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プレガルディエン指揮の『ヨハネ受難曲』@アントワープ

受難曲のシーズンである。オランダ中いたるところで受難曲のコンサートがある。それなのに、
わざわざアントワープまで、『ヨハネ受難曲』を聴きに行ったのは以下の理由による。

1、アンドレアス・ショルが参加する。生の歌声を聴くチャンス。
2、テノール歌手のプレガルディエンが初めて指揮する。
3、次回のコンサートのための、ホール下見。

コンサート・ホールのデ・シンヘルには一度行ったことがある。しかし、自分で車を運転して行く
のは初めてだ。誰か助手席に座ってくれたら心強い。同行者を募ると、バロック合唱曲好きの
Nが喜んで参加表明してくれた。彼女とは、大体1年に1度位の割りでいっしょにコンサートに
行っている。

平日夜8時開演のコンサートだから、遅くとも6時にはマーストリヒトを発ちたい。家からコンサート
ホールまでは110Kmだから順調に行けば1時間ちょっとの距離であるが、着くまでに何が起こる
かわからないから、余裕をみておく。どうせだから、向こうで夕食をとることにして4時に出発した。
これは、正解であった。

デ・シンヘルから、「8時きっかり開演で、公演時間は2時間10分の予定。休憩なし」とのメール
が届いた。途中入場不可、と注意を喚起しているのである。

マーストリヒト市街を抜けて国境近くまで来たら、道路工事中で先に進めない。かなり逆戻りに
なる迂回路で別の国境を通ると、今度は高速に乗るまでの距離が長くなった。
そして、アントワープに近づくと、案の定渋滞の時間帯である。ホールに着いたのは6時だった。

ホール付属のグラン・カフェは混んでいた。天井が高く四方がガラス張りのせいか、賑わいが
うそのように音がこもらない設計になっている。

プレガルディエン指揮の『ヨハネ受難曲』@アントワープ_c0188818_219401.jpg

         まずは、ビールで乾杯。アントワープの地ビールのデ・コーニンク。
         通はボルケと言って注文する。グラスに描かれた手はアントワープの
         シンボルだ。
         グリーン・アスパラとキノコをトリの胸肉で巻いたルーラーデ。
         ナスとマッシュルームのソテーの上にマッシュ・ポテト。トリュフ
         ソースが効いている。根菜数種の薄切り揚げ。メイン一皿が
         16ユーロは、マーストリヒトではまずありえないほど安い。


注文や給仕はてきぱきしているのに、お勘定となるとやたらと時間がかかるのが毎度ながら
不思議である。お金を受け取るのがそんなにいやなのか、それとも単純計算が出来ないのが
恥ずかしいから避けるのか、と勘ぐってしまう。しかも、勘定書きにはビール3杯となっている。
クレームを言うと、給仕は逃げ腰になってしまい、埒が明かない。マネジャーは見てみぬふり。
オランダ人だったら、いかにもベルギー!とあきれるところであるが、どこの国でもよくあることで
ある。
女性2人で2杯しか飲んでいない!と言い張ると、疑い深そうな目で「本当ですか?」などと
言い放ち、新しい勘定書きを作るのに時間がかかる。今度は計算が間違っていて安くなりすぎて
いるが、もう時間が無いから、これでいい、とチップは渡さずに出てきた。こういう接客態度だと、
チップも取りはぐれるのである、と反省・学習できただろうか。

Johannes Passion @ De Singel Antwerpen 2012年3月22日

Le Concert Lorrain   オーケストラ
Nederlands Kamerkoor 合唱
Christoph Pregardien 指揮
Ruth Ziesak ソプラノ
Andreas Scholl カウンターテナー
James Gilchrist テノール(福音史家)
Eric Stoklossa テノール
Yorck Felix Speer  バリトン(キリスト)
Dietrich Henschel バリトン(ピラト)


デ・シンヘルの大ホールに入るのは初めてで、どの座席がいいのかわからないまま、チケットが
売り切れになる直前に買ったので、座席選択の余地は前の方の隅か後ろ~の方しかなかった。
ショル兄を真近で見て聴きたいから、3列目を選んだ。初利用客ディスカウント券というのを使うと
5ユーロ割引で、手数料・送料込みで29ユーロになった。オランダではありえない値段である。

舞台がやたらと横に広い。客席も同様である。変則の小さなバルコン席が下手側にちょっとだけ
張り出しているが、基本的に平土間から緩やかな階段状に座席が設置された、前世紀中ごろなら
モダンだったかもしれないようなホールである。ベルギーのホールはどこもこんな感じで、音響云々
以前のところが多い。

古楽オケなので小編成で、3列目下手側だと4人の第一ヴァイオリン奏者達の背中を見るような
位置になる。
合唱団はオケ後方に2列で女声高音から並んだ配置だ。
指揮者プレガルディエンの前、オルガンを挟んで左右に福音史家とピラト役のバリトンが座っている。
その他のソロ歌手は、上手側の椅子に腰掛けている。だから、ショル兄が目の前に来るのは、
舞台を横切って登場・退場するときだけだった。

