DNOの『オネーギン』

DNOの先シーズン最後のプロダクションで、元旦の13時からのTV放映である。丁度、
お年始参りに重なる時間で、本来なら観るのは難しい。
しかし、神はわたしに味方してくれた。前日夜からお腹の調子がおかしくなった。年越しの
シャンペンもグラス半分しか飲めなかった。だから、元旦はお雑煮を食べてから、1人で
自宅休養することにした。TVを友にして。

c0188818_17111112.jpgJevgeni Onjegin
Pjotr Iljitsj Tsjaikovski (1840 1893)

muzikale leiding  Mariss Jansons
regie  Stefan Herheim
decor  Philipp Fürhofer
kostuums  Gesine Völlm
belichting  Olaf Freese
dramaturgie  Alexander Meier-Dörzenbach
choreografie  André de Jong

Madame Larina  Olga Savova
Tatjana  Krassimira Stoyanova
Olga  Elena Maximova
Filipjevna  Nina Romanova
Vladimir Ljenski  Andrej Dunaev
Jevgeni Onjegin  Bo Skovhus
Vorst Gremin  Mikhail Petrenko
Monsieur Triquet  Guy de Mey
Zaretski  Roger Smeets
Petrovitsj  Peter Arink
Zapevalo  Richard Prada

Koninklijk Concertgebouworkest
Koor van De Nederlandse Opera

製作裏・舞台裏の情報を30分は放映してくれるのがオランダ第二放送の特徴で、観賞前の
ガイダンスに丁度いい。
今回は、演出家のステファン・ヘルハイムがアムステルダムに借りてる家に押しかけ、舞台の
模型を動かしながら準備に余念のない演出家へのインタビューから始まった。しかし、その
インタビュー内容はなぜか全く記憶に残っていない。
そして、舞台稽古風景へ。自ら音楽やアリアを歌いつつ、熱血あふれる体当たりで歌手に
演技を付けている。一語一語の歌詞や音楽テーマにのっとった細かく適切な演技指示なので、
タチアナ役の歌手には評判がよかった。

指揮者はマリス・ヤンソンスである。彼からは、質問という形だが演出に対するクレームが出た。
それは、次のシーンに関するものだ。

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          問題の「手紙のシーン」。演出家の解釈によって
          手紙を書くのはタチアナではなく、オネーギン!

「どうして、オネーギンが手紙を書いているのか、分かるように説明して欲しい」と言うマエストロに
ヘルハイムは答えた。
「タチアナの手紙はオネーギン宛てで、彼の回想として出来上がっているオペラだから、受け取った
方が主体に変化していってもおかしくない。しかも、手紙のテーマ音楽は、後にオネーギンが手紙の
ことに触れるシーンと全く同じ旋律だから、主体と客体が同一化していることを窺わせる。」というよう
なことを言っていた。ヤンソンスは首をかしげたままで、もう一つ納得がいかないようだった。

ヤンソンスのインタビューに移る。
「わたしの母親はリガ歌劇場専属のオペラ歌手で、わたしは小さいときから歌劇場に出入りし、そこで
育ったようなものです。タチアナ役は母親の当たり役の一つで思い入れもあるし、音のひとつひとつ、
歌詞の一語一語が頭に刻まれています。また、プーシキンは、文学史上、モーツァルトのような存在
です。そして、チャイコフスキー。この組み合わせで作られたオペラはそれ自体で完璧なのだから、
いじくりまわす必要性は感じられない。。。」

舞台装置はゴージャスで設備にお金がかかっていそうだが、衣装がまたすごい。
衣装担当者は、350着のデザインおよび製作をしたという。なぜかというと、今回のプロダクション
での時代設定は、現代、1920年代、1820年代、ロシア革命時、と様々に変わるだけでなく、
宇宙飛行士、体操選手、バレリーナ、軍隊、ロシア正教の僧侶、貴族、農民、そして熊など、
ロシアという国に対して抱くイメージから連想されるありとあらゆる人たちを登場させるからだ。

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          時代も階層もミックスされた、ロシアをテーマにした
          一大ページェントの舞台。

こうして、見る側への期待を否応なく掻き立てたところで開演になった。

いかにもロシアにありそうな金ピカ成金趣味のゴージャスなホテルのインテリアが、現在の状況を
示す舞台で、その奥にある、ガラスで出来た温室のような回り舞台が、文字通り回り灯籠のように
次々と現れて回想場面の舞台になる。
現在と過去がめまぐるしく錯綜する演出である。映画ならフラッシュ・バックで時空を飛び越えるのは
簡単だが、実際の舞台でそれを実現させるのは容易ではない。しかし、非常に手の込んだ舞台転換
装置によって、一瞬で過去から未来にスムーズにイメージが変わるのに感心させられた。
そして、オネーギンはほとんどいつも舞台上にいるので、彼の目を通した回想、もしくは彼の心情を
反映した世界、というわけだ。演出家がインタビューで語っているように、反映・反射、投影という
キーワードが、ガラスに映る人物像などに表現されている。


