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アネッテ・ダッシュの歌曲リサイタルでウィーン前夜祭

アネッテ・ダッシュの歌曲リサイタルを、ドイツのケンペンにある元教会(現在は音楽ホール)で
聴いたのはウィーン遠征前夜のことである。
2,3年前から地方文化振興のイニシアティブをとる篤志家によって、元フランシスコ会修道院付属
教会を会場にしてなかなか結構な内容と演奏家によるコンサートが開かれている。

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            会場は元修道院付属教会

去年8月に現在はアート展覧会場になっているこの修道院を訪れた際、今シーズンのプログラム
の中にダッシュのリサイタルを発見してチケットを取った。しかし、8ヶ月も前のことなので、歌手の
名前以外はすっかり忘れていた。なんとなく古典派の曲のリサイタルのような気がしていたのだが、
当日のプログラムを見てびっくり。なんと、全てウィーンの作曲家達による世紀末から20世紀初頭の
歌曲である。

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            ケンペンの紋章(三日月、星を、十字架)で
            形どった天使のプレート

この教会は修道院付属のこじんまりした礼拝堂といった趣の建物で、天井もあまり高くない身廊だけ
のシンプルな長方形。室内楽や歌曲のリサイタルにピッタリのサイズだ。厚く塗られた漆喰のためか、
床に敷かれた厚みのある絨毯のおかげか、残響がほとんどなく音響的に悪くない。

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            祭壇手前の天井から下がるシャンデリアの
            ろうそくは本物!

本物のろうそくが点るシャンデリアが中央と祭壇寄りに2つ吊り下がっていて、雰囲気も抜群だ。

プログラムは、前半がマーラーの『子供の不思議な角笛』、後半がツェムリンスキー、シェーンベ
ルク、コルンゴルトという、わたし好みのウィーンの作曲家達の作品で、しかもウィーン遠征前夜に
それを聴くことができるとはまさにお誂え向け。

アネッテ・ダッシュの歌のピアノ伴奏を務めるのは、ヘルムート・ドイチェに代わって妹のカトリン・ダッ
シュだ。

Annette Dasch (soprano) & Katrin Dasch (pf) 2013年4月23日@Paterskirch, Kempen

Mahler
From Des Knaben Wunderhorn:
Rheinlegendchen
Trost im Unglück
Zu Straßburg auf der Schanz
Lied des Verfolgten im Turm
Wo die schönen Trompeten blasen
Urlicht
Wer hat dies Liedlein erdacht
Ich ging mit Lust
Verlorne Müh
Scheiden und Meiden

(Pauze)

Zemlinsky
Altdeutsches Minnelied
Das bucklichte Männlein
Entbietung
Meeraugen

Schoenberg
Wie Georg von Frundsberg von sich selber sang
Warnung
Mädchenlied
Der Wanderer

Korngold
Schneeglöckchen
Die Sperlinge
Was Du mir bist?
Mit Dir zu schweigen
Welt ist stille eingeschlafen


最初の短い曲が終わると数人が始めた拍手に釣られてか、大半の人が拍手する。やれやれ。
2曲目の後も同様。この調子で9曲全部拍手で中断されたら困ったなあと思ったら、アネッテが
マイクを手にして語りだした。
マーラーが曲を付けた詩の内容についてであるが、それぞれが有機的に結合しているから拍手は
前半の曲全部が終わるまで控えてくれるようにとのお願いも忘れないのがさすがだ。

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          伴奏のカトリンと歌手のアネッテ姉妹

『子供の不思議な角笛』は、アリス・クート、サラ・コノリー、アンネ・ソフィー・フォン・オッターで
聴きなれているので、アネッテのソプラノで歌われると微妙な違和感を覚える。
彼女の声は全体的にまろやかだが、モーツアルトもワーグナーも歌ってしまう懐の深さがあるし
重量感があっていかにもオペラ歌手の喉らしい。低音も中高音もしっかりとした土台の上に立ってる
安定感があるのだが、『子供の不思議な角笛』にソプラノのヴォリュームを生かせる高音域部分が
あまりないため、なんだか聞かせどころに乏しい曲に聴こえてしまうのだった。前半は、だからベール
をすっぽり被ったまま歌ってるようで、膜が出来ている感じで、こちらの耳にびんびんと響いてこない
のが少々残念だった。

後半になると、ようやくソプラノの喉を十分に披露する高音部分が多くなり、メゾ向きでイマイチ
彼女の魅力が発揮できなかった前半の隔靴掻痒感が消えた。
光沢があってつやつやした高音に迫力が加わり、世紀末から20世紀初めのウィーンを彩った音の
煌きが宙を舞う。

各作曲家の曲の合間には、マイクを手に持って詳しい説明もしながら、ピアノ独奏による水増しなど
なく、かなり沢山の曲を次々と暗譜で歌う体力・知力に、さすがオペラ歌手、と感嘆した。
ワーグナーやモーツアルトなどスタミナを要するオペラに比したら、出ずっぱりとはいえ歌曲リサイタル
など屁の河童なのだろう。
また、実に知的なアプローチで歌われる高踏派的なツェムリンスキーの曲も諧謔的なところのある
シェーンベルクの曲もよかったが、ハイライトは、ちょっと映画音楽的要素も感じさせるコルンゴルトの
曲であった。目くるめくようにドラマチックに歌い聞かせてくれ、オペラ歌手の面目躍如である。

念願のアネッテ・ダッシュの生の声を存分に近くで聴くことが出来たうれしさと、ウィーンのご当地
作曲家でまとめた願ってもないプログラムでの幸先のよさに満足し、翌日からのウィーン遠征前夜
祭を祝ったのだった。

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          休憩中に飲んだのは、フランシスコ会修道院ビールではなく、
          辛口のリースリング。コンサートのケータリングで出るワインは
          大概まずくて飲み干すのに一苦労するが、ここのは非常に秀逸。
          地元のワイン屋の直接販売でレベルが高い。グラスもリーデル!
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by didoregina | 2013-04-29 17:05 | コンサート | Comments(8)

