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デン・ハーグ市立美術館に間借りしているマウリッツハイス所蔵品

マウリッツハイス美術館は現在工事中で閉館しているが、所蔵作品のハイライトはデン・
ハーグ市立美術館で鑑賞することができる。人気のある『真珠の耳飾りの少女』などは、
日本とアメリカに巡回して出稼ぎのように改修工事費を稼いでいるが。

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              ベルラーヘ設計のデン・ハーグ市立美術館

2014年夏までの予定で間借りしているマウリッツハイス所蔵品は、アールデコの機能的な
建物の中によい場所を得て、なかなかしっかりと自己主張している。こちらの方は美術館と
して建てられた建物だから、天井からの自然光やグレーの壁の色などよく考えられていて、
美術作品が見やすく展示されているから、現代人にとって慣れた方式で美術鑑賞できる。
また、マウリッツハイスの作品展はマウリッツハイス同様のオーディオ・ガイドが無料で貸し
出されているのも、鑑賞しやすさの一助となっている。

ここでの展示の白眉は、観る人の好みにもよるが、レンブラント最期の自画像や、ルーベンス
およびファン・ダイクによる肖像画の数々、そしてフェルメールの『デルフトの眺望』とその
向かいに飾られた『ダイアナとニンフたち』などだ。

日本人には特に人気の高いフェルメールはわたしの専門外だが、『ダイアナとニンフたち』
には、予想外に惹きつけられた。見れば見るほど発見があり、飽きない。

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フェルメールらしからぬ神話に題材を採った主題と、4人の女性の姿で構成されたこの絵は、
森の中という立地も意外で、驚きに満ちている。女性は皆それぞれ別の方向を向いているのが
ミステリアスな緊張感を出しているし、1人は後ろ向きで残り3人の視線は下に向かっている
ので、とても内省的な印象を与える。
戸外でありながら、風の音や鳥のさえずりなどが聞こえず、しんとして音のない世界のような
静謐さが漂う。ダイアナを囲んでいるのに、それぞれが物思いにふけっているようで対話も
会話も存在しない。
そして、ニンフたちの成熟していない少女のような体型からは、エロチシズムがまったく欠け
ていて清潔そのものだ。1人ダイアナだけが、大人の女性の肉体美を見せているが、彼女の顔
の表情がはっきりと判別がつかないように描かれているので、神秘的である。


しかし、今回この美術館を訪問したのは、丁度1年前にマウリッツハイスが購入した静物画を
観るためであった。17世紀フランドルの女性画家、クララ・ペーテルスの『チーズ、アーモン
ドとプレッツェルのある静物画』だ。

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      チーズ、アーモンドとプレッツェルのある食卓(1612-1615) 
      クララ・ペーテルス(1594以後 -1657)

リアリティ溢れる静物画というジャンルは、17世紀絵画の中でも珠玉の数々から成るが、
この絵の精密さにはある種のユーモアさえ感じられて思わず笑みが浮かぶほど大好きである。
重ねられた各種チーズの中に血管のように伸びる青カビや発酵による穴、熟成度を確かめる
ためにテスト用に開けられた穴など、とにかく細密かつ本物そっくりの質感が見事だ。
そして、絵筆を誇るかのように、グラスには部屋のインテリアが映り、金箔が撚れたように
なっていたり、水差しの金属部分には画家の顔が反射して数ミリ四方の自画像として描かれて
いるのだ。
この絵を実際に見て感嘆しない人はいないだろう。

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              マルクトのチーズ屋のケースの中の本物のチーズ


食卓というさりげない日常風景が、実は凝った配置と究極の技術によって画布に描かれ、
400年経った今でもその驚異的テクニックがわたしたちを唸らせる。日常の一コマが素晴
らしい芸術作品となって、わたしたちの目を楽しませてくれる。
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by didoregina | 2013-07-26 01:12 | 美術 | Comments(0)

デン・ハーグで美味しい小エビのクロケットを食す

オランダ鉄道NSの顧客向け安売り切符(全区間一日乗り放題で12ユーロ)の期限が今週末で
切れるので、熱帯日の合間を窺ってデン・ハーグまで行ってきた。
目的は市立美術館(Gemeentemuseum)である。ここには、現在修復中で閉館しているマウリッツ
ハイス美術館の、海外遠征組でない居残り組のコレクションが展示されているのである。国外不出と
なっているフェルメールの『デルフトの眺望』や最近フェルメール作らしいとの認定を受けた『ダイアナと
ニンフたち』も白眉ではあるが、昨年購入されたクララ・ペーテルスの『チーズのある食卓』を見たい!と
ずっと思っていたのだ。

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            細かい緑の葉っぱのような藻のような水草が表面を覆う池。
            芝生そっくりの色なので、歩けると思ったらしい6歳くらいの子供が
            勢いよく水に落ちたのには、びっくり。


