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『ばらの騎士』元帥夫人の心情演出

理想の大人の女性である元帥夫人の心情を表すのに、ヘタな演出は不要である。
ホフマンスタールの歌詞にもシュトラウスの音楽にも、それははっきりと表現されている。
しかし、それをある程度補足もしくは強調する演技もまた好ましい。

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DNOの『ばらの騎士』は、ヴィリー・デッカーのコンセプトに基づいて、ブリギット・ファス
ベンダーが演出を完遂したものだ。2004年に第一幕の演出を終えた時点で病気のため演出続行
不可になったデッカーの志を継いで、第二幕と第三幕はファスベンダーが完成させた。
ファスベンダーは、その昔、オクタヴィアン役で名を馳せた元メゾ・ソプラノ歌手だから、後任
として適材である。しかも、花形歌手としての現役を退いているから、時の流れの残酷さを知り、
大人の女性の悲哀にも実感が込められるだろう。

第一幕の終わりに元帥夫人が歌う「時というものは結局のところ」に込められた老いに対する
抵抗(夜になると時計を止めてみるの)と諦観(時は音もなく流れている)がストレートな
言葉で表現され、砂時計の砂がはらはらと無常に落ちて行く様が目に浮かぶ。

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デッカーは、だから、実際に第一幕では、夫人を取り巻く時間を止めてしまった。男爵や
公証人や雑多な商人や使用人の欲望が渦巻く部屋で、髪を整えさせている間に歌手が歌うの
だが、その歌の間は、全ての人物の動きが静止するのだ。そして、夫人は鏡に見入りながら、
歌を聴く。
夫人の思い通りに時は止まったが、その後すぐに人物は再び動き出す。そして髪結いに向かって
夫人は言うのだ。「今日のわたしは老けているように見えるわ、この髪型では」

第三幕の幕開けは唐突だった。間奏曲とともに開いた幕の内側の舞台上では、雑多な登場人物が
凍りついたように瞬間の動きを止めたポーズでいた。夫人の願いどおり、時は再び静止したの
だった。


夫人は、第一幕後半では、ほとんどいつも鏡の中の自分に見入っている。その鏡は曇っていて、
映される姿はぼんやりとしているから、見えるのは夫人の頭を離れない時の流れの無常という
観念である。もしくは現実ではない理想の姿、それとも肉体から遊離した魂かもしれない。

デッカーの構築した舞台装置は、貴族階級の没落を象徴するかのように斜めになった壁だけと
いうシンプルさだ。その傾斜が幕を追うごとに急になり、壁は低くなっていく。貴族の館らしい
華麗な内装は全くない。置かれているのはベッドと、椅子と、鏡だけだ。
ファスベンダーは、鏡をキー・ワードにして、第二幕と第三幕の舞台演出を続けた。

第二幕冒頭では、小間使いが鏡を磨いている。しかし、曇りは取れない。

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第三幕でも、鏡は重要な位置を占めている。元帥夫人が赴くところには、必ず等身大の鏡が置い
てあるのである。夫人の独白の相手は、鏡の中の自分なのだ。
最後に夫人は大人の女性の矜持を保ちつつ、青春に決定的に別れを告げるべく、オクタヴィア
ンを捨ててゾフィーに譲る。
そして、夫人がオクタヴィアンとゾフィーの二人を残して去った後、鏡は舞台を左から右まで
横切ってしっかりと片付けられたことからも、その象徴性は明らかだった。


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ダブル・キャストになったオクタヴィアン役を千秋楽に演じた、ミシェル・ブリートのサイン
会が終演後にあった。
南アフリカ出身で、現在はドイツを中心に活躍中だ。名前の綴りはオランダ系で、オランダ語
読みならブレートという姓だ。英語を母国語とするがオランダ語も話せる、と本人が言っていた。

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      お約束のツーショット。「『ばらの騎士』はとても美しい
      音楽のわかりやすく、万人向けのオペラ」と話す声も凛々しい。
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by didoregina | 2011-05-31 19:16 | オペラ実演 | Comments(8)

『ばらの騎士』@DNO 千秋楽の大団円

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アムステルダム歌劇場に行くのは、今シーズンこの演目のみだ。ここに限らず、近頃どうも
オペラのTV放映に現を抜かして、ナマの舞台に触れる機会が少なかった。

アムステルダムは遠いので、日曜マチネしか狙えないのだが、冬は大雪がネックだし、週末は
保線のためオランダ鉄道はダイヤが乱れに乱れて、行く気が萎えてしまうのだった。
今回も、途中のデン・ボッス~ユトレヒト間の鉄道メンテのため、とんでもない迂回路になった。
デン・ボッスからユトレヒトへは電車でまっすぐ北に30分の距離だが、昨日は東に大きく迂回
してデン・ボッス~ナイメヘン~アルネム~ワーヘニンゲン~ユトレヒトとなったので倍以上の
時間がかかった。
しかも、そこから先はスキポール空港に直行という変則ダイヤになったので、アムステルダム
中央駅に行くにはユトレヒト乗換えになり、通常乗り換えなしなら2時間半でマーストリヒトから
アムステルダムまで行けるのだが、4時間近くかかった。マーストリヒト発8時26分の電車に
乗ってアムステルダム中央駅(12時15分着)から歌劇場に直行、13時半から18時まで
オペラを鑑賞して、終演後もまっすぐ駅に向かい、18時38分発の電車を乗り継ぎ、マース
トリヒト駅に着いたのは22時35分だった。

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       アムステルダム歌劇場脇に立つ、スピノザの銅像。
       最近、『エチカ』の手書き原稿がローマで発見された。
       運河を見ながら銅像脇のベンチで、近くのデリで買った美味しい
       サンドイッチの昼食。アムス遠征には、大概、朝昼晩とも
       3食サンドイッチになるのが通例。カフェに入る暇もない。


c0188818_19515085.jpgDer Rosenkavalier
Richard Strauss 1864 1949

muzikale leiding  Sir Simon Rattle
regie   Brigitte Fassbaender
naar een concept van  Willy Decker
decor/kostuums  Wolfgang Gussmann
licht  Hans Toelstede
dramaturgie  Klaus Bertisch

