カテゴリ:オペラ実演( 108 )

ヘアハイム演出の『セルセ』@デュッセルドルフ

カウンターテナー(CT)のヴァラー・バルナ=サバドゥスがタイトル・ロールの『セルセ』を
デュッセルドルフの歌劇場で鑑賞した。ここ数年、テクニックの向上が著しい若手CTたちの活躍
には目を瞠るものがあるが、サバドゥス君のナマの声を昨年12月にケルンでの『アルタセルセ』で
聴いて、今後一番期待できる成長株に違いないから目が離せない、と思った。
彼の場合、メゾ・ソプラノに匹敵する高音での安定した歌唱に加えて、声の芯に男性ならではの
力強さがあって魅力的なのと、既に技術的にもかなりのものを身につけているから様々な表現が
可能で、歌唱に多彩な色を付けることができるという点が、同じ舞台の他のCTと聴き比べた結果
印象に残った。これらに関しては、同行のsarahoctavianさんとも意見の一致をみた。

c0188818_17565024.jpg

         サバドゥスの『セルセ』ポスター

『セルセ』といえば、一昨年の10月にマレーナ・エルンマン主演のエイドリアン・ノーブル演出プロ
ダクションをウィーンで鑑賞している。通常はメゾ・ソプラノがタイトル・ロールで、CTによる『セルセ』
は、近年稀である。
デュッセルドルフのプロダクションは、コーミッシュ・オパー・ベルリンで昨年初演されたものとの共同
プロで、演出はステファン・ヘアハイム。KOBでのトレイラーを見てその面白さに圧倒され「絶対に
実演を鑑賞したい!」と思ったのが、図らずも一年を経ずして近場で願いが叶えられた。
しかもベルリンとは異なり、今回はヘンデルの初演と同じく主役がCTによって歌われるのだから、
興味津々。
しかし、期待度からいうと、ヘアハイム、セルセ、サバドゥスの順だった。


Xerxes   Handel  2012年2月3日@Deutsche Oper am Rhein Dusseldorf

***
Dramma per musica in drei Akten
Libretto nach Niccolò Minato und Silvio Stampiglia
Deutsche Übersetzung von Eberhard Schmidt
In der Einrichtung von Stefan Herheim

In deutscher Sprache

MUSIKALISCHE LEITUNG  Konrad Junghänel
INSZENIERUNG  Stefan Herheim
SZENISCHE EINSTUDIERUNG  Annette Weber, Stefan Herheim / Stefan Herheim / Annette Weber
BÜHNE  Heike Scheele
KOSTÜME  Gesine Völlm
LICHT  Franck Evin, Stefan Herheim, Johannes F. Scherfling / Stefan Herheim / Johannes F. Scherfling / Franck Evin
CHORLEITUNG  Christoph Kurig
DRAMATURGIE  Alexander Meier-Dörzenbach

XERXES  Valer Barna-Sabadus
ARSAMENES  Terry Wey
AMASTRIS  Katarina Bradic
ARIODATES  Torben Jürgens
ROMILDA  Heidi Elisabeth Meier
ATALANTA  Anke Krabbe
ELVIRO  Hagen Matzeit
CHOR  Chor der Deutschen Oper am Rhein
ORCHESTER Neue Düsseldorfer Hofmusik


c0188818_18103512.jpg


ヘアハイム演出の『セルセ』の基本コンセプトは、Xerxes = Sex Rexという点に集約される。
そして、それは王道で正しいアプローチである。

元々の『セルセ』のリブレットはニコラ・ミナートが書いたもので、カヴァッリ作曲で1654年に
ヴェネツィアで上演された。カヴァッリ、ヴェネツィアというキーワードですでにピンとくるだろうが、
ストーリーはハチャメチャで、王様からして変態だからいかにも当時のヴェネツィア好みの色情狂
の乱痴気騒ぎの舞台だったことだろう。
ヘンデルの『セルセ』は、ミナートのリブレットをスタンピーリャが1694年に改訂したもので、
ロンドンでの初演は1738年だが、ヴェネツィア・バロック・オペラらしさは色濃く残っている。