Lore ナチの子供達の辿るいばらの道

ヨーロッパ映画で第二次世界大戦を扱ったものには、当然ながらホロコーストが絡む場合が
多い。
またはナチに対するレジスタントものであっても、ユダヤ人を匿うという場面は欠かせない。
そうすると、ナチおよびドイツ人=悪者、ユダヤ人および占領された国の人々=被害者、
レジスタントおよびユダヤ人を匿う人=ヒーローという図式になることが多いのも当然と
いえば当然だ。そういう単純な図式から少し外れて、ナチ(およびそのシンパ)ではあっても
人間性のある個人とか、レジスタントの仮面を被ってユダヤ人を食い物にする団体などを
登場させて、善悪の二元論のみに収斂させることを拒んだ内容の映画もある。

c0188818_23201284.jpg監督 Cate Shortland
脚本 Cate Shortland, Robin Mukherjee, based
on a novel by Rachel Seiffert
配役 Saskia Rosendahl (Lore)
Kai Malina (Thomas)
Nele Trebs
Ursina Lardi
Hans-Jochen Wagner
Mika Seidel
André Frid
Camera Adam Arkapaw
EditorVeronika Jenet
Production designSilke Fischer
Sound DesignSam Petty
MusicMax Richter
2012年 ドイツ、オーストラリア、イギリス

Loreは、終戦後のナチス党員の子供達の辿った苦難の逃避行を描いた映画だ。
終戦を境に今までの価値観が崩れて、追う者=悪者と追われる者=被害者という立場が逆転
した瞬間から物語が始まる。

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       14才のローレは、乳飲み子を含む妹弟5人を率いて
       ドイツ南部から北部ワデン海の島にいる祖母の元へ逃れる。

ナチ党員だった両親は拘留されてしまった。敗戦国ドイツに進駐してきた連合軍やロシア軍は、
ナチ・シンパのみならず一般市民に対しても仮借なく冷酷・残虐な態度で臨む。
ギリシア悲劇の「トロイアの女たち」を例にとるまでもなく、古今東西を問わず、戦争に負けた
国の人々(特に女子供)が味わう苦難は悲惨というほかない。ナチの子供達には自国でも安全な
場所はなくなってしまった。
寝る場所も食べ物の調達も人の情けに頼るほかはないが、同国人ですら終戦を境にナチに対する
態度を一変させたから、差し伸べられる暖かい手など期待できないという状況である。

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         廃墟となった農家や家に寝泊りしつつ、北に向かう。
         家々の内部には、復讐や略奪・殺戮の跡が生々しい。

北への逃避行には、トマスという青年が加わる。
トマスはユダヤ人のパスポートを持っているので、ユダヤ・シンパの多い連合軍兵士の尋問や
関門突破も楽である。収容所から逃れてきたローレ姉弟たちの長兄と偽って。
ユダヤ人に助けられるナチの子供達というストーリーは意外な盲点を突いている。

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         トマスのおかげで旅の困難は大分軽減された。

しかし、ナチ教育が血肉となっている誇り高いローレはトマスを蔑み、彼の手助けに感謝する
ことはあっても、同等に扱うことが出来ない。
弟たちもトマスになつき兄のごとく慕ってはいても、心の底ではユダヤ人なんだから下等な人間、
という思いを持っている。
複雑な心理というか、3つ子の魂百までというか、トマスに対する理性の及ばない生理的嫌悪感
とから来るローレの愛憎の表現が見事である。

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乳飲み子の弟も連れてのドイツを南北に横断する逃避行は、ほとんど不可能に思えるのだが、
ローレたちの鉄の意志は固い。そして、生か死かというぎりぎりの状況を生き延びるためには
自ら冷血にならざるをえない。


一風変わった自然描写がとても美しい映画である。住み慣れた故郷を捨てしかも同胞から見捨
てられた子供達の逃避行だからほとんど全てが戸外のシーンなのだが、瑞々しい草地や針葉樹
の葉の敷き詰められた森の中や、岩や川などの自然が接写で撮られているシーンが多い。
カメラの位置がかなり地面に近いもしくは地面すれすれに上からを映すアングルで、泥で汚れた
足の爪や腰掛けた岩の足元など、ハッとするほど新鮮である。接写で映されるそれらが自然との
対比で実に美しく撮れている。
2011年映画の『嵐が丘』での自然描写に近いものがある。こうして見比べると、両方とも女流
監督によるためか、感性的に近いものが感じられる。
若い女流監督による映画作品を見る機会が、このところ多いのだが、映像に瑞々しさが溢れて
いて、重いテーマを扱っているのに暗さが軽減されて、美に昇華している。実に頼もしいこと
だと、感嘆するほかない。
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by didoregina | 2013-04-22 17:28 | 映画 | Comments(2)

デュモーの脱トロメオ宣言に喝采!

(追記・訂正あり)
現在メトロポリタン・オペラで上演中、4月27日にHDで全世界ライブ映画公開される
『ジュリオ・チェーザレ』にトロメオ役で出演中のクリストフ・デュモーが、FBで
脱トロメオ宣言をした。



       METのドレス・リハーサル。デュセのクレオパトラに
       口ひげ生やしたトロメオのデュモー選手


グラインドボーンでのマクヴィカー演出『ジュリオ・チェーザレ』で鮮烈な印象を残して以来、
トロメオといえばデュモー、デュモーといえばトロメオというイメージが確立された。
今回のNY公演で、トロメオ役100回を達成したデュモー選手である。
その後5月・6月にはパリのオペラ・ガルニエでも公演があり、6月18日には120回目になると
いう。
それほどトロメオは彼のハマリ役十八番で、各地の歌劇場から声がかかるのは有り難いこと
ではある。

しかし、デュモーの才能と魅力を知るファンとしては、トロメオ役に限定されているという
状況はあまり好ましいとは言えない。彼の歌手としての可能性も野望も、もっともっと大きい
はずである。
若いうちからイメージが固定されてしまうのはよくない。わたしは何年か前から現状打破を
望んでいた。
だから、FB上での脱トロメオ宣言および今後の予定を見て狂喜した。

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まず、CDリリースに関するファンからの質問に答えて
「バルトリとのチェーザレは、まもなくDVDが発売されます。多分CDも。今後二年間には、
他のオペラ(世界初演)2作も予定されています。それからCDリサイタルも。でもこれはまだ
はっきりとはわかりません。」と書き込んでいる。

昨年のザルツブルクでのバルトリ姐クレオパトラ、ショル兄チェーザレのプロダクションは、
やはりDVD発売が決まっている!素晴らしい歌手揃いなのに、演出はあまり上等とはいえ
ないものだったから、CDの方がよさが堪能できるだろう。

また、ファンからのコメントに応えて、こう書いている。
「2011年のヴェルサイユでは、チェーザレ役でした。チェーザレを歌うのは楽しいことでした。
チェーザレはトロメオよりも複雑で興味深い人物なので、演じるのは難しいですが、楽しく
やりがいのある役でした。2015年に再演される予定です。しかし、トロメオ役に関しては、
わかりません。でも正直に言えば、もう演じることはないと思います。」

