カテゴリ:セイリング( 64 )

ドゥブロブニクへのアプローチ  ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで  その7

いよいよ、マリーナから市バスでドゥブロブニク旧市街へ向かう。
ここに来るのはなんと30年振りである。当時のクロアチアは、まだ瓦解する前のユーゴスラビアを
形成する共和国の一つだった。

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インターレイルという、ヨーロッパ在住で26歳未満の若者向けの一ヶ月鉄道パスは、ユーレイルパス
よりもカヴァー範囲が広く、ユーゴスラビアも含まれていたので選んだのだ。主に夜行列車とユース
ホステルを利用する、バックパックの旅だった。
人も町も風景も乾燥しきって潤いのない内陸部のセルビアから、明るいアドリア海に面して、海風も
さわやかなクロアチアに来るとほっとしたものだ。

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ザグレブから夜行列車でギリシア北部のテッサロニキまで南下してから、現マセドニアの国境の村を
経て湖畔のオフリッドで憩い、そこからモンテネグロの海辺の村に出てから、バスでドゥブロブニクに
向かったのだ。細長い海岸部をほぼ独占するようなクロアチアの町と町とを結ぶのは、鉄道ではなくて
長距離バスだった。現在でも、クロアチアのバスは安くて便数が多くて乗り心地も悪くない、いい交通
手段だ。

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今回乗った市バスも、途中の港のバス停で乗ってきたバックパッカーたちで満員になった。皆、アイ
ランド・ホッピングのフェリーで着いたばかりのようだ。
旧市街の城門手前にあるバス停も、城壁と海を外から見ることのできるテラスのような広場も驚くほど
賑わっている。

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そして、城門から旧市街に入ると、あまりの人の波の多さに頭がくらくらしてきた。
我ら一行皆がそんな眩暈を感じたのは、5日間ずっと、昼間は海でセイリングして、夕方着く所も
村ばかりで、人間臭い娑婆というものから離れて生活していたためだ。海原に出てしまうと、360度
全く帆影も島影も見えなくなったりするのだ。島が見えても人は見えない。

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久しぶりの町の毒気に当たり人込みに酔った気分になり、夕刻から夜にかけてということもあり、
路地にテーブルを出したレストランで食事をした以外は、あまり市内観光する気にもならなかった。
ヴェネツィア共和国の属領だった面影がほとんど完璧に保存されている町は、毒とか悪の匂いが
しなくて、清廉な観光地として調和が取れとても美しいのだが。

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30年前は、バスで南からドゥブロブニクに入ったのだが、長距離バスは感心にも、旧市街を
崖の上から眺める絶好のビュー・ポイントで休憩というか写真撮影のために停車してくれた。
よくあるドゥブロブニクの町全体の写真は、そこから撮ったものである。
それ以外では、町をぐるりと取り囲む城壁の上か、近年出来たらしいロープウェーで登った山の
上からの眺望が素晴らしい(らしい)。

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        城壁内の旧市街は、背景の海の青とテラコッタ色屋根との対比で
        ほとんど完璧な美しさ。


翌日、ヨットに乗ってドゥブロブニクをもう一度、海から眺めた。
港として発展した町へのアプローチは、海からが正攻法と言えよう。ヴェネツィアにもいつかヨットで
入港してみたいと願っている。

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            海から眺めたドゥブロブニク

しかし、海からだと物々しい城壁が取り囲んでるから、あのいかにも地中海的色合いで素朴かつ
優美な美しさの屋根瓦がほとんど見えない。観光ガイドブック的ドゥブロブニクとはまるで別物のように
感じられるのだった。海から攻めてくる外敵から身を守るのには、こ惑的な姿を見せてはまずい。
真珠の美しさを隠すべく、硬く閉じた貝のようないかめしさこそ、外に向かってアピールしなくてはなら
ないのだ。

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           ドゥブロブニク表玄関の旧港の入り口ぎりぎりまでヨットで近づく。


