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セミ・ステージ形式の『ポッペアの戴冠』@バービカン

この秋一番期待の出し物は、バービカンでの『ポッペアの戴冠』だった。
なぜなら、ネローネ役にサラ・コノリー、オットーネ役にイエスティン・デイヴィスと
いう垂涎もののキャストだからだ。(当初ポッペア役に予定されていたアンナ・カタリナ・
アントナッチは、割と早いうちに降りてしまって、リン・ドーソンが題名役)

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Monteverdi L'incoronazione di Poppea
Semi-staged performance
2014年10月4日@The Barbican

Academy of Ancient Music
Robert Howarth director
Alexander Oliver stage director
Lynne Dawson Poppea
Sarah Connolly Nerone
Sophie Junker Drusilla/Virtu
Daniela Lehner Amore/Damigella
Marina de Liso Ottavia
Matthew Rose Seneca
Iestyn Davies Ottone
Andrew Tortise Arnalta
Vicki St Pierre Nutrice
Elmar Gilbertsson Lucano/2nd Soldier
Gwilym Bowen Valletto/1st Soldier/Highest Familiari
Richard Latham Liberto/Middle Familiari
Charmian Bedford Fortuna
Phillip Tebb Littore/Bass Familiari


モンテヴェルディのこのオペラ自体も好きな作品である。
バロック・オペラ黎明期の作品なので、音楽的には明快でキャッチーなアリアがちりばめ
られ書法もストレートでベーシックかつシンプルながら、ストーリー的には神々および
人間同士の愛憎・愛欲・美徳・哲学・権力欲などが絡み合って複雑なのが魅力である。
その後発展していくバロック・オペラに不可欠な要素は揃っていながら、まだまだアルカ
イック的な稚拙な荒々しさとでも言える香りがなんともたまらない。

実演舞台では、オーディ演出でネローネ役にマレーナ・エルンマン、オットーネ役に
べジュン・メータ、ポッペア役にダニエル・デニースというのと、ネローネ役にフランコ・
ファジョーリ、オットーネ役にデヴィッド・D.Q.リー、ポッペア役にマリア・ベングトソン
という2プロダクションを鑑賞したことがある。いずれも、演出的に凝った舞台で、オケも
かなり増強した編成になっていて、見ごたえ聴きごたえがあった。

今回のバービカンでは、ステージ形式かと思っていたら、なんとセミ・ステージ形式という
ことで、小規模編成のオケの前に、客席に張り出す形で舞台が広げてある。最前列に座った
私の目の前で、演技が繰り広げられるのであった。

神々の争いに人間世界での権力争いと愛欲とが絡み合い、全体のトーンとしては悪徳賛美に
なっているところが、このオペラの画期的な点であり、現代にも通じる普遍性のある所以で
ある。しかも、登場人物の誰もが一筋縄ではいかない、多面性を備えている。
複雑なストーリーのため登場人物が多く、主要人物以外は、何人かの歌手が複数の役を兼ねる。
セミ・ステージなので、私服に毛の生えたような舞台衣装というか、役柄にあった自前の衣装
という感じである。

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歌手では、とにかくご贔屓の二人が演じるネローネとオットーネにひたすら注目つつ、見
聴いた。

サラ様ネローネは、第一幕と第二幕を合わせた前半では、タキシード風のスーツを着崩した
いかにもプレイボーイ的な衣装で、ネローネの権力と愛欲へ固執する性格を表情や態度で
表す素晴らしい演技が冴えていた。堂々たるものである。1メート位先の舞台上だから、ごく
細かい点までよく見えるのだが、彼女の迫真の演技の素晴らしさ!ほぼオールバックに
ぴったりとなでつけてマニッシュな髪型がより男っぽさを醸し出す。
さわやかさの勝った彼女らしい歌唱と声も、ネローネにまさしくぴったりだ。
横たわったり、ポッペアのみならず男友との濡れ場シーンなどをかなりいろいろなポーズを
取らされて歌うのだが、ほとんど非の打ちようがないネローネぶりである。
彼女のズボン役には惚れ惚れするのだが、今回も最高の出来だった。

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大道具などの舞台装置は全くないのだが、照明で各場の雰囲気を変えているのと、オケ後方に
ある階段の段差や客席も用いたりして動きに幅を出し、場所的・音響的にも変化をつけている
演出はなかなかよかった。

オットーネというと気の毒な寝取られ男というイメージなのだが、そういうかわいそうな役に
イエスティン君はこれまたピッタリなのだ。ヒーローとは言いがたいが悪役でもない、アンチ・
ヒーローに彼ほどすんなりとルックス的にも声質的にも合うカンターテナー歌手は少ないかも
しれない。
毎度ながら、彼のコントロールのきいた歌唱には舌を巻くというか、全くどこにも不安を感じ
させない。今まで聴いてきた彼の歌でがっかりしたことは一度もなく、いつでも安心して聴い
ていられるのだ。そのコンスタントさという実力はかなりの強みではないだろうか。
そして、特に近くで見るとよくわかるのだが、細やかな表情での演技も上手い。

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ネローネの黒(前半)と花柄(後半)の衣装との対比も鮮やかな白のリネン・スーツのオットーネ。

高校生という設定だったリナルド役以来、あごひげを剃ったのが、また少しうっすらと伸びて
きている感じ。下はきりっと刈り上げて上に行くにしたがって長いトレンディーな若々しいさ
と躍動感のある髪型もよく似合っている。


題名役のポッペアには、あまり期待していなかったのだが、それでも不満がありすぎた。
清涼感が売り物だったリン・ドーソンの声には、今や張りや潤いが感じられず、高音と
低音の声に滑らかな統一感がないから、聞き苦しいことこの上ない。年のせいで声全般に衰え
が隠せないのはまだしも、歌唱も不安定である。主役の歌にハラハラさせられるというのは、
聴いていて辛い。
ポッペアといえば、悪女中の悪女であり、しかもコケットなかわいらしさも必要な役だ。
ルックスに関しては、もう今更何も言うまい。後半になって、歌唱は持ち直したので、彼女が
出てきても、そちらを見ないようにして聴いていた。

今回、はっとさせられたのは、オッタビア役のマリナ・デ・リソの安定して迫力のある歌唱だ。
オットーネと同じくらい同情を買う役だが、皇后の気位の高さも出さなければならないから、
どうかな、と心配していたのが全くの杞憂に終わるほど、堂々たるもので見直してしまった。
今回の歌手陣の中で、彼女だけイタリア的テンパラメントを感じさせる、熱いものがほとばし
っている歌唱だった。

それ以外の歌手も、皆それぞれ役柄に合って上手で、(題名役を除いて)不満は全くなかった。
ただし、イギリスの歌手とイギリスの器楽演奏家でほぼ揃えたため、よくいえば、清らかで
典雅だが、このオペラ作品の持ち味であるねっとりとした毒のようなもの、あざとさが音楽
から感じ取れなかった。生真面目そのもので遊びの要素がないのだ。その点で、今まで聴いた
『ポッペア』と比較した場合、少々物足りない。
オケの編成もごくごくシンプルなもので、チェンバロ2台とテオルボ2台の通奏低音楽器が
主に活躍するのみで、それもかなり控えめなのだ。それ以外の弦楽器や管楽器になると全く
印象に残っていない。
アルカイックなモンテヴェルディの音楽の土臭さを感じさせるような、躍動感を強調するよう
なリズミックな楽器の使い方がされていなかったためだ。ある意味、古風な演奏なのだった。
今回も、ヨーロッパ大陸とイギリスおよびアメリカの楽団によるバロック演奏の違いをまた
改めて認識させられた。

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by didoregina | 2014-10-10 23:39 | オペラ実演 | Comments(5)

San Giovanni Nepomuceno はカルダーラらしさ爆発のオラトリオ

今年のユトレヒト古楽祭のテーマは「ハプスブルク、ウィーン、プラハ」となっていて、
チェコの古楽アンサンブルCollegium1704がアーティスト・イン・レジデンスである。
彼らが演奏する古楽祭オープニング・コンサートのチケットは取れなかったが、私的には
非常に興味を惹かれる演目であるカルダーラのオラトリオ・コンサートを聴きに行った。

c0188818_19161420.jpgA. Caldara: Oratorio San Giovanni Nepomuceno
@TivoliVredenburg Utrecht
2014年9月1日

