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ザルツブルクの『ジュリオ・チェーザレ』

ザルツブルク精霊降臨祭フェスティヴァルでの『ジュリオ・チェーザレ』をTV中継および
ストリーミングで2度鑑賞した。
(TVは前半の約1時間、ストリーミングは最後の1時間、それぞれ見ていない)
休憩も入れて4時間以上の長いオペラだが、LivewebArteのサイトであと57日間全編見られる。

記憶が新鮮なうちに、感想を書き留めておきたい。

ザルツブルクの『ジュリオ・チェーザレ』_c0188818_17392967.jpg

  Giulio Cessare Salzburger Festspiele 2012 © Hans Jörg Michel

まず、なんといっても、空前絶後、当代随一の(バロック・オペラ)歌手の揃い踏みが
一番の聴きもの・見ものだ。まさに夢の競演。
チェチリア・バルトリが芸術監督(?)になった音楽祭だから、彼女の嗜好とネットワーク
が反映したキャスティングであることは間違いない。

Giovanni Antonini    Musikalische Leitung
Moshe Leiser, Patrice Caurier    Inszenierung
Christian Fenouillat    Bühne
Agostino Cavalca   Kostüme
Christophe Forey   Licht
Konrad Kuhn   Dramaturgie
Beate Vollack   Choreografie

Andreas Scholl   Giulio Cesare, römischer Imperator
Cecilia Bartoli   Cleopatra, Königin von Ägypten
Anne Sofie von Otter   Cornelia, Pompeos Witwe
Philippe Jaroussky   Sesto, Pompeos und Cornelias Sohn
Christophe Dumaux   Tolomeo, König von Ägypten, Cleopatras Bruder
Jochen Kowalski    Nireno, Kammerdiener
Ruben Drole, Achilla   General, Tolomeos Berater
Peter Kálmán   Curio, römischer Tribun

Il Giardino Armonico


そのバルトリ本人であるが、彼女の歌唱ならばどの曲でも安心して聴いていられるし、何の
不安も感じずに音楽に浸れた。その心地よさ。(もともと、バルトリ姐の大ファンというわけ
ではないが、さすがの実力に感服)
ヴィジュアル的には、ダニエル・ド・ニースやサンドリーヌ・ピオーやナタリー・ドゥセイの
クレオパトラのほうが、コケットだったりしなやかな肢体だったり軽量だったりで美しい。
しかし、バルトリ姐の個性と迫力には、前3者が束になってかかっても太刀打ちできないほど
のインパクトがある。その自信が溢れ出して輝いているようなバルトリ姐であった。姐の歌唱に
関しては今回、全く文句の付け所はなかった。




はっきり言うと、わたしの関心はクレオパトラにはあまりない。

わたしにとって何が一番の見もの・聴き所だったかというと、新旧のカウンターテナーのそれ
ぞれの個性の光具合である。

まず、チェーザレ役のアンドレアス・ショル。
だが、どうしても比較してしまう歌手がいる。
わたしにとってデフォールトというかスタンダード、リファレンスになっているのは、グライ
ンドボーンでのサラ・コノリーによるチェーザレである。
サラ様チェーザレとの大きな違いは何か。女性が男性役を演じ歌う場合、ある意味で宝塚的な
凛々しさを作為的に出す。ヘアメークや表情や立ち居振る舞いに、「練って作られた」と感じる
要素が多くなる。サラ様は完璧に壮年のチェーザレになりきり、ヴィジュアル的に違和感はない。
声はメゾであるから、軽さが短所にならないように歌唱のテクニックにも気を使う。
外観と声とのギャップがまた爽快である。

しこうして、ショルは男性であるから、あえて男性役を演じる必要はない。地のままでもいける
はずだ。しかし、そういう甘い考えではいけない。
ショル兄は堂々とした体格なのに、顔が優しい雰囲気で、目や表情での演技が不得意である。
だから、鬼気迫る形相はできないし、きりっとしたところがなくて、なんだか、自信のない男
みたいになってしまう。演技も役者としてははっきり言って大根である。大男、総身になんと
やら、とは言いすぎであろうが。
歌声はどうか。ここでも、男性であることが裏目に出てしまっている。CTにも色々な声質が
あるが、ショルの場合は、聖歌系である。戦う男というイメージとはかけ離れている声なので
女性がチェーザレを歌う場合と同じように練った作戦が必要なはずなのに、その詰めが甘い。
だから、全体の印象として、クレオパトラに手玉に取られ篭絡させられる優男のチェーザレに
なってしまっているのだった。王者の風格に欠けるのだが、あえてそういう役作りだったのか?

