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ヨハネット・ゾマーの一人語り

土曜版のNRC紙にヨハネット・ゾマーの一人語りのようなインタビュー記事が載っていた。
音楽誌でないのがミソで、たとえるなら日経のわたしの履歴書に近い面白さがあり、今まで知られ
ていなかった情報満載で興味深い。
まず、囲みCV欄に生年月日と年齢が明記されている!この件は、彼女のサイトやマネージメント
のサイトおよびウィキなどにも触れられていないのだ。
以下、記事内容を訳してみた。

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人生の教訓  「好きだから続けられる」

ヨハネット・ゾマー
生年月日・場所  1964年3月13日 ウィールデン。
学歴  普通高校、ヘンゲローとデーフェンターの高等検査実験専門学校、アムステルダム音大
    演奏家コースを1997年に卒業。
職業  ソプラノ個人業、マスタークラスを行う。
キャリア  ナショナル・レイスオペラの『ペレアスとメリザンド』で主役(2005年)
     エディソン・クラシック賞(2008年)
     『恋するエルコレ』でデ・ネーデルランド・オペラにデビュー(2009年)
     フランス・ブリュッヘン指揮『ロ短調ミサ』東京公演に参加(2011年)
     ザ・ジェンツとガーシュインCD録音(2012年)
     鈴木雅明指揮『メサイア』東京公演に参加(2012年)
プライベート  既婚・子供なし

ヨハネット・ゾマー(48歳)は、ソプラノ歌手。来週からアムステルダム・バロック・オーケストラと
バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』を歌う。
                       記事:ブレンダ・ファン・オッス


基盤
「わたしの声は、父の声に似ています。ソプラノなんですが、本当のソプラノと比べると暗くて
クリーミーなんです。我が家では皆なにかしら楽器の演奏をしていました。わたしはフルートを習って
いました。長姉が音大へ進学したので、練習の大変さと音楽の世界の競争の厳しさを目のあたりに
しました。だから音楽の楽しみを失うのが恐くて、別の道に進もうと思ったのです。」

転機
「検査実験室で5年間微生物検査技師として働きました。趣味として合唱団で歌っていました。何か
変化を求めていたとき、才能がとてもあるんだから声をもっと訓練したら、と、ある人から言われたん
です。それで、音大の声楽の入学試験を受けたら、3校全部に合格しました。アムステルダム音大
に入学して1,2ヶ月のうちに、これだわ!と確信しました。」

赤裸
「音大に入ったときは27歳になっていました。これがよかったと思います。もしも18歳で入学して
いたらついていけなかったでしょう。やることなすこと全てが細部まで顕微鏡で見つめられるような
具合で、強靭な精神力を要求されるからです。どんなに建設的な批評であろうと厳しい目にさらされ
るのに変わりはなく、歌手の場合、丸裸の姿をさらすことになるのです。楽器の後ろに身を隠すわけ
にはいかず、自分自身の勝負になるからです。」

性格
「才能は重要な要素ですが、芽が出るかどうかは性格によっても左右されます。学生時代、トン・
コープマンやフィリップ・ヘレベッヘの合唱団で歌っていましたが、重要な瞬間に足を一歩前に進め、
つかめるチャンスは逃がさないという態度で臨んでいました。だから、卒業前にすでに、様々なCD
録音にソリストとして参加できましたし、レイスオペラの『ドン・カルロ』のテバルド役でオペラ・デビュー
を果たすことも出来たのです。」

個性
「バロック音楽畑の歌手だと思っている人が多いでしょうが、わたしは音楽的にマルチタレントだと
思います。時にはピアニストとのリサイタル、時にはフル・オーケストラといっしょのコンサートでも
歌いますし、オペラ出演も好きです。美しい衣装を着て舞台を動いていると気分が高揚します。
非常に異なる様々なスタイルの歌をレパートリーにするというのは通常あまりないのですが。最近、
ジョージ・ガーシュインの曲を録音しました。そうする必要があるのかと訊かれますが、変化によって
わたし自身の感覚が鋭利になれるのです。」

直感
「いつでも、伴奏には忠実に、聞こえてくる音に声を合わせます。バロック・オーケストラの伴奏と
モダン・オーケストラの伴奏では、わたしの歌うバッハも異なって聴こえるはずです。古楽器の透明な
音に合わせて、ヴィヴラートなしで澄んだ声で歌うようにするからです。歌うときには、霊媒になった
つもりで、オーケストラの音がわたしの声に凝縮されホールに広がると、今度は聴衆の注目を再び
オーケストラの音に向かわせたりします。そうすると、わたしからエネルギーが放出されて、パワー
ウーマンになった気分になるのです。」

平衡
「仕事には多くのことが要求されます。演奏旅行や、プレッシャーに打ち克つこともそうです。
また、演出家が変わった要求をすることもあります。モンテヴェルディのあるプロダクションでは、
20分間歌いながらフェンシングさせられたことがあります。健康管理のため食べ物に気を使い、
水泳をしたり、コーチからアドヴァイスを受けたりしています。今また、オランダ東部に住むことに
決めたのもその一環です。アイセル川のそばにいると心が安まります。でも、一番重要なのは
歌うことを心から楽しむことです。それで、歌手を続けていくことができるのです。」
     
          
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by didoregina | 2013-01-13 12:42 | バロック | Comments(4)

Johannette Zomer, Bart Schneemann & Musica Amphion

久しぶりのヨハネット・ゾマーである。12月にオランダ・バッハ協会のロ短調ミサ曲を聴いてるが
今回は、オーボエのバート・シュニーマンとのコラボCDLove & Madnessとほぼ同じ内容の
オール・ヘンデル・コンサートで、彼女の歌をメインに聴きに行った。

c0188818_1811217.jpgLove & Madness
2012年2月26日@ Muziekgebouw Einthoven
Johannette Zomer, Bart Schneemann & Musica Amphion

Georg Friedrich Handel (1685 - 1759)

Intoroduzione (Delirio amoroso)
Che intendo? (Berenice)
Moriro! (Teseo)
Orgelconcert in Bes opus 4 nr. 2
- A tempo rodinario, e staccato
- Allegro
- Adagio e staccato
- Allegro ma non presto
Scherza infida (Ariodante)
Lascia ch'io pianga (Rinaldo)
Hoboconcert in g
- Grave - Allegro - Sarabande - Allegro
Ah spietato (Silete venti)
Alleluia

エイントホーフェンのミュージックヘボウ小ホールでの日曜正午からのコンサート。休憩なしの
コンパクトだが変化に富んだ内容のプログラムで、料金は17ユーロ50セント(飲み物付き)。
相変わらず、このホールでのコンサートはコスト・パフォーマンスが非常によろしい。

座席は二列目左寄りだったので、歌手が目の前。
オケは、弦楽器がそれぞれ1人ずつに、ファゴット、オーボエ、オルガンおよびチェンバロ。
オルガン兼チェンバロ奏者が合図程度の指揮をしているが、コンマスもかなり采配を振るう。
古楽アンサンブルのムジカ・アンフィオンは、18世紀オケやオランダ・バッハ協会のメンバーで構成
されているので、ヴァイオリンの山縣さんなど、なんだかしょっちゅうお目にかかっている気がする。

残念だったのは、テオルボのフレッド・ヤーコブスが病気のためキャンセルしたことだ。
急なことだったらしく、代理のテオルボなしの演奏になった。
先週のPJコンサートでは、テオルボの色がよく響いて、PJの歌との絡みが印象に残っている。
今回はバロック・オーボエが活躍するコンサートであり、チェロとコントラバスとチェンバロもいるが
いかにも古楽というイメージそのもののテオルボの渋い響きで通奏低音を〆てもらいたかった。