そして、今後の予定として
「2015年にモネ劇場で『タメルラーノ』に出演します。2013年は、チューリッヒでヴィ
ヴァルディ、マドリッドとパルミで『インドの女王』に出演、ミュンヘンで『ラ・カリスト』
のサティリノ役、チューリッヒで『ウリッセの帰還』の人間の儚さとピサンドロ役。オース
トリア、インスブルック、オスロで秘密のオペラ作品の悪役。ウィーンとブリュッセルで
『ポッペアの戴冠』のオットーネ役、等等。そして、METのすぐ後、パリで最後のトロメオ役」
と書き込んでいる。

新役が目白押しで、ファンとしては狂喜乱舞するほかない。
モネでの『タメルラーノ』(タイトル・ロールよね?)と『ポッペア』のオットーネは、
いずれもデュモー選手にとってロール・デビューで、大きな挑戦だ。
(追記:マネージメント事務所の正式バイオによると、タメルラーノ役はアメリカ・チャール
ストンのスポレート・フェスティヴァルで歌っており、『ポッペア』のオットーネも既に
グラインドボーン、パリ、ジュネーブ、マドリッドで経験済み。訂正しお詫びします。おみそれ
しました。)

わたしの予感では、ウィーンとブリュッセルでの『ポッペア』では、ネローネ役はマレーナ様
になりそうな気がする。
(そして、ポッペア役はまたしてもダニエルちゃんで決まりか?)

デュモー選手の最後のトロメオ役と知って、パリで生の舞台を鑑賞したくなってきた。

デュモー選手の今後の活躍を祈って、心から喝采したい。
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by didoregina | 2013-04-19 14:46 | カウンターテナー | Comments(18)

『ペレアスとメリザンド』@モネ劇場

『ペレアスとメリザンド』は、ドビュッシーが作曲を完成させ上演にこぎつけることのできた唯一のオペラ作品である。初演は1902年だから100年以上前であるが、オペラとしては前例のないタイプで、世紀末というより20世紀の幕開けを感じさせる、好きな作品だ。

雲の中に浮かんでいるような、霧か霞のようなヴェールのかかったような色彩を聴覚化したオーケストレーションのとらえどころのなさと、アリアらしいアリアがなく、語りともレチタティーヴォとも言いがたい歌がオーケストラ音楽と渾然一体化して夢幻の世界そのものだが、オペラとしては画期的なその音楽書法に馴染めない人もいるだろう。
これは、絶対に舞台形式で鑑賞しないとよさがわからないオペラである。
そして、主な役はできればフランス語ネイティブの歌手で揃えて欲しい。


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            2013年4月14日@モネ劇場

Pelléas et Mélisande
Claude Debussy   

Muzikale leiding¦Ludovic Morlot
Regie¦Pierre Audi
Decors¦Anish Kapoor
Kostuums¦Patrick Kinmonth
Belichting¦Jean Kalman
Koorleiding¦Martino Faggiani
Pelléas¦Stéphane Degout (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Yann Beuron (16, 18, 20 & 24 April)
Mélisande¦Sandrine Piau (23 & 25 April)
Monica Bacelli (14, 16, 17, 18, 19, 20 & 24 April)
Golaud¦Dietrich Henschel (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Paul Gay (16, 18, 20 & 24 April)
Géneviève¦Sylvie Brunet-Grupposo
Arkel¦Jérôme Varnier (16, 18, 20 & 24 April)
Frode Olsen (14, 17, 19, 23 & 25 April)
Un médecin¦Patrick Bolleire
Un berger¦Alexandre Duhamel
Le petit Yniold¦Valérie Gabail
Orkest¦Symfonieorkest en koor van de Munt

今まで、モネ劇場では100ユーロ以上の座席に座ったことが一度もなかった。どんなに贔屓の歌手が出る演目でも、せいぜい80ユーロ止まりであった。しかし、安い席すなわち視界に難ありであるのは資本主義の哀しい事実でもある。このところ、あまりに舞台が見切れる席ばかりで欲求不満が溜まっていた。特に、先シーズンから全演目がオンライン・ストリーミングされるようになって、映像と実際の舞台とを見比べ、舞台全体がよく見えない席で鑑賞する短所をイヤというほど知らされてしまったのだ。
それで、今回は、マチネ初日の平土間最前列の席(カテゴリー1)にした。見る気満々である。

当初のキャストは、メリザンド、ペレアス、ゴローにソプラノ+バリトン+バリトンの組み合わせとメゾ+テノール+バリトンの組み合わせの日替わりダブル・キャストになっていた。モネではこういう風にキャストを音域別に組み合わせ、分けたりすることがよくある。主役がメゾとCTに分かれる場合もある。
歌手の組み合わせによって、同じ舞台でも印象は全く異なるものになるはずで、それが狙いなのだ。

わたしが狙っていたのは、もちろん、ピオー(s)、ドゥグー(b)、ヘンシェル(b)の組み合わせで、主役二人はフランス人で理想的。勝手にAキャストと思っていた。
ピオーの出演するマチネは初日だけだ。バラ売りチケットはマチネだと取りにくいが仕方ない。オンライン発売日、なぜか最前列右よりの席が一つだけ空いていたので、迷わずゲット。

しかるに、初日舞台の幕が開く前に、インテンダントのデ・カーリウが目の前に現れた。初日を祝う挨拶ではなかろう。
「サンドリーヌ・ピオーは、数日前から筋肉を傷めており、まことに遺憾ながら
本日から幾つかの公演をキャンセルすることになりました。代役はメゾ・ソプラノのモニカ・バッチェリが務めます。彼女はテノール・ペレアスとの組み合わせキャストで出演しますので、このプロダクションのメリザンド役は歌も演技も精通していて全く問題ありません。ただし、バリトン・ペレアスとの組み合わせは今回が初めてとなります。その点、皆様のご理解を頂きたく、お願い申し上げます」
と言うではないか。

ピオーは筋肉を傷めた、とデ・カーリウははっきりと言った。喉の故障ではないし、病気でもない。筋肉を傷めて出演不可になるとは、一体どんな演技が必要とされる舞台なのだろう。
(帰宅後、モネのサイトを見ると、キャスト変更がアナウンスされていて、ピオーは最後の2公演のみ出演。モニカ・バッチェリが代役で歌う3公演と、ピオーが歌ってバッチェリが演技する1公演がある!それ以外は、全てバッチェリ。)

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         舞台装置模型 (モネのサイトより拝借)

