<   2014年 07月 ( 8 )   > この月の画像一覧

久方ぶりのStedelijk(アムステルダム市立近代美術館)

ミュージアムカードは一年有効なのでどんどん活用すべし、と、アムステルダム市立
近代美術館にも行った。
ここは、コンセルトヘボウのほぼ真向いなので近くを通ることはあっても、数年前の
新装リニューアル以来入館するのは今回が初めて。

c0188818_192953.jpg

バスタブを下から見上げる。

コンセルトヘボウに面した新築部分は、外から見ると「バスタブ」との異名そのまま
だが、入口から続くチケット売り場その他内部は広々して明るくなり、煉瓦造りの旧館
外壁とはお約束通りガラス天井で繋がっていて、新旧デザインと素材の取り合わせは悪く
ない。

c0188818_1981499.jpg


この美術館では、ミュージアムカードを自動販売機に入れるとタダで出てくる入場券を
駅の改札みたいなところに通して入館という仕組みだ。

ようやく重い腰を上げてこの美術館に来たのは、石岡瑛子さんがデザインしたDNOプロ
ダクション「リング」の衣装展が開催されているからだ。
この「リング」プロダクションは、今年初めのチクルスが最後になった。

c0188818_19132277.jpg

左奥はジークフリート、そして虚無僧のようなヴォータン、赤から裾の黒へのグラデーション
が美しいブリュンヒルデの衣装。

キモノっぽいデザインや漆黒や紅の色などに日本的な要素が取り入れられたデザインで、まず、
ファブリックの発色の鮮やかさ・美しさが目を惹く。
今年、DNO「リング」の『ジークフリート』と『神々の黄昏』の実演を鑑賞し、その合間に
特別バックステージ・ツアーにも参加して、衣装や小道具・セットを舞台裏で間近で観る
機会に恵まれた。

c0188818_191652100.jpg

ミノムシみたいな昆虫のようなイメージの旅の衣装

今回、こうして衣装が美術館に集められているのを見つつ、ヴィデオで石岡さんと演出家の
ピエール・オーディのインタビューで、デザイン、アイデアおこしから実際にの作成に至る
道のりを語っているのを見聞きすると、これらの衣装の独創的な美しさが一層理解できる。

c0188818_1941342.jpg

ラインの乙女たちの衣装のギリシャ風ドレープは、水の流れのイメージ。

最近、ドレープの美しいデザインのドレスにハマっている。夏のワンピースで手の伸びる
ものは、流れるドレープの彫刻的造形性のあるものばかり。その立体感の美しさと味わいは
着てみてより実感できるのだ。


ここの展示に時間を割いたので、あとは常設展示をさっと見ただけ。九月中旬から始まる
マルレーネ・デュマス展にまた来るから、今回はあっさりでいいのだ。

c0188818_19445531.jpg


イブ・クラインのブルーは大好き。

ドレープと同じくらいイブ・クラインのブルーにもハマっているから、どこの近代美術館
にも必ずあるクラインには目が釘付けになる。彼のこのブルーはトレード・マークとして
製法が特許になっている。

こんな感じのブルーで、アシンメトリーなドレープのあるAcne Studioのワンピースを
今年の夏のバーゲンでゲットした。ここぞ、というときに着たい。
[PR]
by didoregina | 2014-07-31 13:10 | 美術 | Comments(4)

リニューアル・オープンしたマウリッツハイスへ

ミュージアムカードを購入したのは、先月末、新装リニューアル・オープンしたマウリッツ
ハイスへすんなり入場するためである。
美術館のホームページによると、チケット売り場の列に並ばないで済むようにミュージアム
カード保持者もオンライン・チケットを印刷して持っていくようにとの忠告である。そうで
ないと優先列に並ぶ権利がないという。
それで、サイトからEチケットを購入(ミュージアムカード保持者は無料)・印刷して出かけた。
c0188818_22114870.jpg


