オランダ・バッハ協会の『ダイドー』

ダイドーを名乗る私としては、オランダ・バッハ協会による『ダイドーと
イニーアス』コンサートを避けて通るわけにはいかない。主にバッハの
作品録音と演奏(All of Bachと題して全録音中)を活動の中心にしている
このオケとこの作品とは意表を突いた組み合わせである気がしたことは
否めない。そして、実演を聴いてみるとやはり意外なサプライズに満ち
満ちていたのだった。
c0188818_05261442.jpg
Nederlandse Bachvereniging
Robert King dirigent
Marianne Beate Kielland mezzosopraan (Dido)
Julia Doyle sopraan (Belinda)
Matthew Brook bas (Aeneas)
Tim Mead countertenor(Spirit/sorceress)
2018年4月25日@TivoliVredenburg 

公演前に知らされていた情報は、開演時間と終演時間、休憩があること
だった。『ダイドー』は1時間ほどの短いオペラなので、ダブルビル
(サラ様ダイドー@ROHはヘンデルの『エイシスとガラテア』とのダブル
ビルだった)にするとか、一晩に2回公演(クリスティー指揮マレーナ様
ダイドー@DNO)行ったりたのを鑑賞しているが、休憩があることには
訝った。

開演すると客席と舞台が暗くなり、譜面台の上にだけ照明が当たり、出演
者が登場した。そして、いきなり聞こえてきたのはテノールの歌声だった。
全く予期していなかったのでこれには心底驚かされた。
慌てて歌詞が印刷されているプログラムブックを読むと、なんとパーセルの
Why why are all the Muses muteが第一部の演目になっているのを発見。
この曲は国王ジェイムズ2世が政変を平定し、ウィンザー城からようやく
ロンドンのホワイトホール宮殿に戻ったことを記念して作曲されたという。
そういうわけで、イギリスと国王の偉業を称える内容の歌詞になっている。
シーザーという単語が何度も出てくるが、これは後に登場するもう一つの
サプライズに呼応する内容ともいえるのは、終演後に分かったことだった。
(また、この曲のアルト・パートは当時のカウンターテナー、ウィリアム・
ターナーのために作曲されたということである。)私にとって新発見だら
けの第一部であった。

c0188818_05525914.jpg
      テノールのデヴィッド・デ・ウィンターとCTティム・ミード

たっぷり30分の第一部と休憩の後で、第二部というか本日のメイン・イヴェ
ント『ダイドー』が始まった。
国内3か所(ユトレヒト、ロッテルダム、アムステルダム)のホールでの
公演であるが、一応セミ・ステージ形式になっている。第二部開始前に合唱
団員が客席入り口付近に待機しているのが見え、最初のベリンダのアリアの後、
祝福の歌と共に客席を通って舞台に上がるのだった。大道具・小道具の舞台
装置は特にないが、合唱団の演技が主にステージングの主だった要素になって
いる演出だった。
すなわち、彼らが魔法使いの弟子や船乗りに扮して、オケ団員に絡んだり
するのだ。

c0188818_06124386.jpg
絡まれるオケ団員はそれに対してまじめにウザがったような反応をしている。
器楽奏者としてはテオルボとギターの二人(マイク・フェントロスとフレッ
ド・ヤーコプス)とヴィオローネの一人が大活躍する以外は、他の弦楽器
奏者にはさして目立つ場面はない。それでも、コンマスの佐藤俊介さん始め
いつものバッハ協会のメンバーが、バッハではない曲を熱演するのだった。
オケのメンバーには18世紀オーケストラのメンバーを兼ねている人もいて、
こういうセミ・ステージ形式には一応馴染みがあるだろう。そう思ったのは、
近年18世紀オーケストラが行うセミ・ステージ形式のモーツァルトのダ・
ポンテ三部作の実演を鑑賞していて、その印象が重なったからだ。
アプローチが非常に似ているが、バッハ協会としては初の試みかもしれない。

また、雷鳴の音を出す板担当の人が仰々しく舞台袖から登場して鳴らすことで、
効果音を視覚的演出の一部にしていた。
また、少々ダサいバロック・ダンス風のジェスチャーをダイドーとイニーアス
がしてみせる場面もあった。
c0188818_06203355.jpg
        魔女の二人

合唱団員がいつものように舞台の奥に立って歌うと、いつものバッハのように
聴こえる。なんというか、(バロック)オペラチックな合唱ではなく、実直
生真面目な歌唱で、個々の団員が弾けるような要素に乏しいのが原因かと思う。
それが残念だった。

ダイドー役のキーラントは、昨年プレガルディエン親子との共演でモンテヴェ
ルディのマドリガーレや『ウリッセ』で歌うのを聴いた。ちょっとマレーナ様
に似た声と歌唱ではあるが、ルックスに華がない。私を感動・感涙の涙にむせ
ばせるには力が足りないのだった。
イーニアス役のマシュー・ブルックも同様で、バッハの受難曲を歌うには不足
ないのだが、先月ヴェネツィアーノの『ヨハネ』を歌うのを聴いた時にイタリ
ア(ナポリ)バロックの陽光溢れるような明るい要素に欠ける気がした。
今回も、私のイメージする偉丈夫であるイニーアスからかけ離れていて(しか
もバス。テノールかバリトン歌手に歌ってもらいたい役である)シンパシーが
わかない。
c0188818_06401757.jpg
それに対して、魔法使い役にCTティム・ミードを持ってきたのは大正解以上の
説得力があった。通常は女声が歌うこの役を力強い男声アルトで歌われると
ほれぼれするほどの感動を呼ぶのだった。声量をセーブせずに朗々と聴かせる
ティム君の自信あふれる歌唱の上手さに舌を巻いた。オランダ・バッハ協会とは
マタイやヨハネで共演して定評のある彼だが、また新境地を拓いた感がある。

最後は涙涙で終わるはずの『ダイドー』だが(マレーナ様ダイドーを見た時
には最初から涙涙の私だったが)今回は、イマイチ胸に迫るものがなかった。
オケの演奏にもイマイチ躍動感が足りず、まったりしたもので、3週間前に
聴いたダイドーとクレオパトラをテーマにしたアナ・プロハスカのコンサート
でのジョヴァンニ・アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルマニコの
歯切れよくエッジの利いたドライブ感あふれる演奏とは正反対だった。
イル・ジャルディーノ・アルマニコの演奏は、ちょっと間違えるとラルッペ
ジャータ風にぶっ飛びすぎになりそうな面も感じられたが、プロハスカちゃん
の蓮っ葉な女王的態度とちょっとハスキーな声で存在感と個性あふれる歌唱と
相まってそちらに軍配を上げてしまう。

ダイドーが死んで横たわったまま舞台が暗転すると、指揮者のキングがチェン
バロの椅子から立ち上がり、エピローグでトム・ダーフィーの詩を朗読するの
には驚かされた。
シェイクスピア風の抑揚と堂々たるアクセントで読み上げる声の美しさ。
これも国王とイギリスの国威を称える内容で、プロローグ的だった第一部と
対称的に呼応する構成になっていて、典雅な締めくくりであった。






[PR]
# by didoregina | 2018-04-30 06:57 | オペラ コンサート形式 | Comments(2)

Rinaldo @ Barbican

『リナルド』はヘンデルのオペラ作品の中でも、見て聴いてすんなり楽し
めるという点でトップ3に入る佳作だと思う。有名アリア等聴きどころが
多く、魔法オペラのジャンルの中でも人物像も勧善懲悪のストーリー展開
も単純明快かつエンタメ度が高いからだ。
c0188818_18523350.jpg
        サシャ・クックとイエスティン・デイヴィス