Collegium 1704
Václav Luks - Conductor

Hana Blažíková - Regina, soprano
Alena Helerová - Angel, sorano
Sophie Harmsen - San Giovanni Nepomuceno, mezzosoprano
Václav Čížek - Ministro, tenor
Tomáš Král - Venceslao, bass









例によって、あまり演奏される機会のない曲のため、事前予習なし(ほぼ不可)である。
ストーリーをかいつまむと、ヨハネス・ネポムセヌスという聖職者の殉死がテーマの曲で、
ボヘミア王ウェンセスラウス4世(ヴァクラフ4世)は、王妃ヨハナの懺悔を聴く僧ヨハネス・
ネポムセヌス(サン・ジョヴァンニ)と王妃の仲を疑い、嫉妬が嵩じたあまり人間性を失って、
僧を残虐な手段で拷問した挙句、半死のまま川に投げ捨てさせたが、天使と王の寵臣によって、
僧も王も最後には救われる、という筋書きだ。

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以前と変わらない大ホール

今年からユトレヒト古楽祭のメイン会場は、今年の春にようやく改修工事が終わって新装
リニューアル・オープンとなったフレーデンブルク(新名称はティヴォリ・フレーデンブル
ク)だ。再オープンまで、8,9年かかったのではないかと思う。それで、内部はどうなったか
というと、大ホールにはほとんど全く手が加えられないまま、建物の箱は大きくなって外観
が変わり、建て増し部分に小ホールとポップやロックなどのコンサート向け会場が加わった。
多目的総合ホールになったのだった。

このコンサートも結構人気演目で、1か月半ほど前にチケットを注文した時にはすでにいい
席は残っておらず、ステージ横を上から見る位置の席を選ばざるをえなかった。
ところが開演してみると。会場は満席ではなく、平土間にもかなり沢山空席が目立つのだ。
いったいどういうわけだろう?納得いかない。
この位置では、舞台は真横上から俯瞰するので指揮の様子はよく見えるが、ソロ歌手の声が
人によっては全く届いてこない。
特に、王役のテノール歌手の声が聴こえない。字幕も見辛い位置にあり、ストーリーを知る
ために字幕を追うと歌手は視界から消える。視界に入らずしかも声が届かない歌手の歌を
聴くというのはしんどいものである。
寵臣役のバリトンとサン・ジョヴァンニ役のメゾの声はまあまあ聴こえる。
しかし、一番期待の王妃役ハナちゃんは素晴らしかった。すっとさわやかかつのびやかな
澄んだ声がびんびんとこの位置まで響いてくるのだ。

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ハナちゃん、感動をありがとう!

ハナちゃんの歌唱も声質もいかにも教会系で、バッハのカンタータやオラトリオにうって
つけのストレートな美しさで勝負なのだが、録音ではなぜか彼女の声は妙にキンキン響く
ように聴こえることがしばしばあり、「そうじゃないんだ、彼女の生の声は!」と触れ回り
たくなる。
今回の彼女の歌唱の素晴らしさは群を抜いていて、声には深みと艶と温かさが増し、ピンと
張ったきらめく絹糸のような芯のある美しいアジリタも決まって、びしびしと届く。
レチタティーヴォの発声もきれいで説得力があるので、うっとりと聞きほれてしまう。
無垢でかわいらしい印象だったのが、女王らしい威厳と気高さの表現力もあるのに驚かされた。
そして、無実の罪を着せされた王妃の無念さと、それに負けじと運命を切り開く強さを堂々
たる歌唱に込め、聴く者の心にじんと迫るのであった。

特にトランペット・オブリガートとの掛け合いのアリアでは、彼女の声質とバロック・トラン
ペットの華々しい音質が上手い具合にマッチして、このコンサートの白眉であった。
崇高という言葉はこれを指すためにあるんだな、と思え、目頭が熱くなるほどだった。

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幕間休憩時に、空いていた平土間の席に移動した。
やはり、音響・視覚的に難ありの席に座っていた大多数の人が、上からがら空きに見えた
平土間に移動してきたので、最前列には座れなかったが、2列目右はじの席を確保した。

すると当然ながら、前半では全く冴えなかったテノール他の歌手の声もまっすぐ届くから
よく聴こえて、まるで別の印象になるのだった。
しかし、もっと印象が変わったのはオケの演奏だ。
ステージ上手側上方の席だと、正面からのヴァイオリンの音が妙にぬるりとした感じで、
テンポが遅れ気味で、よく言えば典雅でおしとやかに聴こえるのだったが、平土間から
直に響くオケの音にはもっとびっしりとしたしまりがあった。
このオケには、イタリアのバロック・オケによくあるような、あざとさと紙一重になるほど
効かしすぎたエッジやドライブ感は期待していなかったが、演奏や音にぼやけたところは
なく、かえってノーブルで正統派でいわば育ちのよさを感じさせる好ましいものがある。
ウィーン的、いやプラハ的におっとりとしている。
プラハご当地ものオラトリオだが、カルダーラ作曲のおかげでドラマチック、オペラチッ
クなバロック感覚が炸裂していた。

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後半になるとドラマが意外な展開を見せるため、もう一人のソプラノの天使も登場する。
せっかくいい席に移動したのにハナちゃんの見せ場・聞かせどころが少ないのが少し残念
だったが、やはり間近で聴く彼女の声と歌唱は感動的で、すったもんだのキャンセル劇で
スケールが矮小化してしまった1月のカルダーラの別のコンサートのソプラノ代役として
彼女が出演していれば!と思ってしまったほどだ。それほど実力を見せつけたハナちゃんの
独り舞台だったのだ。
今シーズン、彼女は見逃せない。
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by didoregina | 2014-09-02 13:40 | コンサート | Comments(2)

グラインドボーンの『リナルド』2014年リバイバル版

2014年夏のグラインドボーンでのカーセン演出の『リナルド』上演は、2011年の夏フェスティ
ヴァルでの初演と秋のツアーに続いてのリバイバルだ。8月19日の公演を鑑賞した。

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Rinald. Glyndebourne Festival 2014. Photo: Robbie Jack

Conductor Ottavio Dantone
Director Robert Carsen
Revival Director Bruno Ravella
Designer Gideon Davey
Movement Director Philippe Gireaudeau
Lighting Designers Robert Carsen and Peter Van Praet

Rinaldo Iestyn Davies
Goffredo Tim Mead
Eustazio Anthony Roth Costanzo
Almirena Christina Landshamer
Armida Karina Gauvin
Argante Joshua Hopkins
A Christian Magician James Laing

Orchestra of the Age of Enlightenment

今回のキャストにはカウンターテナーが4人も入っているのが大きな特徴で、映像化された
3年前の舞台ではリナルドとゴッフレード役が女声だったのに比べて顕著な変化である。
特に現在イギリスを代表する若手実力ナンバーワンCTのイエスティン・デイヴィスともう
一人ティム・ミード、そしてアメリカ人CTアントニー・ロス・コスタンツォが同じ舞台に
立つから、その競演も見ものの一つだ。

まず、イエスティン・デイヴィスに関していえば、このプロダクションは彼を念頭に置いて
作られたとしか思えないほど、ヴィジュアル的にも適役で、最初から最後まで期待を全く
裏切らない出来だった。

カーセンの演出では設定を現代の寄宿学校として、いじめられっ子高校生のリナルドと
彼が恋い慕う清純なアルミレーナや十字軍総司令官ゴッフレードを含めた男子仲間(キリ
スト教徒)と、邪悪な異教徒である女子生徒からなる悪役組(寄宿学校の女教師・舎監が
魔女アルミーダと魔法使いアルガンテ)との戦争ごっこのような対立図式になっている。
そして、すべてはリナルドが頭に描くマンガチックな空想世界のお話ということにして、
破天荒なストーリーに信憑性・統一性を持たせているアイデアが素晴らしい。
そういう演出だから、童顔できりりとハンサムなイエスティン君はリナルド役にぴったり
なのだ。

