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Son of Saul  『サウルの息子』

2015年のベスト映画として各紙・誌および映画評論家・愛好家から絶賛の話題作だ。
昨年なぜか見逃したのだが、昨夜リュミエールで一回こっきりアンコール上映された。
(マーストリヒト大学Studium Generaleと提携、国際ホロコースト記念日の一環として)

c0188818_2014398.jpgDirected byLászló Nemes
Produced byGábor Sipos Gábor Rajna
Written by László Nemes Clara Royer
StarringGéza Röhrig
Music byLászló Melis
CinematographyMátyás Erdély
Edited byMatthieu Taponier
Production
Hungarian National Film Fund
Laokoon Film Arts
Laokoon Filmgroup
Distributed byMozinet
Release dates 15 May 2015 (Cannes) 
CountryHungary
LanguageHungarian Yiddish German



ホロコーストをテーマとした映画は、戦後70年以上経った今も毎年のように作られている。
鑑賞後数日間は心も頭もそのことで占められて重く暗くなるのが私の場合通常で、考えさせ
られることが多く観たことを悔いることはなく人にも鑑賞を勧めるものであるが、正直なところ、
どれももう一度観たいとは思わない。

この映画の素晴らしい点・新しい点は、ひたすらダイレクトに主人公の視点と心情に沿って
淡々と収容所の過酷な日常を見せることに終始し、しかもそれがスリルに満ち満ち、展開に
予想がつかないため、2時間がアッという間であった。
題名の『サウルの息子』というのは、観る前は単に比ゆ的な意味で、聖書からの引用が
背景の文学的な意味合いなのだろうな、と思っていた。しかし、まさにそのものズパリ、
主人公の名がサウルで、その「息子」を人間らしく弔い埋葬したいという一途な思いと行動を
描く映画なのだった。

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ユダヤ人のサウルは、毎日次々と収容所に送られてくる同胞であるユダヤ人たちをガス室に
送り、死体をごみのように処理するという過酷な労働を科されている。機械的に冷徹に重い
業務を果たすことでガス室送りを先延ばしにされているのだ。凍り付いたようなサウルの表情
から感情は全く読み取れない。少しでも長く生き延びるるために感情を抹殺してしまっている。
ある日、清掃の最中、ガス室を奇跡的に生き延びた少年を見つける。しかし、少年は収容所
の医師によってすぐに命を絶たれ、死体解剖の材料とされる。その少年を見たサウルは、
哀れさに胸を突かれ彼を自分の「息子」だと信じて、おもちゃのように解剖されごみのように
捨てられることから救おうとするのである。収容所での非人間的な労働のために氷と化していた
サウルの心が溶け、人間の尊厳を守らねばという気持ちに変わったのだ。
ユダヤ教のラビが祈り司る埋葬を行うため、決死のミッションを行う。

収容所でのユダヤ人特殊部隊はArbeit macht freiのスローガンの地を行くかのように、心身
ともに過酷な労働によって日々生き延びてはいるが、実際は「死んでいる」とサウルは言う。
「死んだ」身と心ならば今更失うものはない。せめて自分が殺される前に「息子」を人間らしく
埋葬したいという情熱は、良心の生きていた証しと言えるものだろう。
恐れを知らぬエネルギッシュな行動は、ギリシャ悲劇のアンティゴネを思わせる。それは、人間の
尊厳というものの原点を問い詰め、真摯さが観客に迫る。

決して明るいエンディングではないが、最後にようやくサウルが笑顔を見せるのだった。
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by didoregina | 2016-02-02 21:29 | 映画 | Comments(0)

Woman in Gold

私にとって、この映画のキーワードは、ヘレン・ミレン、クリムト、ウィーン、ホロコースト、
ナチ、シェーンベルクである。

c0188818_18114644.jpgDirected by Simon Curtis
Produced by David M. Thompson Kris Thykier
Written by Alexi Kaye Campbell
Starring
Helen Mirren
Ryan Reynolds
Daniel Brühl
Katie Holmes
Tatiana Maslany
Max Irons
Charles Dance
Elizabeth McGovern
Jonathan Pryce
2015年 イギリス・USA

今年のベルリン映画祭に出品・上演されたこの映画の各紙・誌上での評はさんざんなもので
あった。二つ星からせいぜい三つ星止まり。予告編を見て、ヘレン・ミレンのわざとらしい
ドイツ語なまりの英語には笑えたが、ストーリー自体には興味を覚えた。しかし、本当に見に
行く価値があるのか、他の映画にしたほうがいいかな、と直前まで迷った。前日に、たまたま
家族が住んでいるのでウィーンにしょっちゅう行く知人が、市民大学でホロコースト講座を
聴講しているという話題になって、「それなら、この映画見なくちゃね。わたしは明日見に
行く予定だけど」と言うと、「もう見たよ。」とのことで、彼に背を押された形になった。

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実話に基づくこの映画の焦点は、今はニューヨークのNeue Galerieに常設展示されている
クリムトによるアデーレ・ブロッホ・バウワーの肖像画の法的に正当な保持権利者は誰かと
いう問題である。
ナチによって略奪された絵画の継承権の正当性を主張して、オーストリア当局やウィーンの
ベルデヴェーレ美術館と法廷で争うのが、アデーレの姪であるマリア・アルトマンという
ユダヤ人女性で、演じるのはヘレン・ミレン。50年以上前にナチ占領下のウィーンから辛くも
アメリカに逃れたこの女性は、当時のナチ支配下のウィーンでのアンチ・セミティズムを実
体験していることから、当時の思い出は心に封印してウィーンには戻りたくない気持ちと、
自分の身を救うために捨てざるを得なかった家族への愛と贖罪の気持ちという愛憎がないまぜ
になっている。
老け役だから皺だらけだが、ウィーン出身らしいエレガンスさをアメリカでの一人暮らしでも
失わず光のごとく放つマリアを演じるヘレン・ミレンは、ビッチぶりをひとかけらも見せずに
戦う女で、毎度ながらその巧さに唸らされる。

フラッシュバックで出てくる、華やかなウィーンでの豪奢な生活やパーティー場面が耽美的
である。過去のウィーンの場面にはレトロっぽく着色した絵葉書のような色を乗せている。
主人公が現在住むごちゃごちゃしたロス・アンジェルスとの対比で、それは一層鮮やかだ。

