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『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場

『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場_c0188818_18274328.jpg2012年8月12日@Theater an der Wien
La donna del lago
Melodramma in zwei Akten (1819)
Musik von Gioachino Rossini
Libretto von Leone Andrea Tottola nach Sir Walter Scott

Musikalische Leitung Leo Hussain
Inszenierung Christof Loy
Szenische Einstudierung Axel Weidauer
Ausstattung Herbert Murauer
Choreographie Thomas Wilhelm
Licht Reinhard Traub
Dramaturgie Yvonne Gebauer

Elena Malena Ernman
Giacomo Luciano Botelho
Rodrigo di Dhu Gregory Kunde
Malcom Groeme Varduhi Abrahamyan
Douglas d’Angus Maurizio Muraro
Albina Bénédicte Tauran
Serano Erik Årman
Orchester ORF Radio-Symphonieorchester Wien
Chor Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)


ロッシーニ作曲のこのオペラは、スコットランド王ジャコモ、反乱軍首領ロドリーゴ、反乱軍騎士
マルコムがそれぞれ皆、国王の元忠臣だが追放後は反乱軍側に付いたダグラス卿の娘エレナを
愛することから起こるロマンチックな四角関係の物語である。
しかし、演出家クリストフ・ロイは、その図式を改変して、スリリングで現代的な心理劇に作り
変えた。

まずエレナの設定が、少女から大人へ脱皮する過程の最中にいる神経症を病むお嬢様という
ことになっている。
それは、まるでグレン・グールドがそうだったように、帽子を被って手袋やマフラーで不安な身を
外界および外敵から守る姿勢をとるエレナの神経質な態度や顔の表情からわかる。
そして、彼女は、ごちゃごちゃとしてキナ臭い現実からは目をそむけて空想の世界に生きている。
夢見る夢子ちゃんである。
おどおどと引きつったような顔つきで歌ったり子供っぽさを誇張したマレーナ様の演技に、最初は
違和感を覚えたが、だんだんと上記の設定だということがわかって納得。
シリアスでロマンチックなお話というより、コミカルな味もかなり濃厚だ。それは三つ編みの赤毛
の髪型からもうかがえる『長靴下のピッピ』的な破天荒なヒロインの心象が、全体を支配して
いるからだった。

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         エレナは突然現れた王子様に夢中になる。
         photo by Monika Rittershaus


わからずやで強権をかざす父親が決めた結婚相手である、マッチョで自信満々でかなり年上の
ロドリーゴには少女らしい嫌悪感を感じるだけだ。
その彼女の心の悩みをわかってくれるのは、もう1人の自分であるマルコムのみ。

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            マルコムがなぜエレナと同じ格好をしてるのか
            ようやく謎が解けた。photo by Monika Rittershaus

マルコムは、エレナの鏡写しの分身である。この設定は、マルコムの歌う「わたし達はいつでも一緒。
分かちがたい」という歌詞にもしっかり対応しているから無理がない。
二人の対話には、だから互いに胸のうちが分かり合った者同士の親密さがあるのも当然である。

マルコム役のアルトのとってもまろやかな声で歌われる、いかにもベルカントの王道をいく様式美に
溢れた歌唱が素晴らしい。もともと女声で歌われるズボン役なのだが、今回はエレナと同じ格好を
しているから、エレナの心の奥底に芽生える成長した大人の女らしい毅然たる意思を表現していて
秀逸。かなり美味しい役ともいえるから、マレーナ様が食われちゃったらどうしよう、と前半は
はらはらしてしまった。

『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場_c0188818_192691.jpg

         マルコムは、エレナの分身であり守護天使でもある。
photo by Monika Rittershaus

というのも、マレーナ様のいつもの癖であるが、前半の歌唱はかなり押さえ気味であったからだ。
声量はそれほどセーブしてはいないのだが、アジリタの転がり具合が滑らかに感じられない。
低音には艶があるが、高音になると妙に弱かったりする。
子供から大人への過渡期で、成長の不安を隠しきれないという難しい役柄だ。もっと子供子供して
いたり、少女らしい表情でもよかったのではないか、と思えたのは、どうも所々でセルセみたいに
見えてしまう狂を孕んだ表情のせいである。後半になると声にも脂が乗ってきて役作りや設定が
よく見えてきたので、それほど不満には感じなかったが。


