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ヘンデルの『デイダミア』@アムステルダム歌劇場

バロック・オペラ・ファンにとっては、今シーズンはアムステルダムでもブリュッセルでもなんとか
バロック・オペラが上演され、一安心であった。しかし、来シーズンのプログラムを見ると、
両歌劇場ともバロック・オペラはひとつもない。ついにそうなってしまったか、と一抹の寂しさを
覚える。

2012年3月25日 @ DNO
c0188818_6572621.pngDeidamia
Georg Friedrich Händel 1685 1759

muzikale leiding  Ivor Bolton
regie  David Alden
decor  Paul Steinberg
kostuums  Constance Hoffman
licht  Adam Silverman
choreograaf  Jonathan Lunn

Deidamia  Sally Matthews
Nerea  Veronica Cangemi
Achille  Olga Pasichnyk
Ulisse  Silvia Tro Santafé
Fenice  Andrew Foster-Williams
Licomede  Umberto Chiummo
Nestore  Jan-Willem Schaafsma

orkest  Concerto Köln

ヘンデルの最後のイタリア語オペラ『デイダミア』は、いかにもそれまでのヘンデルのスタイルを
踏襲してはいるが、一味違うところがある。
まず、準主役である女装の男性(ピラ=アキーレ)役をソプラノ歌手が歌う、というのが意表を突く。
少年から青年への移行期にある楽天的なアキーレという設定の喜劇であるためだ。
主役のデイダミアとその親友ネレアもソプラノで、また、元々はカストラートが歌ったはずのウリッセ
役は今回はメゾ・ソプラノが担当する。つまり、主要登場人物は全員女性歌手なのだ。

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      舞台装置も衣装もポップで軽いタッチ。右から3人目が女装のアキーレ。
      登場人物に若い女性(ギャル)が多く、全体の印象がキャピキャピ。


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     床はプレキシ・ガラス張り。底が水色なのと背景の青空の反射が
     相まって淡い海の色そのもの。潜水艦からギリシア軍が現れた。

アキーレ(アキレス)は、トロイで戦死するという予言から逃れるため、スキュロス島で女の子と
して育てられていた。成長したアキーレは島の王女デイダミアと恋仲になる。
そこへ、トロイへ向かうギリシア軍がやってくる。トロイに勝つためにはアキレスの力がどうしても
必要という神託により、ギリシア軍はアキーレをなんとか探し出そうとする。
智に長けたウリッセ(オディッセウス)は姦計を廻らし、女装したアキーレの尻尾をつかむ。
狩や武術が大好きで武具に目の無いアキーレは、ウリッセの策略に乗って正体を現し、無邪気な
男の子らしい戦意を高揚させる。
アキーレはトロイに出征するが、その先に待っているのは戦死の運命であることを誰もが知っている。
後に残されるのは憐れなデイダミア。


     ルセ指揮レ・タラン・リリック演奏でピオーの歌うデイダミア


コメディと悲劇がいっしょになったようなストーリーである。めでたしめでたしでは終わらない。
いうなれば、高貴の者が都から離れた鄙の地に身をやつしていて、現地の女と恋仲になるが、
最後には身分が明らかになり女は捨てられる、という能によくあるような貴種流離譚のパターンを
踏んでいる。ギリシア・ローマの場合、捨てられる女として有名なのはアリアドネ(アリアンナ)や
ディドである。

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        出征するアキーレと捨てられるデイダミア。          
        ファン・デル・ローエのバルセロナ・チェア(コピーだろう)に
        代表される地中海セレブ風インテリアがスタイリッシュで
        リッチな雰囲気を高めている。

アキーレ役のオルガ・パシチュニクは、少年の愛らしさと未来の偉丈夫らしい逞しさを兼ね備えた
ルックスで適役だ。声も歌い方もくせがなく、好きなタイプ。女装の少年役をソプラノに歌わせると
いうヘンデルのアイデアが生きるキャストといえる。
天真爛漫で子供子供したアキーレだから、メゾでなくソプラノというのがミソなのだ。小柄で丸顔、
ショートカットにパッチリお目目のキュートなパシチュニクは、男っぽいしぐさで少年らしさが上手く
表現でき、伸び伸びした高音も耳に心地よく響く。

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デイダミア役は、去年のDNO『ばらの騎士』でゾフィー役を歌ったサリー・マシューズだ。
この人は嫌味の無いノーブルな少女らしい歌唱も出来るが、少女から大人に脱皮したばかりという
微妙な年齢の心の揺らぎを表現し、最後には捨てられる女の憐れさとけなげさをはっとするほど
大人っぽい歌唱で聴かせる。そのバランス感覚が絶妙だった。

若い女性の登場人物は皆、かなり高度な振付のダンスを踊りながら歌う。

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      飛び込み台みたいな高いところで踊りながら歌ったりするので、
      見ているほうがハラハラしてしまう。
      左は、ウリッセ役のシルヴィア・トロ・サンタフェ。

問題は、メゾ・ソプラノが歌うウリッセ役だ。少なくともわたしにとっては。
というのは、休憩中の噂話やカーテン・コールから察するに、トロ・サンタフェは、アムステルダムの
観客受けがなかなかよろしいようだった。
しかし、わたしには、あの押し出すような中・低音部が生理的にどうも苦手だ。なんだか不自然に
男っぽくしようと懸命になっているように聴こえるのである。
そして、一番違和感を感じたのは彼女のルックスと小柄な体型だ。狡猾な智将であるウリッセの
イメージには全然合わない。悪いけど、この人はミス・キャストと言わざるを得ない。
すらっとした大人っぽいアルトやメゾは他にも沢山いるのに、なんでこの人が、と思ってしまう。
または、なぜ、カウンターテナーを起用しなかったのか。これが、一番の謎だ。
ソプラノの少年アキーレとCTの大人ウリッセという対比で、喜劇的ドラマにぴしりと締りが出せた
はずなのに。ベジュン・メータやクリストフ・デュモーなんてこの役にピッタリだったろうに。


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          海辺のネレア(パラソルさしてる)とデイダミア

ネレア役のヴェロニカ・カンヘミは期待に背かず、ノーブルそのものの歌唱も風情も自然で、さらりと
した発声なので熱唱しても暑苦しさを感じさせない。この人とサリー・マシューズの二人のおかげで
全体がとても上品にまとまったと思う。
悲劇的結末の最後に、呆然と崩れるネレアという演出が、唐突なエンディングをなんとかまとめた。

オールデンの演出は、ほとんどマクヴィカーの『ジュリオ・チェーザレ』に迫るくらい踊りの要素が多く、
アクロバティックな所作も入って、ポップでしかも猥雑な振りもあり楽しい。ヘンデル最後のオペラの
内容にふさわしく、かなりハチャメチャなコメディア・デッラルテの要素を取り入れているのであった。
でも、あくまでも気品を保っていて、やりすぎないのがよかった。

