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An evening with..... Iestyn Davies!

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It's rather irregular for me to write a concert review in English on my blog.
But I'm trying now, because;
1. My notebook crashed and impossible to use Japanese fonts,
2. There are thousands of fans of Iestyn Davies and maybe the artist himself,
waiting for my review.

How come?
Because I am the lucky winner of Iesyn's offer to attend his concert in
Amsterdam celebrating Benjamin Britten's centenary birthday.
The programme comprises the songs composed by Purcell, Schurbert and
Britten.

"Wie jarig is, trakteert"
In Holland, it's very common that one provides a treat on his/her birthday to
his/her colleagues, classmates and teachers.
22nd of November is Benjamin Britten's birthday: he was born exactly one
hundred years ago.
On behalf of Britten (?), Iestyn provided a treat, which was a pair of concert
tickets! And I was the first person who reacted to his offer. It was almost like
reflection, and took me only a fraction of a second to respond.


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It says "Everything sounds more beautiful in the Concertgebouw". I agree 100%


Five Canticles van Britten met tenor Mark Padmore @ the Concertgebouw
di 26 november 20:15 - 22:05
Musici
Iestyn Davies (countertenor)
Mark Padmore (tenor)
Marcus Farnsworth (bariton)
Julius Drake (piano)
Jasper de Waal (hoorn)
Lavinia Meijer (harp)


Programma
Purcell - Music For a While (uit 'Oedipus, King of Thebes'), Z. 583/2 (arr. M. Tippett /
W. Bergmann)
Purcell - Sweeter than Roses (uit 'Pausanias, the Betrayer of his Country'), Z. 585/1 (arr. B. Britten)
Purcell - Full Fathom Five (uit 'The Tempest'), Z. 631/6 (arr. T. Adès)
Schubert - Der Schiffer, D 536
Schubert - Auf der Donau, D 553
Schubert - Nachtstück, D 672
Schubert - Auf dem Strom, D 943
Britten - Canticle I, op. 40 'My Beloved Is Mine And I Am His'
Britten - Canticle II, op. 51 'Abraham and Isaac'
Britten - Canticle V ‘The Death of Saint Narcissus’, op. 89
Britten - Canticle IV ‘The Journey of the Magi’, op. 86
Britten - Canticle III, op. 55 'Still Falls the Rain'

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James McAvoy? No, it's our Iestyn!

The concert started with Henry Purcell's (1659 - 1695) Music for a While, which
is one of my favourite English songs and that's why my blog has the same title.
Coincident? No, I'd rather like to believe in so-called meaningful coincidence,
according to Carl Gustav Jung's definition of synchronicity.
Accompanied on the modern piano by Julius Drake, this version of Music for a
While sounds quite unfamiliar to me. Is it because of modern tuning pitch and
arrangement?
This one does not sound melancholic, nor has a sort of "healing effect" as one
might expect.
Usually I can't stop my tears running, when I listen to this song sung live.
But this version gives me totally different impression; sort of muscular strength
and optimism overwhelm despair and hope.
It's not only because of modern instrument and arrangement, but also Iestyn's
voice and the way he sings, I guess. I like his fully balanced and "mannish" voice,
which is rather unique for a countertenor. I was just astonished by the combination
of his rendition and this modern arrangement. It's a kind of revelation.

The following two Purcell songs were also modern-arranged by Britten and Adès
(the latter especially for Iestyn?). I think I need some time to digest them,
or have to listen repeatedly to appreciate them. Even to my conservative Purcell-
oriented ears, Iestyn's voice, mellow and powerful at the same time, was a
gorgeous treat, though.

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Iestyn and Marc

The next group of songs in the first part of the concert programme were Schubert's sung by Marcus Farnsworth and Marc Padmore, accompanied by Hornist Jasper de
Waal. The both singers sang convincingly with full mighty voices. But I'm puzzled
why Schubert songs are included in the programme....