この古楽オーケストラは名前も音楽も聞くのは初めてだ。その名の通り、フランスとドイツ混成の
ようである。
かなり緊張していたようで、出だしのオーボエが冴えない音色だったのが非常に残念。
それ以外は、特に可もなし不可もなしと言う感じで、あまり印象に残るところのない演奏だった。

それに対して合唱はオランダ室内合唱団で、余裕綽々で隙がなく上手い。とにかく安心して
聴いていられるし、聴き終えるとやっぱりうまいな~と感心してしまうのだった。ベルギーには
コレギウム・ヴォカーレ・ヘントという私的にトップだと思えるめちゃウマ合唱団が存在し、ヨハネ
CDも彼らのを繰り返し聞いていて耳に馴染んでいる。しかし、オランダ室内合唱団も、かなり
互角に張り合っているのである。両方のヨハネを生で聞き比べてみたい、と思った。

プレガルディエンがなぜ受難曲を指揮してみたいと思うようになったか、というインタビューがあった。
「テノール歌手として『ヨハネ』の福音史家役は25歳の時から100回以上歌っています。
元々、ロマン派音楽をレパートリーとしている私がこういう宗教曲を歌うときには、自分自身の中で
解釈上様々な問題が起こり、それを毎回楽しんでいたという部分があります。(中略)洞察が深く
なるとともに、『ヨハネ』を他の人が自分が理想とするのと異なる方法で歌うのを聴くと違和感を
覚えるようにすらなりました」
つまり、理想の『ヨハネ』を追求するあまり、自分で理想のオケや合唱団、キャストで演奏したいと
思うように至ったというわけだ。

ソリスト選びに関しても、理想の歌手のリストを作成して、各パートごとに2,3人の名前を挙げて
いた、という。それで、リストの上から片っ端にプレガルディエン自身が電話をかけていった。
すると、全員が即迷うことなくプロジェクト参加の意思を表明したと言うのだ。
つまり、ソロ・パートに関しては、プレガルディエン理想の歌手が集結したわけだ。

さすがに、指揮者自身が選んだソリストだから、ある意味でまとまりがあった。
まず、1人を除いて、全員がドイツ人である。その1人が、福音史家役であるのが、意外というか
ご愛嬌と言うべきか。
その福音史家役のイギリス人テノールのジェイムズ・ギルクライストは、堂々たる貫禄の声で
ニュートラルなナレーターではなく率先して劇を作り上げて行った。最後には感極まって絞り出す
ような声で、まるで義太夫節を歌うような感じであった。または、無声映画の弁士のよう。

ソロ歌手では、もちろん、ショル兄に注目である。
なにしろ、今回は、目の前でマイクなしの生の声を聴くことが出来るのだ。
『ヨハネ』のアルト・パートは、軽やかなアリア2曲で、あくまでもさわやかさが強調されている。
無理せずに気持ちよく歌える曲だから、その歌手の地というか素の部分が否応無く現れそうである。
ショル兄の生の声は、あの立派な体格から比するとちょっと頼りない感じがしたのものの、バッハには
合っていた。ソロ・パートが少ないのは残念だが、それ以外でもコラールではいっしょに歌っていた。
まあ、とにかく、生の歌声を聴きたいという念願は叶った。予想通りの、ちょっとオペラ舞台ではもの
足りないだろうな、と思える声量であった。でも、軽やかに歌い上げるショル兄の声を聴けて満足した。

予想外によかったのは、ディートリッヒ・ヘンシェルだ。
11月に彼がモネ劇場で『オイディプス』のタイトル・ロールを歌うのを聴いている。青年から成年
を経て老年までのオイディプスの生涯を描いたオペラで、複雑な役割の歌い分け・演じ分けが上手
かった。
ちょっと斜に構えたニヒルな悪役が似合う面構えの、苦虫を噛み潰したような顔でピラトの複雑な
心境を、しかし淡々と歌う。それが、まあ、なんともピッタリなのだ。思わぬひろいものだった。

プレガルディエンの指揮ぶりは、熱血熱演という感じでいかにも理想を追求している風であった。
思い通りの『ヨハネ』演奏が実現できて満足だったろう。
来シーズン、彼はエイントホーフェンで『冬の旅』のマチネ・リサイタルをプレスラーの伴奏で行う。
聴きに行こうと思っている。


帰りに車に乗ろうとすると、「まあ、オランダからわざわざ聴きにいらしたの?すごいわ、熱心な
音楽愛好家でいらっしゃるのね~」とベルギーのおばちゃんから感心された。
この面子によるコンサートは、オランダではアムステルダムのコンセルトヘボウのみの公演である。
そちらに行くには片道3時間かかるから、ベルギーの方がずっと近いのだが、それは黙っていた。
by didoregina | 2012-03-29 16:26 | コンサート


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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