<   2011年 09月 ( 17 )   > この月の画像一覧

Midnight in Paris ウッディ・アレンのご当地シリーズ

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2011年 アメリカ・スペイン

監督: Woody Allen

ギル: Owen Wilson,
イネス:Rachel McAdams,
ガートルード・スタイン:Kathy Bates,
サルバドール・ダリ:Adrien Brody
美術館ガイド:Carla Bruni
アドリアーナ:Marion Cotillard







ポスターの、まるで30年前のウッディ・アレンに相当な写真修整を加えたような男性を見て、
ナルシストのアレンらしいなあ、と思った。トレードマークであるシルエットも何もないチノパンツに、
だぼっとしたカットでデザインも何もないシャツ。今時、こんな格好でパリを歩いてる人は、まず
いないだろう。

映画が始まると、パリの名所や街角を映す映像の色が、やはり30年前の絵葉書みたいなトーンで
うれしくなる。ちょっと黄色がかっているが、原色が強調されて安っぽいのがいい。背景までくっきりと
形も色も撮れているので、平面的で奥行きがないのがキャンピーだ。
と、まあ、現代のパリなのに、ほんの少しノスタルジックな味付けなのである。

ギル役のオーウェン・ウィルソンは、服装と髪型だけでなくしゃべり方もアレンそっくり。シナリオ
ライターだが作家志望という役柄の設定も、小声でぶつぶつと話す口調も『マンハッタン』と同じだ。
パリ旅行に同行している妻やその両親や、パリで出会った昔の友人などのアメリカ人は誰も声高に
わめいたりしない。
ニューヨークを舞台にしたアレンの映画に出てくるアメリカ人と同じで、30年一日の如しなのだが、
見ていると懐かしくなぜか安心できる。

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       美術館ガイド役のカルラ・ブルーニと主人公

真夜中になると、クラシックなオールドタイマーが現れて、それに乗ると主人公が一番憧れる時代に
タイムスリップする。
ヘミングウェイやスコット・フィッツジェラルドやゼルダやガートルード・スタインやピカソやモディリアニ
やマチスやダリやルイス・ブニュエルやコール・ポーターがいた頃の20年代のパリである。
様々な俳優がそういう有名人のそっくりさんぶりを披露したり、もしくはあまり似てないが雰囲気で
勝負したりしているのが、この映画のご馳走でミソである。おもわずニヤリの連続だ。
20年代のパリと芸術へのオマージュがバックボーンとなっている、ご当地映画とも言える。

そこで毎晩、芸術家達と話したり、スタインに自作を読んで批評してもらったり、パーティー三昧
を送るうちに、現実の生活が色あせて見えて、性格的に不一致とは言わないが理解のない妻より、
芸術家達のミューズであるアドリアーナの魅力の虜になる、というおとぎばなしめいたストーリーだ。

面白いのは、アドリアーナも自分が生きている時代には魅力を感じなくて、彼女の理想の時代は、
世紀末のベル・エポックだ、という点だ。
芸術家達も然りで、究極の時代はルネッサンスだ、と言う。

現実というものは、いつの時代でも味気ない。過去は理想化して見える。そう、気が付いたギルは
直視するのを避けていた現代に戻るが、一人パリに残って新しい生活を始めることにする。
だから、結局最後まで、おとぎばなしのままなのだった。一時は向こう側の夢の世界に行ってしまった
ギルだが、夢から醒めても理想を追求することを止めない、というハッピーエンドだ。

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雨のパリは最高、と意気投合したラスト。
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by didoregina | 2011-09-30 10:36 | 映画 | Comments(8)

『ドン・パスクワーレ』@映画館でMETのHD初体験

映画館でのオペラHD上映を初めて観賞した。料金が高いので今まで敬遠していた吝嗇な私が
初体験するに至った経緯は以下のとおり。

主人の叔母Aから、先週の水曜日、5時過ぎに帰宅すると電話があった。
「市立図書館の会員は、今週の日曜日、映画館でMETのHDオペラをタダで観賞できるって
知ってる?主人が昨日チケットを貰いに行った時、会員証の期限が切れてるんだけど、と白状したら、
大丈夫、大丈夫と言われ、会員証もほとんど見なかったって。あなたも観に行きたい?」
「えっ、それ、どういうこと?わたしは図書館の会員じゃないんだけど。」
「それなら、友達の会員証を借りてくるから、こちらに向かってちょうだい。映画館は5時半から
オープンだから、いっしょに行きましょう。」
「でも、会員証には写真とか、個人情報が入ったチップはないの?スキャンしたりしないの?」
「何、色々心配してるの?写真はないし、チップのスキャンもしなかったし、ID提示も求められ
なかった。まだ今ならチケットがあると思うから、急いで。」

果たして、映画館窓口では、図書館の会員証には一瞥をくれただけで、映画のチケットを二枚出して
くれた。指定した座席は7列目の端の方だ。座席の半分以上は埋まっている。
どうやら、10月から始まるMETライブ・ビューイング新シーズンに向けてのPRのために、オペラに
興味を持ちそうなグループにターゲットを絞って、(図書館会員だったらカルチャー好きだろう、と)
タダでアンコール上映、という大盤振る舞いに出たようだった。
通常のメトHD上映の料金は、ドリンク込みで25ユーロから30ユーロだ。
気に入ったら、今後は料金を払って見るだろう。

当日、午後5時からの上演には、余裕を持って出かけた。さすがにタダのドリンクは出なかった。
客席は6割くらいの入りだ。全席さばけたのに、夏がぶり返したような陽気のせいで、太陽を謳歌する
方を選んで、暗い映画館まで足を運ぶのを止めた人たちが多いらしい。タダだと、こういう輩が多いの
が怪しからん、主催者に失礼だ、と主人は憤りを隠せない。
支配人の挨拶によると、大体、いつもこのくらいの入りだという。市立図書館とのコラボでこれからも
こういうカルチャー企画(会員は割引料金にしたり)の予定らしい。

c0188818_16565498.jpgDon Pasquale
Music by Gaetano Donizetti
Text by Giovanni Ruffini

Metropolitan Opera House, November 2010

John Del Carlo, Don Pasquale
Anna Netrebko, Norina
Matthew Polenzani, Enesto
Mariusz Kwiecien, Dr. Malatesta
Bernard Fitch, Notary

James Levine, Conductor
Chorus and Orchestra of the Metropolitan Opera House

Otto Schenk, Production
Rolf Langenfass, Set and Costume Designer
Duane Schuler, Lighting Designer

とにかく、映画館でのオペラ鑑賞は初体験なので、以下、素人感想を述べたい。

映画館の座席は、大柄で体格のいいオランダ人に合わせて、幅も足回りもゆったりしている。
快適さの点では、モネ劇場などの古い歌劇場は足元にも及ばない。しかも、飲み物や食べ物の
持ち込みも可だ。リラックスできる。