Die Feldmarschallin   Anne Schwanewilms
Der Baron Ochs auf Lerchenau  Kurt Rydl
Octavian  Michelle Breedt
Herr von Faninal  Michael Kraus
Sophie  Sally Matthews
Valzacchi  Niklas Björling Rygert
Annina  Carole Wilson
Ein Polizeikommissar  Rúni Brattaberg
Ein Sänger  Ismael Jordi

orkest  Rotterdams Philharmonisch Orkest
koor  Koor van De Nederlandse Opera

オクタヴィアン役のはずだったマグダレーナ・コジェナーが初日の直前に病気降板したので、
キャストティングが二転してしまった。というのは、2004年の同プロダクションでオクタ
ヴィアン役で、今回初日に歌うことになったミシェル・ブリートも病気でドタキャン。白羽の
矢が立ったのはオペラ・ザウドで今シーズン、オクタヴィアンだったカリン・ストローボスだ。
初日の新聞評はいずれも「スター誕生」扱いで彼女を絶賛していたが、私はどうも納得でき
なかった。
コジェナー復活の見通しは立たないから、仕方ない。ポジティブに考えよう、ストローボスでも
いいか、とあきらめもついた。
ところが、数日前にキャストをよく見ると、千秋楽にはミシェル・ブリートが歌うことに変わっ
ていた。
しめしめと思ってしまった。彼女はドイツやチューリッヒで幅広く活躍しているし、アンダーの
アンダーでは、ちょっとね。

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        ミシェル・ブリートのオクタヴィアンはみずみずしさ満点。

結論から言うと、彼女のオクタヴィアンは期待に背かない出来だった。
彼女が主役といってもよく、カーテンコールでも一番拍手喝さいを受けていた。
何が良かったかというと、童顔で丸顔、小柄だが均整がとれた少年っぽいスタイルと仕草で、
ヴィジュアル的にも、幕開けから一貫して説得力満点。もちろん、歌唱も堂々としたもの。
女装して小間使いマリアンデルに化けると、それがまた田舎っぽさが上手く表現できて可愛い。
もしもコジェナーがやっていたら、17歳という設定のオクタヴィアンにはちょっとトウがたち
すぎ、田舎娘の可憐さもだせたかどうか。


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        官能的な元帥夫人とのアヴァンチュールでは、
        オクタヴィアン役のブリートの一人勝ちといえるほど、
        印象的だった。まるで17歳の少年そのもの。

元帥夫人は、アンネ・シュバーネヴィルムスで、これもハマリ役といえる。まるで漫画のマリー・
アントワネットのイメージにそっくりなのだ。大人の女性の魅力をここまでノーブルに表現できる
という点で人後に落ちない。肉体的にも精神的にも成熟し、むんむんと香る女っぽさの出し方が
上品で好ましい。元帥夫人というのは、世間の物事をよくわかった、貴婦人の理想的姿だから。

(池田理代子女史の『ベルサイユのばら』は、オペラ『ばらの騎士』に相当影響を受けているの
ではないか、と思う。ロココという虚栄に満ちた時代のうつろい、はかなさ、甘さ、というものを
少女漫画の世界に取り入れている。オスカルというアンドロギュノス的人物もオクタヴィアンから
ヒントを得ているのではないか。また、愛人フェルゼン伯と小間使いロザリーもオクタヴィアン
からの派生だと思う。オペラ舞台では元帥は不在というのも、漫画でのルイ16世の存在感の薄
さに近い。)


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        気品があって大人の女性の理想の元帥夫人。


ゾフィー役はサリー・マシューズで、観賞前は彼女一番のはまり役ではないかと思った。
この人の声は、ヴィヴラートにちょっとドラマチックな暗さが入り込むので、大人に半分なり
かけた少女という設定に合っている。しかし、上手いことは上手いのだが、世間知らずのお嬢
様という役柄上、ちょっと華にかけるのが残念だ。少女っぽさの表現が型にはまり過ぎてる
きらいがあった。

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        可愛いのだが、どうも今回はイマイチ役不足というか、
        他の歌手に食われていたのが残念。


第一幕、歌手役でイスマエル・ホルディが出ているのを発見。去年の『ロメオとジュリエット』
でロメオ役が印象深かったイケメン・テノールだ。ちょい役だが歌が印象に残るので、カーテン・コールではかなり拍手をもらっていた。

オックス男爵役のクルト・リデルの歌唱が弱かった。コミカルな演技はいいのだが、声が出ない。
結構出ずっぱりで、低音の引き締め役が重要なんだから、もう少しなんとかして欲しい。
でも、それは、今回他の歌手にも大なり小なり言えるのだった。声量がオーケストラの音量に対
して負けている。

ロッテルダム・フィルは最初から威勢のよいラトルに合わせて、ちょっと爆音響かせすぎている
ように思えた。全ての音がクリアーすぎた。もう少しウィーンっぽいもやもやっと霞が混じっ
たような音だといいのに。冒頭の元帥夫人とオクタヴィアンの絡みで、オケの音響がでしゃばり
気味に感じられた。官能というより、健康溌剌とした響きなのだ。
間奏やワルツなどは悪くない。そして、第3幕になると、多分声量をセーブしていた歌手達も
調子が出てきたのと、甘い響きもオケから十分鳴るようになっていて、ようやく満足できた。
でも、観客は最初から大満足で、各幕の終わりと始まりに贈るオケに対する拍手が尋常ではない
ほどの大きさで、途中でも足踏み口笛も合わさり大熱狂の様相だった。

