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『ロデリンダ』のカーテンコールと出待ち写真

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                               Courtesy of Tsubakihime (Peraperaopera)

イエスティン・デイヴィス・ファンの皆様、昨晩BBC3よりラジオ生放送されたENO公演
『ロデリンダ』はお聴きになりましたでしょうか?
まだの方は、下のリンクからあと6日間オンデマンドで聴くことができますから、ぜひ!
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03x160z

ENO公演『ロデリンダ』でのイエスティン・デイヴィスのカーテンコール写真と楽屋出口で
撮った写真をアップします。
平土間2列目正面席だったにもかからわず、私の撮ったカーテンコール写真は、ぶれたり
タイミングが悪かったりして碌なのがないため、ご一緒したロンドンの椿姫さまの撮った
写真を何枚か譲っていただきました。全て3月2日に撮影されたものです。

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イギリスの各紙でも『ロデリンダ』公演、特にイエスティン君は絶賛されています。

中でも、オブザーバー紙のフィオナ・マドックス女史の評には、私自身かなり共感する部分が
多いので、リンクを張ります。ご一読ください。http://www.theguardian.com/music/2014/mar/09/rodelinda-eno-jones-curnyn-review?commentpage=1

その中から、イエスティン君のパフォーマンスに関する部分を抜粋します。

”Yet no single organisation has brought the composer's operas back to life more assiduously or persuasively than ENO, whose radical reinvention began with Nicholas Hytner's Xerxes in 1988. Jones and Curnyn, like others since, have continued that tradition. It helps when a production has a big star. The night belonged to Iestyn Davies. An ex-chorister of St John's College, Cambridge, Davies has suddenly accelerated from "promising British countertenor" to world-class artist. He can sing, whether full blast or hushed pianissimo, with a strength, steadiness of tone and musical confidence almost unknown in a voice type which has tended – shout me down – to prefer ethereal frailty as a calling card. He also has an understated sense of comic timing.”
(Fiona Maddocks, The Observer, Sunday 9 March 2014)


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              出演歌手では一番最初に楽屋口から出てきたイエスティン君。
              速攻で鬘と化粧を落として着替て出てくる早業に驚きましたが、
              それよりも先に来て待っていた私達に、彼の方もびっくりの様子。



"The supreme star of the show is Rodelinda, sung with ravishing tone and great intensity by Rebecca Evans; but Iestyn Davies as Bertarido is magnificent, too, and his acting is as concentrated as his singing."
(Michael Tanner, The Spectator, 8 March 2014)

上に抜粋を載せた、スペクテイター紙の『ロデリンダ』評、リンクはこちらです。http://www.spectator.co.uk/arts/opera/9152011/the-musical-side-of-rodelinda-was-close-to-perfect/


また、BBC Music Magagineのウェブサイト、クラシカル・ミュージック・ドットコムのヘレン・ウォレス
女史による評にも同感、おもわず頷く部分が多いので、リンクを張ります。
http://www.classical-music.com/blog/handels-rodelinda-eno

"Iestyn Davies stole the show with aria after aria of heavenly purity and ardour."

"At other times it works hand-in-glove, building up a terrific tension during Bertarido’s aria at the end of Act I, when he believes Rodelinda has betrayed him, as she and Grimoaldo whirl through the rooms in an intensely sexy tango (what a relief to find real choreography and singers who could compete in Strictly), or in the mercurial, chromatic aria in Act III as Grimoaldo dashes impotently about searching for the right weapon, furiously whipped up by Curnyn. Most memorable of all is the heart-stopping ‘Io t’abbraccio’ at the end of Act II, when Davies and Evans voices come together at last (a fabulous match) just as they are ruthlessly separated, each singing to the other as the rooms they stand in are dragged physically further and further apart. A witty production with a dark heart; don’t miss it."
(Helen Wallace, Classical-music.com, 4th March 2014)

長いこと待ち望んでいた『ロデリンダ』実演鑑賞にどきどきでしたが、イエスティン君の素晴らしい
歌唱と演技、楽しめるプロダクションに大満足。そして出待ちも上手くいき、最高のロンドン遠征
となりました。

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by didoregina | 2014-03-09 21:49 | イエスティン・デイヴィス | Comments(10)

ヘンデルの『ロデリンダ』@ENO

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2014年3月2日@ENO

Rodelinda Rebecca Evans
Bertarido Iestyn Davies
Grimoaldo John Mark Ainsley
Eduige Susan Bickley
Unulfo Christopher Ainslie
Gardibaldo Richard Burkhard

Conductor Christian Curnyn
Director Richard Jones
Set Designer Jeremy Herbert
Costume Designer Nicky Gillibrand
Lighting Designer Mimi Jordan Sherin
Video Design & Animation: Jeremy Herbert and Steven Williams
Movement Director Sarah Fahie
Translator Amanda Holden










English National Opera (ENO)で現在上演中のヘンデル『ロデリンダ』は、この歌劇場の通例
通り、原語ではなく英語上演である。
ヴェルディやロッシーニ、プッチーニはたまたドニゼッティなど、こてこてのイタリア・オペラを英語で
歌われると、かなり耳なじみが悪いだろう。。また、ヘンデルのよく知られたイタリア語歌詞の曲の
場合も英語で聴くのは辛い。しかし、ヘンデルのオラトリオにはもともと英語歌詞の作品が多いから
だろうか、今回のオペラも英語に訳して歌われるのを実際に聴いてみて、当初恐れていたほどの
違和感を感じなかった。
オペラ『ロデリンダ』には、私自身あまりなじみがないと言うこともあるが。

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ロンドン・コリシアムと呼ばれるこの歌劇場は、トラファルガー広場から程近い場所に1904年に
建てられ、外観も内装もなかなか重厚な世紀末趣味が感じられる。
円形に近いホール中心に沿うように客席が作られ、ホールに奥行きがあまりなく、大きさも程よく、
客席床は緩いスロープで少しずつ高くなっているから、平土間のどの位置に座っても舞台はよく
見えそうだし、音響にも大差なさそうだ。
私たちは、今回、平土間2列目中央に席を取った。

舞台前のオーケストラピットは深めで、1列目中央に座っても指揮者の頭が邪魔にならないだろう。
しかし、そのためもあるのか、小編成のオケの音は音量が控えめでよく聴こえてこない感じだ。
まあ、イギリスの古楽系指揮者およびオケにありがちなので驚かないが、とにかく歌手の邪魔を
しないことを旨としているとしか思えないような、耳にも胸にも響かない、印象に残らない演奏で
あった。彼らの演奏には、ワクワク感とかスリルとか主張のあるカッコよさとかを期待するのは
間違いである。火傷しそうなほど熱かったり、ピリッとしたスパイスの利いた演奏を聴かせる、個性
溢れるヨーロッパの古楽オケやアンサンブルの数々に慣れた耳には、さらりとした無色透明の白湯
みたいで、味とか熱が全く感じられないのだった。

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上の写真で舞台の全体的な造形がよくわかるだろう。
『ロデリンダ、ロンバルディアの女王』というタイトルから乖離しないよう、時代は50年代かと
思しく、ミラノの暗黒街が舞台である。
舞台手前に置いてある3基のホームランナーの上を登場人物が走ったり歩いたりして、ちょっと
レトロなフィルムノワールのカリカチュア的雰囲気、例えるならば『ディック・トレイシー』みたいな
イメージである。
ミラノを独裁で牛耳っていたと思われるベルタリドは、敵対するマフィアの親分グリモアルド に
よって失墜・追放させられた。その妻ロデリンダと息子は、敵方に捕えられ軟禁されている。
ヴァレンチノもどきの無声映画時代のハリウッド・スターのブロマイドみたいな甘い表情で写って
いるベルタリドの栄光時代の写真が、壁にべたべたと貼られているのには笑えてしまう。l

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             妻子が心配で、浮浪者に身をやつしてミラノに舞い戻ってきたベルタリド


ロデリンダとベルタリドの息子は、リチャード・ジョーンズによる今回の演出では、20代始めと
思しき年齢設定なので、ロデリンダもベルタリドの妹エドゥージも50歳くらいの年増の雰囲気で
違和感はない。しかし、ベルタリド役のイエスティン・デイヴィスは30代前半と若いし、もともと
ベビーフェイスで実際の年齢より普段でも若く見えるから、白髪交じりの鬘を付け老けメイクを
しても20歳くらいの息子がいる中年もしくは初老の男性に化けるには無理がある。
イエスティン君は目チカラがあるし、痛々しい表情で苦い境遇の薄幸の人物を上手く演じては
いるのだが。
彼の役どころは、最初から最後まで同情を買う、悲劇の主人公である。

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それに対する敵のグリモアルドは、憎々しげで太ったマフィアの親分風の嫌な奴で、まさしく
アメリカ映画の悪役そのものだ。
ジョン・マーク・エインズリが下種な悪役になりきりなのに唸らされた。
徹頭徹尾カリカチュアライズされた悪役だから、やることなすこと笑いを誘うのである。

ハリウッドのギャング映画のパロディー風演出なので、悲劇の主人公ベルタリドはいつでも
弱々しげな哀しい目つきで、ワルイやつににいたぶられがまま、という善悪・白黒がはっきり
した設定と展開だから、全体のトーンはコミカルにならざるをえない。オペラセリアであるはず
なのにドタバタコメディになっているのである。
それは今日、ヘンデルのオペラを現代演出で上演する場合、避けられないパラドックスなのだと
思う。もともと、喜劇的要素がある脚本だし、音楽にも悲劇のトーンは少ないからだ。