字幕は、通常の歌劇場のように舞台上方ではなく、映画なので画面下方だから、読みやすい。
METのライブ映像だから、英語字幕だ。幕間のインタビューには、字幕はつかない。

指揮者のレヴァインがよろよろと登場し、指揮台の椅子に座る。映画館だから客席からの拍手は
おきない。序曲の最中は、凝った演出があるわけでなく、指揮者やオケを普通に映すだけ。

素敵な歌唱のアリアや幕の終わりには拍手をしたくなったが、誰もしないので控えた。もっと
自然に拍手が起きたりして盛り上がってもいいのに。

舞台セット・美術は、背景の書き割りや家具調度に至るまで、恐ろしく写実的だ。まるでTVの
時代劇という感じ。19世紀半ばの作曲・初演の時代に合わせた考証だ。ここまで時代がかった
リアルなセットは、アムステルダムやブリュッセルではめったに見られない。(アムス歌劇場で
2006年に観賞した『道化師』と『カヴァレリア・ルスティカーナ』は、これに近かったが。)

場や幕ごとに、舞台裏からセット・舞台装置を動かして変換させるところを見せてくれる。これが、
なんともうれしいオマケというかアトラクションだ。これを見たら、オペラ上演には恐ろしくお金が
かかるものだ、と誰でも実感できるだろう。

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ナマの舞台と映像との違いは、ヴィジュアル面では、カメラ・アングルが様々な角度から歌手を
大写しにするので、細かい表情が判ることだ。カメラ・ワークは、特に凝っているわけではなく、
舞台演出や舞台セットと同じく、ごくごくフツーで、TVのホーム・ドラマに近いオーソドックスさ。
自然で、見ていて疲れないし、安心できる。そのかわり、特にご贔屓の歌手でも出演しない限り、
表情が大写しにされてもさほどの感動はない。

オットー・シェンクの演出コンセプトは、リアリズムとノスタルジーに徹することだったのだろう。
黴臭さが漂い、埃の色が見えるような感じさえするほど徹底したリアルな舞台は、それはそれで
パーフェクトだと思う。セットが中途半端ではないから、安っぽくないのがいい。
そして、演技も自然な動きで音楽やストーリーに沿っていて、歌うときのポーズにしても無理がない。
ドタバタ喜劇を下品にしないで、嫌味のない笑いをとるという節度が全体に感じられる。
エキサイティングな演出ではないが、ほどほどの美学を貫くのは実は大変で、細心の注意が配ら
れた一種の職人芸だ。
古色蒼然として、読み替えなしだが、オーソドックスさも完璧にすれば、それは一つの規範になる。

ただし、歌手が揃っていることが、この演出で成功を収めるための必要条件だ。

ネトレプコは、悲劇でも喜劇でも何でもこなせる実力の持ち主だし、彼女の魅力でこのプロダクション
が引き締まった。やはり、美しい主役女性歌手というのは、表情が大写しになる映像では重要だ。
この人の歌声というのは、いつでも最初のうちは耳なじみが悪いというか、独特の暗い色合いの声を
さほど心地よく感じないのだが、舞台が進むうちに、暗闇に目が慣れるように耳も慣れてくるのか、
輪郭がはっきりして明暗のニュアンスが聴き取れるようになって、よさが判ってくる。不思議だ。
自信に溢れた歌唱が、コケットで自信たっぷりのノリーナにぴったりなのは、さすが。

デル・カルロによる小汚い爺役も、ぴったり。悲哀をあまり感じさせないのは、立派な体格とある種の
鷹揚さを思わせる声のせいか。
古今東西を問わず、年寄りが若い子に現を抜かす、というのは笑いの種になる。しかし、実際に
このオペラを鑑賞している人たちの平均年齢はドン・パスクワーレに近いのではないだろうか。
どういう気持ちで、この老人イジメのようなオペラを見ているのだろう、と思う。若い者達に散々利用
されても、最後には許すという鷹揚な老人だからこそ、悲劇にならず、後味も悪くないのだが、その
エンディングに老人の観客は納得できるのだろうか。

マラテスタ役のクヴィーチェンとエルネスト役のポレンツァーニも、適役だと思う。
悪知恵の働く頭の切れそうなマラテスタと、ちょっと愚鈍だが憎めないエルネストというデコボコ・コンビ
には、対照的な体格と声の歌手が必要だし、ルックスにはシンパシーを誘う要素も重要だ。もしも、
フローレスがエルネスト役だったら、歌声は能天気でも、姿かたちがかっこよすぎるから、逆に、
老人イジメというストーリーが陰湿な性格を帯びてしまうのではないかと思う。
ポレンツァーニによるネモリーノ役を聴きたい、観てみたい。

というわけで、映画館でのオペラ鑑賞はなかなかに楽しかったが、これからも観に行くかどうかは
わからない。舞台がよく見えるのはうれしいが、歌唱や音楽の点では、ナマに如くはないからだ。
エンタメとして見るならいいのだが、わたしがナマのオペラ舞台に求めるものとは、基本的に違う、
ということがわかった。
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by didoregina | 2011-09-28 11:35 | オペラ映像 | Comments(0)

帯地で作ったツーウェイの和装バッグ

リエージュでのオペラ鑑賞には着物で出かけた。それにあわせて、着物用のバッグを手作りした。

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        赤が基調で持ち手はチェーンに皮が入ったタイプ。

このバッグは、もともと母が帯地で作った正方形のトート・バッグをリフォームしたものだ。
持ち手が普通のトートっぽくて着物とは合わないし、中途半端な大きさなのとファスナーなしなので
使いにくかった。

ただ、そのバッグは2つの全く異なる帯地を上手く使ったデザインになっていて、その配色の分量が
なかなかよかった。片側は、下3分の一が赤で上3分の2が白と金の帯地。反対側は、下3分の1
が白と金で上3分の2が赤。
それで、上を3分の1ほど折り返してみると、反対側の色が表に出て、それがどちらの側を表にして
も他の色が丁度隠れる。バッグの形は細長くなって着物にいい感じだ。
チェーンに皮が入ったシャネルっぽいベルトを切って、同じ金色の金具で留めつけ、持ち手にした。

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          反対側は、白と金の帯地。

つまり、一つのバッグなのだがふた部分の折り返す方向を変えるだけで、まったく異なる色の二つの
バッグみたいになるのだ。
折り返し部分がふたになるのでファスナーは要らない。
両側の上(開いた口部分)にループ飾りを付けた。折り返してループを閉めると、着物らしいデザ
インになったし、バッグの口が閉じられるというファンクションも。
帯地なのでどっしり、しっかりしている。内側には裏布および携帯用ポケットを付けた。