しかしなんといっても、全体をびしっと〆ていたのは、コンチェルト・ケルンによるオーケストラ演奏だ。
大体私が座るバルコンの隅でオケを横から見るような位置だと、オケの音が響きすぎるきらいがある。
シュトラウスなどの威勢のいい音楽の場合、オケが鳴り過ぎて、歌手の声がよく届いてこない。
今回は、古楽オケだから編成は小さめなので、音量は丁度いい。
聴こえてくる音は、バロックには珍しいほどの重々しさが感じられる。弦の響きがじんじんと底の
方から伝わるようで、全体の音色に何ともいえない深みがある。
チェンバロは2台で、指揮のアイヴァー・ボルトンは、レチタティーボに入るときはほとんど自らチェン
バロを弾きリードしていた。それ以外の時は、上半身全体を流麗に動かした滑らかなダンスのような
指揮振りで、その自然な動きの美しさに思わず見とれてしまうほどだった。オケは指揮者の動きに
応えて、ちまちましたところの全くない、スケールの大きな音を出していた。気宇壮大という言葉が
似つかわしい演奏であった。成熟してどっしり構えた音作りというべきか。

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歌劇場のCD売り場のお姉さんによると、このプロダクションはDVD化が決まっているという。
だから、多分、年末あたりにTV放映もされるだろう。
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by didoregina | 2012-03-31 00:03 | オペラ実演 | Comments(11)

プレガルディエン指揮の『ヨハネ受難曲』@アントワープ

受難曲のシーズンである。オランダ中いたるところで受難曲のコンサートがある。それなのに、
わざわざアントワープまで、『ヨハネ受難曲』を聴きに行ったのは以下の理由による。

1、アンドレアス・ショルが参加する。生の歌声を聴くチャンス。
2、テノール歌手のプレガルディエンが初めて指揮する。
3、次回のコンサートのための、ホール下見。

コンサート・ホールのデ・シンヘルには一度行ったことがある。しかし、自分で車を運転して行く
のは初めてだ。誰か助手席に座ってくれたら心強い。同行者を募ると、バロック合唱曲好きの
Nが喜んで参加表明してくれた。彼女とは、大体1年に1度位の割りでいっしょにコンサートに
行っている。

平日夜8時開演のコンサートだから、遅くとも6時にはマーストリヒトを発ちたい。家からコンサート
ホールまでは110Kmだから順調に行けば1時間ちょっとの距離であるが、着くまでに何が起こる
かわからないから、余裕をみておく。どうせだから、向こうで夕食をとることにして4時に出発した。
これは、正解であった。

デ・シンヘルから、「8時きっかり開演で、公演時間は2時間10分の予定。休憩なし」とのメール
が届いた。途中入場不可、と注意を喚起しているのである。

マーストリヒト市街を抜けて国境近くまで来たら、道路工事中で先に進めない。かなり逆戻りに
なる迂回路で別の国境を通ると、今度は高速に乗るまでの距離が長くなった。
そして、アントワープに近づくと、案の定渋滞の時間帯である。ホールに着いたのは6時だった。

ホール付属のグラン・カフェは混んでいた。天井が高く四方がガラス張りのせいか、賑わいが
うそのように音がこもらない設計になっている。

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         まずは、ビールで乾杯。アントワープの地ビールのデ・コーニンク。
         通はボルケと言って注文する。グラスに描かれた手はアントワープの
         シンボルだ。
         グリーン・アスパラとキノコをトリの胸肉で巻いたルーラーデ。
         ナスとマッシュルームのソテーの上にマッシュ・ポテト。トリュフ
         ソースが効いている。根菜数種の薄切り揚げ。メイン一皿が
         16ユーロは、マーストリヒトではまずありえないほど安い。


注文や給仕はてきぱきしているのに、お勘定となるとやたらと時間がかかるのが毎度ながら
不思議である。お金を受け取るのがそんなにいやなのか、それとも単純計算が出来ないのが
恥ずかしいから避けるのか、と勘ぐってしまう。しかも、勘定書きにはビール3杯となっている。
クレームを言うと、給仕は逃げ腰になってしまい、埒が明かない。マネジャーは見てみぬふり。
オランダ人だったら、いかにもベルギー!とあきれるところであるが、どこの国でもよくあることで
ある。
女性2人で2杯しか飲んでいない!と言い張ると、疑い深そうな目で「本当ですか?」などと
言い放ち、新しい勘定書きを作るのに時間がかかる。今度は計算が間違っていて安くなりすぎて
いるが、もう時間が無いから、これでいい、とチップは渡さずに出てきた。こういう接客態度だと、
チップも取りはぐれるのである、と反省・学習できただろうか。

Johannes Passion @ De Singel Antwerpen 2012年3月22日

Le Concert Lorrain   オーケストラ
Nederlands Kamerkoor 合唱
Christoph Pregardien 指揮
Ruth Ziesak ソプラノ
Andreas Scholl カウンターテナー
James Gilchrist テノール(福音史家)
Eric Stoklossa テノール
Yorck Felix Speer  バリトン(キリスト)
Dietrich Henschel バリトン(ピラト)


デ・シンヘルの大ホールに入るのは初めてで、どの座席がいいのかわからないまま、チケットが
売り切れになる直前に買ったので、座席選択の余地は前の方の隅か後ろ~の方しかなかった。
ショル兄を真近で見て聴きたいから、3列目を選んだ。初利用客ディスカウント券というのを使うと
5ユーロ割引で、手数料・送料込みで29ユーロになった。オランダではありえない値段である。

舞台がやたらと横に広い。客席も同様である。変則の小さなバルコン席が下手側にちょっとだけ
張り出しているが、基本的に平土間から緩やかな階段状に座席が設置された、前世紀中ごろなら
モダンだったかもしれないようなホールである。ベルギーのホールはどこもこんな感じで、音響云々
以前のところが多い。

古楽オケなので小編成で、3列目下手側だと4人の第一ヴァイオリン奏者達の背中を見るような
位置になる。
合唱団はオケ後方に2列で女声高音から並んだ配置だ。
指揮者プレガルディエンの前、オルガンを挟んで左右に福音史家とピラト役のバリトンが座っている。
その他のソロ歌手は、上手側の椅子に腰掛けている。だから、ショル兄が目の前に来るのは、
舞台を横切って登場・退場するときだけだった。

この古楽オーケストラは名前も音楽も聞くのは初めてだ。その名の通り、フランスとドイツ混成の
ようである。
かなり緊張していたようで、出だしのオーボエが冴えない音色だったのが非常に残念。
それ以外は、特に可もなし不可もなしと言う感じで、あまり印象に残るところのない演奏だった。

それに対して合唱はオランダ室内合唱団で、余裕綽々で隙がなく上手い。とにかく安心して
聴いていられるし、聴き終えるとやっぱりうまいな~と感心してしまうのだった。ベルギーには
コレギウム・ヴォカーレ・ヘントという私的にトップだと思えるめちゃウマ合唱団が存在し、ヨハネ
CDも彼らのを繰り返し聞いていて耳に馴染んでいる。しかし、オランダ室内合唱団も、かなり
互角に張り合っているのである。両方のヨハネを生で聞き比べてみたい、と思った。

プレガルディエンがなぜ受難曲を指揮してみたいと思うようになったか、というインタビューがあった。
「テノール歌手として『ヨハネ』の福音史家役は25歳の時から100回以上歌っています。
元々、ロマン派音楽をレパートリーとしている私がこういう宗教曲を歌うときには、自分自身の中で
解釈上様々な問題が起こり、それを毎回楽しんでいたという部分があります。(中略)洞察が深く
なるとともに、『ヨハネ』を他の人が自分が理想とするのと異なる方法で歌うのを聴くと違和感を
覚えるようにすらなりました」
つまり、理想の『ヨハネ』を追求するあまり、自分で理想のオケや合唱団、キャストで演奏したいと
思うように至ったというわけだ。