そして、第一ヴァイオリンの演奏が控え気味すぎるように感じられ、ちょっと物足りなかった。
オーボエを立てようというつもりでもなかろうに、アリアの前奏部で特にそう感じられたので、不思議だ。
全体的には、こういう小編成のオケにもかかわらず、小ホールだと響きすぎるきらいがあるほどだった。
特に歌手の声がびんびんに響く。ショル兄も大ホールでマイク使用するよりも、こちらの小ホール
で生の声で歌ったらよかったのに、と今でも恨めしい。

ヨハネット・ゾマーの声は、わたしにはもうかなりおなじみであるが、このコンサートでの印象は、
CDそのままという感じだった。高音をかなり張り上げ気味なのである。場面によっては、もっと
ささやくような声で歌ってもいいのではないかと思えた。特に『ベレニーチェ』よりChe intendeが
CDでは高音張り上げの歌唱なので、生ではもっとニュアンスが聴き取れるかとと期待していたら、
ステージでも同様なのだった。ソロ歌手1人だけなんだから他の歌手と張り合う必要はないし、
オケも小編成であり、ホールはよく響くんだから、弱音の美しさも大切にしてもらいたかった。
このCDは、だから、音量を絞って聴いているが、実演ではそれが不可能なのが辛い。
好きな声のご贔屓歌手だけに、その辺が非常に残念である。

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            オーボエのバート・シュニーマンとツーショット。
            「日本人?芸者さん?日本も芸者も好き」と
            とんでもないノリのシュニーマンであった。。。

それに対して、CDと音のイメージが全く異なるのがバート・シュニーマンによるバロック・オーボエ
であった。
まあ、音色も音の出し方によってこうも色彩鮮やかに変化するものかと、びっくりするほど。
生き生き溌剌としてトランペットのように響いたり、ちょっと暗い深みのあるホルンのごとく聴こえたり
するのだった。
地味な楽器というイメージが覆され、素晴らしく多彩な音色を引き出すことのできる楽器なのだと
知った。

 ↓ は、コンサートと同じメンバーによる、ヘンデルの『オーボエ協奏曲 ト短調』



シュニーマンは、ロッテルダム・フィルやオランダ管楽アンサンブル(コンヘボでのニューイヤー・
コンサートでおなじみ)ではモダン・オーボエ担当だが、古楽ではバロック・オーボエの奏者である。
曲間にバロック・オーボエの説明をしてくれた。
使っている楽器は17世紀のバロック・オーボエのレプリカであること。ムジカ・アンフィオンの弦楽器
奏者は皆オリジナルの古楽器(弓も)を用いて演奏しているが、木管楽器であるオーボエの場合は
弦楽器と異なり、古いものは木が乾燥しすぎたり逆に湿気のため腐食したりして現在でも使える状態
で残っているものはほとんどない、という。そして、17世紀のオーボエの構造はモダン楽器と比べると
シンプルで、キーも3つしかない。キーは小指が届かない穴を補助するためのもので、モダン・オー
ボエには16個あるが当時は2つもしくは3つ。一つは左側に付いていて、左利きの人用のキーである、等々。

オール・ヘンデル・プログラムなのは、ヘンデルの時代のコンサートやオペラの雰囲気を再現したい
ため、とのこと。当時は、夕方から夜更けまでずっとヘンデルの音楽演奏が行われ、器楽曲の時は、
おしゃべりしたりしてた聴衆も、途中から作曲自身が指揮に登場したりすると、身を乗り出したりした、
らしい。
今回のプログラムは、作曲家の出演こそないが、オペラ・アリア(最初の2曲はオーボエが活躍)
にオルガン協奏曲、オーボエ協奏曲などの器楽曲を交えてあり、変化がある。
隣に座っていた老婦人は「わたし、ヘンデル苦手なのよ。『水上の音楽』くらいしか知らないけど」
などと言っていたが、オペラ・アリアには感銘を受けた様子で、特に『わたしを泣かせてください』は
よかった~とヘンデル新発見の様子でご同慶。

Scherza infidaと続けて、ゾマーによって歌われる名作アリアを聴くのは、楽しかった。
来月は、ここの大ホールでディドナート他豪華キャストによる『アリオダンテ』コンサート形式が
行われるから、今から楽しみにしている。

アンコールは、「もうヘンデルは十分堪能されたでしょうから」ということで、スキャットが入った
ピアソラの曲。多分、多才で多ジャンルの演奏活動を行うシュニーマンの趣味だろう。

公演後のCD販売兼サイン会は盛況だった。PJのサイン会とは比べようもないが、丁度2年前の
閑古鳥が鳴くようなCD即売とは大違い。ニューイヤー・コンサートのおかげかシュニーマンの人気が
高かった。

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              優しくにこやかなゾマーとのツーショット。
              泥藍大島に、パステルカラーの綴れ帯。
              オレンジの帯揚げと珊瑚色の帯締めは
              着物に入っている模様の色に合わせた。
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by didoregina | 2012-02-28 12:03 | コンサート | Comments(2)

オランダ・バッハ協会のバッハ『ロ短調ミサ曲』@フレイトホフ劇場

オランダ・バッハ協会は、日本ツアーから日を空けずに帰国後すぐ、日本公演と同メンバーで
同じ曲のオランダ・ツアーを行っている。
日本へ行く直前の11月29日にアムステルダムのコンセルトヘボウでまずコンサートをしてから、
日本から戻って12月13日のミドルブルクを皮切りに、ほぼ連日または一日おきのコンサートが
全部で8回だ。
オランダ帰国後の2回目のコンサートは、昨晩、マーストリヒトのフレイトホフ劇場で行われた。

Hohe Messe 2011年12月15日 @ Theater aan het Vrijthof

De Nederlandse Bachvereniging orkest en ripienisten
Jos van Veldhoven dirigent

Solisten:
Dorothee Mields, Johannette Zomer sopraan
Margot Oitzinger alt
Charles Daniëls tenor
Peter Harvey bas

Johann Sebastian Bach (1685-1750)
- Mis in b 'Hohe Messe'

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        マーストリヒトの町の中心にあるフレイトホフ広場に面した
        フレイトホフ劇場(写真中央奥)。 手前はカーニバルの
        仮装した人々をモチーフにしたカラフルな像。

オランダ各地でのコンサート会場は、6箇所のコンサート・ホールおよび市民会館と、3箇所の
教会となっている。日本ツアーでも、大部分のコンサートはコンサート・ホールで行われたと思う。
なぜ、そんなことにこだわるのかというと、音響問題にどう対処するのか気になったからだ。

バッハをはじめとする宗教曲のコンサートは、なるべくなら教会で聴きたいが、あまりに残響の
長すぎる大聖堂などはいけない。私的には絶対に避けたい。しかしながら、市民会館みたいな
会場というのも、反響が少なすぎて味気ないものである。
フレイトホフ劇場は、中規模の多目的ホール兼劇場で、音響的にさほど優れているわけではない。
それで、オランダ・バッハ協会が好んでコンサートを行う聖母マリア教会と比べてどちらがいいか、
と問われると、答えに窮するほど微妙なものがある。

しかし、今回のコンサートでは、私が危惧していた音響問題は、絶妙に処理されていた。

オケの配置は、下手に高音弦楽器その後方一段上にチェンバロ、上手に管楽器と打楽器、
中央にオルガンとその後方一段上に低音弦楽器という具合だった。
合唱団はオケの後ろの一段高いところに一列で左右5人ずつ立ち、間に低音弦楽器を挟んで
下手にアルト2人とCT1人バス2人、上手にテノール2人とソプラノ3人に分かれていた。