The second part after interval was the main programme: Benjamin Britten's
5 Canticles.
I listened to Canticles just a few days before the concert for the first time.
That was the video featuring the same pianist and singers except Marc Padmore
(Ian Bostridge), an ideal reference material.
Listening to the Canticles live is of course much more impressive.
They are sung in a way like a chamber opera: dramatic, expressive and poetic.
But the Kleine zaal (Small hall) of the Concertgebouw is too small for the great
singers' voices. Thrilling and emotional climax scenes sound little too loud and
not pure enough because of the resounding acoustics of the round shaped hall
and the dome roof. The Kleine zaal has a nice intimate atmosphere, but these
singers should deserve much bigger hall with better acoustic quality like the
Grote zaal of the Concertgebouw.
Marc Padmore impresses the audience utterly with his Evangelist-like convincing
way of singing. No wonder that all the Canticles CDs are sold out after concert.

One of the strongest points of Iestyn, which distinguishes him from many other countertenors, is his voice projection. Its range is wide and far, so you can hear
him clealy at any corner of big halls and operahouses.
And his voice stability is incredible, so you can listen care-free, which means
a pure delight to enjoy music.
Yes, I really enjoyed the evening!
Thank you Iestyn, thank you Benjamin!.

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by didoregina | 2013-11-29 17:16 | イエスティン・デイヴィス | Comments(8)

雨のバルセロナ  バルセロナ遠征記その2

バルセロナの空港から、Aerobus(空港バス)で町の中心カタルニャ広場までは、20分ほどで
片道5ユーロ90セントだった。発着は頻繁で、行きも帰りもほとんど待たずに乗れた。

スリやひったくりが多いことでは、南欧の都市の中でも群を抜いて悪名高いバルセロナだから、
特に剣呑な地下鉄に大きな荷物を持って乗ることは絶対に避けるべきだ、と思ったのは正解で、
空港バスにはさすがにスリは乗っていなかった。

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               ランブラスの並木には、『アグリッピーナ』の旗が掛けられていた。

カタルニャ広場から、並木道のランブラスを海の方向に下ると、歩いて10分足らずでリセウ歌劇場が
右手に。
予約したのは、歌劇場にほとんど隣接しているアパートメントである。
遠征での宿泊は劇場至近の立地、という鉄則がある。着物で深夜に1人で地下鉄に乗りたくない。
深夜の一人でのぶらぶら歩きも避けた方が賢明だ。

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               アパートメントのキッチンとダイニングテーブル

11時前に着いたので、アパートメントはまだ清掃の最中。チェックインして、荷物を中に置かせて
もらって外にでる。朝食もまだだったのだ。

アパートを管理するお兄さんに、朝食に適したカフェを訊くと、「ランブラスならどこでも食べられるけど、
高いよ」ということで、大学近くがお勧めと言う。しかし、そんなに遠くまで行きたくないから、近場で
探すと、リセウ歌劇場の向かいにその名もオペラ・カフェというのを見つけた。
ガラスドア越しに中を覗くと、客層は現地のおじさんたちが多くて、雰囲気もよさそうである。

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               一番奥の席に座った。ここなら後ろを人が通らないから安心。

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               マッシュルーム入りオムレツにパンとサラダが付いて4ユーロちょっと。

朝食兼昼食の腹ごしらえを終えてから、近辺を歩いてみた。
しかし、雨がだんだんと激しくなってくる。縁起でもないと思って、傘を持ってこなかったのに。。。
地中海に面したこのあたりでは、年間を通じてあまり雨量が多くないのが通常のはずなのに、
丁度、めったにないほとひどい荒天に当たってしまった。

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雨のレイアル広場は、濡れそぼるヤシの木がもの悲しさを倍増させる。

アパートももう空いてるだろうから、おやつや朝食の食料を調達しながら戻ることにしよう。
ランブラスにも脇道にも、日曜日でも開いている小さなスーパーがいたるところにある。
アパートの向かいに、なんとロシアのデリカテッセンというかスーパーがあって、結構な品揃え
と値段の安さがうれしい。エキゾチックかつクリーンな雰囲気でもある。