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マリアとペアを組むのは甥である駆け出しの弁護士で、彼は作曲家アルノルト・シェーン
ベルクの孫である。
肖像画の推定価格が驚異的な高額であることに目が眩んで、伯母の手助けしてみようという
気になったのだが、ウィーンで耳や目にするユダヤ人受難の話やホロコースト碑に刻まれて
いる先祖の名前を見て、彼の中のユダヤの血と正義感が目覚める。
そういう流れなので、ハリウッド映画的なスリリングな謎解きと法廷ドラマ仕立てになって、
正義は勝つ!という展開になっているのが、どうもヨーロッパの批評家たちには受けない要素
であると思える。しかし、結末を知らずに見たため予想外の展開が面白かったし、フラッシュ
バックで挿入されるウィーンからの脱出劇などにもハラハラさせられて、楽しめる映画である。

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現代のウィーンの風景が映し出され、クリムトの絵さながらの戦前の華やかな風俗が再現され
ているのだから、ウィーンの絵画や音楽好きには堪らない。

この映画を見たらウィーンに飛び立ちたくなる。
(しかし、ベルヴェデーレ美術館館長は悪役なのに、撮影場所は本物のベルヴェデーレ宮殿内
や庭であるように見受けられる。そうだとしたら、太っ腹である。)
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by didoregina | 2015-06-18 19:17 | 映画 | Comments(0)

コンサート・チケットの「当たり」年

年末ともなると、一年を振り返り、順位や回数などのまとめ記事を書きたくなるものだ。
「当たり年」というキイワードを使って2014年を総括すると、文字通りチケットその他の
プレゼントに「当たった」回数というのが今年はかなり多かったので、それをまとめて
みよう。
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1月27日のコンセルトヘボウでのカリーナ・ゴーヴァンのリサイタルはブログ記事にした。

その前の週からエイントホーフェンのミュージックヘボウで、室内楽のストリオーニ・
フェスティヴァルが開催されていて、1月31日、フェスティヴァル出演アーティストのほぼ
全員登場しての総集編ともいうべきラスト・ナイト・マラソン・コンサートに招待された。
Storioni Night o.a. Hervé Joulain hoorn, Bram van Sambeek fagot,
Nelson Goerner piano, Storioni Trio

Ives – The unanswered question
Dvorák – Strijkkwartet nr 12 ‘Amerikaanse’
Arthur – Farewell song of the deathless voice
Gotschalk – The banjo
Beach – Pastorale
Griffis – Threetone picture
Korngold – Romance impromptu uit Deception
Bloch – Prayer uit Jewish Life
Bartók – Contrasts
Bernstein – Ouverture Candide (versie voor blaaskwintet)
Greenstein – Nieuw werk
Muhly – The only tune
Bernstein – Delen uit Westside Story
Gershwin (arr. Van Klaveren) – Rhapsody in Blue
Saint-Saëns – Havanaise
Brouwer – Werk voor gitaar ntb
Golijov – Lullaby & Doina
Piazzolla – Primavera porteña
Piazzolla – Tango seis
Grande finale (Amerika-medley met muziek
van Irving Berlin, Jerome Kern en Cole Porter)

休憩2回を含む夜7時半から夜中までの長いコンサートで、内容も大変ヴァラエティに富み
いかにもフェスティヴァルの最後の夜を飾るにふさわしいもので楽しかった。(詳しいレ
ビューを書いたが、ブログ投稿に失敗して消えてしまった。。。。)
出演者の中で特に印象に残ったのは、フィンランド人のヴァイオリニストでメゾ・ソプラノ
のVirpi Räisänenというアーティストだ。室内楽でヴァイオリンを弾き、またソロ歌手として
素敵なデザインのコスチュームでモダンダンスを披露しながら現代ものを歌ったりするので、
もう彼女に目が釘付けだった。
↓の動画は2012年のものだが、これと似たパフォーマンスと衣装であった。




6月にはニシン漁が北海で解禁になり、初物は珍重される。それを祝うニシン・パーティと
いうのが各地で開かれるのだが、帽子イヴェントとして参加したことは記事にした。
そこでの私の生牡蠣の食べっぷりのよさが牡蠣屋さんの目に留まったらしく、屋台を出して
いたレストランFLOマーストリヒトから、ウェルカム・ドリンク付き3コース・ディナーと
いうのにあとで招待された。生牡蠣は一般的オランダ人には敬遠されがちなので、パーティー
などで牡蠣が出ていたら、一人勝ち状態である。
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また、8月にはロンジン・グローバル・チャンピオンズ・ツアーという馬術障害競技大会の
フェルドホーフェンでのVIP招待券が当たった。(これブログ記事にした。)

9月には、デン・ボッスのInternational Vocal Competitionという声楽コンクールにBrava
TVから選ばれた視聴者審査員の一人として3日間審査に携わる機会に恵まれた。
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その最中にユトレヒト古楽祭が開催されていて、9月7日の最終コンサートのチケットが当選
した。
ジュージー・トゥートというハンガリア人ソプラノの生の歌声を一度聴いてみたいと思って
いたので、万難を排してコンサートに行った。ジュージーちゃんは4人いるソプラノの一人で、
さほどソロパートがあるわけではないので、誰がどこを歌っているのかイマイチわかりづらい
のだったが、めったに聴く機会のないフックスの『皇帝レクイエム』なるものを生で聴くことが
できて満足だった。

Johann Joseph Fux - Kaiserrequiem

Vox Luminis:
Zsuzsi Tóth, Sara Jäggi, Elke Janssens, Maria Bernius - sopraan / soprano
Barnabás Heygi, Jan Kullmann - alt / alto
Olivier Berten, Robert Buckland - tenor
Matthias Lutze, Lionel Meunier - bas / bass

Scorpio Collectief:
Veronika Skuplik, Stefano Rossi - viool / violin
Johannes Frisch - altviool / tenor violin
Josue Melendez, Frithjof Smith - cornetto, cornetto muto / cornett, cornett muto
Simen van Mechelen, Claire McIntyre - trombone
Carles Cristobal - fagot / bassoon
Matthias Müller - violine
Kris Verhelst - orgel / organ

このコンサート動画がアップされているのでご覧いただきたい。


そのあとはもう軒並みコンサート・チケット当選ラッシュであったが、遠征とかち合って
しまい、自分では一つしか行けなかった。そうなると、行ってくれる人・ふさわしい人を
探すのに躍起になる。