10時開館に一番乗りしようと出かけたのだが、アパートの鍵の受け渡しその他に手間取り、
結局美術館に入館したのは11時近くになっていた。

c0188818_22294791.jpg


再オープンしたばかりの夏休み、しかも土曜日だから混んでるんだろうなと覚悟していたら、
列などはまったくなく、階段を下りて入る地下入口のチケット売り場も閑散としている。

c0188818_22222231.jpg


印刷していったEチケットを係員がスキャンするもエラーとなって、結局、ミュージアム
カードのスキャンで入場できた。(サイトにはEチケットとミュージアムカードの両方を見せる
ことと注意が出ていた。)
結局、優先列もなにも列なんてどこにもないし、チケット売り場にも並ぶほど人はいないし、
Eチケット印刷は無駄になったのだった。

地下に新しく機能空間(チケット売り場その他)を設置し、ガラス張りのため閉塞感がなく、
ゆったり広々となったのはありがたい。そして、この地下空間は旧館とは道路を挟んだ隣の
新館を結んでいる。新館では企画展が行われ、ギフトショップと新しいカフェ・ブラッスリー
がある。

展示室には、いったん降りた地下から階段を上がって向かう。

c0188818_22323276.jpg


旧館のリフォームは、部屋ごとに色が異なる壁布、カーテン、絨毯が新しくなりゴージャス、
しかも17世紀の雰囲気をそのままセンス良く残して、大成功だ。

c0188818_2240971.jpg


貴族の館らしく豪奢だが、デザイン的には古さを感じさせないリフォームになっている。

そして、展示されている絵には、おなじみのものが多く、懐かしい。

c0188818_2245418.jpg

ファブリティウスの『ごしきひわ』(1654年)
同年、デルフトの火薬庫爆発事故で亡くなった彼の作品は
あまり多く残っていない。


c0188818_22504659.jpg

静物画の中でもやっぱり好きなのは食卓画。クララ・ぺーテルスの
『チーズ、アーモンドとプレッツェルのある食卓』(1612~1615)


c0188818_22544019.jpg

今回の新発見は、ぺーテルスと同じく当時としては珍しい
女流画家、ユディット・レイステルのこの絵 (1631)
女流画家には静物画以外のジャンルの絵の依頼はあまりなかった。
しかも、男が女に金を渡している場面の風俗画である。


c0188818_23499.jpg

フランス・ハルスの『ヤーコブ・オリカンの肖像』(1625)
女性肖像画と対になっているこの絵には、いわゆるハルス
らしさがあまり感じられない。人物の表情が硬く、衣装も
ディテール細かく描き込まれているからだ。

c0188818_23104318.jpg

窓枠が逆光で十字になっていて、現代画の趣きすら感じさせる。

そして、実際の窓の外も絵になる風景なのだ。

c0188818_23124643.jpg

窓から見える隣のオランダ下院の建物


マウリッツハイスの裏側は、ホフファイファー(宮殿を取り囲む池)

c0188818_23143292.jpg


この美術館は、アムステルダム国立美術館ほど訪問者が多くないため、ゆっくりと絵画を
味わえるし、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』ともツーショット撮り放題である。


↓はマウリッツハイス・リニューアル・オープニング・セレモニーの動画。国王陛下がご臨席
でもまったくリラックスした雰囲気で、オランダらしいユーモアたっぷり。

[PR]
by didoregina | 2014-07-23 16:30 | 美術 | Comments(6)

ミュージアムカードを使ってみる

Museumkaartという年間パスを持っていると、オランダ中のほとんどすべてのミュージアム
にタダで入場できる。パスは、加盟ミュージアムのチケット売り場およびオンラインで購入可。
http://www.museumkaart.nl/(サイトはオランダ語のみ)

7月1日から5ユーロ値上げして約60ユーロになる、という情報を得たので、ぎりぎり6月30日
にオンラインで購入。その日は多くのミュージアム閉館日の月曜日だったので、最寄りの美術
館で買うことはできなかったが、翌々日に郵送されてきた。

c0188818_16433374.jpg


まずは、小手調べというかパス使用の練習もかねて、新装なってからまだ入場していない
Museum aan het Vrijthofに行ってみた。

チケット売り場でパスを見せると「郵便番号は?」と問われた。記名式カードの不正使用を
防ぐためだろう。
そして、額面0ユーロのレシートを渡された。それがここではチケット代わり。