ソリスト選びに関しても、理想の歌手のリストを作成して、各パートごとに2,3人の名前を挙げて
いた、という。それで、リストの上から片っ端にプレガルディエン自身が電話をかけていった。
すると、全員が即迷うことなくプロジェクト参加の意思を表明したと言うのだ。
つまり、ソロ・パートに関しては、プレガルディエン理想の歌手が集結したわけだ。

さすがに、指揮者自身が選んだソリストだから、ある意味でまとまりがあった。
まず、1人を除いて、全員がドイツ人である。その1人が、福音史家役であるのが、意外というか
ご愛嬌と言うべきか。
その福音史家役のイギリス人テノールのジェイムズ・ギルクライストは、堂々たる貫禄の声で
ニュートラルなナレーターではなく率先して劇を作り上げて行った。最後には感極まって絞り出す
ような声で、まるで義太夫節を歌うような感じであった。または、無声映画の弁士のよう。

ソロ歌手では、もちろん、ショル兄に注目である。
なにしろ、今回は、目の前でマイクなしの生の声を聴くことが出来るのだ。
『ヨハネ』のアルト・パートは、軽やかなアリア2曲で、あくまでもさわやかさが強調されている。
無理せずに気持ちよく歌える曲だから、その歌手の地というか素の部分が否応無く現れそうである。
ショル兄の生の声は、あの立派な体格から比するとちょっと頼りない感じがしたのものの、バッハには
合っていた。ソロ・パートが少ないのは残念だが、それ以外でもコラールではいっしょに歌っていた。
まあ、とにかく、生の歌声を聴きたいという念願は叶った。予想通りの、ちょっとオペラ舞台ではもの
足りないだろうな、と思える声量であった。でも、軽やかに歌い上げるショル兄の声を聴けて満足した。

予想外によかったのは、ディートリッヒ・ヘンシェルだ。
11月に彼がモネ劇場で『オイディプス』のタイトル・ロールを歌うのを聴いている。青年から成年
を経て老年までのオイディプスの生涯を描いたオペラで、複雑な役割の歌い分け・演じ分けが上手
かった。
ちょっと斜に構えたニヒルな悪役が似合う面構えの、苦虫を噛み潰したような顔でピラトの複雑な
心境を、しかし淡々と歌う。それが、まあ、なんともピッタリなのだ。思わぬひろいものだった。

プレガルディエンの指揮ぶりは、熱血熱演という感じでいかにも理想を追求している風であった。
思い通りの『ヨハネ』演奏が実現できて満足だったろう。
来シーズン、彼はエイントホーフェンで『冬の旅』のマチネ・リサイタルをプレスラーの伴奏で行う。
聴きに行こうと思っている。


帰りに車に乗ろうとすると、「まあ、オランダからわざわざ聴きにいらしたの?すごいわ、熱心な
音楽愛好家でいらっしゃるのね~」とベルギーのおばちゃんから感心された。
この面子によるコンサートは、オランダではアムステルダムのコンセルトヘボウのみの公演である。
そちらに行くには片道3時間かかるから、ベルギーの方がずっと近いのだが、それは黙っていた。
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by didoregina | 2012-03-29 16:26 | コンサート | Comments(14)

Terraferma  イタリア本土を目指すボートピープル

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Terraferma

監督 Emanuele Crialese

フィリッポ Filippo Pucillo
ジュリエッタ(母) Donatella Finochiaro
エルネスト(祖父) Mimmo Cuticchio
サラ(難民) Timnit T
ニーノ(叔父) Beppe Fiorello

2011年 イタリア







アフリカからヨーロッパに流れ着いたボートピープルを扱った題材だけは同じだが、この前
観たLe Havre『ル・アーブルの靴みがき』とは、全く異なった観点から作られた映画である。
こちらは、シチリア島のさらに小島が舞台で、難民の目的地はイタリア本土である。

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映像では、さまざまな角度から見た海のシーンが多い。
特に、海中から見上げた船というアングルで撮った最初のシーンが印象的だ。逆光の黒い
シルエットだけの船は不気味で、まるでジョーズのように不安を掻き立てる。
そして、ゴミで汚れた海底。網にかかるのは魚よりもゴミの方が多いくらいだ。
海岸だって、観光局推薦のムード溢れる風景というわけではないから、叙情性を売りにした映画
ではないことが強調されている。

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            気骨ある海の男のおじいちゃん

イタリアの南、シチリア島のそのまた小島の現実は厳しい。
その島に生きる人びとは、代々漁業を生業にしてきたのだが、魚が枯渇した現在、漁業に活路は
見出せない。夏だけの観光に賭けるしかない。
そんな小島に、アフリカから続々と漂流のボートピープルが到着するのだった。

小さな漁船に乗り切れないほどの難民が漂流しているのを見つけたらどうするか。
海の掟に従えば、溺れる者は助けるのが鉄則だ。
しかし、現代の法は、難民を上陸させることを許さない。
また、助けた船の方が転覆してしまうかもしれないし、乗っ取られてしまうかもしれないという恐怖。
それは、小島に生きる人びとにとっても切羽詰ったジレンマだ。難民で溢れた島に観光客は寄り付
かなくなるだろう。

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            若く世間知らずの漁師フィリッポ

法と原則と理想と人間性の狭間に立たされた、人間たちの物語だ。
そして、これは物語の形式をとっているが、現実の話でもある。
難民を助けてかくまう島民の生活は苦しいし、助けられた難民の辿った軌跡は悲惨そのものだ。
父を海で亡くして、おじいちゃんと母と3人で島に暮らし、漁業に生きる、という主人公の設定は
いかにもステレオタイプであるが、母性や人情が絡んで古きよきイタリア映画の香りすらする。


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      アフリカ東海岸から砂漠を越え海を渡り、2年がかりでここまで来た難民の親子。
      その間に妊娠し、島で出産した。目指すのは夫の働くトリノだが、前途多難。


フィリッポが夜の海に出した船に、押し寄せた難民達が這い上がろうとするシーンがある。
小船は転覆寸前。恐怖心に駆られて、助ける代わりに、船べりに押し寄せた人々を無意識のうちに
オールで叩いて追い払ってしまう。そのシーンだけ見ると人間性が感じられず残虐でショッキング
ではあるが、映画全体のコンテキストからは理解できる行動だ。しかし、本土から来た観光客達
には、フィリッポの態度はあまりに非人間的で許せない。
もしも、わたしが実際のセイリング中にそんなボートピープルの群れに遭遇したら、と考えると
これは人事ではない気がする。気が動転してどういう行動をとるかわからない。
(また、イルカを撲殺している残虐シーンが取り上げられることの多い日本の漁民達の心情には、
このフィリッポに通じるものがあるかもしれない。そのジレンマを世界に理解してもらうためにも
日本の漁民の立場や視点を明確にした映画を作る人がいてもいいのに、と思った。)

人情と正義や資本主義や社会の無慈悲さや不正なども描かれた社会派映画だし、シチリアの海が
舞台なので、思い出すのは、ヴィスコンティのLa Terra Trema『揺れる大地』(1948年)だ。
タイトルが似てるだけでなく、フィリッポの顔立ちや巻き毛が『揺れる大地』の主人公青年そっくり
だから、なおさら。
Terrafermaはネオ・ネオ・リアリズム映画と言えるかもしれない。