わたしの座席は平土間6列目中央よりやや右よりだった。
そして、音響的には大事な要素でもある観客数だが、ホールはほぼ満員だった。

まず、冒頭の「キリエ」で合唱のソプラノがやたらと声高に主張しているように聴こえ、あれっ
と思った。
それから、各パートが霧のように混じりあうことがなく、はっきりすぎるくらい分離しているのにも
驚いた。合唱の人数が少ないから、ほとんど個人の声が聞き分けられるくらいだった。

器楽演奏も、くっきりと輪郭が見えるような具合で、音が明瞭である。そして、どの奏者も全く
力んだりしたところがない演奏で、軽やかでひそやかでいて音量は心地よく、過不足なく耳に届く
のだった。

う~む、これは、予想外であった。しかし、考えてみたら、当然とも思えるのだ。
多分、オランダ・バッハ協会は、今回のツアー会場には教会が少ないことを考慮に入れ、合唱団
およびオケの構成と配置を決め、まずコンセルトヘボウで納得できる理想の音を作り出し、それを
準拠にした音を日本およびオランダ各地のホールで再現しようとしたのではないか。
そうして練り上げられた音は軽さのあるクリアーなもので、押し付けがましさや威圧的なところが
全くない。上から轟々と降り注ぐような神々しさはないが、しみじみとして親しみの溢れるものだった。
それは『ロ短調ミサ』には、まことにふさわしい。悲しみや畏怖とはほぼ無縁の音楽だからだ。

今回一番聴きたいと思っていたのは、ヨハネット・ゾマーの歌う「ラウダムス・テ」だ。
手持ちのヘルウェーゲ(日本ではヘレベッヘの表記が一般的だが、ベルギーのクラシック・ラジオ
局のアナウンサーによる発音では、ヘルウェーゲまたはヘルウェーヘという表記が一番合うと思う)
指揮のCDでは、ゾマーはソプラノ・パート1で、これはソプラノ・パート2担当のヴェロニク・ジャン
スが歌っているのだが、メリスマがなんだか頼りないというか曖昧な感じで、ヴァイオリン・オブリ
ガートとの絶妙なやり取りも、ジャンスではなんだか物足りなく思っていたのだ。

ゾマーが歌う動画は、ダニエル・ロイス指揮ベルリン古楽アカデミーのヴェズレーでのコンサート。
聖マドレーヌ聖堂でのライブだろうか。。。



フレイトホフ劇場でも、ゾマーは余裕たっぷりで熟成しかつ甘美さある歌声を披露してくれた。
ヴァイオリン・オブリガートにも軽妙さがありながら、丁々発止で、聴いていて楽しい。

今回のソプラノ・パート1は、ドロテー・ミールズだ。ゾマーよりももっとストレートな直球を投げる
タイプで、若さゆえか豪腕のなせる業か、カマトトっぽい外見から想像するよりもずっと彼女の
歌声は力強い。
しかし、ルックス、ヘア・メイクおよび衣装は、まるで4半世紀前のエマ・カークビーそっくりだ。
同じ曲を歌う動画が見つからなかったが、昨晩とほぼ同じヘア・メイクと衣装のがあったので貼る。

ヘルウェーゲ指揮コレギウムヴォカーレ・ヘントによる『マタイ受難曲』より「我が心汝に捧げん」


       一体実年齢は何歳?、ナードの多そうな古楽界だが、
       ここまでくるとかなり時代錯誤のヘアと衣装だ。
       

ついでに、御大エマ・カークビーの大昔の動画を貼るので、上のミールズと見比べてみて欲しい。
なるべくヘア・メイクが似ているのを選んだので、曲目はまた全く異なるがご勘弁を。

 
         彼女こそ、元祖・本家カマトトかもしれない。
         どうもあまり好きになれない声と歌唱なのだ。

だんだん、本題から外れていってしまったが、熱気のある満員盛況の会場で、熱気とは無縁に
インティームな音楽を作り出したオランダ・バッハ協会の『ロ短調ミサ』は、予想以上に癒し効果の
高いものだった。マッサージや温泉に行くのよりずっと心身リラックスができるから、このコンサー
トは、お勧めだ。


      
     
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by didoregina | 2011-12-16 17:24 | コンサート | Comments(6)

モンテヴェルディ『聖母マリアの晩課』@聖母マリア教会

オランダ・バッハ協会のコンサート。2010年12月15日。

c0188818_22423966.jpgDe Nederlandse Bachvereniging
koor en orkest

Jos van Veldhoven dirigent
Hana Blazikova sopraan
Johannette Zomer sopraan
Charles Daniels tenor
Daniel Auchincloss tenor
Julian Podger tenor
Harry van der Kamp bas

Claudio Monteverdi (1567-1643)
- Vespro della beata Vergine (1610)




モンテヴェルディの『聖母マリアの晩課』(略して『マリア・ヴェスペルス』)が作曲・出版されたのは
丁度400年前の1610年なので、記念イヤーということで、各地でコンサートがある。
オランダ・バッハ協会は、ここマーストリヒトの聖母マリア教会でのコンサートを初日とするツアーを
行っているのだが、オフィシャル・サイトのつぶやきによると、この教会はヴェネツィアのサン・マルコ
聖堂の北方版みたいなものだから、いかにもマリア・ヴェスペルス演奏にふさわしい、とのこと。

記念ツアー初日だし、人気のある曲だから、チケットはソールド・アウト。乗り遅れたわたしだが、
チケット・オフィスに行ったら、リターンしに来てる人がいて手に入れることが出来た。
また、この教会でのメジャー系古楽コンサートでは、絶対に忘れてはいけないことがあるのに、
うっかりしていた。それは、全席自由席、早い者勝ちの原則である。
当日、8時開演かと思ってチケットを見たら8時半となっているので、まだいいや、と思ったのが
間違い。日中最高気温もマイナス2度くらい、積もった雪が凍って、教会コンサートには最悪なのに
人の出はよかった。
8時10分くらいに教会に入場してみると、もうほぼ満席。後ろから3列目の補助席みたいなのが、
ひとつ空いているのを発見。柱のかげでないだけでもありがたいと思わなければいけない。

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         祭壇上部と天井のモザイク画。
         この下の祭壇手前がステージ代わり。

そして、もう一つ気がかりなのは、この教会の音響だ。
リサイタルならいいのだが、オケと合唱団の入る編成のコンサートには、いかにも不向きなのである。
唱句の朗唱、応唱、ファンファーレと続いても、音が拡散してからばらばらに反響するから、もう
なにがなにやらわからない。あの、かっこいいはずのファンファーレですら、しまりがなく聞こえる。

モンテヴェルディのマリア・ヴェルペルスということ以外にも、ヨハネット・ゾマーがソリストとして参加
している、というのがわたしにとって重要ポイントであった。
しかし、ようやく人の頭の間からお顔が覗けるからまだましだったものの、音響がひどいので
全体にぼわーんとして、メリハリがないから、音楽が非常につまらない。演奏がどうのこうのという
問題ではまるでないのだ。演奏者がよく見えて、音が直接耳に届く前の方の席を確保すべきだった。

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          小型のチェンバロとオルガン

また、覚悟と準備はしていたものの、いつも予想を上回るのが寒さである。
聖母マリア教会でのコンサートには、季節を問わず、山歩きもしくは野外スポーツ観戦と同じような服装
と非常用毛布を持って来るべきなのだ。
ここは現役の教会なので、暖房装置が入っていない。オランダで2番目に古い教会で観光の目玉
でもあるから、いたしかたない。ロマネスクのマール石造りの美しい教会は、外気と風は遮断してくれ
るが、足元からしんしんと冷気が立ち上る。吐く息は白くなかったから、0度以上はあったと思うが、
ダウン・ジャケットに毛布のような大判ショールに手袋、帽子、ブーツで武装しても、じっと座っていると
寒さが身にしみる。
演奏するほうも大変だろう。皆さん厚着の様子だったが、これで喉を壊しはしないかと、心配になった。