NS安売りチケットの使用条件は、記名式で他人に譲渡できないこと(身分証明書も提示)と、平日は
朝9時以降から、週末は終日有効となっている。
9時2分発の電車で出発したが、途中ユトレヒト駅で詰まってしまって入線に時間がかかり乗り継ぎが
上手くいかず、デン・ハーグ中央駅に着いたのは12時半ごろ。
そこからまた、トラムで市立美術館に向かうのだが、駅前のトラム乗り場も工事のため移転していて、
なんやかんやで美術館に着いたのは午後1時近くだった。

だから、美術館入場前に、まず同じ敷地内にあるカフェ・レストランで昼食を取った。

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           Gember(オランダ語で生姜というのと美術館の名前を掛けてる)という
           名前のカフェ・レストランのテラスは美術館前の池に面している。

わりと新しいこのカフェ・レストランが名物として謳っているのは、小エビのクロケットである。
小エビのクロケットと聞いたら、是が非でも食べたくなる性分だ。
ベルギーの北海岸は言うに及ばず、ベルギーの町々では必ず小エビのクロケットを食べ比べる。
また、オランダならばベルギーと食文化もかなり近いマーストリヒトや、ゼーランド地方でも美味しい
小エビのクロケットにありつくことができる。
しかし、それ以外のオランダの町では、普通のクロケット(肉入り)がハンバーガーと同等のスナックで
あり安価であることから、特に美味しい小エビのクロケットは普及していないから、試す価値はない。
ベルギーのカフェ・レストランで出される小エビのクロケットは、2つで14ユーロが平均である。
つまり、スナックなどでは全くなくどちらかというと高級な食べ物だ。
それに対して、オランダのカフェで出るクロケットは、二個で大体5から6ユーロ見当であろう。
これはもう、別のカテゴリーの食べ物だ。

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           ここの小エビのクロケットには、ブリオッシュが付いてくる。9ユーロ。

ベルギーで一般的な小エビのクロケットは、単純にパセリの揚げたのとレモンだけが添えられている。
それにフランスパンが別に付く。
ここのはブリオッシュが同じ皿に乗っかっていることから、オランダ独特のクロケットの食べ方を踏襲
している。つまり、ナイフでつぶしてからパンに塗ったり挟んだりして食べるのだ。もともとハンバーガー
的軽食であるというお里が知れる。

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小エビのクロケットにナイフを入れると、とろりと中身が溶けて出てくることが必須条件である。
外側があくまでもこんがりかりっとしているのに、中はゆるゆるでないといけないのだ。
ここのは、その条件を満たしているのみならず、中身の組成の柔らかさでは比類がない。つまり、
かなりエレガントで軽いのだ。
そして、ここがオリジナルであることを誇る所以であろうが、小エビ以外にホウレン草とフェンネルが
入っているのだ!味わいだけでなく、食感にも変化が出て、なるほど独創的である。
小エビのクロケットとしては、かなり上位に食い込んだ。
しかし、ブリオッシュが、焼きすぎで皮がちょっと焦げ臭いのとぱさぱさ気味で美味しくない。
サラダはうれしいが、カクテル・ソースが付いてくるのが、納得いかない。この繊細な味わいの
小エビのクロケットをカクテル・ソースに浸けて食べろと言うつもりなのか?
しかし、一皿の量的には満足でき、値段も9ユーロとはお安いから、総合点で合格だ。
意外なところで、美味しい小エビのクロケットに出会えた。でも、よく考えたら、ここからスヘーヴェニン
ヘンの港までは、すぐなのだ。

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         カフェ・レストランの中。インテリアはリチャード・ハットンのデザイン。
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by didoregina | 2013-07-25 01:27 | 料理 | Comments(4)

I, Anna

c0188818_1574419.jpgDirected by Barnaby Southcombe
Produced by Michael Eckelt Ilann Girard
Christopher Simon Felix Vossen
Screenplay by Barnaby Southcombe
Based on I, Anna by Elsa Lewin
Cinematography Ben Smithard
Editing by Peter Boyle

Charlotte Rampling as Anna Welles
Gabriel Byrne as D.C.I. Bernie Reid
Hayley Atwell as Emmy
Eddie Marsan as D.I. Kevin Franks
Jodhi May as Janet Stone
Ralph Brown as George Stone
Max Deacon as Stevie
Bill Milner as Theo
Honor Blackman as Joan

2012年 イギリス、ドイツ、フランス

久々にシャーロット・ランプリングが主役を張り、しかもご子息が監督した映画ということで、
公開が待ち遠しかった。
結論から言うと、ランプリング様を拝めただけで幸せ、それ以上を期待してはいけない、という
出来の映画である。

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                    親子でツーショット
                    頬骨の骨格が似ている。

監督のバーナビー・サウスコムという人は、TVドラマ・シリーズをいろいろ作ってきたようだが、
この作品で映画界に進出。原作を読んで、「主役を演じる女優は、自分の母親以外ない」と
思ったそうだ。脚本を書いて母親に打診したところ、出演はOKするがあまりに暗く凄惨なシーンは
書き直すようにと言われたらしい。

年をとってもスレンダーな体型を維持して美しいランプリングだが、近年は脇役として渋い輝きを
見せることの方が多い。だから、ファンとしては、彼女主演作品というだけで色めきだってしまうのも
致し方あるまい。