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最初は男子生徒からもいじめられるひ弱なリナルド

いじめられて、窮屈な学校生活から空想世界に飛躍する際、リナルドは甲冑を身に着ける。
そうすると、女教師も校長も異教の魔法使いに化すのである。

ヘンデルの『リナルド』では、魔女アルミーダというのがとても重要な役で、彼女役の歌手
いかんで舞台の印象がかなり左右されると思う。
ケルンで実演鑑賞したことがあるプロでは、アルミーダ役はシモーネ・ケルメスだった。
普段のキャラからしてぶっ飛んだ魔女そのもののケルメス姐には、Furie terribili!の最初の
登場から幕が下りるまで観客の目も耳も釘付けで、リナルド役のパトリシア・バードンを
完全に食ってしまい、彼女の独り舞台の趣であった。そのくらい個性的な歌手でないと難しい
役なのだが、今回のカリーナ・ゴーヴァンはちょっとキャラ的に弱いように思えた。

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カーテンコールでのゴーヴァン

ゴーヴァンの歌唱に関しては文句をつける点はほとんど見つからないが、表情を含めた演技が
イマイチなのが残念。ベタなくらい悪役に徹したクサイと思えるほどの大げさな演技でないと、
魔女役としてのキャラが生きてこない。地の性格の善さが裏目に出ている感じだ。
女教師が若くてハンサムでかわいい高校生に横恋慕するという設定なんだから、もっと羽目を
外してほしかった。ヒステリックな年増女の秘めた恋心を歌うしっとりしたアリアAh Crudel!
(ああ、つれない人よ)は、ひたひたと胸に迫りよかった。
彼女の声質では清純なお姫様役も似合うし、バロック系ソプラノにしてはよく響く深みもある
声で声量も十分だから悪役もこなせるはずなのだ。今後の課題といえよう。

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十字軍総司令官ゴッフレード役のティム・ミードはひげ面。

もう一人注目のCT、ティム・ミードは、どうやらその日のコンディションがあまりよく
なかったようで、最初に登場した時の歌唱では声になんだか張りがないように感じられ、
精彩を欠いた。
これに関しては、アルミーダ登場の際のアリアFurie terribiliでも、あれっと感じたので、
舞台後方で歌うという演出でこの二人は損していたともいえる。客席まであまり声が届いて
こないのだった。
(でも、それに対してイエスティン君は舞台のどこで歌っても客席によく響かせられる、声の
プロジェクションが非常にいいのだ)
しかし、後半になるにつれ声に潤いと力強さが出てきたようで、最後のSorge nel petto
(胸に湧き上がる喜び)を、しっとりと聴かせ拍手喝采を得た。

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その日の出来が不本意だったのか、カーテンコールでもあまり晴れ晴れしていない表情のティム。
(この日と翌々日の2公演を鑑賞した方によると、やはりティムはこの日イマイチだったのだが
次の公演では持ち直していい出来だったそうだ)

これらしっとりとしたアリアでは、特に通奏低音が美しくリードする。
今回の古楽オケOAEの指揮はオッタヴィオ・ダントーネで、彼自身がかなり重要な場面で
指揮を執りつつチェンバロを弾くのだったが、オケピットにチェンバロは2台が入り、もう
一台はかなり隅の右手に置かれていたが、2台のチェンバロが絡み合って通低だけの伴奏の
場合でも美しさと奥行きを出していた。
帰りの電車でたまたまその2人目のチェンバロ奏者が隣に座ったので色々おしゃべりできた。
チェンバロは2台とも比較的新しいコピーなのだが(中央の指揮者が弾いたチェンバロには2008
年と銘が入っているのが読めた)、深みのある低音が美しく嫋々としたいい音であると感想を
述べたら、我が意を得たとばかり喜んでくれた。
また、リュート、テオルボやチェロなどの通奏弦楽器の溌剌とした音が、最前列の私の席には
よく響き、バロックらしい気分をかきたててくれ、いかにも楽しそうに演奏するオケのメン
バーを見ているだけでも幸福感に浸れるのだった。
ヴァイオリンも馥郁たる響きと溌剌とした演奏が好ましく、ああやっぱりOAEはいい古楽オケ
だなあ、とうれしくなった。トランペットも、木管楽器も外すことがなく皆べらぼうに上手い。

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アルミレーナ役のクリスティーナ・ランズハマー

アルミレーナ役というのは、このオペラのある意味で要になる重要で難しい役である。
単なるお姫様というのだけでは弱い。
このプロでは、眼鏡と金髪三つ編みのイケてないまじめな女の子で、いじめられっ子同志で
リナルドとは愛情で結ばれている。だから、キス・シーンが非常に多いのだった。
イエスティン君はどうも潔癖症なのか災いするのか、3月に鑑賞した『ロデリンダ』ではキス・
シーンが上手くなかったのだが、今回はかなりこなれていた。
アルミレーナの歌う『わたしを泣かせてください』は、誰でも知っていて口ずさめる名曲で
ある。だから、本当に胸に響いてくる歌唱というのは稀でもある。だから、はっきり言うと、
あんまり期待せずに聴くのがよろしい。
ランズハマーの歌唱は、悪くはなかったが、ここでクライマックスに達するというわけには
いかなかった。発音では「リーーベルタ」ではなくて「リベーーールタ」式だった。

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楽屋廊下で会えたアントニー君の日本で買ったというTシャツがキュート!

もう一人のCTアントニー君は、今回がヨーロッパデビューであるから、期待していた。
どちらかというとピンと張ったような若々しい声であるが、まろやかさに欠けるというか、
それほど好みの声質ではない。しかし、こういう風に個性の異なる若手CTがどんどん出て
来てくれるのは大歓迎である。声質には好き嫌いが顕著に表れるが、音程が不安定だとか
のテクック的に不安要素はないから、彼もいろんな舞台を踏めばもっと成長してどんどん
伸びていくだろう。

こうして見ると、全体的にイエスティン君のコンスタントに安定した歌唱は驚異的だ。
声量はいつもしっかりあるし、最初から最後まで歌唱にも発声にもコントロールが効いて
いる。体力があるのだろうしコンディション管理がしっかりしているのだろう、息切れなど
することもなく、どこにも無理が感じられないから安心して聴いていられる。
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このオペラの一番のクライマックスは、第二幕最後のリナルドのアリアVenti, turbini
(風よ、旋風よ)であることは間違いないのだが、アクロバティックなテクニックを要する
アリアの途中で、カーセンはとんでもない演出を入れたのだ。
十字軍が皆自転車に乗って異教徒との戦いに向かうのだが、リナルドの自転車はなんと、
映画E.T.の場面さながらに、大きな月を背景に宙乗りになって、舞台を横切るのである。
歌いながら宙乗りで自転車をこぐから笑いを取る演出であるが、軽々としてこなさないと
いけないから歌手としてはかなり大変な重労働でもあろう。
あまり装飾にや技巧に凝るタイプの歌手ではなくストレートな歌唱で勝負!というのが
イエスティン君の持ち味であるが、このアリアではアジリタも決めて聴かせてくれた。

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満面の笑みとガッツポーズで、本人も大満足気のカーテンコール!

というわけで、この『リナルド』プロダションは3年たってようやく真に適したリナルド役を
得て完成し、イエスティン君にとって当たり役の舞台となったことを確認したのだった。
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by didoregina | 2014-08-27 23:42 | オペラ実演 | Comments(2)

イエスティン君『リナルド』を鑑賞するためにグラインドボーンへ!