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このオペラでは、CTによって歌われるベルタリドのアリアに美しい曲が多いし、同情を誘う役柄
だし、今回のキャストでもイエスティン・デイヴィスの存在感(歌唱と演技両方)が贔屓目でなしに
一番光っていた。タイトルも『ロデリンダ』ではなく、『ベルタリド』にしたらよかったのではないかと
思えるほどだった。イエスティン君が真の主役であったことは誰の目にも明らかだった。

とにかく丁寧かつ誠実に心を込めた歌を聴かせるのが彼の真髄である。歌唱に無理がないから、
音がぶれたりすることが全くなく、どの音域でもとても安定して安心して聴くことができる。
声質的には、CTの中ではかなり男っぽい声である。
装飾に凝ったり技巧に走るタイプではなくストレートな歌唱で勝負するから、ヘンデルのオペラに
ぴったりだ。
彼の歌を聴いていると、言葉の意味の重要さも大切にしていることがよくわかる。単語のひとつ
ひとつにしっかりを意味を込め、音符の一つ一つを大切にして色と陰影を付けるから、美しい英語の
発音も相まってとても分かり易く、聴く者の心にまっすぐに届く。
だから、ベルタリドの心情を切々と歌われるのに胸が痛んで、こちらの目からも思わず涙が
こぼれそうになった。

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さて、ベルタリドの腹心の部下であるウヌルフォ役もCTであるから、二人のCTを同じ舞台で聴き
比べることができるのも楽しみにしていた。
しかも、まだ生の歌声を聴いたことのない、期待のクリストファー・エインズリーだから、彼の歌唱に
は身を乗り出して聴く構えだった。
イエスティン君と比べると、クリスの歌唱はメリハリに乏しく一本調子だ。彼の声も比較的男性的で
ダークな色合いで少々重い。まだ若いから、これから経験を積んで変化していくだろうから、今回
の舞台のみで判定するのは早計ではあるが、ちょっとまだ歌唱では印象が弱い。

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                     左がクリス

しかし、クリスには、舞台映えするルックスと存在感という強みがある。このまま研鑽を積んでいけば
キャリアも自ずと開けるのではないかと思わせた。

ところで、今回の登場人物は皆、思い人の名前を自分の体に彫っていたり刺青を入れさせたりする
のだが、最後近くのシーンになって、血だらけのシャツを脱いだウヌルフォの背中に大きく彫られた
名前を見てにやりとしてしまった。そこには、ベルタリドと彫られていたのだ。


この『ロデリンダ』は、明日3月8日CETで18時50分から(GMTで17時50分から)BBC3より
生放送される。
一週間はオンデマンドで聴けるはずなので、ぜひともお聴きいただきたい。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b03x160z
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by didoregina | 2014-03-07 17:01 | オペラ実演 | Comments(10)

イエスティン・デイヴィスが英語で歌うベルタリドのアリア

イングリッシュ・ナショナル・オペラのヘンデル『ロデリンダ』は、今晩2月28日が初日です。
これを機に、マレーナ様私設ファンクラブに倣って、イエスティン君応援のための私設ファンクラブを
ここに設立したいと思います。

ENOでは全てのオペラを英語で上演するので、英訳歌詞がこなれてない点や英語で歌われるという
不自然さに対しては、オペラファンおよび歌手の意見でも好き嫌い賛否の分かれるところですが、
ヘンデルのイタリア語のオペラを英語で上演するとどういう感じになるのでしょうか。

Dove sei, amato bene? ならぬ O, where are you, dearest beloved?




ENOプロモ・ヴィデオで聴くことができるイエスティン君の歌うベルタリドのアリア『お前はどこに、
愛おしい人よ」には、事前に恐れていた英語歌詞の不自然さが全く感じられないどころか、とても
こなれた印象です。まるで、ヘンデルがこの歌詞に曲を付けたかのように。
この好印象の理由としては、イエスティン君が歌っているから、ということも大きいでしょう。
彼の英語の発音と歌唱がぴったりと合って、美しいことこの上ありません。
切々と語る心情がひしと胸に迫り、うっとりと聞きほれてしまいます。

『ロデリンダ』には、このほかにも美しいオペラが散りばめられていて、ベルタリドの歌の比率も高い
ので、イエステイン君はどうベルタリドを演じ歌うのか、3月2日の実演鑑賞がとても楽しみです。
METで以前に原語のイタリア語で上演されたものと演出は同じですが、アンドレアス・ショルが
ベルタリド役のそのプロダクションは事前にはあえて見ないことにしました
。予習は、その他の
プロダクション動画と録音でしています。)

追記と訂正:ENOの演出はリチャード・ジョーンズが担当し、METのプロダクションとは全く別物
でした。当初ENOが使っていた写真がMETのものだったので、勘違いしていました。ENOでの
『ロデリンダ』鑑賞記もなるべく早くアップしたいと思います。


当イエスティン・デイヴィス・ファンクラブでは、会員募集を常時行っていますので、皆さまのご参加を
お待ちしております。
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by didoregina | 2014-02-28 12:30 | イエスティン・デイヴィス | Comments(8)

DNOの2014・2015年演目発表  デュモーのタメルラーノ!

ヨーロッパの歌劇場の先陣を切って、アムステルダムのDNOが来シーズン演目を発表した。

http://operaballet.nl/en/program/season-2014-15-opera-ballet

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昨日からオペラとバレエが合併して、正式名称Nationale Opera & Balletになった。
オペラ部門のオランダ語名はDe Nationale Opera、英語名はDutch National Opera
なので、略称は今までのDe Nederlandse Operaと同様DNOのままというのは、面倒がなく
よろしい。

演目・キャストをコピペして、一言コメントを添えた。

全体的には、近年まれにみる充実ぶりと言える。理由のひとつは、バロック・オペラが3作しっかり
入っていることと、その出演歌手が凄いからだ。


Gurre-lieder Arnold Schönberg (1874 -1951) 2-23 September 2014

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Christof Hetzer
Lighting Design: Jean Kalman
Video: Martin Eidenberger
Dramaturgy : Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Waldemar : Burkhard Fritz
Tove : Emily Magee
Waldtaube: Anna Larsson
Bauer : Markus Marquardt
Klaus Narr: Wolfgang Ablinger-Sperrhac

アルブレヒト指揮・オーディ演出。演出付で『グレの歌』上演と言うのは珍しいのではないか。
この曲は生で聴いたことないので興味津々。トーヴェにエミリー・マギー、山鳩にアンナ・ラーソン。


Orfeo Claudio Monteverdi (1567-1643) 3-6 September 2014

Musical Director: Pablo Heras-Casado
Stage Director/Choreography: Sasha Waltz
Decor: Alexander Schwarz
Costumes: beate Borrmann
Lighting design: Martin Hauk
Orchestra: Freiburger Barockorkester
Cast:
La Musica/Euridice: Anna Lucia Richter
Orfeo: Georg Nigl
La Messagiera/La Speranza: Charlotte Hellekant
Caronte: Douglas Williams
Proserpina: Luciana Mancini
Plutone : Konstantin Wolff
Ninfa/Pastore 1: Cécile Kempenaers
Apollo/Eco/Pastore 4: Julián Millán
Pastore 2/Spirito: Kaspar Kröner
Pastore 3/Spirito: Kevin Skelton
Pastore 5/Spirito: Hans Wijers

パブロ・ヘラス=カサド指揮FBO!サシャ・ヴァルツ演出・振付!オルフェオにゲオルク・ニグル。
プロセルピーナにルチアーナ・マンチーニ!


L’étoile  Emmanuel Chabrier (1841-1894)  4-26 October 2014

Musical Director: Patrick Fournillier
Stage Director and Costumes: Laurent Pelly
Decor: Chantal Thomas
Lighting Design: Joël Adam
Dramaturgy: Agathe Mélinand
Orchestra:  Residentie Orchestra
Cast:
Ouf I: Christophe Mortagne
Lazuli: Stéphanie d’Oustrac
La Princesse Laoula: Hélène Guilmette
Siroco: Jérôme Varnier
Hérisson de Porc-Épic: Elliot Madore
Aloès: Julie Boulianne
Tapioca: François Piolino

ローラン・ペリ演出、ラズーリにステファニー・ドゥストラック。


Lohengrin  Richard Wagner (1813-1883)  10-29 November 2014

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Pierre Audi
Decor: Jannis Kounellis
Costumes: Angelo Figus
Lighting design: Jean Kalman
Dramaturgy: Klaus Bertisch
Orchestra:  Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
heinrich der Vogler : Günther Groissböck
Lohengrin: Nikolai Schukoff
Elsa von Brabant: Juliane Banse
Friedrich von Telramund: Evgeny Nikitin
Ortrud: Michaela Schuster
Der Heerrufer des Königs: Bastiaan Everink
Vier brabantische Edle: Pascal Pittie Morschi Franz Harry Teeuwen Peter Arink
Vier Edelknaben: Tomoko Makuuchi Michaela Karadjian Anneleen Bijnen Inez Hafkamp

オーディ演出、ローエングリンにシューコフ、テルラムントにニキーチン、オルトルードにシュスター。


La bohème Giacomo Puccini (1858-1924)  7-30 December 2014

Musical Director: Renato Palumbo
Stage Director: Benedict Andrews
Decor: Johannes Schütz
Costumes: Victoria Behr
Lighting design: Jon Clark
Orchestra:  Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Rodolfo: Atalla Ayan
Schaunard: Thomas Oliemans
Benoit/Alcindoro: Matteo Peirone
Mimi : Grazia Doronzio
Marcello: Massimo Cavaletti
Colline: Gianluca Buratto
Musetta: Joyce El Khoury
Parpignol: Morschi Franz