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ロンドンで一人暮らしの中年の家具店店員アナは、シングル・パーティーの常連である。
パーティーの後アナと一夜を共にした男性の死体が発見される。
事件現場のマンションで聞き込み調査している警部が、探し物をしているアナと出会う。
ミステリアスで美しいアナに魅かれた警部は、彼女の車のナンバープレートから割り出して、
彼女の身辺を調査し、シングル・パーティーに参加。再びアナと会うのだが、彼女は彼のことを
覚えていないようだ。

ミステリー仕立てなので、フラッシュ・バックやフラッシュ・フォワードで画面が切り替わり、過去と
現在が交差する。
ミステリアスな小道具が何度も意味ありげなショットで映し出される。それは、子供用のグリーンの
傘や電話ボックス、アナのフラットの子供部屋のドアなどである。
子供を連想させる小道具の使用が、ニコラス・ローグ監督作品Don't look now(邦題『赤い影』)
を思わせるが、いかにも暗い事件の起きそうなロンドンの風景と、アナの神経質な顔つきや妙に
不審な行動の組み合わせで構成された画面作りがTVドラマっぽい印象で薄っぺらである。
イギリスの犯罪ドラマTVシリーズによくありそうなストーリーだし、しかも手法がTVドラマに近いもの
だから、映画のスケールとしてはこじんまりと中途半端な作品になってしまっているのが残念だ。

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ランプリングの実際の年齢からいって、今更ファム・ファタールの役は無理だろうが、息子が
監督したフィルム・ノワールなんだから、往年の『さらば愛しき女よ』のイメージの片鱗を見せて
ほしかった。そこでの彼女は、比類ない美しき悪女だったのだから。
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by didoregina | 2013-07-22 09:16 | 映画 | Comments(0)

夏の手作り新作バッグ Ombra mai fu

帽子のアトリエに通っているのに、今年に入ってからは、フエルト・ネックレスのほか、革のアクセサリー、
革の財布やスマホ・ケースなど革製品ばかり作っている。
特に、親譲りの袋物フェチの血のせいか、バッグの増殖具合がすごい。
夏向けバッグがまた一つ完成した。

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素材は、スエードそっくりの人工皮革である。薄手で軽量かつ丈夫だ。水に濡れてもすぐ乾く。
写真ではうまく出ないが、枯葉色の混じった薄いピンク。スエード状の質感によって表面に陰影ができ、
いわく言い難いニュアンスの色合い。

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弧を描く上面はファスナーで開閉。パステルカラーのストライプが入っている裏地に内ポケットは2つ。
持ち手は、既製品バッグに付いていたワインカラーのショルダー革紐をリフォーム。
ガチャンと取り外しのできる金具を付けて、短めと長く斜め掛けもできるツーウェイに。革紐を二重に
して持ち手を短く使用するときは、スナップボタンでずれないように留める。(これは、N子さん手持ちの
アニエスBのバッグのシステムをそっくりそのまま真似した。すこぶる便利である。)
金属の輪の使用や革のビス留めのディテールで、素人の手作りっぽさが消えてバッグらしくなった。


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                    庭でバッグの新作発表記念撮影。
                    Ombra mai fuと命名した。


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この木陰は涼しくて、まさにオンブラ・マイ・フ気分。




凛々しく涼しげなマレーナ様の歌で納涼!
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by didoregina | 2013-07-17 10:00 | バッグ | Comments(0)

L'Écume des joursは( 『デリカテッセン』+『ハウルの動く城』+『アメリ』) ÷3

c0188818_22363067.jpgDirected by Michel Gondry
Produced by Luc Bossi
Screenplay by Luc Bossi, Michel Gondry
Based on Froth on the Daydream by Boris Vian
Music by Étienne Charry
Cinematography Christophe Beaucarne

Romain Duris as Colin
Audrey Tautou as Chloé
Gad Elmaleh as Chick
Omar Sy as Nicolas
Charlotte Le Bon as Isis
Alain Chabat as Gouffé
Aïssa Maïga as Alise

2013年 フランス

この映画を観たのはすでに2か月近く前になる。しかし、どことなくひっかかるものがあるし、やはり
備忘録としても残しておきたい。
というのは、この映画を見終えた時、映像イメージ的に『デリカテッセン』と『ハウルの動く城』に
似てるなあ、と思ったのだ。しかし、『デリカテッセン』を観たのはもう20年も前で記憶は霞んで
しまっているのと、ネットや新聞・映画誌・雑誌その他の評を読んでも、この映画と『デリカテッセン』
の共通点には全く触れられていないから、私一人の妄想なのかも、と心配になったのだ。

パリ祭の週末には恒例の野外映画上映会があった。そして、なんと『デリカテッセン』も上映された。
チャンスを逃さず見に行った。
その結果、堂々と胸を張って言える。この映画のそこここに『デリカテッセン』の影響が窺えると。

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ボリス・ヴィアン原作のこの映画、日本語タイトルは何になるんだろう。小説の方は『日々の泡』とか
『泡沫の日々』とかと訳されてるらしいが。英語のタイトルは、映画にも挿入されるジャズ音楽から
取ったMood Indigo。