デン・ハーグでのPJとナタリー姐のコンサートとかち合ってしまったのが、ロッテルダムの
ゲルギエフ・フェスティヴァルの「革命」と題された9月14日のコンサートで、ゲルギー
指揮マリンスキー劇場オケ、ソリストはデノケである。プログラム内容は以下の通り。
代わりに行ってくれた人たちは非常に感動していた。

Orkest van het Mariinsky Theater
dirigent Valery Gergiev
sopraan Angela Denoke
Falla Danza ritual del fuego uit 'El amor brujo'
Strauss Symphonische Fantasie aus 'Die Frau ohne Schatten'
Berg Drei Bruchstücke aus 'Wozzeck'
Sjostakovitsj Twaalfde symfonie 'Het jaar 1917'
Ljadov Uit de Apocalyps

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10月4日のロンドンでの『ポッペアの戴冠』と同じ日にあったデン・ハーグでのイレーネ・
テオリンがソリストのスウェーデン王立歌劇場オーケストラのコンサートにはハーグ在住の
友人に代わりに行ってもらった。

Wagner Tristan und Isolde: Vorspiel & Liebestod
Van Gilse Thijl Treurmuziek
Wagner / de Vlieger The Ring, an Orchestral Adventure

Royal Swedish Opera Orchestra
Lawrence Renes - dirigent
Iréne Theorin- sopraan

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11月の『イドメネオ』および『エレクトラ』遠征には、コンセルトヘボウでのアンジェラ・
ゲオルギューのリサイタルがかち合ったのだが、丁度日本からアムスとロンドンに遠征に
来ていたリュドミラさんに譲ることができた。「アンジェラのコンセルトヘボウでのコン
サート・チケットが当選したからには、くじ運の強さも本物」と友人たちから言われたものだ。
コンサートの内容に関してはリュドミラさんのブログ記事を参照されたい。(11月25日)

Angela Gheorghiu (sopraan)
Marius Vlad Budoiu (tenor)
Het Gelders Orkest
Tiberiu Soare (dirigent)

Saint-Saëns - Bacchanale (uit 'Samson et Dalila', op. 47)
Puccini - Tu, che di gel sei cinta (uit 'Turandot')
Mascagni - Suzel, buon dì (uit 'L'amico Fritz')
Leoncavallo - Vesti la giubba (uit 'Pagliacci')
Bizet - Entr'acte (uit 'Carmen')
Verdi - Ave Maria (uit 'Otello')
Verdi - Dio, mi potevi scagliar (uit 'Otello')
Verdi - Già nella notte densa (uit 'Otello')
Dvořák - Slavische dans in C (uit 'Slavische dansen', op. 46)
Cilea - Ecco, respiro appena (uit 'Adriana Lecouvreur')
Cilea - Ma, dunque, è vero? (uit 'Adriana Lecouvreur')
Wagner - In fernem Land, unnahbar euren Schritten (uit 'Lohengrin')
Tsjaikovski - Polonaise (uit 'Jevgeni Onegin', op. 24)
Lehár - Dein ist mein ganzes Herz (uit 'Das Land des Lächelns')
Catalani - Ebben? Ne andrò lontana (uit 'La Wally')
Puccini - O soave fanciulla (uit 'La bohème')

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そして、12月のロンドン遠征から帰った足でそのまま、ドイツのドゥイスブルク歌劇場
から招待された『ウエルテル初日』を鑑賞しに行ったことは、先日ブログに書いた。
偶然だが、チケット・プレゼント当選は、遠征と連動しているかのような法則性が見られる。
不思議だ。

たぶん、今年最後のプレゼント当選は、Het Nieuwe Rijksmuseum (邦題『みんなのアム
ステルダム国立美術館へ』)公開記念として、配給元からフィルムハウス・リュミエールに
贈られた、アムステルダム国立美術館とプレイモービルのコラボ限定版「牛乳を注ぐ女』の
フィギュアである。これはクリスマス・プレゼントとしてきれいにラッピングされていたので
うれしさもひとしおであった。ラッピング・ペーパーには12月公開の日本映画『2つ目の窓』
ポスターが使われ、カードは現在映画博物館EYEでリバイバル上映されている『風と共に去り
ぬ』でしかもカードにはなんと日本語で「おめでとうございます」と書いてあった!
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プレゼント当選のコツとしては、応募の際、必ず1、2行、担当者の心に響くコメントを書く
こと。これに尽きる。大概は、「応募の動機」もしくは「誰と一緒に行きたいか」を書く
ことになっているが、そうでなくて「先着順」とか「抽選」と謳っている場合でも、実際は、
気の利いたコメントを書いたことが当選の理由なのは、担当者からの返事やその後のやりとり
から明らかである。
中学生時代、ラジオの深夜放送などにリクエストはがきをよく出していて、当時それが
読まれたりプレゼントに当選したりしたことがよくあった。あれと全く同じコツが現在の
プレゼント必勝法にも当てはまるのである。
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by didoregina | 2014-12-30 20:05 | コンサート | Comments(8)

Around the world in 50 concerts RCOの世界ツアー、ドキュメンタリー映画

c0188818_22202022.jpg監督 Heddy Honigmann
2014年 オランダ




















ロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラ(RCO)が2013年に行った創立125周年
記念世界ツアーのドキュメンタリー映画。
オランダ語原題は Om de wereld in 50 concertenで、2014年アムステルダム国際
ドキュメンタリー映画祭参加作品として、11月下旬に映画祭で公開されたばかり。
話題性は高かったのだが、12月初旬の底冷えする冬の日のリュミエールの観客は
わずか5名!

