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イエスティン・デイヴィスのマスタークラス@RAM

今年2月の日本コンサート・ツアーには、イエスティン・デイヴィスのマスタークラスも
組み込まれていて、その時日本に行けなかった私は地団太踏んだものだった。
だが、その半年後にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックで、彼のマス
タークラスが行われた。RAMは彼の母校であり、後輩への指導ということになる。
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Vocal Masterclass with Iestyn Davies @ Royal Academy of Music
2016年11月8日

その日選ばれて歌った学生は計5人。カウンターテナー4人にソプラノ1人だ。
これだけ多くの若いCTを聴き比べることができる機会は稀だが、外部からの聴衆は少な
かったので、どんな様子だったのか私の感想も交えたレポをアップする。
一人当たりの時間は約30分。

6.30pm
Handel Agitato da fiere tempeste (Riccardo Primo)
Monteverdi E pur io torno (L’incoronazione di Poppea)

Edward Edgcumbe countertenor
Keval Shah piano

私の感想:彼が登場した時思わず「お、これは」と声を漏らしたほど、上背がありルッ
クスもなかなかよく、期待を抱かせた。しかし、一昔以上前の英国系CTにありがちな
聖歌隊系の弱々しい声で魅力に欠け、何より、歌唱が平板でずっと同じなので聴いていて
つまらない。音程は悪くないし、声も良く出てはいるのだが、それ止まり。

イエスティン先生の指導:舌の位置を奥に引っ込める傾向があるため、喉から口蓋への
息の通り道が狭まり、すなわち声が十分に出せない。息=歌声なのだ。だから、舌は歯
に意識してくっつけるつもりで喉からの声の通りをよくするという基本的な練習。
ヘンデルの『リッカルド・プリモ』からのアリアでは、速いパッセージの音の流れを細か
く区切って、例えば4音の連なりならアクセントの置く場所を違えて4パターンや、2音
ずつのポルタメントにしたり、様々なヴァリエーションでスムーズに歌えるように練習。
モンテヴェルディの『ポッペア』からオットーネのアリアでは、もう少しオペラの内容に
踏み込む指導。オットーネがどういう心情で歌う場面なのか自分で確固たる想定をするこ
と。初期オペラなので決まりごとに囚われず自由に、そしてイタリア・オペラのその後、
ロッシーニまで連綿と続く伝統を予期させるような華やかさを出したり、タメを利かせた
り、ベルカントも意識して。

7.00pm
Purcell (arr. Britten) If Music be the Food of Love – third version

Hamish McLaren countertenor
Katie Wong piano

私の感想:ずんぐりむっくりの体型とは裏腹に澄んだ声で、やはり聖歌隊系ではあるが、
声の通りもよく、パーセルの時代っぽい英語の発音も合っている。いかにもイギリス人
らしい選曲。

イエスティン先生の指導:ミュージックという単語の発音は「ミュー」にアクセントが
あるはずだから、「ジック」の部分に力を入れすぎず、もっと優しくそっと寄り添う
ように発音すること。言葉の意味をよく捉えて、それを聴衆にどう伝えたいのか、どう
いう風に歌えば自分の伝えたいことが伝わるのか、よく考えて発音し、歌のフレージング
作るをすること。
ブリテンのアレンジ第三ヴァージョンではコード低いから、高音が美しい君の声のよさが
生かせないから、別のキーので歌う方がいいかも。
また、とにかく様々な歌手の色々な録音を聴いて片っ端から真似してみること。遺伝子で
その人の個性は決まっているから、真似しても自分の個性は生き残る。好きな歌手でなく
ても、好みでない歌い方でも、真似してみることで新たな発見や見えてくることがあるは
ずだし、表現の幅が広がるから。それらを沢山自分の引き出しに入れることが大切。
毎晩歌ってるレパでも、急に舞台でこういう表現したい、と思った時に引き出せる。

7.30pm
Britten I know a bank (A Midsummer Night’s Dream)
Handel Sì spietata, il tuo rigore (Giulio Cesare)

Matthew Paine countertenor
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:大柄でふてぶてしいようなルックスだが、声はイエスティンに似て、伸びも
よく、オベロンらしい堂々たる役作りの歌唱。丁寧な発音で説得力十分。

イエスティン先生の指導:この役を舞台で歌ったことがあるんだね。じゃあ、出だしの
「ウェルカム・ワンダラー」の状況説明とオベロンの性格分析してみて。なるほど、ティ
タニアに対しては恐妻家なのに、パックにはボス的で上から押し付けるタイプだというな
ら、出だしの歌詞の発音にもそれを込めて歌って、オベロンの性格の役作りを。
「アイ・ノウ・ザ・バンク」という歌詞からも、聴衆がその景色が手に取るようにわかる
ような歌い方を考えて。
どこに的を絞って聴かせたいのか、どこに山を持っていくのか、最終着地地点はどこなの
か、どう声を飛ばしたいのか、自分でイメージして歌うこと。