手持ちのCDは大昔に買ったガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団&オケのもので、どうしても
比べてしまう。
CDには少年合唱団も参加しているが、今回のコンサートは大人の合唱のみ。サンタ・マリアの合唱は
美しい女声コーラスだった。ソロのソプラノも美しく、全体的に女声が勝って、ソロのテノールは、
ちょっと精彩を欠いていた。
よく見えなかったが、テオルボ奏者は二人いたようだ。帰り際にフレッド・ヤーコブスとすれ違った。
ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ、オルガン、ハープは一人づつ。
コルネットとサクバットがかっこよく大活躍する曲だ。最初のファンファーレは教会の音響のせいなのか、
なんだかコケたような感じだったが、だんだんよくなっていったので、後半はうっとりした。


         オランダ・バッハ協会コルネット奏者による
         楽器の説明。


しかし、寒さはいや増しになり、もう、早く終わってくれ、と願うばかりになっていった。
会場皆の願いは同じだったようだ。祈りが通じたかのような最後のアーメンの後、拍手はなかなか
起きなかったが、すぐに立ち上がる人は多かった。スタンディング・オヴェーションというわけでなく、
立ち上がったら歩き出すのだった。
我慢の限度ぎりぎりだった。演奏が悪いわけではない、寒さが耐え難いのだ。
教訓:真冬の教会でのコンサートは避けたほうがいい。CDで聴いたほうがずっといい。

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         教会前の広場のスズカケの木に吊るされた
         大きな鈴のような電飾が幻想的。
         外はマイナス5度だった。中はいったい何度?


オランダ・バッハ協会のCD直売スタンドが出ていた。その中に、豪華ブックレット付きのものがいくつか
あり、目を惹いた。ユトレヒトのカタリナ・コンヴェント美術館との共同企画の特別ヴァージョンだそうだ。
オランダのキリスト教関連に特化した美術館所蔵の彩色写本をブックレットにしたものだ。
特に、『クリスマス・オラトリオ』のが美しくて気に入ったが、40ユーロと高いので、パスした。
家に帰ってから、やっぱり欲しくなった。バッハ協会のサイトでは、売り切れになっている。プレストや
アマゾン、レーベルのチャネル・クラシックのサイトでも見つからない。幻のコレクターズ・アイテムだ。
見つけたときに即、買っておくべきであった。
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by didoregina | 2010-12-17 16:01 | コンサート | Comments(8)

コンティの「モレナ山中のドン・キホーテ」

今回も、アムステルダムは遠かった。
オランダ鉄道(NS)は、毎週末ほとんど欠かさずに、線路の補修・メンテに余念がない。安全第一・仕事熱心で有難いことである。
マーストリヒト~アムステルダム間は通常なら2時間半の距離であるが、週末は、必ず一部区間が閉鎖される。その区間が首都圏に近い場合(迂回できる)なら、とんでもない迂回路を作る。デン・ハーグ経由アムステルダムというのを二度経験した。片道4時間かかった。
南部の盲腸線部分だったら、西に逃げればベルギーだし、東はドイツに入ってしまうので、迂回のしようがない。線路は通行止めであるから、その区間は高速バスを臨時に飛ばすのである。
昨日は、そのダブルパンチであった。一部区間はバスに乗り換え、その後ユトレヒトからは迂回路。
往きは、3時間半くらいでなんと着いたが、帰りは4時間かかった。
そこへ持ってきて、バロック・オペラだから長い。上演に4時間15分かかる。こうなると、オペラを観るのも一日仕事である。

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絶対に見逃せないオペラだから、朝9時の電車に乗り、時間には余裕をみた。
アメリカン・ホテル前の噴水のある広場の木陰でサンドイッチの昼食。
HEMAのランチ・ディールで、チキンと卵入りの茶色いバゲットサンド+
オレンジ・ライチー・ジュースが3ユーロ50セント。
向かいのカフェ・アメリカンのテラスに座って、同じようなものを頼めば、
10ユーロでは上がらない。噴水の涼しさは同じ。

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DNOのプロダクションでも、バロック・オペラなど小規模舞台のものは、
市立劇場で行われることが多い。アムステルダム随一の繁華なライツェ広場に
面していて、まるでコヴェント・ガーデンみたいな雰囲気だ。

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こじんまりした劇場なのに、フォアイエやカフェなどのパブリック・スペースが
沢山あり、広々しているから、客もがっつかないのが気分いい。
特に、各階にあるトイレは、バルニー付きだったりして、インテリアは新しく
個室も広く機能的デザイン。しかも数多いから、混み合わないのがうれしい。
二回目の休憩に飲んだ白ワインは、4ユーロちょっとで、本日の食費の中では
一番高かった。(帰りの電車の中でとった夕食は、胡桃パンに山羊のクリーム
チーズ・サンドとリプトン・アイスティーで3ユーロ20セント)

2010年6月27日@アムステルダム市立劇場
c0188818_23242851.jpgDon Chisciotte in Sierra Morena

Francesco Bartolomeo Conti 1681 1732

muzikale leiding René Jacobs
orkest Akademie für Alte Musik Berlin
regie Stephen Lawless
decor Benoit Dugardyn
kostuums Lionel Lesire
licht Pia Virolainen
choreografie Lynne Hockney

Don Chisciotte Stéphane Degout
Dorotea Inga Kalna
Lucinda Gillian Keith
Fernando Christophe Dumaux
Cardenio Bejun Mehta
Lope Mark Tucker
Ordogno Johannette Zomer
Sancio Pansa Marcos Fink
Maritorne Judith van Wanroij
Rigo Dominique Visse
Mendo Geoffrey Dolton

ずばり、結論を言ってしまおう。トータルのエンタメとして、今まで見た中で最高のバロック・オペラ・プロダクションであった。
まず、演出・舞台装置・衣装など舞台の視覚部分が、シンプルで統一がとれて、ミニマルなのにここまで効果的な舞台は、比類がないほど。
舞台全体が本棚のようになっていて、世界の名著や古典作品の巨大な本が並んでいる。

てっとり早く、DNOのトレーラーを見てもらうとよくわかる。


オペラの登場人物は、それぞれ、キャラクターにぴったりの文学作品の有名登場人物に扮している。

例えば、カルデーニオ(ベジュン・メータ)は冒頭にロビンソン・クルーソーの格好で登場する。無精ひげにずたずたに裂けた服。彼が失恋の痛手から遁世している境遇を、視覚的にわからせる仕掛けである。(アルチーナさん、これはデュモーではなくメータでした)

カルデーニオの親友でありながら、裏切って恋敵になるフェルナンド(クリストフ・デュモー)は、「危険な関係」に出てくる女たらしのヴァルモン子爵だ。映画で有名になった作品だから、デュモーは、マルコヴィッチそっくりのかつらと衣装で好色で狡猾な貴族を演じる。ご丁寧にも、パーソナリティー紹介のため、フェルナンドが最初に登場するときには、「危険な関係」の巨大な本が引っ張り出され、作者と作品紹介のページも開かれた。
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    映画でのミシェル・ファイファーとジョン・マルコヴィッチ。

そして、彼が誘惑するルチンダ(ジリアン・キース)は、当初は無垢な不思議の国のアリスみたいな格好をしているのが、だんだん自分の魅力を自覚するようになると、ナボコフのロリータに変身する。こちらも映画同様、ハートの形のサングラスをかけている。この歌手、ビキニ姿で歌うのだが、プロポーション抜群だった。