これまでに4つの異なるプロダクション(ケルン、グラインドボーン、
ブリュッセル、フランクフルト)を鑑賞したが、今回のバービカンでのは
演奏会形式であったにも関わらず総合点でそれらを上回る素晴らしさで
記念すべきもの。

Handel Rinaldo @バービカン 2018年3月12日
The English Concert
Harry Bicket  conductor
Iestyn Davies  Rinaldo
Jane Archibald  Armida
Sasha Cooke  Goffredo
Joelle Harvey  Almirena
Luca Pisaroni  Argante
Jakub Józef Orliński  Eustazio
Owen Willetts  Mago

その理由は、まずピッタリ適役で固めたキャストで、各自が役になりきり
表情の演技も巧みに歌唱には全く手を抜かず、実力が拮抗してしかも歌唱
様式が揃っていて絶妙に調和していたからという点に集約できる。
歌っている時以外でも歌手に触れば音がするかのように張り詰めた緊張感
漂う真剣勝負の空気がビンビンと伝わり、観客はそういう滅多にないスリ
ルを味わうことができたのだった。

カウンターテナーが歌うことが多いのかと思っていたゴッフレード役は、
メゾ・ソプラノというよりはコントルアルトに近い深みのある低音を聴か
せるサシャ・クック。
彼女は2年前同じくビケットとイングリッシュ・コンサートによる
演奏会形式『オルランド』でもズボン役で登場して強い印象を残した。
リナルドの上司でエルサレム奪回十字軍司令官という男性的な役柄にピタ
リとハマる声質のCTは実は意外と少ないのは、1711年の初演版ではこれは
ズボン役が歌ったからだろう。一般的に音程がより安定していて低音にも
高音にも魅力のあるメゾやアルトが歌うほうがこの役には合っているの
かもしれない。
演奏会形式だから男性的ルックスにする必要はないため、安定した歌唱の
クックの起用で安心して聴くことができた。(ヘアメイクでどういう風に
男性的ルックスに変身できるのか見てみたい気もする。)
c0188818_19411469.jpg
悪役アルミーダとアルガンテのペアには微妙な上下関係・愛憎関係があり、
ちょっとコミカルな要素もあるはずなのだが、今回の二人の役作りは怖い・
悪いというキャラクター造形を徹底していた。
それを特に強く感じさせたのはアルガンテ役のルカ・ピサローニで、唯一の
正真正銘低音男声歌手として終始怒ったような表情で圧倒的威圧感を出して
全体をきつく引き締めていた。役得であるともいえるが、彼が登場すると
その場の空気が冷たく感じるほどであっぱれであった。

アルミーダ役はジェーン・アーチボルドで、金属的な高音と線の細さを感じ
させる歌唱とでシモーネ・ケルメスのアルミーダを思い出させた。骨太さは
ないがヒステリックな魔女という役柄にはうってつけの声質である。
Furie terribiliの登場でまずそのキャラを印象付けなければならないの
だが、あまりエキセントリックではないが高慢で意地悪な魔女らしい
というその時の印象がずっと最後まで続いた。
それとは打って変わってリナルドに恋する気持ちを切々と訴える
Ah! crudel, Il pianto mioでは魔女とはいえ憎めない女性の心情を
ドスのある声でしかも嫋々と歌って欲しかったのだが、何か物
足りなかった。
c0188818_19581318.jpg
       ごめん、花束で顔が見えない、ジェーン・アーチボルド

アルミーダと対照的に弱々しいお姫様であるアルミレーナ役にはルックスも
声もピッタリのジョエル・ハーヴィー。いかにもアングロサクソン系教会系
ソプラノというタイプの声質なので、この役にはバッチリ。誰もが知って
いるから感動させるのが難しいLascia ch'io pianga(私を泣かせてくだ
さい)も、小鳥のさえずりのようなリコーダー伴奏といっしょに歌ってアル
ミレーナの清純さ、思わず守ってあげたくなるような弱々しさ、爽やかさを
印象つけるAugelletti, che cantateも満足度が高かった。

さて、メインはやはり3人のCTの聴き比べであった。
イエスティン君のリナルドは十八番でお馴染の安心感があるから、
もっぱらの興味は昨年9月にフランクフルトでリナルド役だったヤクブ・
ヨゼフ・オルリンスキ君(JJ)が今回は主役から脇役にスケールダウン
して異なる舞台でどういう風な具合であろうかという点だ。
出番が少なくて今までのプロではほとんど印象に残らなかったエウス
ターツィオのアリアCol valor, colla virtùがオルリンスキ君によって
これほど丁寧に心を込めて歌われると、おお、こういう歌だったんだ、
いいなあ、という新鮮な驚きの新発見になるのだった。テクニックも
発音も一か所として気を抜かずに真剣勝負!という気概が聴く者にビシ
バシ伝わる好感度の高い歌唱で、清々しくしかも声量もある彼のこれが
ロンドン・デビューになったのだが、絶大なる好印象を残したことは
明らかだった。
二人のCTの間に見えない火花が散っていることは、お互いが歌っている
時に真剣に食い入るように見つめる視線から見て取れた。

c0188818_20261439.jpg
       ウィレッツとJJオルリンスキ、ルカ・ピサローニ

もう一人のCTオーウェン・ウィレッツも声量があり、テクニックも
器用に操り上手いのだが、どこか華に欠けるというか印象に残らない。
舞台に立つ歌手というのは歌唱だけでなくルックスやプレゼンスと
いうのも重要な要素で人気が決まるんだなと、と図らずも納得すること
になった。

リナルド役イエスティン君は、2年前のオルランドの時にも感じられた
丁寧な歌唱と無敵のテクニックで緊張が途切れることがない。
ブロードウェイの『ファリネッリと王』でも毎日のように歌っている
Cara sposa と Venti, turbiniは十八番を通り越してルーティン化して
いるのではないかと恐れていたが、さすが長年鍛えられたプロ精神で、
その晩も一期一会と心得て聴衆と対峙し、一語たりともおろそかにせず
誠意と魂を込めた歌唱である。
万雷の拍手でようやくほっとしたいつもの表情になったのでこちらも
安堵のため息をついたのだった。

c0188818_20543390.jpg

ハリー・ビケット率いるイングリッシュ・コンサートも手堅い演奏で
とにかく全体的な質と満足度が高い。こういう形で今後もヘンデルの
オペラをコンサート形式でツアーしてもらいたいと願うものである。

c0188818_20532340.jpg



[PR]
# by didoregina | 2018-03-22 21:02 | オペラ コンサート形式 | Comments(2)

デュッセルドルフのクリスマス・マーケット、初日に

デュッセルドルフ歌劇場でオペラ『ヴォツェック』鑑賞前に、始まったばかりのクリスマス・
マーケットを冷やかしてみた。自分一人もしくは主人と一緒だったらわざわざ出向いたか
どうか、というくらいクリスマス・マーケットにはほとんど興味がない私だが、日本から
友人が遊びに来ていて彼女は各地のクリスマス・マーケット巡りが好きなのだ。


c0188818_18244394.jpg
デュッセルドルフのクリスマス・マーケットを前回訪れたのは、かれこれ17年位前では
なかろうか。広場らしい広場がないこの都市では、いくつかの通りや小さな広場の数箇所に
クリスマス・マーケットが点在する。上の写真は、ライン川沿いBurgplatzの大観覧車。
時間によって色が変わる。ここには初日の5時ちょっと過ぎ頃に到着したのでまだ閑散と
していた。