出演俳優は豪華である。
金持ちのコランはロマン・デュリス、そのコック兼執事ニコラがオマール・シーで、コランの恋人(妻)
クロエがオドレイ・トトゥだ。
ストーリーは、摩訶不思議。
47年に書かれた原作では疑似近未来が舞台になっているラブ・ストーリーなので、現在から見ると
時代を逆行することになり、それが本来の意味でレトロかつシュール映像になっている。ポストモダン
と呼んでもいいかもしれない。
それは、様々な珍発明の機械や小道具で満たされたコランの家(歩く呼び鈴、ピアノとカクテルマシ
ンが連動したもの、料理本の代りにオーブンや冷蔵庫の中に顔を出して実際に料理を指導したり
材料を提供してくれるシェフ、人間の顔をしたお助けネズミ)や、外部のレトロ・モダンな世界(人員を
大量投入してタイプを打って作る本やアナログな検索方式の情報サーヴィスなど)に集約されている。
金銭的に恵まれた明るく楽しい生活から、妻クロエが難病に冒されてから次第に下降して、精神的・
肉体的そして物理的苦しみに取りこめられてしまうコランの物語である。

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子供っぽい楽しみで満たされたコランの家は『ハウルの動く城』そっくりだし、グロテスクでブラックな
登場人物と物語展開および映像の色合いが『デリカテッセン』と『アメリ』を思わせる。

しかし、有名人気俳優が主演・助演していて、素材としても面白そうな原作を使って、あれこれと
ファンタジー溢れる大道具・小道具を見せて、風刺にも富んでいるのに、映画自体はなぜか面白みに
欠けるのが不思議だ。

前半がユートピア的未来を楽天的に描いているのに対して、後半以降のトーンは、主人公の内面も
外の世界もディストピア的に暗くなって行く。それにつれて、映像から文字通り色が消えていき、
パリを見下ろしていたコランの家は地面に沈んでいく。

難病に苦しむクロエを救おうとしてコランは様々な手を尽くすのだが、その行動は空回りしていて、
結局クロエを病気からも心の闇からも救うことができない。寂しいラブ・ストーリーで、胸キュンとは
ほど遠いのだった。
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by didoregina | 2013-07-15 17:01 | 映画 | Comments(0)

ブリテンの『ヴェニスに死す』@DNO

c0188818_207825.jpgDeath in Venice
Benjamin Britten (1913 - 1976)
gezelschap
ENO Chorus and Technical / Production team
muzikale leiding Edward Gardner
regie Deborah Warner
decor Tom Pye
kostuums Chloe Obolensky
licht Jean Kalman
choreografie Kim Brandstrup
video Finn Ross
een productie van English National Opera 2007
coproductie met De Munt/La Monnaie Brussel
orkest Rotterdams Philharmonisch Orkest


Gustav von Aschenbach John Graham-Hall
The Traveller / The Elderly Fop / The Old Gondolier / The Hotel Manager / The Hotel Barber / The Leader of the Players / The Voice of Dionysus Andrew Shore
The Voice of Apollo Tim Mead
The Polish Mother Laura Caldow
Tadzio, her son Sam Zaldivar
Her two daughters Mia Angelina Mather Xhuliana Shehu
Their governess Joyce Henderson
Jaschiu - Tadzio's friend Marcio Teixeira

2013年7月7日@Muziektheater Amsterdam

DNOの2012・2013年シーズン最後の演目は、ブリテンの『ヴェニスに死す』だった。
通常ならば、グランドオペラやヴェルディやワグナーなどの大作でシーズンの幕を下ろすの
だが、この静謐なオペラを最後に持ってきた。
というより、DNOプロダクションとしては、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が
最後の演目でこの『ヴェニスに死す』は、オーケストラ以外は、出演者はもちろん、指揮・
演出を始めとするプロダクションのテクニカルチームも完全にENOからの引っ越し公演だった。

そういうわけで、アムステルダム歌劇場の舞台の雰囲気は、完全にイギリス色に染まっていた。

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DNOサイトの写真は、ENOとモネ共同プロ初演のまま(主役はイアン・ボストリッジ)!あまりに手抜きだ。


作曲家がイギリス人でリブレットも英語だから、歌手はイギリス人で揃えるのが間違いがなく
てよろしい。指揮者も演出家ももちろんイギリス人である。

舞台デコールはシンプルで、ラグーンの遠浅の浜辺とオーガンジーのように風をはらむ透明な
カーテン、大道具はゴンドラ、船、ホテルやテラスの椅子などだけでスッキリとした空間が
美しい。
バックは、なかなか日の暮れない残照の浜辺や、ぎらぎらと残酷な太陽を表現する照明、
遠くに霞むヴェニスのシルエットなど、全体に淡くて透明感のある憂いに満ちている。
衣装も正統的ベル・エポックで、20世紀初頭の高級な避暑地の雰囲気そのもの。誰もが思い
浮かべる当時のヴェニスとリド島のイメージで、違和感を感じさせない。
舞台造形上、立体的な物はほとんど設置していないのに関わらず、平面的になっていない。
すなわち、ごちゃごちゃした大道具なしで、シンプルな装置が視覚的に奥行きを感じさせ、
観客のイマジネーションに訴えかけ、美的感覚を呼び起す、この舞台は大いに気に入った。
説明過剰で子ども扱いされているような気分になるような舞台とは正反対である。

