
言い寄られ、公の手下によってかどわかされ屋敷に閉じ込められている。レオノールの愛情を得る
ために考えられた策は、人気歌手ストラデッラの歌で冷たい心を解きほぐそうというもの。しかし、
ストラデッラとレオノールは実は相思相愛の仲だった。ストラデッラは、公の策に乗ったふりをして
レオノールに歌のレッスンをする。そして、危険を犯してレオノールを逃がそうとする。しかし、
追っ手が迫り、二人の逃亡は地獄への道行きとなった、というストーリーだ。


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              屋敷の中も水浸し。


荒唐無稽ではない単純なストーリーであるが、音楽はなかなかにドラマチックで、まるでヴェルディ。
しかし、残忍な貴族とその手下は、『トスカ』のスカルピアや『リゴレット』のマントヴァ公のような
悪人として名を残し異彩を放つ迫力には欠け、ヒロインも悲劇の主人公なのにタイトルを張るほどの
魅力がない。ストラデッラとはヒロインでなく、カヴァラドッシを思わせる悲劇の主人公の名前なのだ。
その地味さ加減が、なんとなく、『シチリア島の夕べの祈り』を思わせ、ストーリーも音楽も悪くない。

強いて言うなら、音楽がヴェルディ風にドラマチックすぎてほとんどフランクらしく感じられないのが
ちょっと惜しい。アリアやデュエットの場面の構成も、正統的イタリア・オペラ的なものなので、歌詞は
フランス語でも全体の印象がフランス・オペラっぽくない。それは、しかし、フランクのせいではなく、
新たにオーケストレーションを行った作曲家の好みなんだろう。これはこれで、なかなかいいのだが。
そう、ベルギーの新古典イタリア・オペラとして、今後、各地の歌劇場で取り上げられたらいいくらい。

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          カーニヴァルから一転して、葬式のヴェネツィア。


水の上、もしくは文字通り水の中が舞台なのと、舞台後方から下がってくる鏡を多用した装置は、
シンプルでスタイリッシュで効果抜群。
歌手は、コーラスも含めて皆、漁師のような長靴を履いて水に浸かったり、雨合羽で傘を差したり、
雨に濡れたりするシーンが多くて大変だ。
特に、主人公とヒロインは、膝まで水に浸かっての演技と歌である。最後には二人とも水の中で
死ぬという設定だから、びしょぬれどころの騒ぎではない。

ヒロイン・レオノール役のソプラノは、レオンタイン・プライスみたいな古典的な黒人らしい顔立ちで、
涼やかかつ清らかなリリコ・スピント。
主人公ストラデッラ役のテノールは、第一幕では頼りない感じの声で、重要なセレナードなど歌詞
内容が甘いのに声が付いていかなかったが、2幕目以降は、伸びのあるリリックな声が艶を増して、
俄然よくなった。
悪役のバリトン二人は、最初から声がよく出ていて舞台を引っ張っていった。2幕目、3幕目では、
3人の絡みが多くなるのだが、主人公の二人も歌唱にバランスがとれていったので、ひやひやせず
にすんだ。


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       ドッペルガンガーのダンサー二人の使い方が上手い演出。
       シルエットだけだったり、水の下に沈んだり天上に浮かんだり。


殺された愛する二人は水に閉じ込められたまま、最後は天に昇っていく。しかし、鏡と水を用いた
造形表現方法のおかげで、もやもやと幻影のようで、まるでリミニのフランチェスカのように、
天国には行けないでふわふわと漂い続けているよう。死んでから二人が結ばれたのは、天国なのか、
海の中なのか、はっきりわからないその曖昧さがいい。
by didoregina | 2012-11-08 15:33 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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