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今回は、一階バルコン(日本風には2階)の右よりで、指揮者をほぼ真横から見る位置。
ステージも近かったので、カーテンコールの写真もわたしにしては上手く撮れた。
しかし、隣に座ったのが、箸がころがってもおかしがる人物(70歳くらいの女性)で、最初から
最後までオペレッタを見に来たようなノリで、笑いまくり。笑いと全く関係ない場面でも
「あはは、ははは」という声を出すので、こちらは頭に来た。たとえば、上の写真のシーンで
笑う人がいたら、どうする?オクタヴィアンがカッコよくさっと銀のばらを差し出したら、隣の
老婆は「アハハ」と笑ったのだ。。。
第三幕の3重唱のクライマックスでも。。。
そして、本当に笑うべきシーンでは高いびき。最後の方、元帥夫人が身を引くあたりで涙が出
そうになったので、もしここでこの老婆が笑ったら首をしめてやろうかと思ったが、なぜか
笑わなかった。
不可解というより不気味だった。

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      観客も大熱狂の大団円のカーテンコール。
      サー・サイモンも満足げ。最後にカーテンが閉まったら
      舞台からキャーと言う声が聞こえた。出演者も皆大満足。
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by didoregina | 2011-05-30 14:10 | オペラ実演 | Comments(6)

ウィビ・スルヤディのピアノ・リサイタル

内田光子のリサイタルと同じ週に、まことに対照的なピアニストのリサイタルに行った。
インドネシア系オランダ人のウィビ・スルヤディは、オランダ国内では知名度抜群だ。
お城に住みスーパーカー・マニアという派手な生活でセレブとしてTVでの露出度が高い。
自前でチケットを買ってコンサートに行きたいと思うタイプの演奏家ではない。
スポンサーとして招待されたので、次男と一緒に出かけた。

Wibi Soerjadi @ Stadsschouwburg Sittard 2011年 5月15日

Franz Liszt
'Benediction de Dieu dans la Solitude' uit 'Harmonies poetiques et religieuses'

Johann Sebastian Bach (Busoni)
Toccata en Fuga in d, BWV 565

Wibi Soerjadi
Thema 'Passage'
Var. I ~ IV

Pauze

Frederic Chopin
Etude opus 10 nr. 1 in C
Etude opus 25 nr. 1 in As
Edude opus 10 nr. 4 in cis

Wibi Soerjadi
'Voor Mama'

Apuleius' Amor & Psyche ' Amore e Psiche'
I ~ IX

プログラムを見て、「やっぱり」と思った。大仰で華やかな素人ウケのする曲を好んで演奏する
というこの人のイメージにぴったりだからだ。
すなわち、「愛の夢」とか「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」とか「華麗なる
大ワルツ」とかの、きらきらとアルペジオが煌き、甘さとハッタリのある曲ばっかり弾いている人と
いう印象だ。渋さとか内省などとは無縁のタイプである。

実際の演奏も、思ったとおりだった。大げさな曲を大げさな身振りで弾く。童顔で人好きのする
ルックスなので、一生懸命弾いている姿が人々のシンパシーを誘うという得な人だ。

そして、ピアノの横には小さなテーブルが置かれ、水差しとグラス、そしてマイクが。。。
演奏前に各曲の説明をするのであった。

だいたい、バッハの『ニ短調トッカータとフーガ』をピアノで弾く、というのからしてキワモノ以外の
何者でもない。本人も、他のピアニストがこの曲を弾くのををナマで聴いたことがないと断言した。
アレンジしたブゾーニには悪いが、これの曲はピアノで聴きたくないものである。(ブゾーニは実は
私の好きな作曲家なのだ)

有名作曲家の作品以外は、自作の曲を沢山演奏した。
『パッセージ』という曲は、ドレサージ乗馬でオリンピックの金メダリスト(シドニーとアテネ)、
アンキー・ファン・グルンスフェンのために作ったもので、馬の優雅な足並みを表現している。
『ママのために』や『アモーレとプシケー』など全ての曲が短い楽章を繋ぎ合わせものから成り、
いずれもどこかバッハやリストやショパン風の香りがするのだった。

アンコールの『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲のピアノ・アレンジが一番印象に残った。
というのは、左手だけでこの曲を弾ききって超絶技巧振りを披露してくれたからだ。
これは一見・一聴の価値あり。↓



      まさに彼の芸が凝縮されている名演奏
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by didoregina | 2011-05-28 20:39 | コンサート | Comments(4)

マスネの『サンドリヨン』 オペラ・ザウド

オペラ・ザウドはマーストリヒトを本拠地とするオペラ団だが、マーストリヒトには専用の
歌劇場がないので、オランダ各地の市民会館を巡業する。
首都アムステルダムの歌劇場にしょっちゅう行ける幸福な人の数は限られている。地方在住の
人にこういうドサ回りオペラ団はまたとない機会を提供してくれるありがたい存在だ。
北部エンスヘデーを本拠地とするナショナル・レイスオペラも、同じような地方巡業専門の
オペラ団だ。

舞台装置やセットを規模の異なるステージに毎回設営しないといけないので、あまり凝った
ものは使えないというのが移動公演の短所だが、それは頭の使いどころ・腕の見せ所だ。
シンプルにして効果的、しかもポータブルなセットや大道具で舞台を作り上げなければならない。

だから、大掛かりなロシアものオペラやグランド・オペラ、スペクタクルな要素が前提となる
ようなヴェルディのオペラなどは、移動公演向けでない。主要登場人物がさほど多くないものが
好ましい。
また、地方のオペラ団としてさけた方がいい演目としては、メジャーで有名ななもの。がっかり
する度合いが高いのだ。メルヘン風のもいいチョイスだ。

そういうことをオペラ・ザウドは熟知しているから、割とマイナーなオペラを取り上げることが
多く、その場合、大体成功している。はじめて見る・聴くオペラだったら、比べようがないから
満足度が高いのだ。

Bravaで今回放映されたのは、マスネの『サンドリヨン』だった。

c0188818_19312882.jpgpremière15 februari 2008,  Theater aan het Vrijthof Maastricht
dirigent Ivan Anguélov
regisseur Carolyn Sittig
decor- en lichtontwerper Johann Jörg
kostuumontwerper Uta Winkelsen
choreograaf Marishka van Loon