デュッセルドルフのクリスマス・マーケットでは、白ワインで作ったグリューワインが
飲めるという情報を事前にキャッチしていたので、まずはそれを目当てに。
ブルク広場で飲んでたカップルに「白ですか」と訊いたら、すかさず「それは市役所前
広場に行かないと飲めない。そこの角を右に曲がってすぐ」と要領よく教えてくれた。
いい人に当たった。それでは、レッツゴー!

c0188818_18324099.jpg
無事ゲットできた白ワインのグリューワインと一緒に、炒めたタマネギの匂いが香ばしく
漂う屋台でロースト・ポークのサンドイッチを。切ってくれた豚肉は厚さ1.5センチは
あり、ヴォリューム満点。
ここで飲んだ白ワインのグリューワインは、赤とは異なりほとんどスパイスが入っていない
ようで、アチチチと喉越し熱いホット白ワインである。酸味が鼻をかすめ、なかなかイケる。
豚肉サンドは、これだけどほとんど夕ご飯になる。

c0188818_18405652.jpg
見かけはハンバーガーみたいだが、肉とパンの密度が違うからお腹が膨れる。

そこに天使が現れる。ここは天使の広場ではないのだが、はて。

c0188818_18441220.jpg
彼女に導かれるかのように、次はハインリヒ・ハイネ広場の天使のマルクトへ。
このあたりは、大通りのハインリヒ・ハイネ・アレーとライン川に挟まれた旧市街で、
飲み屋が多い区域である。ビールも飲みたくなったが、その後観劇が控えているので我慢。


c0188818_18484136.jpg
クリスマス・マーケット初日で平日、しかも夜も宵の口、6時頃から人出は増えてきたが、
まだまだ余裕で歩けるし、店を冷やかしたりもしやすい。週末に来たら押し合いへし合い
で、商品などゆっくり見て回るのも難しい。そうこうするうちにもう一つの目当てに行き
当たった。

c0188818_18525642.jpg
噂のペルーの揚げパン屋。中身はチーズ・ハム・コーン、小エビ、牛肉の3種類。
店先で親父さんがマッシュドポテトにトウモロコシ粉を混ぜたようなふわふわのパン生地
を丸くしてその中に詰めものをして半分に折り、油で揚げている。
c0188818_18581821.jpg

マルクトの屋台では、目の前で作り立てをその場で食べるのが醍醐味。出来立てだと味が
5割がた(当社比)アップする気が。

c0188818_18593199.jpg
表面はカリッと中身はトロッと絶妙な揚げ加減。ジャガイモのパン生地はふわふわで
ジャガイモのコロッケよりも軽い。付け合わせはコールスローでちょっとスパイシーな
熱いトマトソースをおばさんがかけてくれる。
これも量が多いので二人で分けて丁度いいくらい。その辺をよくわかっているおばさんは
ナイフとフォーク2つずついるかと訊いてくる。
c0188818_19055061.jpg

星のマルクトやらその他の通りのマルクトを通り、お店を冷やかし、ゆっくりと飲み
食いして丁度2時間。7時ちょっと過ぎに大通りの反対側にある歌劇場に着いたのだった。
観劇前の丁度いい腹ごしらえと腹ごなしの散策になり、満足である。ホカホカと体の中
から温まって夜風も寒くない。たまに行くクリスマス・マーケットも悪くないものだ。

c0188818_19064175.jpg


[PR]
# by didoregina | 2017-11-24 19:14 | 旅行 | Comments(0)

フランクフルト歌劇場の『リナルド』

急遽、フランクフルトまで弾丸遠征して鑑賞しようという気になった『リナルド』。
贔屓がアメリカに行ってしまって近場の遠征ができないという以外にも、他に
理由がある。
まず、何と言ってもヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ君が主役を張る舞台の応援に
駆け付けたいという気持ちが一番大きかった。
c0188818_22550430.jpg
オルリンスキ君(略称JJ)は、ポーランド出身の若手かつ超有望カウンター
テナーで、今年春にジュリアード音楽院のマスターを終了したばかりの弱冠27歳。
それなのに、すでにこの夏、エクサンプロヴァンス音楽祭のカヴァッリのオペラ
『エリスマナ』でメジャー・デビューを飾っている。
歌唱はディドナートのマスタークラスで絶賛されているし、見目麗しく、ブレーク
ダンスが得意で高度な身体能力も備えているから、将来のスターは嘱望されている。
そこへもってきて、フランクフルトでの主役抜擢である。(来年、別の『リナルド』
にも出演するが、そちらではチョイ役。題名役はイエスティン・デイヴィス)
興味がふつふつと湧き出して沸点に到達してしまった。そこへもってきて、友人から
行けなくなったチケットが回ってきたのだ。私が代わりに行かないわけにはゆくまい。
c0188818_22575275.jpg
割と直前に知ったのだが、会場は普段の歌劇場ではなく、1900年に建てられた元トラム
倉庫を改装した建物で、ルール・トリエンナーレの会場と似た雰囲気の非常に私好みの
インダストリアル・モニュメントである。
内部は、鉄骨が剥き出しで、客席は足場を組んだような雛壇というのもルールに似ている。
今回の舞台は後方が高く、客席に向かってかなりの急こう配の傾斜になっている。その
手前にあるオーケストラのスペースとの間にちょっとした奈落のような隙間があり、
そこに転がって落ちたり、這い上がったりの演技が付けられている。黒い床以外に舞台
装置らしいものはない。

オーケストラは歌劇場のオケに、オーボエやトランペット等バロック楽器演奏家の助っ人
が何人か入っている混成集団だ。通底もチェンバロ、リュート、ガンバ等がそれぞれ一人で
特に増強はしていない。聴き慣れているドイツやオランダやベルギーの古楽オケと比べると
大人しい感はぬぐえないが、オーソドックスでまじめな演奏で難はない。

主要歌手以外に、アルミーダとアルガンテの悪人組とゴッドレードとリナルドの善人組に
それぞれ手下であるダンサー数人のグループが付き、彼らの持つ刀や紐などの小物や可動
式の木と照明のみが、舞台上の視覚装置で、非常にシンプルだ。
舞台装置が少ない分、身体を使った表現が多用され、コンテンポラリー・ダンサーのみな
らず、歌手にも振付・演技が付けられている。
それは、今回の歌手陣が若手で固めてあるからこそ可能であったものであろう。とにかく、
若い肉体と声のみずみずしさが前面に押し出され、まことにすがすがしい舞台になって
いる。
その中でもJJ君の動きは特筆に値する。ブレークダンスで鍛えたからこそ決まるしな
やかな動作での殺陣、急斜面の舞台を回転したり前転・後転したり、ダンサーに負けない
柔軟でアクロバティックな動きを、歌いながらこなすのに誰もが見とれた。
c0188818_23411263.jpg
最初のCara Sposaでは、特にスローな曲に彼の声のよさが出ることを印象付けた。低音
部分にCTならではの男性的な深みがあり、中音域から高音までも区切りを感じさせず
スムーズ。
切々と丁寧に心を込めて歌う彼の歌唱は非常に自然な発声と相まって、聞き手の心に直接
響く。
テクニックで勝負というタイプとは異なるストレートな歌唱である。
Venti Turbiniでは、高音のアジリタにもう一つ物足りなさが感じられたが、アクロバ
ティックな歌唱には無縁なのが彼の持ち味であるから、その辺はないものねだりという
べきで、今の彼の実力や将来性、直球で迫ることを信条としていることは確信できた。
c0188818_23421203.jpg
その他の主要歌手も、若手でしかも特にバロック専門ではないのに舌を巻くくらい
上手い。
アルミーダ役歌手は特にエキセントリックでもドラマチックさを強調するわけでも
ないがしかしFurie terribiliでは絶妙なさじ加減でこなれた歌唱で印象付けた。
特に驚いたのは、アルミレーナ役のカレン・ブオンの歌うLascia ch'io piangaで、
この曲は耳垢のようにこびりついて誰にもお馴染みなため感動させるのは難しいのだが、
今回初めて「おお、これは」と思える歌唱に出会ったのであった。