まず、色情狂のバカ殿にきりきり舞いされる回りの人間達の五角関係が笑いを取るストーリーの核
であるが、そこに庶民が参加するカーニヴァル的混乱という要素も加味されている。それは手紙の
差出人と受取人の取り違えや行き違いという筋および男装・女装・変装という形で端的に現れている。
また、音楽的にも、ダ・カーポ・アリアがなくてアリアが短く、レチタティーヴォも簡略化されている
というのも庶民に受けることが重要だったヴェネツィア・オペラ的である。コミカルな要素の方が強い
ブッファのようなセリアなのだ。

c0188818_18441674.jpg

         『オンブラ・マイ・フ』に引き続いての牧歌的風景の演出には
          文字通り、牧人と羊が舞台に登場。浅薄さがヴェネツィア的。


しかし、ヘアハイムの演出はまた二重構造になっている。
すなわち、時代設定がヘンデルの時代のロンドンと思しく、登場人物たちは劇場の役者であり、
芝居と地の部分とが入り組んでいるのである。回り舞台に設えたデコールが、衣裳部屋や楽屋と
劇中劇の「舞台」とにスムーズに変化する。劇場の舞台機構や衣装は、いかにも当時のバロック
らしいもので、それを現代のオペラ舞台にも利用しているのが楽しい。(舞台裏で操作する人たちも
ちゃんと当時の衣装を着ているから、作業や舞台裏が見えても統一感が失われない)

c0188818_18552399.jpg

         セルセの元婚約者アマストレは、衣裳部屋で兵士の服装に着替え
         変装して「舞台」に紛れ込む。

c0188818_1911134.jpg

         「舞台」上でのセルセ・ショー。バロック・ジェスチャーや
          襖のようなデコールやルイ14世がバレエを踊ったときのような
          衣装など、すべてがバロック・オペラおよびHIPのパロディー。


この『セルセ』プロダクションは、ドイツ語上演である。有名な歌はイタリア語で歌われるものも
あったが、その他の歌や台詞はドイツ語であり、レチらしいレチもないため、特に最初の方では
こちらがドイツ語に慣れるまで、ブッファというよりもうほとんどオペレッタ見てるような気になった。
第一部では、二人のソプラノ歌手によるロミルダとアタランタ姉妹が地の場面では全く同じドレス、
髪型、帽子だったので区別が付きにくく、ドタバタのやり取りがドイツ語であるので、ヘンデルの
オペラらしかねる印象を与え、ロココ調の衣装も相まってウィーンのオペレッタみたいに感じられ、
なんだか締りがなかったのが残念である。それだけが不満と言えば不満だが、それもまた巧妙に
仕組んだ演出の一部であり、ヘンデルのオペラ舞台ではよく起きたというソプラノ歌手同士の対立・
葛藤を、そっくり姉妹の喧嘩という形にして卑近にわかりやすく見せているのではないかとも思えた。

c0188818_19202078.jpg

         アタランタは、蓮っ葉でヘレナ・ボンナム=カーターそっくり。

ウィーンでのノーブル演出『セルセ』では、ロミルダに可憐な妖精のようなアドリアーナちゃん、
アタランタがキンキンと騒がしい小悪魔のダニエルちゃん、という対比が見事だった。
それに対して、ヘアハイム演出版での姉妹役の歌手はもうちょっとトウがたってて、オバサンぽい。
ロミルダ役の歌手はエマ・トンプソン(ワトソンではない)に似てるし、アタランタ役歌手は、
ヘレナ・ボンナム=カーター風の雰囲気である。だから、ロンドンの街頭が舞台になると、もう
コスチューム映画のパロディーそのものである。

c0188818_19272577.jpg

     サバドゥス君セルセはジョニー・デップに似ていて、『スウィニー・トッド』を思い出した。

芝居小屋が文字通り舞台になっているし街頭が舞台となる地の場面も、もろにスラップスティック・
コメディー風のギャグ満載である。例えて言えば、レスリー・ニールセンの『ネイキッド・ガン』に
近い。上の写真のシーンは、アタランタがセルセにロミルダを殺すように仕向け、これでもかと
エスカレートして様々な手段を差し出していくのだが、それがスラップスティックそのもの。
視覚的トリックのオン・パレードで見ていて楽しいが、歌っている歌手にはちょっと気の毒なものも
ある。歌唱があまり印象に残らないのだ。