マーストリヒトの陶器や地元芸術家の作品が並べてある展示物に、さほど興味をひくものは
ない。

c0188818_16554214.jpg


しかし、この建物自体に由緒があるから、歴史の匂いを嗅ぎたかった。
ここは元スペイン総督府で、16世紀以来のブルゴーニュ公国君主すなわちスペイン・ハプス
ブルク家当主でありブラバント公爵(しばしばオランダ総督も兼ねた)が、マーストリヒト
行幸の折には滞在した館なのだ。
そして、神聖ローマ帝国皇帝カルロス5世はスペイン王ともなり、彼の部屋「ブラバントの
間」がフレイトホフ広場に面する2階にある。しかし、がら~んとしたままで展示物はない。

中庭に面して、チューリップ型の列柱のルネッサンス式アーチが立ち、カルロス1世(神聖
ローマ皇帝カルロス5世)とその妻イザベルの行幸記念門が残っている。
そして、その中庭は数年前に改築されガラスの屋根が付けられてグランド・カフェになって
いる。

c0188818_17103362.jpg


古い建物の外壁はそのまま残して、内部は21世紀の快適さを取り入れるように改築、モダンな
増築部分とはガラス屋根で結合するという方式がオランダの歴史的建造物のリノヴェーション
にはよく見られるパターンである。

ここのグランド・カフェは解放感とともに歴史の息吹が感じられて、気に入っている。
フレイトホフ広場に面した一等地にあり、ミュージアムに入場しなくてもカフェだけの利用が
可能なので、しばしここでくつろぐ時間はいいものだ。
お勧めは、リンブルフ名物のパイ(フラーイ)。そして、カルロス5世の名を冠したビール数種。

c0188818_171788.jpg

[PR]
by didoregina | 2014-07-22 10:26 | 美術 | Comments(0)

デルフト・ブルース

デルフトに住む長男がヴェネツィアの建築ビエンナーレを見に行くので、その間空いている
部屋を拠点に週末旅行をすることに。

c0188818_19172391.jpg


ところが、預かっていたスペアの鍵を持ってくるのを忘れたことに気づいたのは、電車が
ティルブルフ駅を出たあとだ。すでに行程の半分、1時間半乗っている。引き返すのは嫌だ。
長男はというと、その日エイントホーフェン空港からヴェネツィアに飛ぶ予定である。
電話をかけると、すでにデルフトを出てロッテルダム駅で友達と待ち合わせの最中だ。
同じ路線の反対方向に向かっているので、タイミングが合えば、すれ違える。
それで、お互い15分後に通過する次の駅ドルドレヒトのプラットフォームで鍵の受け渡しを
することにした。
私たちの電車と長男が乗った電車は4分違いでドルドレヒト駅に到着する。しかし、プラット
フォームは非常に離れている。急いで通路のブリッジを渡り、走りに走って最前車両まで
行き、閉まる直前のドアからなんとか鍵を受け取った。
ほとんど松本清張の『点と線』みたいな具合で、危ない橋であった。

c0188818_1927335.jpg

デルフトのローカルも観光客も列に並ぶ チョコレート屋さんDe Lelieのアイスクリーム

暑い日だから、デルフトではまず、アイスクリームを食べたい。町一番と評判のDe Lelie
の列に並んだ。
ここの特徴は、無調整のオーガニック・ミルクを毎朝、契約農家から届けてもらって、
フレッシュなアイスクリームに仕込む。マイルドでクリーミーかつやさしい味だ。
もともと手作りチョコレート屋であるから、アイスクリームもチョコ味のを頼もう。

c0188818_19324420.jpg

下はAlpacoチョコレート、上はDelftenaarでアーモンド・プラリネ入りホワイトチョコ
にロースト・ナッツが入っている。

De Lelie 所在地はVoorstraat 10番地。フェルメールの墓碑のある旧教会の運河を挟んだ隣。
日曜定休。アイスクリームは3月12日から9月末まで。3月は午後1時から6時まで。4月からは
午後1時から夜10時まで。ワン・スクープが1ユーロ20セントとは、さすがデルフト。
マーストリヒトではありえない安さである。