          ノスタルジックな昔の田舎屋に入り込んだ
          現在のオネーギンは、過ぎ去った昔を懐かしむ。

作曲上、オネーギンにさほど重要な歌唱は与えられていず、オペラではタチアナが主人公といえる。
おぼこ娘を演じるには、スタヨノヴァはトウが立ちすぎているルックスと声だから、公爵夫人になった
現在から過ぎ去った娘時代を懐かしむという点を強調して、無理して若作りにはしていない。
堂々たるロシア貴族の奥様らしい雰囲気の歌唱である。
赤いドレス姿の現在の彼女は高く結い上げたアップ髪だが、急な舞台転換で回想場面になると、
ドレスを脱いで、ピンで留めた長い三つ編みを垂らすと娘時代のタチアナに戻る。

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         グレーミン公爵の舞踏会で踊らされるタチアナとオネーギン


ボー・スコウフスのオネーギンは、ほとんどいつも夢を見ているような呆然とした眼差しで過去を眺め
ている。
人生や享楽に疲れた遊び人である現在のオネーギンはスモーキング姿で、上背のあるスコウフスが
舞台に立つと、まるでロジャー・ムーアかピアス・ブレスナン演じる007みたいだ。
なかなかに中年らしいセクシーな味がある声と姿だから、ドン・ジョヴァンニなんてぴったりそうだ。
若いオネーギンはルパシカ姿だった。未知への期待に溢れ恐れを知らぬ若者としてのオネーギンも
スコウフスは魅力的に演じていた。

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         命名日のパーティーは、喧嘩でだいなし。

ヤンソンスが「チャイコフスキーの音楽は、それ自体叙情的で感傷的だから、甘みを抑えた演奏に
しないと聴くに耐えない俗っぽさに堕してしまう。父がいつも言っていた、蜂蜜に砂糖を加えたら食え
たものではない、と」と、言うとおり、コンセルトヘボウ・オーケストラによる演奏は、チャイコフス
キーらしい甘美さは失われていないが、ちょっと突き放したような冷静で整然としたもので、自ら
美に溺れたりするところなく客観的な美を追求していたと思う。

繰り返されるタチアナのテーマは輝かしい高音から下降する旋律だ。情熱と期待から戸惑いを経て
内省と諦めへと向かうメロディーが、彼女の心情のみならず、その後の境遇を象徴する。

降下する旋律はタチアナのテーマだけではない。

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         決闘の前に歌うレンスキーのアリアの後、悲劇を暗示する
         暗い太鼓の音が響く。舞台背景は、ロシア革命の時代に
         なっていて、暗さが倍増される。

決闘で友を失った後、田舎と現実から逃避したオネーギンの都会での放蕩生活は、めくるめく
ロシアのページェントで表現されるが、茫然自失の現在のオネーギンは部外者の目で見ている。



ページェントの後のオネーギンの台詞「こんなものすら退屈で、わたしの慰めにはならない」には、
観客席から失笑が漏れた。これでもかとてんこ盛りの華やかな饗宴シーンには、冷たく突き放して
しまうのが、いかにもアムステルダムの観客の反応らしくて、わたしも笑ってしまった。

シニカルさに磨きがかかったオネーギンは、グレーミン公爵の舞踏会で洗練された奥様になった
タチアナに再会する。おぼこ娘から理想の大人の女性に成長したタチアナへ、今度はオネーギンが
求愛するのだが、タチアナの方が拒む番だ。
しかし、その最後の決断に達するまでの女心は、実は揺れ動いていた証拠に、ベッドに眠るグレー
ミンがいつの間にかオネーギンに替わっていたりする演出に表れていた。これなども、非常に映画
的な表現方法で上手いと思う。

グレーミン公爵はかなり年上の役かと思っていたら、若々しいミハイル・ペトレンコが演じているので
びっくり。しかし、彼の声はいかにもロシア人らしい重々しくじんじんと響くバスで大人の魅力いっぱい。
見かけと声の印象が異なり、これにもびっくり。

自分勝手な振る舞いで失恋させ、友人を失い、放蕩生活を経ても結局大人になれずに、回りから
取り残されたオネーギンは、自殺のそぶりさえ皆からまともには受け取られず、笑いものになって幕。
by didoregina | 2012-01-03 12:15 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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