リュセット  Francis van Broekhuizen,
妖精   Maria Soulis,
王子   Helen Lepalaan,
継母   Natacha Kowalski,
ノエミー  Machteld Vennevertloo,
ドロテー  Martine Straesser,
父親   Marcel van Dieren
国王    Zhenhua Chan,

Limburgs Symphonie Orkest
Koor   Conservatorium Maastricht

おなじみシンデレラ物語だが、マスネの音楽には夢見る乙女の気持ちがそっくり表現されていて、
フルートの多用とヴァイオリンの高音のトゥッティで浮遊感と夢想感が溢れる。
流れるような心地よい旋律の展開はバレエ音楽みたいだ、と思ったら、マスネのバレエ『マノン』
にオペラ『サンドリヨン』の合奏部分がかなり流用されているらしいので納得。
プロコフィエフのバレエ『シンデレラ』で聴かれる邪悪なメロディーと跳躍感を強調したリズムの
刻み方とは対極をなす、いかにもおフランス的ふんわりパステル・カラーの色どりの音楽だ。


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        継母と義姉妹はお約束の意地悪さ。 
        父親は尻に敷かれ、リュセット(サンドリヨン)は
        家政婦代わりにこき使われている。


サンドリヨンの家族や妖精たちの服装も、インテリアもモダンなデザインなのだが、王子と王様
や家来はなぜかルイ15世の宮廷っぽい服装だ。


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        妖精に助けられて大時代的なドレス姿に変身。
        やっぱり女の子の夢はピンクのふりふりドレスだ。
        

愛情に飢えた王子は、孤独感にさいなまれメランコリーの病に冒されている。だから、華やかな
舞踏会や王宮よりも、孤独が強調されたシーンが多かった。


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        メランコリックな王子はブルーの世界に籠もる。


舞踏会での短い邂逅の後、互いを忘れられない王子とリュセットが互いに夢の中で出会う。
リュセットは王子の寂しさをわがことのように感じ、胸を痛ませる。森の中で目かくしをした
まま、愛情を求める王子と自己を犠牲にしても王子を救いたいと思うリュセットのデュエットが、
オペラのクライマックスだ。
ここでのシンデレラは、従来のシンデレラ物語に欠かせない玉の輿に憧れる上昇志向とは無縁だ。
王子は心を病む甘えん坊で、白馬に乗って救いに来てくれるようなタイプではない。それが
かえって、リュセットの(母性)本能をくすぐり、助けてあげたいと逆に思うのだ。


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        一目ぼれした王子を置いて、妖精との約束の12時に
        家に帰らなければならないリュセット。


結局、最後はあっけなくハッピーエンドになるのだが、幸せをつかんだのはリュセットという
よりは王子の方だったように思える。リュセットにはもともとシンデレラ・コンプレックスも
物欲もなかったし、舞踏会とて一夜の夢として満足していたのだから。リュセットの愛情を得て
孤独から救われたのは、子供っぽく頼りない王子であった。リュセットは救済の天使だ。
森の中で盗まれた王子の心臓が、リュセットによって戻されるのが二人の関係を象徴していた。

さて、主役歌手のフランシス・ファン・ブルックハウゼンは、若いのにオペラ・ザウドでは大
活躍だ。
プッチーニの『3部作』の尼僧アンジェリカから、プロコフィエフの『賭博者』のヒロイン役
まで幅広い役柄をこなす。ミレッラ・フレーニを髣髴とさせるようなちょっと古風な声質のリリ
コ・スピントで、上手い。彼女のマノンなんか聴いてみたいと思う。
しかし、惜しむらくは、清純な役にはそのルックスが微妙にそぐわない。
彼女を最初に見たとき、悪いけど思い出したのは『不思議の国のアリス』のハートの女王だった。

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        髪が黒くて、どんぐり眼の眉間にいつも縦皺、しもぶくれ。
        体つきはでっぷりではないが、ごつい。本当はジョン・テニエルの
        描く挿絵の女王によく似ているのだが、その絵をアップするのは
        さすがにはばかられるので、可愛いアニメのほうにした。


ちょっとあっけないが大団円。↓


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by didoregina | 2011-05-26 13:44 | オペラ映像 | Comments(0)

内田光子によるシューベルト・ピアノ・ソナタ後期3部作

内田光子さんのリサイタルを聴きに行ったのは、もう3週間も前になってしまった。
この3年ほど続けてエイントホーフェンでリサイタルをしてくれた内田さんだが、来シーズン
プログラムには彼女の名前は載っていない。これで当分お会いできないのだろうか。

今回は、シューベルトの最後のピアノ・ソナタ3作を一挙に弾くという気合の入ったプラグラムである。
しかし、彼女の場合、気合が入っていない、ということはありえないような気もする。いつでも全力
投球である。

Mitsuko Uchida @ Muziekgebouw Eindhoven 2011年5月10日

Franz Schubert (1797-1828)
Sonate in c, D958
(1828)
Allegro
Adagio
Menuetto: Allegro - Trio
Allegro

Sonate in A, D959 (1828)
Allegro
Andantino
Scherzo: Allegro vivace - Trio: Unpoco piu lento
Rondo. Allegretto - Presto

pauze

Sonate in Bes, D960 (1828)
Molto moderato
Andante sostenuto
Scherzo: Allegro vivace con delicatezza
Allegro, ma non troppo

シューベルトが亡くなるほんの少し前に作曲されたもので、特に最後のソナタには、文字通り、
白鳥の歌もしくは辞世の句の匂いが漂う。
この3作をまとめて一晩で演奏するというのは精神的・体力的にタイヘンだろう。
ほぼ満席の聴衆も演奏家の気概に応えるべく、背筋を伸ばして真剣な態度で臨んだ。