c0188818_1943014.jpg

旧教会の反対側の運河沿いの通りはOude Delft

Oude Delftにはプリンセンホフがある。元修道院で、今は博物館になっているここには
16世紀に反スペイン、オランダ独立運動の旗頭だったオラニエ公ウィレムが居住していた。
そして、そこで彼は暗殺された。

c0188818_19491799.jpg

プリンセンホフの庭に立つオラニエ公ウィレムの銅像


いかにも元修道院らしくハーブの多いこの庭には、デルフト焼き陶器がモザイクのように
埋め込まれたガウディ風デザインのベンチが置かれている。

c0188818_19515554.jpg


オランダ人の体格に合わせて作られたようなでかいベンチだから、座り心地はイマイチだが、
陶器やタイルがひんやりと冷たくて、夏の暑い日には気持ちいい。

c0188818_19541451.jpg



↓はプリンセンホフの外の並木とデルフト焼きの街灯の柱
c0188818_19574672.jpg


デルフトは、ブルーのアクセントが映える町である。
[PR]
by didoregina | 2014-07-21 13:01 | 旅行 | Comments(0)

モネ劇場の『オルフェオとエウリディーチェ』オンライン・ストリーミング

モネ劇場の今季最後の演目だったグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』が、
いつものようにモネのサイトからオンライン・ストリーミングで視聴可。(7月29日まで)
http://www.lamonnaie.be/en/mymm/media/2075/Orph%c3%a9e%20et%20Eurydice/

モネ劇場と今年五月のWiener Festwochenとのコープロで、ウィーンでは1762年のウィーン
版(イタリア語)が上演され、オルフェオ役はCTのベジュン・メータが歌った。
モネの方は、1859年のベルリオーズ版(フランス語)で、オルフェオ役はメゾのステファニー・
ドゥストラックだ。

c0188818_20313977.jpg photo © Bernd Uhlig
Orphée et Eurydice
Christoph W. Gluck / Hector Berlioz
Music direction ¦ Hervé Niquet
Staging, set design, lighting & costumes ¦ Romeo Castellucci
Artistic collaboration ¦ Silvia Costa
Dramaturgy ¦ Christian Longchamp
Piersandra Di Matteo
Video / Camera ¦ Vincent Pinckaers
Chorus direction ¦ Martino Faggiani
Youth chorus direction ¦ Benoît Giaux

Orphée ¦ Stéphanie d'Oustrac
Eurydice ¦ Sabine Devieilhe
Els
Amour ¦ Michèle Bréant (18, 20, 22 & 24 June)
Fanny Dupont (17, 25, 27 & 29 June, 01 & 02 July)

Orchestra & chorus ¦ La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus
Ombre Joyeuse ¦ Choeur de jeunes de la Monnaie, La Choraline


今年はグルック・イヤーなので、特に『オルフェオとエウリディーチェ』は豊作だ。各地で
上演されているし、TVやオンラインで視聴の機会が多いのはうれしい。
その中でも、カステルッチ演出のこのプロダクションは、わたしの周辺では話題の的だった。

なぜかというと、カステルッチ(そしてモネ)は大胆にも、黄泉の国に行ってしまったエウリ
ディーチェの状況を実際にロックド・イン・シンドロームで寝たきりの患者に置き換え、
その患者(ブリュッセルの場合は、エルス)の映像を舞台に投影しつつ、オペラ・ライブ放送を
その患者に送信するという、一種のインタラクティブ上演方法を採ったからだ。
キャストには、だからエルスの名前も出ているし、ストリーミングをご覧になれば分かる通り、
エルスのためのエルスの物語、という設定になっているのだ。