狂言回しのローペ(マーク・タッカー)とオルデーニョ(ヨハネット・ゾマー)は、シャーロック・ホームズの格好で登場。例の鹿撃ち帽とタータン・チェックのインヴァネス・コート姿にパイプをくわえて。コナン・ドイルの紹介ページも忘れずに。

それらの登場人物が、開いた本のページ上で歌ったり踊ったり、挿絵の中に入り込んだり、本の山に登ったりして、ファンタジー溢れるドラマを展開するのだ。また、ラッキー・ルークやインディアン、恐竜や熊のプーさんに扮した役者が、本の間を歩き回ったりする。笑い満載である。
器楽演奏の部分では、フラメンコ・ダンサーの男女3組が、妖艶な「カルメン」の世界を踊ってみせてくれるから、観客を飽きさせない。
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しかし、ドン・キホーテとサンチョ・パンサのみ、ずっとドン・キホーテとサンチョ・パンサの格好のままで、別のフィクション・キャラクターにはならない。というのも、この舞台全体が、騎士ものの本の読みすぎで空想の世界に入り込んで正気を失ったドン・キホーテの夢、みたいなものだからだ。この見方に基づく舞台造形は秀悦で、展開も劇として最後まで破綻を見せない。

ドン・キホーテの空想世界としての2組の男女の恋愛劇も同時に進行していく。
カルデーニオを裏切って、その恋人を誘惑したフェルナンドだが、カルデーニオから最後通牒を言い渡される。「ルチンダを渡すか、親友のお前を殺すか、二つに一つだ」と言う前に、なぜか、カルデーニオはフェルナンドに長いキスをするのであった。
「それならば、オレを殺せ」と言うフェルナンドのセリフは、例のデュモーの狡賢い表情のせいで、本心とは思えない。カルデーニオは、親友に剣を向けるが、彼には人を殺めることはできない。これも実はお見通しの世間知に長けたフェルナンドなのだ、デュモーが演じると。
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そこへ、フェルナンドに捨てられた元恋人ドロテアが、「わたしが全ての犠牲になります」と救いの手を差し伸べる。皆の心を傷つけたことを悟った、小悪人のフェルナンドが改心して、全て元の鞘に戻り、目出度し目出度し、となるわけだが、フェルナンドとルチンダ役の二人の演技が上手いから、そこへ行き着くまでが一筋縄では行かず痛快だった。つまり、無垢そのものに見えるルチンダが、本当は恋と冒険に憧れるファム・ファタール志望だったために、周りをきりきり舞いさせて、フェルナンドも結局はオム・ファタールになりきれなかった、というわけだ。女たらしの悪役をやらせたら、デュモーに並ぶ者なしだ。次に彼に演ってもらいたとわたしが思う役は、グルックの「パリーデとエレナ」のパリス役だ。パリスこそ、トロイ戦争の引き金となった元祖オム・ファタールである。デュモーの声はほろ苦い騎士役とかプリンス役にぴったりだと思う。

歌手は、演技も上手くなければならないが、もちろん重要なのは歌唱のほうだ。
主役をはじめ、誰一人として不満の残らない、とても満足のいく歌唱を全員が披露してくれた。

メータは、最初のアリアで高音になると不安定だったが、全体に骨太な声で青年らしい力強さに溢れる。彼の声は、「ポッペア」でオットーネを歌った時には、なんだか妙に暗くて好きになれなかった。しかし、今回の役どころにはぴったりで、声に華やかさも増したようだ。

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     カーテン・コールでのデュモーは、鬘を取るとスキンヘッド!

デュモーは、メータに比べると線が細く声量にもやや欠ける。しかし、土臭さのない彼の声質は、都会的な印象で役柄に合っている。第一幕では、明らかに声量を抑えてパワー温存を図っていた。そして、後半の聞かせどころのアリアのクライマックスに向けて、きちんと迫力を増して盛り上げていき、ブラボーの嵐を受けた。作戦はうまく当ったのである。
今回のオペラでは、全ての歌手の各アリアごとに拍手が沸いた。そういう作りになっているオペラなのだ。拍手でストーリーが途切れるということもなく、昔ながらの楽しい大衆芸能らしくてよかった。

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     二幕目から平土間かぶりつき席に移動したから、至近距離。

めっけものは、サンチョ・パンサの恋人マリトルネ役のユディット・ファン・ワンローイ。去年の「ダイドー」では、彼女のベリンダは、非常に影が薄くて全く印象に残らなかったが、今回は別人かと思えるほど、見事だった。役柄は勝気で華やかなカルメン風のかわいい悪女。意外だったが、イメチェンは大成功だった。

ヨハネット・ゾマーは最初はコミカルなズボン役で、シャーロック・ホームズ風。それが、後半、ホームズの衣装を脱ぐと看護婦になるのだった。その瞬間から、舞台はドン・キホーテの空想の世界から現実に移行する。ドン・キホーテの秘密(誇大妄想狂)が明らかにされるのだ。サディスティックな看護婦は、ドン・キホーテに対して情け容赦ない。

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      デュモーとゾマーが並んで登場。

結局、ドン・キホーテは巨人(ヨハネット・ゾマー扮するタンタン)との戦いに負け、罰として1年間本を読むことを禁じられる。
認知症の老人介護施設に入れられ、誰からも省みられないドン・キホーテの最後の歌は哀切に満ちている。そういう境遇の最後になっても、騎士としての誇りと矜持を保とうとするドン・キホーテの姿には、思わずほろりとさせられた。味わいあるエンディングである。
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   老いた孤高の騎士、老人介護施設のドン・キホーテ。

ルネ・ヤーコブスは、レチタティーボをオペラの中のドラマ要素として重要視しているから、チェンバロ3台にリュートやギターなど通奏低音の音の層を厚くする。そうすると、レチタティーボ部分も軽くならずに、アリア部分との軽重の差が少ないから音楽と劇進行がスムーズに融合する。今回も、ベルリン古楽アカデミーは、まとまりのいい演奏だった。
右寄りのかぶりつき席に移ってからは、バスーンが目の前なので、特に低音が耳に直接届くから、デュモーのデリケートな声が掻き消される傾向になったのだけが残念だった。
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by didoregina | 2010-06-28 21:54 | オペラ実演 | Comments(10)

Beloved and Beautiful オランダ・バッハ協会コンサート

ヨハネット・ゾマーがソプラノ・ソロ・パートを歌うので、オランダ・バッハ協会のコンサートに行ってきた。2010年4月27日。しかし、帰国間もないため、やはり夜のコンサートはきつかった。ついつい、こっくり、舟をこいでしまう。
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             今シーズンは、彼女のおっかけしてるのだ。

会場は、恒例、マーストリヒトの聖母教会。
日中はいいお天気で、暑いくらいだったが、夕刻からは涼しくなった。コンサートが始まるのは夜8時半で割と遅め。教会でのコンサートに着物は、あまりに浮きすぎるので、カシミア混のセーターにジャケット代わりのブラウス、膝丈スカートにタイツという服装で出かけたのだが、教会内部に入るとひんやりする。これは失敗した、と思って周りを見ると、やはり皆さん重装備である。こんな薄着の人は、他にはソリスト位しか見当たらない。