最初のソナタD958は、いきなり和音の強打から始まる。内田さんは腰掛けたと思ったら一瞬の間も
おかずに、ダーンと弾きおろした。その潔さというか、迫力には、有無を言わせぬ力がある。
この曲には、ベートーヴェン風な要素が散りばめられている。特にアダージョなんて、まるでベートー
ヴェンに聴こえる。どこか煩悩に苦しむような、炎に取り囲まれ炙られ、じわじわと暗い淵に追い詰めら
れて行くような気分を感じさせる曲だ。
聴衆は息を詰めて一音も聞き逃すまいと聴く。ごくりと唾を飲み込みたくても我慢して。
しかし、そういう緊張感が充満したときに限って、携帯が会場のどこかから鳴ったりするのだった。
ありえない、と顔をしかめた聴衆がざわつくが、ピアニストはそんなものに気を取られたりしない。
自分の世界に没頭しきっている。

エイントホーフェンのその晩の客は、特に私の周りの席(平土間前列7列目右より)には、セミプロ
というか、おタクっぽいというか、音楽にはウルさそうな人たちが集まっていたような気がする。大体
エイントホーフェンのミュージックヘボウでは、開演前に「携帯のスイッチは切ってください」などという
アナウンスも表示も出たりしない。ド素人が出没するとはホール側も考えていないのだ。それが落とし
穴だった。

2曲目は、今度はモーツアルト風である。明るく軽い調子で、3作の中では一番くったくがない。
すでに浮世を離れて彼岸に遊ぶ心持だ。
不思議なことに、曲の途中で赤ちゃんの泣き声のようなものが客席から聞こえた。
内田さんは、はっとしたような顔でその声の方向をにらんだ。もちろん、弾き続けながら。
喘息の発作なのか、赤ん坊の声のようなものを抑えられない人は退場していった。こちらは呼吸音も
はばかりながら聞いているのだから、あんたは退場して当然、という雰囲気がわたしの周辺の人たち
から漂った。今晩は、ピアニストも客も真剣勝負なのだ、リラックスして臨むようなコンサートではない
のだから。

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このリサイタルには一人で出かけたので、休憩時間が手持ち無沙汰である。フリー・ドリンクなのは
ありがたいが、その分時間がありあまるのが難である。

休憩後は、ハイライトのシューベルト最後のピアノ・ソナタ、D960だ。
冒頭の数小節を弾いたところで、内田さんが正面を向いて両手を上に掲げた。何か言ったようだが、
誰も聞き取れない。そして、もう一度弾き直しはじめたのだった。なぜか、低音のドロドロドロっという
部分が気に入らなかったようだ。
大体、各曲で2,3回は音を外したり鍵盤をかすったりすることがあったが、その冒頭部分には音の
間違いはなかったように思う。(音を外すたびに、いちいちわたしの斜め前に座ったオバサンたちが
いちいち顔を見合わせているのが、うっとおしかった)

恐ろしいほど早いスピードでしかも弱音で淡々と、しかし、夢の中に誘うような調子で弾いていく。
これは、苦悩を超越した人間による天国への道案内である。暗いトンネルの先に見える光を頼りに
進むのだが、確固たる自信に満ち溢れた演奏だから、わたしたちは目の不自由な巫女の道先案内に
心を任せることができる。そんなハイな気分になって、魂が浮遊していった。

実際、その晩のリサイタルでは、シューベルトの霊が憑依した巫女によるご神託を聴いているような
気分になるのだった。あまりにストックな姿のピアニストと、ケレンミがなく鈴を鳴らすような清冽な音
の連なりに。そして、その凄まじいほどの集中力と求心力!

夢だとはわかっていても見続けたい、目を醒ましたくない、永遠に続いたらいいのに、と願う気持ちに
なる演奏だった。あっという間に終わってしまった印象だが、余韻が心地よく残った。
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by didoregina | 2011-05-25 09:53 | コンサート | Comments(4)

クロアチア沿岸を2週間、タダでセイリング!

OCCというヨット・チャーター会社から、涎の出るような美味しい話が来た。
この会社のフロッティッラ(個人でチャーターしたヨット7,8隻プラスリーダー船で組む船団)には
二回参加したことがある。いずれも5月休みの2週間で、ギリシャのレフカス島周辺(イオニア海)
と、トルコのリキア地方(エーゲ海)だった。
OCCの強みは、全てのヨットがリーダーの持ち船なので、細かい点まで熟知していて整備が行き
届いていること、もし海上でエンジンなどにトラブルがあっても、リーダー船には客を乗せていないから
即やってきて直してくれるし、タオルやリネン類完備・空港への送迎などサーヴィスも至れり尽くせり。
チャーターしたヨットはもちろん自分で操縦するのだが、まさに大船に乗った気分で安心できた。

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        昨年セイリングしたクロアチアのダルマチア地方にあるサリナ


どういう話かというと、今年新しくスロヴェニアで建造させたヨット数隻を、フロッティッラ基地のある
コルフ島まで、シーズンの始まる前2週間かけてクロアチアの海上をセイリングしつつ運ぶというもの。
先々週、この話が来たときは、チャーター料金は破格値の2週間で1700ユーロというものだった。
通常の半額以下だ。しかも新品のヨットである。

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          イタリアの長靴が左に横たわる。それとバルカンに挟まれた
          アドリア海。左上に見える伊豆半島のようなイストリア半島の
          西のくびれた部分がスロヴェニアの短い海岸線。そこから
          出発して、右下にかろうじて見えるコルフ島まで、アドリア海
          縦断というミッションだ。
          

しかし、結局は、体のいいデリバリーということではないのか、とも思えた。

つまり、新しく出来たヨットを建造ドックから買い主が係留したいマリーナまで運んで引渡すという業務
をデリバリーと呼び、大概はプロのスキッパーがヨットに数人のクルーを乗せて海上運搬する。
距離が長ければ、デリバリー費用だけでも万単位のユーロがかかる。または、ボランティアのクルー
を乗せて費用を安くする。新品のしかも値段の高い商品だから、デリバリー期間(数週間)乗り組み
員は、船内を汚さないようにしないといけないから、全部ビニールカバーがかかったままで、冷蔵庫も
トイレも何も使えない。