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        水色の着物には、アクセントになる赤側を。
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by didoregina | 2011-09-27 09:42 | バッグ | Comments(4)

サラとアブラハムのパーティー

友人Pと旦那さんTの「二人あわせて99歳パーティー」が、土曜の晩にあった。
Tは50歳になったばかり、Pは11月が誕生日だ。

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       老人のアブラハムとサラの人形と帽子の花輪

50歳になったのを盛大に祝うサラやアブラハムのパーティーに招かれることが、この数年多い。
同年代の友人が皆そういう年齢になったからだ。
自宅前や職場のデスクの前に、椅子に座った等身大の老人の人形が置かれているのを目にする
事がある。
近所の人や子供たちや同僚が、50歳になった人のために準備したのである。
わたしも去年サラになったが、これだけはカンベンしてもらった。

こういうパーティーは、通常、カフェやレストランやパーティー会場を借り切って行う。
自宅が広ければ、自宅でも可能だが、50人~100人は招待客が詰めかけるので、それ相応の
インフラがいるし、ケータリングや給仕のプロも雇わなくてはいけない。

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      パーティー会場は、マース川を眼下に臨む山の上にある
      カフェ・レストランのスラヴァンテ。フォルクスクラント紙が
      選んだ「見晴らしのいいテラス」のオランダ・ナンバー2だ。
      週末は、初夏のようにさわやかで暖かかったので、一晩中
      外で過ごすことが出来、ラッキーなPとTのパーティーだった。


オランダでのパーティーでは、まず一晩中、飲み物はふんだんに。ワイン、ビール、ソフト・
ドリンクが次々に運ばれてくる。
飲み終わったら、次のグラスをすぐに持たせるべく、ウェイターやウェイトレスが盆を持って客の
間をすり抜ける。
立ったままでも、お年を召した方は座ることもできるように、高低のテーブルや椅子が配置される。
そして、必ずやかましいほどの音楽が流される。DJを雇ったり、バンドの生演奏を入れたり。
夜が更けるにしたがって音量が増し、おしゃべりの声が聞き取りにくくなり、グラスをあおるほかは
なくなる。
この地方でのパーティーでは、食べ物は深夜近くなるとビュッフェ式でサラダや肉や魚料理に
付け合せの野菜、ポテト、パスタ、パンにチーズなどが出たり、近年の流行はウォーキング・
ディナーと称して、給仕が小皿に乗せたコース料理を一人一人に配ったりする。
大皿に乗せたつまみ(チーズやフライなどのフィンガーフード)も、その合間に運ばれる。

今回のパーティーは夜6時から11時まで、というなんだか微妙に中途半端な時間だった。だから
食事っぽいものも出るのかと思ったが、最初はこの地方名物のフラーイという果物やお米のパイが
数種類並んでいて、好きなものを取るシステム。コーヒーや紅茶もセルフサーヴィス。
ドリンクになったら、丸パンのサンドイッチが二種類(ブリーとサーモン)と、ビターボレンという
小型クロケットのつまみが出ただけだったが、ダイエット中なので丁度いい。

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         パーティーに欠かせない音楽は、女性歌手2人と
         DJによる懐メロ・ポップス。椅子を取っ払った建物
         内部はダンス・フロアになる。

パーティー会場となったスラヴァンテは1846年に作られた社交クラブの山荘みたいな、ちょっと
変わった造りの建物だ。なぜか、インテリアは、翌日観たオットー・シェンクによる演出のMET
オペラ『ドン・パスクワーレ』の古色蒼然としたセットに似ている。特に窓の形とシャンデリアが
そっくりで、なるほど、このオペラの初演と同じ時代の建物なんだ、と納得した。

50歳パーティーの定番出し物としては、客を50歳以上と50歳未満との2グループに分けて、
「おたまじゃくしはかえるの子」(グローリ、グローリ、ハレルヤ)のメロディーに合わせた
替え歌を交互に全員で歌ってもらう、というのがある。熟年グループにようこそ!というのと、
まだまだ若い組に残って!という掛け合いの歌である。
そして、本人または友人または家族代表による簡単なスピーチ。
飲み物と音楽とダンスがメインになるのが、ごくごく普通のインフォーマル・パーティーだ。

帽子(カクテル・ハットまたは髪飾りに近い小型のもの)を被っていたのは、わたしとPだけだった。
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by didoregina | 2011-09-26 09:33 | Comments(2)

『イル・トロヴァトーレ』@リエージュは、イタリア・オペラ節炸裂!

リエージュでオペラ実演を観賞するのはなんと、二年ぶりである。二年前の夏から歌劇場の
改修工事が始まったので、それ以来、公演は別の会場で行われている。
二年前、最後に観賞したのは、ホセ・クーラ主演の『サムソンとデリラ』で、会場はなんと
近隣の山村にある大きなバスケット・ボール専用体育館だった。オペラを観たという気が全く
しなかったし、音響うんぬん以前の最悪の環境だった。クーラは、よくまあ出演を承諾した
ものだ、と思う。
その後の公演は、リエージュの町外れの空き地に建てられたサーカス・テントのような仮設
ホールで行われている。音響に不安を感じ、そこには一度も足を踏み入れていなかった。
その代わり、ネットでのオンライン・ライブ配信を視聴したり、オランダに引越し公演をしに
来たりしたのは実演を観賞していた。

今回、『イル・トロヴァトーレ』を観に行ってみようという気になったのは、ヨーロッパでのオペ
ラ鑑賞は初めてという人が同行するので、主演歌手もよさそうだし演目としてもわかりやすいし、
美しいメロディーばかりのこの作品なら、と思ったからだ。わたしは、格別ヴェルディのオペラ
に萌えるタチではない。

c0188818_18492745.jpg2011年9月20日@リエージュ
Direction musicale: Paolo Arrivabeni
Mise en scène: Stefano Vizioli
Décors et costumes: Alessandro Ciammarughi*
Lumières: Franco Marri
Nouvelle coproduction: Opéra Royal de Wallonie &
Teatro Lirico Giuseppe Verdi de Trieste

Orchestre et Choeurs: Opéra Royal de Wallonie &
Choeur d'Opéra de Namur
Chef des Choeurs: Marcel Seminara

Manrico: Fabio Armiliato
Leonora: Daniela Dessi
Il Conte di Luna: Giovanni Meoni
Azucena: Ann McMahon Quintero*
Ferrando: Luciano Montanaro
Inès: Ninon Dann
Ruiz: Xavier Petithan
Un vieux gitan: Edwin Radermacher
Un messager: Raffaelle Lancellotti