↓は、ルッキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』最終シーン。


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by didoregina | 2012-03-19 08:32 | 映画 | Comments(6)

陽気に誘われ、マーストリヒト名所巡り

木曜金曜は、気温がぐんと上がり青空も広がった。春さん、ちょっと気が早いのでは、と
心配になるほどだったが、陽気に誘われて散歩に出た。
カメラ片手に、公園や城壁その近くの教会など、マーストリヒトの名所巡りと相成った。


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      17世紀、スペイン側に通じて城門の鍵を渡したという罪で打ち首に
      なったフランシスコ会修道院のフィンク神父の名が付いた見張り塔
      「フィンク神父の塔」(右手)と後方に元フランシスコ会修道院教会。
      その手前左手は、フェリー姉妹会修道院。


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      フィンク神父ほか5名の首がさらされた城壁の「五人の首」。
      城壁の端に座ったり公園の池の周りには日光浴の人たち。


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      城壁の上に登ってみたら、下から見えた子達が座っていた。
      大砲は、170年前のベルギー独立戦争で使われたもの。


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      城壁の内側は旧市街で、木々の向こうに教会が林立している。


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            聖母マリア教会裏の角に建つ1786年の市警備棟。
            今はイタリアン・アイスクリーム屋になっている。
            天候に恵まれて商売繁盛で、客は長蛇の列。


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            マース川にかかる橋を渡った反対側の本店なら
            観光客が少ないだろうと思ったが、こちらも満員。


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         同じ通りにある家の屋根に登って、ビール片手に日光浴してる若い子達。
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by didoregina | 2012-03-17 21:55 | 教会建築 | Comments(2)

サラ様の『アリオダンテ』は、盛り上がり度最高

『アリオダンテ』はサラ様で持つ。これは、わたしの独りよがりの感想ではない。
ミュージックヘボウ・エントホーフェンのサイトおよびパンフレットには、Sarah Connollyの文字が
一番上に踊っていた。他の出演者や指揮者・オケ、ヘンデルそして演目の名前よりもずっと大きな
太字で書かれていることからも明らかだ。

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    ホールに沢山ある入り口ドアの投射表示。右上には休憩の残り時間が。
    ドア3の下に書かれているのは、演目『アリオダンテ』ではなくサラ・コノリー!

パンフレットに表記された出演者などの文字フォントは、ほぼ以下のとおりである。

Sarah Connolly mezzosoporaan
Il complesso Barocco
Alan Curtis dirigent

Karina Gauvin sopraan (Genevra)
Sabina Puertolas sopraan (Dalinda)
Marie-Nicole Lemieux alt (Polinesso)
Nicholas Phan tenor (Lurcanio)
Matthew Brook basbariton (Re di Scozia)

Georg Friedrich Handel (1685 - 1759)
Ariodante (1735) opera seria in dire bedrijven

2012年3月12日@Muziekgebouw Eindhoven

通常よりも45分も早い19時30分の開演時間に間に合うよう十分余裕を見て出発したので、
ホールにはその30分以上前に到着した。
CD売り場を覗くと、予想通り「公演終了後、出演者のサイン会があります」との表示が。
しかし、あわてていたため、家からCDを持ってくるのを忘れた!
しかたがない、「今晩に限り3ユーロ引きですよ。2枚組みなら6ユーロお得」との誘いに乗って
『ヘンデル・デュエット』CDを買った。サラ様とローズマリー・ジョシュアのデュエット集だ。

会場に入り平土間5列目中央右よりの席に着いて辺りを見回すと、案の定、平土間にはかなり
空席が目立つ。8列目以降は傾斜のある階段になっていて、そこからは結構埋まっている。
公演前に支配人が舞台に出てきた。「皆様、まただれか病気になったとかの悪い知らせか、と
身構える必要はありません。当初2回の予定だった休憩が1回になりましたので、それをお伝え
したいだけです」
プログラム・ブックを見ると、三幕のオペラなのに、二幕目の中間に休憩を入れている。

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          サイン会での、プエルトラス(左)とサラ様。
          サラ様の衣装は、紺の立ち襟で長めのジャケットに
          紺のスリム・フィットのパンツ、その下に紺のブーツ。
          襟から胸と袖口にフリルのあるブラウスで、今回は
          フェルゼン伯風(?)

古楽オケのイル・コンプレッソ・バロッコの演奏を聴くのは初めてだ。
アラン・カーティスの指揮は、二年前にオランダ・バッハ協会によるコンティの『ダビデ』で
体験済み。その時は、当初予想していたほどノリが悪いとは感じなかったが、今回は、まるで
人間メトロノームみたいな動作でテンポを四角四面になぞるだけで、メリハリがほとんどない。
そういう指揮に合わせたオケの演奏にも、覇気とか生気とかやる気というものが全く感じられない。
ここまで気力に乏しい古楽オケもなかなか珍しいのではないか。
これには、休憩中にテーブルを同席したご夫婦連れ(全然知らない人たち)も同意見だった。
最大限に好意的に見れば、歌手の邪魔をしない黒子のような伴奏に徹している、という程度の
バック・グラウンド・ミュージックのような具合である。

それに対して、歌手は皆、活力がみなぎった歌唱でぐいぐいと迫ってくる。
ジネブラ役のゴーヴァンも、ポリネッソ役のルミューも古楽系の歌手にしては、かなりの重量級だ。
若さも相まって、最初からパワー全開で押していくのだった。

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          笑顔が素敵なルミュー。ステージでは白のジャケットだった。

特に、ルミューは貫禄と余裕の歌唱で、声量豊富かつ安定した上手さで光っていた。
暗譜で歌えることと悪役であることを強調するためか、いつも歌う前に譜面台をぐっと押さえつけて
下ろす。そういう自信満々の動作にも好感が持てるのだった。明るくて姐御肌で人に好かれる得な
タイプだ。

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          笑顔の素敵さでは、サラ様も負けてはいない。
          横分けのボブを後ろにきれいにブローしたヘアスタイル。
          ステージでは、口紅もほとんど色が無いものを使用。

サラ様だけ、最初のアリアは、ちょっと声量抑え気味であった。そして、高音になるとまたぐっと
弱音になるのは彼女の癖(?)であることをこちらは了解しているのだが、隣や前の席に座った
夫婦連れなどは高音があやふやになったりすると、大げさにお互い顔を見合わせていたりした。
ピアニストのミスタッチとか歌手の音程の乱れなどにいちいちそういう風に反応する人が多いのが
このホールの聴衆の特徴である。「あ~あ」という声にならない微妙な振動が感じられる。

主役だから長丁場になる。後半のクライマックスに備えて喉の調子を抑えて最初はセーブしていた
サラ様も、曲が進むにつれ次第に封印を解くように自由闊達になり、表情にもこわばりが消えて
いった。
休憩前の最後の曲は、サラ様十八番の『不実な女よ』である。これに照準を定めたかのような
迫真の歌唱であった。もちろん狙いは決まって大成功だった。
他のアリアやレチタティーボでは譜面を見ながらだったが、この曲ではもちろん、役柄になりきって
歌う。時に鬼面のような表情で自分を裏切った恋人への呪詛のアリアを切々と歌い上げる。その
張り詰めた心情がこちらに迫って、涙がこぼれそうになる。会場は彼女の世界に包みこまれた。

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         サラ様とのツーショット。右手にゴーヴァン。