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ブリテン作曲のこの音楽を聴いたのは、今回実演鑑賞した時が初めてなのだが、器楽にも歌
にもおやっと思うほど、ドビュッシーの音楽を思わせる箇所がとても多いのに驚いた。
作曲されたのが1973年というのが信じられないほど古めかしいというか、20世紀前半風の
響きに満ち溢れているのだ。
無調の歌や、ピアノの分散和音の響きや、ヴィヴラフォンの奏でる東洋的なペンタトニックの
旋律がドビュッシー(特にピアノ曲集『映像』と『版画』)に後期ウィーン楽派の音を混ぜた
ような具合で、初めて聴くのに懐かしささえ覚えたほどである。
物語の時代設定が20世紀初めなのだから、それで間違いはない。懐古趣味とも言えなくも
ないが、そこにぺダンチックな抒情性が感じられ、安心して聞いていられる。

とはいえ、歌手は3人のみで、特に主役フォン・アッシェンバッハはほぼ出ずっぱりでずっと
独唱(しかも無調)するのだから、歌う方はさぞかし大変だろう。主役歌手は、最後にはほと
んど絶唱という感じである。
歌手が3人というのと、東洋的な旋律、シンプルな舞台造形から、能を鑑賞しているような
気分にもなった。
かといって、シテ、ワキ、などの役割構成がそっくりそのまま『ヴェニスに死す』の登場人物
に当てはまるわけではないが、テノールのフォン・アッシェンバッハがシテ、複数の登場人物
を担当するバリトン歌手がワキ、カウンターテナーのアポロがツレ、タージオが子方と言え
ないこともないだろう。

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         ようやく夏らしくなった北のヴェニス、アムステルダムの運河は船で溢れる。
         歌劇場フォワイエ・ベランダからの眺め。

ゴンドラが能の作り物の舟のように使われているのが印象に残ったのだが、このゴンドラは、
ギリシャ神話に出てくる三途の川の渡し守カロンの漕ぐ舟に思えた。つまり、ヴェニスの運河の
水は現世とあの世を分かつ境界であり、その象徴性からフォン・アッシェンバッハの運命は最初
から明白だ。(タイトルからして死は暗示どころではないが)
その死の世界へ、スランプに陥った作家フォン・アッシェンバッハは、自らの意志でインスピ
レーションを求めて旅立つ。しかし、そのために蒸気船に乗り込むのが、私には少々腑に落ち
なかった。
というのは、最初彼が住んでいたのはミュンヘンで、そこからアルプスを越えて彼方の光溢れる
ヴェニスに行く、ということになっているから、地理上、船に乗る必要性はない。
しかし、ヴェニスには船で訪れることは、芸術家にとって美学上絶対にはずせないお約束だっ
たのだろう。どうやら、わざわざプーラから蒸気船に乗り込んでヴェニスに向かったようである。
アドリア海上から望むヴェニスこそ海の都の本来の姿であり、その姿を見るためには船で行く
ほかはない。

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さて、このオペラを実演鑑賞したかったのは、ウォーナー女史演出ということも大きかったが、
実はカウンターテナーのティム・ミード(アポロ役)の生の声を聴きたかったからだ。
数年前のモネ劇場ではボストリッジ博士が主役だった(チケット取れず無念)が、今回のテノ
ール歌手にはさほど期待していなかった。
しかし、ジョン・グレアム=ホールの役柄への没入はすさまじく、ほとんど鬼気迫るという感
じで、もうフォン・アッシェンバッハになりきっている。声も年齢や体格も役にふさわしい。
バリトンのアンドリュー・ショアも異なる役柄の歌い分けが上手くて唸らされたし、出番の少
ないCTティム・ミードも期待を裏切らない歌唱だった。というか、生の声が聴けただけで満足だ。
ミードの声は、いわゆる教会系というか、いかにもイギリス人CTの伝統を感じさせ、最近の若手
CTに付けたくなる形容詞、筋肉質だとかレーザー光線のようにシャープというのには当てはま
らない。
育ちのいい好青年というったルックスがいいし演技もなかなかだから、またオペラ舞台で見て
みたい。

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ルックスといえば、この作品では美少年タージオ役も重要である。歌はないからダンサーが
務める。
躍動感あふれる振付で、いかにも太陽神に好かれそうな少年タージオの存在が強調されていた。
すなわち、美と若さと生命そして無垢の象徴である。心を病んで、年を取り、外見的には美しい
とは言えないフォン・アッシェンバッハとは正反対の存在であり、それだからこそ彼が魅かれ
るのだ。
タージオを始めとする少年たちは、いかにもイギリス風訓練の行きとどいて均整の取れた踊り
を披露してくれた。彼らが踊ると、さわやかな涼風が吹き抜ける。それが、フォン・アッシェ
ンバッハがタージオに抱くプラトニックな恋愛感情を象徴していて、舞台および作品のストー
リー全体との統一感が壊されず好ましかった。


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              ワンピースのベルト代わりに、帯締め二本を結んだ。
              オペラ・ピンクの丸組と天使の肌と呼ばれる薄い珊瑚色の
              平組で、和のテイストを入れてみた。

アムステルダムのDNOへは通常電車で日帰り遠征するので、着物で行ったことはない。
当日も、保線工事プラス事故で大回り迂回乗換3回となり、片道4時間かかった。
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by didoregina | 2013-07-11 15:43 | オペラ実演 | Comments(6)

『アグリッピーナ』@リセウのチケット・ゲット!