ムゼッタにジョイスちゃん。


Il viaggio a Reims  Gioachino Ross ini (1792-1868)  20 January
2-8 februari 2015

Musical Director: Stefano Montanari
Stage Director: Damiano Michieletto
Decor: Paolo Fantin
Costumes: Carla Teti
Lighting design: Alessandro Carletti
Orchestra: Netherlands Chamber Orchestra
Cast:
Corinna: Eleonora Buratto
La Marchesa Melibea: Anna Goryachova
La Contessa di Folleville: Nino Machaidze
Madama Cortese: Carmen Giannattasio
Il Cavaliere Belfiore: Juan Francisco Gatell
Il Conte di Libenskof: Michael Spyres
Lord Sidney: Roberto Tagliavini
Don Profondo: Nicola Ulivieri
Il Barone di Trombonok: Bruno De Simone
Don Alvaro: Mario Cassi
Don Prudenzio: Biaggio Pizzuti
Delia: Maria Fiselier
Maddalena: Teresa Iervolino
Modestina: Florieke Beelen
Zefirino/Gelsomino: Jeroen de Vaal
Antonio: Tomeu Bibiloni

ミキエレット演出。マチャイゼとスプライヤーズ。


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Tamerlano  Georg Friedrich Händel (1685-1759)  24-28 February 2015

Musical Director: Christophe Rousset
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Patrick Kinmonth
Lighting Design: Matthew Richardson
Orchestra: Les Talens Lyriques
Cast:
Tamerlano: Christophe Dumaux
Bajazet: Jeremy Ovenden
Asteria: Sophie Karthäuser
Andronico: Delphine Galou
Irene: Ann Hallenberg
Leone: Nathan Berg

出た!真打登場!デュモーのタメルラーノ!モネとの共同プロなので、ブリュッセルでも観れる!
オーディ演出2005年の再演。ドロットニングホルム版!
オケ、指揮、キャストに文句なし!このままキャスト変更がなければ、ほとんど最強だ。


Alcina  Georg Friedrich Händel (1685-1759)  25 February-1 March 2015

Musical Director: Christophe Rousset
Stage Director: Pierre Audi
Decor and Costumes: Patrick Kinmonth
Lighting Design: Peter van Praet
Orchestra: Les Talens Lyriques
Cast:
Alcina: Sandrine Piau
Ruggiero: Maite Beaumont
Bradamante: Varduhi Abrahamyan
Morgana: Sabina Puértolas
Oberto: Chloé Briot
Oronte: Daniel Behle
Melisso : Giovanni Furlanetto

『タメルラーノ』同様ドロットニングホルム版で、同時期に交互上演。モネとの共同プロ。
ピオー、アブラミヤン、ベーレと、こちらもかなり強力なキャストだ。


Die Zauberflöte  Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)  4-27 March 2015

Musical Directors: Marc Albrecht & Gergely Madaras 22, 24, 27 maart
Stage Director: Simon McBurney
Decor: Michael Levine
Costumes: Nicky Gillibrand
Lighting design: Jean Kalman
Video: Finn Ross
Sound: Gareth Fry
Movement: Josie Daxter
Dramaturgy: Simon McBurney Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Chamber Orchestra
Cast:
Sarastro: Brindley Sherratt
Tamino: Maximilian Schmitt
Sprecher: Maarten Koningsberger
Erster Priester/Zweiter: Thomas Dear
Zweiter Priester/Erster geharnischter Mann: Elmar Gilbertsson
Königin der Nacht: Iride Martínez
Pamina: Chen Reiss
Erste Dame: Judith van Wanroij
Zweite Dame: Silvia de la Muela
Dritte Dame: Julia Faylenbogen
Drei Knaben: Knabenchor der Chorakademie Dortmund
Ein altes Weib (Papagena): Regula Mühlemann
Papageno: Thomas Oliemans
Monostatos: Wolfgang Ablinger-Sperrhacke

チェン・ライスのパミーナとボーイソプラノの子役に注目。


Macbeth  Giuseppe Verdi (1813-1901)  3-28 April 2015

Musical Director: Marc Albrecht
Stage Director: Andrea Breth
Decor and Costumes: Martin Zehetgruber
Lighting Design: Alexander Koppelman
Dramaturgy: Klaus Bertisch
Orchestra: Netherlands Philharmonic Orchestra
Cast:
Macbeth : Scott Hendricks
Banco : Vitalij Kowaljow
Lady Macbeth : Tatjana Serjan
Dama di lady Macbeth : Letitia Singleton
Macduff : nog niet bekend

ブレト女史演出。


Benvenuto Cellini Hector Berlioz (1803-1869)   9-31 May 2015

Musical Director: Sir Mark Elder
Stage Director: Terry Gilliam
Co-director & Choreography: Leah Hausman
Decor: Rae Smith
Costumes: Katrina Lindsay
Lighting Design: Paule Constable
Video: Finn Ross
Orchestra: Rotterdam Philharmonic Orchestra
Cast:
Benvenuto Celllini: John Osborn
Giacomo Balducci : Maurizio Muraro
Fieramosca: Laurent Naouri
Le Pape Clement VII: Orlin Anastassov
Francesco : Nicky Spence
Pompeo: André Morsch
Le Cabaretier: Marcel Beekman
Teresa: Patricia Petibon
Ascanio: Michèle Losier

聴いたことないオペラだが、ナウリとプティボンというフランス人キャストが魅力。(ただし、DNOの
キャスト暫定というか希望みたいな感じで、いつのまにか別の歌手に代わっているということが
よくある。)


Lulu  Alban Berg (1855-1935)  1-28 June 2015

Musical Director: Fabio Luisi
Stage Director: William Kentridge
co-director: Luc de Wit
Decor: Sabine Theunissen, William Kentridge
Costumes: Greta Goiris
Lighting Design: Urs Schönebaum
Video : Catherine Meyburgh
Orchestra: Royal Concertgebouw Orchestra
Cast:
Lulu: Mojca Erdmann
Gräfin Geschwitz: Jennifer Larmore
Eine Theater- Garderobiere/ Ein Gymnasiast/ Ein Groom: Rebecca Jo Loeb
Der Maler/Ein Neger: William Burden
Dr. Schön/Jack the Ripper: Johan Reuter
Alwa: Daniel Brenna
Schigolch: Franz Grundheber
Ein Tierbändiger/ Ein Athlet: Werner Van Mechelen
Der Prinz/Der Kammer- diener/ Der Marquis : Gerhard Siegel
Eine Fünfzehnjährige: Katrien Baerts
Ihre Mutter: Helena Rasker
Eine Kunstgewerblerin: Virpi Räisänen
Ein Journalist: Roger Smeets
Ein Diener : Peter Arink

METとENOとの共同プロ。エルトマンが消えてハニガンになったら文句なし。ゲシュウィッツ役の
ラーモアに期待。シーズン最終演目恒例でコンヘボ・オケがピットに入り、力がこもってる。
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by didoregina | 2014-02-18 13:42 | オペラ実演 | Comments(29)

さよなら、アムステルダム・リング!

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アムステルダム歌劇場のオーディ演出『リング』は、現在のチクルス公演中の『神々の黄昏』(今週
金曜日)を最後に、17年に渡って語り継がれた伝説の舞台の幕を下ろす。
その伝説の舞台を一部とはいえ目の当たりにすることができたことは、なんという僥倖であろうと、
喜びと寂しさを噛みしめている。

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                  設営中の『神々の黄昏』舞台

わたしとワーグナーというのは、傍目にはどうやら意外な組み合わせのように映るらしい。
確かに『リング』の実演鑑賞は今回が初めてだった。しかし、オペラ舞台鑑賞を始めた20年前から
約10年間は、地元のオペラ団の定期会員だったから、ワーグナーも含む様々なジャンルのオペラを
観てはいたのである。10年前くらい前にそういうお仕着せから脱皮し、自分で選んでアムステルダム
やブリュッセル、リエージュなどにプチ遠征をするようになり、それから自分の好みがハッキリわかって
演目を選ぶようになった結果、ワーグナーからは遠ざかっていだけである。

今回の『リング』も、実は日本から友人が遠征で来なかったら、自分から見に行こうと思ったかどうか。
だから、アムステルダム・リングに導いてくれた友人には、非常に感謝している。

チケットはかなり早くから売り切れだった。サブスクライバー枠で3月に予約注文を入れたのは
正解だった。人気演目だから、8月からの一般発売時には、これはという席は残っていなかった。

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『神々の黄昏』舞台設営には8時間かかる。床材プレキシグラスの重さは一枚8トン。間に照明が
埋め込まれている。照明とブリュンヒルデの炎の点検の最中。

わたしは、チクルスの後半の2演目のみの鑑賞だったが、その合間に、歌劇場主催の『リング・
バックステージ・ツアー』に参加した。リングの上演時間も長いが、バックステージ・ツアーもそれに
見合うべく(?)2時間以上あった。なにしろ、話が17年前の初演に遡るし、すべてに最上級が付く
から説明が長くなる。

舞台造形は各夜毎まったく異なり、壊すのに2,3時間、新たに組み立てるのに6から8時間かかる。
普段はアムステルダムから150キロ離れたブラバント州の『リング』専用倉庫に保管されている舞台
装置を、トレーラー延べ120台を使って運び込む。

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             舞台裏に積み重ねてあるプレクシグラス


その舞台装置が、また超ど級なのである。普段の舞台の形態を全く留めない立体構造で、舞台の
平面構造も各夜毎に異なる。
『ジークフリート』では、オケは通常の舞台下手側後方に乗っかり、上手側とオケの前に3角形の
ような変則的なプレキシグラスの舞台がオケピットの上にも敷き詰められる。そして、客席前3列を
つぶして、木製の廊下のような舞台も延長されて作られる。