セルセの歌は、各幕にほぼ一曲ずつ聴かせどころがあるのだが、最後のアリアを除いては、もう
あまりに視覚的要素が凝りすぎていて、歌を聴かせるのは2の次になっていた。
だから、最後のアリアには全く演技らしい演技がないのが逆に不満に思えるほどで、技巧的にも
アクロバティックな曲だからそれは歌手にとっては有り難いかもしれないが、マレーナ様は、
ここでも迫真の演技をしつつ超絶技巧を聴かせ、歌い終わると肩で息をしていたが万雷の拍手だった
なあ、と懐かしく思い出されてしまうのだった。
この歌がKOBのトレイラーに入っているのを聴いたときは、あまりにスローで切れの悪いテンポに
がっかりしたのだが、当日のサバドゥスの歌唱およびユングヘーネルの指揮による演奏には、ベル
リンのとは別物のようにしっかりとした躍動感が加わっていてうれしくなった。

指揮者のユングヘーネルは、もともとリュート奏者だったようだ。カントゥス・ケルンなどで指揮をして
いるし、昨年ケルンでの『ポッペアの戴冠』の指揮者も彼だった。チャンバロ奏者出身(ルセや
ファゾリス)やヴァイオリン奏者(スピノジ)出身だったりするのとリュート出身とでは、皆それぞれ
当然ながら音楽の作り上げ方や指揮にどこか異なるものがある。
ルセやファゾリスがオペラを指揮すると、いかにも通奏低音がしっかりとベースに置かれたきちんと感
および実際にチャンパロの弾き振りをしているのを目にすると音楽の流れは自分が引っ張るんだという
意識が強く感じられるのだが、ユングヘーネルの場合、おおまかな線はリードしてもその他は演奏家
と通奏低音奏者に任せる、という部分が多いように感じられた。そのせいかどうなのか、ヴァイオリン
がぶつぶつと細切れっぽく聴こえ、スピノジ指揮のような流麗な弦の伸びのよさと弾けるようなドライブ
感に気持ちよく浸ることはできなかった。
しかし、難しいトランペットはしっかりと決まっていたし、オケ・メンバー全体のレヴェルは高い。

また、オーケストラ・ボックスに歌手が入り込んで、オケ・メンバーや指揮者とも文字通り掛け合い
漫才のような演技をすることも多かった。

c0188818_2095100.jpg

               セルセとアリオダテ

セルセのパートは、高音から低音の幅が広いのみならず、一気に駆け上ったりコロコロころがしたり
技術的にもアクロバティックな要素が多いので難しい。だから、通常のCTには音域的にほぼ無理
なのだが、美しい高音を苦もなく出せるサバドゥス君にはピッタリ。彼の場合、高音の発声が澄ん
でいて無理を感じさせないというのが最大の長所だ。そして、男性的なルックスであるので、こういう
バカ殿役にはうってつけである。メイクでかなり志村けんが入ってて変態チックになっていた。
この点が、マレーナ様セルセとの大きな違いで、ジョニー・デップ風を取り入れてはいたが、マレーナ
様セルセはあまりにかっこよすぎて、変態演技は上手いけど、なぜロミルダにあれほど嫌われるのか
理解できなかった。
サバドゥス君の今後の課題は、アジリタをもう少し滑らかにすることと、高音部分にももう少しだけ
男性っぽい暗さを入れて一本調子でなくするということだろうか。装飾の入れ方にも今ひとつ工夫が
必要だ。そうでないと、長いアリアで演技がない場合単調でちょっと飽きてしまう。

