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モーツアルトの『ザイーデ』

クラシックおよびオペラ専門TV局のBravaのおかげで、毎日のようにオペラやバレエがテレビで
観られる。ほとんどはDVDになっているものを放映しているだけだが、そのチョイスはなかなか
ヴァラエティに富み、いかにもオランダ人オペラ・ファンの好みを反映しているように思える。
マイナーな作品だったり、変わった演出のものだったり、メジャー路線だったり、各種取り混ぜて
いるのがうれしい。

マイナーな作品や変わった演出は、DNOが得意とする分野である。DVDになっているものも
多い。ヴィーラーとモラビト演出のモーツアルトのダ・ポンテ三部作とか、メシアンの「アッシジの
聖フランシスコ」(オーディ演出)とかだ。

メジャー路線では、ROHのものが主体だ。ブログでは取り上げなかったが、キーンリーサイドの
「ドン・ジョヴァンニ」とか、デセイとフローレスの「連隊の娘」(ローラン・ペリー演出)、ナジャ・
ミヒャエルの「サロメ」(マクヴィカー演出)、ヴィリャゾン、キーンリーサイドの「ドン・カルロ」など
割と新しい、話題のプロダクションを鑑賞できた。いずれも、いい歌手を揃えての、エンタメとして
最高の出来のプロだから、わざわざわたしが口をさしはさむことはない。その面白さはTVで見ると、
NHKの大河ドラマさながら。(わたしは中学生時代から大河ドラマ・ファンだ。しかし、大河ドラマの
内容をあれこれレポしても仕方ない。究極のエンタメなんだから。)

もしも、これらを生の舞台で鑑賞していたら、思うところもあったかもしれないが、DVDになった
ものは、TVの枠にきちんとおさまっていてはみ出す部分がない。つまり、思索を誘う余地がない。
ああ、楽しかった、ああ、よかったで、終わってしまうのだ。不満もないが、満足度も中途半端で
ある。

さて、今日TVで鑑賞したオペラは、マイナーもので、モーツアルトの未完のオペラ「ザイーデ」。
モーツアルトの『ザイーデ』_c0188818_4485739.jpg

2008年@Aix-en-Provence
Camerata Salzburg 
指揮 Louis Langree
演出 Peter Sellars
ザイーデ Ekaterina Lakhina
ゴマツ  Sean Panikkar
スルタン Alfred Walker
Russel Thomas,  Morris Robinson

これは、もともと、オペラらしくないオペラである。2幕ものだが、正式なタイトルさえない未完に
終わっていて、これを元に「後宮からの脱走」が作られたのだという。いわば、習作みたいなものだ。
登場人物はスルタンの後宮にいる女奴隷ザイーデと、残りは男性4人だけ。アリアは少なく、レチタ
ティーボもほとんどない。そのかわり、ザイーデのアリアは極上だ。その激しさはヴィヴァルディ並みで
腹にどんとこたえるものがある。


           ザイーデが残忍なスルタンをなじるアリア

ペーター・セラーズ演出のこのプロダクションは、出だしからして、通常のオペラらしくない。
オケ・ピットに指揮者が登場して序曲を奏で、劇場舞台の幕が開く、という一般的形式ではない。
いきなり、タイトル・クレジットも何もないまま、素顔に近いナチュラル・メークの登場人物の顔の
クローズアップが映されるのである。
それが序曲の間だけかと思うと、そのあとに続く無言歌のような曲の演奏中も、歌手は演技のみ。
それがかなり長く続いて、状況説明と心境を表してくれる。
すなわち、ザイーデとゴマツほか多数の奴隷が、倉庫のような裁縫工場に閉じ込められ、アフリカ系
悪人の下で過酷な労働を強いられている。現代のグローバリゼーションによる低賃金労働・搾取の
実態を見せるかのような舞台設定である。

序曲に続く音楽は、リュートのアラブ版楽器ウードによる演奏で非常にオリエントっぽく、エキゾチックな
響きがモーツアルトのオペラのもともとの舞台設定(トルコのハレム)にはあっているが、実際の造形は
スチール製ドアと階段とミシンが並んだ寒々とした舞台だから、音楽の響きの異質さがいや増しに感じられる。それが、無言歌のごとく、雄弁に人物の心理を表現しているのだ。

そして、驚かされたのは、劇場で上演されたとは思えない舞台造形とカメラ・ワークだ。
全編を通してアップが多用され、しかもそれが多方面からのアングルで、アリアの最中でもアングルが
しょっちゅう変わる。
遠くに引いて舞台全体を映したり、3階になっている舞台の上から下から、裏からとあらゆる角度だ。
歌っていない人もまた別のアングルからのアップになったりで、カメラは片時もじっとしていない。
カメラを特定の位置に置いたままだったらカメラが舞台に写ってしまうから、ライブ映像ではとうてい
ありえない。スタジオ録画のようにカット、カットでつないでいるのだろう。
TV向けの映像であるが、なんだか見ていて疲れてしまった。歌うほうもきっと疲れたろう。
TVや映画みたいなカメラ・ワークだから、俳優並みの心理描写を見せる演技力が要求される。
そして、演奏と歌はずっと切れ目なく続いて、一応劇場でのオペラの形になっているのだ。

全体の印象は、だからオペラというより音楽ドラマの映画という感じだった。
歌が少ない分、音楽とそれにあった表情のアップや演技で見せる趣向なので、見るほうも気を抜けない。
オケの演奏は添え物以下みたいなかんじで、ほとんど画面には映らないし、音も大きくない。

ザイーデとゴマツはひそかに愛し合い、なんとかスルタンの後宮から脱走するが捕まり、怒り狂う
スルタンの前で二人の愛を公にして、燃え立つ怒りの火に油を注ぐ。拷問のような目にあう二人の最後
は曖昧で唐突なエンディングだ。それがかえって、現代風だから、この映画版オペラにはぴったり。
冗漫ではなく、緊張感あふれる、ギャング映画なのだった。
by didoregina | 2010-09-14 22:54 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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