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下手バルコンの舞台脇の位置からのカーテンコール写真。斜め後ろを向いてオケの方にむかって
拍手を送る歌手たちの姿勢から、イレギュラーな形態の舞台を想像してもらいたい。
立体構造になっているのは、舞台上部に太い梁のようなものが何層も重なって、その上でも歌手は
歌ったり演技したりするのである。特に、この『ジークフリート』では、実際にボーイソプラノが森の
小鳥役を歌い演技する。それが、かなり高いところから身を乗り出したりして、迫真の演技なので
ある。ほとんど、サーカスの子役に近い。

また、『神々の黄昏』では、舞台設営中の写真をご覧いただくと分かり易いが、オケはまた通常の
ピットの位置に入り、通常の舞台はプレキシグラスで埋め尽くされ、上手後方上部からスロープが
伸び、オケピットを囲むように客席に張り出した半円形の木の舞台が造られている。

もちろん、『ラインの黄金』と『ワルキューレ』では、また異なる舞台造形なのである。

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『神々の黄昏』のジェットコースター状立体セットを舞台裏から見たところ。

こういう立体的かつ奥行きの深く変形舞台を造れるのは、世界広しと言えどもアムステルダム歌
劇場以外は無理だ。パリのバスティーユ、そしてNYのメトロポリタン歌劇場でも、規模を小さくすれ
ば似たような舞台造形も可能かもしれないが、それ以外の動力および防災上も含めたテクニカル
設備の面で無理だそうだ。
たとえば、プレクシグラスの床の一部が開き、舞台と奈落の間を歌手が一瞬で上下移動できる。
その床の上を音もなく動く宇宙船のような乗り物は、ホヴァークラフトと同じ原理で浮いて、音も
なくスムーズに移動する。

オーディ演出のトレードマークとして、炎や煙のスペクタクルな使用というのがある。
アムスの歌劇場舞台では、それらの炎は高圧のガス管を通して供給し作るので、コントロールが
容易であるという。
必要な量と圧力でガスを送り火の大きさを調節し、消すときには高濃度の酸素を充填送風するので
一瞬でできるし、完全に消える。
鍛冶の場面などでは盛大に炎が出るのだが、その上部に、なんとアドヴェンチャーシートと呼ばれる
太い梁のような特設客席が造られていて、前3列潰した客席代わりに40人ほどが座れるようになって
いる。舞台を文字通り上から見下ろす位置であり、臨場感とスリル満点であろう。

かように、オーディ好みの、サーカスのようなスペクタクル満載の、しかしファンタジックなショーに
なっているのが、アムステルダム・リングの特徴である。
読み替えとか小難しいところはなく、シンプルかつ分かり易い。ただひたすらおとぎ話の具現化に
終始していて、観客は五感でそれを体感できるという仕組みである。

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             衣装アトリエで、森の小鳥用衣装素材のプロトタイプを見る。

ジョージ・ツィーピンによる舞台セットは、17年前から見かけは変わらないが、傷んだり壊れたり
した部分には修理が入っているがもうそれも限界で、似たような材料や部品が手に入りにくくなって
いるし、老朽化した装置は安全面で万全とはいえなくなっているから、今回のチクルスを最後に、
これらのセットは壊して破棄される。(ただし、『ワルキューレ』だけは、単独で近い将来もう一度
上演されることが決まっている。)

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衣装デザインは、石岡瑛子さんである。これも、近くで見ても精密なのに驚くし、遠目にも惚れ惚れ
するほど美しい。染めのぼかしのグラデーションが絶妙だし、ぱっきりと潔い造形が大きな舞台に
映える。
近年は、映像化されたりHDでも細かいところまで見えるので、衣装にも手を抜くことが許されない
ようになっている。
石岡さんの亡き後、彼女の名を冠した財団が、『リング』の衣装を引き取ることになっているが、
来年か再来年には、アムステルダム市立美術館で、彼女の回顧展とともに『リング』の衣装も
展示されるという。

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アムステルダム・リングの最後のチクルスはHD録画されて、TV放映、オンライン・ストリーミング
もしくは劇場公開される。それは、記録に残すという意味で重要なのだが、歴史に残るアムステル
ダム・リングは、実演に接しないとその全体像をつかむのは容易ではなく、その偉大さも実感でき
ないだろう。
ぎりぎりセーフで間に合って、歴史を見届けることができたことをうれしく思う。
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by didoregina | 2014-02-12 11:51 | オペラ実演 | Comments(4)

マレーナ様ネローネの仰天演技と歌唱

マレーナ・エルンマン・ファンクラブの皆様、新年早々、素晴らしい動画がアップされている
のでご紹介したいと思います。

昨年11月のリセウ歌劇場での『アグリッピーナ』の第三幕、ネローネのアリアQuando invita
です。
マレーナ様直々のお墨付きですから、何はともあれ、ご覧になってください。




Qual bramato piacere mi s'offre del destino!
oggi spero baciar volto divino.

Quando invita la donna l'amante
è vicino d'amore il piacer,
il dir : "vieni ad un istante"
egli è un dir, "vieni a goder!"

比較的スローなテンポで、じっくり聞かせる曲です。超絶技巧のアジリタはありませんが、
その分、美しいメロディーが心に染み入り、名曲ばかり散りばめられたこのオペラの中でも
白眉の一つと言えましょう。

しかし、マクヴィカー演出によるネローネは、10代後半で性的な発情を隠さず、多動性でマザ
コンという設定です。だから、この美しいアリアも、マレーナ様ネローネは、なんと腕立て伏
せやピラティスなどの運動をしながら歌うのです。

これを実際に劇場で見たときのインパクトの強さには凄まじいものがありました。
そのあとのアリアCome nubeでは、マレーナ様ネローネはコカインを吸引しつつラリッて、
機関銃のようなハイテンポでアジリタの多い歌を歌うという曲芸を見せてくれるので有名です
が、このQuando invitaの演技と歌唱の方には、聴く者の耳目を一瞬たりとも外すことのない
ような密度の濃さが充満していました。
しっかりと聴かせる歌を、ピラティス運動をしながら息切れすることなくいかにも軽々と歌う
姿に感じ入り、観客は固唾を飲んでマレーナ様の一挙一動を見入り、その歌唱に魅入られたの
でした。
そのカリスマ的求心力。余人に真似できるものではありません。
マクヴィカー版アグリッピーナのネローネ役はマレーナ様以外には封印されてしまった、という
ことを確認したのでした。


新年初めのファンクラブ会報ということで、グラインドボーンの『こうもり』から、マレーナ
様オルロフスキーが歌うアリア「わたしはお客を呼ぶのが好き」の動画も貼り付けますので、
こちらではまた別のマレーナ様をご堪能してください。


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by didoregina | 2014-01-09 20:40 | マレーナ・エルンマン | Comments(4)

怒涛のカウンターテナー・ルネッサンス・イヤーを振り返る

「今年はカウンターテナー・ルネッサンス」宣言を行ったのは、今年2月8日の記事だった。
しかし正確に言うと、丁度一年前の12月17日が、わたしにとってのカウンターテナー・
ルネッサンス・イヤー元旦であったのだ。
すなわち、ケルンでヴィンチ作曲『アルタセルセ』を鑑賞した日である。http://didoregina.exblog.jp/19021085/

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その日から、めくるめくセンセーションと驚愕と出会いに満ちた一年が始まった。
その怒涛の一年を振り返ってみたい。

この『アルタセルセ』のCD録音および、ヨーロッパ各地での舞台形式およびコンサート形式
上演は、現在ヨーロッパで進行中のCT革命のマイルストーンとして21世紀音楽史上に残る
画期的出来事だった。
比較的マイナーなバロックオペラの全曲録音・上演であることに加えて出演歌手は男性のみ、
そして現在注目すべき若手実力派カウンターテナー5人が出演したのだった。フィリップ・
ジャルスキー、マックス・エマニュエル・チェンチッチ、フランコ・ファジョーリ、ヴァラール・バルナ=
サバドゥス、ユーリ・ミネンコ。
(同様の先例としては、男性歌手のみ出演しかも若手カウンターテナーが9人登場して、
クリスティー指揮、ラザール演出で、ランディの『聖アレッシオ』がすでに2007年にカーン、
パリなどで上演されているが、わたしは未体験)

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ケルンでの『アルタセルセ』公演は、当初の予定とは変わって、コンサート形式での上演と
なった。舞台形式でないことを残念に思ったのだが、実際に鑑賞してみるとコンサート形式だと
歌唱に集中できるからそれはそれで悪くないのだった。

カウンターテナーの声と歌唱は、録音を聴いただけでの判断は禁物だ。
生の舞台で見て聴いて、ようやく個性が発見できたりよさを納得できたり欠点もわかるものだ。
その際、CTが1人だけ登場するオペラよりも複数登場のオペラの方が、比較対象が多くなって
面白さの度合いはずっと高まる。
また、舞台上ではCT同士の間で、ある種のライバル意識も働くため、単独の場合よりもずっと
素晴らしい歌唱を披露するということが往々にして起こる。
個々のCTの個性がぶつかり合って炸裂するのを眼にし耳にする醍醐味!
彼ら若手CTは、いずれ劣らぬ実力を誇り、つい数年前までは考えられないほどの多様性を
見せる。技術の進化した、現在のヨーロッパにおける最新CTの姿がこのプロダクションでは
まとめて堪能できるのである。


TV放映された『アルタセルセ』舞台の全編ヴィデオ。


              キッチュで安っぽくケレンミ溢れる演出でバロックオペラの本質抽出。



そして、2月には、ヘアハイム演出によるヘンデルの『セルセ』をデュッセルドルフで鑑賞した。
http://didoregina.exblog.jp/19232452/