すなわち、ヨハネット・ゾマーの服装のことである。彼女は今回、デコルテが開いてはいるが長袖で襟にボリュームのあるカシュクールを太いサッシュ結びにした焦げ茶のシルク・タフタ・ブラウスに、鼠色のやはりシルクと思われるロングスカートという、教会でのコンサートにマッチした、控えめな姿。いつも同様、ブラウスの色に合わせた色石のネックレスだが、ゴージャスさはあまりない。まあ、茶会の着物、みたいな雰囲気と思っていただくとよろしい。

c0188818_1735094.jpgHeinrich Schütz (1585-1672)
- Stehe auf, meine Freundin
Georg Böhm (1661-1733)
- Mein Freund ist mein
Dietrich Buxtehude (1637-1707)
- Drei schöne Dinge sind (BuxWV 19)
Johann Christoph Bach (1642-1702)
- Meine Freundin, du bist schön
Johann Sebastian Bach (1685-1750)
- Der Herr denket an uns (BWV196)

Uitvoerenden
De Nederlandse Bachvereniging solistenensemble
Jos van Veldhoven dirigent
Johannette Zomer sopraan
Marcel Beekman tenor
Harry van der Kamp bas

曲目は、上記ジャケット写真のCDBeloved and Beautifulと同じ内容だが、コンサートのタイトルは Meine Freundin, du bist schonとなって、旧約聖書からの愛の歌、と副題がついている。
すなわち、「ソロモンの雅歌」に基づいたドイツ・バロックのカンタータやモテットを集めたものだ。
このジャケットに描かれた百合の絵から連想するのは、マタイ福音書の「野の百合はいかにして育つかを思へ。労せず、紡がざるなり。されど、われ汝らに告ぐ。ソロモンの栄華だにこの花に一つにも如かざりき」の言葉だ。ソロモン繋がりで順当と言えば、順当である。ベタとまでは言うまい。

ソロモンというのは、ダビデの息子で、サウルから数えて3代目のイスラエル王だ。
ソロモンの治世下、イスラエルは繁栄を極め、平和を謳歌した。ソロモンの叡智のおかげだ。彼は即位の際、神から、善悪を判断しイスラエルの民を治めるための知恵を授けられることを望んだので、神の御覚えめざましく、ずうずうしく口に出して望みはしなかったが、結果として栄華をも得た。
神に感謝して黄金の神殿を建てたことにはソロモンの敬虔さが窺えるのだが、それからどうも奢侈に走り、肉欲に耽ったり(后700人に側室300人とか)、異国の妻達に迎合して異教礼拝までもしてしまった。
奢れる者は久しからず、の法則どおり、彼の死後、王国は弱体化し分裂した。
だから、わたしは、野の百合の裏の象徴として、盛者必衰の理を思わざるを得ないのだ。

ソロモンは知恵の王なので、「雅歌」は彼が作ったもしくは編纂したと伝わる詩を集めたものだ。
2000年以上前に書かれたのだが、万葉集の相聞歌みたいに多分に土俗的で直接的な愛の歌がメインとなっている。だから、ストイックでプロテスタント的な世界とは対極にありそうな気がするのだが、ルターも詩の白眉と呼んだくらいだから、普遍的でもあり、ストレートな美しさで邪気がなくインパクトがある。

こういうマイナーな曲を集めて、教会でコンサートというセンスが、予想外によかった。
最後のバッハの曲だけは、神に感謝の言葉が出てくるが、これも結婚を寿ぐ歌である。
無邪気な愛の歌が多いから、抹香臭さが全くない。華やかなヴァイオリン・ソロもたっぷり入ったり、ソロも掛け合いもおおらかな男女の愛の賛歌で、艶やか。
特にヨハネット・ゾマーに注目して聴いていたのだが、いわゆる教会系の彼女の声にはぴったりだし、真面目一本やりでなく遊びがある内容の歌が多いから、楽しめる。
これは、CDもやっぱり買うべきだろうか。(CDと異なり、今回のコンサートでは、テオルボ演奏はフレッド・ヤーコブスだった)
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by didoregina | 2010-04-28 11:12 | コンサート | Comments(0)

Love and Madness 

ヨハネット・ゾマーのヘンデル・アリア集を、前回に書いたような経緯で(サインが欲しいがために)買った。
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ヘンデル・イヤーだった昨年の9月にリリースされたものだ。
皆がこぞってヘンデルCDを出したので、財布は軽いわ、食傷気味だわという最悪のタイミングだった。
しかも、このジャケット写真のイケてなさは、言語道断である。だから、食指は動かなかった。
しかし、コンサート後に、サインしてもらって16ユーロというのは、なかなかお得かな、と心が動いたのだった。

ヘンデル・アリア集は、雨後の筍のようにやたらと出た。だから、なにか、これだと言えるような特色がないと弱いから、財布の紐を緩ますことはできない。
このCDの売りは、バート・シュニーマンによるバロック・オーボエとの絡みである。
このアイデアは、わたしの想像だが、数年前にジョン・ガリヤードの「パンとシュリンクス」を録音した事から派生したのではないかと思う。
ガリヤードは、ヘンデルの同時期の作曲家で、オーボエ奏者としても名高かった。ヘンデルの「テゼオ」には、彼にオーボエ・パートを演奏してもらうため、オーボエ・ソロがやたらと多い。
それが、ヨハネット・ゾマーの頭にこびりついていたのではないか。それで、閃いたのだ、オーボエとの共演でヘンデル・アリア集を出そう!と。(単なる想像。本人に訊けばよかったのに、井戸端会議で終わってしまった)

• Chi t’intende?    Berenice’s aria from ‘Berenice’
• Morirò    Medea’s aria from ‘Teseo’
• Concerto a quattro
• Lascia ch’io pianga    Almirena’s aria from ‘Rinaldo’
• Oboe concerto in G minor
• Ah! Spietato    Melissa’s aria from ‘Amadigi’
• Cantate fragment ‘Languia di bocca lusinghiera’
• Dolce riposo    Medea’s aria from ‘Teseo’
• Io sperai    Bellezza’s aria from ‘Il trionfo del Tempo’
• Scherza infida!    Ariodante’s aria from ‘Ariodante’
• Cantata ‘Mi palpita il cor’ - Adagio/Aria
• Introduzione from cantata ‘Delirio amoroso’
• Caro, vieni a me    Costanza’s aria from ‘Riccardo Primo’

タイトルに「愛と狂乱」とあるのは、選んだ曲の歌詞を読むかぎり、激しい内容なので納得できる。
しかし、オーボエという楽器には、どうも狂乱のイメージは合わない。ほのぼのと牧歌的雰囲気の音色だと思う。

「テゼオ」から、メディアのアリアが2曲収録されていて、オーボエとの絡みもあるから、これが目玉であろう。
しかし、ヨハネット・ゾマーのノン・ヴィヴラートの高音で歌われると、いかんせんドラマチックではないので、禍々しい毒婦の印象を与えない。頭に浮かぶのは、清らかな天使である。だから、かえって、この2曲が一番弱かった。あんまり音量を大きくして聴くと、キンキン響いて不快になるほど。
それよりも、カンタータや「アマディージ」のメリッサのアリア、「リチャード1世」からコスタンツァのアリアのほうが、役柄に無理がないから、ずっと自然で、聴いていて違和感がない。

それから、「リナルド」から、お決まりの「わたしを泣かせてください」。
いつも不思議に思うのだが、女性歌手のヘンデル・アリア集では、これが漏れていることがない。
必ず収録すべし、とでもいう不文律でもあるのだろうか。
よよ、と泣き崩れる、か弱き深窓のお姫様の歌声、という感じで、バルトリ姐とか、マレーナ様とか、サラ様とか、その他の歌手による怨念あふれる嘆きとは、異なるアプローチである。

それから、「アリオダンテ」から、「不実な女よ」。
これも、超有名曲だから入れるべし、とプロデューサーが言い出したからか?
ゾマーのようなストレートに純粋古楽系のソプラノで歌われると、恋人の不実をなじる男の強さも嘆きも感じられない。きれい、きれいに終始した悲嘆調なので、まるで我が子を失った母親の歌のように聴こえるのだ。