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               グラム売りのチョコレートボンボンとロシアンティーのおやつ。

朝食には、ミューズリーとヨーグルトと紅茶、ジュースがあれば十分なので、高いホテルの朝食は
必要ない。それでアパートを選んだのだ。
LDKに、シャワーのみのバスルームとダブルのベッドルームで、一人だったら余りある広さだ。

グルベ様リサイタル開演時間は午後5時なので、昼寝をして体調を万全に整えよう。
なにしろ、朝4時半に起きての出発だったし、夜は興奮でなかなか寝付かれなかったのだ。
着付けとヘアメークに1時間半の余裕を見ればよいだろう。雨だし、外を歩いてもつまらないし。。。
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by didoregina | 2013-11-22 10:55 | 旅行 | Comments(2)

バルセロナ遠征記その1 エディタ・グルベローヴァのリサイタル

3年越しの念願だったバルセロナ遠征から帰って来た。
主目的は、リセウ歌劇場でのヘンデル作曲のオペラ『アグリッピーナ』鑑賞だ。

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                        リセウ歌劇場

遠征とは言ってもヨーロッパ内であるから、飛行機に乗っている時間はせいぜい2時間くらい。
目的の演目を一回だけ鑑賞して1泊で帰って来るというのも可能である。
だが、出来る限りもう一つ別のコンサートやオペラはたまたバレエなどの鑑賞も組み込んで、
2泊はしたい。安い航空券を探したとはいえ往復100ユーロは下らないから、観光もしたい。
ありがたいことに、オペラの初日と2回目の公演との間に丁度お誂え向けの演目が見つかった。
エディタ・グルベローヴァのリサイタルである。

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リセウ歌劇場は、観光客と観光客の金目のものを鵜の目鷹の目で狙っているスリやかっぱらいや
観光客をカモにしようと虎視眈々のレストランやカフェで溢れる、雑駁なランブラスの真ん中あたりに
位置する。
一瞬たりとも気を抜いたら身ぐるみはがされそうな、生き馬の目を抜くようなランブラスから、歌劇場
の中に一歩足を踏み入れると、ゴージャスで洗練された別世界が広がる。文字通り、世間の俗塵
からは隔絶され眩いばかりの劇場は、天上の御殿に等しい。

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                     正面大階段前で。

遠征前、数週間前から、リセウには何を着て行こうかと悩んだ。
着物で行くことはお決まりであるが、劇場の豪華さはどの程度のもので、それに見合った格の着物と
コーディネートすなわちどれだけ派手にしたらいいのか、その匙加減に頭を悩ましたのである。
陽光溢れるスペインの豊かな都市、いやカタロニアの首都であるバルセロナの歌劇場という
ロケーションと、シーズン開幕演目および女王グルベ様のリサイタルに相応しい着物として選んだのは
お茶を習っていた10代の頃に初釜や特別なお茶会のために作ってもらった派手な小紋である。
35年以上前に多分1度か2度だけ袖を通したことのある着物であるが、手入れに抜かりはないから、
今でも十分着用可能である。
問題は、日本での常識である。つまり、50代の女性が10代の時の着物を着ることは、日本だったら、
世間が許してくれない。非難ごうごう、白眼視され、爪はじきの憂き目にあうことは必至であろう。

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     舞台上手寄り、横から見る位置のバルコン2階席に座った。

実際には、日本の常識は世界の非常識、という言葉があるがまさにその通りで、コンサートにご一緒
した現地のブログ友Aさんもびっくりするほど、派手な着物のおかげで歌劇場の大勢の観客から賞賛の
言葉やまなざし、そしてジェスチャーをいただいたのだ。つまり、選んだ着物は大正解だったのだ。

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        見知らぬ人からツーショット頼まれたり。。。