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           デリカシーのかけらも無いオジンと結婚するのなんて嫌!
photo by Monika Rittershaus

ロドリーゴ役のグレゴリー・クンデは、以前モネ劇場で『イドメネオ』のタイトル・ロールで、
イダマンテ役のマレーナ様とは親子の役だった。そのときは、クリントン元大統領に似てるなあ、
という印象しかなかったのだが、今回は、まるでヘンリー8世そっくりの、嫌~な感じのオヤジ。
見かけだけでなく声のパワーも凄まじく、まるでライオンが咆哮するかのような歌声である。
彼が歌うと、聞いている耳にかかる圧力がきつい。こんなにパワーで押し捲る人だったのか。
でも、彼との絡みやデュエットになると、マレーナ様の歌声はパワーアップして負けてはいないの
だった。


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         甘く鼻にかかったテノールの声は、王子様役にぴったり。
photo by Monika Rittershaus

ジャコモ役は、若いメキシコ人テノールのルチアーノ・ボテロ。伸びのある嫌味のない声の持ち主だが、
緊張してたのか「おお、甘美な炎」では、一部高音が上手く出なかったのが残念。

後半は、ロマンチックなバレエ・シーンもある。スコットランドが舞台で、ロドリーゴなどはキルトを
着ているくらいだから、バレリーナの着ているチュチュの背中には小さな羽根が生えていて、振付も
大真面目な『レ・シルフィード』風。
振付は、DNOの『シチリア島の晩課』でもロイとコンビを組んで、30分にも及ぶバレエ・シーンで
飽きさせなかったトマス・ウィルヘルムだから期待していた。
しかし、今回のバレエ・シーンは短くてロマンチック・バレエのパロディー風味付けだ。

『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場_c0188818_19453285.jpg

         決闘シーンに相対して、バレリーナも血まみれになる。
         photo by Monika Rittershaus

ロドリーゴとジャコモの決闘シーンは、バンダも時々乗っかる舞台上の舞台で行われ、残酷な
場面は見せないのだが、その回りで踊っていたバレリーナたちは、次々に血まみれになって
倒れていくのだった。
血まみれの乙女達というのは、ロイが『シチリア島の晩課』でも用いたものだ。多分このイメージが
彼の美学に合うんだろう。いかにも彼らしさが現れているので、あ、またやってる、と喜んでしまった。

結局、葵の御紋の印籠ならぬ王の指輪の力で、全ては丸く収まるというハッピーエンドだ。
ただし、エレナはマルコムではなくジャコモと結婚し、シンデレラ的なエンディングになるのが元の
筋とは異なる。花嫁のブーケを後ろ向きになって客席に投げて幕。

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         後半のクライマックスに向かって、マレーナ様の歌声は
         パワーアップ。アクロバティックなアジリタや幅広い音域を
         行ったり来たりのウルトラC級のワザもバッチリ決まった。
photo by Monika Rittershaus

男性歌手陣は、合唱も含めてパワー全開、迫力満点だった。
女声のマレーナ様とアブラハムヤンは、特に低音の声質が似ているから、マルコムはエレナの
分身という設定にもピッタリ。
後半になると、マレーナ様も温存していたパワーを惜しみなく出し、アジリタもスムーズで切れ味抜群。
コロコロと転がす喉自慢・歌合戦の趣になるロッシーニのオペラでも観客からやんやの声援と拍手で
主役の面目躍如だった。

『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場_c0188818_20221659.jpg

           ブラーヴァの波をかぶる、カーテンコールでのマレーナ様

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          左から クンデ、マレーナ様、ボテロ
by didoregina | 2012-08-17 13:33 | オペラ実演


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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