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チェルニャコフ演出の『イル・トロヴァトーレ』@モネ劇場(オンライン・ストリーミング)

ドミトリ・チェルニャコフ演出、マルク・ミンコフスキ指揮による『イル・トロヴァトーレ』
@モネ劇場は、先日やはりストリーミング鑑賞したROHの『トロイアの人々』とはまさに
好対照をなす、実に多くのことを考えさせるプロダクションだ。あとまだ2週間半、タダで
モネのサイトから観られる(いつもの仏・蘭語に加えて今回から英語の字幕も!)から
ぜひともお見逃しないよう、心よりお勧めする。


Il Trovatore@モネ劇場 2012年7月15日収録

Muzikale leiding¦Marc Minkowski
Regie¦Dmitri Tcherniakov
Decors¦Dmitri Tcherniakov
Kostuums¦Dmitri Tcherniakov
Elena Zaytseva
Belichting¦Gleb Filshtinsky
Koorleiding¦Martino Faggiani
Il Conte di Luna¦Scott Hendricks
Manrico¦Misha Didyk
Azucena¦Sylvie Brunet-Grupposo
Leonora¦Marina Poplavskaya
Ferrando¦Giovanni Furlanetto
Orkest¦Symfonieorkest en koor van de Munt

まず、やたらと人数の少ない上記クレジットからもわかるとおり、演出・舞台美術・衣装は
チェルニャコフが担当、舞台に登場するソロ歌手は5人だけだ。ヴェルディの作品らしからぬ、
息詰まるような室内劇仕立になっているのだ。
合唱団は、カーテン・コールで姿を見せるのみで、終始舞台裏から歌うという徹底振り。

チェルニャコフ演出の『イル・トロヴァトーレ』@モネ劇場(オンライン・ストリーミング)_c0188818_167315.jpg

         事件の数年後に集まった当事者たちが、過去を偲ぶため
         ロール・プレイで当時の状況を再構築するという設定。
         皆やる気がなく、いやいやながら、ロール・プレイを始める。

このように、ブルジョワの屋敷に当事者が一堂に会して、原作とは異なる役柄設定と状況に
置かれるというのは、同じ演出家による2010年のエクサンプロヴァンス音楽祭での『ドン・
ジョヴァンニ』そっくりだ。たまたま1ヶ月ほど前に、その『ドン・ジョ』のTV放映を鑑賞した
ばかりだから、非常によく似た手法と展開とに、ニヤリとしてしまった。世間ではどうやら
あまり評判がよろしくなかったチェルニャコフの『ドン・ジョ』だが、実はわたしはとても気に
入ったのだ。

    ↓ 問題のチェルニャコフ版『ドン・ジョ』の冒頭シーンから序曲

     ブルジョワの屋敷が舞台の室内劇風、しかも最初は無音というのも同じ。
     そして、人物および状況説明のテロップが流れるのも同様。

今回の『イル・トロヴァトーレ』では、『ドン・ジョ』よりも一層室内劇の息苦しさを高めるため、
鍵をかけた密室にして、召使などほかの登場人物もなし。そうなると当然、お互いを暴きあう
凄まじい心理劇の展開となる。秀逸である。

アズチェーナと侍女(というより女主人然としている)役は、メゾ・ソプラノのシルヴィー・ブルネット・
グルッポーゾが担当し、アズチェーナになるときは、ジプシーらしいじゃらじゃらしたアクセサリーを
付ける。侍女(というより女主人)は、淡々としてタバコをふかしながら、気のない態度だ。

ロール・プレイに乗り気でなかったのは皆同様だが、過去を回想するそれぞれの歌が独白調で
あるから、自分本位で主観的な個別ヴァージョンのストーリーを語るという趣きになり、おお、
これは『藪の中』(もしくは映画『羅生門』)みたいな展開になるのか、と思えた。

登場人物の気持ちが高揚して真実に近い物語を語ろうとすると、ロウソクの火を消したり、また
着火したりするから、『百物語』のようでもある。チェルニャコフは、日本文学の造詣も深いの
だろうか。

『ドン・ジョ』では、北欧系の歌手が多かったので、ヴィジュアル的にもまるで伝統的もしくは
比較的新しい北欧映画の様相を呈し、とても楽しめた。これでカメラ・ワークが手ぶれしてたり、
不鮮明だったりしたらドグマっぽくてもっと面白いのにと、と悪乗り感想を覚えたほどだ。
今回のは、もっと先祖がえり(?)して、イプセンの『幽霊』を思わせる重厚さ。