このアリアの前に、ジネブラに扮装したダリンダがポリネッソといちゃつくシーンがある。
ダリンダ役の歌手は細身で、ジネブラ役のゴーヴァンの豊満を通り越したような体型とは対照的で
ある。二人とも黒のロングドレス姿で、ゴーヴァンはオペラピンクと黒の張りのあるシルクの肩掛け
みたいなものを巻いている。(上掲写真参照のこと)
その肩掛けをダリンダ役が纏うことで、ジネブラに化けたことにしているのだが、いくらなんだって
あの二人を見間違えるなんてありえない、と突っ込みをいれたくなるのだった。

ダリンダ役のソプラノ、プエルトラスの声は、わたしには苦手なタイプだ。キンキンとしてまろやかさに
欠け、歌唱も張り上げるだけの一本調子である。ルックスは可愛いのに声には特別な魅力が乏しい。
ルルカニオ役のテノール、ニコラス・ファンの声も好みではない。特に中音部の声の出し方がわたし
の耳には不快に響くので、多分東南アジア系らしい顔と体型とから、例のダニエルちゃんを思い出す。
この二人の姉弟役なんて、もしも実現したら、絶対に聴きに行きたいとは思わないだろう。

感心したのは、ゴーヴァンのサラ様を立てるかのような態度だ。
彼女は声量が豊富で、生真面目かつ優等生風清純な声が優勢の古楽系ソプラノの中では、ビロード
の肌触りのような質感が際立つ歌手である。ビジュアル的にもその成熟した声質からもお姫様という
イメージではないが、とにかく上手いし、堂々と聴かせるタイプだ。
それが、サラ様とのデュエットになると、声量をぐっと落として楚々とした風情でアンサンブルに勤しむ
のである。
予想したよりもずっと骨太な声なので、サラ様よりはディドナートの声との相性の方がよさそうだが、
サラ様がアリオダンテの代役に立つステージでは、自我を多少抑えてでも完璧なアンサンブルを
作り上げようとしているようだった。

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          ルミューに「アリガト」と言われた。

後半に入ると、オケの演奏は、休憩中のわたし達のぼやきが耳に入って俄然やる気を出したか、と
思えるほど、躍動感に満ちて、生き生きしたものになった。
つまらなそうに演奏していた人たちも、乗ってきたコンマスに刺激されてギア・チェンジをしたようで
エンジンがフル稼働の様相を呈した。
それなのに指揮は相変わらずの調子なので、歌手はもちろん指揮者を見てないし、奏者もコンマスに
合わせているように思えた。

歌手は、前半にも増しての熱演・熱唱である。めったにないほど盛り上がったステージであった。
後半のハイライトはサラ様のもう一つの十八番『ドポ・ノッテ』だ。
あくまでもさわやかに歌い上げながらフィナーレにふさわしい華やかさも加えたダ・カーポを聴かせる。
コロラチューラも軽やかに決まって一気呵成。

やんやの拍手とスタンディング・オヴェーションで、大団円の最後の合唱をアンコールに歌ってくれた。
歌に合わせて右手に立ったルミューがスイングを始め、プエルトラス、ファンも踊りだした。


ロッテルダムでのアンコールは、エイントホーフェンでも同様。


終了後のサイン会は盛況で、客は口々に、ディドナートが降板したことがデメリットにはなっていない
素晴らしいコンサートだった、サラ・コノリーが予想以上によかったと言い合い、興奮気味であった。

そのサイン会にわたしは一番乗りで、歌手が来る前から待機していた。
会議用のテーブルがLの字に並べてあり、その外側に椅子がある。どういう具合になるのかと思った
ら、歌手は、来た順番に右端から座っていった。すなわち、ファン、ブルック、ゴーヴァン、サラ様、
プエルトラス、ルミュー、指揮者のカーティスである。
ブルックは、「お待たせして申し訳ありません」と言ってから着席した。
わたしは全員のサインが欲しいわけではないし、『アリオダンテ』のCDは持ってないし、当日
買った『ヘンデル・デュエット集』に、サラ様以外の人のサインを頼むのは変だ。だから、サラ様を
目指して他の歌手はスルーした。

CDのケースを開けると、CD本体もブックレットも黒地で、サラ様のサインペンも黒である。
「あら~、でも大丈夫、わかってるから」と言いつつ、サラ様はブックレットをケースから取り出し
ページをめくる。見返しページは白地なので、ヘンデルの肖像画の脇にサインしてくれた。
R「このデュエット・コンサートは、幻に終わったんですよね、去年」
S「え?」
R「アムステルダムでのコンサートのことです。ローズマリー・ジョシュアがキャンセルしたので」
S「ああ、そうだったわね。彼女は同時期にオペラに出演してたのよね」
R「残念でした。でも、今年は、こうしてお会いすることが出来ました。奇遇です」
S「たまたまスケジュールが空いてたので、ツアーに参加できたのよ」
R「うれしいことです。素晴らしいコンサートをありがとうございました」

どうも、マレーナ様とは勝手が違って、フツーの女同士の会話みたいな具合にはいかなかった。

ルミューやゴーヴァンのCDは持ってこなかったので、サインはなし。しかし、ルミューはみかけ
通り気さくな人で、ツーショットのために立ち上がって「アリガト」と日本語で言ってくれたのだった。

家に着いたのは12時を過ぎていたが、最後までテンションの高い盛り上がり度最高の一夜だった。
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by didoregina | 2012-03-14 12:53 | コンサート | Comments(11)

リンブルフ古文書館は、元フランシスコ会修道院とその教会

別の用途に利用されている元教会の建物という記事が、シリーズ化しつつある。
それほど、マーストリヒトには、フランス革命で没収・解散させられた修道院の元教会が多く
残っているのである。
マーストリヒトのフランシスコ会修道院もまた、歴史の波に翻弄され数奇な運命を辿った。
この修道院の敷地は市内2箇所にあり、第一と第二の教会が残っているのも不思議だ。
今回は、第一の方を見ていきたい。
現在の国立リンブルフ地方古文書館(HCL)である。

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            後期ゴシックの教会正面ファサード。
            堅く閉ざされた扉の向こう側、教会内部は閲覧室。

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            教会右手の修道院側が古文書館の入り口。

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        中庭から眺めた修道院の回廊(左)と教会(右)およびガラス張りの
        90年代に作られた新しい回廊。


フランシスコ会修道院がマーストリヒトに設立されたのは1234年のことだ。覚えやすい年号である。
(世界史が大好きで世界史クラブにも所属していたことがある高校時代には、4桁までの数字、
すなわち年号を覚えるのは全く難しいと思わなかった。好きこそものの上手なれ、の一種か)

1300年ごろに教会の礎石が置かれ建設が始まったが、内陣完成を見たのは15世紀になってから。
しかし、1485年頃には既に荒廃して廃墟の様相を呈していたという。(宗教改革以前のことで
ある。理由を知りたい。HCLのサイトの記述がそうなっていたのだが、要出典だ)

そして、1579年、アルバ公指揮下のスペイン軍にマーストリヒトは攻略され、修道院の再建が
始まった。(スペインはカトリックに対する庇護は厚かった)

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       修道院の西棟は、マースランド・ルネッサンス様式。
 
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       中庭を取り囲む修道院の建物のうち南棟は荒廃が激しく、
       1990年代に新しく建て直された。