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「愛と狂乱」というタイトルに惑わされると、がっかりするかもしれないが、ゾマーの声でヘンデルが聴けたので、許そう。
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by didoregina | 2010-02-03 13:03 | CD | Comments(10)

Summertime

2週間も待たずに、ヨハネット・ゾマーにまた会えた。
彼女には狙いを定めている今シーズンなのだが、実は、同日ブリュッセルのモネ劇場で、エヴァ=マリア・ウエストブルックも出演している「エレクトラ」がマチネ上演だったのだ。どちらに行くべきか、ここは思案のしどころである。
ウエストブルックは、12月にDNOで当たり役「西部の娘」の主役が好評だったが、TV放映の噂を信じて、歌劇場には行かなかった。がせネタであった。彼女とは、縁が薄いのだろう、きっと。ということで、わたしとは今シーズン、かなり縁の濃そうなゾマーの方を選んだ。

c0188818_21262614.jpg2010年1月31日
Muziekcentrum @Eindhoven

Claudio Monteverdi
   Lamento d'Arianna,
   Tirsi e Clori,

George Gershwin
   Summertime,
   The man I love,
   My man's gone,
   They can't take that away from me,
   Fascination rhythm,
   It ain't necessarily so


妙に能天気に明るいポスターである。
プログラムも凄い。曲目は、モンテヴェルディとガーシュインで、ヨハネット・ゾマーにThe Gents, ハーグ・サキソフォーン・クワルテットという組み合わせも、なかなか意表を突いている。

最初のモンテヴェルディの2曲は異質で、浮いてしまった。「アリアンナの嘆き」と「ティルシとクローリ」は、モンテヴェルディのマドリガーレだから、当時の流行歌だと思えば、どんなアレンジでもあり、だとは言える。
しかし、16人の男声合唱団ジェンツが、通奏低音やその他の器楽パートを口三味線で歌ったり、歌詞をハモッたりするのが、どうもひっかかる。しかも、そこに伴奏として、サキソフォーン・クワルテットが加わるのである。アレンジした人には、ご苦労とねぎらうべきだろうが、バロック音楽というにはちょっとぎこちなさがある。ゾマーの歌い方が正統的古楽の王道を行くものだから、かえってその他の人たちとのギャップを感じるのだった。
ジェンツは、キングズ・シンガーズを素人っぽくして、頭数だけ増員したような感じ。比較的ポピュラーな路線を行っているようだ。

その後、ガーシュインの曲になると、一気に雰囲気が盛り上がった。
ヨハネット・ゾマーの声と英語の歌詞との相性は抜群だとは、常々思っていた。この人の歌う英語の発音にはぞくぞくしてしまうのだったが、それはなにもパーセルやヘンデルなどの歌には限らないことを発見した。
ガーシュインの曲には、なんとなく黒人歌手の方がハマリそうなイメージがあるが、ゾマーは、パンチを効かせたジャジーな表現も上手いのだった。バッハを歌うときのように清楚でストイックなのとは、全く異なる歌い方ができるのだ、この人は。レパートリーの巾が恐ろしく広い。
そして、彼女の英語のとろけるような発音の耳当りのよいこと!はっきり言って、英語の歌だと、かえって耳障りに聞こえる歌手は多いのに。

バック・コーラスやサキソフォーンの伴奏とも、曲の雰囲気がばっちりあっていて、日曜のお昼にふさわしい、軽さと明るさで、いい気分になった。

プログラムを読むと、コンサート後、CD販売とサイン会があるという。
ヨハネット・ゾマーのCDは、Channel Classicsのプロモーション・セールだったので、先日大人買いしたばかりである。ちょっと引けてしまうジャケ写真のため、最新盤ヘンデル・アリア集は注文しなかった。いい機会だ、これを買ってサインしてもらおう。

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           ステージ用メイクのままなので、きつめの顔。

CD売り場では、何事かもめていた。
コンサート前にChannel Classicsの人が舞台に出て、創業20周年記念コンサートのことを話した。5月24日に、ここフィリックス・ミュージック・センターで、所属全アーチストを招いて、コンサート他の催し物で、一日お祭をするという。
そして、フィリップス・ミュージック・センターでは、今回のコンサート聴衆に、記念サンプルCD2枚配ります、とDMでお知らせしてきたのに、レーベル側は知らず、販売用のCDしか持ってきていないのだった。
タダでもらえると思って群がっていた人たちは落胆して去り、残ったわたしが最初にヘンデル・アリアCDを買い、ヨハネット・ゾマーにサインしてもらった。

ゾマー自身がCDのプラスチック包装を剥いて、サインしてくれてる間、話しかけてみた。
         (Rは私 Zはゾマー)
R「今シーズンは、あなたのコンサート、追っかけしようと思ってるんですよ」
Z「あら、まあ」
R「いえ、異なるプログラムのだけですが」
Z「今回のは、ちょっと変わってるでしょ?」
R「ええ、2週間前に聴いたコンティのダビデとは、全然雰囲気が違いますね。その前の聖母教会でのコンサートとも」
Z「あれは、テオルボのフレッド・ヤーコブスと共演したコンサートね」
R「でも、聴衆が少なくて、残念でした」
Z「教会関係者と寄進者が対象だからでしょ」
R「それがあいまいで。どこにも、宣伝がでていなかったんですよ。それから、ドイツのケンペンでのヘンデルのテオドーラ、1日違いで聞き逃してしまって残念。オランダのカンペンだとばかり思っていたので。次回もヤーコブスと共演でしたっけ?」
Z「はっきり、覚えていないから、サイトをご覧になって」
R「はい、サイトで日程はチェックしてます。そのおかげで、聖母教会のコンサートにも行けたんです」
などと、なんだか、井戸端会議のような果てしなさで、女二人の会話が続いたのだった。

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               お宝のツーショット
               雪のため、電車で出かけたので、着物はパス。
               そのかわり、帽子で目立つようにした。
               ゾマーは、気配りのきく、さっぱり気さくな人だった。
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by didoregina | 2010-02-01 14:25 | コンサート | Comments(6)

カーティス指揮オランダ・バッハ協会のコンティ「ダビデ」

このところ着物関連記事ばかりなので、ブログ名は偽りか、との疑念を抱かれても仕方がない。
しかし、ようやく、今年初めてのコンサートに昨晩行ってきた。
コンティのオラトリオ「ダビデ」という出し物は、新春にふさわしいのかどうか分からないが、期待は大きかった。
なにしろ、今シーズンは極める!とマークしたヨハネット・ゾマーが出て歌ってくれるのだ。
コンティの音楽も、実演にめぐり会える機会は少ない。それが、今シーズン終わりごろには、DNOもコンティのオペラを取り上げる。ちょっとしたリバイバルというより、このように日の目を見るのは初めてかもしれない。

c0188818_19231447.jpgFrancesco Bartolomeo Conti
(1682-1732)
- David
Azione sacra per musica
De Nederlandse Bach-
vereniging koor en orkest
Alan Curtis  dirigent
Yuri Minenko  countertenor
(David)
Matthew Brook  bariton (Saul)
Anna Maria Panzarella  
sopraan (Micol)
Johannette Zomer  sopraan
(Gionata)
Cécile van de Sant  alt (Abner)
Marc Pantus  bas (Falti)