2011年にウィーンで、マレーナ・エルンマン主演、スピノジ指揮、エイドリアン・ノーブル演出の
『セルセ』を鑑賞しているので、デュッセルドルフでのヘアハイム演出のタイトルロールをCTの
ヴァラール・バルナ=サバドゥスが歌うことに興味津々だった。
マレーナ様とサバドゥス君の声はよく似ていると思う。彼の声、特に高音は、表面を覆う膜が
引き伸ばされて薄くぴんと張った感じで、ストレートに響く美しいメゾそのもので耳に心地よい。
そして、核に男性的な野太さを感じさせるのだが、全体のテクスチュアにマレーナ様の声と
共通する部分が多い。肺活量が多そうなのは、男性であるCTの長所か。
マレーナ様のズボン役は、実際に舞台鑑賞すると驚愕するくらい、姿かたちも態度も演技も
男性そのものになりきり、他のメゾ歌手の追随を全く許さない。
セルセ役をCTが歌うことは稀なのだが、サバドゥスの自然な高音がそれを可能にし、
若さと舞台映えするルックスも相まって、マレーナ様セルセと拮抗する出来栄えだった。
ヘアハイム演出のスラップスティックそのものの舞台、Xerxes=Sex Rexという設定では
CTの方が無理がなく、彼は正に適役。
弟アルサメーネ役がやはり若いCTのテリー・ウェイで、サバドゥスとはいいコンビであった。


サバドゥスは、夏のエクサンプロヴァンス音楽祭でも、カヴァッリ作『エレナ』のメネラオ役に
抜擢された。爽やかな歌唱が印象的で、将来有望株No.1であることを再確認した。
(TV放映のみの鑑賞だったが)

TV放映された『エレナ』の全編。





7月には、アムステルダムのDNOでブリテンの『ヴェニスに死す』を鑑賞した。
http://didoregina.exblog.jp/20490829/

この作品に登場するCTは1人で、アポロ役のティム・ミード。生の彼の声を聴くのは初めてだ(と思う)。
しかし、このオペラはブリテン作曲ゆえかほぼテノールの独り舞台という趣で、CTの歌唱および登場
部分は予想以上に少ないため、ミードの歌唱はノーブルでストレートでいかにも英国系CTらしい
なあ、という程度の言うもがなの感想しか持たなかった。
初めて鑑賞するこの作品そのものにも演出にもとてもハマったのに、CTにはさほど特別な感慨を
抱かなかったのは、歌手のせいなのか、それとも、あまりに濃いヨーロッパ大陸(および南米)の
CTに耳や感覚が慣れてしまって、淡白な英国人CTの歌唱があっさりしすぎで物足りなく感じたの
かは、定かではない。

演出のウォーナー女史のインタビュー入りトレイラー。スカラ座公演でのCTはイエスティン・デイヴィス。






9月には、アムステルダムのコンセルトヘボウで、コンサート形式のヘンデル『アレッサンドロ』。
http://didoregina.exblog.jp/20785631/

これも『アルタセルセ』同様、今を時めくパルナッソス・アート・プロダクションズによる製作だ。
ラング氏主宰のこの事務所は、近年、若く優秀なCTを集結させて、比較的マイナーなバロック・
オペラの全曲録音やその舞台化などに意欲的に取り組んでおり、CTルネッサンスもこの事務所
抜きにしては考えられない。ヨーロッパのCT界最先端を牽引しているのである。

こちらは、一年前に録音されたCDプロモーション用トレーラー




出演のCTは、マックス・エマニュエル・チェンチッチ、シャビエル・サバタ、ワシリー・コロショフ。
個人的な好みではあるが、主役で花形歌手であるチェンチッチの成熟しきった声と歌唱よりも、
サバタの温かみを感じさせる豊かな低音からリリカルな明るさのある高音まの幅の広さ、そして
会場全体に届くプロジェクションに感嘆させられた。やはり、CTの歌唱は生で聴いてナンボ、
そして複数のCTが同じ舞台に立つことで個性の比較が容易にできて楽しさ倍増だということを
再確認したのだった。



特にCTが重要な役を演じたわけでははないが、バルセロナで鑑賞した『アグリッピーナ』にも
オットーネ役でディヴィッド・ダニエルズが出演していた。
http://didoregina.exblog.jp/21059013/



この動画をご覧いただくと、CTの新旧の違いが一目瞭然であろう。
ダニエルズ氏は、アングロサクソン系CT旧種の代表格と言える。ファルセットのようにしか聞えず
(「女の腐ったような声」と形容した人もいる)、変化に乏しい歌唱で、パワー不足の感が否めない。
一昔前のCTのイメージそのものである。
ただし、氏の名誉のために付け加えると、リセウでの実演で接した彼の歌唱は、この動画ほどは
酷くなかった。会場の音響が良かったせいだろうか、豪華キャストの中で彼一人が足を引っ張るの
ではないかと恐れていたほどではなく、ホッとしたのであった。



バルセロナ遠征から戻って間もなく、わたしにとってのカウンターテナー・ルネッサンス・イヤーに
急展開が起こった。
イエスティン・デイヴィスとの出会いである。
ヨーロッパのCT達とは全く異なる進化を遂げた、イギリスのCTを再発見することになったのだ。
(パーセル3曲とブリテンの『カンティクルズ』コンサートの英文記事を書いた。)
http://didoregina.exblog.jp/21023113/

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バロック・オペラおよびCTを熱く語る、(在欧)日本人とヨーロッパ人から成るコミュニティーに日夜
浸っていると、イギリスやアメリカでのCT動向に疎くなる。CT先進圏の真っただ中にいるものと
思い込んでしまうからだ。
そして、もともとヨーロッパ大陸と、英米というアングロサクソン国とではCTのキャラクターも大きく
異なっているのだ。
ヨーロッパでは、バロック・オペラには欠かせない存在だったカストラートの再来を思わせるような
装飾や色彩感に溢れた、ベルカント様式を感じさせる歌唱を、男性ならではのパワーで聞かせる
実力を持つ頼もしい新CT種が百花繚乱のごとく咲き誇っている。
それに対して英米のCTは一般的に、聖歌隊出身であるためか清廉で上品だが、色気の足りない
歌唱が主流のように思われる。
これら両者をいっしょくたに語ることはできない。CTと言えども、ほとんど異なるカテゴリーに属して
いるからだ。
その違いを、友人の言葉を引用しつつ例えると、「ヨーロッパのCTは金銀使った彩色写本の趣で、
英米のCTは石に彫ったローマ字体のようだ」
前者は、直射日光を避けた修道院の図書館で見ることができる写本の彩色が施されて装飾で
飾られた文字のどこか隠微な匂いのする人工的な美しさで、後者は、楷書体のようにストレート
かつシンプルだが外光の下で映える健康的で端正な美しさである。

そして、いつの間にか、イエスティン・デイヴィスは、ヨーロッパのCTとはまた別の方向ではあるが、
新種CTらしい進化を遂げていたのだ。


彼を意識して聴いたのは、2011年のウィーンでの『狂えるオルランド』でルッジェーロ役を歌った時
だった。http://didoregina.exblog.jp/17015440/

その衝撃は忘れられない。いわゆる教会系のケレンミのないストレートさで勝負の歌唱なのに
しっかりと男性的かつパワフル、安定したプロジェクションで声はびんびんと飛んでくる。
ボーイッシュな澄んだ高音から中音域・低音まで滑らかに繋がり、アジリタも気持ちよく、かつ、
歌心に深みを感じさせるのだった。これぞ進化したCTの理想の声と歌唱ではないかと思った。
なんとなくお行儀のよすぎるようなイメージだった彼と、ヴィヴァルディ(およびスピノジ指揮)との
相性の良さも意外だった。

2006年録音のヴィヴァルディ『グリゼルダ』から、イエスティン・デイヴィスの歌うコッラードのアリア
Alle minacce di fiera belva



しかし、彼の場合、その後出演したオペラ・レパートリーに現代ものが多かったことと、活躍の場が
イギリス、アメリカ、もしくは南ヨーロッパであることが多かったので、実演に遭遇する機会がなんと
2年間なかったのである。その間、彼は、メトロポリタン歌劇場のブリテンのオペラ『真夏の夜の夢』で
主役を張るくらいに成長していた。

ブリテン作曲『カンティクルズ』のヴィデオ・リンクを張るので、ご視聴いただきたい。
http://www.theguardian.com/music/video/2013/nov/20/britten-centenary-the-canticles-video

ティペット、ブリテン、アデスによる編曲によってかなり現代的な味付けとなり、わたしの舌には
馴染みがないほど変貌していたパーセルの3曲とカンティクルズ2曲を彼が歌うのを聴いて、
ボーイッシュという形容を使うのはためらわれるほど大人っぽい深みのある声で、高音にも
男性らしさが混じっているし、熟成された中低音の美しさに新たな衝撃を受けたわたしは、
コンセルトヘボウに続いて、二年間の空隙を埋めたいという念に駆られ、ブリュッセルのモネ
劇場に同じプログラムを聴きに行ったのであった。

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年の終わりに近づいてから思わぬ新発見に巡り合うことのできた2013年は、わたしにとってまさに
センセーショナルなCTルネッサンスの一年だったのだ。
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by didoregina | 2013-12-19 16:32 | カウンターテナー | Comments(18)

スカラ座シーズン開幕の『椿姫』

スカラ座のシーズン開幕演目は、毎年イタリアはもちろんヨーロッパの他の国でもTV中継・
放映される。
つまり、国家的(汎ヨーロッパ的)・文化的に非常に重要なイヴェントなのである。
だから通常は、開幕前から様々な話題で盛り上がるものである。しかしなぜか、今年は事前
にブログやFBなど、わたしの周りでは全く話題にならなかった。だから、当日新聞のTV欄を
見て、「お、今晩がそうなんだ。夕ご飯後に皆で観よう」と思った程度で、サイトなどにも
全くチェックを入れず、ほとんど白紙状態でTVの前に座った。
「椿姫」は、ヴェルディー・イヤーの最後を飾る、しかもスカラ座のシーズン開幕演目に
まことにふさわしい演目だなあ、とプロセッコを飲みつつ、うきうきしながら。