演出はピエール・オーディで、舞台デコールはアニッシュ・カプーアである。(この二人のコンビは昨年のDNO『パルジファル』でも実現)

オーディの演出は、写実的な演技が少なくてゆったり静的な動作と、抽象的なイメージ重視で、一点豪華主義とも言えるシンプルな視覚造形が典型的である。
近現代美術に近いミニマルなアプローチの視覚造形で観客の感性に訴える。舞台装置に写実性も日常性も入り込まず、演技も簡素ですっきりしているので、見る側の想像力を刺激する。基本的に好きなタイプだ。
全体のスケールが大きくてちまちましたところがなく、舞台装置や照明が写実を排した象徴的なものなので、夢幻能のような『ペレアスとメリザンド』のようなオペラには特にピッタリだ。

カプーアも、アーティストとしては割りと好きである。彼がこの作品のためにデザインした舞台デコールなのに、まるでオーディを特徴付けるアイコンそのもの。二人の感性は似通っているのだろう。

巨大な赤いチューブが正面から見るとねじれた円形を形成していて、この形状もカプーアのアイコンそのものである。メヴィウスの輪を思わせるねじれた立体には窪みと膨らみがあって、動物の(人間の)内臓のようでもある。子宮もしくは心臓の一部のように思われる。そう思ったのは、以下のプロローグのような語りからの連想である。

舞台の幕が開く前、音楽が始まる前、暗闇の中で数人の女の子の語りが聴こえてくる。
(こういう、もともとのオペラのリブレットにはないプロローグのような語りや、音楽が始まる前に別の効果音が流されるというパターンの演出が、今シーズンのモネ劇場には何度か見られた。)
「夜が明けたようだわ。太陽の光が隙間からもれてくる。もっと開けて光を見たい。光の方に出て行きましょうよ」というようなミステリアスな内容で、すなわち、誕生とか自由への希求を思わせるのだった。

そして、いつの間にか指揮台に上がっていた指揮者に照明が当たると、オーケストラが音楽を奏で始める。
もたもたと登場する指揮者に拍手、という型どおりのパターンから脱した導入だから、観客は日常から飛躍していきなりドビュッシーの夢幻のような音楽世界に入り込めた。音楽と舞台の一体化を最初から見事に具現している。


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今までこの作品は、『ペレアスとメリザンド』という感じで、タイトルにあるペレアスの影は薄くて、ミステリアスかつとらえどころのないヒロインに男達が翻弄される物語というイメージを抱いていた。ところが、今回のプロダクションでは、ペレアスもゴローもアルケル王も大変に存在感があって、メリザンドの方が、影のような儚い女性像である。
メリザンドを取り巻く男性三人にイニョルドを加えた、男たちのドラマという趣になっているのだった。

残念ながら降板したピオーに代わってバッチェリ演じるメリザンドは、無色透明でつかみ所のない謎の女というより、暗い過去をひた隠しにしている逃亡奴隷、もしくは肉親にいたぶられ続けたせいで精神を病んでるみたいな印象なのだ。
彼女の顔にも声にも、苦悩の色がにじんでいる。メゾのバッチェリの声には、全体に重さが感じられるため、いかにも過去を背負った女という雰囲気になるのだ。
ピオーが出演する日に録画されるようだったら、ストリーミングでは、バッチェリとの違いをディクションも含めてぜひ聴き比べたいと思っている。

メリザンドはスキンヘッドで、薄いドレスの腹部には最初からずっと赤黒い血がべっとりと付いている。
それだけでもいわくありげである。

面白かったのは塔の場面で、世紀末風髪フェチシズムの見せ場なのだが、近年のプロダクションでは、そのものズバリ長い髪の鬘を被ったヘア・メークは避ける傾向があるのだが、今回は、ドレスのウエストあたりにほとんど目に付かないような薄い金髪が付いていて、赤い巨大なデコール上部にいるメリザンドがそのドレスに付いた金髪らしきものを垂らす、というものだった。
童話的ないかにも古臭いイメージから脱却していてスタイリッシュで面白い。

そして、最後の死の床の場面では、メリザンドはブリュネットのロングヘアーになっているのだった。
スキンヘッドというと罪人のイメージに結びつくから、ロングにしたことで彼女の汚れなさ・無実を象徴しているのだろう。
ペレアスとの仲を疑い問い詰めるゴローに応えるメリザンドの「私たちは疑われるようなことは何もしていないわ」にも、そのせいで説得力が加わる。

ゴロー役のディートリッヒ・ヘンシェルは、このところモネ劇場での活躍が著しいというか欠かせない歌手である。
ニヒルなルックスで外観も声にも存在感が充満しているヘンシェルは、嫉妬に心を燃やす中年の王太子という同情されにくく損な役どころのゴローを、魅力溢れる男に変えてしまった。優柔不断なペリアスよりもずっと男らしいゴローだから、彼の苦悩も理解しやすく、観客としては彼に肩入れしたくなってしまう。味わいがあって上手いのである。
中年男の哀愁の表現力という点で、ヘンシェルには端倪すべからざるものがある。

マッチョで狩好きなゴローにとって、メリザンドは森の中の鹿のごとく獲物の性格を帯びて映っているはずだ。動物的肉体の化身であり、征服欲の対象なのだ。だから、彼は自分でも意識せずにメリザンドを追い詰め痛めつけてしまうのである。追う者と追われる者の関係には、接点がないという切なさ。

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         指揮のモルロットとペレアス役のドゥグー

内省的で控えめなペレアスは、言葉少ない、というより理路整然とした話のできないメリザンドに対して、傷つきやすい者同士が傷を舐めあうごときソウルメイトの存在を投影していたのだと思う。
だから、抽象的な会話で成り立つ二人の世界に満足していたのではないか。
それなのに、メリザンドは訳の分からない言葉やコケティッシュな態度で、ペレアスを妙に刺激してしまった。しかし、メリザンド自身は自分の言動のもたらす影響を全く意識していなかったのだ。
それは無知・無垢と言えば言えるし、彼女の罪ではないのだが。

ペレアス役のステファン・ドゥグーが、実に素晴らしい。
今まで、イマイチ印象の薄い人物だなあと思っていたペレアスだが、ドゥグーによってイメージが改まった。この役は、彼のために作られたのではないかと思われるほど説得力がある。というより、もう、ペレアスそのものになりきっている。
テノールに近いような伸びやかな高音で、エレガントな鼻音を響かせる彼のフランス語のディクションの美しさにうっとり。(だから、ピオーとのフランス人コンビで聞きたかったのに!)
苦悩する若き王子ペレアスに、ハムレットやトリスタンの姿が重なって見える。
ドゥグーの来シーズンのモネでの『アムレ』タイトル・ロールにも期待したい。