RCOの創立125周年を祝うTV特番は、昨年いくつかあり、5週連続でドキュ・ソープ
まで放映された。だから、このドキュメンタリー映画もそのTVドキュと似たもしくは
重複する内容なのではないか、という危惧を少々抱いたのだが、映画の方はコンセプトも
切り口もアプローチも全く異なるものであった。

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まず、団員の何人かにスポットを当てて、その楽器との関わりや音楽に関する個人的思い
などをインタビューで語らせているのだが、不特定多数の視聴者を対象としたTV番組とは
異なり、芸術家である音楽家へのアプローチというコンセプトがはっきり感じられる。
また、日常から離れたコンサート・ツアーという特殊な場面であるから、音楽についての
語り口がストレートで、視点がぶれずに腰が据わった内容となっている。
だから、楽器や音楽、コンサートの思い出話にしろ、味わい深い。

それから、マエストロ、マリス・ヤンソンスの指揮姿や練習風景も登場するのは、TVドキュ
でも同様だが、ドキュ映画の方では、マエストロらしさを前面に押し出したいわばヒーロー
的描写が中心で、誕生日だのホテル予約だのという舞台裏の下世話な話題は出てこない。

しかし、なんといってもこのドキュメンタリー映画は、単にツアーに同行して映像を繋げた
というわけでは全くなく、時間をかけてリサーチした結果の作品であることは明らかで、
特に世界各地の音楽ファンの「人間ドラマ」が浮き彫りになっている点が目新しい。

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ブエノスアイレスのタクシー運転手は、毎日12時間車を走らせているが、茫漠たる砂漠の
ような大都市での孤独感を埋めるため自分の世界を車の中に作り出す。すなわち、車中で
ずっとクラシック音楽を流して聴くのだ。乗客は、いわば、運転手の確固たる小宇宙にそれ
と知らずに入り否応なしに取り込まれる。それはまたとりもなおさず、運転手にとって
自己存在というものが希薄になって拡散しまうことを防ぐための方策であるらしい。

また、南アフリカ、ソヴェトに住む黒人たちが絶え間なく続く不安と危険と蔑視に満ちた
生活環境を一時でも忘れるため音楽の力で乗り切る、という姿を説得力溢れる映像と語り
で見せてくれる。

それら一つ一つはまったく別々のエピソードで、断片的描写であるにもかかわらず、
それぞれが有機的に繋がっているように思える構成である。
中ほどでコントラバス奏者がショスタコーヴィチの交響曲10番について語る場面が、
映画での最終ツアー地でのエピソードへの導入となっていることが最後にわかるのである。

ザンクトペトルスブルクの小さなアパートに住むユダヤ人男性の語り。
スターリン時代の粛清と僻地の収容所への隔離、そしてヒットラー時代には強制収容所に
入れられ、人生の大半をほとんど絶望的かつ生存不可能と思える状況におかれた彼が、
音楽を心の頼りに生きてきて、コンセルトヘボウ・オーケストラのコンサートに来る。
その彼が最後に見せる横顔に、このドキュメンタリーの真髄が表れている。

ラストでは、映画館の客席から思わず拍手がもれた。私以外全員が拍手していた。
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by didoregina | 2014-12-04 23:20 | 映画 | Comments(10)

A Most Wanted Man (誰よりも狙われた男) アントン・コービンの新作映画!

アントン・コービン (オランダ人。オランダ語発音に従えばコルバイン表記の方が妥当だろう
が国際的に活躍しているので、英語っぽい慣例に従ったカタカナ表記で)の新作映画ならば
見逃せない。しかも、原作はジョン・ル・カレで、主演はフィリップ・シーモア・ホフマン
と3拍子揃っているから、期待はいやましに高まった。

c0188818_1754839.jpgDirected by Anton Corbijn
Screenplay by Andrew Bovell
Based on A Most Wanted Man by John le Carré

Philip Seymour Hoffman as Günther Bachmann
Rachel McAdams as Annabel Richter
Willem Dafoe as Tommy Brue
Robin Wright as Martha Sullivan
Grigoriy Dobrygin as Issa Karpov
Derya Alabora as Leyla
Daniel Brühl as Max
Nina Hoss as Erna Frey
Herbert Grönemeyer as Michael Axelrod
Martin Wuttke as Erhardt
Kostja Ullmann as Rasheed
Homayoun Ershadi as Dr. Faisal Abdullah
Mehdi Dehbi as Jamal Abdullah
Vicky Krieps as Niki
Rainer Bock as Dieter Mohr

Music by Herbert Grönemeyer
Cinematography Benoit Delhomme
Edited by Claire Simpson
2014年 イギリス

英・蘭での封切直後の各紙・誌の評がかなり分かれているのに、おやっと思った。
ガーディアン誌では評者によって全く異なる星数の複数のレビューが出ているし、NRC誌の
評も微妙である。新聞・雑誌によって、5つ星から3つ星まで様々なのだ。
そういう場合、わたしにとって吉と出るか凶と出るか。少しだけ戦々恐々となった。
いや、武者震いと言ったほうがいいかもしれない。
いざ、リュミエールへ出陣!

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コービンの前作The American (邦題「ラスト・ターゲット)では、いかにも本職の写真家
らしい凝りに凝った映像の作り、反耽美的とでも称すべき独特の風景描写を堪能したものだ。
コービンらしい美意識に溢れてただひたすらカッコよさを追求しました、とでもいう感じで、
ストーリー展開と主人公の心理描写はまあまあいいのだが、ラストのあっけなさには釈然と
しなかった。(小説が原作という制約もあるが。)
今回は、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレの原作に基づいているから、数年前のやはりル・
カレ原作の傑作映画Tinker Taylor Sodier Spy (邦題「裏切りのサーカス」)とどうしても
比較してしまう。

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911テロでジハードの脅威で世界の平和意識が覆った後のハンブルクが舞台で、現代のアク
チュアルな時事問題に直結している。ドイツのほとんど非公認秘密諜報機関で冷や飯を食わせ
られているグンター(フィリップ・シーモア・ホフマン)がさる筋から得た情報を元に追い詰め
るのは、チェチェンとロシアのハーフでイスラム原理主義テロリストのイッサだ。
ロシアからもアメリカからも危険人物として目を付けられたA Most Wanted Man (邦題
「誰よりも狙われた男」)である。

そのイッサというのが、痩せてダークな陰が魅力であり、いじめられっ子のようにおどおど
として非力に見え、守って助けてあげたいという気持ちにさせる。実際、危険なテロリストに
こういうタイプもいるんだろうが、その辺の人物の性格付けがうまい。
ロシア人俳優グリゴリー・ドブリジンが演じているのだが、この俳優、ベン・ウィショーと
タハール・ラヒムを足して二で割ったような感じだから、わたしの胸がキュンとなったのも故
なきこととは言えまい。