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TV放送では、最初の国歌演奏のあたりは見逃して、丁度序曲が始まるところから見始めた。
ダムラウのヴィオレッタが、一人姿見の前に立っている。
無声映画時代のハリウッド女優風の金髪に赤い椿の花を挿し、薄手の青いロングドレス姿で
パウダーをはたき、眉墨を塗る。いかにもレトロチックな小道具とけだるげな仕草と佇まい
である。


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しかし、そのヴィオレッタのドレスのクレープのようなドレープも、シフォンの袖も、実に
容赦なく中年太り体型を顕わにしてしまう素材とデザインなのに唖然としてしまった。
ミラノはモードの中心地、しかも椿姫のドレスがこんなのでいいのか?
ダムラウは「こんなにデブに見えるドレス着たくない!」と駄々をこねなかったのであろう
か?
ここらあたりから、もしかしてこの演出は通常の規格に収まらないものなのかも、と思えて
きた。
しかし、まだその段階では、「ダムラウは産後の肥立ちが良すぎて、ミラノの服飾パターン
技術をもってしても隠せないほど、ブクブクの体型になってしまったのかしら」と怪しんで
もいた。

序曲の緩の部分は、悲劇性を否が応でも強調した寂寞に震えるような美しい音楽である。
それに呼応するように、演出でも、盛時のヴィオレッタに忍び寄る凋落の予兆が最初から
暗示される。
音楽と演出に齟齬はないのだが、なんだか妙な肌触りというか、微妙な感覚を覚えるのだった。

一転して音楽が明るく変わり、緩から急へと転回する。三々五々登場するパーティーの客たち
は、70年代風の服装や髪形の人が多い。
すなわち、時代設定は多分70年代か80年代で、「偽レトロ」の冒頭での無声映画風ヴィオ
レッタとアンニーナは、一種の「コスプレ」をしていたのだとわかるのである。
「偽レトロ」と「コスプレ」は、この演出のキーワードである、と気づいたのは観終わって
後のことではあったのだが。

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アルフレードは、遊び慣れないボンボンであることを強調するため、イケてない髪形に鼠色の
スーツ、ノータイという格好である。とてもオーソドックスで問題ない。
と思いきや、パーティの最中、ヴィオレッタとアルフレードはほとんど眼差しを交わさない
のでまたもあれっという違和感。
ヴィオレッタは徹底的に「年増の浮かれ女」を自ら演出・演技していて、アルフレードに対
しては若造というより子供と見なしているようで、おちゃらけて接するので、またまたあれれ?
と疑問符が浮かぶ。
二人だけになっても、ヴィオレッタとアルフレードは視線も合わせず、もちろん「物理的な
触れ合い」など皆無である。
年増女のプライドと矜持で、若造アルフレードに接するヴィオレッタって、往年の女優気取り
なのだろうか?それで、引退した往年のハリウッド大スター(実はその娘によるボディーダブ
ル)と彼女を崇拝する若い男との悲恋を描いた『フェードラ』という映画を思い出したの
だった。
親子ほども年の違う若い男との恋愛が本物になることを恐れているのか、感情を隠して、
冗談めかした態度で徹底して接するヴィオレッタ。
赤い椿を渡して「愛想づかし」のそぶりというか、大女優気取りで、追っかけファンみたいな
アルフレードを退却させるのだった。
「不思議だわ」とアンニーナと二人だけになってから歌うヴィオレッタ。真剣な恋に落ちる
なんてあんたにはありえないよ、とでも言い合うかのように、二人の年増女のガールズトーク
になっている。
結局、第一幕では、ヴィオレッタとアルフレードは、手さえ握らず視線も交えず、互いへの
愛情の吐露という演技や場面は皆無なのであった。
ううううう~む、なんとも微妙な演出、腑に落ちないと思いつつ、しかし、そのなんとも
不思議な面白さに、わたしは引き込まれていったのだった。

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第二幕第一場の舞台は、ヴィオレッタとアルフレードが郊外に借りた愛の巣だ。
この舞台装置がまた、びみょ~なのだ。なんだか、中欧・東欧に見かけそうな田舎っぽい
インテリアで、ダサさを誇張するため家具や小道具が実物よりも1.5倍くらい大きく作られ
ている。手がかかっているといえば言えよう。
そして、人物の格好も田舎っぽいのだが、ヴィオレッタはパリの高級アパルトマンにいる
ときよりも随分と若々しい。かつらも派手なメークもしていないのに、かえって可愛らしく
みえる。
アルフレードは、キッチンのテーブルでパンをこねたり、バイ生地を伸ばしたりとまめまめ
しい主夫ぶりである。ベチャワは、そういう動作をしながら歌うのだ。ファンにしてみたら
どういう心持だろう。

パパ・ジェルモン登場。
いかにも冷たく、身勝手で傲岸なタイプとして描かれているのが新鮮と言えば新鮮である。
娘と息子の幸せを願うばかりに、ヴィオレッタには息子と手を切ってもらおうと迫る高飛車な
態度も悪者然として恥じることない。
最初は、そんな理不尽な別れ話など到底納得できません、と健気で強気な態度だったヴィオ
レッタもパパ・ジェルモンの高圧的態度に、ついには折れる。義理と人情には勝てないのだ。
お互い苦しみを分かち合おうというのではなく、抱擁もパパは嫌々ながらする、と言う感じだ。

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    アルフレードが帰ってくる。窓の外から中の様子をうかがう陰湿なパパの姿も見える。

ヴィオレッタが去った隙に、「プロヴァンスの海と陸」を歌いながら息子を諭そうとするパパ
と、イラついてパイ皮をこねたり野菜をぶった切ったりする(あぶないよ、指切るよ、と思っ
てるうちにやっぱり血が出た)アルフレードの態度に直情型な性格がよくわかる。うろたえて、
戸棚の中を探したり落着きのないアルフレードである。
ヴィオレッタが去ったと知り、茫然自失ののち、妙にマッチョぶると言うか虚勢をはる父と息子
なのであった。この父にしてこの息子あり、という印象を与えるための演技がこれでもかという
ほど強調されている。


第二場、フローラ邸宅でのパーティだ。
招待客は変な人たちばかりというのはお約束であるが、そこで繰り広げられる場面はエロでも
グロでもない。ブラックタイ姿で現れたアルフレードに人々の好奇の視線が集中する。皆から、
同情や慰めの言葉をかけてもらうアルフレードの居心地はよくない。まるで、彼という存在
そのものがパーティの一番の見どころみたいな具合である。実際、マタドールの歌の最中にも
ダンスやその他の人々による余興があるのではなく、人々の注目の的になっているのはアル
フレードなのである。
このあたりの演出は、焦点の定まりという点で傑出していると思う。すなわち、シンプルに
整理された舞台上の人々の演技で、彼らの全視線がアルフレードに向けられて、彼がその場の
中心人物であることが観客にも一目瞭然なのである。客席と舞台上の視線の対象が一致して
いるというのは、視線が分散しないから集中度が高いし舞台全体の密度も高まり、非常に
効果的だと思うのだ。

そこに現れたヴィオレッタは、ダムラウの顔立ちからも金髪のカーリーヘアのかつらや服装
からも、ベット・ミドラーを思わせる。ここでも、映画女優風に自らを演出しているヴィオ
レッタのちょっとコスプレがかったヴァーチャル好きな病的性格がうかがえるのだ。

どのみちパパには頭が上がらないアルフレードだから、罵倒したり札びらで頬をぶったりして
貶めたヴィオレッタにかえって慰められる有様である。情けない男の典型だ。カーリーヘアの
かつらをとってアルフレードの手を握るヴィオレッタ。しかし、この時も二人は視線を交わさ
ないのだ。嫌々ながら握手して別れるのだった。

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第三幕は、瀕死のヴィオレッタの殺風景なアパルトマンなのだが、このヴィオレッタはなか
なか死にそうにない感じである。落ちぶれて、治る見込みのない病気なのに、今までのどの
場面よりも美しく見えるほどだ。
往診に来る医者は棒立ちで、病人とは距離を置いたまま同情もなにも示さない冷た~い態度。
やっぱり今回の『椿姫』に登場する男たちは一様にヘンなのだ。
第三幕では、ダムラウの歌唱の冴えがより一層際立つ。ますます死にそうになく、迫力満点
である。
「過ぎし日よ、さようなら」も、辞世の歌ではなく、今まで生きた証よ輝けとばかり、満身の
力が込められている。病気とか衰えを感じさせないから、まるで、歌手の引退公演のような
具合である。
だから、しばし拍手は鳴りやまなかった。

外から聞えてくるカーニヴァルの音楽で起き上がるヴィオレッタはますます元気いっぱいだ。
そこへ、へんな花束と菓子箱を持ってアルフレードが登場する。いかにも気が進まない病人
見舞いに来たかのように、お仕着せっぽく、気が利かない、愛情の感じられないプレゼント
である。
再会の喜びを歌いつつ、やはり二人は近づかない。病気が移るのを恐れているのか、アル
フレード?
デュエットの最中も、別のことをしている二人である。
病人の肩を抱いたり、膝をなでたりとか、慰めの態度をとったら?と見ている方は思うだろう。
とにかく、気まずい雰囲気のままの二人なのであった。
写真箱から若いころの自分の写真を出して、死んだ私をこれ見て思い出して、とアルフレー
ドになんだかヴィオレッタ本人とは思えない人の写真を渡すのだが、なぜか後ずさりするアル
フレードなのだった。
アンニーナが気を利かせて、男たちを部屋から退却させる。