また、年老いたアルケル王も、なぜかメリザンドには惑わされてしまう。老いらくの恋をひと時夢見てしまったのかもしれない。

そして、イニョルド。
父親に無理強いされて、メリザンドの部屋を覗いたりするのだが、彼も実は若い継母に淡い恋心を抱いていたのではないか。そう思わせるような苦悩のそぶりを見せるのである。

そういう風に、周りにいる男達全てを魅了してしまうメリザンド自身の存在は、実は月の夜の森に漂う霧のように曖昧である。
実体ではなく欲望・望みの投影対象としての女。これもファム・ファタールの一つの典型である。


このプロダクションは、5月4日から24日まで、モネ劇場のサイトからオン・デマンドでオンライン・ストリーミング公開される。

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by didoregina | 2013-04-17 14:54 | オペラ実演 | Comments(6)

画家ダヴィッドが亡くなったブリュッセルの家

ブリュッセルのモネ劇場で『ペレアスとメリザンド』のマチネ・プレミエを鑑賞した。
鑑賞記は別の記事にするつもりだが、モネ劇場周辺で私的新発見があったので、まずその
ことをレポしたい。

昨日の日曜日は、ようやく、本当にようやく待ちに待った春の陽光麗しく暖かい日となった。
鑑賞後、ぶらぶらと駅に向かうため劇場裏手に来ると、ある建物に付いているプレートが目に
留まった。今まで何度となく歩いている道なのに、それに気が付いたのは昨日が初めて。
その建物は現在ホテルになっていて、モネ劇場の楽屋口から道路一本挟んだところにある。

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       2階の窓の脇に、「フランスの画家ルイ・ダヴィッドがこの家で1825年
       12月29日に亡くなった」と書かれたプレートが付いている。

へえ~っと思った。
帰宅してから調べてみると、果たして、彼は亡命先のブリュッセルで亡くなっている。
ネットで検索する場合、特にウィキの記述に関しては眉唾で臨む。少なくとも3ヶ国語版で比べ、
ウィキ以外のソースからも色々多角的に情報を集める。そうすると、間違いとか面白い事が
次々に連鎖して見つかるのだ。

まず、面白いなと思ったのは、英語版ウィキには、亡くなった場所がBrussels, Netherlands
と書いてあることで、これはなかなか正確だと感心した。オランダ語版および日本語版には、
ブリュッセルだけで国名は書いてない。
ウィキ以外のネット上での日本語情報源には、「ダヴィッドはベルギーに亡命した」とか「ベルギーの
ブリュッセルで死んだ」という記述が多い。

ダヴィッドがベルギーに亡命したとかベルギーで死んだという記述は、正確ではない。
なぜなら、彼が亡命した年や亡くなった年には、ベルギーという国家はまだ存在していなかったから。
ベルギー革命が起こって、当時のネーデルラント連合王国からベルギーが独立したのは1830年の
ことだ。
そして、ベルギー独立とモネ劇場とは切り離せない関係にある。

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             モネ劇場正面

オーベールのグランド・オペラ『ポルティチの物言わぬ娘』上演後、煽動された観客が暴徒化して、
革命の口火を切ったのだ。


また英語版ウィキによると、ダヴィッドは劇場からの帰途、馬車にはねられたのが原因で亡くなった
らしい。モネ劇場から戻る途中だったのだろうか。そうだとすると、たった一本道を渡るだけなのに、
なんとも運の悪い人である。もしかして馬車に轢かれたのは自宅前だったのだろうか。
オランダ語版では、馬車事故のことは書いてなくて、モネ劇場裏手の自宅で亡くなったという記述
のみである。しかし、葬られた場所に関してはオランダ語版の方が詳しくて、最初はブリュッセルの
教会、その後墓地に埋葬されたとある。祖国フランスには、心臓のみペール・ルシェーズ墓地に
埋められたらしい。

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      ダヴィッドが最初に葬られた聖ミシェルおよび聖グデル大聖堂

いつもは中央駅に行くのにこの教会前は通らないのに、昨日はちょっと違う道を歩いてみたくなり、
しかもあまりに青空が美しく白いゴシックの教会との対比も鮮やかなので写真に撮ってみたくなった。
ダヴィッドがここに葬られたことを知ったのは、家に帰ってからである。
こういう風に、知らずに一つの興味が別の事実に連鎖するというがよくあるが、これにもびっくり。


ベルギーという国名に関してなぜこだわるのかは、また別の興味深い話に端を発する。

2月3月にマーストリヒト大学の映画分析の公開講座を聴講した。Studium Generale
といって、大学生および一般社会人が聴講できる日本の教養課程みたいな科目である。

オランダの大学では、普通最初から専門課程を学び始め、いわゆる教養課程というものはない。
大学(Universiteit)入学資格として、VWOという6年制の大学入学準備課程中高の卒業資格が
必要で、特にギムナジウム(ドイツのギムナジウムとは異なり、少数精鋭の秀才のみの学校)では、
ラテン語と古典ギリシア語およびそれに関わる文化教養科目(哲学、修辞学、古典文化など)は、
文系・理系の別なく必修であり、中学・高校時代に日本の大学の教養課程に近いものを履修している。
しかし、大学に入ってからも専門科目以外にも、こういう公開講座の形で幅広い教養科目を履修
する道は開かれており、学生に混じって一般社会人も聴講することが可能。例えば、現代建築に
関する公開講義では、各国の錚々たる建築家が講師で、現代建築に関わっている人から旬の話を
聞く事ができた。

説明が長くなったが、その映画分析の講師はベルギーの著名な映画評論家であった。
キューブリックの話になり、「彼はパーフェクショニストであり新機軸にチャレンジする人でもあった。
『バリー・リンドン』は彼らしさの集大成とも言えるが、そんな彼でも間違いを犯した。18世紀が舞台
になっていて、主人公がヨーロッパ各地を旅するのだが、ある地名の後にベルギーというキャプション
が出たのでがっくりした。18世紀にベルギーという国名は存在しないのに」と言っていたのが、頭に
残っていたので、上記英語版ウィキの記述には思わず喝采を贈った。


ダヴィッドに話を戻そう。
彼の描いた『レカミエ夫人の肖像』は大好きな絵である。そして『マラの死』。
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      Jacques-Louis David (1748 - 1825)
La Mort de Marat (1793) ブリュッセル王立美術館蔵