OCCが今シーズンからチャーターに使用するヨットのデリバリーを客にさせる、というわけだ。もしくは
持ち主が個人ではなくチャーター会社のヨットなので、デリバリー要員だがヨット・チャーター客として扱う
というべきか。お金を払ってデリバリーしてもらうよりはチャーター客を募るほうが会社としては得だ。
そして、客は客なんだから汚すのを心配せずに新品のヨットを自由に使える。
6月4日から2週間というセイリングの期間が迫ったが、申し込み人数が足りないらしく、とうとう今日
2週間の(デリバリー兼)チャーター料金はただという知らせが来た!自費は、途中の係留費・燃料費
合わせて約800ユーロと、出発地点のスロヴェニアまでの往路と最終地点のコルフ島からの復路の
旅費のみ。(食費はもちろん自前)

c0188818_2328535.jpg

        サリナの湾に勢ぞろいしたフロッティッラ参加のヨットたち


当初、1700ユーロでも安い、と思ったので、それがタダなら喉から手が出るほど、魅力的だ。
しかも、その航路が、私達が目的とするアドリア海のクロアチア海岸線全制覇と同じなのだ。何年か
かけて少しずつセイリングしたいと思っている海域の制覇を2週間で実現できる。
2週間という限られた期間にアドリア海を縦断しなければならないから、風向きや風力、天候などが
好ましくなくても目的地に向かい距離を稼がなければならない。夜を徹しての航海もある。一応船団を
組むが、自力での航行能力も問われ、国際航海免許(ICC)保持者が最低一人はヨットに乗ること、
となっている。

う~む、もっと早くこの話がわかっていたら、参加したのに!主人はイギリスへの海峡横断セイリング
から戻ってきたばかりだ。時間に余裕のある悠々自適の人にしか無理だろう。
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by didoregina | 2011-05-24 16:41 | セイリング | Comments(4)

ナタリー・シュトゥッツマンの『プリマ・ドンナ』

車を運転するときはいつも聴いているベルギーの(クラシック)ラジオ放送局Klaraは、新譜やレア
録音情報の宝庫である。
今朝聴こえてきたのは、ナタリー・シュトゥッツマンの新譜『プリマ・ドンナ』からの一曲だった。
ヴィヴァルディのオペラから(コントラ)アルトのアリアを集めたCDだ。
彼女の歌唱は、大人っぽく落ち着いた低音の魅力に溢れ、抑制が効いた理知的なアプローチのため
安心して聴くことができるのが常だが、今回は、深みのある音色に加えて情熱のほとばしりというか
ツヤのある色彩感が感じられて、思わず聞き惚れてしまった。

c0188818_21201432.jpgヴィヴァルディ:
・アジタータ・インフィド・フラトゥ
・『狂乱のオルランド』~リトルネッロ
・イオ・セント・イン・クエスト・セノ
・我が血による栄光
・涙の雨の中に
・コン・クエスト・フェッロ・インデグノ
・ジェモ・イン・ウン・プント・エ・フレーモ
・デル・ゴデア・ラ・ベッラ・スペーネ
・運命よ、お前は私を招いたが
・私の胸中にはそれほどに強き心がある
・『テウッツォーネ』~リトルネッロ
・ラシア・アルメン・ケ・ティ・コンセグニ
・『テウッツォーネ』~リトルネッロ
・太陽はしばしば
・『オリュンピアス』~シンフォニアI
・『オリュンピアス』~シンフォニアII
・『オリュンピアス』~シンフォニアIII
・コル・ミオ、ケ・プリジョン・セイ
・コン・ラ・ファッチェ・ディ・メジェラ
・ヴィンチェラ・ラ・アスプロ・ミオ・ファト
・トランシット・アエタス
・『狂乱のオルランド』~リトルネッロ
・リンノセンツァ・S.フォルツアータ
・カラ・ギオイア

 ナタリー・シュトゥッツマン(アルト&指揮)
 オルフェオ55

 録音時期:2010年9月

まだ買っていないが、メジャー・レーベルDGから出たこのCDは、ジャケット写真も彼女らしからず
女っぽい。しかも曲目の選定がDGらしくないというか、妙に凝っている。

録音の模様を撮影したプロモート用動画で、断片およびインタビューを聴くことが出来る。
フランス語のみで字幕なしなので、しゃべってる内容を聞き取れる方からのご教示を待ちたい。
自らの楽団アルト55を指揮しながら歌うのが、かっこいい。


 
        歌声も話し声も男性っぽく力強く、説得力満点。


Klaraのサイトに本日限定のクイズがあって、正解者の中からこのCDが当たるというから応募した。
しかし、ここのクイズは質問に答えるのが難しい。
「ヴィヴァルデイは、女のパワーみなぎるアリアの数々をある女性歌手のために作曲した。
彼女はフィレンツェのテアトロ・アラ・ペルゴラの興業主でもあった。男性役で鳴らしたその
歌手の名前を以下から選べ」

A Lucrezia Baldini
B Maria-Maddalena Pieri
C Antonia Maria Laurenti

そして、さらに「応募者の中で正解を出した人数は?」とあり、予想数値が一番近い人が懸賞に
当選というわけだ。

Aは、ソプラノ歌手だからバツ、Bは時代的に遡った15世紀の女性だ。Cはコントラアルトだし、劇場
のマネージメントにも関与していたようである。Cを選んだ。
正解者数は423人と予想した。こんなに応募する人がいるのかどうかは疑問だが、前回の正答者が
386人だったそうだから、適当に数字を当てはめた。当選しなかったら、買ってみようと思う。

追記:正解はB!でした。。。えええ~、わたしはどこかで読み違いをしたのか。。。
そして、正解者数は、373人。そうか、大体このくらいの人数の人が毎日応募するのね。
これから出来る限りクイズに答えてみようっと。
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by didoregina | 2011-05-23 14:45 | CD | Comments(6)

デュモーのチェーザレ公演中!