私の感想:フレーズの色付けと歌詞の意味を表現して役作りという指導ののち、発音が
より明瞭になり語りかけるように歌う歌詞の意味内容も聴衆に迫ってくるようになった。
先生自らピアノ伴奏しながらの熱血指導のため、ヘンデルのアリアまで歌う時間は取れ
なかった。

(Short break)
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8.15pm
Britten How beautiful it is (The Turn of the Screw)
Handel Oh! Had I Jubal’s lyre (Joshua)

Ella Taylor soprano
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:見かけ同様なかなかに骨太かつまろやかな声と歌唱で、歌いこみ、役柄にも
相当入り込んでいる。
(「ネジの回転」からのアリアのみでヘンデルの歌まで歌う時間はなかった)

イエスティン先生の指導:この物語背景と役柄の性格分析してみて。なるほど、子供たちを
守るということが第一の義務と考えている主人公なら、出だしももっと優しく語りかける
ように、子供たちへの慈しみの感情が顕わになるように歌わないと。威厳ありすぎ。
(この役を先生はもちろん歌ったことがないから、ずっと楽譜を手に持って読みながら)
このフレーズを朗読してみて。読んだりしゃべったりするととそういう発音なのに、歌うと
アクセントも変わってきてるよ。そこのAの発音が強すぎて違和感がある?それじゃあ、違う
母音で歌ってみて。しっくりくるまで。じゃあ、次のフレーズまた朗読してみて、その通りに
歌って。ブリテンの作曲書法だと、その時代の音楽らしく音が飛ぶけど、なるべく滑らかな
レガートで歌えば、言葉との音楽の乖離が少なくなる。フレーズも大きく弧を描くように、
途切れさせずに。

8.45pm
Handel Mi lusinga il dolce affetto (Alcina)

Patrick Terry countertenor
Marina de Lucas Garcia piano

私の感想:コンクールと同じく、後に出てくる人ほど上手くなってる。今回のCTの中では
一番気に入った。繊細な声のコントロールもヨーロッパ的な色彩感あふれる歌唱も他の
学生とは一線を画している。特に弱音から始まるメッサ・デ・ヴォーチェ風フレージング
のテクニック(でも弱音には戻らない)と澄んだ高音の美しさ!彼以外は皆話すアクセント
がイギリス人そのものだが、彼だけ違う。ヨーロッパからの留学生か?
(学内ですでに「アルチーナ」のルッジェーロ役デビューしているアメリカ人と後に判明)

イエスティン先生の指導:スローなアリアだから、大きなフレージングの作り方が重要。
細かく切らずに、クレシェンドやルバートなど入れつつ、山場を作って盛り上げる。
歌い出す前に吸う息や息継ぎの呼吸も止めないこと。吸ったまま吐く息と同時に歌おうと
すると出だしの声が上手く出ない。
君の音域は高いからレパートリーは今ではメゾソプラノが歌う、作曲された当時はカスト
ラートのための役が主のようだが、今後のキャリアを考える場合、それだけだと少々危険
というか不利。ルッジェーロ役にCTが選ばれることは現在極めて稀であり、劇場・指揮者・
演出家は、カストラートが歌った役にはメゾを起用することが多く、その傾向は今後20年
は変わらないのではないかと思われる。だから、メゾと役を張り合うよりは、メサイア、
受難曲のアルト・パートをレパに入れておくべき。この世からクリスマスやイースターが
なくならない限り、各地でコンスタントにコンサートがあるからアルトの需要は続く。
そういう手堅いレパがないとCTとして食べていくのは難しいのではないか。

私の感想:確かに将来のキャリアを考えた場合、適切なアドヴァイスと言えるが、状況は
少々変わってきているのではないか。特にヨーロッパでは。フィリップ・ジャルスキーは
去年も来年もルッジェーロ役歌うし。(これは終了後にイエスティン先生にも申し上げた)

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という具合に、非常に内容の濃い、興味深いマスタークラスであった。
日本でのマスタークラスでは通訳が付いたのだが、それだと進行が途切れてしまって指導も
しにくかったのではと心配になるほど、今回のイエスティン先生はべらべらと喋り捲り、
ピアノを弾きながらの熱心な指導であった。
(その感想に対して先生は、「日本の場合、通訳は聴衆のために付けたんだけどね。」との
こと。料金取ってる公開リハだったので、なるほどね。今回は、聴講無料。)
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by didoregina | 2016-11-13 21:39 | カウンターテナー | Comments(6)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

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別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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