あれ、ダヴィッドの『マラ』は、ブリュッセルにあったんだっけ?なんだか、ルーブルで観たような
憶えがあるのだが。亡命先のブリュッセルで亡くなったから、彼の絵がそこの王立美術館に所蔵
されていても何も不思議はない。

そのあと、日本語版ウィキの図版を見ていて「あれっ」と思った。微妙に上の絵と異なる。

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      Gioacchino Giuseppe Serangeli (1768 - 1852)
La Mort de Marat (1793?) ルーブル美術館蔵

ダヴィッドの項にこの絵が載っているのだが、ルーブル所蔵とある。わたしが実物を見たのもこちら
だろう。
そして、その絵をクリック拡大して詳細を読むと、なぜか英語で多分弟子のセランジェリが模写したも
のだろうと注釈がある。なるほど。
しかし、フランス語版でもオランダ語版でも英語版でもブリュッセルのダヴィッドが描いた絵が載って
いるのに、日本語版ウィキにはルーブル所蔵の多分弟子による模写の方が出ているというのも面白い。
ルーブル大好きな日本人向けということなのだろうか。これも発見であった。
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by didoregina | 2013-04-15 16:11 | 美術 | Comments(2)

ファッション・ショー@MVVとデルフト風ネックレス

帽子の師匠ポーリンが、地元サッカー・チームMVVのスタジアムでのファッション・ショーで自作の
帽子コレクションを発表するのを手伝った。

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         サッカー選手もモデルとして出演。ポロ風スタイル。

ファッション・ショーの舞台裏は、雑誌などでは見ることがあっても、実際に入り込む機会はあまり
ないから、なかなか面白い体験ができた。
しかし、モデルさんたちもそうだが、本番までの待ち時間が長いのである。
午後2時と8時の2回のランのため、朝10時半から夜10時まで開場に詰めていた。

帽子を舞台裏の控え室に搬入して、6人のモデルさんたちと午前中に打ち合わせして、本番前と
最中に12個の帽子およびアクセサリーのフィッティングを行う以外は、ずっと待機である。

VIPルームとラウンジが会場で、中央のランウェイとそれを取り囲む椅子席があり、いくつかの
出店もある。ホランド・カジノの出店でブラック・ジャックの指南を受けたり、シャンペンやワインの
試飲をしたり。1つ星レストランのシャトー・ネアカンネがケータリング担当なので、仕出し弁当ならぬ
ちゃんとした食事や豪勢なつまみがふんだんに出てくるからつまんだり、眺めのよいVIPラウンジ
でごろごろしながら、ひたすら待つ。

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           エドウィン・オウズホールンのコレクションより。

ファッション・ショーには、マーストリヒトおよび近郊のブティックが15軒ほどが参加。1回約1時間。
11番目がポーリンの帽子なので、ショーが始まっても最初のうちは観客としてキャットウォークを見る
ことができる。自分たちの番が近づくと、舞台裏に入ってセッティングとフィッティング。本番はあっと
いう間である。

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           キュートなエドウィン・オウズホールンのドレス。

午後4時から短いショーがあって、エスカーダのイブニング・ドレスなど比較的高級ライン(レッド・
カーペットで見るような雰囲気のもの)やオランダのデザイナーEdwin Oudshoornが1月のアムス
テルダム・ファッション・ウィークで行ったショーとほぼ同じ内容のコレクションを見ることができた。
エドウィンのドレスは、ナチュラルで着易そうなデザインだが、クチュールらしい要素が入っている
気品溢れる作品で、他のブティックのプレタとは一線を画している。正に眼福で疲れが癒された。






さて、このような誕生日の長い一日が終わったので、自分へのプレゼントを奮発した。
元彫金教室仲間で、ポーリンの帽子教室にも来ているパトリシアは、陶芸の腕前もかなりである。
彼女が作ったアクセサリーを友達価格の破格の安値で譲ってもらった。

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        フエルトもビーズも陶磁器も全てのパーツが手作り。

彫金をやっていると、石を留める銀の台や、チェーンの一つ一つ、金属の留め具パーツなども
自分で作るから、ビーズなどの出来合いのパーツを繋げるだけのアクセサリー作りとは全く別の趣味の
世界である。
彫金ベースのアクセサリー作りは、基本的に全てのパーツも手作りなのである。だから、一つ作るのに
時間(とお金)がとてもかかる。
パトリシアは、その上陶芸もやっているので、アクセサリーのパーツも懲りようがすごい。
彼女の作った陶磁器のアクセサリー・パーツは、日本の鈴の形をしたものや、釉にプラチナを混ぜ
たりして、形も色もオリジナリティー溢れる美しさ。
写真のネックレスの陶磁器パーツには白地に淡いブルーが入っていて、紺のフエルトとビーズとの
対比が鮮やか。
デルフトやオランダっぽいイメージで、とても気に入った。
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by didoregina | 2013-04-12 11:25 | 彫金 | Comments(2)

クリスのフォルテピアノ・リサイタル

チェンバロ・リサイタルから約一ヶ月後、今度はクリスのフォルテピアノ演奏会に行った。
場所は、ベルギーのハッセルト・カルチャー・センターのコンサート・ホールである。
曲目は、オール・モーツアルト。
ホールのサイトとレコード会社サイトのクリスのスケジュールの発表とでは、その日の曲目は全く
異なっていたので、一体どちらが正しいのか当日までわからない。どきどき。
いずれにせよ、モーツアルトのピアノ・ソナタを中心にした構成だ。
マーストリヒトの聖ヤン教会でのリサイタルにも来ていた友人のTとHを誘った。

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Kristian Bezuidenhout 2013年4月7日@Concertzaal CCHA

Mozart
Sonate in Es grote terts, KV 282
Adagio
Menuetto
Allegro

Praludium (Fantasie) und Fuge C-Dur KV 383a

Sonate in F grote terts, KV 332
Allegro
Adagio
Allegro assai

pauze

12 Variations in Ed grote terts, KV 354 Je Suis Lindor Theme
Allegretto
Variation I t.e.m. Variation XII
Allegretto

Sonate in c kleine terts, KV 457
Molto allegro
Adagio
Allegro assai


楽器は、エドウィン・ブウンク氏所有の1800年ローゼンベルガーだ。(今回はプログラム・ブック
に明記してある!)
2年前に2回聴いたクリスのモーツアルト演奏も同じ楽器だった。(そのときは、どこにも書いて
なかったので本人に直接訊いて確かめた)
ハッセルトで聴いた1回目のときの印象は、特に前半はこちらの耳が楽器に慣れないせいか、
音に硬さというか冷たさがあるようで耳にしっくり来ない感じだったのだが、今回はどうだろうか。