まず一番の心配は、会場の音響だった。外から見るといかにもビニールで出来たような仮設
テントである。
とっつきのテントに入場すると、そこがフォアイエで、いいにおいが立ち込めている。
中央に飲み物のバーがあり、ケータリングもあるので軽食を取る人が大勢テーブルについている。
熱気がこもる。狭いが、トイレも完備されている。
天井からはプリーツを寄せた布やシャンデリアが下がり、壁面には過去のプロダクションの写真が
大きく飾られている。パリ・コレのショーなどで使用されるような大掛かりで立派なテントなので、
内装をちょっと豪華にすればまあまあの雰囲気だ。

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            テント内のフォアイエのデコレーション。
            黒と赤が基調で、シャンデリアも沢山。

演奏会場に入ると、どでかいテントで天井が高い。壁面は板で補強してあるので反響はある。
平土間と、その後方に段差をつけて傾斜を出した雛壇のような座席が設置されている。
私達の座席は一列目のほぼ真ん中だ。オケはピットではなく平土間と同じ高さに座っているので、
指揮者が少々邪魔になる位置であるが、舞台は間近でよく見える。字幕(仏・蘭・独が上下3列)
も読める。

音楽が始まると、メロディアスで威勢のよいヴェルディ節が炸裂して、思わず笑みがもれる。
これだ、これでなくては、いけない。
オーケストラはリエージュのワロン歌劇場専属だが、指揮者はイタリア人。主要歌手もイタリア人だ。
普段とは打って変わったように、恥じも外聞もかなぐり捨ててダイナミックで、甘さも誇張した演奏
だ。音楽で聴衆を酔わせるのが目的なのだから。
音響は、意外にも悪くない。特に最前列で聴いたせいか、オケの音も歌手の声も直接届くから、
問題なかった。

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         ファビオ・アルミリアートのマンリーコと
         ダニエラ・デッシーのレオノーラ

期待していたのは、主役二人。先シーズンからリエージュ常連のようになったこの二人のナマの
声を聴きたいと思っていた。耳を慣らすため(?)にその日の昼間は、この二人が主演する
『アイーダ』をTVで観ていた。リセウの豪華舞台セットのプロダクションだ。アルミリアートの
高音が美しく伸びていた。期待は高まった。

しかし、その晩の実演では、彼は不調だった。高音域に近づくのが怖いみたいな、おどおどした
発声で張りも伸びもない。もともと線が細い声なので、さほど魅力を感じさせない中音域よりも
高音に期待したのだが、声は割れるは、びくびくしたように歌うから音程も微妙で、ハイCなど
望むべくもない。しかも音量はくぐもって矮小化している。演技もなんだか、自信がなさそうで、
主役なのにまことに冴えない出来であった。

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彼以外の歌手は、なかなかよかった。

まず、近くで見る舞台上のダニエラ・デッシーの可憐ともいえる顔立ちにびっくり。ステージ・メイク
のせいか、肌のたるみなどの年を感じさせるものが見えない。顔の線がすっきりしている。夏の間
にフェイス・リフトでもしたのか。それともダイエットの成果か。

彼女の声は、ミレッラ・フレーニに似ていて好きなタイプである。嫌味や無理がなくて、イタリア・
オペラを歌うのに最適な正統的ソプラノ・リリコだと思う。歌唱は堂々と安定している。運命に弄ば
れる悲劇のヒロインの心情を切々と歌い、ほろりとさせるのが上手い。それでいて、声量もしっかり
あるのだ。見直した。この調子で、若手と張り合って末永く歌い続けてもらいたいものである。

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          アズチェーナ、フェランドとルーナ伯爵

アズチェーナ役のマクマホン・クインテーロだけ、主要出演歌手の中でイタリア人ではない。
体格・声量・表情が大きく派手で、いかにもジプシーらしい歌唱も演技も大迫力だ。ヴェルディ
向きの歌手である。
アズチェーナは、荒唐無稽なストーリーの鍵を握る重要人物だ。それを意識した演技と歌唱で、
カーテン・コールでは一番大喝采を貰っていた。

ルーナ伯爵役のメオーニは、それほど印象に残らなかった。これは役のせいかもしれない。以前
聴いた『椿姫』でのパパ・ジェルモン役は説得力があった。それとも、主役のアルミリアートに合
わせて少々、声量を落としていたのかもしれない。

フェランド役は、なかなかに押しが強くて、主要登場人物のアンサンブルをきりりとまとめて締めた。
それから、男声合唱もヴェルディのオペラらしく、いい雰囲気を盛り上げた。

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              鍛冶屋の合唱シーン

演出は、取り立てて言うべき内容はない。アクロバット的な殺陣が目に付く程度で、小難しい
演技や振りが主要登場人物についているわけではない。読み替えなど全くないし、ヴェルディの
オペラにふさわしくわかりやすいものだ。とにかく、音楽が重要で、歌手が中心なのだから。

久方ぶりに、歌を聞かせることに的を絞った正統的なイタリア・オペラ実演を観賞した。
観て聴いて、心も耳もスカッとする。頭で考えずに体感で満足できる。
たまには、こういうのもいい。

         
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by didoregina | 2011-09-24 13:23 | オペラ実演 | Comments(8)

九月は単衣で

オペラやコンサートの新シーズンが始まった。着物の季節も再来だ。
車で行ける場所だったら、基本的に着物で出かける。
ウィッテムの修道院図書館でのエマ・カークビーのリサイタルには、草木染の単衣の紬を
着て行った。
今まで、教会でのコンサートに着物で出かけたことはない。石造りの教会と着物とはあまりに
ミスマッチに思えるからだ。
修道院の図書館は、書架や階段などがネオ・ゴシックの木で出来たぬくもりの感じられる
インテリアだったので、着物でも違和感がないどころかしっくりとマッチした。

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      グリーンの地にパステル・カラーで菱形のような模様を織り出した紬。
      竹の字を意匠化したデザインの塩瀬帯、茶色にパステル・カラーの
      入った帯締、白地に水色とピンクの源氏香柄の帯揚。
      

ブリュッセルにも車で行ったので、着物でオペラ鑑賞も可能だったが、マチネ公演だったし
その前に王宮を見学予定だったので洋装にした。

リエージュでのオペラ鑑賞には、もちろん着物を着て行った。家から一番近い歌劇場である。
車で25分くらいだ。

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        水色の紋ちりめん色無地単衣に砂子つづれの袋帯。
        三分紐に珊瑚のバラとゆりの帯留(デビュー!)、
        ローラ・アシュレーのバラ模様のスカーフを帯揚に。
        母の着物を裄直しせずに着たので、腕がにょっきり。
        帯地で手作りしたバッグはおニュー。

会場は黒と赤のインテリアなので、淡い色の着物ときらきら光る帯がばっちり映えたと思う。
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by didoregina | 2011-09-23 11:57 | 着物 | Comments(2)