イッサは、ロシア人大物軍人がチェチェン人の少女に産ませた子で、15歳だった母はイッサの
出産直後に亡くなっている。汚職軍人だった父を憎んでいるが、父の手紙を手に危険を冒して
ハンブルクに不法潜入してきたのだ。

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追われてどこにも居場所のないイッサを匿い、亡命申請の補助をする左翼系ドイツ人弁護士
アナベルは金髪の若い女性である。正義感溢れる彼女は次第にイッサの魅力に惹かれていく。
このプロセスはたぶん多くの女性観客の目や感情と一致するのではないだろうか。だから、
ストーリーに真実味を与えている。しかし、彼女は本当にイッサを助けようとしているのか、
それとも。。。スパイものには裏切りはお約束だし、特に美人というところが怪しい。
そういう点でハラハラさせ、疑わせるところも秀逸である。

ジハード系テロには、巨額の資金を援助・供給しているところがあるのも当然で、そのルート
もグンターらは探っている。
汚れた闇の金ロンダリング専門だった銀行の頭取役ブルーがウィレム・デフォーで、こいつも
いかにも悪そうな顔つきだが、あまりに悪役然とした奴ほどこういう映画では心に清いものが
あったりするものである。正と悪は、007映画では確然と判断がつくが、それほど単純に一筋縄
でいかないこの映画はハラハラどきどきさせる。

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そういうわけで、イスラムのテロ組織、CIA、ロシア諜報部、ドイツ諜報部すべてから狙わ
れているイッサを泳がせて大物を捕獲する、というのがグンターの取った手段なのだが。。。
グンター役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、これが最後の映画出演となったのだが、
彼の魅力が初めて理解できた。太って汗をかきかき歩くのも大儀そうだし、たばこも離せず、
外見は不健康で、いかにもドイツ政府からほとんど未公認の諜報組織のしがないスパイなのに、
部下から絶大な信頼を得ているし、意外な筋との重要なコネクトも持つ。

新聞での評価が低い理由に、すぐに誰が裏切者なのかわかってしまうからスリルに乏しい、と
いうのがあった。あれこれと考えつつ、しかし映画の面白い展開に乗せられたわたしには、
ラストシーンまで裏切者はわからなかった。
ハラハラ度と胸キュン度は最高潮に達したのだった。

映画館から外に出たら、外の景色がいつもと違って見えた。
ほぼ毎週映画は見ているが、こういう気分になる映画を鑑賞したのは久しぶりだ。
そのことからもこの映画の素晴らしさが確証できる。太鼓判を押したい。
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by didoregina | 2014-09-25 18:43 | 映画 | Comments(2)

Tom à la ferme グザヴィエ・ドラン監督・主演新作映画!

c0188818_184020.jpgDirected by Xavier Dolan

Produced by Xavier Dolan
Nathanaël Karmitz
Charles Gillibert

Screenplay by Xavier Dolan
Michel Marc Bouchard

Based on Tom at the Farm
by Michel Marc Bouchard

Starring
Xavier Dolan as Tom
Pierre-Yves Cardinal as Francis
Lise Roy as Agathe
Evelyne Brochu as Sara

Music by Gabriel Yared

Cinematography André Turpin

Editing by Xavier Dolan

2013 Canada France


先月25歳になったばかりのグザヴィエ・ドランが監督した長編映画としては4作目の作品。
そして、上記クレジットをご覧いただくとわかるように、撮影以外(本人が主演なので撮影
まで自分ですることは不可能だ)は、例のごとく彼が主担当である。
彼の作品というだけで、絶対に見逃すわけにはいかない!と意気込んでいたのだが、オランダ
国内での一般新聞および映画紙・誌での評は大絶賛ではなく、星も3つか4つ止まりである。
期待外れだったのだろうか。
どうやら、今までとはちょっとトーンが異なって、あからさまにヒッチコック風なのが、
批評家からちょっと引かれてしまった理由のひとつのようだ。

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                   長めの金髪でイメチェンしたトム役のドラン。


モントリオールでコピーライターとして働くトムは、亡くなった恋人ギョームの葬儀に出る
ため、その実家である田舎の農場に行く。
息子の若すぎる死を嘆き悲しむ母親はギョームが同性愛者だったとは夢にも思わない。ギョ
ームの兄フランシスは暴力と恐怖で他人を支配するサイコパスだ。
閉鎖的な田舎のコミュニティから疎外されている彼らの農場に脅され捕えこまれたトムは、
次第にストックホルム・シンドローム的心理に陥り、そこから逃げ出そうともしなくなる。

サイコ・スリラー映画になっているため、『サイコ』や『北北西に進路を取れ』の有名な
シーンのレファレンスというかパクリ映像みたいなシーンが今までのドラン監督らしくなく、
そこが一部の批評家にはお気に召さなかったようだ。わたしは、映画論講義の見本に使える
ほどそのものズパリのレファレンスに笑えてしまったが。

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フランシスは粗野で暴力的。次第に従順になってしまうトム。


20歳になるかならないかで長編映画監督デビューし、次々と作品を製作し、卓越した美意識を
持ち、年齢に似つかわしくないほど深い洞察力と冷静さで人間心理を描く彼の作品には、いつも
驚嘆させられた。
洞察力に優れ人間の心の綾をウィットに描き出す術に長けているという点で、夭折の天才作家
レイモン・ラディゲをほうふつとさせるのだ。

ドラン監督の一連の映画は同性愛や性同一性に関わる問題をテーマにした作品だったので、
すでにメッセージは出し尽くしたというところなのだろうか。今回の作品は今までよりも短め
であり、スリラーの形式をとっているため、語りがちょっとだけ説明不足という点が弱いと
言えば言えよう。
かえって、新機軸でいつものメッセージを打ち出したという点を評価したい。そして、やはり、
彼の作品は見逃すべきではない。
観賞後は心地よいインパクトに打ちのめされ、深い思いに囚われた。
グザヴィエ・ドランは、彼と同時代に生きて最新作を見ることのできる幸せを感じさせ、今後の
動向が気になるという稀な映画監督だ。


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                     とにかくスイートでキュートなドラン!                