待ちに待ったイエスティン・デイヴィス主演の『リナルド』@グラインドボーンだ。

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3年前のグラインドボーン本家版初演の主演はメゾ・ソプラノだったため、さほど実演鑑賞
したいという気にはならなかったが、そのあとのツアーには、当時最も応援していたカウンター
テナーのクリストフ・デュモーがリナルド役に抜擢されたため、かなり本気で、行くべきか、
と悩んだものである。しかし当時、次男が高校の最終学年の、日本で言えば受験追い込みの
重要な時期であったため、オペラ鑑賞のためイギリス遠征など親として憚られたのであった。
無事に大学に入学した子供たちが親元を離れた今、ようやく大手を振って遠征ができるように
なった。そして、今年の主演は、現在最も贔屓にしているCTのイエスティン君である。3年間
待った甲斐があったというか、まるでわたしのために取っておいてくれたかのようにお誂え向
で、とにかく気合が入ったのも当然である。

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長年憧れていたグラインドボーン、しかも応援している歌手の檜舞台を観に行くからには、
座席ももちろん特等席に座りたい。チケット・ゲット方法を色々研究したが、結果として
上手い具合に最前列中央の席が取れた。一般発売前にテレグラフ紙購読者向け優先発売コード
というのを目ざとく見つけたロンドンの椿姫さんが参戦。すでにグラインドボーン友の会会員
向けには発売された後なのだが、なぜかぽつんと最前列中央の2席が残っていたのである。
しかも、比較的安い。指揮者が邪魔で舞台が見えにくいとか何か裏があるんだろうか。

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グラインドボーンには、ロンドンの椿姫さんと日本からのVさんと3人で電車で出かけた。
グラインドボーン付近の町か村のB&Bに泊まってタクシーで行くという案も当初あったが、
お勧めB&Bが満室だったのと、ロンドンから日帰り可能だから不便な田舎に宿泊するより
かえって楽、という椿姫さんのご意見に従ったのだ。
ヴィクトリア駅発イーストボーンなどイギリス南部の海岸行きの電車をルイスという町で
降りると、グラインドボーン・フェスティヴァル会場行きのシャトルバスが待っていた。
『リナルド』の開演時間は通常より早く午後5時なので、電車は1時47分ヴィクトリア発に
乗るようにとのフェスティヴァルからの指定である。主催者がチャーターしたバスには着物を
着ていたためか、優先的に誘導してくれすぐに乗れた。ダブルデッカーが狭い町の坂道を
上ったりするから、ちょっと怖い。

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バスが駐車場に着くと、そこから広い芝生の庭に直結している。囲いとか門みたいなものは
見えない。そして、皆、それぞれ好きな場所にピクニック道具を広げるのだ。
バスも電車も、皆さまが持ち込んだかさばるピクニック一式で大変な具合だ。
その辺の公園にピクニックに行くのではなく、天下のグラインドボーンであるから、道具も
凝っている。F&Mとかブランドもののレベルの付いた立派なバスケットはマストアイテム。
草地に直接座る人たちもいるが、ロングドレスの人たちはもちろん椅子とテーブル。だから、
テーブルクロスやキャンドルも必要アイテムだ。食器やカトラリー、グラスに至るまで、
プラスチックとか紙製などもってのほか。ブラックタイと釣り合いの取れないような安っぽい
ものが見当たらないのは当然である。

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開演前の1時間半くらいの時間、ピクニックを楽しむのがいい。そのあとの2度目の幕間も
食事やピクニックのため1時間半あるが、外での食事はもう暗くて寒いから楽しめないだろう。
着物で電車に乗って大荷物を運ぶのはみっともないのでピクニックの準備をしてこなかった
私たちは、敷地内を散策して開演前の前座さながらのエンタメとして皆さまの目を楽しませる
ことに専念(?)した。

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しゃなりしゃなりと練り歩きつつも、レストランや楽屋口のチェックは忘れなかった。
食事時間は短いし、最前列中央の席というのは非常に外に出るのに時間がかかるからだ。
どういう手筈でレストランに入るか、バスの時間に遅れないようどういうルートを通って
楽屋口まで行くか、外に出られた早い者から行ってご贔屓が出てきたら待っていてもらう
ように頼むとか、事前準備を怠ってはならない。
楽屋口に近づくと、発声練習するCTらしき声が建物の窓から聞こえてきた。窓の奥に人影が
見えたので椿姫さんが手を振ったら振り返してくれたのは、たぶんアントニー君であろう。

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敷地内にはご当主ご一家が住む。というより、敷地内にオペラハウスを建ててしまったという
方が正しいかもしれない。こちらは、本館マナーハウスに直結したサロンのオルガンルーム。
17世紀オランダ製のパイプオルガンの他、壁にはオランダ黄金時代の絵画が沢山飾られている。

さて、開演時間が近づくが、オペラハウスのホールにはなかなか入れてくれない。至近のドア
の前に立って開場を待つ。待つ人は少なく、皆のんびりしたものである。そしてそこで初めて
チケット・コントロールがある。つまり、そこまでは誰でも入ろうと思えば入れるのだ。
オペラを見ないで、ゴージャスな雰囲気とのどかなカントリーサイドの景色を楽しむだけに
ピクニックすることも可能なのだ。
とにかく、お客は悠揚迫らずのんびりゆったり過ごせる。運営側はそういうリッチな気分に
浸ってもらうための努力を惜しまず、すべてがスムーズに事が運ぶのだった。ドアやトイレの
数も多く、並んだりする必要はどこにもない。お見事、脱帽である。

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会場に入り、最前列中央の席に座ると、すぐ後ろの席にやはり着物をお召しになった若い女性
が。彼女の方から気が付いてくれたのだが、なんと数年前、東京の芸大での『アリオダンテ』
公演鑑賞をブログ仲間とご一緒したあとのオフ会に友人の友人として参加した方なのだった。
なんという奇遇!ヘンデル大好き仲間同志、開演前や幕間に大いに盛り上がったのだった。

オケピットはかなり深めだが、指揮者が立つとどうだろうか。舞台の邪魔になるだろうか。

長くなったので、その先は続き記事にしたい。
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by didoregina | 2014-08-27 16:50 | イエスティン・デイヴィス | Comments(6)

ウォレス・コレクションでバロックの珠玉を観る

ロンドンのウォレス・コレクションには今まで足を踏み入れたことがなかった。
音楽と美術の好みが合うセルビア人の友人が、イチオシ!と言うので、今回初めて
行くことになった。

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貴族の邸宅が建物で、5世代にわたる一家のコレクションだが、現在は国のものなので
入場料は無料。

ダイニングルームやビリヤード室、サロンなど様々な部屋の壁に所狭しとバロックや
ロココの絵が掛かっている。フラゴナールやプッサン、ワトーも素晴らしいが、17世紀の
オランダやフランダース絵画に目を惹くものが多い。

白眉は、現在は地下に移されているグレート・ギャラリーから選び抜かれた作品だ。

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Frans Hals, The Laughing Cavalier (1624)


リラックスした人物の表情はいかにもハルスらしく一瞬の頬の緩みが捕らえられていて、
達筆ながら緻密に描きこまれた衣装を纏った自警団騎士の肖像画がその部屋の目玉だが、
それと対面する形で反対側の壁にヴァラスケスの絵が掛かっている。

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Diego Velazquez, The Lady with a Fan (1640)

この2枚の絵の対比が絶妙である。

ヴェラスケスの絵にしては、厳めしさがなくてソフトな雰囲気で(友人によると、ヴェラ
スケス本人の手によるものではなくアトリエの弟子に描かせたらしい)、エレガントな貴
婦人なのだがおっとりとした鷹揚さが感じられ、非常に好ましい。

こうして二枚を交互に同じ部屋で観ると、ハルスとヴェラスケスというまるで正反対と
思われる画風の二人の画家がほぼ同時代に生きていたことが実感されるのであった。


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Anthony van Dyck, Paris (c. 1628)

このパリスを描いた絵もファン・ダイクらしからぬ甘美さが漂い、陶酔したような表情が
よく言えば非常にイタリア・バロック的である。

そしてその向かいには、

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Domenchino, A Sibyl (early 1620's)

この2つがまた対峙しているディスプレイが絶妙だ。
こうして、北方(オランダ、フランダース)と南方(スペイン、イタリア)の対照的な
国柄の画家の絵を並べずに向かい合わせに置くことで、バロックと言う括りでの共通項と
同時代性を観る者に訴えるのである。唸らされた。

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たっぷりと美術鑑賞を楽しんだ後は、お約束のカフェでお茶。
広々とした中庭を高いガラス天井で覆った明るいカフェで、しばし友人とまったり。
入場料無料の美術館では、なるべく寄付代わりにカフェ・レストランを利用することに
しているが、ここは最高。

ここを案内してくれた若い友人は、来週、ロンドンを去って国に帰るのだが、彼には感謝
するとともに将来の夢の実現を応援したい。
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by didoregina | 2014-06-19 15:00 | 美術 | Comments(0)