クリストフ・デュモーがタイトル・ロールの『ジュリオ・チェザーレ』、フランス北部各地を
公演中。

c0188818_17402118.jpg


5月6日8日がランス、5月11日12日がブレストでの公演は終わり、5月19日20日22日に
ヴェルサイユ、そしてマルゴワールの本拠地トゥルコワンで5月26日27日29日という予定に
なっている。

ヴェルサイユの劇場サイトの写真を見ると、ちょっとロココ調の衣装である。会場の雰囲気には
ぴったりかも。

c0188818_17251980.jpg

         デュモー=チェーザレの立ち姿の凛々しさ。


しかし、サイトを開くと最初に出てくる大きな写真はデュモー選手の『オルランド』で、チェーザレとは
関係ない。いったいどういう了見でこの写真を見出しに使ったのか。。。


c0188818_17271019.jpg

         ソニア・ヨンケヴァはなかなか美人のクレオパトラで
         デュモー=チェーザレとのヴィジュアル・バランスがいい。

ブレストの劇場サイトでは、ヴェルサイユのと同じようなプレス向け写真とともに、音源もアップ
されている。しかし、ここで聴けるEmpio diro tu seiは、あまりにも悠長なテンポで切れが
悪く緊張感に乏しく、デュモー選手の歌声も妙になよなよした感じで、耳を疑うほどだ。
暗雲垂れ込めた天空裂けよ、とばかりに呪詛の言葉を吐き出すチェーザレの怒りが表現されていない。
このもっさりした演奏は、指揮のマルゴワールのお年のせいではないかと思われる。

c0188818_1743264.jpg


同じくデュモー選手が、2009年にフライブルク・バロック・オーケストラの演奏と共に歌った
録音での、男っぽさと覇気溢れる歌唱と比べてもらいたい。


    
        器楽演奏にも、風雲急を告げる緊迫感が充満。


今週末も来週末も、丁度別の用事が入っていて、デュモー選手のチェーザレ実演鑑賞が
叶わないのが、無念である。でも、きっと今後youbutuに音源や動画がアップされていく
ことを期待し、他のアリアでのデュモーの男らしい歌唱を聴きたいと願うばかりだ。

c0188818_17405975.jpg

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by didoregina | 2011-05-21 10:44 | オペラ実演 | Comments(8)

『アドリアーナ・ルクヴルール』@ROHのTV放映

2010年11月にコヴェント・ガーデンで上演。その録画映像をArteが5月7日にTV放映。

c0188818_21141030.jpg


















Adriana Lecoureur
Composer Francesco Cilea
Director David McVicar
Set designs Charles Edwards
Costume designs Brigitte Reiffenstuel
Lighting design Adam Silverman
Choreography Andrew George
Conductor Mark Elder

Adriana Lecouvreur Angela Gheorghiu
Maurizio Jonas Kaufmann
The Prince of Bouillon Maurizio Muraro
The Princess of Bouillon Olga Borodina
Michonnet Alessandro Corbelli


上演機会があまりないベルカント・オペラ(コヴェント・ガーデンでは約百年ぶりの上演とか)
で、アンジェラ・ゲオルギューとヨナス・カウフマンの美男美女が主演、しかも演出はマク
ヴィカーだ。
期待は大きい。舞台セットもコスチュームも時代に即してゴージャスである。


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        劇場の楽屋や貴族の邸宅が幕ごとに出現するセット。
        劇中劇のような舞台でのバレエ・シーンも


18世紀に実在したコメディ・フランセーズ女優アドリエンヌ・ルクヴルールがモデル。
美男子マウリツィオをめぐって、ブイヨン公妃と美貌の女優アドリアーナが火花を散らす、
という女同士の嫉妬がメインのお話だ。二人ともプライドの高さでは人後に落ちないから、
ヒミツの駆け引きがエスカレートしてタイヘン。
ブイヨン公妃役のオルガ・ボロディナは、堂々たる貫禄で誇り高く、しかし美貌では女優に劣り、
肉体的にも盛りをとうに過ぎたという女性の悲哀を、まさに体現していた。歌唱にも文句はない。

比較的純粋にマウリツィオを愛しているアドリアーナのはかなげな美しさは、ヴィジュアル的にも
声量的にも線が細めのアンジェラにぴったり。彼女の声質にとてもよく合っている役で堪能できた。

c0188818_20325796.jpg



このオペラ・プロダクションでのマウリツィオは、政治的野心からブイヨン公妃に取り入る
ような打算的な男なので、アドリアーナが惚れる甲斐がないような気がした。ちょっとワルで
功利的だが内心びくびという情けない男をカウフマンが上手く演じていた。
アドリアーナとマウリツィオのキスシーンがやたらと多いのにはまいったが、美男美女だから
見ていて嫌な気分にはならない。(アンジェラの旦那アラーニャだけはむっとしたかもしれない
が)
優柔不断の優男という役柄には甘い声のアラーニャも適役だと思うが、カウフマンの精悍さの
ある独特の声も捨てがたい。彼にとっては無理なく余裕で歌える役だろうから、その分細かい
心理描写を顔の表情で演じていた。

c0188818_202383.jpg

        カウフマンの目つきが、後ろめたいマウリツィオの心情を
        秀逸に表現していた。哀れを極めるのはアドリアーナ。

しゃべる台詞が多いオペラである。筋の運びが整理されておらず冗長だし、音楽もさほど印象に
残らない。スター歌手が揃わないと、ちょっときついものがある。
アドリアーナが最後に歌うアリア「哀れな花よ」ぐらいしか有名なのはないし。

アドリアーナの役は、難しい技巧や高音のアリアがないから、盛時を過ぎたソプラノ向けだ、
という説がある。
去年の12月、アドリアーナ役で鳴らしたネリー・ミリチョウによる地元音大での公開レッスンを
傍聴した。
ライラという学生が壇上に上がって、アドリアーナのアリアを歌うと言う。タイトルを聞いた
ミリチョウは、「えっ、本当に歌うの?」と詰めより、それは言外に「実は難しいのよ、この曲は。わたしの前で歌うという度胸を買いましょう」というニュアンスだった。
ライラの歌唱はけっこう聴かせることができるレヴェルだから、音楽的なことよりも、ステージ
上での技術的な内容のレッスンだった。客席のどのあたりをめがけて声を飛ばすべきかとか、
視線の向け方とか。