さて、肝心のグルベ様のリサイタル内容である。
前半のプログラムはシューベルトのリート。
これが、ちょっと痛かった。どうも、彼女のお年を召してもとてもキュートな容貌と声には、シューベルトの
悲壮で孤独の影の漂うキャラクターは相いれない。何を歌っても舌足らずな印象に聞こえるのだ。
そして、かなり危うい音程や、苦しい高音、艶が足りなくてパサついたような喉という、高齢の女性
であるからいたしかたない現在のグルベ様のコンディションが顕わになってしまう。
それを痛々しいと感じる人は、このコンサートには来ないのが望ましい。
その日の聴衆は心の暖かい人か往年の彼女を知るファンばかりのようで、登場した途端のブラーヴァ
から始まって、いつまでも鳴りやまぬ暖かい拍手その他に表される、熱狂の渦となったのだった。

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                      熱烈な拍手に笑顔で応えるグルベ様

前半は8曲だけで、30分もかからなかった。
後半のラフマニノフとリヒャルト・シュトラウスになってから、喉が温まったというか、潤いが少し出て
来たようだ。
いかにも正統的ドイツ・リートという端正でごまかしのききにくい曲目から、少しだけオペラチックな
ドラマ性で聴かせる曲に曲目が移ったということもいい方に作用したのだろう。歌唱から痛ましさは
減った。やはり、彼女はオペラ歌手なのだ。
そして、そのまま、第三部ともいうべき、熱狂のアンコールに突入するのだった。
これこそが、このリサイタルの白眉であった。すなわち、お得意のコロラチューラ・アリアを次から
次へと披露する。前半のシューベルトに比べて、アンコールは40分以上あった。5曲目くらいを聴き
終えてから、次の約束があるから出てきてしまったが、拍手とブラヴォーの掛け声は止まないのだった。

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                     アンコールは留まるところを知らない。

はがき大の様々な色のチラシのような紙ふぶきが天井桟敷から降ってくる。
舞台横に近いわたしの席にも5枚は降ってきた。それらは、グルベ様の写真をコピーしたもので、
熱烈なファンが降らせているのだろう。
また、反対側の舞台寄りの席には、大きな横断幕のような垂れ幕が。

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引退公演の趣であるコンサートのため、花束もどんどん舞台に投げられ、感極まったグルベ様は
またアンコール曲を歌う、という按配である。
女王の貫録というより、クィーンマザーのように愛らしい雰囲気で、ファンには笑顔で応えるのだ。
熱狂的ファンと歌手が作り出す親密な雰囲気に包まれた会場は、ほんわかとした空気が充満して
見知らぬ人同士も言葉ではなく、笑顔でお互いの満足感を示し合うのだった。
得難い体験ともいえるコンサートではあった。

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        カラフルなチラシ状の紙吹雪と花束で埋まった舞台。

外は酷い土砂降りで肌寒かったが、バルセロナの人たちの心優しさが胸に沁みる晩であった。
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by didoregina | 2013-11-21 22:01 | コンサート | Comments(20)

La vie d'Adèle アデル、ブルーは熱い色

個人的に、現時点で、今年観た映画ではベスト。
日本でのロードショー公開時には、きっとセンセーショナルであられもないような形容の
惹句が付けられることと思うが、とにかく、偏見や妙な興味本位でなしに鑑賞することを
お勧めする。

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監督 :Abdellatif Kechiche
出演 :Adèle Exarchopoulos (アデル),
Léa Seydoux (エマ),
Jeremie Laheurte (トマ),
Aurélien Recoing (アデルの父),
Catherine Salée (アデルの母)
脚本 :Abdellatif Kechiche, Ghalia Lacroix
撮影 :Sofian El Fani
編集 :Sophie Brunet, Ghalia Lacroix, Albertine Lastera,
Jean-Marie Lengelle, Camille Toubkis
原作 :Julie Maroh
2013年 フランス


グザヴィエ・ドランの映画作品に胸がキュンとなった人ならば、この映画を見て、また別の
痛みに胸が締め付けられることだろう。
ドランの場合、ストーリー展開の意外さと作品全体の隅々にまで行き届いた彼独自の美学に
驚かされる部分も多い。
それに対して、ケシシュ監督のこの作品は、もっと単純かつ正攻法な書法に則った正統的ラブ・
ストーリーで、観る者の感覚により直接に働きかけるから、そのほろ苦さがたまらず、不覚
にも思わず涙することになる。