30年ぶりにドゥブロブニクを訪れ、しかもそれが7年越し計画だったヨットでのアプローチとなり感慨
深い。これで、ひとつの目標を達成したのだった。

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Mission Completed
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by didoregina | 2012-08-24 11:22 | セイリング | Comments(2)

ドゥブロブニクのマリーナでリゾート気分   ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで その6

日曜日にスプリットとトロギールの中間にあるカステラ・マリーナを出発して、毎日のセイリングで
少しずつ島々を南下して、木曜日にはドゥブロブニクに到着した。
ACIマリーナは、旧市街からはバスで20分くらい離れたところにある。

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      高層アパートが林立する新市街にある港に着いていたクルーズ船。


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      新しい橋の架かるフィヨルドのような細長く狭い入り江のずっと奥まで進む。


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      最初のうちは、がっかりするほど高層・新築のアパートばかりだったのに
      入り江のどん詰まりには、教会や修道院が建つ丘が見えてきた。


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      我らがフロティッラの係留するマリーナはこの修道院の向かい。


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      山懐に抱かれたマリーナの中は緑豊かで落ち着いた雰囲気だ。

クロアチアには、ACIというマリーナが各地にあり、いずれも設備面で非常に充実している。
そして、立地も素晴らしいところが多い。
例えば、プーラのACIは、ローマ時代の円形劇場を正面に見る市内の一等地にある。
ヨットのコックピットに座ったまま、暮れなずむ名所を肴にワインを飲むと、何とも言えず心
豊かな気分になったものだ。

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       マリーナの敷地は元荘園だったのか、庭の手入れも行き届いたヴィラが建つ。


ここドゥブロブニクのマリーナは、リッチ度・立地度でいうと、今までで最高である。
プールからの眺めも溜息が出るほどだし、隣接のスーパーは鮮魚やデリカ類の品揃えも
充実している。さすが、世界中から観光客のみならずヨットも集まるドゥブロブニクだ。
その代わり、係留料金もお高い。一泊170ユーロくらいだったと思う。


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       マリーナのプールからの眺め。ここでも皆で水球した。
       かなりハードなスポーツで、素人のわたしには5分が限度。


日中は観光するには暑すぎるので、プールで泳いで、ゆっくりシャワーを浴びて、夕方から
少しオシャレして、ドゥブロブニクの旧市街に繰り出した。
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by didoregina | 2012-08-23 09:40 | セイリング | Comments(4)

フロティッラで仲良くセイリング  ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで その5

地中海でヨットを個人でチャーターする場合、フロティッラというシステムを利用するのが
特にオランダ人とイギリス人の間で人気である。

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      リーダーのWとその弟Aは、23歳と22歳と若いのに頼もしい。
      一軒のレストラン以外は民家も商店も何もない入り江に投錨したときは、
      翌日のパンをレストランに予約するため個々のヨットに注文取りに回ったり。


ヨットのみを借りる場合はベア・ボートと呼ぶ。
ベア・ボート同士で船団を組むのがフロティッラで、船団には、気象観測、天気予報、ルートや
暴風から守ってくれる係留場所情報や桟橋およびレストランの予約など様々な便宜を図ってくれる
リーダー船が付く。そのサーヴィス料金として一隻当たり一週間150~175ユーロをリーダーに
支払うのだが、安心料として安いものだと思う。

その証拠に、暴風のためコルチュラ島のルンバルダに二泊した時、出港すべきかどうかの
判断にフロティッラに参加していないヨットは皆悩んでいて、既にそこに四日も停泊していたノル
ウェイ人一家は、わたし達のリーダーの判断を仰いでそれに従ったくらいだ。ノルウェイでは、
フロティッラは知られていないようなので、いかに便利で安心なシステムであるかを説明した。