プロダクション全体としては、舞台上で若さが弾ける印象が強く、わかりやすくシンプル
かつエンタメとしても楽しめる構成とするために音楽は端折ってはある。レチタティーボ
らしいレチタティーボがなく、スピーディな流れでハラハラドキドキさせ、見せ聴かせる
という点でバロック・オペラらしい王道でもあると言える。遠征の価値はあった。


c0188818_00015888.jpg






[PR]
# by didoregina | 2017-10-05 23:52 | オペラ実演 | Comments(0)

フランクフルトまで長距離バスで遠征

フランクフルト歌劇場で上演中のオペラ『リナルド』を鑑賞するために
ヨーロッパ内で近年恐ろしいほど路線を拡張しているフリックスバス(Fバス)
に乗って遠征してみた。
このFバスはもともとベルリンが発生の地で、ここ数年でドイツ国中から周辺
諸国の各地に路線を拡大しているのだが、まずは安いのが一番のメリット。
平日の便にしたため、マーストリヒトからフランクフルトまで17ユーロだ。
c0188818_22403520.jpg

3年前に急遽ロンドンからヴェルサイユ遠征することになり、帰途パリから
Fバスを利用してみたのだが、丁度Fバスのパリ・マーストリヒト路線
開通プロモ価格1ユーロだった。普通に買うと30ユーロはしたはずだが。)
その時は、午後3時頃パリ発の予定だったバスの到着が1時間遅れ、その後
運転手の休憩45分も必要なのでパリ出発が遅れて渋滞にひっかかり、パリを
出るまでが大変時間がかかった。途中ブリュッセルでトイレ休憩があったが
自分で適当にその辺のカフェ探せという運転手の態度にはむっとした。
それ以来、積極的にFバス利用しようという気は起らなかった。

今回は急に回ってきたオペラのチケットを無駄にしまいと思って、しかも
応援しているJJオルリンスキ君が主役を張るしせっかくだから行こうと
いう気になったのだが、どうせならなるべく安く上げようとFバスにしてみた。
というのは、日本に里帰り中、高速バスを何度か利用してその安価かつ便利で
スムーズなのに感動したというのもある。

しかし、日本の高速バスとヨーロッパの長距離バスとではサーヴィスに雲泥の
差があることを思い知ることにもなったのだが。
まず、Fバス料金は破格値であるから、必要以上のサーヴィスは期待できない。
すなわち、車内の掃除が行き届いていたり、時間に正確であったりという
日本では当たり前のことがなかなか実現難しいのだ。
二階建てバスで座った一階の座席はゆったりとして、リクライニングもでき、
往復ともサロンテーブルを挟んで向かい合った席が確保でき、寝たり食事
したりするのには便利だった。
車内トイレは利用したことがないのでなんとも言えないが、往きのバスの
トイレからは悪臭が漏れてきていた。途中ガソリン補給のため停まったSA
でトイレに行けた。
マーストリヒト~フランクフルトは車で飛ばせば2時間半から3時間(途中
アウトバーンでの渋滞にハマらなければ)の距離であるが、Fばすでは約
5時間の予定。

近年とみに増えている不法移民およびテロなどを取り締まるためか、途中で
私服警官が数人乗り込んできたのには驚いた。ID確認ということで、
私の場合パスポートを見せたら即OKだったが、結構詳しく行先や乗った
場所その他訊かれている人たちもいる。そして、ゴミ箱や荷物置き場を
チェック。乗客の何人かはバスから降ろされてもいる。その中の一人はほぼ
拘束されているではないか。。。
それで時間がかかり、予定よりも到着は1時間以上遅れた。渋滞に引っか
からなかったからよかったものの、当日夕方以降着の便は利用しない方が
精神衛生上よろしかろうと思う。
c0188818_22415814.jpg
通路隔てた隣に座っていたおっさんとアーヘン過ぎたあたりからおしゃべりを
始めて、結局到着まで5時間以上喋り続けた。というのは、彼はプロのクラ
オタと呼べる人物で、趣味や興味が似ていて次から次へと話が弾んだのだ。
(ローマ音楽院で作曲・指揮法・音楽学を学び、リエージュとデュッセルド
ルフの歌劇場でアシスタント指揮をしていたが、現在はバイエルン放送で
クラシック番組を担当している、ヴェルディ研究家。CTは専門外ながら
クラシック音楽界全般に詳しいので最新CT情報にも通じていて、JJ君の
名前を出す前に、「ポーランド出身の27歳の若手CTが話題」と、彼の噂は
知っていた。)
こういう出会いがあるのも、袖振り合うも他生の縁というか、一人旅遠征
の楽しさだ。

フランクフルトのFバス発着所は、中央駅脇の某日系ホテルの向かい。
各地方面へのバスが出ている。往きに乗ったバスはミュンヘン行きで、
復路に乗ったバスはオステンド行きだった。長距離バス乗り降りの難点は
発着所に屋根がないこと。雨降りだったら悲惨だ。

3年前にはまだ発展途上という感じだったが、ノウハウが蓄積できて以前とは
比べられないほど便利になってきているFバスには、今後またお世話になる
ことがあるかもしれない。



[PR]
# by didoregina | 2017-10-02 22:43 | 旅行 | Comments(0)

ルール・トリエンナーレの『ペレアスとメリザンド』

ルール・トリエンナーレに行ったのは昨年のDie Fremden鑑賞に続いてまだ2度目であるが、
このユニークな芸術祭がとても気に入り応援したい気持ちが抑えがたく湧き出たので、
久しぶりにブログ記事を書いてみよう。
トリエンナーレといっても3年に一度の芸術祭ではなく、3年連続で一人の芸術監督による
監修というもので、今年はオランダ人演出家ヨハン・シモンズが芸術監督を務める最後の
トリエンナーレだ。
プログラム内容的には演劇・オペラ・コンサート・ダンス・映像・インスタレーション
その他の舞台芸術全般が網羅され、それらがドイツの一大工業地帯ルール地方の様々な
インダストリアル・モニュメントを会場とし、しかもそれぞれのジャンルをクロスオー
ヴァーして有機的に結びつき合っているという点がヨーロッパの他のフェスティヴァルと
比べて異質かつ光っている。
これを一言で言うならオルタナティブというのがぴったりではないかと思う。
会期は8月18日~9月30日で、開場はルール地方一帯に散らばっている。
https://www.ruhrtriennale.de/en/festival-arts

昨年鑑賞したシモンズ演出の芝居Die Fremdenはマールという町にある元炭鉱の巨大な
体育館のような石炭貯蔵倉庫が会場で、石炭屑で黒ずんだ広大な床を舞台とし、舞台前方に
デ・レーウ指揮による室内現代オケがリゲティなどの音楽を奏でている脇や後方でNTヘン
トの俳優たちが芝居をし、客席は鉄骨で組んだ雛壇式。会場自体が伽藍洞となった巨大な
工場廃墟の趣であった。寒くなることが予想されるので暖かい服装をとの注意が事前に届き、
毛布も貸し出されていた。
倉庫の隣にやはり巨大なテントが張られ、オクトーバーフェストの趣のカフェおよび特設
トイレが設置されていた。

c0188818_21013809.jpg
それと比べて今年のオペラ『ペレアスとメリザンド』の会場ヤールフンデルトハレは、
普段からライブ・コンサートが行われていると思しく、フォワイエというかカフェのみ
ならず、地下にはかなりの数のクロークもトイレもしっかりある。
しかし、客席はやはり鉄骨で組んだ足場のような急勾配の雛壇で、階段をかなり上り
下りするため着席・離席には時間がかかる。(脚の不自由な人や年配の方々は苦労
されていたし、緊急時の避難を想像して心配になった)