c0188818_20241792.jpg

          カーテンコールで、テリー君は右はし。

もう1人のCTとして、弟アルサメネ役にテリー・ウェイが出演しているのにも注目していた。
彼の声は、録音で聴くとはっきりとわかる暗さがあるアルトなので、アルサメネ役に向いていると
思ったが、ナマの声はもっと澄んだ感じで、サバドゥスとの違いがそれほど感じられないのだった。
これは予想外だったが、しかし、二人とも若いので兄弟役としてはとてもフレッシュでバランスが
上手く取れていた。
ルックスもなかなかかわいくて、バカ殿ルードヴィッヒ2世=ヘルムート・バーガー的なサバドゥス君に
対して、王弟オットー1世=ジョン・モルダー=ブラウンみたいな感じでよかった。
歌唱に関して望む内容はサバドゥス君同様で、今後も期待できるから精進を続けてもらいたい。

c0188818_20332090.jpg

          劇場カフェで開演前と幕間にコーヒーとトルテ!

デュセルドルフ歌劇場は、70年代に建てられたものでどの席からも舞台がよく見えるし、音響的に
問題もなく、値段設定が低いから、これからも面白い演目があったら通いたいほどだ。
日曜マチネだったが満席で、しかも万雷の拍手やブラーヴィで、この演目・演出はとても受けていた。
外ではすでにカーニヴァルの「ハーラウ」が聞こえていたほどで、ラインラントのカーニヴァル地域
だからこういうものが受けるような素地があると思える。

だから、今、切に希望しているのは、昨年ナンシーのみで舞台形式で上演された『アルタセルセ』を
再来年の再演にはぜひ、ここデュッセルドルフに持ってきてもらいたいということだ。
ヘアハイム版『セルセ』を受け入れられる歌劇場なのだから、5人CTが出演して女装とケレンミ
たっぷりの舞台『アルタセルセ』も、絶対に大丈夫だ。
パルナッソス社長のジョージ・ラング氏には、ぜひともこの劇場との交渉を進めていただきたい。
    
         
[PR]
by didoregina | 2013-02-05 12:39 | オペラ実演 | Comments(31)

ウェストブルック主役の『マノン・レスコー』@モネ劇場

エファ=マリア・ウェストブルックは、オランダ人ソプラノであるが、本国オランダで
オペラの舞台に立つことは少ない。ショスタコーヴィッチの『ムツェンスク郡のマクベス
夫人』で大ブレークする前はドイツのシュトゥットガルト歌劇場専属だったのが、ブレーク
後は世界を股にかける売れっ子になり、ドイツの都市およびヨーロッパの首都や、ロンドン、
ニューヨークからのお誘いでスケジュールは満杯になってしまったのだ。
近年ナマの彼女を地元で聴く機会は、アムステルダム歌劇場での『西部の娘』と『トロイアの
人々』ブリュッセルのモネ劇場での『運命の力』と『エレクトラ』があったのだが、わたしの
都合のつく日のチケットは取れなかったり、里帰り中だったり、大雪で歌劇場まで辿りつけ
そうもなかったりしていずれも諦めた。

唯一至近距離でご本尊を拝むことが出来たのは、3年前のオランダ解放記念日のアムステル川上
コンサート。
しかし、マイクとPAを使っていてナマの声を聴いたとは言いがたいし、曲目もミュージカル
歌手とのデュエットも彼女らしさが生かせない酷いものだった。

  ルー・リード作詞・作曲のPerfect Dayをデュエットで歌うウェストブルック。しかし、
このミュージカル歌手の発音と音程の酷さには唖然。むやみとドラマチックなオーケス
トレーションにも聴いてる方は居心地の悪さを感じ、欲求不満がつのるばかりだ。



そういうわけで、彼女の艶と輝きある声とオーラに魅了されながら、オペラ映像で我慢しつつ、
じっと実演鑑賞の機会を待っていたのだった。
だから、ブリュッセルなのに一泊するなど遠征にもリキが入っていた。
だが、いつもの貧乏性が出て、座席はカテゴリー4の舞台下手側、オーケストラの真横という
位置を買ってしまった。舞台を横から観るわけだから見切れる部分もあるが、舞台にはとにかく
一番近い。値段が安めなのと、ビンビン響いてくるだろうナマの声に浸りたい、真近で表情の
変化もしっかりと見たい、という魂胆もあったのだった。