以前、ギリシャのエピダウロスで、天候の判断に悩んでいて出港したとしてもどこの港に行けば
安全なのかわからず、そこに1週間近く停泊していたアメリカ人夫婦の隣に係留したことがある。
毎日、苦りきった顔つきで海図を広げていた顔を思い出す。風があまりに強い場合、セイリングは
可能でも、離岸・接岸が非常に難しいからだ。風の向きによって避難するのに適切な湾や港は
また異なるから、現地の気象および地理状況を熟知していないと不安である。

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      リーダーに反省を促されうなだれる人々、ではなく、ブリーフィングの最中。
      毎朝9時にその日の天気予報と目的地とルートが、各ヨットのスキッパーに告げられる。


ヨットのチャーターは最低一週間単位であるが、今回のルートは距離的に長いため、一週間で
出発港に戻ることは不可能なので、二週間のフロティッラだった。
二週間毎日顔を合わせていると、参加者同士かなり親しくなる。
参加艇は7隻で、そのうち4隻がベルギー人家族で、リーダー船と合わせてもオランダ人家族の
ヨットは4隻だった。

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        レストランの桟橋に係留したり、他に何もない入江に投錨したときは
        フロティッラ参加者全員が同じレストランで食事を取ることになる。


リーダーのWは、長男と同じデルフト工科大学でやはり建築を専攻する大学院生。
若いのに、重大な責任の伴うフロティッラ・リーダーという仕事を夏場にクロアチアで行って
4年目になる。両親がヨットマンだったので、赤ちゃんの頃からヨットで過ごしていて、文字通り
海で産湯を使い波がゆりかごのようなものだったという。この辺りの海域は熟知して頼もしいかぎり。

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        若くスポーツ好きのWとその弟Aが率先して、泳いだり水球したり。
        水球選手のオランダ人姉妹がフロティッラにいたので、かなり本格的。

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        海岸に水球用のゴールがあったりするところも。

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      クロアチアには珍しい砂浜の海岸のある入り江に投錨。ミレット島東南部にあるサプルナラ。

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        砂浜にゴムボートまたは泳いで上陸して、カクテル・パーティ兼
        皆でビーチバレー。

港や入り江に係留していときは仲良く一緒でも、一日の大半は海でセイリングしているわけだから、
広い海原に出てしまうと、なかなか海上では出会えない。
船団を組むといっても、出発も到着も皆ばらばらでいっせいにと言うわけではないからだ。

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         コルチュラ島と細長いペリエシャク半島の間は狭い海峡なので
         期せずしてフロティッラ参加のヨットが集まった珍しいケース。
         そうするとお互い競い合うので、コルチュラの町を背景にレースの趣。


         
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by didoregina | 2012-08-09 23:03 | セイリング | Comments(4)

魚、魚、魚、   ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで その4

その日の目的地は同じフヴァル島東部だし、午後にならないと風が出ないとの予想だった
ので、ブルボスカでの朝はのんびりと過ごした。
わたしが町を散歩している間に、子供達とHとMは、ゴムボートで魚釣りに出かけていた。

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        前日に泳いで当たりをつけていた付近へ、その朝はボートで。


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        船外機の燃料が途中で切れたので、手漕ぎで戻ってきた。

朝も8時を過ぎると、もう暑くて暑くて死にそうだ。無風だと辛い。町歩きなら、日陰を選ぶ
こともできるが、ボートではじりじりと日に焼かれるままだ。
昨日見つけたポイントでは釣れなかったので、係留しているヨットの上から挑むことに。

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          魚はどこにでもウヨウヨいる。

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          パンを撒き餌に。暑いと水温も高いので、魚は深く潜ったまま。

そして、新兵器として、釣竿代わりにデッキ・ブラシを用い、船尾にある旗立てに立ててみた。

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               釣れた!