『イフィゲニア2部作』@DNOの出演歌手達

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2011年9月18日@アムステルダム歌劇場
Iphigénie en Aulide    Iphigénie en Tauride
Christoph Willibald Gluck (1714 - 1787)

muzikale leiding  Marc Minkowski
regie  Pierre Audi
decor  Michael Simon
kostuums  Anna Eiermann
licht  Jean Kalman
dramaturgie  Klaus Bertisch

Diane  Salome Haller
Agamemnon  Nicolas Testé
Clytemnestre  Anne Sofie von Otter
Iphigénie   Véronique Gens
Achille  Frédéric Antoun
Patrocle  Martijn Cornet
Calchas  Christian Helmer
Arcas  Laurent Alvaro


Iphigénie  Mireille Delunsch
Thoas  Laurent Alvaro
Oreste  Jean-François Lapointe
Pylade  Yann Beuron
Première prêtresse  Simone Riksman
Deuxième prêtresse  Rosanne van Sandwijk
Diane  Salome Haller
Un Scythe  Peter Arink
Le ministre  Harry Teeuwen
Prêtresses  Gonnie van Heugten, Madieke Marjon
 Maartje Rammeloo, Floor van der Sluis

orkest   Les Musiciens du Louvre.Grenoble
koor  Koor van De Nederlandse Opera
instudering  Martin Wright

モネ劇場との共同プロダクションなので、演出に関する感想は今回は省く。2年前のブリュッセル
での観賞記(『アウリスのイフィゲニア』および『タウリスのイフィゲニア』)を参照願いたい。

今回の公演では、特に女性歌手達に注目した。すなわち、アウリスのイフィゲニア役のヴェロニク・
ジャンス、その母クリュタイムネストラ役のアンヌ・ソフィー・フォン・オッター、タウリスのイフィゲニア
役のミレイユ・ドルンシュである。

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        アウリスのイフィゲニア、その母とアキレス

第一部での主役ジャンスは、ブリュッセルでも同役だった。古楽系で清々しく端整な歌声が、受身の
生き方で従順な役にぴったりとはまっていた。感情を押し殺し自己主張というものを禁じられたかの
ようなイフィゲニアには適役だ。ジャンスは、フランス人女性にしてはけっこう大柄な体型とは裏腹に、
顔立ちも声もどちらかというと地味だし声量もさほどないので、CDや映像ではイマイチその魅力が
伝わらない。ナマで聴いてみて初めて、しみじみとしたよさがわかるという、ちょっと損なタイプである。

モネ劇場の公演では、彼女の正統的古楽っぽい歌い方と、相手役アキレスの朗々とした明るい声が
どうもマッチしていなかった。今回のアキレスは、鼻にかかった甘めの声だし張り上げたりしない歌い
方なので、声量的にもアンサンブル的にも均整が取れていた。

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         アルカス、クリュタイムネストラ、イフィゲニア

しかし、アンサンブルの影の功労者は、母親役のアンヌ・ソフィー・フォン・オッターだ。
堂々とふくよかで芯のある歌声に、娘の行く末を案じる母親らしさが込められていて、しかも歌唱が
自己主張しすぎない。長身で立ち姿が美しく華がある歌手なのに、しっかりと脇役に徹している。
好感度抜群。それでいて、彼女が登場すると舞台が引き締まるのは、さすがだ。クールなディー
ヴァの面目躍如。

アガメムノンは、全く印象に残らなかった。専制君主的家長の威厳さを感じさせるわけでもなく、
ちょっと影が薄すぎた。
それに対して、金粉を塗ったスキンヘッドに筋肉のしっかりした上半身を裸身で誇示したアルカス役
のアルヴァーロが、押し出しの強さと不気味さで文字通り光っていた。

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           トアス王とタウリスのイフィゲニア

第二部の主役は、ドランシュだ。最近、かなり太り気味のような気がする。それともおめでたなのか。
離れ島で巫女として10年を過ごしたにしては、肉付きがよすぎるイフィゲニアなのでは、と突っ込み
を入れたくなるほど、他のほっそりとした少女のような巫女たちに混じると、どす~んとした下半身の
重さが目立った。
声は、重量に比例して力強い。ドラマチックで威勢のよい第二部の音楽には合っているが、どうも
役のイメージに対して重すぎる声に思えた。まろやかで持ち味自体は悪くないし、声そのものは嫌い
ではないのだが、歌唱にメリハリやニュアンスが足りないような気がして、イフィゲニア役としては
モネでのナジャ・ミヒャエルに軍配を上げたい。(ヴィジュアル的にも)

ジャンスの声量は、ドランシュには比ぶべくもない。二人が同時に舞台に立たなかったのは幸いだ。

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            オレスト、ピラデ、イフィゲニア

男性歌手は、オレスト役もピラデ役も、似たり寄ったりで個性にも魅力に乏しかった。この二人の
友情の絡みが第二部では重要なのに。
それに対して、第一部での不気味さで印象付けたアルヴァーロのトアス王が圧倒的迫力の歌唱で、
イフィゲニアとの掛け合いは丁々発止でスリリング。

プロダクションは同じでも歌手が変わると、かなり全体の印象が異なるものだ、と思った。

ブリュッセル公演ではモネ劇場専属オケだったのに対して、今回の器楽演奏担当は古楽オケのレ・
ミュジシャン・ド・ルーブル・グルノーブルだ。舞台上のコーラス席から、同じく舞台上で指揮する
ミンコさんの姿をほぼ正面から見ることが出来たのが楽しかった。

第一部の音楽はわりと淡々と進み、典雅な古典派らしさを保った形態なので、丁寧だが感情表現は
抑え気味の演奏だったのが、第二部になるとうってかわって、弾けたように奔放になった。作曲作法
自体が、新時代に入ったかのように全く変わったからだが、その変化が劇的で耳に判りやすい。
明暗がより一層くっきりと浮き彫りになった。
オケの音のほうが、歌手の声よりも直接届く位置だったからかもしれない。


終演後に女性歌手3人のサイン会があることを、前日に知った。美女達とのツーショットのチャンスで
ある。どんなに遅くなろうともサインをもらおう、と心に決めた。

舞台衣装から私服に着替えて、ヘア・メークもばっちり直した美女3人がデスクに並んで座った。
右端がジャンスでサインの列はそこから始まる。
こういう場合、それぞれの歌手に対して、なんと声をかけるべきか悩む。いずれも魅力的な歌手で
あるが、特に誰かの熱烈なファンというわけでもない。ジャンスには「このオペラは2回目の観賞です。
あなたの歌声がとても好きだし、よい舞台でした。」と、なんだかあたりさわりのないことを言ってみた。