Manon Lescaut  Giacomo Puccini    2013年1月24日@モネ劇場

Muzikale leiding¦ Carlo Rizzi
Regie¦ Mariusz Trelinski
Decors¦ Boris Kudlicka
Kostuums¦ Magdalena Musial
Belichting¦ Felice Ross
Video & LED design¦ Bartek Macias
Dramaturgie¦ Krystian Lada
Choreografie¦ Tomasz Wygoda
Koorleiding¦ Martino Faggiani

Manon Lescaut¦ Eva-Maria Westbroek
Lescaut¦ Aris Argiris
Il Cavaliere Renato Des Grieux¦ Brandon Jovanovich
Geronte de Ravoir¦ Giovanni Furlanetto
Edmondo¦ Julien Dran
Il Maestro di Ballo & Un Lampionaio¦ Alexander Kravets
Un Sergente¦ Guillaume Antoine
Un Musico¦ Camille Merckx
L’Oste¦ Guillaume Antoine
Coro del Madrigale¦ Amalia Avilán
Anne-Fleur Inizian
Audrey Kessedjian
Julie Mossay

幕が上がると舞台は真っ暗なままで、音楽もすぐには始まらない。後方に映し出される映像と
共に特殊音が流れて、設定した状況を観客にわからせるという仕組みだった。ごくごく短い
プロローグみたいなものだ。場所は空港のようである。即物的でわかりやすく理解に苦しむ
要素はない。

威勢のよい序曲が始まると、1階のオーケストラ真横という席なので音が予想以上にビンビン
響いてきて、耳に痛いほど。モネのオケというといつもなんだか平板で薄い印象なのが、今回は
最初から張り切って爆音をガンガン出しているのだ。
この序曲には、ストーリー展開や結末を予兆させるような悲劇性が全くなく、明るくて屈託ない。

そこへ続けて、掃除人の格好をしたエドモンドの歌が始まるのだが、声が爆音のオーケストラ
にかき消されてほとんど聴こえてこないのでイライラした。これは座席を誤ったか、と後悔する。
デ・グリューが歌いだすと、ぎりぎりでオケに負けないほどの声量なのでほっとする。しかし、
ピッコロやフルートなど管楽器が高音を響かせると、声が届いてこない。う~ん、微妙である。

舞台セットは全幕通してほとんど変わらず、空港か駅構内の待合室のようになっている。
そこに、椅子やソファーやバー・カウンターやエレベーターの扉や電話などの小物が設置して
あるだけ。
背景に流れる映像は、町並みだったり、そこを通過する電車だったりで、電車が通るときには
音楽がストップして効果音が流される。映画っぽい作りといえば言えるだろう。

c0188818_19213046.jpg

     これは3幕目だが、最初の登場も金髪で赤いトレンチコート姿だった。
     田舎から出てきたにしては娼婦っぽい格好。しかも、飾り窓みたいな赤い
     ランプで囲まれてマノンとネオンサインのある枠の内側に立つ。    

プッチーニのオペラのマノンという女にはつかみ所がない。無邪気で可愛い田舎娘かと思えば、
美貌を武器に金持ちの囲われ者として豪奢な生活を楽しんだり、昔の恋人デ・グリューが再び
現れると金持ちとの愛のない生活には飽き飽きしていると言ってみたり、そうかといって貧乏は
イヤだし物欲に取りつかれている。男が惚れたり言い寄ってくれば、愛であろうと金であろうと
差し出された餌に釣られて、ほいほいと付いていくばかりでほとんど自我というものを見せない。
存在自体が蜃気楼のように曖昧である。