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            餌は魚肉ハムとダルマチアの堅いパンチェッタ。
            どちらも地元産なのが決め手か。

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            あまりに簡単な道具で釣れたので皆にバカにされた魚。


隣に横付けしたヨットから、魚料理のリクエストが来た。しかし、1週間で釣れたのは全部で3匹。
雑魚みたいな小魚なので、食用にはしないで放した。
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by didoregina | 2012-08-07 09:20 | セイリング | Comments(0)

フヴァル島ブルボスカの不思議な教会  ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで その3

セイリング2日目は、ブラチ島からまた一つ南のフヴァル島に向かった。
島の北西部にあるブルボスカ(Vrboska)が、その日の目的地であり係留港である。

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          リーダーWのヨット、アリアーナ号。


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          ブルボスカの町が、細長い入り江の先に見えてきた。

ブルボスカは、15世紀に地元の船舶王イヴァニッチによって港が整備され栄えた町だ。
細長い入り江の奥は運河になっていて、小さなアーチの橋が掛かり、ミニミニ・ヴェネツィアの
趣。

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          港に沿った大通りを歩くと、丘の上に城砦のようなものが見える。

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          しかし、近づいてみると、それは教会だった。

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この聖母マリアに捧げられた教会は、1575年に、頻繁になってきたトルコと海賊による襲撃に
耐えられるように造られたという。それで、堅固な砦のような形で丘の上から海に向かって睨みを
きかせているのだった。

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          民家の壁にあった、天使と人魚のレリーフ。

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          港が町の中心で、どの坂道からも海が見える。


なかなか可愛い民家の多い町の朝の散歩からヨットに戻ると、楽しいサプライズが待ち受けていた。
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by didoregina | 2012-08-06 09:39 | セイリング | Comments(0)

クロアチアでは何を食べる? ヨットでスプリットからドゥブロブニクまで その2 

クロアチア南部は細長い海岸部と細長い島々からなる。

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      トロギールとスプリットの中間にあるマリーナから出発して
      ドゥブロブニクまで往復した今回のセイリングの2週間のルート。


イタリアに近いイストリア半島やオーストリアに近い北部内陸部では、ヴェネツィアやハプスブルク
によって統治されていた影響が建物にも食べ物にも顕著に残っていて、イタリア、ドイツ、オース
トリアからの観光客が多いのでイタリア語やドイツ語がよく通じる。
しかし、南に下ってくると、建築にヴェネツィアの影響は見られるものの、北欧やアメリカ、イギリス
からの観光客がやたらと多くて、スプリットからドゥブロブニクまでの地域では英語が台頭。クロアチア
人の英語がかなり上手いのに驚いた。
自然風景は、松の緑が島を覆い、ギリシャ西部のイオニア海地域に似ている。もう少し南下して
モンテネグロの短い海岸線とアルバニアを過ぎるとその先はギリシャである。


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       手長海老のブザラ(トマトとハーブの蒸し煮)
       小さな入り江の夏のみ営業のレストランが2,3軒しかない集落では
       レストランの桟橋やムーリングに係留させてもらう。食事もそこで
       取るのが条件。


ヨットでのセイリングでは、出来る限り自炊が基本だ。島ではどこも輸送費がかかるし過当競争が
ないため物価が比較的高いので、どうしても外食は高くつくし、どこで食べても内容的に単純で
あまり変化がなくて飽きてくる。新鮮な素材やハーブを使って自分で作るほうがずっと美味しい。

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       日本からローマ経由でやってきたHとMのお土産はイタリア食材。
       ハーブやスパイス、パスタ、オリーブ・オイルやバルサミコなどを使って、
       クロアチアのソーセージとチーズと組み合わせた料理。


キッチンには2口のガスコンロとオーブンしかないから、パスタとサラダ、肉のローストなどが
定番になる。だから、レストランでの外食では、なかなか手に入りにくい食材(魚や海老など)
や、6人分作るのは結構大変なリゾットなどを頼む。

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      一日のセイリングを終え、係留が無事済んだら、ビールで乾杯!