Britten Sinfoniaによるヨハネ受難曲@コンセルトヘボウ

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2014年4月17日@Concertgebouw

J.S. Bach - Johannes-Passion, BWV 245

Britten Sinfonia Voices
Britten Sinfonia
Jacqueline Shave (viool/leiding)
Nicholas Mulroy (tenor, Evangelist)
Matthew Brook (bas, Christus)
Julia Doyle (sopraan)
Iestyn Davies (countertenor)
Jeremy Budd (tenor)
Eamonn Dougan (bas, Pilatus)

オランダ・バッハ協会による『マタイ』の2日後に、アムステルダムのコンセルトヘボウでの
イギリスの団体Britten Sinfoniaによる『ヨハネ』コンサートに行った。
前者のネームバリューが各段に高いのに対して、後者の名前は寡聞にして知らなかったし、
イギリスの楽団は中庸の美徳を重んじるかのようでスリリングな演奏にはぶち当たったことが
ほとんどないから、あまり期待せずにいた。
ハッキリ言うと、今年はとにかく生のイエスティン・デイヴィスを聞き逃したくないという理由から
チケットを買ったのであった。『ヨハネ』の方が耳なじみがよくて好き、という理由もあるが。
案の定、チケットの売れ行きはほとんど直前まで芳しくなかったが、当日、少なくとも平土間
席は埋まっていたと思う。

しかし、結果は期待を上回るどころの話ではなく、聞く前になんだかしょぼそうとか言っていた
自分を恥じ土下座して謝りたいほどの素晴らしくエネルギッシュな演奏だったのだ。
ヴァイオリンの最初の音がちょっとばらけているように聞え、あららやっぱり、などど一瞬だけ
思ったのを除くと、スリリングかつドラマ性のあるオケの演奏は冴えていた。
チェンバロ奏者が指揮を兼ねているのかと思ったらそうではなく、コンミスのジャクリーン・シェイヴ
女史がきびきびとリードして、オケ全員がまるでソリストのように主張溢れかつ室内楽風に親密で
息のあったまとまりを作り上げていた。
脱帽である。

↓にBritten Sinfoniaのプロモ・ヴィデオを貼るので、ご視聴あれ。




なぜ、わたしは『ヨハネ』が好きかと言うと、最初にガツンとくるHerr, unser Herrscherで
否応なく熱い音楽の渦中に引き込まれ、こうべを垂れる思いになり、最後まで緊迫感溢れる
ドラマが無駄なく進行して続くので、コンパクトにきゅっと詰まった緻密な音楽の中に自分が
閉じこまれたような感覚になるのがたまらなく気持ちいいからだ。
そして、コラールの部分にどこか中世的な土臭い匂いが感じられ、ホッとできる部分がちゃんと
ある。聴く方にも緊張だけを要求しないのである。
それでいて劇と音楽の融合性と密度が高いため、途中で飽きたり他のことを考えたりする余裕を
与えない。
その晩の演奏は、まさにそういう密度が高く結晶化したかのようで、弛緩した部分が全くない
理想的な姿なのだった。

コンセルトヘボウで聴く受難曲というのは初めての経験だったのだが、それも期待以上であった。
音響的にモダンでドライすぎたりすることなく、大きな教会で聴くように合唱が団子になってしまう
こともなく、ソロ・パートはクリアでよく響き、隔靴掻痒感が全くない。
荘厳さと言う点では教会で聴く受難曲に勝るものはないという思いもあるのだが、音楽として聴く
にはこのホールはやはりさすがの素晴らしさである。

もう一つ期待していたのは、コンセルトヘボウの大ホールで聴くイエスティン君の歌唱である。
彼は声の飛ばし方が大変よく大ホールの隅々まで届くはずだし声量もしっかりあるから、去年
11月に小ホールで聴いたときには会場が狭すぎて響きすぎるし、もっと大きなホールで聴きたい
なあと思ったものである。
その期待は裏切られなかった。彼の声の魅力は、確固とした男性的な芯を内包しつつ外側も
ふやけたりぼやけたりしたところがないが優しさを感じさせ、ストレートな直球で勝負という歌唱の
小気味よさである。
てらいがなく、またある意味カウンターテナーらしからぬ男性的なアプローチなのである。
小柄ながら胸板が厚そうなので、胸声の幅が広いのかもしれない。だから、特に中音域にその
精華が詰まった歌唱を聞かせるのだが、高音にもその特徴が現れている。高音域でもあまり
ファルセットっぽい声ではないところが、ちょっと一般的にCTに期待されるものとはずれるかも
しれないが、それが彼の個性だと思う。

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ソロ歌手は皆若く、先日の『マタイ』でも思ったように重厚さよりも爽やかさが勝る。
福音史家の歌手も若いが堂々と安定したものである。バスは渋みのある重々しい声で説得力も
あった。そして、ソプラノの軽く清々しい歌唱がとても光っていた。
合唱もソロも全体的に、非常にハイレベルなのに驚かされた。

そういうわけで、今回の『ヨハネ』は、演奏の小気味よさもさることながら感動レベルも高い、近年
稀に遭遇するコンサートなのだった。
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by didoregina | 2014-04-23 13:01 | コンサート | Comments(0)

オランダ・バッハ協会の『マタイ受難曲』コンサート

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Johann Sebastian Bach - Matthäus-Passion, BWV 244
2014年4月15日@Muziekgebouw Eindhoven

Nederlandse Bachvereniging
Jos van Veldhoven, dirigent
Benjamin Hulett, tenor
Charles Daniels, tenor
Griet De Geyter, sopraan
Lore Binon, sopraan
Tim Mead, contratenor
Alex Potter, contratenor
Robert Murray, tenor
Andreas Wolf, Bas
Sabastian Noack, bas
Kampen Boys Choir,

オランダに住んでいると、復活祭前の受難節には各地で開かれる受難曲コンサートを避けて
通るのは難しい。
TVでも新聞でもオランダ各地の、様々な団体による受難曲コンサートが話題に上る。
毎年この時期の国を挙げてのフィーヴァーぶりはオランダ独特の風物詩と化している。
この社会現象の分析もされてはいるが、もうほとんど理論とかを超えた国民体質的なものに
なってきているように思われるのである。
ほとんど、年末の日本の全国各地で第九コンサートが開かれるのと表層的には似たような
様相であるが、オランダの場合、やはり宗教が絡んでいて人々のDNAに刻み込まれている
から、みそぎの気分になるのである。
そしてまた、ふだんあまりバッハや古楽はたまたクラシックのコンサートに足を向けない人々、
特に比較的新興の富裕層にとって受難曲コンサートに行くのはほとんど義務に近いような
社交の場として重要な意味を持つ。
受難曲(の話題)を聴かないと春を迎えた気分にならないのは、第九なしでは師走気分が盛り
上がらない(?)という感覚および、時勢に乗り遅れてはならないというのに近いのかもしれない。

バッハの受難曲の横綱「ヨハネ」と「マタイ」を比べると、人気は「マタイ」に軍配が上がるようだ。
(聴衆も演奏者も同等に長い苦を共有するという点でも好まれるのだろうか。)

オランダ人キリスト教徒であれば(オランダ語でクリスチャンと言う場合、基本的にプロテスタン
トのことを指すのは言語学上および社会的にも周知の事実である。たとえば、学校にしろ組織
にしろ、宗教別セグリゲーションが現在でも残る国オランダでのクリスチャンと銘打った組織は
プロテスタントのことであることを理解すべきだ。オランダ語でコーヒーショップというとコーヒーを
飲むためでhなくソフトドラッグが買える店のことであるのと同様、間違えると大変な目に合う)
すっきりと復活祭を迎えるためには受難曲で禊をするのが精神上よろしいようである。
(これは、また、オランダのカトリック教徒が四旬節の始まる前にカーニヴァルを祝って飲めや
歌えの大騒ぎをするのと好対照なのであるが、復活祭までの潔斎の期間のとらえ方の裏表を
成すともいえる)

前置きが異常に長くなってしまったが、オランダの国を挙げての受難曲コンサートの白眉であると
誰からも太鼓判を押されているオランダ・バッハ協会による「マタイ」コンサートに行ってきた。

個人的には、「ヨハネ」の方が好きだ。短い中に凝縮されたドラマがより濃く感じられるからだ。
そして、できうれば、音響のいい(すなわち残響や反響がほどほどである)教会で聴きたい。
しかし、それが難しいとなればコンサートホールで聴く。ありがたみが薄れるのは仕方ないが。