暑さきびしい折ですが、マレーナ・エルンマン・ファンクラブの皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

昨日、バルセロナのリセウ歌劇場の来シーズン・チケット発売が開始されました。
マレーナ様がネローネ役で、タイトルロールはサラ様、そしてポッペア役にはヒールとして
外せないダニエルちゃんという三つ巴のバトル、いえ、豪華出演陣かつマクヴィカー演出と
いう待ちに待った世紀のプロダクション『アグリッピーナ』のチケット(18日)を、無事入手でき
ました!
ファンの皆様のご首尾はいかがでした?

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         マーストリヒトの聖セルファース教会南入口扉前の床モザイク。
         植民地アグリッピナとは、すなわちケルンの別名です。


思えば、マレーナ様とサラ様目当てで鑑賞した演目にはダニエルちゃん出演ということが多々
あったものですが、この『アグリッピーナ』は、その総仕上げと言えるものでしょう。
というのは、マレーナ様とサラ様の共演は初めてのはずなのです。私の最も好きなメゾ二人が
親子の役で共演とは夢のようです。もう、その他の役は誰でも文句は言いますまい。今年最大の
イヴェントになることは間違いなしです。



マレーナ様の胸キュン・ネローネに、サラ様アグリッピーナ(脳内変換してください)!


『アグリッピーナ』を18日のチケットにしたのは、17日のエディタ・グルベローヴァのリサイタルと
組み合わせるためです。
その頃バルセロナにいらっしゃるファンの方、ぜひオフ会をいたしましょう。ブログ管理者だけに見える
鍵付きコメントでご連絡ください。
おすすめホテル、レストランその他のバルセロナ情報も交換いたしましょう。
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by didoregina | 2013-07-09 09:50 | マレーナ・エルンマン | Comments(0)

ハネケ演出の『コジ・ファン・トゥッテ』@マドリッド王立歌劇場

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                モネ劇場で稽古をつけるハネケ












W.A. Mozart: Cosi fan tutte
ORCHESTRA: Orchestra & Choir of the Teatro Real in Madrid
CONDUCTOR: Sylvain Cambreling
PERFORMERS:
Anett Fritsch, Fiordiligi;
Paola Gardina, Dorabella;
Juan Francisco Gatell, Ferrando;
Andreas Wolf, Guglielmo;
Kerstin Avemo, Despina;
William Shimell, Don Alfonso

Artistic Staff:
Michael Haneke, stage director;
Andrés Máspero, chorus master;
Christoph Kanter, set designer;
Urs Schonebaum, lighting


マドリッド王立歌劇場とブリュッセルのモネ劇場との2013年新作共同プロで、マドリッドでは
2月、ブリュッセルでは5,6月に上演された。
映画監督のミヒャエル・ハネケによる演出ということで、個人的にはモネで今シーズン1番
興味のある演目だった。しかし、前年のハネケ作品映画『アムール』のカンヌ映画祭パルム
ドール受賞やアカデミー賞効果のためか、モネ劇場のチケット争奪は熱戦となり、初っ端から
脱落したのだった。
モネならば、実演を見逃してもオンライン・ストリーミングがあるから、と諦めた。
ところが、マドリッド公演の方が先に、ArteLiveWebで見られるようになったためか、モネ
からのストリーミングはどうやらなくなってしまった。
だから、以下のレビューはマドリッドの映像を鑑賞した感想である。(写真は全てモネ)

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         フィオルディリージとドラベッラ姉妹とドン・アルフォンソ

序曲が始まり幕が上がると、広いサロンの庭を臨むバルコニーでのパーティー・シーンである。
パーティーに集う人々は、ロココそのものの服装と現代のパーティー・ドレスとが入り混じっ
ている。
それが丁度半々くらいの割合で、互いに違和感なく、挨拶や会話を交わしたりしている。
招待客が現代の服装で、給仕がロココの格好をしているのかと思えばそういうわけでもない
ようだ。
不思議な光景といえばいえるが、誰も不審に思う人は舞台上にはいない。
不審といえば、一番不審なのが、ドン・アルフォンソとデスピーナである。
ロコロの格好で、招待客とキスの挨拶を交わしたりして、まるでパーティーの主催者気取り。

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          ケルスティン・アヴェモのデスピーナの服装にびっくり。

広間の壁には、描きかけのワトーらしき絵のコピーが掛かっている。『シテール島への旅立ち』
か『音楽の集い』のようである。
そして、デスピーナの姿はワトーの描くピエロ(ジル)とまったく同じなのだ。