最初のソナタから、クリスの演奏はロマンチシズム溢れ、きらびやかさのある音が紡ぎ出されて
ゴージャスである。
耳に違和感を感じたのはほんの数秒だけで、前回とは打って変わって柔らかく温かみのある音が
心地よく響いてくる。楽器もよく鳴っている。
前回同様やはり最前列に座ったのだが、今回は舞台に向かって右寄り、フォルテピアノの蓋の正面
の位置であるので、デリケートな楽器の響きが直接届く。ステージの奥行きを二分する真ん中辺りに
設置された大掛かりな木製パネルの反響板のおかげで、とても好ましい音響だ。
このパネルは、前回にはなかったのだろうか。(2年前に撮ったステージの写真で確かめると、
全く同じパネルが設置されている)
このホールのステージは、膝ほどの高さで異常に低い。だから、平土間かぶりつき席に座っても、
音が頭上を通りすぎる感じにはならない。(それは、前回も同様のはず)

なぜ、このようにしつこく2年前と比べるのかというと、ソナタのうち一曲は、前回と同じなのに、
印象がまるで違っているからだ。
同じ楽器、同じ奏者、同じホール、同じ曲なのに、2年の歳月を間に挟んで、演奏がここまで
進化したのか、それとも、楽器がよく弾きこまれているのか、とにかく驚くばかり。
先月はチェンバロの音色のパレットのヴァリエーションに驚いたのだが、今回はじっくりと心に沁みる
とか癒されるとかいうのとは別の次元の、心が天空に飛翔するかのような快感を覚えるのだった。
長調の曲目が主なせいだろうか、降り注ぐ清冽な空気を胸いっぱいに吸い込んむような気持ちよさ
を演奏を聴きながらずっと味わった。

しかし、これはもしかしたら、クリスの演奏が異常に進化したせいではないだろうか。
軽々と飄々と、しかし手堅い演奏なのだが、全身がリラックスしているような自然な動きで、ちまちま
したところが全くなく音楽の懐がとても広くなっている。
顔芸にも苦悩のポーズとかシリアスを装う必要がなくなったようだ。
モーツアルトと一体化したような天真爛漫さで、自然に気持ちのいい音を作り出している。

曲目が進むにつれて、テンポも速まりドラマ性も増し、まさに疾風怒濤の趣である。
同行のHは、こういう速いテンポのモーツアルトはありか、とびっくりしていたので、ブリュッヘンの
モーツアルトだって疾風怒涛なんだからこれは古楽演奏の王道だよ、とわたしは応えたのだが。

爽快かつダイナミックなクリスの演奏で、一陣の風のごとく心の塵を吹き飛ばしてくれ、身も
天の高みにまで舞い上がるかのような気分の午後だった。

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コンサート後、ロビーに飾られたアートをじっくり見て回り出口に向かうと、楽屋からクリスが出てくるの
にぶち当たった。(ここのホールの楽屋口は一般出入り口の手前にあるので、以前、楽屋のドアを
開けて出てきたダミアン・ギヨンとぶつかりそうになったことがある)
チャンスを逃さず、クリスに近づいて握手。そしておしゃべり。
なによりも、2年前、震災後2ヶ月も経ずに日本公演を行ってくれたことに感謝の意を表したかったの
である。
今日はこのままロンドンに帰るのかとか、耳に絆創膏を張ってるのが舞台でも見えたのでそのことを
訊ねたり、反響パネルは2年前もあったかしらとか、日本では(というかわたしのブログでは)古楽界の
貴公子と呼ばれていることなど、なんだか延々と井戸端会議っぽく親しく会話していたので、同行の
TとHからは「以前からの知り合いみたい」とびっくりされた。
そうではなくて、折り目正しくて育ちのよさを感じさせるクリスには話しかけやすいし、ファンの話に
誠心誠意応えるという態度をとるのである。彼のしゃべり方には、ほとんどやんごとない雰囲気さえ
漂う。
しかし、「古楽界の貴公子」にはとてもウケて、高々と笑っていたのは喜んでる証拠だと思う。
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by didoregina | 2013-04-09 22:08 | コンサート | Comments(6)

ホテルに変身を遂げた音楽院

このところ、アムステルダムには高級ホテルが増えている。4星ホテルでも、建物やインテリアの
老朽化が目に付き、水周りに改善の余地ありと思えることが多く、値段に見合ったホテルを探す
のが難しい町である。
新しい建物を建てる余裕も余地もない時代であるから、新しいホテルは大体、古くて味わいのある
館や学校の建物の外側だけ残して、内部を大々的に改装したデラックスなデザイン・ホテルもしくは
ブティック・ホテルに生まれ変わるというパターンが多い。

コンセルヴァトリウム・ホテルもその一つで、元スウェーリンク音楽院だった建物が、素敵な5つ星
ホテルに変身を遂げた。

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        市立美術館の筋向いで、コンセルトヘボウからも至近。

泊まるのは無理でも、お茶やランチなら試したい。コンヘボで公開リハを見学した後はここに寄ろうと
決めた。

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         入り口に立ってるドアマンも厳しくなくてフレンドリー。


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           急な階段を上がると玄関ホールのようになっていて、
           元音楽院らしいオブジェがお出迎え。


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         そこから下を見ると、ラウンジのスペースになっている。
         食事の前にここでお茶。(ブラッスリーは予約入れたほうがいい)
         

かなり大掛かりな修築・リフォームを担当したのは、ミラノの建築家でありインテリア・デザイナーでも
あるピエロ・リッソーニ。内装も家具も彼のデザインで隅々まで統一されている。


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            古い建物の中庭もしくは異なる建物の間に、ガラス屋根を
            つけて一つにまとめるという定石パターン。


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            ラウンジからブラッスリー方向を臨む。
            天井が高くて開放感抜群。


宿泊客ではないので、ラウンジやブラッスリーやレストランやショップなどのパブリック・スペース
だけ見たのだが、古い建物のリノヴェーション・リフォームとしてはかなり大規模なのに、細部にまで
美意識が貫かれているのに感嘆。ラウンジ地下およびブラッスリー地下にあるトイレ二箇所それぞれも
異なるデザインで素晴らしい。


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           ホテルを出たところにある駐輪場でみかけた自転車。
           フレームが全て木で出来ている。