この「マタイ」は、さすがに人気曲の人気団体による演奏なので、チケットを買おうと思った
時には遅く、ソールドアウトだった。それでも、諦めずに毎日のようにリターンチケットをチェック
していたら、なんと当日になって4枚出てきたのを発見。しかしそのうち2枚はオンラインでの
手続き中に先に売れてしまった。本当に最後の最後の2枚をゲットできたのは、ティム・ミードの
おかげである。
いや、別に彼から直接チケットをもらったとか招待されたわけではない。彼はオランダ・バッハ
教会のマタイ・ツアーに今年参加中で、FBにオランダのTV番組の紹介をポストしていたので
それにコメントを入れたついでに、ふと思い立ってエイントホーフェンのホールのサイトを覗い
たら、リターンが絶好のタイミングで出ていたのだ。

ティム君がFBで紹介していた動画もまたいかにもオランダならではのものであった。
もう何年も前のことであるが、オランダでは「マタイ」マスタークラスと称したTV番組があった。
セレブに特訓を施して「マタイ」のソロパートをコンサートで歌わせるという、よくあるタイプの
リアリティ・ドキュである。
こういう番組を世界のTV局が作るべきだ、と彼は書いていたのだが、「それは、皆が毎年、受難曲
コンサートに行くような、究極の受難曲愛好国であるオランダでしか無理なんではない?」とわたしは
コメントした。「たしかに。イギリスじゃこういう番組、受けそうもないよね」とのお返事であった。
そして、その後すぐにその晩のチケットが手に入ったので、「今晩、エイントホーフェンのコンサート
に行きます。またね」と返事をしたのであった。

コンサートホールはまさに超満員で、ポディウム席に3つだけ空きが見えただけだ。
ステージは、真ん中にチェンバロとオルガンそしてテオルボ、左右に弦楽器が均等の対抗配置と
なっていて、管楽器は中央辺りで、上手奥にもう一台オルガンが置かれていた。
舞台後方下手に8人の合唱隊、後方上手に少年合唱隊6名、中央奥に福音史家、ソロ歌手たちも
左右2グループに分かれてダブル配置されていた。
合唱隊員が少ない分、ダブル人員で1人当たりの労力が省力化されたソリストたちも合唱部分
には参加するという、エネルギー及びギャラ等の金銭面でも節約を前面に打ち出したものである。
すなわち、福音史家とイエス役以外の各ソロ部分は2人で担当するのである。

実際、毎晩のように(バッハ協会の場合コンサートは12回)長大なコンサート・ツアーを行うのは
演奏家にとったら大変な重労働だろう。聴く方がよっぽど楽である。

全体の印象は、メインのソリストが非常に若い歌手で揃えられていたため、すがすがしさが前面に
打ち出されていた。
特に、福音史家役のイギリス人テノールが若くて歌唱も爽やかで若々しく、イエス役のドイツ人バス
も同様に若いのだが、ルックスに似合わないほど骨太で重厚な低音が美しく印象的であった。
この二人の若い歌手双方とも爽やかな歌唱であるのだが、高音の軽みと低音の重みの対比が抜群
で、どちらもバランスがとれているコンビなのだった。

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決め手はカウンターテナーのティム・ミードであった。
もともと彼を目当てに聴きに行ったのだが、予想以上の素晴らしさである。自然かつ澄んだ高音も
中音域も無理が全く感じられない発声とよく飛ぶ声とで、自然な表現力もあいまって聴く者を感動に
誘うのである。特にマタイの中でも一番人気で美しいアリアErbarme dichの説得力にあふれ
かつピュアな哀しみを感じさせる歌唱の美しさはまさに天上からの声のようで、満場息を呑んだ。
自信があふれ出ているような安定性のある歌唱と澄んだ声は、まさにバッハの音楽にうってつけで
彼の進化には目を瞠り、今後も応援していきたいと思わせたのだった。

オケも手堅く、文句のつけようはなかった。
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by didoregina | 2014-04-17 15:33 | コンサート | Comments(10)

イエスティン・デイヴィスの『ソロモン』を聴きにリスボン遠征

リスボンへ一泊の弾丸遠征をした。それも1人で。
今年おっかけターゲットに定めたイギリス人カウンターテナーのイエスティン・デイヴィスが
タイトルロールを歌うヘンデルのオラトリオ『ソロモン』をどうしても聴きたかったからだ。

c0188818_4252940.jpgThursday, 20 Mar 2014, 19:00 - Grande Auditório

GULBENKIAN ORCHESTRA
GULBENKIAN CHOIR
PAUL MCCREESH (conductor)
IESTYN DAVIES (countertenor) (Salomão)
INÊS SIMÕES (soprano) (Rainha de Salomão)
GILLIAN WEBSTER (soprano) (Rainha de Sabá)
MHAIRI LAWSON (soprano) (Primeira Prostituta)
CÁTIA MORESO (mezzo-soprano) (Segunda Prostituta)
THOMAS WALKER (tenor) (Zadok)
HUGO OLIVEIRA (baritone) (Um Levita)

Georg Friedrich Händel
Solomon, HWV 67


イエスティン君が出演した(主演といってもいい)ヘンデルのオペラ『ロデリンダ』鑑賞の
ために行ったロンドン遠征から2週間ほどしか経っていないから、現在、彼にどれだけ入れ
込んでいるのかお分かりいただけるかと思う。

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ポルトガルに行くのは、ヨーロッパ在住30年近くになるが今回が初めて。ヨーロッパ大陸の
西南の果てに位置するポルトガルは、なんと、CETとは一時間の時差があるGMTを採用している。
ブリュッセル空港からリスボンまでは3時間のフライトであるから、同じヨーロッパ内とはいえ、
かなり距離的には遠い。
しかし、ライアン・エアの今月から出来たてほやほやのこのルートのフライトは安い。
往復で60ユーロである。
それに空港からトランスファー(ホテルへのキャブ送迎)が往復で14ユーロ。
ホテルは、ホール至近で朝食付き50ユーロ。
そしてなんと、グルベンキアン音楽堂のコンサート・チケットは最前列かぶりつきの一番高い
席で27ユーロ!
全部合計しても、近場の歌劇場の一番高い席より安いし、1月のドルトムント遠征費用よりも
100ユーロ近く安くあがる勘定である。
(こんなにくどくどと細かくお金の話をするのは、それだけ「リスボン遠征」が心理的・距離
的に引っかかるものがあり、1人で行くことに罪悪感さえ覚えたためである)

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グルベンキアン音楽堂の舞台後方はガラス張りで、外の公園が借景。


コンサートは2夜連続公演だが、初日を一回だけ聴きに行った。
通常、遠征するときには2泊して別の演目も組み合わせるのだが、リスボンの歌劇場は月に2,
3日しか稼働していず、コンサートとオペラを組み合わせるのはまず不可能だ。
それならば追っかけの王道として、同じコンサートを二晩続けて聴くという選択肢もある。
当日の歌手の出来不出来、コンディションの違いが分かり、音楽的にもより楽しめるというのと、
ドタキャンがあるかもしれないから、保険代わりに2回は同じ演目を鑑賞するのが、一般的遠征
の鉄則であるらしい。
しかし、私は一期一会を大切にしたいと思う。一回のコンサートやオペラ鑑賞に全力投球したい。
それに私の場合、おっかけ歌手がキャンセルしたことはほとんど皆無である。(1月のドルト
ムントでのデュモーのキャンセルは本人も言っているが10年以上のキャリアで初めて。今後
10年はないだろうとのこと)
だがしかし、一回だけコンサートを聴きにいくというのは果たして正しい選択なのか、直前に
なって悩んだ。