マノンはその時々の男の望むままの女の姿に変身する。男の欲望の対象としての理想の女の姿を
肉体で具現化するが、それは鏡に映された客体のようなもので、マノン自体には主体性がほと
んどない。
そういう悲劇性を背負わされたマノンの宿命に光明が見えるはずもなく、ほとんどSM的に
恋愛の相手も自分をも傷つけるのである。しかし、それはマノンの責任かというと、そういう
わけではない。
マノンの存在とは、男の欲望が姿を替えて投影されただけなのだから。

c0188818_684386.jpg

        カーテンコール。黒のトレンチコート姿がマノン役のウェストブルック。

そういう実体のあやふやな悪女を演じ歌うのが、今回のエフェ=マリア・ウェストブルックの
役割だ。
歌手としての彼女自身には存在感がありあまるほどある。それだからこそ、逆説的ではあるが
つかみどころがなく、流転するヒロインとしてのマノンが説得力を持って迫ってくるのだった。

彼女の場合、オーケストラに声がかき消される心配はない。声と同じく演技も顔の表情も変化
に富み求心力が凄まじい。彼女を中心とした世界を造り出している。
プッチーニのオペラ・ヒロインには惚れこんでいる彼女である。マノンになりきりであるが、
芯の通った歌声にも演技にも気負いは感じられない。体当たりの熱烈演技とドラマチックな
歌唱であるが、ツボを心得ていて役柄への没入の仕方が自然なのだ。




        コンサートで『マノン・レスコー』の死ぬ間際の絶唱
        Sola, perduta, abbandonataを歌うウェストブルック。


迫真の演技と余裕の歌唱でマノン役を演じきったウェストブルックに対するブラヴォーの嵐で、
オペラ初日は幕を閉じた。
        

このオペラ・プロダクションは、2月12日20時から3月4日までモネ劇場のサイトからオン
ライン・ストリーミング配信がされ、世界中で無料で視聴できる。
見切れる部分が多い席だったので、舞台演出の全体像がつかみにくかった。もう一度、ストリー
ミングでしっかり鑑賞してから、また感想を書くつもりだ。


c0188818_20364114.jpg

           初日公演だったので、柔らか物の着物で。
           藤鼠色にスワトウ刺繍の付け下げ。抜きの一つ紋入り。
           パープルに銀糸の抽象柄の洒落袋帯。
           帯揚げはボルドー・カラーで草履の鼻緒の色に合わせた。
           実は雪を恐れて、履いたのは草履形の台の桐下駄。
           帯締めは象牙色の冠組。

初日公演だし泊まったアパートメントは劇場から至近距離なので、当初は訪問着を着て行く
つもりだった。
しかし、雪で足元がぬかるんでいるかもしれないので、高価な訪問着は止めて、裄が短いため
いつか直しに出すつもりのこの着物を選んだ。裾が汚れたらクリーニングも同時にしてもらえ
ばいい。
この白に近い淡い藤鼠色とレースのようなスワトウ刺繍の着物は、オペラ鑑賞にぴったり。
大概の歌劇場の椅子は深紅で金を使ったインテリアだから、白っぽい着物が映えるのだ。
そして、トイレから出てきたら、スタイリッシュな姿の20代前半と思しい女の子が、「オー
ララ!トレ・トレ・ビアン、セ・マニフィック」と賛嘆の言葉を浴びせてくれたので、この
着物選びは大成功と確信できた。
[PR]
by didoregina | 2013-01-29 12:28 | オペラ実演 | Comments(10)

『アルタセルセ』@ケルン初日は、白白歌合戦の趣で白組の勝ち

カウンター・テナー・ファンの間では、今年一番の話題はなんと言ってもヴィンチの『アルタセルセ』
上演である。
なにしろ、当世随一の人気を誇る若手実力派CTが5人も出演するということはめったにない。
これを企画し実現にこぎつけたのは、マックス・エマニュエル・チェンチッチとそのパートナーである
ラング氏の手腕に負うところが大きい。

