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Birtwistle The Minotaur

Birtwistle   The Minotaur_c0188818_15425135.jpgBirtwistle - The Minotaur  (2008年)

The Minotaur: John Tomlinson,
Theseus: Johan Reuter,
Ariadne: Christine Rice,
Snake Priestess: Andrew Watts,
Hiereus: Philip Langridge,
Ker: Amanda Echalaz

Antonio Pappano The Royal Opera Chorus,
The Orchestra of the Royal Opera House

こういう現代もの・新作オペラのTV放映は、もちろんBravaである。


新作オペラには、興味津々だし、同時代人として立ち会うのが義務、とも感じるので、なるべく
見るようにしている。この作品は、初演当時BBCでも放映されたが、里帰り直後で時差ぼけのため
見れなかったのだ。

ギリシャ神話から題材をとり、登場人物も神話そのまま、という現代・新作オペラでは、5,6年くらい
前にモネ劇場とオランダのナショナル・レイス・オペラの共同プロだったThyesteというのを思い出す。

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        作曲家のヤン・ファン・フライメンは、オペラ上演の半年前に
        亡くなり、舞台を見ることがかなわなかった。

『ティエスト』は、教育的見地から、古典ギリシャ語を中学で習い始めた子供を連れて見に行った。
そして、オペラ実演初体験の子供たちを、少々びっくりさせてしまったのだった。
それは、不協和音ととんでもなく飛ぶ旋律とでできたヒステリックな音楽に、カニバリズムというタブーを
中心にした物語という、ギリシャ神話を現代に蘇らせるのに不可欠な要素で成り立っていたのだ。
子供たちは、結構面白がってはいたが。
オペラとしては、登場人物が多くて、その係累が複雑怪奇なので、主要人物の描写に深みがなく、
音楽の印象もヘンだったという以外はあとに残らない。はっきり言って、出来はイマイチだった。
新作を鑑賞して義務感を果たした、という程度の満足感しか得られなかった。


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          ミノタウロスの異父姉アリアドネは、サロメみたいに
          自己中心的で、それが魅力。

しかし、この『ミノタウルス』(と勝手に日本語題名を付ける)のほうは、『ティエスト』とは、かなり
異なるアプローチのオペラだった。
人間の哀しみ、欲望、絶望、希望などを大真面目に見せ聴かせる。スケールの大きなものだった。
そして、けっこう深い感動が得られたのだった。

その成功の要因を探して出してみよう。

ギリシャ神話や悲劇を題材にすると、ともすると背後関係・人間関係がややこしいので、説明的に
なりがちである。でも、説明的な部分(出生の秘密や事件の由来)を簡潔な英語の歌で語らせて、
神々のおもちゃにされる人間の存在の哀れをストレートにぶつけてくる、という作りのリブレットがとても
上手く出来ている。
そして、それに合わせた音楽も、めちゃくちゃ聴きにくいというものではなく、おどろおどろしさの程度も
R.シュトラウスに通じるくらいに抑えてある。ライト・モティーフというほどでもないが、底に流れる旋律に
『サロメ』を思わせるものがあった。

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         クレタ島に着いた、アテネからの生贄の男女。
         その中に王子テーセウスも加わっている。
         舞台装置は簡潔で、海や水平線、浜辺など単純な
         造形なのに、効果抜群。

人物造形も力強く、性格描写がはっきりしている。歌手も上手い。

ミノタウロスには、アステリオスという美しい響きの名前がちゃんとあることを初めて知った。
タイトルは、半牛半人の化け物であるといういわば蔑称のミノタウロスだが、オペラでは、皆、彼の
ことをちゃっと名前で呼ぶのだった。それが、まず感動に繋がる一つのラインをなす。
そう、ミノタウロスも、半人の部分で、考え、悩み、夢を見るのだ。
迷宮に閉じ込められ、生贄を嬲り殺すというケモノの部分の彼は、血に飢えた呪われた化け物だ。
しかし、夜になると、夢の中で人間としての苦悩を感じる。非人間と人間の間をさまよう姿が哀れだ。
夢には、鏡がうまく使われている。全身を映す大きな鏡の中に、テーセウスやアリアドネの幻影が
現れる。この舞台効果、物理的にすごくよく出来ている。

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         迷宮は、闘牛場もしくは闘技場みたいなアリーナで
         スペクタクルの観客=コロスが扇動し強要する殺戮。
         

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         死体に群がるカラスもしくはハゲタカのようなモンスター。

テーセウスは、生贄にさせられる子供たちを救いたいと、捨て身で義侠のかたまりみたいな男だが、
出生にまつわる秘密を、本人が想像するところによると、父親はポセイドンであるから、ミノタウロス
とは異母兄弟かもしれない。

迷宮に閉じ込められているのはミノタウロスだが、閉塞感はアリアドネの方がかなり強く持っている。
だから、血塗られたクレタ島から逃げ出したい、呪われた家系から解き放たれたい、との願いが強い。
そこに現れたテーセウスは、アリアドネにとって格好の鴨ネギだ。
テーセウスを助けてミノタウロスを殺し、迷宮から戻ったらいっしょにアテネに旅立つ、という強迫観念に
駆られる。テーセウスを誘惑するために、まるでサロメのように男の唇をしつこく求める。

Birtwistle   The Minotaur_c0188818_1792881.jpg

           神託で、迷宮に入っても生きて戻る方法を教えられる。      
           そして、その後も暗示される。「アリアドネはテーセウスと
           共にアテネに旅立つ」と。

この神託の場面も、緊張感があっていい。はらはらどきどきのリブレットが上手く出来ているのだ。
ギリシャ語の間投詞や感嘆詞を組み合わせてできている巫女の歌も音楽的に面白い。
神託の暗示は、いかにも暗示的だ。アリアドネはクレタ島からアテネに向かうが、ナクソス島に
置き去りにされるという、皆が知っているアリアドネのその後は提示されない。ぬか喜びさせる神託で
あるところにひねりが効いていていい。

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           武器を持ったテーセウスに殺されるミノタウロス。

死ぬ間際になって初めて、人間の理性や言葉を得たミノタウロスが、トムリンソンの迫真の演技と
しみじみとした歌で感動を呼ぶ。
肉体の死に瀕して人間の魂が出現する。死は、だからある意味で呪われた身の救済であったのかも
しれない。
しかし、そのミノタウロスの死体にも、舞い降りたカラスが情け容赦なく肉ををついばむ。
ブラッドという、叫びを上げながら。死のしんみりした抒情性は、叫びで消されるのだ。これが、
またしても、サロメの死を宣告するヘロデの最後の言葉を思い起こさせる。


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          オペラでミノタウロスがかぶってたマスクは、
          スティールのメッシュみたいで、軽そうで声が通るようになっている。
          この写真のマスクは、長男が中2の時、学校のギリシャ劇で
          ミノタウロス役を演じたとき、作ったもの。
          風船を膨らませた上に新聞紙を張って形作った張りぼて。   
          オペラを先に見ていたら、アイデアが拝借できたのに。
by didoregina | 2010-10-22 10:37 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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