気分が晴れた、病気が治るかも、と明るいヴィオレッタは、まだまだ死にそうにない。しかし、
あっけなく一瞬で事切れたヴィオレッタの部屋の戸口に引けてる男たち三人を、完全に最後に
は追い出すアンニーナなのであった。そこで幕切れ。

当然、演出に対しては激しいブーイングの嵐であった。
音程が不安定で、決まることがなかった歌唱のベチャワもブーであるが、これには変人アル
フレードという今回の役割も減点対象に入っているだろう。厳しい評価であるが致し方あるまい。

ようやく見終わってから、演出はチェルニャーコフなのだと知った。知って納得、思わず膝を
打った。
私的には、この演出はかなり楽しめたのだった。

なぜかというと、ヴィオレッタの性格・態度に、コスプレで演出した自分と本当の自分自身
との見分けがつかなくなった女の哀しみがあふれ出ていて、同情を誘ったこともある。
かつらと化粧という虚飾を取り外して素のままの自分を捧げたアルフレードは、どうしよう
もない男であることが最後によくわかった。
虚勢を張って生きた女の一生に目を見はらされたのだった。

Direction
Conductor   Daniele Gatti
Staging e sets   Dmitri Tcherniakov
Costumes   Elena Zaytseva
Lights   Gleb Filschtinsky


CAST
Violetta Valery   Diana Damrau
Flora Bervoix   Giuseppina Piunti
Annina   Mara Zampieri
Alfredo Germont   Piotr Beczala
Giorgio Germont   Željko Lučić
Gastone   Antonio Corianò   
Barone Doupho   Roberto Accurso
Marchese d'Obigny   Andrea Porta
Dottor Grenvil   Andrea Mastroni
Giuseppe   Nicola Pamio
Domestico di Flora   Ernesto Petti
Commissionario   Ernesto Panariello
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by didoregina | 2013-12-13 17:42 | オペラ映像 | Comments(38)

『アグリッピーナ』@リセウは、エンタメ・バロックオペラ決定版!  バルセロナ遠征記 その4

c0188818_20281651.jpgConductor Harry Bicket
Stage direction David McVicar
Scenography and Costumes John Macfarlane
Lighting Paule Constable
Choreography Andrew George
Co-production Théâtre Royal de la Monnaie (Brussels) / Théâtre des Champs Elysees (Paris)
Jory Vinikour, clave
Symphony Orchestra of the Gran Teatre del Liceu

Agrippina Sarah Connolly
Nerone Malena Ernman
Poppea Danielle De Niese
Claudio Franz-Josef Selig
Ottone David Daniels
Pallante Henry Waddington
Narciso Dominique Visse
Lesbo Enric Martínez-Castignani

2013年11月18日@Liceu

リセウ歌劇場の今シーズン、ほとんど全演目がよそからの借り物か共同プロなのだという。
新作、新演出などのオリジナリティ追及派、冒険推進派からしたら、節操のない態度と思えるかも
しれないが、財政緊縮を余儀なくされている歌劇場にとって、こういう開き直った態度をとることも
一理ある。
なにより、すでにどこかの劇場で上演済みの安全パイ、しかも一流のキャストを持ってくるのだから、
集客もしやすいだろうし、成功は約束されたも同然である。

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今年の新シーズン開幕演目は、10年前にモネ劇場とシャンゼリゼ劇場の共同プロとしてブリュッセル
とパリで上演されて以来、バロックオペラ・ファン、ヘンデルオペラ愛好家にとって伝説と化している
マクヴィカー演出による『アグリッピーナ』だった。

マクヴィカーのヘンデル・オペラ演出では、グラインドボーンで上演された『ジュリオ・チェーザレ』も
伝説化しているが、そちらは全幕映像化されているし、昨年METでも再演されたし、安定した人気を
誇っている。
マクヴィカー版『ジュリオ・チェーザレ』は、ミュージカルと見まごうばかりダンスシーンの多い、しかし、
無理な読み替えがないシンプルな舞台のため、純粋にヘンデルの美しい音楽が楽しめる優れた
エンタメになっていて、その点は『アグリッピーナ』も同様である。だから、この2プロダクションは、
まるで2部作として見ることができるほど、似ているのである。

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モネでの初演でネローネだったマレーナ様と、ENOでの英語版でタイトルロールだった
     サラ様が共演!まさに私のために夢を実現してくれたとしか思えない、いいとこどりキャスト!


マレーナ様とサラ様は、わたしが一番好きなメゾ・ソプラノの両雄(!)であり、追っかけの対象で
あるから、単独では何度か生に接している。しかし、その二人そがろって同じ舞台に立つことは
今までなかった。
今回の『アグリッピーナ』は、だから、それだけでも世紀のプロダクションなのだ。
その二人の親子役は、どうだったであろうか。
舞台上の二人は、全く齟齬を感じさせず、奸智に長けた母親と彼女に対して屈折した感情を持つ
息子という役柄を、本当に説得力を持って演じていた。
しかし実際は、もしかしたらライバル歌手同士の火花も散っていたのではなかろうか、とわたしは
推測するのである。特に、マレーナ様ネローネに対する拍手喝采は凄まじく、人気の軍配は彼女の
方に挙がったのではないかと思われるから、主役を張ったサラ様の心理やいかに、と心配になるの
であった。逆にいえば、主役でないマレーナ様の方がずっと精神的には楽だし、はまり役でもある
ネローネを思いっきりのびのびと演じられ、余裕で溢れ出るエネルギーを歌唱にも回すことができた
のだと思う。


c0188818_21425511.jpg

              カーテンコールで、サラ様とマレーナ様が手を取り合って。


リセウ歌劇場の専属オケの演奏はしょぼくてイマイチかも、という声も事前に聞いていた。
しかし、ビケット指揮によるオケは非常にバランスよくまとまった演奏を披露してくれた。
どのセクションも、ちょっとこれは、と思うような点が見当たらず、通奏低音がよく響いてリードしている
から、モダンオケなのに古楽らしさが香っていたし、なにより音楽としての全体をまとめるためにあえて
歌手の伴奏に徹する、という態度を前面に出しているのがよかったのである。
ビシバシと歯切れよく、小気味いいドライブ感とか、エッジが立ってかっこいいという演奏とは全く
言えないが、主張と言うものが感じられずまったりして生気に乏しくてなんだかつまらない、という英国の
古楽オケと指揮者によくありがちな演奏とも別物であった。
これは、指揮者のバランス感覚が優れているためだと思う。そして、リセウ歌劇場の音響が、意外にも
バロックオペラに適しているのだった。ドライではなく、響きすぎもせず、稀に見るほど気持ちいい音響
環境なのだ。

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                  舞台上の字幕は、な、なんとカタロニア語のみ!

前日のグルベ様リサイタルですでに驚いたのだが、リセウ歌劇場の舞台上字幕は、バルセロナの
公用語であるカタロニア語のみである。
スペインからの独立気運の盛んなこの地方は、スペイン全体の経済(工業)を背負って立つという
自負があるが、火の車であるスペイン経済の重みが肩にずっしりとのしかかっているという苛立ちも
隠せない。
そのことは、町に一歩足を踏み入れると建物からずらりと下がるカタロニアの旗で一目瞭然だし、
学校教育の場でもスペイン語を用いずにカタロニア語だけなのだ。
だから、町中では、スペイン語とカタロニア語の二か国語表示や放送になっている場合もあるが、
カタロニア語がなんといっても主流である。なんとも凄い郷土愛と誇り。
ただし、平土間の座席に付いている字幕は、数国語から選べるようだった。(舞台と手元の字幕を
同時に見ることは不可能なので、利用しなかったが)

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                      幕間に舞台とオケピットを背景に。


オペラ演出に話を戻そう。
マクヴィカーは、当然ながら設定を現代に移しているが、舞台となっている国などが特定・
推察ができるわけではない。どこか小国の元首のお家騒動でもいいし、オーナー一家が株主や
取締役を占める企業のお話としても観ることができる。
ワンマン社長もしくは元首であるクラウディオ、経営や権力の座世襲に口をはさむ辣腕の妻と、
色情狂のバカ息子、それにもう一組ポッペアとオットーネが絡むコメディーである。
権力闘争が軸にはなっているが、暗殺が絡んだりする暗いお話ではない。そういえば、バロック
オペラには珍しく、この作品中に死人は出ないのだ。
だから、一人突出して怨みを持った人物が登場する、ということがないため、全体のトーンが明るく、
楽しいのだ。エンタメとして料理しやすい理由であろう。


女同士、悪巧み知恵比べのアグリッピーナとポッペア

マクヴィカーの演出で感心したのは、舞台上の焦点の定まりである。
上掲の動画をよくご覧いただきたい。歌のないレチタティーヴォの場面なのに、いい意味での
緊張感が途切れなく続き、神経が万遍なく舞台上に行き届いていることがお分かりいただける
だろうか。
無駄に大勢の人物を舞台に乗せず、主要人物以外は最小限にして、話の筋と音楽に焦点を当てる。
その場面で焦点を当てるべき人物には、舞台上の他の人物の関心も集まっているから、焦点が
ぼけない。インパクトが強い。
映画映像の主役に焦点を当てるのと同様の仕方でオーソドックスな方法ながら、最近のオペラ演出
ではあまり見かけないパターンである。
こうすることによって、観客の視線も一か所に集中しそのまま耳も歌手の歌に集中するので、会場
全体に一体感が生まれるのである。どうして、こういう正攻法なアプローチが最近のオペラ演出では
避けられる傾向になっているのか合点がいかないほど、これは効果的なのだ。
あれもこれもと欲張って、なんでも詰め込んだ過剰演出が、観客にとっては有難迷惑なサーヴィスで
ある、と、はっきりわからせてくれた。
マクヴィカーによる『アグリッピーナ』は、観客にとって、音楽と舞台を同時に楽しめる気持ちのいい
演出である。
その代り、舞台上の歌手へのスポットの当たり具合が半端ではないから、一点集中に耐えられる
演技力と歌唱力の両方が必要であることは言うまでもない。