結果はどうだったかというと、一回のコンサートが十二分に満足いくものだったため、もう一回
聴くべきだったのに!という後悔はなかった。

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                   女性ソリストたち

数あるバロックオペラの中でも、ヘンデルのオペラの数々は上演機会がダントツに多い。
音楽的に美しく万人向けであるから集客がしやすいのと、歌手やオケのレパートリーに入って
いる作品が多いこと、そして、内容的にもギリシャ神話を題材に採ったものが多く、ユニヴァー
サルかつ時代を超越したテーマを扱っているため舞台にかけやすいという理由であると思う。
それに対して、聖書の物語を題材にとったオラトリオの方は、構成上オペラに近いにもかかわ
らず、舞台形式で上演されるものではないし、コンサートにしても演奏される機会はあまり
多くない。
そしてまた、ヘンデルのオラトリオの歌詞はほとんど英語で書かれているから、英語のネイ
ティブ歌手によって歌われるのが自然であるように思われる。
手持ちのCDは、ダニエル・ロイス指揮、ベルリン古楽アカデミー演奏、RIAS室内合唱団と
オール英国人ソロ歌手によるものである。(ソロモンは、メゾのサラ・コノリー)

また、今回の実演の指揮者と同じポール・マクリーシュの指揮、イエスティン君がソロモンを
歌う動画もYoutubenに全編アップされているので、↓に貼る。



上の動画も、上記CDも古楽オケによるきびきびしたテンポの溌剌たる演奏である。

今回鑑賞したコンサートでは、指揮者はマクリーシュだが、手勢のガブリエリ・コンソート
ではなく、ホール専属のモダンオケおよび専属合唱団による演奏だった。
どうも、なんだか水で薄まったような、ちょっと頼りない演奏である。
ソロ歌手は、半分くらいが英語ネイティブであろうかと思われる。
バリトンとテノールはちょっとオペラチックな歌唱だなあ、と思った程度でそれ以上、印象に
残らない。
女性歌手は、遊女その一とシバの女王の清らかな声と美しく惚れ惚れするような英語の発音とで
好感度が高かった。特に、遊女その一が、我が子を思う母親らしい心情を切々歌い、やはりこの
オラトリオの一番の聞かせどころだなあと、ぐっと胸を掴まれた。

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最前列中央より一つ右寄りの座席なので、イエスティン君は
            目の前。あまりに近すぎて、写真が上手く撮れなかったほど。


さて、肝心のイエスティン君の歌唱はどうだろう。
彼は、数日前までオペラ『ロデリンダ』に出演していた。そのオペラのマチネ公演の出待ちを
した時は疲れているようで、楽屋出口での彼は異常に言葉少なかった。
千秋楽の翌日にはリスボンに飛んだようで、すぐにリハーサルに入って、『ロデリンダ』の
千秋楽から5日後が『ソロモン』のコンサート初日だった。
本当にリスボンで歌うんだろうかと心配だったが、リスボンの天気を知らせるツイートを見て、
ああ、これでもうキャンセルはないだろう、と安堵した。
緊張気味の表情であるが、いつも通りどの音域でも安定してきっちりした歌唱としっかりした
声量で、安心して聴くことができた。

私自身びっくりしたのは、このところイエスティン君の実演やCDばかり聴いているため、あま
りに彼の声に耳が馴染んでしまって、舞台上の彼の歌唱を聴いてもトキメキを感じるよりも、
まるで生活の一部のようになっているというか、手の内がすっかりわかっている長年慣れ親し
んだ人に接するような気分になったことだ。
コンサートという非日常の時間と空間での体験の最中なのに、ごく日常的な幸福感に近いものを
感じ、自然に笑みが湧いてくるのだった。なんというか、ほっこりした羽毛に抱き包まれたかの
ような安心感に浸れるのだった。
こうなるともう、客観的になったり批評的に聴いたりすることは不可能である。

初めて見る詰襟のステージ衣装がストイックな雰囲気で、賢王のイメージにぴったりであった。

終演後、出待ちする人が他にはいなかったので、イエスティン君と少しおしゃべりができた。
今回の演奏は、モダンオケによる演奏で440Hzのモダンピッチなので、バロック時代のピッチ
に比べて高いため、特に高音が多いヘンデルのソロモンではCTである彼にはかなり辛かったそうだ。
翌日もう一回だけの実演で終了するからなんとかなるだろう、とのこと。
コンサート終了後の充実感と高揚感で饒舌になっている彼の態度からも、その晩のコンサートの
出来が満足いくものであったことが感じられるのだった。
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by didoregina | 2014-03-25 22:50 | コンサート | Comments(9)

『ロデリンダ』のカーテンコールと出待ち写真

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                               Courtesy of Tsubakihime (Peraperaopera)

イエスティン・デイヴィス・ファンの皆様、昨晩BBC3よりラジオ生放送されたENO公演
『ロデリンダ』はお聴きになりましたでしょうか?
まだの方は、下のリンクからあと6日間オンデマンドで聴くことができますから、ぜひ!
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03x160z

ENO公演『ロデリンダ』でのイエスティン・デイヴィスのカーテンコール写真と楽屋出口で
撮った写真をアップします。
平土間2列目正面席だったにもかからわず、私の撮ったカーテンコール写真は、ぶれたり
タイミングが悪かったりして碌なのがないため、ご一緒したロンドンの椿姫さまの撮った
写真を何枚か譲っていただきました。全て3月2日に撮影されたものです。

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イギリスの各紙でも『ロデリンダ』公演、特にイエスティン君は絶賛されています。

中でも、オブザーバー紙のフィオナ・マドックス女史の評には、私自身かなり共感する部分が
多いので、リンクを張ります。ご一読ください。http://www.theguardian.com/music/2014/mar/09/rodelinda-eno-jones-curnyn-review?commentpage=1

その中から、イエスティン君のパフォーマンスに関する部分を抜粋します。

”Yet no single organisation has brought the composer's operas back to life more assiduously or persuasively than ENO, whose radical reinvention began with Nicholas Hytner's Xerxes in 1988. Jones and Curnyn, like others since, have continued that tradition. It helps when a production has a big star. The night belonged to Iestyn Davies. An ex-chorister of St John's College, Cambridge, Davies has suddenly accelerated from "promising British countertenor" to world-class artist. He can sing, whether full blast or hushed pianissimo, with a strength, steadiness of tone and musical confidence almost unknown in a voice type which has tended – shout me down – to prefer ethereal frailty as a calling card. He also has an understated sense of comic timing.”
(Fiona Maddocks, The Observer, Sunday 9 March 2014)


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              出演歌手では一番最初に楽屋口から出てきたイエスティン君。
              速攻で鬘と化粧を落として着替て出てくる早業に驚きましたが、
              それよりも先に来て待っていた私達に、彼の方もびっくりの様子。



"The supreme star of the show is Rodelinda, sung with ravishing tone and great intensity by Rebecca Evans; but Iestyn Davies as Bertarido is magnificent, too, and his acting is as concentrated as his singing."
(Michael Tanner, The Spectator, 8 March 2014)

上に抜粋を載せた、スペクテイター紙の『ロデリンダ』評、リンクはこちらです。http://www.spectator.co.uk/arts/opera/9152011/the-musical-side-of-rodelinda-was-close-to-perfect/


また、BBC Music Magagineのウェブサイト、クラシカル・ミュージック・ドットコムのヘレン・ウォレス
女史による評にも同感、おもわず頷く部分が多いので、リンクを張ります。
http://www.classical-music.com/blog/handels-rodelinda-eno

"Iestyn Davies stole the show with aria after aria of heavenly purity and ardour."