監督のみならず、俳優としてのカリスマ性があり、自然な演技の素晴らしさ、表情での表現の
巧みさにも毎度唖然となる。
ただし、毎回、音楽だけちょっとなあと思ってしまうので、ニコ・マーリー(The Reader
『愛を読む人』サウンド・トラック担当の若手作曲家)とコラボして貰えたら、鬼に金棒である。
それがわたしの夢である。
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by didoregina | 2014-04-27 12:10 | 映画 | Comments(6)

Miele  現代イタリアの「死の天使」

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Directed by   Valeria Golino
Produced by   Valeria Golino
Written by   Angela Del Fabbro  Valeria Golino
Cinematography   Gergely Pohárnok
Cast
Jasmine Trinca as Irene/Miele
Carlo Cecchi as Carlo Grimaldi
Libero De Rienzo as Rocco
Vinicio Marchioni as Stefano
Iaia Forte as Clelia
Roberto De Francesco as Filippo
Barbara Ronchi as Sandra
Massimiliano Iacolucci as Irene's father
Claudio Guain as Ennio
Valeria Bilello as Irene's mother

2013   Italy




3月からのオランダ劇場公開に先駆けて、Movies that matterという団体主催の上映会で
先週、この映画を観た。
安楽死(尊厳死)をテーマにした作品であるし、英語字幕(原語はイタリア語)での一回限りの
先行上映だから、医学部学生をはじめとする若い観客が集まるかと思ったら、会場はガラガラ
だった。上映会後にディスカッションとかあるのかと思ったらそれもなかった。

ミエルというコードネームの30歳くらいの女の子イレーネが「死の天使」の役割で、イタリアでは
非合法の安楽死(尊厳死)を行う。顧客は大学病院に勤める友人から紹介され、イタリア各地に
赴いて、死だけを望んで生きながらえている末期患者に手を下す。
メキシコに遠征して手に入れた、犬の安楽死用経口薬を与えるという方法なのだが、彼女なりの
倫理観原則に基づいて儀式的かつクールな仕方で死への道案内をするのだ。

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一見ビジネスライクに冷静に処理しているように見えながら、安楽死に手を貸したあと、ミエルは
必ず肉体的・精神的に塗炭の苦しみに襲われる。まるで死神との取引によって、彼女の寿命が
その都度、削り取られていくかのように。
そんな辛い思いをして、しかもかなりやばい橋を渡ってまで他人の安楽死に協力するという彼女の
使命感や原動力はどこから来ているのだろう。大金の報酬という金銭的理由が第一とは思えない。
父親や友人やBFにも本心を絶対に見せない彼女の心の闇。それは、ほとんど最小限にほんの少し
しか示唆されないので、映像から想像するほかない。
10年前に亡くなったという母親の若いころのイメージが時たま映像に挿入されるから、何かそこに
関係があるのだろうと。


オランダではEU内では真っ先に医師による安楽死(尊厳死)が合法化されたが、様々な条件と
手順が必要で、簡便に日常的に実現できるというものではもちろんない。外国人や部外者には
合法ドラッグを手に入れるのと同じようなノリでオランダならば安楽死も楽に行うことができるん
じゃないか、と想像する人も多いようだが、単に死にたいとか死なせて楽にしてやりたいとかの
理由ではだめだ。
病気などの末期症状で耐え難い痛みのため人間らしい生活が送ることが不可能とか、植物状態
になったきり改善の見込みが今後ありえないとかの理由で、本人や家族が強く望み承諾することが
最低限必要である。

逆にいうと、イタリアではそういう切羽詰まった場合でも安楽死は法的には認められないから、
闇の死の商人や死の天使が暗躍しているのだろう、と想像させる。

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そんなミエルに、末期患者ではないカルロという老人からの依頼が来る。彼は身体は健康その
もので年よりずっと若々しく見えるが、厭世的というか少々鬱気味で人生に倦んでいるのである。
しかし、そういう人に安楽死をさせる、ということはミエルの職業(?)倫理観からは外れるので、
断固拒否をするのだが。。。。
カルロとの出会いから、彼女は自分を見つめ直すことになり、カルロのことを心配するあまりに、
何度も会っているうちに人生の先輩カルロを通じて、迷路に入り込んで失っていた自分自身や
人生の明部を取り戻していく。

そして、これがイタリア映画らしいなあ、と思った点なのだが、この映画はオープンエンドにはなって
いず、しっかりとしたまとめみたいな結末があるのであった。
このところフランス映画ばかり見ていて、どれもが曖昧なオープンのエンディングばかりなので、
この映画はその点でも新鮮であった。
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by didoregina | 2014-02-24 09:59 | 映画 | Comments(0)

Only lovers left alive ジャームッシュの新作にティルダ!

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Director: Jim Jarmusch
Producer: Reinhard Brunding Jeremy Thomas
Scenario: Jim Jarmusch
Cast
Adam: Tom Hiddleston
Eve: Tilda Swinton
Ava: Mia Wasikowska
Marlowe: John Hurt
Ian: Anton Yelchin
Dr. Watson: Jeffrey Wright
Photography: Yorick Le Saux
Edito:r Affonso Gonçalves
Production design: Marco Bittner Rosser
Music: Jozef van Wissem
2013年 アメリカ







ジム・ジャームッシュの映画を見るのは、ほとんど10年ぶり。
初期の作品、『ダウン・バイ・ロー』や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は大好きだった。
その彼の新作に、贔屓のティルダ・スウィントンが出演するのだから、期待値は高い。

いかにものジャームッシュらしさは、スローなテンポのストーリー展開、人がよくて憎めない
登場人物たちのとろとろとした噛み合わないような会話、そして、アメリカの都市の町並みの
荒れようをリリカルに映しだすカメラワーク、シネフィルらしいレフェレンスなどに健在で、
懐かしささえ覚えた。
主演の二人の格好は、70年代終わりから80年代始めのアメリカのニューウェーブ歌手みたいで
最高にクールでカッコよさ抜群である。

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        ちょっとゴシックが入ってるアメリカのパンクっぽいアダム

アダムとイヴは吸血鬼で、21世紀のデトロイトとタンジェで細々と生きている。
人生に飽き倦んでいるのだが、死への積極的渇望もない。

アダムは、レトロ趣味の機械と音楽オタクである。その彼を物心両面で助けるのが、気のいい
イアンとワトソン博士の二人で、彼らとのぎこちない会話のやりとりが、『ストレンジャー・
ザン・パラダイス』を思い出させて、見る方は嬉しさにニンマリしてしまう。