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       ジルは宮廷の道化で、貴婦人たちをからかったり辛辣なジョークで皆を煙に巻く。

これらの舞台および衣装デザインによって、このプロダクションの基調トーンは明らかだ。
一言でいうと、メランコリックな恋の戯れということになろう。ワトーの絵からヴェルレーヌの
詩、そしてドビュッシーの音楽に繋がる『雅なる宴』や『喜びの島』の世界である。
そういう印象を観客に最初に視覚的に植え付けて、ドラマはその通りに進行するのだった。

特に惹かれたのは、デスピーナ役のケルスティンちゃんの表情と演技だ。
ピエロの服装ではあるが、ケルスティンちゃんの少年と少女が入り混じったような顔立ちは
いつものように性も年齢も不詳で、天使のように見えないこともない。
彼女の表情および態度には、よくありがちなデスピーナの小悪魔的な要素が全くないのである。
いつでも皆の様子を醒めた外部者の目(すなわち道化からの視点)で見ているようで、彼女と
それ以外の登場人物は物理的には関わりあっていても、精神的には距離を置いて相容れないと
いうような雰囲気を醸し出している。
それが、メランコリーという実体のない雰囲気をそのまま体現していて、秀逸である。
最もそれをわかりやすくしている例を挙げれば、ドン・アルフォンソがデスピーナを慰める
シーンで、デスピーナの取る態度と姿勢が、デューラー描く『メランコリア』そっくりなのだ。
そして、彼女の眼と表情には、哀しみと憐れみとが混じってほの暗い。

彼女とドン・アルフォンソとの関係も不思議だ。
これを一言でいうならば、愛憎の関係である。ドン・アルフォンソはデスピーナをまるでドン・
ファンのような手練手管で口説いて、悪巧みに引き入れる。だから、当初のデスピーナはアル
ファンソに女性の弱みを掴まれて、悪事をいやいや引き受けた。そういう自分の行動に対する
躊躇や嫌悪を表す表情が素晴らしい。
悪戯のつもりで加担したデスピーナだが、思いがけない方向にエスカレートして暴走して収拾
のつかなくなってしまう2組の男女関係には、いたたまれなくなる。

だから、最後はデスピーナがアルフォンソに平手打ちを食らわせる。アルフォンソも、また、
悪戯の仕置きのようにデスピーナの頬を打つのだ。これも愛と憎しみの表現に他ならないのだが。

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             フェランドとグリエルモが軍隊から戻ってきた。

デスピーナとフィオリディリージ・ドラベッラ姉妹との関係も微妙である。
本来デスピーナは女中という設定なので、字幕でも彼女が使うのは敬語であり、姉妹は彼女に
対してチュトワイエで話す。しかし、態度には女中らしさは感じられない。図々しいわけでなく、
ごく自然に重要な位置を占めているという雰囲気で、それがワトーの絵やヴェルレーヌの詩に
描かれるロコロ宮廷の道化に相当する立場であるデスピーナという今回の設定を表している。
微妙な立場なのだ。

姉妹の服装やヘア・メイクは現代そのもので、まるで『セックス&シティー』などTVドラマを
思わせる。ダ・ポンテとモーツアルトのオペラ作品はいずれも現代に時代と場所を移しても
まったく違和感がない。
普遍的な恋愛の姿と人間の位相を描いているからだ。
最後は喜劇として納めようとデスピーナ=道化は腐心するのだが、男女2組の気まずさはどう
しても避けられない。
ラスト・シーンは現代的な終わり方で、もちろん大団円というわけにはいかないのであった。


指揮のせいなのか、演出家の意向によるのかわからないが、音楽はどうも最初から最後まで
テンポがのんびりしすぎで、疾走感には非常に欠ける。それで、舞台転換のない平面的な舞台
と相まって、全体的に平坦な印象になってしまった。はっきり言って、だれてしまうような
ドライブ感のないモーツアルトというのも、近年まれなのではなかろうか。
テノールとソプラノ歌手は、聞かせどころが多いから得な役なのだが、それでも歌唱を聴いて
いて高揚感に欠ける。諄々たるスローのアリアが多いから、歌唱が弱いと退屈で粗が目立つ。
それ以外の歌手は可もなく不可もなくという感じで、演出と演技力でなんとか最後まで見せた。
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by didoregina | 2013-07-05 14:16 | オペラ映像 | Comments(10)

Tabu 『熱波』

c0188818_1630167.jpgDirected by Miguel Gomes
Produced by Sandro Aguila Luís Urbano
Written by Miguel Gomes Mariana Ricardo

Teresa Madruga as Pilar
Laura Soveral as Old Aurora
Ana Moreira as Young Aurora
Henrique Espírito Santo as Old Ventura
Carloto Cotta as Young Ventura
Isabel Muñoz Cardoso as Santa
Ivo Müller as Aurora's Husband
Manuel Mesquita as Mário