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                アデルはごく普通のリセエンヌだった。

アデルというごく普通の高校生が、髪を青く染めた美大生エマと運命的な出会いをして、ある
種エキセントリックな彼女の魅力に囚われる。
自分はヘテロだと思っていたが、恋愛の真似事のようなBFとの関係に心が満たされないアデ
ルはエマと知り合ったことで、今までとは別のめくるめくような世界に足を踏み入る。

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               アデルとエマの二人だけの官能の世界
 

性格も家庭環境も教養も趣味も正反対である二人の女の子が惹かれあい、恋に落ちる。
身と心の満たされない部分や心の片隅にぽっかりとあいた空間、人間が生きて行くうえで
逃れることのできない哀しみや寂しさを、互いに埋め合おうとするのだが、その関係は、
熱く、未熟で脆い。
エマとの関係を通して、アデールが成長していく物語であるが、初恋が成就してバラ色の
青春で終わることはめったにないというのもお約束だ。

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イモ姉ちゃんだが健康的なアデルに観る者は感情移入して、彼女の行きつく先をやきもき
しつついっしょに辿るような仕組みの作りであるのは、「初恋もの」映画の典型と言える。
そして行きつく先はハッピーエンドではありえないのだが、アデルには幸せになってもらい
たい、と観客としてはないものねだりしてしまう。
アデルが多分感じるのと同様の哀しみや苦しみを、映画を見つつ味わわせてくれる、という
非常に上手い作りで、今年のカンヌ映画祭のパルムドール受賞も納得だ。

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                    レア・セドゥのクールな表情と演技は絶品!

アデル役のアデルという名の女優も上手いが、表情とセリフも含めた演技では、レア・セドゥ
が恐るべき才能を見せつける。彼女は異なる映画に出演するたび、毎回全く異なるキャラク
ターを演じ説得力があるのだが、今回のクールな芸術家レスビアンという役柄も、自然で
ぴったりなのにびっくり。
あっさりサバサバした態度と、行動以上に物言う目の表情および自然な台詞まわしが小気味よく、
彼女の才能と魅力には平伏してしまった。

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                     レア・セドゥ、かっこいい!


健康的な少女であるアデルの健康な食欲を見せるシーンが、この映画の主要モチーフとして
しばしば登場する。
最初の頃、アデルは、ジャンクフードやパスタなどを下品にならないギリギリのマナーで
もりもりとよく食べる。ごく一般的で普通の食事で育ったので、こじゃれた料理や高級食材
などには無縁であったアデルも、エマと知り合って、食わず嫌いでアレルギーだと思っていた
魚介類も食べようという気になる。
好きな人の住んでいる、自分には未知の世界に積極的に入り込んで行こうという意欲的な
態度で、彼女の進む官能と冒険の世界が示唆されるのだ。
食欲と性的官能とは分かちがたいという、お約束の一例である。

そして、かなり詳細なレズビアンのベッド・シーンが長々と続く。ちょっと飽きるほどだが、
なるほど、レズピアンのベッド作法や流儀とはこういうものか、とお勉強にもなる。
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by didoregina | 2013-11-15 16:49 | 映画 | Comments(2)

日本の色、オランダの秋色、スペインで映える色

バルセロナ遠征に向けて準備に余念がない。
すなわち、着物コーディネートのことである。

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       ヨットのカバーの上に散る黄葉した銀杏の葉。

テーマは「スペインの秋」。つまり、10代の頃に作ってもらってお茶会や初釜で着た、ド派手な
小紋を着てみよう、と決めたのだ。
外国遠征だし、同行者がいないから、気兼ねなく一人で好きなようにコーディネートできる。
宿泊場所は歌劇場に隣接しているから、繁華街の人目を気にすることもない。

などと、くどくどと弁解めいたことを書くのは、10代の着物を50代が着ることに、やはり
かなり引っかかる点があるのを承知しているからだ。

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                 葡萄棚の葡萄。今年のは、粒が大きく実った。