チェーザレのアリアEmpio, diro, tu seiは、なかなかに迫力があって、もしかしたら、今回の
ショルの歌では一番びしっと決まっていた。オケの弦も締まってテンポも切れも気持ちよく、
風雲急を告げるの感に満ち溢れていた。しかし、ここでもショルのアジリタが一部回りきらない
ようで歯がゆい。最後の〆は極まったが。

Va tacito e nascostoは、テンポがゆったりしているので歌いやすいのだろうし、ショルの
個性にもあった演出で、破綻もなく楽しめた。しかし、古楽器ではとても難しいホルンの音が
特に最初の方が不安定で、ちょっと残念。このオケは、弦はとてもいいのだが管がイマイチ。




それに対して、チャーザレのアリアで一番好きなSe in fiorito ameno pratoには、がっかり。
ここでのチェーザレは、薬でラリッて幻覚が見えてるのか、夢の中で浮遊しているかのようで、
音楽のテンポも遅くて芯もしまりもない。クレオパトラの魅力にめろめろになってるという
わけだが、妙なもだえ方が女々しく、目を覆いたくなる。




フィリップ・ジャルスキー(PJ)のセストは、さすがに歌いこんでいるので歌唱に余裕すら
感じられ、安定して美しい。
あえて言うと、けなげで可愛いリリカルなのと元気で勇ましく押しまくりとの、二通りの歌い方
しか出来ないようで変化に乏しい。そして、歌いだすと、なんだかいつも正面向いて突っ立つ
リサイタル風になってしまう。しかし、全ての歌に彼の澄んだ高音の魅力が思い切り発散され
爽快そのもの。
キャラクター的にも、CTでここまでセストにぴったりという人はいないだろう。この役を男性
が歌うというのは異例だと思うが、彼ならはまり役。


はまり役と言えば、クリストフ・デュモーによるトロメオだ。
デュモー選手は、グラインドボーン以来、トロメオの印象が強すぎて各地の歌劇場でもなんだか
トロメオ役専門になってしまった。しかし、ルーティーンに流されることなく研鑽に励んだ跡が
はっきりと聞き取れるのが素晴らしい。そして、歌唱のパワフルさではCTの中で群を抜いて
いる。
彼の声は、体格同様引き締まって全く贅肉のない、筋肉質だ。レーザー光線のような鋭さがあり、
アジリタのテクニックの切れのよさも魅力で、これは腹筋同様に日々鍛えた喉の賜物だろう。
レチタティーヴォのディクションもはっきりとしてよく通り、説得力がある。



嫌なヤツのトロメオになりきった演技も迫真だし、ブーイングだって悪役なら貰って当然の勲章
である。歌唱に全くソツがないのだから、演出に対するブーイングだと本人は理解しただろうが、
トロメオのアリアのたびにブーイングする人たちがいるザルツブルク音楽祭って、お上品ぶった
人たちの牙城なんだろう。器量がないし、大人気ない。ええかげんにせよ、と思った。



今回は、あまりに問題の多い演技をさせられたデュモー選手であるから、分が悪い。
しかし、逆に彼の実力と魅力に気が付いてこれでハマッたという人もいるのではないだろうか。
若手CTの中でも破格の才能である。ヘンデルのヒーロー役ならなんでもこなせるはずだ。
これからも精進を重ねて、大舞台でチェーザレの役を歌ってもらいたい。


もう1人、あまり期待していなかったCTにヨッフム・コヴァルスキーがいる。
しかし、彼の今回の舞台での光具合は、いぶし銀そのもの。盛時を過ぎたとはいえ、さすがの
オーラと貫禄があり、老婆になりきっていて存在感抜群。歌唱もしみじみとして、予想以上に
聞かせるのであった。あなどっていてすまない、と謝りたくなったほどだ。
宦官ニレーノではなく乳母ニレーナという感じのクレオパトラの腹心の重臣に、滋味ある声と
演技とでとなりきっていた。


セストの母コルネリアというのは、意外にもかなり出番も歌も多いことを再発見した。
だから、あまりたいしたことのない歌手が歌うと長いし眠くなってしまうのだが、今回はさすが
アンヌ・ソフィー・フォン・オッター!全く飽きさせない。この人もコヴァルスキー同様、
母とか乳母なんかの役しか回ってこない年齢になってしまったが、昔日ズボン役で鳴らした華は
失われていないし、新境地をこれからも開拓していくだろう。
彼女の素晴らしさは、謙虚に相手とのアンサンブルを大切にする点で、伊達に長いキャリアを
誇るわけではないことが再確認できた。

今回のプロダクションで一番美しかった、セストとコルネリアのデュエット





演出は、安っぽい舞台装置と小道具がそれを象徴しているように、いろんなネタの寄せ集めで、
全体をピシッと締めるようなラインが通っていない。はっきり言って、かなり酷いものだ。
歌手がこれほど揃っていなかったら見られたものではない。

舞台を現代のエジプトに移して、アラブ情勢を反映したような、石油の利権に絡んだ西洋と中東
との葛藤になっているアイデアはよろしい。しかし、手段が常套的なのと、悪乗りすぎるのが
いけない。美意識のかけらも感じられないのだ。

主要歌手のダンスはないが、兵士達のヘンな格闘技っぽい踊りに効果が見出せない。
ブーレスクなどの二流舞台芸術への賛歌というコンセプトなのだろうか。エンタメとしても
中途半端で、ザルツブルク・フェスティヴァルにはしっくりこない。激しいブーイングは、全て
悪乗り演出に向けられたものなのだ。
by didoregina | 2012-05-30 10:45 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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