現在に生きる吸血鬼アダムは、人を襲って生き血を吸う代わりに、病院で懇意の医者にわい
ろを渡して新鮮かつ汚れのない血を分けてもらうのである。
アダムは、ファウスト博士という名札を付けて医者に扮装して病院に紛れ込むのだが、彼に
生き血を世話する医者のワトソン博士は、彼のことをドクター・ストレンジラブとか、カリ
ガリ博士とか呼ぶのが、ジャームッシュの得意技で、名画へのオマージュとなっていてほの
ぼの気分になる。

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            タンジェに住むイヴは、マーロウから生き血を分けてもらう。


一方、イヴは、なぜかモロッコのタンジェに住んでいて、同じ吸血鬼仲間のマーロウから生き
血を分けてもらっている。イブは、幾世期にもわたる暇にかこつけて古今東西の文学を読み
まくるビブリオフィルである。アイドルの写真やポスターならぬ、文学者の写真が壁一面に
貼ってある。彼女は、何語の本でも読めるのだ。

夢の中でアダムとイヴは交感しあう。呼ばれてイブはデトロイトに飛ぶ。その航空会社の
名前はエア・リュミエールというのも、いかにもジャームッシュの付けそうな名前である。

デトロイトでの二人に、イブの妹であるエイヴァ(ミアちゃん)が加わると、ようやく事件が
起こる。そこに至るまでのテンポが異常に悠長、というのが多くの人の意見なのだが、ポエ
ティックかつクールな映像の積み重ねでゆっくり進むのが、わたしは嫌いではなかった。
ミアちゃん扮するエイヴァは、こらえ性のない現代娘そのもので、家族でも考え方と生活態度が
異なるとジェネレーションギャップの旋風を巻き起こす、という小津映画に見られるパターンを
ジャームッシュはここでも踏襲していて、エイヴァの存在がアダムとイヴの生活を根本から
脅かすことになるのだった。

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               血のアイスバーを舐めるティルダの表情のキュートさ!


最後には、二人でタンジェに逃避するのだが、なぜ、タンジェなのかというのが、終わりごろ
にわかるのもご愛嬌。

ティルダはわたしと同い年ということも贔屓の理由の一つなのだが、いつまでも宇宙人のよ
うに美しく、クールかつキュートなミューズだ。彼女の出演する映画にはハズレが少ない。

音楽担当は、アメリカで活躍するオランダ人作曲家のヨゼフ・ファン・ウィッセムで、先週
土曜のリュミエールでのプレミエでは彼によるライブコンサートが上映前にあるというので、
興味津々。行きたかったのだが、別のアポがあって行けなかったのが残念だった。
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by didoregina | 2014-02-16 10:33 | 映画 | Comments(3)

Violette   お洒落かつ重い佳作に、意外な俳優、、、

今年になってリュミエールで映画を見るのは3回目である。週一のペースは順調だ。
順番がずれるが、昨晩観た映画から感想を書こうと思う。

c0188818_6251215.jpgDirector: Martin Provost
Countries: France / Belgium
Year: 2013
Producer: Miléna Poylo, Gilles Sacuto, Olivier Rausin
Production Co.: TS Productions, Climax Films
Screenplay: Martin Provost, René de Ceccatty, Marc Abdelnour
Cinematographer: Yves Cape
Editor: Ludo Troch
Sound: Pierre Mertens

Emmanuelle Devos (Violette Leduc),
Sandrine Kiberlain (Simone de Beauvoir),
Olivier Gourmet (Jacques Guérin),
Catherine Hiegel (Berthe Leduc),
Jacques Bonnaffé (Jean Genet),
Olivier Py (Maurice Sachs)




『セラフィーヌの庭』のマルタン・プロヴォスト監督作品だということも、実在したフランス
人女流作家の半生を描いた映画だということもほとんど知らずに見に行った。
ヴィオレット役がエマニュエル・ドゥヴォスということに惹かれたのだ。彼女の、意志の
強そうな頑固そうな顔は一度見たら忘れられない強烈なインパクトがあって、『クリスマス・
ストーリー』以来、フランス女優らしからぬアクのある個性が気に入っているからだ。

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             40年代から60年代までのモードは色彩がはっと目を瞠らされる。
             ヴィオレットの身に着けるものはカラフルでデザインも美しい。          


戦後から60年代にかけての時代、フランス女性は家庭からも男性(父親もしくは夫)からも
解放されていなかった。社会的に独立した存在ではなかったのだ。
ペン一本で独り立ちしてしようとするも、社会の壁に阻まれる女性の精神的苦悩とそういう
時代を、ヴィオレットが体現している。          

主人公ヴィオレットの性格のアクの強さには凄まじいものがあり、ドゥヴォスでなければ
これほど説得力を持って演じることは不可能だったろう。

愛を求めるも、誰からも愛されないという気持ちに支配されているヴィオレットは、社会から
疎外されていると感じながら、敬慕するボーヴォワールに促されて私小説的な作品を次々と
書く。
しかし、時代はまだまだ女性の味方ではないから、赤裸々な性や感情を吐露した内容の本は
売れない。
母親の愛情に飢え、ゲイの男友達との愛憎半ばする仮の暮らしも破たんし、ボーヴォワール
へのストーカー的同性愛の感情も満たされず、悶々とする年月である。
それでも、なんとか書き続けることが生きる証しになっているのだった。


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             ヴィオレット・ルデュックとシモーヌ・ド・ボーヴォワール


社会の規範から外れた、1人暮らし、精神的に危うく、容貌も美しくない中年女性芸術家の
半生ときたら、『セラフィーヌ』とほぼ同じ設定だ。
そういう彼女を金銭的に庇護してくれるパトロンがいる、といるということも同様。

パリの小さなアパルトマンや明るい陽光の中の田舎の自然を写すカメラワークは、美しく
かつお洒落である。醜いものや暴力などは、この映画の中に登場しない。


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        ジャン・ジュネとジャック・ゲランは、彼女の精神的兄弟かつパトロン


しかし、満たされない思いに支配されている彼女の不幸は、幸福の追求さえ上手くできない
ことだ。
身を削る思いで、体内から吐き出すように綴った赤裸々な文体の彼女の本は、ボーヴォワール
やジュネやコクトーのお墨付きがあっても、社会的容認はなかなか叶わないのだった。
そのフラストレーションから、精神に異常をきたし病院に入れられる、という状況もセラ
フィーヌと似ている。
違うのは、彼女を見捨てない人がいた点だ。ボーヴォワールがいつでも心の支えになって
くれたのだ。