c0188818_5382323.jpg

     ケルン歌劇場は改修工事中のため、テント・ホールでの上演。

当初このプロダクションを共同推進していたケルン歌劇場が、今年に入って財政危機のごたごたが
続き、全ての演目の上演回数を減らすことになり、しかもとばっちりで『アルタセルセ』はコンサート
形式に変更になってしまったというのが、ファンにとっては晴天の霹靂で残念無念だった。
フランスのナンシー歌劇場を皮切りに、ウィーン、ローザンヌ、パリと公演が続き、最後がケルン
だった。
(結局、舞台形式の上演が行われたのはフランスのナンシー歌劇場のみ。昨日ラング氏に確認した
最新情報によると、『アルタセルセ』は2014年に再演され、3月のヴェルサイユでは舞台形式、
5月のアムステルダムではコンサート形式の上演が決定している。その他のヨーロッパの劇場とは
現在交渉中)

1年前から楽しみにしていたケルン遠征をsarahoctavianさんと共に行った。
しかし、泥縄式予習としてはCDを1,2度聴いただけで、もうすでにネット上に全編アップされている
ナンシーの舞台動画はさわりを観ただけで、予習とは言いがたい態度で臨んだのだった。

コンサート形式になったことで事前に残念に思っていたのは、CT歌手たちの女装やバロックなコス
チュームおよび化粧によるケレンミたっぷりのちょっと倒錯した耽美の世界を見ることが叶わない、と
いう点であった。
ところが、実際に行ってみると、コンサート形式であってもそれが全く不満に感じられない上質なエン
ターテインメントになっていて、客を飽きさせないショーマン精神に満ち溢れていた。

c0188818_5552641.jpg

        終演後のサイン会には、CT4人が並んだ。(座長チェンチッチは
        サイン会には多分病気のため欠席)

まず、ヴィンチのこのオペラは、コンサート形式にもとても向いているのだと確認できた。
バロック・オペラと言ってもいろいろあるが、ストーリーが明快で、登場人物の性格づけが比較的
単純かつ心理の葛藤が込み入っていないこのオペラには、器楽演奏とレチタティーボとアリアとが
ほとんど交互に現れ、しかも登場人物に割り当てられたアリアの長さや重要度もほぼ同等。
歌われる内容は、しんみりと悩みを吐露したり、怒り狂ったり、悪巧みだったり、勇気を奮ったり、
歓喜や哀しみくらいのヴァリエーションしかない。
そういう、絵に描いたようなバロック・オペラだから、常套手段がうまく使えるのだ。
すなわち、歌謡ショーの要領で、歌手が一人ずつもしくは二人ずつ登場して、大見得を切りつつ
歌っては引っ込むという繰り返しで、歌手は全員男性(CT5人にテノール1人)だから、ほとんど
白白歌合戦という趣になる。

c0188818_691371.jpg

       サバドゥス(左)は26歳、ファジョーリ(右)は30歳と若い。

歌謡ショーと同じような構成のコンサート形式だから、一曲歌い終わると歌手が引っ込む前に必ず
拍手およびブラボーの歓声が起こるという按配である。
舞台上演を行った歌手達ばかりだから皆暗譜しているし、動きに多少の演技も取り入れているから
コスチュームこそ私服だが、役に成りきっている。
そして、うれしいことに、上手くて絶好調の人が歌うと、次にはそれに他が引っ張られるような具合に
コンサート中にも歌手同士が互いに切磋琢磨して、多少コンディションが悪くてもどんどん歌唱の質が
高まっていき、全体的に尻上がりに盛り上がるのであった。
次々と入れ替わり舞台にCTたちが登場しては、見事な喉を披露するという、歌合戦そのものの
コンサート形式で、勝負は白組の勝ち!という結果に終わった途端スタンディング・オヴェーション。
拍手が鳴り止まず、最後の合唱をアンコールに歌ってくれた。

ファゾリス指揮コンチェルト・ケルンのオーケストラともCD録音からツアーまで行った、最後の締めく
くりがケルンでの公演であった。オケも歌手も長いことかけて作り上げたものがまとめあがり完成した
感じで最高の状態に近かったのではないか。演奏者も皆満足できたコンサートのようだった。