まず、10代の着物だから、八掛の色が橙色とか朱色である。なるべく裾が翻らないように歩こう。
一枚目は、白地に鮮やかなグリーンが基調の百花総柄小紋。
若向けの着物なので、花の色の中でも赤や朱色を襟元に持ってきて仕立てられている。
これが結構曲者である。
渋い色の帯で着物の派手さを緩和しようと思って、正倉院柄の明度の落ちるグリーンの渋めの
帯との組み合わせを考えた。着物の上に置いて平面で見ると一見パーフェクトなのだが、実際
着てみるとかなりイタイ。
帯が地味な分、かえって襟元の赤が目立つ。ほとんど許されないほど若作りに見える。
それで、帯もやっぱり派手な銀糸の入ったオレンジの菊柄を合わせると、バランスが取れるのだった。

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                    庭の紅葉も今が盛り。

このくらい赤い色でも、スペイン遠征だからよろしいのでは、と選んだもう一枚は、多分、手持ちの
着物の中では一番派手な慶長柄小紋である。
これには、思った通り、深緑から深い紫にグラデーションの金の砂子をまぶしたような綴帯を合わせて
問題なく落ち着く。
赤と言ってもこの着物の赤は日本的な臙脂に傾くので、歌劇場によくある赤の椅子やカーペットとは、
トーンが異なると思う。
また、だから、かえって赤の着物でも悪目立ちしないのではという、深謀遠慮も。

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鮮やかなグリーンから黄色へのグラデーションがきれいな銀杏。

なぜに、2日とも10代の着物にするのかというと、袖丈合わせの問題があるためだ。
若い時の着物の袖丈は長めに作ってある。それに合わせて誂えた長襦袢でないと、着物の袖の
振りから長襦袢の袖がぶらぶらと浮いて出てしまう。着物の袖丈よりも長襦袢の袖丈が短いのは、
非常にみっともないのだ。また、長襦袢の柄行も派手な着物に合うものであることが肝心だ。
それで、一枚の長襦袢に合わせられる着物2点を選んだのである。

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                   長襦袢に、秋草の刺繍入り半襟を付けた。


着物の色は、その日の天候や照明にも影響されるし、外光の下やホールに入ってみると、家で
コーディネートした時とは違って見える。
帯締めや帯揚げの色合わせによっても、全体の印象が異なってくる。
試行錯誤しつつ、とにかく着てみるのが楽しいのである。

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                すっかり葉が落ちて、実だけ残ったイチジクの木。
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by didoregina | 2013-11-14 10:37 | 着物 | Comments(6)

深まる秋には蔦葉模様の大島紬と縮緬の染帯

秋に入って、コンサート・シーズンたけなわというのに、そしてほぼ毎週コンサートには行っている
のに、着物を着る機会になかなか恵まれない。
なんと、9月中旬のロッテルダムでの『さまよえるオランダ人』で、Mさんとgさんと3人揃っての着物
姿でネゼ=セガンに突撃して以来、昨日が今シーズン二度目の着物でお出かけであった。

思い返せば、アムステルダムとロッテルダムの2都市のコンサートを一日で梯子するという日には、
その日の大半を電車やトラムで移動しなければならないので、着物は最初から諦めた。
また、コンセルトヘボウでの、友の会会員向けリハーサルというのもあったが、リハにまで着物で
行くわけにはいくまい。
そして、日本に飛ぶ前日の晩にも、万難を排して(アクシデントに見舞われたが、ぎりぎりまで諦め
なくてよかった、と強運を神に感謝したほどの)ロッテルダムでの18世紀オケによる『コジ・ファン・
トゥッテ』コンサート形式を鑑賞したのだが、もちろん着物どころではなかった。
しかし、日本でのクリスのリサイタルには着物で行くつもりで用意万端整えていた。ところが、またも
急用が入ってしまい、名古屋にはぎりぎり到着で、着物に着替える時間はなかった。コンサート開始
時間に間に合っただけでもよしとしなければ罰が当たる。