メインの舞台は木のモザイク床で、オケは舞台後方の緩やかな勾配の馬蹄型バルコ
ニーのような階段の中の雛壇上に座る配置で、指揮者は常時歌手・俳優および観客に
背を見せていることになる。
お互いを結ぶモニター・スクリーンのような物も見当たらず、これではオケの指揮者と
歌手とのライブでのアイコンタクトが不可能なのでは、とびっくり。しかし、舞台
後方に巨大なスクリーンがあり、そこに舞台上の様子を約90度ずらしたカメラ
アングルのモノクロの粒の粗い画質でサイレント映画のように映し出されているので、
指揮者はそれを見ながらということなのだろう。

メインの舞台上手側は木の内装の壁とドアが3つ。中央辺りにダイニングテーブルと
椅子。下手は鏡張りのバーカウンターになっていて、そのさらに外側の壁に洗面台が
いくつか並んでいる。(それが泉というわけ)

c0188818_21061375.jpg
          開演前から役者や歌手が舞台下手のバーカウンターに座っている。

バーやスクリーンという舞台装置もさることながら、オペラの始まる前にプロローグの
ような口上があるのもワルリコフスキ演出の常道で、見慣れた・聴きなれたアプローチで
ある。
今回のプロローグはミッドライフ・クライシスのゴローの心情吐露である。これで、
かなり彼のキャラがハッキリしてきた。
そして、バーで酔いつぶれた薄汚れた家出少女のような女がメリザンドで、二人の出会う
「森」は場末のバーのような場所である。
カウンター脇のテレビの画面には映画『鳥』の映像が流れている。
ご丁寧に舞台後方の大スクリーンには、それぞれの場の説明文が入る。すなわち、
「森」や「泉」や「館の中」「海辺」といった具合である。そして、その説明の後で
舞台の白黒の映像が常時映写され、レトロな映画の雰囲気を作り上げている。
実際の舞台上で行われる演技の現代的でチープなイメージが、約90度角度を変えて
白黒で映し出されると妙に浄化されて現実味を失い魅惑的なのである。
このアイデアは素晴らしく、しかも映像による情報が実際の舞台を補足する形で存在し
邪魔にならない。
バンダのように舞台上に置かれたオケさえも、豪壮な館のお抱え音楽隊の趣である。
かように、ワルリコフスキの舞台にしては無駄な視覚的情報量が少なく、用法も
的確であるのがうれしい。

オケはなんと地元ボーフムのオーケストラだというので驚いた。舞台後方でのオケ
演奏はコンサート形式オペラでは普通なのが、舞台演出付だと色々な無理があり
そうなものだが、その辺は指揮者がバッチリとまとめていて歌と器楽演奏との
齟齬は感じられなかった。
音はドイツらしく明暗の輪郭がきっちりとした印象で、ドビュッシーの音楽に特有な
どこか霧のかかったような曖昧さがなく、このオペラに今まで抱いていたオーケ
ストラ演奏の捉えどころのないようなミステリアスなイメージを覆した。
舞台演出の明瞭さと並んで、こういう音のペレアスとメリザンドもありか、と目から
鱗であった。
ただし、歌手の声はPAを通しているのがありありとわかるのが、会場の音響問題も
あろうが、ちょっと残念。
全ての面での明瞭さが今回のプロダクションの特徴ともいえ、台詞・歌詞の内容と
演技・状況とが一部の隙もなくぴったりと合致しているのだった。しかも音楽進行の
タイミングと工場の屋根や舞台後方窓など外から入り込む光(落日とその後の暗闇)
ともストップウォッチで計ったかのように同化している。演出家は歌詞と音楽を熟考・
研究したのみならず、この会場・舞台方向・公演時期全てが細かく計算に入れられて
いることに舌を巻いた。
c0188818_21555219.jpg
歌手陣は、メリザンド役を元祖ファム・ファタルのコケットな体当たり演技と難のない
歌唱でこなすバーバラ・ハニガンの独り舞台になるかと思いきや、ゴロー役も孤独と
焦燥に苛まれた現代の中年男そのもので悪くない。ただし、ワルリコフスキの描く
メリザンドには悪女としての自覚と意志がはっきりしているから、ゴローもペレアスも
弄ばれてしまうのである。
ハニガンの面目躍如でその演技力も相まって、どうしてもそれ以外の人物は彼女の周りで
きりきり舞いする。
ペレアス役歌手は、狡猾そうな金持ちぼんぼんみたいなルックスは役柄設定にぴったり
だが声がイマイチこの役に合っていない。もっと若さある声の持ち主だと、ゴローとの
対比がはっきり出たはずなのにと残念だ。
舞台上にいつも姿のあるジュヌヴィエーブ役のサラ・ミンガルドの存在感は特筆すべき。
全てを見通しているが表情には出さない、いかにも旧家の奥様然と泰然としている。
また、アルケル役歌手も慈悲にあふれているのが感じられよかった。
いずれも声量で勝負の歌手ではないから、デリケートな台詞を囁くように歌うこのオペラ
にはPAの使用は悪くないと思わされた。

c0188818_21571546.jpg
休憩時間を日没後に設定したため会場の外は暗闇に包まれ、空の三日月が神秘的で、
虚構の世界(中)と現実(外)とが分離していない。
そういう点でもトータルで完成度の高い公演であった。






[PR]
# by didoregina | 2017-08-30 22:01 | オペラ実演 | Comments(0)

イエスティン・デイヴィスのマスタークラス@RAM

今年2月の日本コンサート・ツアーには、イエスティン・デイヴィスのマスタークラスも
組み込まれていて、その時日本に行けなかった私は地団太踏んだものだった。
だが、その半年後にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックで、彼のマス
タークラスが行われた。RAMは彼の母校であり、後輩への指導ということになる。
c0188818_18233669.jpg


Vocal Masterclass with Iestyn Davies @ Royal Academy of Music
2016年11月8日

その日選ばれて歌った学生は計5人。カウンターテナー4人にソプラノ1人だ。
これだけ多くの若いCTを聴き比べることができる機会は稀だが、外部からの聴衆は少な
かったので、どんな様子だったのか私の感想も交えたレポをアップする。
一人当たりの時間は約30分。

6.30pm
Handel Agitato da fiere tempeste (Riccardo Primo)
Monteverdi E pur io torno (L’incoronazione di Poppea)

Edward Edgcumbe countertenor
Keval Shah piano

私の感想:彼が登場した時思わず「お、これは」と声を漏らしたほど、上背がありルッ
クスもなかなかよく、期待を抱かせた。しかし、一昔以上前の英国系CTにありがちな
聖歌隊系の弱々しい声で魅力に欠け、何より、歌唱が平板でずっと同じなので聴いていて
つまらない。音程は悪くないし、声も良く出てはいるのだが、それ止まり。