そのコンセプトがモネのサイトで詳しく発表され、患者本人と家族および医療担当者、
医療倫理審議委員会やロックド・イン・シンドローム患者支援団体等と綿密に打ち合わせ、
関係者すべての了承やサポートを取り付けたということを知ったのだが、見るまでは私にも
友人たちの間にも疑問は残った。
センセーションを煽るような思い付きが出発点ではないのか、本当に家族や患者本人は納得
して出演OKしたのか、様々な方面の利害や思惑が複雑に絡み合って個人のプライヴァシーが
無視されているのではないか、等々である。

5月にウィーン版を鑑賞した友は「打ちのめされて、一週間たっても頭から離れない。とにかく
見るべし」とのメッセージを寄せてくれて、私の興味を限りなく助長したのだった。

モネの舞台は、救急車のサイレンの音とともに始まり、オルフェオ役のドゥストラックが登場。
スクリーン前に設置された椅子に客席を正面に見るよう座る。
おもむろに序曲が始まると、スクリーンにはElsの文字が投影される。ドゥストラックの前に
マイクが立てられ、オーディオ機器の電源が入る。そして、スクリーン上に英語で書かれた
エルスの状況・病状説明および演出コンセプトが簡潔な文章で出てくる。
合唱が始まるが、合唱団は全く舞台上に姿を見せずに声だけの出演。(合唱団のこういう使い
方はモネではよくある)

第一幕は、結局すべて、エルスの物語が語られる文字を追い読むことになり、音楽や歌は
どちらかというとバックグラウンドという趣だ。スクリーン上には、彼女の出生から始まり
生い立ちやダニエルとの結婚までの道のり、家族関係などが淡々と書かれていく。
映像はなく、文字オンリーだ。

一年半前に突然エルスを襲ったロックド・イン・シンドロームというのは、映画『潜水服は
蝶の夢を見る』でも知られているように、脳幹障害のため全身の筋肉が麻痺し、患者は覚醒
していて意識やすべての感覚は正常なのに、眼球および瞼しか動かせないという状態だ。
だから、Yes, Noを瞬きで表すこととアルファベット表を用いることでコミュニケーションは
可能である。
カステルッチの演出では、そういう患者の状況がエウリディーチェに近いことが示唆される。

第一幕では、思いつめたような表情のオルフェオが、誠心誠意を込めてエウリディーチェ=
エルスに語り掛けるがごとく歌う。
少年の姿の愛の神アモールがオルフェオに同情し、あの世に行ってしまったエウリディーチェ
に会わせ、連れ帰ることができるよう仕組む。しかし、こちらに戻るまでは彼女を見てはいけ
ないという禁忌を課して。アモールの歌は、説き聞かせるがごとくで、理性を強調したような
態度だ。
だから、オルフェオの感情も高揚するまでには至らず、第一幕最後のブラヴーラ・アリアも
歓喜の高まりとは程遠い、ごくごく抑えた表現なのだった。

c0188818_2136863.jpg


そのまま続く第二幕は、車や徒歩でのエルスのいるリハビリ病院へのダニエル=オルフェオの
道のりが、ぼやけた映像でスクリーンに投影される。
黄泉の国の亡者達をなだめるためのハープの音楽やそれに合わせて歌うオルフェオもとても
シリアスで、しかしここにきてようやく悲嘆の感情を抑えずに心情を吐露する。
エルスの夫ダニエルは、毎日140キロ離れたエルスの病院へ通っているのだ。

草地や牧草地や木々の映像に「精霊の踊り」やフルート演奏がかぶり、楽園の合唱。
悲しみのない天国、という合唱にドゥストラック(オルフェオ)は少しだけ笑みを見せる。
ベルギーらしい北方ルネッサンスの館であるリハビリ病院の内部には、病棟や科や医師の
名前の表示が見える。
ここで椅子からようやく立ちあがったドゥストラックは、エウリディーチェとの再会への
期待に胸がいっぱいになり感極まったかのような歓喜の表情を見せる。
「なんと澄んだ空」と。
フォーカスをぼかしたままのカメラは廊下を突き進み、エルスの横たわる病室に入る。
「望みは叶えられた!」

c0188818_21533131.jpg


病室のエルスが投影されたスクリーンの後ろにエウリディーチェ役の歌手が立っている。
手を伸ばし合うオルフェオとエウリディーチェ。しかし、手は届かず、視線を交わすことも
禁じられたままだ。
「一刻も早くここから逃げよう」と言うオルフェオに「なんて冷たい態度なの。一目私を
見て」とかき口説くエウリディーチェ。