真ん中にフォン・オッターが座っていた。彼女のCDは自宅に色々あるのだが、CDを作曲家別の
アルファベット順に並べてあるのが災いして、当日の朝急いでいたので、彼女のCDだけ見つからず
持って来れなかった。それで、「あなたのCDは沢山持ってるんですが、どれにしたらいいのか
悩んでしまって、失礼ですがパンフレットにサインお願いします」と、理由にならない言い訳をした。
すると、フォン・オッターは私の持っていた別のCDに目を留めて、手を伸ばしてきた。「これは、
ドランシュさんのCDなんです」と言うと、どれどれと眼鏡をかけてジャケット写真や曲目をじっくりと
見る。このジャケットのドランシュは金髪ショートで写真も小さいので、ちょっとフォン・オッターに似て
見える。フォン・オッターはドランシュのCDをなかなか返してくれないので「フランスの作曲家の曲を
集めたCDなんですよね」と言うと、「ふむ、なかなかよさそうじゃない」と鷹揚に言い放ち、姐御
の貫禄十分のフォン・オッターであった。

最後はドランシュだったが、フォン・オッターとのやり取りが長引いたので、彼女を待たすことになって
しまった。舞台の印象とは異なり、座ると小顔なのでほっそり美人に見える。ジャケットではなく、
CD本体にしてもらったサインは丸っぽくかわいくて、最後に加えたミレイユという字がよく読める。

サイン会のお礼として、劇場側から歌手3人に、劇場近くの有名チョコレート屋プッチーニの小箱が
プレゼントされた。
ドランシュに話しかける言葉が見つからなかったので、「このチョコ食べたことないんですよ」などと
言ってみた。オランダ人歌手だったら多分「あらそうなの、美味しいのよ」とか「私も初めてだわ。
あなたも食べてみる?」などと言う筈だ。ところが、彼女からは何の反応もなかった。とりなすように
劇場の人がチョコの説明を始めた。ドランシュは、ダイエット中なのに余計なものを、と思ったのかも
しれない。

普段使うデジカメは、マヨルカ島に出かけた主人が持って行ったので、長男のデジタル一眼カメラを
借りて来た。舞台裏写真は撮れたが、フォアイエは大きなガラス窓から差し込む日の光が明るすぎ、
手動でどうやっても絞りが効かずに、真っ白の写真ばかりになってしまった。
ツーショットも撮ってもらったのに、お宝写真は出来なかった。

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         サイン会での、(多分)フォン・オッター
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by didoregina | 2011-09-21 22:44 | オペラ実演 | Comments(6)

グルックの『タウリスのイフィゲニア』と『アウリスのイフィゲニア』を舞台裏側から

デ・ネーデルランド・オペラ(DNO)の『イフィゲニア2部作』を舞台上のコーラス席から鑑賞
した。コンセルトヘボウのコーラス席ならいざ知らず、歌劇場の舞台上に造られた客席に観客と
して座って裏側からオペラ鑑賞、という機会はめったにない。

DNOからのメルマガでそういうお知らせが来たので、即電話でチケット・ゲットした。
チケットはすぐに郵送されてきた。別便で集合場所や時間についての注意事項の手紙も来た。
(時間が間違っていたので、訂正メールもその後届いた。)
だから、実演体験を首を長くして待っていた。

13時30分開演の日曜マチネなので、13時15分に入り口付近のミィーテイング・ポイントに
集合。時間厳守。その前にコートなどはクロークに預けること。字幕が見えない位置なので、
簡単なプログラム・ブックの交換券もチケット代25ユーロに込みだ。

当日、集合場所には、老若男女が50~60人ほど集まった。老年の夫婦連れが大半なのは
普段の客席と同じだが、なぜか比較的若い男同士の二人組みが多いように思えた。

一行は、若い男性のアッシャー2人に従って、クロークのある一階の奥の方にぞろぞろと歩いて
行った。オフィス・ドアを抜けると、出演者および関係者専用のカンティーンだ。ロッテルダムの
コンサート・ホール『デ・ドゥルン』でも入ったことがあるが、カフェテリア形式の学食や社員食堂
の雰囲気で、料金はめちゃ安。

その先が楽屋で、そこから階段を上がると文字通り舞台裏に出る。暗い。足元には照明があるが、
迷わないように前の人に遅れずに付いて行く。オケ・メンバーも同じ通路を通って同じ舞台上に登る
ので、楽器を持った人たちも混じって歩いている。

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       舞台上の特設コーラス席からの眺め。正面が一般客席。
       普段のオケ・ピット上に格闘技リングほどの大きさのステージが
       造られ、オケは舞台上に登っている。

コーラス席は、注意書きから想像していたよりも座り心地がいい。半円状で傾斜が急な段5層に
席が作られていて、座面と背に造りつけのクッションがある。足元もゆったりスペースだし、前の
人も全く邪魔にならない。特設とはいえ、軋む音もしないし、しっかりした造りになっている。

こうしてステージ奥からステージおよび客席を眺めると、全体のフォルムがこの歌劇場にぴったり
と収まっていることがよくわかる。アムステルダムの歌劇場の客席は、ゆるい弧を描いた半円状に
配置されている。今回は、オケピットとステージの位置を逆転させ、舞台上にやはり半円のコーラ
ス席が設置されたので、歌劇場内部全体の造形は、ギリシャの古代劇場そっくりになった。舞台
面積のやたらと広い(自称世界で2番目に大きいという)アムステルダム歌劇場ならではの壮観さ
だ。モネ劇場では、さすがにこの効果は得られなかった。

私は、舞台下手側のコーラス席に座った。オケの位置はやはり半円状に設置されている。
今回の指揮者ミンコフスキーは、舞台および一般客席に背を向けず、下手に顔を向けて中央に
立っている。
指揮者の左側が舞台で、右側および後側にオケが陣取る形だ。歌手の後方舞台に指揮者が
立っているわけだから、一般客席に向かう歌手からは指揮姿は見えない。だから指揮者を映す
モニターが元々のオケ・ピットや客席など計10箇所くらいに設置してあった。

舞台上コーラス席の真ん中に、合唱団員が座っている。それに混じる形で、私達が座っているの
だった。注意書きに、舞台上ではおしゃべり厳禁、あまり身動きするな、とあった。でも、一般
客席からコーラス席ははたしてよく見えるんだろうか、と疑問が湧いた。こちらからは鏡映しのように
なっている一般客席は、上演中は暗いからそれほどよく見えない。逆もまた同様ではないだろうか。

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        オケと指揮者が下方目の前によく見える位置。

オケの音は当然ながらよく響いてくる。指揮者もほぼ正面でよく見える位置である。
歌手が乗った舞台は、というと、距離的に近いので、声も心配したほど聴きづらくはない。
古楽アンサンブルによる演奏なので器楽の音がそれほど大きくないから、大編成のモダン・オケが
ピットに入ったとき(R.シュトラウスなど)よりもずっと歌手の声はよく聴こえてくるほどだ。
それに、演技があるから様々な位置と向きで歌うので、後ろ姿ばかり見てる、という気にはさほど
ならなかった。