ライラと同じ年齢だった頃のアンジェラ(1989)が歌う「哀れな花よ」の動画を見つけた。
化粧も濃くなくて、初々しさに溢れた自然な美しさのルックスとは裏腹に、声は成熟した印象。



        マウリツィオに贈ったスミレの花が、なぜかしおれて戻ってきた。 
        実はブイヨン公妃の陰謀で、花には毒薬が染み込まされていた。
        絶望と死の淵に追い込まれたアドリアーナ。
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by didoregina | 2011-05-19 14:15 | オペラ映像 | Comments(7)

『ルサルカ』は大人のための残酷童話

Bravaのリンブルフ月間で、オペラ・ザウドによる『ルサルカ』TV放映を鑑賞した。
オランダでは、オペラでも映画でも劇場でもTV放映でも基本的に原語主義(オランダ語字幕付き)
であるのを、わたしは非常に評価している。
例外は子供向け映画のロードショーだが、それでも映画館では原語版とオランダ語吹き替え版との
両方を上映するから、選べるのだ。

オペラ・ザウドでは、毎年1作は子供向けメルヘンっぽいオペラを取り上げる。だが、ヤナーチェクの
オペラでさえも通常はチェコ語での上演だ。それが、この『ルサルカ』だけは、珍しくもオランダ語
上演だったので、実演はパスしたのだった。
それが、アンヌマリー・クレーマー主演で、youtubeの動画を見るとなかなかいい雰囲気である。
見逃したのが悔やまれた。だから、TV放映してくれたのがありがたい。

c0188818_0534827.jpgpremière 3 maart 2007,  
Theater aan het Vrijthof Maastricht
dirigent Stefan Veselka
regisseur David Prins
decor- en lichtontwerper Reier Pos
kostuumontwerper Marrit van der Burgt
choreograa fMarishka van Loon

水の精親父 Jeroen Bik,
王女 Francis van Broekhuizen,
ルサルカ Annemarie Kremer,
王子 Frank Blees,
魔女 Klara Uleman,

orkest Limburgs Symphonie Orkest
koor Het Zuidelijk Theaterkoor



まったくもって、これは子供向けメルヘン・オペラではないことが、すぐにわかった。
今まで全曲通して聴いたり観たことがなかったから、勝手に御伽噺風オペラだと思っていたのだ。
音楽的にもワグナーに通じるものがある、大人のための目くるめく世紀末ドラマだった。
さすが、ドボルジャーク、交響楽的書法をオペラにも用いて、クールかつ重厚な音楽だ。

c0188818_134228.jpg

     森の精たちは、インドネシアの影絵芝居ワヤン風シルエットの衣装。 
     しかし、「ホ・ヤ・ホー」と勇ましく歌うので、まるでワルキューレ。
     冒頭からして、邪悪な雰囲気が紛々と匂う。

ルサルカは、ほとんど不感症の冷たい水の精である。
彼女が王子に抱いたのは恋心というよりは、自分とは異質の世界に生きる人間という存在への漠然
とした憧れだ。自分の住む世界に飽き足らず、全く別の世界を知りたいという、子供から大人への
成長過程で誰でもが抱く好奇心に他ならない。



       クレーマーが歌うオランダ語版『月に寄せる歌』。
       ベルベットというより喉の毛管が毛羽立ってるように聴こえる
       ルネ・フレミングの声よりも、ずっとわたし好み。


クレーマーの声は、野蚕(ワイルド・シルク)のような感じで、野趣のあるツヤとちょっと粒が立った
ようなテクスチャーで、大人のための残酷童話である『ルサルカ』にはぴったりだ。
ワイルドでクールなルックスも、血の通わない女・意思疎通が難しい異次元世界の女という設定に
どんぴしゃ。


c0188818_1292835.jpg

       人間の姿と引き換えに、声を失ったルサルカは、王子に見初められるが、
       話が通じず、文字通り体温も冷たいので、いらついた王子は結婚式で
       なんと別の王女を選んでしまう。


王子に捨てられて、人の世をはかなんだルサルカは、水の世界に戻りたいと思うが、そうは問屋が
卸さない。王子を殺すこともできず、自ら死ぬことも叶わず、人間でも妖精でもない存在として、
孤独の世界に生きることになってしまう。
どこにも属することができず、世界から孤立させられたという疎外感が、やるせなく19世紀末的だ。
その無機質の冷たさが、文字通り背筋がぞくっとして鳥肌立つような音楽に表現されている。
R.シュトラウスの『サロメ』にも通じるものがあり、びっくりした。

『サロメ』といえば、クレーマーの容姿も声もサロメにぴったりだ。無垢なルサルカというより、
「ヨカナーン、お前の唇に接吻させておくれ」と繰り返すサロメに見えてしまうことが多々あった。

しかし、『ルサルカ』で、最後に接吻を求めるのは王子の方だった。
氷の世界に閉じ込められたルサルカは魔性の女ファム・ファタールになり、彼女からの接吻は
文字通り死の接吻である。死の陶酔と引き換えの接吻というのもいかにも世紀末的発想だ。


c0188818_1465628.jpg

       氷の世界までルサルカを追って来た王子。   
       自らファム・ファタールの手にかかっての死を望む。


歌手は、女性陣が皆上手いのに、王子役がまた酷かった。オペラ・ザウドでは毎度ながら、主役
級のテノール歌手が全然だめだ。この人の場合、喉が詰まってまるでミュージカル歌手みたいに
口先から出すような発声で、歌唱に滑らかさもないから、耳に馴染まずほとんど不快だった。ただ、
オランダ語の発音だけはミュージカル並みに聞き取りやすかった。

オペラをオランダ語で歌われると噴飯モノに聴こえるのでは、と危惧したのだが、オランダ語歌詞
(オランダ語字幕付き)というのは、音楽に馴染んでほとんど気にならず、思ったほど悪くなかった。


       


     
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by didoregina | 2011-05-17 18:59 | オペラ映像 | Comments(12)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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