2012年 ポルトガル、ブラジル、ドイツ、フランス



シネフィルをぞくぞくさせるような映像のせいもあってか映画祭や新聞・映画誌その他での評判は
上々である。だから、この映画を見たのがNight train to Lisbonよりも実は先だった。
そして、なんと日本語オフィシャル・サイトも邦題もすでにある。
邦題は『熱波』で、一見よくできた洒落たタイトルっぽいのだが、映画の内容の印象・イメージとは
少々ずれてるように思えた。

Tabuというタイトルは、もともと1931年のムルナウ監督作品から取ったそうで、そちらは南太平洋が
舞台の因習の世界での悲恋物語で、楽園・失楽園という2部構成になってるらしい。
ゴメス監督作品の構成も本家にちなみ、しかし、前後を入れ替えて、失楽園・楽園という構成だ。
しかし、その前にポスターにもなっているワニの出てくる探検譚がプロローグとして現れる。
画面は白黒で、いかにもドキュメンタリー風の作りだ。
その短いプロローグは、第一部「失楽園」の主人公ピラーが見ている映画ということで現代のリスボン
へと繋がる。

第一部の主人公ピラーは、初老の一人暮らしの気丈な物静かな女性で、隣人愛や奉仕に生きる
喜びに自己存在意義を見出し、孤独な心の隙間を埋めているようだ。
彼女の生活は質素かつ単調ではあるが、カトリックの確固たるキリスト教精神に支えられている。
その彼女の住むアパートや車窓から見えるリスボンの茫漠たる風景は、やるせないほどメランコ
リックである。
ポルトガルというとすぐにサウダーデ(哀愁と郷愁が入り混じったような感覚)のイメージを抱くが、
その曖昧な言葉が、この映画では茫洋たる町並みと淀んだような生活とに視覚化されている。

しかし、第一部では、胸躍るような事件は起こらず、普通のおばさんやおじさんやエキセントリックな
アウロラというお婆さんとその黒人メイドという、地味な人物しか登場せず、物語としては非常に単調
なので、何度か眠気に襲われて、こっくりこっくりとしてしまった。
しかし、はっと目を覚ましても、場面はほとんど変化も転換もしていないのだった。
相変わらず眠ったような田舎っぽいリスボンの町の地味な生活描写である。

ところが、往年の女優を思わせる、少々ボケ気味で賭博中毒の老婆アウロラが亡くなってから、
事態は急展開する。
彼女が死ぬ間際に逢いたがった昔の恋人ヴェントゥーラをピラーが探し出して来たのだ。
そして、ヴェントゥーラの長い独白が始まり、それが第二部「楽園」へと繋がる。

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第二部も白黒画面なのだが、古さを強調したようなわざと少々荒い画質で、なんと無声映画に
なっている。音楽やバックグラウンドの音は全て聞こえるのだが、人間の話声は、ヴェントゥーラ
のナレーションのみ。彼が語る古き良き(?)アフリカでの植民地時代が、「楽園」という第二部の
克明かつ長大な物語になっているのだ。

冒険者を象徴する名前を持ったヴェントゥーラと、若く美しいアウロラの、南国サファリを舞台にした
まるで映画そのものの悲恋物語である。
当時のアフリカは、まるで50年代か60年代のアメリカ映画を思わせるような楽天的かつ白人絶対
主義の享楽的生活を享受する若者たちのパラダイスだ。
しかし、一見ゴージャスであり憂いのない生活にも、さまざまな影が忍び寄って、植民地のおごれる
白人の王侯貴族のごとき生活は、もはや黄昏に入っているということを示唆する出来事が重なる。
そのあたりのイメージが、泥沼化したヴェトナム戦争や冷戦の影と裏表になった古き良きアメリカ映画
とも重なって、ノスタルジックである。

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無声映画の伝統を踏襲したかのような、派手な顔立ちで表情での演技の上手い美男美女が登場
する第二部は、無声映画へのオマージュということでハリウッドで受けてアカデミー賞も取った
『アーティスト』に近い作りではあるが、『アーティスト』のような臭みは少ない。(『アーティスト』は
アメリカでの受け狙いが見え透いているようなあざとさが好きになれなかった。)

ノスタルジックな要素を思いっきり集めているが、臭みがないというのは、植民地での最後の光芒を
放つヨーロッパの栄光の没落を側面にしているためもあり、実にスマートな映像なのだ。
実際の撮影ロケーションには、現在のブラジルやアマゾンが使われていて、ドキュメンタリー的映像
とフィクション的昔話(作り話)の部分と一体化していて、実にうまい。
昔話=物語(作り話)かもしれないというのは、第二部全てがヴェントゥーラの独白からなるためで、
彼から見た主観のみに基づいている話だし、美化された部分も多いだろうし、誰にもその真偽は
確かめようもないからだ。事実とは食い違うからといって、物語の美しさが損なわれるわけでもない。

邦題の『熱波』というのは、古き良き無声映画っぽさを醸し出している点でいいタイトルなのだが、
スタイリッシュなこの映画か感じられるのは、むんむんとむせかえるような熱ではなく、植民地を失って
夢から醒めて行き場のないリスボンの閉塞された現在の肌寒い状況下での郷愁なので、ちょっと
ずれていると思う所以である。
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by didoregina | 2013-07-03 11:06 | 映画 | Comments(2)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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