チェルニャコフ演出の『イル・トロヴァトーレ』@モネ劇場(オンライン・ストリーミング)_c0188818_172218.jpg

        心理面のみならず、ルーナ伯(ここでは金持ちの道楽息子に
        ピストルで追い詰められ人質の様相を帯びるマンリーコ、レオノーラ、
        フェランドとアズチェーナ。


ロール・プレイとして始めたのに、他人の語る”真実”によってつぎつぎと暴きだされる驚愕の
過去に追い詰められていった登場人物たちは、次第に本気になって、心の奥を吐露していく。

最初はヘンなマッシュルーム・カットの黒髪の鬘を被ってお澄ましだったレオノーラも、鬘を
捨てて、長い金髪をなびかせると本来の情熱的な女性になる。(えらの張ったポプラフスカヤの
顔にあの鬘は、欠点が丸見えで気の毒だった)
生の声を聴いたことがないので、あまり大きなことは言えないのだが、ポプラちゃんの声は、
情熱的なレオノーラ役にぴったり。5幕目の別れの歌など、後ろ向きで歌わせられたり、
ソファーの上で仰向けになって歌わせられたりしても、一部アジリタが回りきれないところは
あったが、迫真の演技と相まって説得力ある歌唱だった。高音になるとあまり好みではない
色合いになるが、不快とは感じなかった。

中年ロッカーみたいな体型と服装のマンリーコ役のミーシャ・ディディクは、典型的な泣きの
入るテノール声で、軟弱な嘆き節を切々と聞かせる。全く破綻のないテクニックと甘い声が
高音でも安定していて、安心して聴いていられた。(昨年9月にリエージュで聴いたファビオ・
アルミリアートのマンリーコはかわいそうなくらい高音が出なくて、伸びもなかった。)

アズチェーナも、奔放で邪悪なジプシー女から、苦悩しつつ慈愛に溢れた母親に変化していく
のがよくわかる演出のおかげで、毒々しさで印象付けるという歌唱にならず、しみじみと聴か
せるのがめっけものだった。

ねちねちとした嫌なヤツのルーナ伯であるスコット・ヘンドリックスの歌声は、ストリーミングなので
音響的にバランスよくまとめられていて、迫力あるのかどうかはわからなかった。

ただし、モネ劇場の観客は、アムステルダムとは対象的に、いつでもクールを気取っていて、
なかなかブラーヴァの声がかかったりアリアで拍手が起きない。たしかに、この演出では、
アリアごとに拍手、というのは合わないから仕方ないが。

チェルニャコフ演出の『イル・トロヴァトーレ』@モネ劇場(オンライン・ストリーミング)_c0188818_1744683.jpg

           悲劇に向かってひた走るラスト。


ミンコフスキ指揮のオケ演奏は、疾走感溢れる軽快さが好ましく、どうしてもズンチャッチャに
なってしまいがちなヴェルディのこの楽譜からここまで若さと清々しさを感じさせる音を出すのに
感心した。終盤では、ドライブ感と緊張感が一層激しさを増し、テンポに歌手が付いていけなく
なってる場面もあったように思えた。

ヴェルディの奇想天外なお話を、全くスペクタクル要素なしの密室の室内心理劇に変容・昇華
させてしまったチェルニャコフの演出には、心から拍手を送りたい気持ちになった。
カーテン・コールで無理やり登場させられた演出家は、なぜか居心地悪そうな面持ちで、すぐに
引っ込んでしまったのを、ミンコさんが再び舞台に引っ張り出したりしてた。
(ところで、ポプラちゃんがカーテン・コールにいなかったのは、なぜ?)

観客を選ぶ演出であることはたしかで、モネの面目躍如だ。この演出では、観光客や保守的な
観客の多い大都市では受けないだろうから、上演も覚束ない。
今シーズン、モネでは、全演目を千秋楽のあと3週間ストリーミングしてくれたので、全部オン
ラインで観ることができたのだが、ひとつとしてハズレはなかった。タダでオンライン鑑賞できる
のをいいことに、実演は3作しか鑑賞しなかったのが悔やまれる。来シーズンは、モネ劇場に
通いたい。
by didoregina | 2012-07-11 10:53 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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