スクリーン上には、病室の壁に貼られた絵や写真が映され、9時8分を示す時計も。ライブで
エルスに音楽を送信しているという設定だからだ。
見かけはあくまでもドキュメンタリー風だが、これはオペラ・プロダクションなのだから
物語でありフィクションである。
しかし、現実との違いは曖昧なまま残されている、という手法だ。

オルフェオのジレンマと、二人の気持ちのすれ違いが、エルスとダニエルの境遇に重なり、
哀れを誘う。
スクリーン上のエルスはピントが合った大写しになる。瞼や眼球や物言いたげに口元が動いて
いる。
エウリディーチェのなじる言葉を無視できずに振り返るオルフェオと、消えていくエウリディ
ーチェ。そこで舞台は暗転し、暗闇の中でドゥストラックは「エウリディーチェを失って」
を歌う。オルフェオの後悔と塗炭の苦しみ。このオペラのハイライトである。

電灯を持ったアモールが現れて、沈むオルフェを慰め、愛の力でエウリディーチェは生き
返った、と伝える。
池の水から新生!という感じでエウリディーチェが出てくるのだが、オルフェオに手を差し
伸べつつも、月明かりの森を背景にニンフのように全裸のエウリディーチェはまた池に沈ん
でいくのだった。
オルフェオはずっと正面を向いたままである。
合唱団は歓喜と祝福の歌を歌うが、病室のエルスに変化はなく、オルフェオは立ち尽くした
まま目をかっと見開き、また閉じる。
音楽が終わり、ヘッドフォンを外されるエルスと、ダニエルらしき人の手。
目元と口元は動いているが、静寂のままエンド。
遠ざかる病室。そして幕。
拍手はなく、クレジット・タイトルのみがスクリーンに流れる。

c0188818_22132513.jpg


音楽の力・治癒作用を期待しての、実際の患者起用という側面もあったのだが、ライブで
この音楽を聴いていたエルスに奇跡は起らなかった。

エルスとダニエルのラブ・ストーリーとなっていて、限りなくノン・フィクションに近い
この『オルフェオとエウリディーチェ』プロダクションは、観る者を声を発することも
できないほど深い思いに沈ませる。冷酷な現実に打ちのめされて、哀しみを共有するのみ。
[PR]
by didoregina | 2014-07-14 15:31 | オペラ映像 | Comments(14)

アテネの考古学博物館

アテネ観光二日目は、考古学博物館に入り浸ることになった。

c0188818_6217100.jpg


とにかくさすが本場の集め方で充実の博物館だから、じっくり時間をかけて鑑賞する
のが正解である。

まず、正面入り口からまっすぐに入った一階中央部分、ミケーネ室が私たちにとっての
最大の見もの。
なぜかというと、トロイからオディセウスたちが帰還したルートを素人研究、その航路を
辿ってヨットでセイリングするという夢を持つ私たちにとって、トロイ戦争のギリシャ軍
総大将アガメムノンにちなむとされる発掘品の宝庫だからである。
シュリーマンが、ミケーネの墳墓から見つけた「アガメムノンの黄金マスク」を初めとする、
まばゆいばかりの美術工芸品が所狭しと陳列されている。

↓は歴史的発見を興奮して発表するシュリーマン
c0188818_6254038.jpg


しかし、陳列物に付いた解説を読むと、これらの発掘品はトロイ戦争以前の時代のもので
あることが後にわかり、シュリーマンの「アガメムノン墳墓」発見は実は幻だったのだが。