そして、先週末の金曜日には、丁度オーストラリアに行っているTの定期会員チケットが余っている
からと、Hから、地元オーケストラ(今シーズンより国による財政補助が減って合併を余儀なく
された地元オケLSOとブラバント・オケの新星オケによる最初の)コンサートに誘われた。自転車で
行く予定だったので着物は用意しなかった。
だが、日曜日のマルコ・ビーズリーのリサイタルには着物で行くつもりで、秋らしいコーデをじっくり
考えて準備していたのだが、なんと当日は大雨強風の天気予報。着物は避けるのが無難だろう。
ああ、残念無念。次に着物を着るのは11月中旬のバルセロナ遠征時か、と思っていたところ、昨晩
またもや、Hから、Tの分も買ってあったチケット発見の知らせが。モダン・ダンスのスカピーノ・バレエ
団の公演である。
マルコ・ビーズリーのリヴェンジのチャンス到来!
日曜日に準備したが着ることができなかった着物のコーデをそのまま流用して出かけた。

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         秋には必ず袖を通したくなる、蔦葉模様が縦に織り出された大島紬。


公演会場には、思ったよりも早く到着したので、開演前にお茶を飲むことにした。
普段行くコンサートとは異なり、若い人が目につくのがダンス公演のうれしさ。一階のカフェは熱気
むんむんで混み合っている。
相席にさせてもらった年配の女性が、「まあ、お着物が素敵ね。日本人?」と声をかけてきた。
着物を着てコンサートに行くと、見知らぬ人から褒められるというのは、オランダではよくあることだ。
だが、この人の場合、単に着物の美しさを褒めてくれたのではなく、彼女が日本へ行った時の思い出
話が続いた。
「1970年に初めて日本へ行ったのよ。万博の年でした。いえ、大阪だけでなく、3週間色々な
場所を回ったのよ。教育関連の視察旅行だったのでね、半分は学校などの仕事関係で、半分は
観光。その時、京都でだったかしら、生まれて初めて着物を着た女性を見たの。そのエレガントさ!
ヨーロッパ以外の外国への旅行は、それが初めてでしたし、何を見ても珍しくびっくりしたけど、
日本人の訓練の行き届いて全てがしっかり機能している社会に接して感嘆したものよ。新幹線や、
電車が時間通りに発着して、きちんとホームのドアの位置に停まるのにも。学校の生徒たちも折り目
正しくきちんとしていて。お店に入れば、下にも置かれないほど大事にされるし、包装の丁寧で美しい
こと!ヨーロッパの外でこんなに文化的にも社会的にも発展している国があることに驚きました。
本当にいい経験をさせていただいて、楽しく美しい思い出ばかり残っているのよ。」
という具合に、43年前の美しい日本の思い出を熱っぽく語るのだった。

1970年の大阪万博には、当時10歳だったわたしももちろん行った。そこで、初めて世界各国の
外国人を目にした。未知との遭遇に等しいものであった。
当時、日本は高度成長の頂点に達して、何の不安も見当たらず未来は明るく輝いて、日本は世界に
その繁栄を誇ることのできた時期である。ああ、過ぎ去った日本の美しい姿よ、いまいずこ。

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           渋い大島には、明るく甘めの珊瑚色のロウケツ染め縮緬帯を合わせた。
           帯揚げ以外は、すべて母の箪笥からだから、多分昭和のもの。
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by didoregina | 2013-11-02 20:40 | 着物 | Comments(2)

マルコ・ビーズリーによる真夜中の物語 Il Racconto di Mezzanotte

マルコ・ビーズリーのあの特徴ある声が大好きだ。テノールでは彼ほど気に入った歌手が他に
思い浮かばないほど。
ようやく、その彼のリサイタルに行くことができた。オランダ・ベルギー各地12か所で行われた
真夜中の物語ツアーの千秋楽だった。

c0188818_1944970.jpgMarco Beasley
Il Racconto di Mezzanotte
2013年10月27日 @Studentenkapel Eindhoven