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         毎日のサラダで、ヴィタミン補給は欠かさない。
         パグ島の山羊のチーズは有名。

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         ローマ土産のレモン風味のパスタにドライ・トマトと地元の
         ダルマチア・ハムを合体させたイタロ・クロエーシャン。


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         デザートも、ローマ土産のアマレーナ・ソースをクロアチアの
         カテージ・チーズ風シルに掛けたもの。甘みと酸味と塩味が
         微妙に合体。ソースはアイスクリームとの相性がよろしい。

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         コルチュラ島でみかけたアマレーナの木。

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         コルチュラの眺め抜群の坂道に落ちて踏まれたアマレーナの実。
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by didoregina | 2012-08-05 10:42 | セイリング | Comments(6)

ヨットでスプリットからドゥブロブニクへ その1

クロアチアの海岸線を北から南までヨットで制覇する、という8年掛かりの悲願がとうとう今年
成就した。
年々次第に南下してきて、今年はスプリットからドゥブロブニクまで2週間の往復ルートだ。
出発地点と最終目的地はユネスコの文化遺産に指定されている由緒ある美しい町だし、
大きな島々が多く、自然は緑豊かで風景は変化に富む。フィナーレにふさわしい海域と言えよう。

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      スプリット空港から程近いカステラ・マリーナでチャーターしたヨット。
      37フィートのベネトー社製オシアニスで、その名もマリーナ。


前半一週間は日本から来た親戚の者2名も同乗するので、私たちにとっては比較的大型の
ヨットにした。これは大正解。コックピットが広く、座席面積が余裕で、テーブルも大きい。

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      静かな入り江に投錨して、ヨットから海に飛び込む醍醐味。


フロティッラ・セイリングの第一目、ヨットを舫ったのは、ブラチ島東部ミルナから程近い小さな
ハーバー。
チャーター・ヨットの基地であるカステラのマリーナはほどほどの大きさで機能的だったが、
ここのハーバーにもサニタリー設備があり快適。(その後の2泊は漁村や小さな町の港に
停泊したが、マリーナではないのでトイレやシャワーの設備なし。)

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そこから水辺沿いに20分ほど歩くと、ミルナの町だ。パンや野菜や水などの食料調達の
ため、朝、まだ暑くならないうちに町まで歩いて行った。

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        ヴェネツィア植民地の趣が残るミルナの町。


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            シャワー設備のある港に係留の場合、
            早朝のジョギングが主人の日課だった。


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         人家の壁にはかなり正確な時間表示の日時計が。


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         ミルナの街角は、オーセンティックなクロアチアの香り漂う。
        




 
      
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by didoregina | 2012-08-02 14:53 | セイリング | Comments(2)

アイセル湖を横断してウルクへ  オランダ一周セイリング記その4

アムステルダムのシックス・ハーフェンに3泊して荒天を遣り過ごした後、アイセル湖へ
帆を進めた。

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          アイセル湖を行く3本マストのバーケンチン

もともとはZuiderzeeという名の大きな湾状にオランダ北部に抉れた形で入り込む海だった
北部入り口とワデン海の間に、1932年大堤防Afsluitdijkが築かれた。
その結果、淡水化および干拓されて形成された汽水湖が IJsselmeer(アイセル湖)だ。

本日の目的地は、アイセル湖の東北岸にある漁師町ウルク(Urk)で、干拓が始まる前までは
ザウダーゼーに浮かぶ島だったが、1939年に後背の元海底が北東ポルダーとして干拓され
たので本土と繋がっている。

アイセル湖の南半分は正式にはMarkermeer(マルカー湖)と呼ばれる。やはり堤防で
区切られているので、北部のアイセル湖とは区分されている。

船でアイセル湖に入るには北部からでも南部からでも堤防を越えないといけない。つまり、
水門を通過することになる。
いや、その前、アムステルダムを出港してすぐに、アイ湾からオレンジ水門を通ってマルカー
湖に入ったのだが。