だが、1632年、フレデリック・ヘンドリック総督率いるオランダ軍(プロテスタント)が市を奪回した
ことによって、修道院の命運も尽きるのであった。
あろうことか、1638年に、フランシスコ会のフィンク神父他5人が、スペインに通じてオランダ軍を
転覆させようとした(もしくは市の城門の鍵を渡した)という罪で処刑された。(実は冤罪だった
らしい)
断頭された5人の首が城壁の上にさらされた。さらし首になった場所は現在でも「5人の首」という
名前で残っている。
翌年、フランシスコ会の修道士は全員、マーストリヒトから追放された。

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            第一の中庭の向こうに見えるゴシックの教会部分。

無住となった修道院の建物は、1640~1680年までプロテスタント教会が経営する孤児院、
1685~1798年まで軍病院、その後1917年までは兵舎として使用されることになる。
1917年に、別の場所に大きな兵舎が建てられたことにより、修道院は、また別の用途に使用され
るようになった。炭酸工場、芸術家のアトリエ、目の不自由な人や結核患者のための社会福祉の
仕事場などだ。

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        中庭を巡る建物はそれぞれ建築年代が異なる。古い部分が残っている
        建物も大掛かりに修復されたり、新たに建てられたりした部分も、うまく
        調和している。
        アーチの向こうに見える第二の中庭の地下は、古文書庫。地下3階建て
        地下10メートルの書庫の本棚の全長は25,3Km。そのうち、23Kmが
        すでに本で埋まっている。自動昇降装置付き、温度・湿度が調節された
        適切な環境下で古文書が保管されている。

修道院付属の教会は、1867年までは武器庫、その後1876年までは兵士のための体育館および
宿舎として使用された。
しかし、天井と屋根が劣化していたため、そういう目的に使用するのは不適格とされ、1880年に
バロックの丸屋根は撤去され、元のゴシックの天井と屋根に修復された。
1881年から、教会の一部は古文書館として再利用されるようになった。

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         教会内部は、現在、古文書の閲覧室。

1939年に修道院の建物および教会を国立古文書館に利用すべく修築が始まり1941年完成。
その後、1991年~1996年の再修築を経て、現在の姿になった。

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          新しい回廊は教会外壁から離れた位置に作られてブリッジで
          結ばれている。ガラス張りで採光もいい回廊と教会との隙間
          部分は、礎石やモザイクの床が見えるようになっている。
          モダンとゴシックが隣り合わせ。


今回は、受付の人に写真撮影の了解をもらってから撮った。
実は、この建物の歴史を調べているうちに興味深い新発見もあったので、そちらをメインにして
訪問したのだ。
ここの古文書から、最近、マーストリヒト出身のMarcus Teller (1682 - 1727)が作曲した
楽譜(1726)が見つかった。バロック時代の作曲家だが、地元ですらほとんど知られていない。
新発見の合唱、ソロ歌唱、器楽合奏、通奏低音から成る9 Motetta brevia pro temporeは、
Hans Leenders指揮 合唱Studium Chorale 器楽演奏Ensemble Agimont および
ソリストによって昨年録音されCDになった。
それを手にとって見たかったのだ。


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by didoregina | 2012-03-12 15:44 | 教会建築 | Comments(0)

リュミエールは、カプチン修道会の元教会

あまりに日常的に使用しているため、その建物が元教会だったことにかえって気がつかない
ことすらある。その一つの例が、現在映画館リュミエールになっている、カプチン修道会の
教会だ。普段そこに行くために通る道路側からは、元の教会の姿が目に入りにくいせいもある。

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              道路に面した側には新しいファサードが付けられていて
              元教会とはなかなかわからない。

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        脇の路地を入って、柵越しに敷地を覗いてみた。


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            路地の奥に、元の教会正面ファサードが残っている。
            1615年建造の、ひっそりとした小さな建物。
            今は使われていないドアの上のニッチにマリア像が。

カプチン修道会は、アッシジの聖フランチェスコが設立した小さき兄弟会の分派である。
フランチェスコの死後、修道会の会則や戒律に関して様々な解釈がとられるようになり、
元の志とは離れていくことに不満を覚える人も多くなり、内部情勢は磐石とはいえない
状態になっていった。
1525年にマデオ・ダ・バシオをはじめとするモンテ・ファルコの修道院の一派が分離独立した。
彼らは、フランチェスコの清貧の教えにのっとった生活を行い、髭をはやし、頭巾(カプチン)
を被った。教皇クレメンス7世の認可によって1528年にカプチン会が成立した。
1574年に、教皇グレゴリウス13世が、イタリアに限定しない世界中での活動を承認。
マーストリヒトのカプチン会は、1610年に設立された。

当時既にマーストリヒトには修道院がひしめいていたので、市当局は、新しい修道会が進出
することを当初は歓迎しなかったのだが、カプチン会は、主にペスト患者などの病人の看護
活動を行う病院も設立したので、社会への寄与が認められた。

1796年に、フランス革命の影響により修道院財産は没収され会は解散させられた。それ以後は、
マーストリヒトの他の修道院と同じ運命を辿ることになる。
かなり広い敷地の修道院の建物は、軍の兵舎および武器庫として使用されることになった。

その後、平和な時代になると、修道院の建物は中学・高校の校舎として使われるようになった。
また、1839年には、敷地の一部は地元のユダヤ人に移譲され、シナゴーグが建てられた。
元の病院や学校はなくなったが、今でもシナゴーグは教会のすぐ脇に並んで建っている。

リュミエールは、25年前には教会の一部だけを使用していたのだが、2004年に隣接する建物
および建て増し部分も加えて6部屋のミニ・シアターを持つようになった。

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         リュミエールの正面玄関側(右手)

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         建て増しされた部分は、切符売り場およびカフェになっている。


外の写真を撮っていたら、平日昼間は閉まっている映画館のカフェに人がいるのが見えた。
ドアが開いているので中に入って写真を撮ってしまった。すると、館長らしき人から不審が
られて、許可を取って写真を撮っているのか、何の目的で、と誰何されてしまった。
「古い教会がこのように映画館として利用されていることは素晴らしいと思うので、写真を
撮らせてもらいました。許可を取ろうにも、誰も人がいないようだったので。失礼しました」と、
答えつつ、不審な者ではないことを強調し、雰囲気を険悪にしないようにおしゃべりを続けた。

「2年後に別の場所に移転する計画と伺いました。今の雰囲気が素敵だから、残念です」と
言うと、館長らしき人の答えるには、
「なにしろ手狭になってきて、これ以上増築は許されないし、移転するしかない」とのこと。
意外や、映画人口は減るどころか、ここリュミエールは連夜盛況なのだ。映画が活況なのは
喜ばしいことだ。

「2月に全館デジタル化されて、大きな映写機などの機器が外に出されているのを、先週目撃
しました。あれだけ大きな機械がなくなった分、映写室のスペースが出来て、座席数を増やせる
のではないですか?」
「いやいや、デジタル映写機器は、昔の映写機よりももっと大きくて場所をとるんだよ。座席を
増やすなんて無理」

ここで上映される映画は、質量ともに非常に充実していると褒めて、毎週水曜日にしか来れない
から、供給の方が多すぎてついていけず、上手に計画を立てないと見逃す映画がある、と話を
続けていくと、わたしを見る目が、不審な輩から映画オタクという印象に変わったようでほっと
した。