ブラッスリーでは、昼食以外に朝食をとることもできるし、ラウンジでは、アフタヌーン・ティーならぬ
アフタヌーン・コーヒー(ハワイアン)も。また、ちゃんとしたレストランも別にある。
ミュージアム広場およびコンセルトヘボウから道路一本渡るだけという至近距離にある別天地。
疲れた脚をねぎらうため、ここで一服のお茶もしくはランチをお勧めする。
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by didoregina | 2013-04-08 08:55 | 旅行 | Comments(2)

復活祭の週末にモーゼルをハイキング

今年の復活祭(3月31日)は、昨年のクリスマスよりも寒くなるという天気予報だった。
果たして、復活祭が近づいてもまたまた雪が積もったり、当日にも雪が舞った。
家族で出かけた先は、ドイツのモーゼル川中流にあるブラウネベルクという村である。

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          モーゼル川対岸から眺めたブラウネベルクの村

モーゼル川に沿ってほとんど垂直に切り立ったかのように見える崖にブドウ畑が作られていて、
ブドウの木の合間から見え隠れするモーゼル川はくねくねと蛇行して峡谷の趣きがあり、
森や畑を縫っての山歩きハイキングは変化があって楽しい。家から200キロの距離だから、
昔は秋に2,3泊のハイキングをしたものだ。

名前も聞いたことないような小さな村々のいずれも、少しでも日が当たるような斜面にブドウを
栽培していて、両脇にひだのように迫る峡谷風景の美しさは3年前にクルーズしたドナウ川と肩を
並べる。個人的にはモーゼルの風景の方が好きだ。

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       部屋からのモーゼル川と対岸ユッファーの眺め。垂直に切り立つかのよう。

ハイキングロードにあった説明版によると斜面の傾斜は30~55度あるから、平均45度くらいだ。
正面や下から見ても迫力あるが、上から見下ろすとほとんどスキーピストみたいだ。普通に歩いて
登るのだって大変な斜面にたわわに実った重いブドウを摘む作業は、さぞかし骨折りだろう。

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復活祭前日の土曜日に、ブドウの木の剪定や、蔓を折り曲げて支柱や線に張ったり副わせたり
する作業をしている人たちが目に付いた。畑によって、ブドウの蔓の折り曲げ方は様々で、ハート
型にしたり、雁が飛んでる様な形だったり、ハートの半分の形だったり、よく見ると生産者ごとに
こだわりがあるようで楽しい。

近年は、思った以上に機械化が進んでいるようで、農作業用の車が通れるように斜面には九十九折
の道が舗装されているし、ほぼ等間隔に開いたブドウの畝の間に小型ユンボが入って、剪定した枝を
回収する作業しているのを目にした。
しかし、これは観てるだけでコワイ。45度以上の急斜面をキャタピラ付きのユンボが下るのだ。
スキーではない。滑落しないのかと不安になった。しかし、下ってから上に登る速度が異常に
速いので、あれあれ、と思っていると、太いケーブルでユンボごとギューンと巻き上げている。
ユンボを搭載してきたトラックから命綱で繋がっているのだった。

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       丘を下ってモーゼル川に流れ込む川で出来た別の谷に向かうのに
       近道をしてブドウ畑の中を歩いている途中で、鹿の群れに
       出会った。5頭が群れて走っている。そのあと、出遅れた鹿が1頭
       美しいジャンプを見せて草原を飛びぬけた。もう1頭別の所にいた
       鹿は、じっと動かないままだった。


ブラウネベルクの村は小さいがブドウ作りの農家が多く、試飲や即売もしている。そして、大概
部屋を貸している。そういうブドウ作り農家のペンションに泊まった。4人で一つのアパートメント
にするつもりだったが、暇で空き部屋が多いのか、2人ずつ2つのアパートメントになった。
つまり、キッチン、バス、リビング、寝室がそれぞれに付いている。自炊も出来るのだが、別に
ペンション客用の朝食ルームもある。2人一部屋(一つのアパートメント)朝食付き60ユーロ。
自家製リースリングの辛口ワインをアペリティフ用に頼んだら、一瓶3ユーロ50セントだった。
こういうペンションや貸間やアパートメントは、モーゼル川沿いの各村のいたるところにある。
ホテルよりもずっと多い。しかし、ホテル・サイトではほとんどヒットしない。ドイツのこういうペンション
は安くて清潔でホテルよりも部屋は広いし手作りっぽい朝食も品数が多くいいことずくめで、適当に
選んでも当たり外れはない。

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泊まった村からモーゼル川を少し下ったところに、ベルンカステル・クースという観光地がある。
土曜日のランチを取るために行って、観光客の多さにびっくりした。人ごみが苦手な我が家なので、
レストランやカフェが沢山あり便利だし愛らしい木組みの家々があるが、いかにも観光地然として
いるのに子供達はびびった。ハイキングなしでこういう所だけ訪れる行楽は詰まらない。

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             ベルンカステル・クース

モーゼルでのハイキングお勧めナンバーワンは、ベルンカステル・クースからトラーベン・トラーバッハ
まで(もしくはその逆コース)の半日ハイキングだ。ブドウ畑と森の山道、廃墟の城にモーゼル川が
眺められ、蛇行する川のおかげでこの2つの村同士は山道を通るとさほど離れていない。たっぷり
と歩いてからモーゼル・ワインを飲んで食事したら、船に乗って出発した村に戻る。観光地の村同士
だから、船の便がいいし、蛇行するモーゼル川中流はクルーズの白眉だ。しかも途中にダムがある
ため、高低差のある水門を通る楽しいルートだ。船の上で飲むモーゼル・ワインの味わいは格別。

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            丘に建つ廃墟の古城が旅情を誘う。

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           ハイキングの後は、船に乗って戻るのが一番。


モーゼル・ワインは甘いドイツ・ワインの代名詞だったが、嗜好変化して消費者が離れていき、この
25年くらいは値崩れをおこしているように思える。しかし、今回、辛口のリースリングを色々と飲んで
みて、その考えが浅はかだったことに気づいた。ワインの味が確実に大きく進化しているのである。
安い値段でもそこそこの味だが、ちょっと高めのワインだと、アルザス・ワインにひけをとらないような
深みとコクがあるのにびっくり。都合6つの異なる辛口リースリング(ブラウネベルクで3つ、
トラーベン・トラーバッハで2つ、コッヘムで1つ)を飲んでみて、その様々な味わいに驚嘆。いずれも
甲乙付けがたいのであった。

ブドウの実る夏の終わりか秋の収穫の頃に、またモーゼルを訪れたい。
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by didoregina | 2013-04-02 15:56 | ハイキング | Comments(17)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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