マルカー湖からアイセル湖に通じる水門に入ると、大きな2本マストのケッチかスクーナー風の
船が先に舫っていたので、その船体に我らのトリトン号を抱きつかせてもらった。
そのエルドラルド号に乗り組んでいる3人のうちの1人の、白い歯がまぶしい笑顔に見覚えがある。
「どこかでお会いしたことがあるようですが」と話しかけているうちに、思い出した。
2年前、友人VとTの銀婚式パーティーが、アイセル川上で船を貸しきって行われた。その
パーティー船バウンティー号の船長だった人だ。
「アイセル湖に入ってから、2度ほど船底が湖底の砂に入り込んだので、スクリューで脱出
したっけねえ」と、当の船長さんも思い出した様子。その後、バウンティー号は売り払って、
現在は、このエルドラド号を所有しているという。
しかし、アイセル湖で再会するとは、奇遇にびっくり。

2つの堤防のおかげでほとんど完全に淡水化したマルカー湖沿いには、マルケン島の有名な
灯台(マルケンの白馬と呼ばれる)や、パンパス島(オランダの黄金時代に、西インドや東
インドへの航海に向かう貿易船が、風待ちのため寄港するのが慣わしだった)など、見所も
いくつかある。

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        レリーシュタッドにあるバターフィア造船所で再現されたバターフィア号のレプリカ

レリーシュタッドは、1986年にオランダ12番目の州になったフレーヴォランドの州都だ。
フレーヴォランド州の大部分は、もともと海底だったところを干拓して作った人工の土地である。

オリジナルのバターフィア号は、1628年にアムステルダムで建造された東インド会社の貿易船
だった。しかし、1629年にジャワからオーストラリアに向かう途中で乗組員の反乱騒ぎが起き、
しかも難破。流血の惨劇として名を残すことになる。
その船のレプリカ建造がこの造船所で始まったのは1985年。主にドロップアウトしたりして
就職難の青少年の職業訓練として、10年をかけて、オリジナルと同じ材料と工法とで手間隙かけて
作り上げられた。1995年に進水式を迎え、それ以来バタフィア号は内部見学もできる。
海洋オタクおよび帆船ファンならば必見の、装飾も美しい手作りの船だ。

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       バターフィア号に続いて現在建造中なのは、7プロヴィンシーエン号のレプリカ。
       提督ミヒール・デ・ロイター率いる軍艦は1665年にロッテルダムで造船された。
       こちらも、歴史的船のオリジナルに忠実な材料と手法による再現プロジェクトで
       青少年失業対策の一環であるのも同様。右手前はバターフィア号。


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       比較的のんびりとしたアイセル湖セイリングの一日が終わる頃、
       ウルクの港が見えてきた。水上から眺めると島そのものだが、
       後ろ側は干拓されたポルダーと陸続きだ。


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          ウルクの港は、漁港らしさの香りふんぷん。


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          日曜日なので、干された網もよく乾いている。


実際、この町では、日曜日=安息日という意味が文字通り非常に深く解釈されている。
オランダでも厳格なプロテスタントの人たちが多い北部の、古くからの漁村などでは、
安息という意味は絶大で、日曜日には庭仕事はもちろん自転車に乗ったりもしてはいけない。
だから、ここのヨット・ハーバーのハーバー・マスターもオフィスもお休みで、空いてるバース
には緑色の印があるから、そこに勝手に係留しろというし、料金はタダ!