イエスティン先生の指導:舌の位置を奥に引っ込める傾向があるため、喉から口蓋への
息の通り道が狭まり、すなわち声が十分に出せない。息=歌声なのだ。だから、舌は歯
に意識してくっつけるつもりで喉からの声の通りをよくするという基本的な練習。
ヘンデルの『リッカルド・プリモ』からのアリアでは、速いパッセージの音の流れを細か
く区切って、例えば4音の連なりならアクセントの置く場所を違えて4パターンや、2音
ずつのポルタメントにしたり、様々なヴァリエーションでスムーズに歌えるように練習。
モンテヴェルディの『ポッペア』からオットーネのアリアでは、もう少しオペラの内容に
踏み込む指導。オットーネがどういう心情で歌う場面なのか自分で確固たる想定をするこ
と。初期オペラなので決まりごとに囚われず自由に、そしてイタリア・オペラのその後、
ロッシーニまで連綿と続く伝統を予期させるような華やかさを出したり、タメを利かせた
り、ベルカントも意識して。

7.00pm
Purcell (arr. Britten) If Music be the Food of Love – third version

Hamish McLaren countertenor
Katie Wong piano

私の感想:ずんぐりむっくりの体型とは裏腹に澄んだ声で、やはり聖歌隊系ではあるが、
声の通りもよく、パーセルの時代っぽい英語の発音も合っている。いかにもイギリス人
らしい選曲。

イエスティン先生の指導:ミュージックという単語の発音は「ミュー」にアクセントが
あるはずだから、「ジック」の部分に力を入れすぎず、もっと優しくそっと寄り添う
ように発音すること。言葉の意味をよく捉えて、それを聴衆にどう伝えたいのか、どう
いう風に歌えば自分の伝えたいことが伝わるのか、よく考えて発音し、歌のフレージング
作るをすること。
ブリテンのアレンジ第三ヴァージョンではコード低いから、高音が美しい君の声のよさが
生かせないから、別のキーので歌う方がいいかも。
また、とにかく様々な歌手の色々な録音を聴いて片っ端から真似してみること。遺伝子で
その人の個性は決まっているから、真似しても自分の個性は生き残る。好きな歌手でなく
ても、好みでない歌い方でも、真似してみることで新たな発見や見えてくることがあるは
ずだし、表現の幅が広がるから。それらを沢山自分の引き出しに入れることが大切。
毎晩歌ってるレパでも、急に舞台でこういう表現したい、と思った時に引き出せる。

7.30pm
Britten I know a bank (A Midsummer Night’s Dream)
Handel Sì spietata, il tuo rigore (Giulio Cesare)

Matthew Paine countertenor
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:大柄でふてぶてしいようなルックスだが、声はイエスティンに似て、伸びも
よく、オベロンらしい堂々たる役作りの歌唱。丁寧な発音で説得力十分。

イエスティン先生の指導:この役を舞台で歌ったことがあるんだね。じゃあ、出だしの
「ウェルカム・ワンダラー」の状況説明とオベロンの性格分析してみて。なるほど、ティ
タニアに対しては恐妻家なのに、パックにはボス的で上から押し付けるタイプだというな
ら、出だしの歌詞の発音にもそれを込めて歌って、オベロンの性格の役作りを。
「アイ・ノウ・ザ・バンク」という歌詞からも、聴衆がその景色が手に取るようにわかる
ような歌い方を考えて。
どこに的を絞って聴かせたいのか、どこに山を持っていくのか、最終着地地点はどこなの
か、どう声を飛ばしたいのか、自分でイメージして歌うこと。

私の感想:フレーズの色付けと歌詞の意味を表現して役作りという指導ののち、発音が
より明瞭になり語りかけるように歌う歌詞の意味内容も聴衆に迫ってくるようになった。
先生自らピアノ伴奏しながらの熱血指導のため、ヘンデルのアリアまで歌う時間は取れ
なかった。

(Short break)
c0188818_20501295.jpg


8.15pm
Britten How beautiful it is (The Turn of the Screw)
Handel Oh! Had I Jubal’s lyre (Joshua)

Ella Taylor soprano
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:見かけ同様なかなかに骨太かつまろやかな声と歌唱で、歌いこみ、役柄にも
相当入り込んでいる。
(「ネジの回転」からのアリアのみでヘンデルの歌まで歌う時間はなかった)

イエスティン先生の指導:この物語背景と役柄の性格分析してみて。なるほど、子供たちを
守るということが第一の義務と考えている主人公なら、出だしももっと優しく語りかける
ように、子供たちへの慈しみの感情が顕わになるように歌わないと。威厳ありすぎ。
(この役を先生はもちろん歌ったことがないから、ずっと楽譜を手に持って読みながら)
このフレーズを朗読してみて。読んだりしゃべったりするととそういう発音なのに、歌うと
アクセントも変わってきてるよ。そこのAの発音が強すぎて違和感がある?それじゃあ、違う
母音で歌ってみて。しっくりくるまで。じゃあ、次のフレーズまた朗読してみて、その通りに
歌って。ブリテンの作曲書法だと、その時代の音楽らしく音が飛ぶけど、なるべく滑らかな
レガートで歌えば、言葉との音楽の乖離が少なくなる。フレーズも大きく弧を描くように、
途切れさせずに。

8.45pm
Handel Mi lusinga il dolce affetto (Alcina)

Patrick Terry countertenor
Marina de Lucas Garcia piano

私の感想:コンクールと同じく、後に出てくる人ほど上手くなってる。今回のCTの中では
一番気に入った。繊細な声のコントロールもヨーロッパ的な色彩感あふれる歌唱も他の
学生とは一線を画している。特に弱音から始まるメッサ・デ・ヴォーチェ風フレージング
のテクニック(でも弱音には戻らない)と澄んだ高音の美しさ!彼以外は皆話すアクセント
がイギリス人そのものだが、彼だけ違う。ヨーロッパからの留学生か?
(学内ですでに「アルチーナ」のルッジェーロ役デビューしているアメリカ人と後に判明)

イエスティン先生の指導:スローなアリアだから、大きなフレージングの作り方が重要。
細かく切らずに、クレシェンドやルバートなど入れつつ、山場を作って盛り上げる。
歌い出す前に吸う息や息継ぎの呼吸も止めないこと。吸ったまま吐く息と同時に歌おうと
すると出だしの声が上手く出ない。
君の音域は高いからレパートリーは今ではメゾソプラノが歌う、作曲された当時はカスト
ラートのための役が主のようだが、今後のキャリアを考える場合、それだけだと少々危険
というか不利。ルッジェーロ役にCTが選ばれることは現在極めて稀であり、劇場・指揮者・
演出家は、カストラートが歌った役にはメゾを起用することが多く、その傾向は今後20年
は変わらないのではないかと思われる。だから、メゾと役を張り合うよりは、メサイア、
受難曲のアルト・パートをレパに入れておくべき。この世からクリスマスやイースターが
なくならない限り、各地でコンスタントにコンサートがあるからアルトの需要は続く。
そういう手堅いレパがないとCTとして食べていくのは難しいのではないか。

私の感想:確かに将来のキャリアを考えた場合、適切なアドヴァイスと言えるが、状況は
少々変わってきているのではないか。特にヨーロッパでは。フィリップ・ジャルスキーは
去年も来年もルッジェーロ役歌うし。(これは終了後にイエスティン先生にも申し上げた)

c0188818_2134422.jpg


という具合に、非常に内容の濃い、興味深いマスタークラスであった。
日本でのマスタークラスでは通訳が付いたのだが、それだと進行が途切れてしまって指導も
しにくかったのではと心配になるほど、今回のイエスティン先生はべらべらと喋り捲り、
ピアノを弾きながらの熱心な指導であった。
(その感想に対して先生は、「日本の場合、通訳は聴衆のために付けたんだけどね。」との
こと。料金取ってる公開リハだったので、なるほどね。今回は、聴講無料。)
[PR]
# by didoregina | 2016-11-13 21:39 | カウンターテナー | Comments(6)