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結論。このマクヴィカー版『アグリッピーナ』は、究極のエンタメとして、近年まれにみるほど
優れたプロダクションになっていた。
シンプル・イズ・ベスト。シンプルなものほど素材で勝負しないといけないし、誤魔かしがきかない。
舞台造形もシンプルだから、このプロダクションは他の劇場へのレンタルに適している。しかし、
演技力と歌唱力の優れた素材である歌手が揃わないと、これほどまでの効果は生まれなかったに
違いないのだ。
空前絶後の今回のプロダクションを見逃した人たちのために、全編が正式に映像化されることを
切に望む。
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by didoregina | 2013-12-07 15:41 | オペラ実演 | Comments(2)

マレーナ様のネローネ@リセウ   バルセロナ遠征記その3

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  初演から10年後のマレーナ様ネローネ


マレーナ・エルンマン・ファンクラブの皆さま、長らくお待たせしました!
すでに『アグリッピーナ』千秋楽も終わった今、ようやくレポートを書く気分になってきました。
と、申しますのも、今回、リセウでの『アグリッピーナ』再演は、今年最大のメインイヴェント、
3年越しの念願、いや、マレーナ様を知った最初の日から今までずっと待ち続けていた、わたしに
とってほとんど人生のゴールの一つに近いほど重みのあるものだったのです。
そして、期待を予想以上に上回る素晴らしいプロダクションに圧倒され、また、マレーナ様渾身の
パフォーマンスは一世一代と言ってもよく、まさに伝説再生の現実離れしたパーフェクトな舞台に
立ち合って、こちらの身も心も彼岸に渡ってしまったような状態になっていたのです。
その興奮が一過性ではない証拠に、雲の上を歩いている感覚は2週間たっても続いているのです。
夢とうつつの境界線を彷徨う私に、レポを書くなど不可能なことだったのです。
(そのわりに、イエスティン・デイヴィスのコンサート・レポはすぐに書いたじゃないか、というツッコミ
もありますが、義理人情も絡んでいましたゆえ、お許しのほどを)

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まず、このヘンデルのオペラ作品自体の完成度の高さが、今回の大成功の礎であることに疑いの
余地はありません。
音楽は、聴きごたえのある歌唱部分とレチタティーヴォ、器楽演奏の分量配分がこの上なく
バランスよく、ダ・カーポが長すぎて聞き飽きるようなアリアは一つもなく、序曲から最後の大団円
のコーラスまで、一瞬ともダレだり飽きたりする瞬間がありません。
この作品で、ヘンデルの作曲家としての天才ぶりをまさに確認することになりました。
また、音楽だけでなく、この作品にはストーリー的にも荒唐無稽すぎる部分がなく、古代から変わ
らぬ人間の欲や愛憎、親子の情などが、誰にでも納得できるようなユニヴァーサルな要素が
散りばめられているのです。

しかし、素材がいくら極上でも、料理人の包丁さばきや味付けによって出来は全く異なるものになる
というのが、オペラと料理との共通項ともいえましょう
名人による美しく盛られた料理を舌に載せる瞬間のスリリングさ、そして、美味をじっくりと味わう
幸福の体験とオペラ舞台鑑賞とはかなり性質が近いもので、五感と体全体に興奮を与えてくれます。
多くの皆様と同様、団子より花ですから、オペラで味わう至福追及のためには遠征をも厭いません。
歌手の喉は旬の素材に近いもので、時期の一致を見れば聴くチャンスを逃してはなりませんが、
オペラ舞台の場合、演出家という料理人の任務が非常に重要だと思うので、つまらなそうな演出
だったら、最初から食指が動かないものです。
今回のマスターシェフは、デイヴィッド・マクヴィカーでした。

↓の序曲の動画は10年前の初演時のものですが、オケと指揮者とキャストが多少異なるものの、
今回も演出上、全く同じなので参考のために貼ります。



シンプルな舞台装置と現代衣装で、隅々まで神経の行き届いたスタイリッシュな演出ということがよく
わかるかと思います。10年経つまでもなく劣化が激しく見るに堪えないようになってしまう演出も
昨今は多いものですが、これは、今でも全く古びて見えません。

また、序曲部分のだんまり演技で状況設定の説明をしっかり行うという、ある種の演出にはお約束
になっている手法ですが、その方法がシンプルなのに明瞭なことこの上なく、ごちゃごちゃしていず、
説明しすぎでもなく、ほとんど理想的な序曲の演出だと思えます。
ロムルス・レムスが狼の乳を飲んでいる幕の前に座って、多分ローマ帝国歴代皇帝に関する本を
読んでいる人の後ろに、歴史上お馴染みの名前の彫られた石棺に座って登場する主要人物たち。
欲望と陰謀渦巻く、退廃のローマ皇帝一家の相関図が一目瞭然です。
まさに、見事に整理された冒頭場面演出のお手本と言えましょう。


10年前の初演以来すでに伝説化している演出とプロダクションですから、アクロバティックに
マレーナ様が歌い、踊り、演じる動画などは、すでに何度も見聞きされているかと思います。
たとえば、第一幕最初のネローネのアリア Col saggio tuo consiglio 


               この胸キュン音楽にぴったりの可愛い男の子ネローネ役のマレーナ様

シンプルで美しく機能的な舞台装置と背景、現代的な衣装に、演技力ではぴか一のマレーナ様の
表情と身振り態度で、10代終わり頃の若い男の子の心の微細な揺れが歌唱にも表現されて、
観客の胸に迫るのです。
10年経っても、上の動画とほぼ同様の動きで、マレーナ様の美少年ぶりには衰えが見られません
でした。『セルセ』役以来トレードマーク化したちょっとエロチックな動作が今回は結構沢山の場面に
散りばめられているのが多少の変化もしくは進化ですが、思春期から抜け出せないままの色情狂の
ネローネ、しかもADHDが入っているという役どころを絶妙に演じているのでした。

今回の舞台でマレーナ様のズボン役を生で初めて観た人は、きっと一様に、彼女の男性役なりきり
ぶりに驚愕しただろうことは、想像に難くありません。マレーナ様セルセでびっくりした人は、今回また
数歩前進した役者ぶりに、思わず惚れ直したことでしょう。

マレーナ様は、特に主役を張る場合、前半は喉をセーブするためかなり声量を抑えることが
多いのですが、今回はタイトルロールではないということで気の張りが少なくて済んだのでしょうか、
最初からエンジンがかかって、しっかりと声を響かせてくれたのが、まずうれしい驚きでした。
出だしの歌からこうだと、他の歌手も乗せられるのか皆パワー全開になるものです。


また、今回の再演に当たって、マクヴィカー本人がバルセロナでビシバシと稽古をつけたことは、
全ての場面で、歌手や役者やダンサーの動きがびしっと決まっていることからもよくわかります。
誰一人緊張が解かれたり、ダレたりした場面が一瞬たりともないのです。
たとえば、今回ポッペア役だったダニエル・ド・ニースが最初に歌う場面をご覧ください。



ダニエルちゃんは、相変わらずダンスで鍛えた筋肉としなやかな体、派手な作りの顔の表情も豊か
で演技派なのですが、ポッペアのスタイリスト役のオネエタイプのダンサーの演技も光ってます。
ダニエルちゃんの歌唱が、このプロダクションのキャスト中では心配の種の一つだったのですが、
リセウの音響のためか、指揮者のバランス感覚がすぐれているせいか、1人だけ妙に力んだような
不快な声で歌ったりしていないのが、うれしいサプライズでした。ダニエルちゃんの生舞台には、
何度も接しているのですが、今回ほど不快指数が非常に低いのは初めてでした。


アグリッピーナのタイトルロールを歌ったサラ様の調子も絶好調だったと思います。
迫力ある年増の悪女役が最近多いサラ様ですが、アグリッピーナでもその真骨頂発揮です。



自分の息子ネロを次期皇帝の座に据えようと思った矢先、死んだはずのクラウディオ帝が生きて
もどってきたため、そして若く美しいポッペアとの確執もあり、様々な奸計を巡らすアグリッピーナ=
マキャベリズムの申し子のような存在にサラ様もなりきり、胸がすくような悪女ぶりを披露して
くれました。
女性役の歌手は皆、10センチはあろうかというピンヒールを履いて、階段を上り下りしたり、踊ったり
するので、見ていてハラハラするほど。

踊りと言えば、ダニエルちゃんよりももっと格が上なのは、やはりマレーナ様です。
ポッペアを追っかけまわす色情狂でADHDのネローネという役柄上、片時もじっとしている場面が
ないどころか、アリアでも様々なダンスや動きをしながら歌うという、マクヴィカーの演技要求に
応えられるオペラ歌手はマレーナ様以外ありえません。
ムーンウォークその他のダンスはもちろんのこと、アリア Quando invita la donna l'amante
では、腕立て伏せ、腹筋運動やピラティスのバランスポーズをとったままで歌うのです。これには、
もう観客はびっくりで、やんやの喝采と万雷の拍手でした。
よく出回っている、ネローネがコカインを吸引しながららりって歌うCome nube che fuggedalも
凄い迫力ですが、その前のアリアのでの動きはもっともっとすさまじいのでした。

長くなってきましたので、この辺でいったん中断して、カーテンコールやツーショットの写真は、
また別記事として投稿したいと思います。
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by didoregina | 2013-12-04 14:12 | マレーナ・エルンマン | Comments(8)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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