R「ところで、上映する映画を決めるのはどなたなんですか?買い付ける方は」
館長「映画は買い付けるのではなく配給会社から借りる。当館のプログラム専門の人が決める」
R「例えば、『ブリューゲルの動く絵』という映画、先週からオランダ各地のアートハウス6
箇所で上映されてるんですが、なんでリュミエールでしていないのか、いつか上映されるのか、
知りたいです」
館長「わからん。初めて聞く題名だ」
R「昨年のロッテルダム映画祭で話題になった、ブリューゲルの絵を大勢のエキストラなどを
使って映像で再現した今までにないタイプの映画らしいですよ。スペインの圧制や戦争などの
時代の歴史を背景にした絵巻で、ルトガー・ハウアーがブリューゲル役です」
館長「じゃ、オランダ映画?」
R「いいえ、ポーランドの映画らしくて、出演者はマイケル・ヨークやシャーロット・ランプ
リングなどの世界的な有名な俳優なんですよ」
館長「ふ~ん、それじゃあ、きっと当館にもいずれ来るよ」

愛すべきミニ・シアターはなくなるわけではなく、大きな場所に移転するのは栄転ともいえる
から、未来に向かって邁進するリュミエールに拍手を送ろう。
移転先も元家具・建材工場だから、きっとマーストリヒトらしい創意工夫に溢れて、インダス
トリアルな空間を素晴らしいインテリアの映画館に変身させるに違いない、と期待を寄せている。
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by didoregina | 2012-03-10 17:59 | 教会建築 | Comments(6)

Le Havre はほとんど理想郷 『ル・アーブルの靴みがき』 

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監督・脚本・製作 Aki Kaurismäki
キャスト
マルセル André Wilms
アルレッティ Kati Outinen
モネ警部 Jean-Pierre Darroussin
イドリッサ Blondin Miguel
クレア Elina Salo

2011年 フィンランド フランス











今年のロッテルダム映画祭に来蘭した監督は、Volkskrant紙のインタビューで「難民を扱った
映画が少ないから、作ろうと思った」と語っていたが、近年、難民をテーマにした映画は結構沢山
作られていると思う。少なくともわたしの中では難民ものというカテゴリーが存在する。
そして、それらの難民もの映画に共通するのは、あまりに悲惨な難民(主に子供)の現実を
ストレートに映し出すため、どうしても社会派リアリズムっぽく暗いお話になることだ。だから、
自分から進んで見たいとはあまり思わない。
そういう映画は、もちろん大手配給にならないから通常の映画館では上映されないが、リュミエー
ルなどのアートハウス・ミニシアターや各種映画祭はもちろん、TVでも定期的に新作が上映される
ので見る機会は割りと多いのである。

このLe Havre(邦題『ル・アーブルの靴みがき』)は、そういったありがちなステレオタイプとは
一線を画していた。
まず、映像カラーが、まるで総天然色を謳った昔の映画のように誇張されて非現実的なのが新鮮
だ。ポスターやスチール写真からもわかると思うが、色調や人物の服装や対話姿など古めかしくて
郷愁を誘う。「現代のメルヘン」もしくは「物語」であることを強調しているのだと思う。
舞台はフランス北部、ノルマンディーの港町ル・アーブルだ。第二次世界大戦で破壊された町並
にも港湾の風景にも詩的な雰囲気は乏しい。
イギリスへの大型フェリーやコンテナ船の発着する岸壁と漁港が隣り合わせになっていて、60年間
経済発展とは無縁に生き永らえたような昔ながらの路地裏には、貧乏人同士助け合うのは当たり前
という漁師町気質みたいなものが存在することがだんだんわかってくる。

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カフェのインテリアも女将も客達も、パン屋や八百屋の風情も、21世紀とは思えないほどノスタル
ジックなので時代の特定が難しいほどだ。時の流れにも経済の繁栄にもまったく取り残されている
彼らの生き方は単純で、お金とは縁がないが満ち足りていて、虚飾とも無縁のシンプルなものだ。

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ほとんど『アメリ』の世界に近い。現代の都会の狭間のファンタジーというか、メルヘンチックな
舞台と人物達であり、現代ではこういう所が実際にあったり、そういう生活を送る人々がいるとは
考えにくい。だが、そういうナイーブなトーンが全体を通してこの映画を楽天的にしているので、
辛く物悲しく悲惨な現実の描写はほとんどなくて見やすい。
フランスらしいさっぱりとドライな人情と義侠と連帯とユーモアで成り立っているのだ。これは、
難民もの映画としては、画期的ではないだろうか。

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アフリカからコンテナに隠れて密航しフランス北部まで流れ着いた少年を助け、イギリスに渡らせる、
というミッションに取り組む主人公の飄々とした生き方がコミカルに描かれて、悪人がほとんど登場
登場しないし、フィール・グッドになる映画である。

この映画のロケ地にもなった、Jungle de Calais(カレーのジャングル)と呼ばれる、英仏海峡の
海岸に自然発生して、そこからイギリスに渡ることを夢見るアフリカや中東やアフガニスタンなどから
の難民・違法入国・違法居住者たちが住むキャンプは現実に存在する。
貨物船や大型トラックのコンテナに紛れ込み、海峡を渡って、親戚などのいる別天地イギリスを
目指す人々の群れは絶えることがないという事実。ヨーロッパの恥部ともいえる。
しかし、この映画では、そういう人たちの過酷な運命に関してはほとんど触れていない。幸運な少数
である少年を巡る、良心溢れるフランス人たちの奇跡の物語だ。

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       「奇跡は起こるかもしれない」と言う医師。
       「わたしの所には奇跡はないわ」と言う病気のアルレッティ。


カレーからイギリスを目指すそういう人たちの存在は、何年かに一度くらいの割でニュースになるが、
普段は全く忘れられている。

5年前に初めてヨットでロンドンまで行こうと計画した。潮流・風向き・満干などが非常に不利な時期
だったので、結局イギリスには渡れなかったが、我が家の子供達2人+甥をヨットに乗せていた。
ヨットのチャーター会社から、甥のパスポートはもちろんのこと、親の同意書を携帯するように、と
言われた。
大陸からイギリスにヨットで渡るにはカレーからが、直線距離上も潮流も浅瀬などの障害物の関係
からも一番いい。しかし、カレー周辺には虎視眈々とイギリスへの密入国を狙っている未青年の難民
が多い。上記のカレーのジャングルに住む多数は未青年であるという。イギリスの港に着いてから
そういう密入国者と疑われてトラブる可能性もあるのだ。

今年は、ベルギー、フランス北部の海岸をヨットでル・アーブル近くのディエップ辺りまでセイリング
する計画だ。こういう映画を観た後だと、フランス北部の海岸を眺める視線も変わるだろう。

来週は、また別の難民もの映画Terrafermaを見に行こうと思っている。こちらは、シシリアの小島
が舞台だ。
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by didoregina | 2012-03-08 15:56 | 映画 | Comments(0)

春のサラ様祭

ディドナートが主役降板した『アリオダンテ』ヨーロッパ・ツアー、サラ様による代役騒動(?)の
続きです。

3月6日のコンセルトヘボウに続いて、本日3月7日はロッテルダムでの公演です。
ロッテルダムのコンサート・ホールDe Doelenのサイトでは、コンセルトヘボウのサイトとほぼ
同時に、ディドナートが降板しサラ様が代りに歌うことを発表していたようです。しかも、そこには
ディドナートのお詫びメッセージが彼女のサイトから引用されていて、その時点で既に、彼女は
病気のためヨーロッパへ来ることもツアーで歌うこともできないと公表していたのでした。

ツアーは、この週末にウィーンでの公演後、来週の火曜日に再びオランダのエイントホーフェンに
戻ってきます。
わたしが行くのはエイントホーフェンでの公演ですが、そこのサイトでの降板および代役発表は
ようやく昨日になってからでした。
そして、今日、主役変更を知らせる手紙(!)が届きました。Eメールではなく郵送です。
しかも、「10日までなら払い戻しも受け付けますから、用紙に記入して返送してください。切手は
不要です」と、まあ恐ろしく下手に出ているのです。
これは、一体どういうことなんでしょうか。ディドナートで持つ『アリオダンテ』という訳でしょうか?
コンヘボも、払い戻しを受け付ける旨のメールなどを送信したんでしょうか?