ヴィヴァルディ『ウティカのカトーネ』@ケルン

『ウティカのカトーネ』といえば、昨年夏ヴェルサイユ他の劇場でのCTが多数出演し、
男声のみで上演されたヴィンチ作曲版が話題になった。
半年後の今年2月にはヴィヴァルディ作曲版がコンセルトヘボウでもコンサート形式で
演奏され、こちらは女声がメインであった。
どちらも、残念ながらよんどころない用事と重なり見逃したのだった。(ラジオでは
聴いた。)
c0188818_20422097.jpg


ケルンでもヴィヴァルディ版コンサートがあることを知ったのは、8月である。
9月初めの遠征がやたらと続いた時期であるが、前日になって行くことに決め、行くのを
諦めざるをえなくなった友人からまたもや最前列中央の席を譲ってもらえた。
直前に決めたのは、金曜日と日曜日にあるケルン公演のチケット売れ行きが見るも
無残な有様で、これはバロック・オペラ・ファンとしては行かないと女が廃る!と発奮
したからだ。客席に穴をあけてはいけない、アーチストを応援しなければ、と。

Catone in Utica  2016年9月9日@Oper Köln Im Staatenhaus

MUSIKALISCHE LEITUNG: GIANLUCA CAPUANO

CESARE: KANGMIN JUSTIN KIM
CATONE: RICHARD CROFT
EMILIA: VIVICA GENAUX
ARBACE: CLAUDIA ROHRBACH
FULVIO: MARGARITA GRITSKOVA
MARZIA: ADRIANA BASTIDAS GAMBOA

ORCHESTER: CONCERTO KÖLN

目あては、ジュノー、キム、そしてコンチェルト・ケルンという順番だった。

ケルン歌劇場は、数年かかっている改修工事完了の見通しがまだ立たないままで、
今回の会場は、ライン川を挟んで大聖堂の反対側、見本市会場の近く(見本市会場の
一部かもしれない)Staatenhausという建物だった。駅裏のテントよりはまだ少しまし
と言う程度のいかにも仮設という感じで、ここはとにかく前々日の冷房の効きすぎた
ケルン・フィルハーモニーとは正反対で、冷房設備などないから暑いことこの上ない。
(その日も30度近くあったのだ。)

ステージらしきステージはなくて、雛壇上に幅の広い客席が造られているだけである。

コンチェルト・ケルンの演奏はいつも手堅くどのパートも万遍なく上手い。そして弦に
エッジが利いてきびきびして、いかにもヴィヴァルディらしい情熱がほとばしる感じが
好みである。だれるということがない。所謂濃い演奏なのだが、びしりとしまりがある。

c0188818_2112057.jpg


歌手では期待通りのジュノーが、とにかく機関銃のようなアジリタをビシバシと決めて、
小気味よいことこの上ない。彼女の少しだけ暗めの個性的な声がヴィヴァルディ独特の
ケレンミにぴったり合う。彼女の声と歌唱ほど、録音と生では印象が異なるのも珍しい。
余裕で自慢の喉を披露するという按配で、コンサート形式のバロックオペラ実演の醍醐
味と楽しさが溢れるのであった。

c0188818_21102575.jpg


もう一人のカンミン・ジャスティン・キム君には、期待以上の何かを持って臨んだ。
すなわち、キムチリアというあだ名の通り、バルトリの物まねで有名な彼だから
ちょっとキワモノ的なイメージがどうしてもあるから、偏見なしで聴くことが難しい。
ところが、最前列正面に座った私に自信たっぷりな視線を合わせて、反応を楽しみな
がら歌う彼には最初から度肝を抜かれた。
高音が無理なく美しく発声できるのはもちろん、低音にもなかなか魅力があり、声区の
移動も跳躍もスムーズである。派手なテクニックの披露も楽々とこなし、彼の歌唱を
例えるなら、男子新体操の筋肉質でかつ美しい動きを見るような快感があった。
キワモノ的イメージを自ら作り上げて名前を売る作戦も悪くない。実演を聴いて、その
実力に気持ちよくノックアウトされるという楽しみを作ってくれた彼に感謝している。

その他の歌手も皆実力あるソリストで、このヴィヴァルディ公演は大成功。堪能できた。
[PR]
# by didoregina | 2016-09-25 21:15 | カウンターテナー | Comments(0)

『インドの女王』クレンツィス指揮ムジカエテルナ@ケルン

実は怒涛のロンドン遠征前日に、ルール・トリエンナーレのDie Fremdenを鑑賞して
いる。昨年からトリエンナーレの芸術監督になっているヨハン・シモンズの脚本・演出
作品である。マールという町の元炭鉱の石炭加工工場が会場で、なかなか面白い体験が
できたのだが、その感想は滞っているCT関連記事全てを書き終わってからにしたい。
ロンドン2日間遠征(ロッシーニの『セラミラーデ』とイエスティン君コンサート)の
翌日、ケルンのフィルハーモニーに『インドの女王』を聴きに行った。

c0188818_22352583.jpg

2016年9月7日@Kölner Philharmonie

Johanna Winkel Sopran (Doña Isabel)
Paula Murrihy Sopran (Teculihuatzin)
Ray Chenez Countertenor (Hunahpú)
Jarrett Ott Tenor (Don Pedro de Alvarado)
Thomas Cooley Tenor (Don Pedrarias Dávila)
Christophe Dumaux Countertenor (Ixbalanqué)
Willard White Bariton (Sacerdote Maya)
Maritxell Carrero Schauspielerin
MusicAeterna Choir
MusicAeterna Orchestra
Teodor Currentzis Dirigent

Henry Purcell
The Indian Queen Z 630 (1695)
Semi-Opera in einem Prolog und fünf Akten. Akt 5 (Masque) von Daniel Purcell.
Libretto von John Dryden und Robert Howard
In einer neuen Fassung von Peter Sellars mit vertonten Texten von John Dryden,
Katherine Philips, George Herbert u.a. und Sprechtexten von Rosario Aguilar

パーセルのセミオペラにオリジナルの台詞を加えてピーター・セラーズが翻案・演出した
舞台は、マドリッドで数年前に初演された時ストリーミングを鑑賞した。
インドとは新大陸アメリカのことであり、スペインによって征服された「インド」の女王
の一代記が台詞で語られる。スペイン訛りの英語の語りが最初から最後までメインで
それに音楽が付随しているという感じで、セミオペラの伝統に倣ってか歌はもうほとんど
添物程度であるのと、台詞・オーケストラによる音楽・歌・踊りのような演技のそれぞれが
有機的に結合しているとは言いがたく、パーセル・ファンとしてはストリーミングを見て
かなり不満が残った。

それをまた、なんでケルンまで聴きに行ったのはなぜかというと、クリストフ・デュモーが
出演することと、フィルハーモニーが会場だからあの妙な演技や踊りはないだろうから、
クレさん指揮のムジカエテルナによる音楽が楽しめるだろうという理由である。

しかし、やはり、あのセリフはうざかった。マイクロフォンを通してずっと生で語られる
ため、音楽の流れがぶちぶちとちぎれてしまい、台詞の存在価値が全く見受けられない。
ムジカエテルナにしか出せない、あの極上ピアニッシモにため息をつき、古楽オケにして
は人数編成がやたらと多いのに、クレさん指揮でびしっと統制が取れて、強弱の幅が極端に
広い独特の音楽世界にもっともっと浸りたかった。
オーケストラによる音楽は甘美で、典雅で、クレさんとムジカエテルナの白眉と言える。