ただ、ミンコさんは、位置的にちょっと全体像がつかみにくくて、指揮しづらいのではないか、とは
思えた。左目でちらちら舞台の歌手を見ながらの指揮になるし、オケ・メンバーの3分の1は指揮者
の後側という変則的な配置なのだ。

こういう舞台演出を考えたオーディは、休憩中にカンティーンを通ったら、コーヒーとスナック菓子を
買っていた。このプロダクションの演出担当のみならず、DNOの芸術監督という高位の人なのに
自分でお金を出して普通に社員食堂でコーヒーを買っている姿は、私達の親愛の情を誘った。

2つのオペラを一挙に上演となると、40分ほどの休憩をはさんで全部で5時間近くの長丁場である。
演奏家達や舞台裏で実際に働いている人たちは大変だ。
座っているだけでいいのに、第二部が始まるときには、コーラス席の観客の数は少し減っていた。
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by didoregina | 2011-09-19 21:28 | オペラ実演 | Comments(7)

カステルヌオーヴォ=テデスコのレアなピアノ・リサイタル

今週末(9月15日から18日まで)、マーストリヒトでは恒例のMusica Sacraが開催されている。
聖なる音楽という名称が示すように宗教にまつわる音楽祭なのだが、様々なコンサートのみならず、
映画上映や劇の上演もあり、朝から晩まで大小複数の教会を会場にイヴェントが目白押し。

フレイトホフ劇場のVIPルームでの小規模なピアノ・リサイタルに行ってみた。
カステルヌオーヴォ=テデスコの『ダビデ王の踊り』という曲が演奏されるので興味津々だった。

Mario Castelnuovo-Tedesco (1895 - 1968)

Le Danze del Re David, opus 37 (1925)
(rapsodia ebraica su temi tradizionali)

Vivo e tumultuose
I. Violento ed impetuoso
II. Ieratico
III. Rapido e selvaggio
IV. Lento ed estatico
V. Rude e ben ritmato
VI. Malinconico e supplichevole
VII. Allegro guerriero
Alla chiusa: Chiaro e solenne
come una fanfare regale

Jeroen Riemsdijk piano

約20分の組曲形式のこの曲だけの演奏会が、金曜夜と土曜昼の2回行われた。
入場料はタダ。(その他は、ソロ・コンサートなら8ユーロ、室内楽なら12から20ユーロ、
大規模編成のオケ演奏なら30ユーロくらいだ。)
こういうマイナーな曲では、お金を取ったら集客が望めないのだろう。さすがにタダだと、小さな
会場だが超満員だった。



「伝統的主題に基づくへブライのラプソディー」とサブ・タイトルが付けられたピアノ曲は、短い
7つの章からなる。サムエル記第二部に書かれた、ダビデ王の歓喜の踊りの様子を音楽で
表現したもの。ユダヤの伝統的メロディーが取り込まれているらしいが、素人耳には、いかにも
第二次大戦前の20世紀の音楽、という雰囲気がいっぱいで、賑々しいリズムは、どこかスペイン
舞踏のようにも聴こえる。
サン=サ=ンスとラヴェルにグラナドスの味付けを加えたような印象の音楽だ。

ピアニストのリムスダイクは、マーストリヒト音大のピアノの先生だ。学生が沢山聴きに来ていた。
エネルギッシュでリズム感のいい演奏だ。こういうマイナーな曲を選ぶ姿勢がなかなかいい。
この人、来月はウィッテムの修道院図書館でのオペラ・ザウドの歌手によるコンサートの伴奏をする
ようだ。オペラ・ザウドの『ばらの騎士』で元帥夫人役のヨハンニ・ファン・オーストルムが歌うので、
聴きに行こうか。


フレイトホフ劇場のVIPルームに入るのは初めてだった。広場に面した2階の素敵な部屋で、
左右の壁は木で4つの菱形が形成され、その枠の中にそれぞれ四季のアレゴリーを表現した絵が
フレスコ画のようなタッチと色合いで描かれている。いずれも神話的な女性像なのだが、ギリシア・
ローマ的なものとゲルマン的なものの折衷だ。フローラのような春の女性と果物を大盤振る舞いの
豊穣の女神のような秋が描かれていると思えば、冬を体現した女性などいかにも寒そな身振りだし、
夏の女性は水の妖精のように見える。
木の板に白っぽいパステル調の色合いで描かれており、1860年とサインがあった。
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by didoregina | 2011-09-17 21:03 | コンサート | Comments(2)

『メデア』@モネ  現代の魔女は繊細な心の持ち主?

2011年シーズン最初の演目『メデア』は、2008年のモネのプロダクションの再演だ。
オリジナルのフランス語版なので、登場人物名はフランス風の名前になっている。そして、
レチタティーヴォの代わりに、登場人物は現代フランス語の台詞をしゃべる。そこに、まず
少々違和感を覚えた。

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         メデアは、エイミー・ワインハウスそっくりのヘア・メイクに
         ドレス、そして刺青で登場。ナジャ・ミヒャエルは細身で華奢な
         体型なので、脆さと繊細さもワインハウスさながら。

Médée  Luigi Cherubini  2011年9月11日@モネ劇場
Opéra en trois actes, version originale française
Livret de François-Benoît Hoffman adapté par Krzysztof Warlikowski &
Christian Longchamp

Muzikale leiding  Christophe Rousset
Regie  Krzysztof Warlikowski
Decors & kostuums   Malgorzata Szczesniak
Belichting   Felice Ross
Dramaturgie  Christian Longchamp
Miron Hakenbeck
Video  Denis Guéguin
Choreografie  Saar Magal
Koorleiding  Stephen Betteridge

Médée  Nadja Michael
Jason  Kurt Streit
Néris  Christianne Stotijn
Créon  Vincent Le Texier
Dircé   Hendrickje Van Kerckhove
Première servante   Gaëlle Arquez
Deuxième servante   Anne-Fleur Inizian
Orkest  Les Talens Lyriques
Koor Koor van de Munt

開幕前や休憩中の舞台スクリーンには、50年代のホームヴィデオ風の映像(結婚式など)が
映し出され、60年代ポップスやシャンソンが流れている。
結婚式に参列するかのように正装した男の子二人が立っている。どうやら、メデアとイアソンの
息子たちらしい。

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        イアソンの新しい花嫁となるディルセ(グラウチェ)とその父
        クレオンとドレッド・ヘアのイアソン(ジャゾーネ)

第一幕冒頭では、まず、ディルセの恐れ慄きが主要テーマだ。女官たちから慰められたり、
父王から諌められたりするが、メデアの恨みを買うことは必至なので、イアソンとの結婚に乗り気
になれない王女である。
小鳥のようにはかなげで、国策のための政略結婚に従わなければならないディルセの心情が
叙情的なメロディーのバロック・フルート・ソロに込められている。結婚への迷いと希望とがないまぜ
で、魔女メデアがどんな手段に訴えてくるのだろうのか、という不安が心に暗い影を落としている。