映画は、彼女を巡る(有名)人や土地との関わりがいくつかの章になっているという構成で、
各章に名前が付いているのが、フランスの19世紀末から20世紀初頭にかけての音楽を思わせる。
使われている音楽は、しかし、アルヴォ・ペルトとバッハである。


孤独なヴィオレットの心の中を描くように使われる音楽はペルトの『フレトレス』


          



一番最初の章は『モーリス』というタイトルで、ホモの作家モーリス・サックスとの屈折した
関係の確執に満ちた生活を見せるのが印象に残る。サックスのキャラクターがかなり19世紀末
芸術家風なのだ。同性愛者で、ナルシストで、利己的で、まわりも自分も傷つける破滅型で。
そのサックスを演じる俳優が、「なんだかオリヴィエ・ピそっくりだな、見かけもキャラも」
と思わせ、「でも、まさか」と後々まで気になり疑問符が残った。
そのまさか、が最後のエンディングロールではっきりした。なんと、本物のオリヴィエ・ピが
俳優として出演していたのだった。彼の地そのままみたいな役で。

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          ピ演じる、ホモで自滅型の芸術家モーリス・サックスとヴィオレット


オリヴィエ・ピ演出のオペラ『アムレット』は、昨年末にモネ劇場で鑑賞したまま、感想も
レビューもまだ書けていない。
「早く何とかしろよ」と銀幕の向こうから催促されているような気分になって、何はともあれ、
溜まっている映画レビューから片づけることにしたのだった。

先週観たクローデル監督映画 Avant l'Hiverは、今年のベストテン入り間違いなし!と思った
のだが、この映画Violetteもやはりベストテンに入るだろう。
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by didoregina | 2014-01-14 23:54 | 映画 | Comments(11)

2013年のベスト映画

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暮れも押し詰まると、一年を振り返って、様々なベスト10を出してみたくなるのが人情である。

いつの間にやら、リュミエール来場者およびスタッフの選ぶ2013年ベスト映画が決定していた。

1. LA GRANDE BELLEZZA - Paolo Sorrentino (152p, 20 stemmen)

LA VIE D'ADÈLE - Abdellatif Kechiche (152p, 20 stemmen)

3. THE ACT OF KILLING - Joshua Oppenheimer (140p, 17 stemmen)

4. SPRING BREAKERS - Harmony Korine (68p, 13 stemmen)

5. TABU - Miguel Gomes (68p, 9 stemmen)

6. BORGMAN - Alex van Warmerdam (66p, 12 stemmen)

7. GRAVITY - Alfonso Cuarón (57p, 11 stemmen)

8. THE MASTER - Paul Thomas Anderson (47p, 7 stemmen)

OH BOY - Jan Ole Gerster (47p, 7 stemmen)

10. BOVEN IS HET STIL - Nanouk Leopold (41p, 8 stemmen)

点数の出し方は、各人が選んだベスト10の第一位を10点、第二位を9点という風に割り振って
合計し採点したものだ。(pが合計点数、stemmenは投票者数)

第一位は、わたしの推すLa Vie d'Adéle(邦題『アデル、ブルーは熱い色』)と、NRC新聞上で
批評家たちが選んだナンバーワンのLa Grande Belezzaとが同点である。
前者がベスト映画に選ばれているのが、リュミエール観客の面目躍如だ。こういう映画を好む
人たちが多いマーストリヒトに住むことの幸いを感じる瞬間である。

2013年にオランダで封切られた新作映画のうち、わたしが見たのは、Volkskrant紙サイトの
映画リストを参照すると、以下の25作である。(アルファベット順。)

Alceste a bicyclette

Blancanieves

Camille Claudel 1915

Eat Sleep Die

L'Écume des jours

Elle s'en va

Great Expectations

The Great Gatsby

I, Anna

Kid

Like Father, Like Son (Shosite chichi ni naru)

Like Someone in Love

Lincoln

Lore

Meteora

Night Train to Lisbon

The Patience Stone

Le Passé

La Religieuse

Shokuzai

Stoker

Tabú

Thérese Desqueyroux

La Vie d'Adéle

Zero Dark Thirty

そのうちブログ記事にしたのは、わずかに14作、ほとんど半分だけという事実にびっくり。
書くほどでないという内容の映画は皆無で、どちらかというと、すでに話題になっているから敢えて
わたしがわざわざ書く必要が感じられなかった、もしくは、ヴァカンス、里帰り、遠征、その他のことに
忙しすぎて書く時間がなかった、というだけである。
そして、上記新作以外の映画もTVやDVDなどで見ているわけだから、どうしてもブログ記事に
できる量は限られてしまうのだ。しかし、それに関しては反省すべき点もある。来年は、もっと
しっかり時間管理をしてなるべく沢山記事にしたいと思う。つまり、自分自身のためのアーカイブと
いう意味で、後に知りたいと思っても記録に残しておかないと忘却の彼方に霞んで、後悔する
可能性が大きいからだ。
こういうものは、文字にして記録しないと、記憶からも去ってしまいやすいものである。

さて、前置きが長くなったが、わたしの2013年ベスト映画は以下の通り。

1.La Vie d'Adéle
2.Blancanieves
3.Tabú
4、Lore
5.Night Train to Lisbon
6.Le Passé
7.Zero Dark Thirty
8.Eat Sleep Die
9.Elle s'en va
10.Like Father, Like Son (Soshite chichi ni naru)

例年のごとく、実質的に意味のある順位は1,2位のみで、残りはベストテンにするため無理やり
選んだようなもので、順番はどう入れ替えても構わない程度の僅差である。
新作映画で見た作品やブログ記事にしたものは、フランス映画がダントツに多いのだが、ベスト
テンにして並べてみると、フランス、スペイン、ポルトガル、ドイツ、スイス、イギリス、アメリカ、
スウェーデン、日本となんとも公正に各国作品を網羅したかのような結果になったのは、我ながら
不思議だ。
ある種の、映画祭審査員的配慮のようなバランス感覚が働くのだろうか?

元旦には、リュミエール観客およびNRC評論家が2013年ベストに選んだ La Grande Belezza
を家族そろって見に行こうと思う。
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by didoregina | 2013-12-31 15:52 | 映画 | Comments(0)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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