"At other times it works hand-in-glove, building up a terrific tension during Bertarido’s aria at the end of Act I, when he believes Rodelinda has betrayed him, as she and Grimoaldo whirl through the rooms in an intensely sexy tango (what a relief to find real choreography and singers who could compete in Strictly), or in the mercurial, chromatic aria in Act III as Grimoaldo dashes impotently about searching for the right weapon, furiously whipped up by Curnyn. Most memorable of all is the heart-stopping ‘Io t’abbraccio’ at the end of Act II, when Davies and Evans voices come together at last (a fabulous match) just as they are ruthlessly separated, each singing to the other as the rooms they stand in are dragged physically further and further apart. A witty production with a dark heart; don’t miss it."
(Helen Wallace, Classical-music.com, 4th March 2014)

長いこと待ち望んでいた『ロデリンダ』実演鑑賞にどきどきでしたが、イエスティン君の素晴らしい
歌唱と演技、楽しめるプロダクションに大満足。そして出待ちも上手くいき、最高のロンドン遠征
となりました。

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by didoregina | 2014-03-09 21:49 | イエスティン・デイヴィス | Comments(10)

ヘンデルの『ロデリンダ』@ENO

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2014年3月2日@ENO

Rodelinda Rebecca Evans
Bertarido Iestyn Davies
Grimoaldo John Mark Ainsley
Eduige Susan Bickley
Unulfo Christopher Ainslie
Gardibaldo Richard Burkhard

Conductor Christian Curnyn
Director Richard Jones
Set Designer Jeremy Herbert
Costume Designer Nicky Gillibrand
Lighting Designer Mimi Jordan Sherin
Video Design & Animation: Jeremy Herbert and Steven Williams
Movement Director Sarah Fahie
Translator Amanda Holden










English National Opera (ENO)で現在上演中のヘンデル『ロデリンダ』は、この歌劇場の通例
通り、原語ではなく英語上演である。
ヴェルディやロッシーニ、プッチーニはたまたドニゼッティなど、こてこてのイタリア・オペラを英語で
歌われると、かなり耳なじみが悪いだろう。。また、ヘンデルのよく知られたイタリア語歌詞の曲の
場合も英語で聴くのは辛い。しかし、ヘンデルのオラトリオにはもともと英語歌詞の作品が多いから
だろうか、今回のオペラも英語に訳して歌われるのを実際に聴いてみて、当初恐れていたほどの
違和感を感じなかった。
オペラ『ロデリンダ』には、私自身あまりなじみがないと言うこともあるが。

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ロンドン・コリシアムと呼ばれるこの歌劇場は、トラファルガー広場から程近い場所に1904年に
建てられ、外観も内装もなかなか重厚な世紀末趣味が感じられる。
円形に近いホール中心に沿うように客席が作られ、ホールに奥行きがあまりなく、大きさも程よく、
客席床は緩いスロープで少しずつ高くなっているから、平土間のどの位置に座っても舞台はよく
見えそうだし、音響にも大差なさそうだ。
私たちは、今回、平土間2列目中央に席を取った。

舞台前のオーケストラピットは深めで、1列目中央に座っても指揮者の頭が邪魔にならないだろう。
しかし、そのためもあるのか、小編成のオケの音は音量が控えめでよく聴こえてこない感じだ。
まあ、イギリスの古楽系指揮者およびオケにありがちなので驚かないが、とにかく歌手の邪魔を
しないことを旨としているとしか思えないような、耳にも胸にも響かない、印象に残らない演奏で
あった。彼らの演奏には、ワクワク感とかスリルとか主張のあるカッコよさとかを期待するのは
間違いである。火傷しそうなほど熱かったり、ピリッとしたスパイスの利いた演奏を聴かせる、個性
溢れるヨーロッパの古楽オケやアンサンブルの数々に慣れた耳には、さらりとした無色透明の白湯
みたいで、味とか熱が全く感じられないのだった。

c0188818_23124231.jpg


上の写真で舞台の全体的な造形がよくわかるだろう。
『ロデリンダ、ロンバルディアの女王』というタイトルから乖離しないよう、時代は50年代かと
思しく、ミラノの暗黒街が舞台である。
舞台手前に置いてある3基のホームランナーの上を登場人物が走ったり歩いたりして、ちょっと
レトロなフィルムノワールのカリカチュア的雰囲気、例えるならば『ディック・トレイシー』みたいな
イメージである。
ミラノを独裁で牛耳っていたと思われるベルタリドは、敵対するマフィアの親分グリモアルド に
よって失墜・追放させられた。その妻ロデリンダと息子は、敵方に捕えられ軟禁されている。
ヴァレンチノもどきの無声映画時代のハリウッド・スターのブロマイドみたいな甘い表情で写って
いるベルタリドの栄光時代の写真が、壁にべたべたと貼られているのには笑えてしまう。l

c0188818_23262380.jpg

             妻子が心配で、浮浪者に身をやつしてミラノに舞い戻ってきたベルタリド


ロデリンダとベルタリドの息子は、リチャード・ジョーンズによる今回の演出では、20代始めと
思しき年齢設定なので、ロデリンダもベルタリドの妹エドゥージも50歳くらいの年増の雰囲気で
違和感はない。しかし、ベルタリド役のイエスティン・デイヴィスは30代前半と若いし、もともと
ベビーフェイスで実際の年齢より普段でも若く見えるから、白髪交じりの鬘を付け老けメイクを
しても20歳くらいの息子がいる中年もしくは初老の男性に化けるには無理がある。
イエスティン君は目チカラがあるし、痛々しい表情で苦い境遇の薄幸の人物を上手く演じては
いるのだが。
彼の役どころは、最初から最後まで同情を買う、悲劇の主人公である。

c0188818_23585168.jpg


それに対する敵のグリモアルドは、憎々しげで太ったマフィアの親分風の嫌な奴で、まさしく
アメリカ映画の悪役そのものだ。
ジョン・マーク・エインズリが下種な悪役になりきりなのに唸らされた。
徹頭徹尾カリカチュアライズされた悪役だから、やることなすこと笑いを誘うのである。

ハリウッドのギャング映画のパロディー風演出なので、悲劇の主人公ベルタリドはいつでも
弱々しげな哀しい目つきで、ワルイやつににいたぶられがまま、という善悪・白黒がはっきり
した設定と展開だから、全体のトーンはコミカルにならざるをえない。オペラセリアであるはず
なのにドタバタコメディになっているのである。
それは今日、ヘンデルのオペラを現代演出で上演する場合、避けられないパラドックスなのだと
思う。もともと、喜劇的要素がある脚本だし、音楽にも悲劇のトーンは少ないからだ。

c0188818_0103247.jpg


このオペラでは、CTによって歌われるベルタリドのアリアに美しい曲が多いし、同情を誘う役柄
だし、今回のキャストでもイエスティン・デイヴィスの存在感(歌唱と演技両方)が贔屓目でなしに
一番光っていた。タイトルも『ロデリンダ』ではなく、『ベルタリド』にしたらよかったのではないかと
思えるほどだった。イエスティン君が真の主役であったことは誰の目にも明らかだった。

とにかく丁寧かつ誠実に心を込めた歌を聴かせるのが彼の真髄である。歌唱に無理がないから、
音がぶれたりすることが全くなく、どの音域でもとても安定して安心して聴くことができる。
声質的には、CTの中ではかなり男っぽい声である。
装飾に凝ったり技巧に走るタイプではなくストレートな歌唱で勝負するから、ヘンデルのオペラに
ぴったりだ。
彼の歌を聴いていると、言葉の意味の重要さも大切にしていることがよくわかる。単語のひとつ
ひとつにしっかりを意味を込め、音符の一つ一つを大切にして色と陰影を付けるから、美しい英語の
発音も相まってとても分かり易く、聴く者の心にまっすぐに届く。
だから、ベルタリドの心情を切々と歌われるのに胸が痛んで、こちらの目からも思わず涙が
こぼれそうになった。

c0188818_0384896.jpg


さて、ベルタリドの腹心の部下であるウヌルフォ役もCTであるから、二人のCTを同じ舞台で聴き
比べることができるのも楽しみにしていた。
しかも、まだ生の歌声を聴いたことのない、期待のクリストファー・エインズリーだから、彼の歌唱に
は身を乗り出して聴く構えだった。
イエスティン君と比べると、クリスの歌唱はメリハリに乏しく一本調子だ。彼の声も比較的男性的で
ダークな色合いで少々重い。まだ若いから、これから経験を積んで変化していくだろうから、今回
の舞台のみで判定するのは早計ではあるが、ちょっとまだ歌唱では印象が弱い。

c0188818_0444480.jpg

                     左がクリス

しかし、クリスには、舞台映えするルックスと存在感という強みがある。このまま研鑽を積んでいけば
キャリアも自ずと開けるのではないかと思わせた。

ところで、今回の登場人物は皆、思い人の名前を自分の体に彫っていたり刺青を入れさせたりする
のだが、最後近くのシーンになって、血だらけのシャツを脱いだウヌルフォの背中に大きく彫られた
名前を見てにやりとしてしまった。そこには、ベルタリドと彫られていたのだ。


この『ロデリンダ』は、明日3月8日CETで18時50分から(GMTで17時50分から)BBC3より
生放送される。
一週間はオンデマンドで聴けるはずなので、ぜひともお聴きいただきたい。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b03x160z
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by didoregina | 2014-03-07 17:01 | オペラ実演 | Comments(10)


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