イアソンからの贈り物も、乙女心がわかっていないようなヘンなものだから、心が満たされない。
ここでは、ダイヤを付けた髑髏で、まるでダミアン・ハーストの作品を思わせて愉快だった。
本物だったら相当の価値がある贈り物だが、贈られてもあまりうれしくないものである。

ディルセ役は、ベルギー期待のかわいらしいソプラノ、ヘンドリッキュ・ファン・ケルクホーヴだ。
小顔で細身の体型もリリコの声も、サリー・マシューズによく似ているから、『ばらの騎士』の
ゾフィー役なんかもぴったりだろう。見た目もさわやかでいい感じ。今シーズンはDNOの新作
オペラで素顔のマリリン・モンロー(ノーマ・ジーン)役を歌う。


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           皆から疎まれて追放の憂き目にあい、
           花嫁・花婿の人形に呪いを込めるメデア。
      

そういう愁嘆場にメデアが登場。酒瓶を持って足元が覚束ないそのいでたちは、エイミー・ワイン
ハウスそっくりであるが、このコスプレは3年前のプロダクションでも同様だった。ただ、つい先ごろ
ワインハウスが亡くなったばかりだから、その姿にどうもアクチュアルなリアリティーがある。
外見やドスの聴いた声と歌詞の内容とは裏腹に、ワインハウスもメデアも、心の奥に脆い部分を
秘めた繊細な女性だ。
ナジャ・ミヒャエルの声はこの役にどんぴしゃだし、最初からダイナミックにドラマチックで迫力満点。
かなりマリア・カラスを意識しているのではと思える歌唱。堂々たる悲劇のヒロイン魔女ぶりである。


フランス語の台詞がレチタティーヴォではなくしゃべりなので、音響増幅のため、主要登場人物は
皆、マイクロフォンを付けている。だから、台詞はよく聴こえるが、歌や演奏部分と比べて突出して
しまって不自然である。(古楽アンサンブルのレ・タラン・リリックによる演奏なのだが、古楽器の
音響補足のためにも、あちこちにマイクロフォンが立っている。だから、ヴァイオリン・ソロや太鼓
などがよく響きすぎて、これも少々不自然だった。)


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          メデアをなじりつつ同情心も見せるクレオンと
          しゅんとしてしおらしいそぶりのメデア。


イアソンというのは、男としての甲斐性がなくてかなり情けないタイプである。マッチョに振舞っても
結局、メデアのおかげで成功してのし上っただけで、実力が伴わない。メデアとディルセ双方の
女性の気持ちが全く理解できないのも、困ったものだ。現代にも多々見かけるし、よくある男の
典型かもしれない。そのイアソン役のクルト・シュトレイトは、ドレッド・ヘアもチンピラっぽい服装も
よく似合っていたし、空威張りでエゴイストのイアソンのイメージにぴったりの声と歌唱だ。


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           侍女ネリスに泣きつくメデア

メデアの策略を知らないネリスは、泣き落とされて心ならずもメデアの悪事に加担してしまう。
花嫁に毒を塗ったガウンを贈る役目だ。
ネリス役は大柄なメゾ。誰だろうと思ったら、クリスティアンネ・ストテインだった。この人には、
やっぱり、侍女とか乳母とか地味な役が似合うと思う。声にイマイチ、主役を張るだけの張りがなく、
オーラもないからだ。名脇役と言われる渋い俳優を見習って、脇役としてのトップを目指す方がいい。


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           二人の息子との別れを惜しむそぶりのメデア

第三幕は、ひたすら凶暴な悲劇の最後に向かって突き進む。しかし、演出は非常にスマートかつ
現代的で、子殺しのシーンも花嫁毒殺のシーンも見せない。
メデアは、壁にあった現代版ピエタ像の聖母の着ていたブルーのマントを纏い、子供達に別れを
告げる。新しいお母さんと仲良くするのよ、と。
しかし、心は冷たい炎に燃やされていることがわかる恨み節で、ギリシア悲劇のヒロインそのものの
勝気で自信に満ちた歌だ。この両極端の心情振幅の激しさが、メデアをメデアたらしめている。

自分のお腹を痛めて産んだ子供は可愛い。しかし、自分を捨てた夫と世間に対する憎しみと復讐の
念はそれを上回る。メデアの傷ついた心は、残酷という概念や後悔とは無縁の域に達したのだろう。
その確信に満ちた行為は、なぜか、世継ぎの子供を人質に捕られても降伏のそぶりを見せず、
「子供なんて、わたしにはいくらでも作れるのよ」と言い放ち、城壁の上からスカートを捲り上げて
下腹部を敵に見せ、あっと言わせたというルネサンス時代の女傑、カテリーナ・スフォルツァを思い
出させた。(塩野七生『ルネサンスの女たち』)

まるで妊婦のようにお腹を膨らませた格好のメデアが、スリップの下から血の付着した子供達の
パジャマを出して、イアソンに復讐劇の一部始終を悟らせる。
物分りの悪い男にも子供が殺されたことは理解でき半狂乱。メデアは復讐の甘い味をじっくりと
味わうようかのように丁寧にパジャマをたたんで箪笥に入れる。そこに幕が下り、音楽は終わる。
しかし、メデアは一人幕の前に残されたままだ。無言で無音の舞台をゆっくりと歩き、おもむろに
幕の中に仕掛けられたドアを開けて、メデアが奥に消える。ここで拍手になり、本当の幕。
龍に引かせた車を駆って天空に消えたりはしないが、メデアの行く先は別の次元の異界である。
社会から疎外された人間の、閉じられた狂の世界と言い換えてもいい。


歌手は皆、立派な歌唱で不満はない。だが、迫力とオーラではナジャ・ミヒャエルが群を抜いていた。
彼女の一人舞台といってもいいほどで、熱い拍手とブラーヴァが飛び交った。モネでは珍しいほどだ。
歌唱の点では、マリア・カラスに負けないメデアなのではないかと思えた。そして、演出と衣装の
せいで、強くて怖いだけの女ではないメデアの精神の脆い部分も表現されていた。

ケルビーニの音楽は、古典的端整さとドラマチックな乱調が混じって、バロックのようなケレンミも
あり、それにロマン派のように心を酔わせる毒の味もする。
ルセ指揮のル・タラン・リリックの演奏はハチャメチャとは程遠い端整な諧調そのもので、そこが少し
物足りない気がした。


このオペラは、23日から3週間、モネのサイトからオンラインでストリーミング配信される。
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by didoregina | 2011-09-14 17:33 | オペラ実演 | Comments(2)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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