クレさんの好みであろう配置でソロ歌手は主にオケの後ろに立って歌う。時たま前面に出て
歌うこともあったが、数えるほどである。
そして、デュモー選手のソロ部分がとにかく少なすぎたのにがっかり。CTパートはもう一人
のCTレイ君が歌う部分が多く、それがまた難がありすぎて隔靴掻痒。

c0188818_2322234.jpg

この晩のハイライトは、デュモー選手の歌ったMusic for a whileである。
最前列中央に座った私の目の前で、選手が奇妙な踊りをしながら、しかし力強く芯がしっか
りした発声と、びしっと締まってよく通る声で歌われると、歓喜の頂点に達する。
この歌にはもともと思い入れがあるのだが、彼の男性的な歌唱によるドロップ、ドロップ、
ドロップで涙がこぼれそうになるのだった。これが、そして選手の声で聴きたかったのだ。

その日は9月だというのに猛暑で30度近くなり、そのためか会場は冷房が効きすぎ、寒くて
寒くていたたまれなくなり、頭の中ではずっと、コールド・ソングが鳴り響いていた。
冷房装置でそういう効果を出すとは意外である。脳内だけでなく、デュモー選手が実際に
歌ってくれたらよかったのに、と不満が残った。

しかし、終演後の出待ちで選手に会え、知りたかったことを質問して、それに選手は全部
答えてくれるというメイン・イヴェントがあった。ケルンまで行った甲斐があるというもの
である。
[PR]
# by didoregina | 2016-09-23 23:13 | カウンターテナー | Comments(6)

 プロムス・コンサートでイエスティン君のレパートリー拡大

9月5日のカドガン・ホールでのプロムス・コンサートにイエスティン・デイヴィスが
出演すると知ったのは、3月頃だったと思う。プロムスに参戦したことはないのでチケッ
トの取り方等を、事情に詳しい方から教えていただいていたのだが、一般チケット売り
出し当日に参戦し忘れるという失策を演じた。そして、ほぼ発売開始と同時に売り切れ
となった。
当日券が必ず出るから並べばいい、それとも当日が近づけばリターンが出てくるに違い
ないと思いおっとり構えていた。
c0188818_1820249.jpg

ところが有難いことに1か月前にザルツブルクで会ったイエスティン君から、家族用の
招待券を一枚貰えることになった。奥様(その時はまだ婚約者)はお仕事のためコンサ
ートには行けないから余ってる、という理由で。もう一枚はお父様の分で、だから彼の
お父様の隣の席で聴くという光栄を担うことになったのだった。

しかし、当日チケットの受け取りに少々行き違いが生じ、ハラハラさせられた。
イエスティン君の名前でお取り置き、ということだったのが、多分エージェントが気を
利かせてお父様の名前でチケット2枚入りの封筒を取り置いていたため、うろ覚えのお父
様のお顔を開演前でごった返すホールで探すことに。お父様は封筒を開けて、あ、2枚
入ってるとさぞびっくりされたことだろう。双方で会場をウロウロすることになった。
しかし、やはり日本人を見つける方が楽なようで、向こうから探しに来てくださり、
目出度く座席に着くことができた。

c0188818_18301242.jpg


このコンサートは、BBCプロムスのランチコンサートの一環で、ラジオ放送された。
オンデマンドでまだ聴くことが可能なので、ぜひ。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b07sxdfp

Purcell (arr. Britten): Sound the trumpet; Lost is my quiet; Music for a while;
If music be the food of love; No, resistance is but vain; Celemene, pray tell me
Mendelssohn: Ich wollt' meine Lieb' ergösse sich; Scheidend; Neue Liebe; Sonntagsmorgen; Das Ährenfeld; Lied aus 'Ruy Blas'
Quilter: It was a lover and his lass; Music, when soft voices die; Drink to me
only with thine eyes; Love's philosophy; Love calls through the summer night

Carolyn Sampson (soprano)
Iestyn Davies (countertenor)
Joseph Middleton (piano)

2016年9月5日@Cadogan Hall

当初、作曲家以外の情報がなかったので、どういう曲目構成のコンサートになるのか当日
まで分からなかった。
ブリテンのアレンジしたパーセルの曲は、イエスティン君のリサイタルでは定番であるか
ら、Music for a whileなどは何度も生で聴いている。しかし、今回は、カロリン・サンプ
ソンとの共演なので、曲目は彼女とのデュエットやそれぞれのソロになっている。
最初の2曲はデュエットで、その後交互にソロを歌い、またデュエットそして掛け合いと
いう構成だった。
歌唱スタイルが似ている二人の歌うパーセルの曲のデュエットは悪くない。しかし、毎曲
ごとに聴衆から拍手が出て、コンサートの流れが滞るのが少々難であった。

Music for a whileは、拙ブログの名前にしているほど好きな曲である。しかし、モダン・
ピアノ伴奏のブリテンによるアレンジはそれほど好きではない、というのが本音である。
しかるに、今回のジョゼフ・ミドルトンによるピアノ伴奏は、今までの誰の伴奏よりも
色彩感とリズム感が卓越していて、情熱と洒脱さに溢れ、いつも聴きなれた曲があっと
驚くほど新鮮に響くのだった。ブリテンのアレンジで内に籠った暗さのはけ口が見えない
ようなイメージが今までは付き纏ったのが、曇りがなく軽快で若々しく明るい曲になって
いて、特に「ドロップ、ドロップ、ドロップ」のピアノと歌唱の掛け合い部分では、まさに
目から鱗がぽろぽろと落ちていくような気分になった。
このピアニストの音には天性の澄んだ明るさがあり、歌手へ寄り添う部分と自分の音楽性
を自由奔放に発揮するバランス感覚にも優れ、こういう伴奏者はなかなか得難い。

c0188818_1925481.jpg


メンデルスゾーンの歌曲をイエスティン君が歌うのを聴くのは初めてである。
バッハやシューマンなどで彼のドイツ語のディクションがなかなかいいことは知っていた。
しかし、カウンターテナーがドイツ語のリートを歌うというコンサートはなかなか珍しい。
そこはかとない憂いをしみじみと聴かせるという点で、メンデルスゾーンの歌曲もパーセル
やダウランドとも比肩しうるということを知ったのはこのコンサートのおかげである。
デュエットも、サンプソンとイエスティン君の声がきれいに溶け合い、新境地の発見だ。
さすがに元合唱団出身だけあって、アンサンブルでの声を合わせることの加減をよくよく
耳で熟知している彼の面目躍如とも言えよう。

また、ロジャー・クィルターという作曲家の名前も曲も聴くのも今回が初めてだった。
今回の5曲は、シェイクスピア、シェリー、ベン・ジョンソン、ベネットの詩に1905年
から1940年の間に曲を付けたもの。エリザベス朝時代のメランコリーとは少々異なるが
やはりどことなく陰影の濃さが感じられるのは、2つの大戦の影に脅かされた時代のせい
だろうか。ノスタルジックな曲調と、真摯な歌唱スタイルが上手く融合して胸に迫る。

1時間のランチ・コンサートでありながら、ソロとデュエットを交え、英語とドイツ語の
しかもレアな曲を集めて、中身の濃さは他になかなかないほどの充実度であった。
こうして、イエスティン君のレパートリーとCTの声の可能性が広がったと実感できたの
だった。
このコンサートで歌った曲を今週レコーディングしているようで、新譜発売が楽しみだ。
[PR]
# by didoregina | 2016-09-20 19:30 | イエスティン・デイヴィス | Comments(0)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

指揮者もイギリス人だしソ..
by レイネ at 19:12
まあ、オランダのバッハ協..
by ロンドンの椿姫 at 08:12
コンサート形式でこれほど..
by レイネ at 16:58
素晴らしいコンサートでし..
by ロンドンの椿姫 at 05:30
Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49

以前の記事

2018年 04月
2018年 03月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 08月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