初めて聴くコンティのオラトリオだというのに、全く予習をせずに出かけてしまった。
これは、大失敗。舞台上に字幕が出ていないのだ。何を歌っているのか内容意味不明である。
また、コンサート形式だから、各自私物の衣装を着ているため、役柄がどうもよく分からない。
しかし、プログラム・ブックには歌詞対訳が出ているから、それを読みながら聴いている人が多い。彼らは、オランダ・バッハ協会のやり方に慣れている通に違いない。
近くに座っていた知り合いもこれにはあせって、休憩中に急遽プログラムを買い、必死になってあらすじを読み、わたしたちに内容を説明してくれた。そのせいで、彼女はせっかくの飲み物を飲む暇がなく、大半を残したまま、後半開始のベルに急き立てられ座席に戻る羽目になった。

休憩中の泥縄式学習で知った驚異の事実は、こうだった。なんと、ヨハネット・ゾマーはソプラノなのに男役なのだった。道理で、黒のパンタロンに黒白太縞のブラウスという、きりっとボーイッシュな衣装だったのだ。このストライプは、ヴァチカンのスイス衛兵が着ている制服を連想させたので、イメージ的には当らずともいえども、遠からず。

男性歌手は、特に、バスの二人が上手い。特に、サウル王役の人は、顔だけでも感情表現が出来るほど表情豊かで、嫉妬心から疑心暗鬼のサウルとしての説得力がある。
しかし、主役のダビデは、特に前半は弱かった。可愛いとか、女っぽい感じの声質ではなく、かといって男性的でもないから、少年イメージのつきまとうダビデ役には向いていそうなのだが、際立つものがなく、聴衆を唸らせるにはいたらなかった。声も歌唱も個性に乏しく、印象に残らないのだ。
女性歌手では、ソプラノ二人が上手かった。金髪ショートカットで歌い方にも少年ぽさを出しているヨハネット・ゾマーと、赤毛でおばさんっぽい声とルックスのアンナ・マリア・パンザネッラとは、好対照でキャラクター的にいい組み合わせである。
アルトは、全く低音の魅力を感じさせず、この人一人のレベルが低く、足を引っ張る感じだった。

指揮のアラン・カーティスは、マリヤーナ・ミヤノヴィッチ(!)とシモーネ・ケルメス(!!)を歌手に迎えて、「ダビデ」CDを出している。
「この作品を選んだのは、傑作であることに疑いの余地がないからだ。」と豪語しているカーティスだから、作品への惚れ込みようには念が入っているはずだ。もう、コンティの「ダビデ」といったら、彼以外取り上げる人もいないから、一人勝ちのエキスパートだ。
しかし、その指揮ぶりは、淡々としたものだった。白髪のかなりの長身で、堂々とした姿勢も立派で、崩れない。淡々としたシンプルな指揮ぶりでオーバー・アクションとは無縁である。
全体的になぜか(似非)貴族的な雰囲気が漂う。昨晩はその理由がわからなかったが、今、それがなぜかに思い当たった。ヴィスコンティの映画「山猫」のバート・ランカスターそっくりなのだ。口ひげの感じが似てるし、どちらも、貴族っぽさを演じてる様子がどうも胡散臭さを感じさせる。

オランダ・バッハ協会のオケの面々は、きりっと引き締まった音を出す。それが、カーティスの指揮によって引き出されているとは感じられず、彼ら本来のやり方で、いつもどおりに演奏している感じだ。好感が持てた。
アンサンブルはしっかりしているし、全体的に気負いがなく、それでいて、びしっと決まるところは決まっている。先鋭的ではないが、そうかといって濃厚でもなく、だれてもいない。

コンティの「ダビデ」では、トロンボーンとテオルボが効果的に使われる。コンティ自身がテオルボ奏者出身だから、竪琴の代わりに、テオルボを爪弾くのが、ダビデのかきくどくアリアの伴奏になる。サウル王の心を和ませるというクライマックスにこれを持ってくるところが、コンティの作曲家としての面目躍如である。
全体的に曲調がさわやかで、飽きない内容のオラトリオだったし、ヘンデルの「サウル」と対になる名曲と言えるかも知れないと思った。予習しなかった代わりに復習として、CDを買おうと思う。

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by didoregina | 2010-01-21 12:33 | バロック | Comments(14)

Antequeraとヨハネット・ゾマーのCantigas de Santa Maria

Aangenaam... Klassiekという、CD販促プロモーションのおかげで、ヨハネット・ゾマーの旧譜CDを格安に手に入れることができた。サンプルCDを10ユーロ出して買って、中に入っているクーポンを使わなくても、このCantigas de Santa Mariaは、期間限定で10ユーロで販売されている。しかも、デパートでは多分間違って選り取り2枚15ユーロのステッカーが貼られていたので、もっと安く買えた。10ユーロでも買うつもりだったが。

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スペインというか、カスティリアとレオンの王様だったアルフォンソ10世(1221-1284)が編纂させた、聖母マリア頌歌集(全部で400ページ以上)から13曲を選んだものだ。
この歌集の写本は、豪華な装飾に彩られた細密画41を含む、非常に美しいものだ。中世のモノフォニー(単旋律)で歌われるマリアへの賛歌がネウマ譜で書かれ、10ページ毎の挿絵に当時の楽器などが描かれていて、見るだけでも楽しい。
マドリッド郊外のエル・エスコリアル修道院の図書館にその写本が所蔵されているが、閲覧できるのだろうか。1度行ってみたい。
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この写本および細密画に関しては、非常に詳しいサイトが2つあり、図版も充実しているのでリンクを張る。

アルフォンソ10世というのは、賢王と呼ばれるように、学術に非常な関心を示したので、この頌歌集には王自らが書いたマリア賛歌の詩も、相当数含まれているらしい。
マリアを讃える詩の内容は、当時の吟遊詩人が高貴の女性へ寄せる愛の賛歌に似たパターンを踏襲していて、無邪気さとロマンが同居している。それには、いわれがある。
13世紀初頭、ラングドック(フランス南西部)に蔓延っていた異端のカタリ派狩りとして、アルビジョワ十字軍が派遣された。政治が絡んだ宗教戦争の様相を呈し、異端尋問は厳しく、ラングドックの封建貴族およびその地方の文化は、根絶やしになった。
ラングドックといえば、吟遊詩人のメッカである。職を失った吟遊詩人の群れが、スペインのアルフォンソ10世の宮廷に集まり、彼らの芸能を伝えたのだという。

また、当時のスペインは、南部はイスラムの王朝に支配されていた。アルフォンソの統治する地域は北部であり、カトリックの牙城であったが、スペイン全体的に見ればイスラム・ユダヤ・キリスト各宗教が混在し、ある意味では融和していた。その証拠として、この写本には、異なる宗教や文化を背景とするような楽器が、沢山描かれている。
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ネウマ譜で書かれた歌集だから、歌い手および器楽奏者が、自由に想像力を働かせて演奏する余地が非常に大きい。
このCDで使用されている楽器も、サンフォニーだの、ルハブだのフルート・ア・ベックなど、珍しいものを聴くことが出来る。打楽器も、タンバリンの化け物みたいのや、アラブ風の小鼓みたいのなどの写真が載っている。
若い人の集まった、古楽器アンサンブルAntequeraは、スペイン人とオランダ人の混成のようだ。

ヨハネット・ゾマーの歌声は、甘くまろやかで明るく、聖母への賛歌という意味からも、これ以上のものは望めない、と思えるほどだ。歌っている言語は、当時のスペイン語方言(ガリシア地方とポルトガル語が混じったもの)である。その歌い方も声も、サヴァールの奥さんであるモンセラット・フェゲラスによく似ているが、ゾマーのほうがもっとクセがない。耳に優しく、とろけるように響くのは、録音場所の教会の音響のせいもあるかもしれない。

13世紀の歌は、ポリフォニーのもやもやとした曖昧さがない分、単純明快でストレートに耳に届き、気持ちがいい。
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by didoregina | 2009-11-11 22:02 | CD | Comments(6)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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