エイントホーフェンでの『アリオダンテ』のチケット売れ行きは芳しくありませんでした。安売りの
オファーが来るんじゃないかとも思えましたが、1ヶ月前に待ちきれず正規料金で買いました。
そこへ持ってきて、主役変更なのでチケット払い戻しを受け付けるなんて、一体客席はどんな具合に
なってしまうのでしょう。がらがらだったらと考えるとぞっとして、当日が恐ろしいほどです。

サラ様がタイトルロールを歌う『アリオダンテ』は、わたしにとって理想的で願ったり叶ったりなの
ですから、エイントホーフェンのホールに「素晴らしい代役を見つけてくれてありがとう!」と感謝と
激励の手紙を送ろうか、などと思ってしまいます。


ついでに、サラ様のサイトで今後のスケジュールを見ると、4月にヘレヴェッヘ指揮デ・フィルハー
モニー、コレギウム・ヴォカーレ・ヘントによるドボルザークの『スターバト・マーテル』にソリストと
して参加するではありませんか。場所はゲントとアントワープです。
アントワープでは、De Singelというコンサート・ホールで4月21日と22日にコンサートを行うよう
ですが、なぜかホールのサイトにはこのコンサートのことは載っていません。オケのサイトには
日時も会場も明記されているのですが、オンライン・チケットのリンクが切れています。
これも、一体どういうことなんでしょうか。
今月、アントワープにプレガルディエン指揮(!)でショル兄がソリストとして参加する『ヨハネ
受難曲』を聴きに行きます。同行の友人は『スタバ』も好きそうなので、ドボルザークの『スタバ』
にも誘ってみようかと思いますが、まず、ホールに電話で確認しないことには。。。

サラ様が出演するオペラ、2月のロンドンでの『ばらの騎士』と6月7月のパリでの『イポリトと
アリシー』を見たいなあ、と思っていたのですが、思わぬ近場でお目にかかることができそうな
この春は、わたしにとってサラ様祭りの様相を呈しています。


2009年@リセウでのモンテヴェルディの『ポッペアの戴冠』よりサラ様ネローネとミア・ペルションの
ポッペアが歌うフィナーレのデュエットとカーテンコールです。


              祝・DVD発売
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by didoregina | 2012-03-07 21:16 | バロック | Comments(4)

念力でサラ様飛来!『アリオダンテ』ディドナート降板

おおおおお~~~(<-雄叫び。ロバート・プラントの声で)

コンサート形式のヘンデルのオペラ『アリオダンテ』ヨーロッパ・ツアーで主役を歌う予定だった
ジョイス・ディドナートが病気のため降板し、なんと、サラ・コノリーが全てのコンサートで代役を
務めることになりました!

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         フェミニンな髪型でマスキュリンな目付きのサラ様


ああああ~っ(<-狂喜乱舞の雄叫び。再びロバート・プラントです)

先週、突然、アムス在住のMevさんのところにコンセルトヘボウからディドナート降板サラ様が代役
とのお知らせメールが来たそうで、コンヘボのサイトでも、即、キャスト変更発表になってました。
コンヘボでのコンサートは今晩3月6日です。

わたしが行くのは3月13日のエイントホーフェン公演です。先週から、毎日毎日、お祈りして
おりました。(お祈りの内容はプライヴェートなものなので公表しませんが、想像はつくはず)

そして、毎日毎日、エイントホーフェンのミュージックヘボウのサイトをチェックしておりました。
昨日までは、「グラミー賞受賞歌手、ジョイス・ディドナートが主役!」の文字が躍っていたので、
「アムスだけか、キャスト変更は。アムス公演から1週間あるから、それまでにディドナートは
回復して出演するつもりなんだろうな」と、僻んでいたのです。

ところが、今日になって「ディドナートはヨーロッパ全公演をキャンセル。サラ・コノリーが代役」と
ミュージックヘボウのサイトに出ているではありませんか!

おおおおおお~~(<-もちろん、ロバート・プラントの声です)

ジョイス・ディドナート・ファンの方々には、大変申し訳ないのですが、わたしの念力の方が勝って
いたんですね、多分。

さて、サラ様は、先週までロンドンのENOで『ばらの騎士』にオクタヴィアン役(マクヴィカー
演出)で出演していました。
それが今週から『アリオダンテ』のヨーロッパ・ツアーですからね。強靭な体力の持ち主なんだわ、
サラ様は、きっと。

サラ様といえば、昨年の今頃、コンヘボでのヘンデルのデュエット・コンサートを聴きに行くはず
でした。
サラ・コノリー・ファンクラブ会長のミュンヘン在住sarahoctacianさんと、会員第一号のわたしとで。
ところが、デュエット相手のはずだったローズマリー・ジョシュアが、同じ時期にアムステルダム歌
劇場で、ヤナーチェクの『利口な女狐』の主役を歌うというダブル・ブッキングのため、コンヘボの
方をキャンセルしたのです。そして、コンヘボは、別の歌手を調達する代わりに、プログラムを大胆
にも変更して、ヘンデルのオペラ・アリア・コンサートから、パーセルのオペラ『ダイドー』コンサート
形式にするとのお知らせが。。。。
サラ様『ダイドー』なら、会長も会員第一号のわたしもロンドンに遠征して既に観賞しています。
もう一度コンサート形式で聴くのは、、、、というわけで、ファンクラブの二人はコンヘボのチケットを
手放すことしにしました。
辛い決断でした。会長も断腸の思いだったことでしょう。

それから一年経って、こんなところで運のツキが巡ってきました!

もう、今晩からはお祈りの内容を変えます。なんとしてでも、来週13日まではサラ様の体調が崩れ
ませんよう。。。

サラ様の歌う『アリオダンテ』のアリア2曲は、3年目にコンセルトヘボウでのコンサートで聴いて
います。その素晴らしさは今でも耳に残り、思い出すだけで目には涙が浮かんでくるほどです。


     
           わたしの今の心境そのままのDopo notte


ああ、彼女はどんな衣装で登場してくれるのでしょうか。凛々しいズボン姿だといいのですが。。。
そして、わたしはどんな着物を準備しようかしら。。。。

まずは、明日(多分)のコンヘボでのコンサート速報を楽しみに待ち、わたし自身、来週に向けて
体調を万全に整えようと思います。


↓は、2009年のプロムスでのサラ様。でも『アリオダンテ』では、このネルソンのコスプレじゃない
ほうがいいわ。3年前のオスカル風衣装ならばっちりなんだけど。


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by didoregina | 2012-03-06 21:47 | コンサート | Comments(8)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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別名: didoregina
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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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