リュトン杯
c0188818_6375659.jpg



青銅器時代の、信じられないほど精緻な金のアクセサリー
c0188818_644408.jpg


アテネに来て目を瞠るのは、博物館の古代工芸品ばかりではない。
雑駁な繁華街にある土産物屋の間に宝飾店もたくさんあって、それらのショーウインドー
を飾るアクセサリーのデザインには、ヨーロッパの他の国の都市では見かけないオリジナ
リティがあり、とても魅力的なのだ。
デザインもテクニックも古代から引き継がれたものとおぼしく、繊細かつゴージャス。
Aegean航空の機内誌に載っていた宝飾品が気に入り、それと似たものをつい前日に
買ったばかりである。細かい手わざが信じられないほどで、その割に安い。
彫金を習っていたから、それらがどれだけ手が込んでいるのか、材料費がどれだけかかる
のか分かるから、ギリシャで買って損はないのだ。


渦巻き模様は海の波の象徴
c0188818_6472792.jpg



ミケーネ文化の範囲は、今回の私たちのセイリングルート、キクラデスに重なる。
c0188818_650832.jpg



そのあとは、年代順に大きな彫像を見て回った。

c0188818_721911.jpg


今回の私的発見は、アルカイックの彫像の個性的で生き生きとした姿だった。
アルカイック・スマイルという言葉から想像するように、様式化された没個性的な顔だと
思っていたのだが、鼻の角度やあごの形など皆それぞれ異なり、魅力的なのだ。

c0188818_791435.jpg


左足を少し前に出し、手は軽く握った立ち姿は基本的に同じなのだが、おしりや腿や腕の
筋肉の付き方が一様でなく、モデルになった青年達の体形が反映されていると想像でき、
一人ひとりが愛おしく思えて、親近感がわく。


博物館を一巡してから、またもう一度気に入った像の前に戻ってきた。
私が特に気に入ったのは、アルカイック期とローマ時代で、好みが両極端なのだった。

↓は、ヘレニズム期BC1世紀の「小さな難民」と呼ばれる子供の像。小アジアで出土。
c0188818_7112229.jpg

[PR]
by didoregina | 2014-07-13 00:19 | 美術 | Comments(0)

アテネのダフネ

今年選んだ夏のセイリング海域はエーゲ海で、二週間、キクラデス諸島を巡った。
チャーターしたヨットは土曜日夕方からチェックインすることになっていたが、その前の
木曜日がキリスト昇天祭なので少し早めに続けて休みがとれる。
それで、木曜日にアテネに飛んでホテルに二泊してアテネ市内の観光も組み合わせた。

c0188818_3261986.jpg



デュッセルドルフからのAegean航空便アテネ行きは、なんと途中テッサロニケに着陸。
乗客は機内に座ったまま外には出られず、数人乗せてからアテネに向かうのだった。
やたらと時間がかかる。だから、その日はほとんど観光する時間はなかった。

翌日は、まず、フォーラムとパルテノンを観光。
c0188818_3341291.jpg


主だった遺跡六か所の共通チケット12ユーロを購入したので、できるだけ沢山の遺跡を
回ってみることにした。

c0188818_3374421.jpg

ゼウス神殿のハドリアヌスの門。


パルテノンから見えたゼウスの神殿跡に行ってみた。
ここは、以前二回アテネを訪れたとき、ヨット・ハーバーから市内へ行くトラムですぐ
近くを何度も通ったのに中に入ったことはなかったのだ。

c0188818_3411289.jpg


ゼウス神殿は、ローマ皇帝ハドリアヌスが完成させたもので、コリント式の列柱が一部
残って立ち、一部は横たわったままだ。

c0188818_348655.jpg


コリント式柱頭の装飾であるアーカンサスの葉。雄々しくて大好きな植物。

ハドリアヌスつながりで、次はハドリアヌスの図書館跡へ、

c0188818_3505660.jpg


ハドリアヌスの図書館跡はアテネの繁華街に隣接している。敷地内にはさほど見るべき
ものは残っていないが、たまたまオランダ人グループにガイドさんが柱の建築技術に
関してかなり詳しい説明をしていたので、疑問に思っていたことをついでに質問したら、
答えが得られた。
先ほど見たゼウス神殿の柱もそうだが、建材の石はいくつかの部分に分けて切り出して
ある。それら部分同士および土台との接合方法についてである。
土台にも柱の石にも、外からははっきりと見えない部分にほぞがあって、石だけでは
なく金属も用いて接合してあるようだ。
残っている土台だけ見ると、はっきりとわかる溝があるので、雨水を出すためなのか、
とも思ったがそうではないようだ。