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     キリストの恩恵の賜物と感謝しつつ、ロマンチックな海岸を散歩した。

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           日曜日にしてもいいのは(しなくてはならないのは)
           教会に行くことだ。しかも教会には着飾って。

レストランの窓辺の席に座って外を眺めると、夕方、海沿いの小道を着飾って散策する家族
連れとカップルが非常に多い。観光客ではない、地元の敬虔なプロテスタントの人たちである
ことは一目瞭然。
男性は皆スーツ姿で、女性は全員スカートを着用している。
ラフでカジュアルな服装が主流で、ネクタイとかスーツなんてオペラやコンサートでもなかなか
見かけないし、若い人たちのスカート姿なんてめったに拝めないのが普通のオランダであるから、
ここの人たちの信仰心の篤さがよくわかる。

レストランもほとんど開いていない。ほぼ一軒だけ開いていたレストランで働いているのは、町の
外から通っている人たちだ。スリナムかインドネシア系っぽい若いウェイトレスは「ここに住むの
だけはカンベン」と言っていた。


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            沈む太陽に向かって吼えるH
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by didoregina | 2012-07-04 11:41 | セイリング | Comments(0)

水上から眺めたアムステルダム  オランダ一周セイリング記その2

アムステルダム中央駅真裏、アイ湾の対岸に位置するヨット・ハーバー、シックス・ハーフェン
に3日間ヨットを係留した。
町に出るためには、渡し舟に乗って中央駅まで行く。アプローチ方法が水上からとなり、
普段とは異なる視点から眺めるアムステルダムは格別だ。

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        巨大なクルーズ客船がアイ湾を通ると、中央駅がその
        後ろに隠れてしまう。毎日のように、異なる客船が来た。

アイ湾沿い、中央駅の並びと言ってもいい位置にクルーズ客船のターミナルがあるから、
そこに毎日のように巨大な客船がやってくるのだった。

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        ターミナルに停泊している客船を渡し舟から眺める。

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        客船ターミナルの隣は、ミュージックヘボウ・アアン・ヘット・アイ
        (アイ湾に面した音楽ホール)

ミュージックへボウ・アアン・ヘット・アイのテラスは、アイ湾に張り出す形になっているので、
水上にいる気分になり開放感抜群。中央駅を背景に、豪華客船や運河観光クルーズ船や
ヨットや貨物船や渡し舟が行き来するのを眺めるのも楽しい。

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        ミュージックヘボウは、折りしも開催中のホランド・フェスティヴァル
        本部および会場でもある。幟がはためく。右手奥が中央駅。

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        カフェ内部インテリアも、ガラス張りで開放感のある気持ちのいい空間。


中央駅の表側に回り、ふと上を見上げると、新発見があった。
正面左の塔に示されているのは、なんと、時刻ならぬ風向き!

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             南南西の風で、北北西に針路を取るには最適。

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           風向き盤のある塔の隣の破風上には風見鶏。


毎日、毎時のように風向きや風力を気にしているヨット生活だと、この新発見も偶然とは
思えない。さすが、海洋国の首都にある中央駅だ、とうれしくなった。



ミュージックヘボウに対座するように、中央駅裏のアイ湾対岸に新しい映画博物館EYEが建つ。
四角いガラス張りのミュージックヘボウとは対照的に、外観は白いカマキリのような目を惹く
デザインだ。

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夜、バレエ鑑賞した帰りに、渡し舟の上で立ち話をした地元のおじさんがそこでコーヒーを飲む
のが最高!と勧めるので、EYEのカフェにも行ってみた。

c0188818_18501836.jpg

        こちらも素敵なインテリア。舞台照明風のライトと、劇場っぽく階段状
        に作られたカフェ。対岸の町の灯が水面に煌く。

カフェのウェイトレスさんたちは皆とてもフレンドリー。映画を観たの?と訊かれたので、いや、
歌劇場でバレエを観た帰り、と答えたら、わざわざ渡し舟に乗ってここまで来たの!?と
驚かれた。このすぐ隣にあるヨット・ハーバーに泊まっているから、と言うと納得してくれた。
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by didoregina | 2012-06-26 12:17 | セイリング | Comments(2)

北北東に針路を取りアムステルダムへ!  オランダ一周セイリング記その1

6月4日から2週間のセイリングは、風向きと天候があまりにマイナス要因であるため、
フランスへ南下することもイギリスへ渡るため西に向かうのも諦め、北北東に向かうことに
なった。すなわち、オランダ一周に変更である。