Severino Corneti (1530 - 1582)
Pigliate l'alma mia (uit: Canzonette alla napolitana, Antwerpen 1563)

Anoniem
Le sette galere (traditioneel lied uit Corsica)
Pizzica tarantata (traditionele dans uit Apulië)
Nycholay sollempnia (uit: Ms. Cividale, cod. LVI, begin 14de eeuw)
Kyrie cunctipotens (gregoriaanse trope, op tekst van Roccu Mambrini)
Deus ti salvet Maria (traditioneel lied uit Sardinie)

Guillaume Dufay (1397 - 1474)
Vergine bella (uit: Ms. GB-Ob, Canonici misc. 213)

pauze

Anoniem
Eufrosina (uit: Fillius Getronis; Livre e Jeux de Fleury, Orléans MS 201)

Marco Beasley
Il Centurione, forse (scheldirade naar een traditioneel lied uit Apulië)

N. Acquaviva / T. Casalonga
Lamentu a Ghjesu (op tekst van Roccu Mambrini)

Anoniem
Magnificat (gregoriaanse paraphrase)

Severino Corneti (1530 - 1582)
Signora mia (uit:Canzonette alla napolitana, Antwerpen 1563)

Marco Beasley
Tu dormi (naar een frottola van B. Tromboncino, 1470 - 1535)

Anoniem
Jesce Sole! (smeekbede op Napolitaans kinderrijmpje)

c0188818_19485462.jpg


コンサート会場は比較的こじんまりした教会で、とにかく開場と同時に入場して一列目の席を
確保したのが幸いして、目の前1メートルほどの距離で彼の語りと歌を聴くことができた。
たいがい自由席である教会でのコンサートでは、場所選びが重要である。音響がいったいどう
なっているかは(残響の長さと反響の仕方など)、実際に聴くまでわからないから、なるべく
前の方に座って、直接の音をじかに聴くのが安心である。また、特にステージを設置しないことが
ほとんどだから、遠いとよく見えなくてイライラするし、柱の陰になったりする席もある。

プログラムは、中世からルネッサンスのイタリアおよびフランドルの伝統音楽(民謡)および教会
音楽なので、会場が教会というのはいかにもふさわしい。
ステージ代わりに、歌手の立ち位置辺りの床には、一面に電池式の豆電球のロウソクが置かれて、
ニセの炎がまたたいている。夜の雰囲気演出のためである。
真夜中の物語と題しているが、この日のコンサートはマチネであった。

そして、これらの曲を全くのソロで伴奏もなくアカペラで歌いつつ、合間には英語で曲の説明をしたり、
真夜中の物語をイタリア語で朗読するという具合で、大変に内容の濃い独り舞台であった。
こういう形式で、パワー全開のコンサートを行い、しかも客席が至近であるから、大変な集中力を要
すると思うのだが、歌唱には力んだところがなく、滑らかで耳に心地よい。
ストーリーテラーでもある彼の面目躍如だ。

歌われたイタリア民謡はほとんんど南部のものであるから、彼独特の粘りのある歌い声によく合い、
伸びもよく、重くならない歌唱と相まって、思い出したのは、この夏、エオリア諸島で食べた美味しい
ピザの台である。
かみごたえがあるのになんとも言われぬ軽みと味わいもあり、病みつきになってしまう。それが、彼の
魅力である。



教会なので、出演者の楽屋はキッチンで、一つしかないトイレも客と共用。公演前にビーズリーと
すれ違ったのだが、彼がとても小柄であることにびっくりした。オランダ人と比べてはもちろんのこと、
わたしよりも小さいのだ。
ずんぐりむっくりした体型だが、姿勢はとてもよく、発止と見張る目線が力強い。さすがのオーラが
漂う。

コンサート・ツアーの前後には、ラジオやTVにも出演して、インタビューのみならずスタジオでも
アカペラの歌唱を披露してくれていた。すごいバイタリティーだ。



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by didoregina | 2013-11-01 12:01 | コンサート | Comments(2)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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