↓はハドリアヌスの図書館の壁の一部
c0188818_404042.jpg


敷地内に生えている植物の名前は何だろう、オリーブだっけ、と友人と言い合う。
疑問に思ったことは専門家に訊くのが一番と学習したので、木陰に暇そうに座っていた
監視人に訊いたら「ダフネだよ」と言って、若葉の生えた枝を手で折ってプレゼント
みたいに渡してくれた。
そうだ、月桂樹なんだ。ギリシア神話のダフネはアポロに求愛されるが、純潔を保ちたい
乙女の彼女はアポロから逃げていくうちに月桂樹に変身したのだ。だから、現代ギリシア
語では月桂樹はダフネなんだ。

c0188818_4104875.jpg


数年ぶりに訪れたアテネは、遺跡などは大賑わいだが、大通りから一歩入ると町並みが
荒れて、建物の手入れも道路の清掃も行き届いていない。経済危機の影響がもろに見える。
オランダと比べると、物価はめちゃ安だ。
そして、遺跡でも店でもレストランでも親切な人ばかりに会えた。

プレゼントされたダフネはコップに指して、毎日声をかけながらの水やりを欠かさず、
まるで神から授かった女の子のようにして皆で可愛がり、その後二週間のヨットでの
セイリングも共にしたのだった。

c0188818_418290.jpg

[PR]
by didoregina | 2014-07-11 21:14 | 旅行 | Comments(8)

ロンドン、雲の印象と「マティスの切り絵展」

6月には2週続けて、それぞれ3泊(それぞれコンサート1回、オペラ2回)のロンドン遠征を
行った。モバイル・ディヴァイスを持っていないのでブログ記事更新が追い付かない。
6月2回目の遠征では、テイト・モダンでマチスの切り絵展を見ることができた。

Henri Matisse: The Cut-Outs @ Tate Modern: 17 April – 7 September 2014

c0188818_1857752.jpg

ミレニアム・ブリッジからのテムズの眺め


地下鉄セント・ポール駅から歩いてテムズ川に向かい、ミレニアム橋を渡るとテイト・
モダンの建物にぶち当たる。

c0188818_1903924.jpg

橋を渡ってテムズの反対側から見るセント・ポール寺院


マチスの切り絵展は、さすがに大人気で結構な混み具合だった。

c0188818_19142955.jpg


晩年歩行困難になってからは、色を塗った紙を手に持ったままフリーハンドでハサミで
くるくると切り抜き、迷うことなく的確に形を作り出すマティス。切りとった絵を壁に
張った大きな台紙に貼る位置を杖で指示して、アシスタントに釘で固定させるという
手法を用いている様子がヴィデオで紹介されている。

単純明快な色と形の構成からなる切り絵の手法で作られた作品を集めた展覧会である。

c0188818_19153394.jpg


それらは壁画やステンドグラスやグラフィック作品の元絵などで、グラフィックとして
本の表紙などになっているものよりも実際の切り絵作品には、ある種ファジーな味わい
がある。マティスらしい明るい色とわかりやすい形とで構成される作品は、見ていて
楽しくなるものばかり。

c0188818_19224165.jpg

テイト友の会会員専用カフェのテラスからの眺め


ブログ友でテイト友の会最高ランク会員の守屋さんのおかげで、素晴らしい展覧会を
堪能することができた。感謝、感謝。

c0188818_19263449.jpg

こちらは、ナショナル・ギャラリー前のトラファルガー広場
[PR]
by didoregina | 2014-07-02 12:31 | 美術 | Comments(2)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49
このところネットからも音..
by Mevrouw at 16:37
斑猫さま、もうすでにパリ..
by レイネ at 16:57
ロンドンの椿姫さま、まさ..
by レイネ at 16:54
こんにちは CT研究会..
by 斑猫 at 00:16

以前の記事

2017年 10月
2017年 08月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