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           北海に面したアイマイデンの砂丘

Hと主人は、数ヶ月前から、満潮・干潮の時間およびそれに合わせて変化する潮流の
向きを調べて、セイリング予定ルートの各地点にマッピングしていた。その際、第一案、
第二案、第三案とそれぞれ針路の異なるプランを練っていたので、実際にセイリングする
週の風向きと天候に対応できるようにはなっていた。長期的展望が効かないのが北海の
天候の難しいところで、直前の予報に合わせたルートを取るしかないのだ。

ゼーランド州でも海から奥まった一番小さなトーレン島にあるシント・アナランドのマリーナに
車で到着すると、土砂降りだった。
荷物をヨットに移して、食料および故障していた機器や修理用器具などの調達を終えると
午後になった。その日は、同じゼーランドでも北海に近い北ベーヴェランド島にあるロームポット・
マリーナを目指す。そこまでは、フランスに行くにもイギリスに行くにも通るルートなので、翌日
天候を見極めてから最終目的地を決定することに。

最近は、様々なアプリから刻々と変化する気象予報が入手できる。また、無線による情報も
ヨットでは重要だ。それらの予報が個々に微妙にずれているので判断が難しいところだ。
いずれにしろ一致している意見を鑑みると、北に向かうのが安全だし、翌週戻る際にも風向きが
よさそうだ。

北海に出てから、スヘヴェニンヘンを経て、アイマイデンまで北上する。
航行距離としても無理のないコースだ。
アイマイデンからは、北海運河で内陸に入り、アムステルダムへ。

c0188818_19411260.jpg

        北海運河のフィナーレは、アムステルダムのあるアイ湾。
        右手が中央駅。左手白い建物がオープン間もない映画博物館Eye


ヨットで首都に入港してそこのマリーナに係留するというのは、胸が高鳴る経験だ。
アムステルダムには、中央駅の裏にヨット用のハーバーがあるので、市内観光に便利。
すなわち、ヨットに泊まりながらシティー・ライフが満喫できるという願ってもない立地なのだ。

c0188818_19492848.jpg

        Eyeのすぐ脇にあるハーバー、シックス・ハーフェン入り口。
        アイ湾の反対側は中央駅(左手)

北海運河沿いには、工業地帯および大小の港がずっと並び、アムステルダムの港湾を形成
している。
いよいよアムステルダム中央駅に近づくと、アイ湾には貨物船、運河観光船、大型客船その他
様々の船が航行していて混雑。緊張する。
渡し舟の邪魔をしないように、規則どおり右舷を岸近く取って大きく回りながらシックス・ハー
フェンに入港。無線で事前に連絡すると、予約は不可だが、空きバース数は十分とのこと。

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        中央駅裏側はアイ湾に面している。無料の渡し舟が頻繁に
        行き来していて、駅とアムステルダム北部を結ぶ。


c0188818_2065685.jpg

        ハーバー・マスターが、きびきびとバースを指定してくれる。
        桟橋の真横は、地下鉄工事中。6年前もそうだった。。。
        中央駅前から伸びる地下鉄の工事現場は、何年経っても
        全く変化していないように思える。

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        のどかなヨット・ハーバー。帆柱の向こうに見えるのが中央駅。


結局、雨や暴風のため、このハーバーに3泊したのだった。
そして、毎日・毎晩、アムステルダムの観光およびラスト・ミニッツの半額チケットでホランド・
フェスティヴァルのコンサートとバレエ鑑賞を楽しんだ。
こういう風に、首都の真ん中で水上生活を送りつつ文化エンタメの恩恵を享受できるというのは
理想的なヴァカンス。ロンドンまでヨットでセイリングしてタワー・ブリッジ脇のセント・キャサリンに
数日係留してみたい、と望む所以である。
        
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by didoregina | 2012-06-24 13:19 | セイリング | Comments(0)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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