チェンチッチは、休憩中のラング氏の話ではどうやらまだ風邪が全快していないらしかったが、
それはほとんど聴衆には悟られなかったと思うくらいの意地を見せた。ちょっとヒステリックな女性役
を、演歌調に恨みを帯びた低音を響かせ聴かせた。高音は苦しかったのかもしれないが、全くそれは
表に出さなかったのがさすがだ。

c0188818_636297.jpg

         サイン会でのジャルスキー(私服もステージ衣装もなんだか似てる)

ジャルスキーはやっぱりいつでもジャルスキーというか、他のCTとは全く異なる声質でなるほど
唯一無二の存在感が光るのだが、どんな役でも独特の個性が勝るので、コンサート形式の場合、
彼が歌い演じる役柄が聴衆の頭には浮かんでこないで、ジャルスキーを聴いてるという思いが強く
なる。
だから、彼の場合、単なるコンサートでなくオペラの役柄を歌ってるんだと視覚的に理解させる
ようなエキセントリックなステージ衣装を着てもらいたかった。チェンチッチのように。
天使のようでありかつ全体的に声量およびエネルギーに満ちた声が素直で真摯なのだが、ちょっと
一本調子に押し捲ってるように感じた。
サイン会での彼は、とてもファンに優しく丁寧に対応していた。ファンには舞台でも舞台を下りても
誠意のありったけを見せる、という印象だ。

c0188818_654563.jpg

           最年少のサバドゥスは、期待の新人。

今回の5人のCT中、唯一今まで生の声を聴いたことがなかったのが、サバドゥス君である。
そして、今回初めて彼の歌唱に接して、すっかりファンになった。歌心や表現の幅の広さでは、
ファジョーリに近いものがあり、今後とてつもなく成長しそうな気がする。
彼の長所は、なんといってもすらりとした現代的なプロポーションと、派手で甘いマスクという、
舞台栄えするルックスである。しかも、指先や表情での演技が繊細で上手いのだ。細やかさという
点で典型的女形といえる。声もいいから、これからテクニックをもっと身に付けたら鬼に金棒である。


c0188818_732698.jpg

           今回一番の立役者ファジョーリ

とにかく、期待に背かない実力のファジョーリである。まこと、ファリネッリの再来と呼んでもいい
抜群の歌唱力と技術を身につけている
小柄だが舞台での存在感・求心力は凄まじく、ルックスが男性的なのに対して、声は女性的でメゾ・
ソプラノそのものの自由自在にコントロールが利いたテクニックで圧倒する。
CTには無理だと言われていた繊細な歌唱および表現力と、どの音域でも安定した声と音程と
乱れないテクニック。進化したCTの理想の姿と言える。
一見声量がないかのように思えるが、実は深みと芯があって通る声が魅力的だ。歌い方や声質、
表現力など、様々な点でバルトリそっくり。男バルトリと呼びたいのは賛めてるつもりである。

サイン会では、ほとんど一番最後に並んだので1時間待たされたが、ファジョーリとは結構
いろいろおしゃべりできた。
ケルンでは『ポッペアの戴冠』初演および再演でおなじみの彼だ。「来年は、ウィーンでお会い
できるかも」とわたしが言うと、「2月、3月と11月に歌います」との返事。
11月は初耳なので問うと「11月にアン・デア・ウィーン劇場で『リナルド』」と言うではないか。
「え、ウィーンであなたが『リナルド』のタイトル・ロールを歌うの?」と訊ねると、うれしそうに
「ええ、来シーズンなんですが、決まりました」と頷いた。でも、コンサート形式だそうだ。
(アン・デア・ウィーンでは4月に『ゴーラのアマディージ』に出演と噂に上ったが、いつの間にか
それがスケジュールから消えている)
「それから、『ポッペアの戴冠』の再々演はないのかしら?」と問うと、「その話は今のところ
ありません。今年再演があったばかりですし」とのこと。
来年の11月といえば、バルセロナでマレーナ様(決定)とサラ様(多分)の『アグリッピーナ』
が上演される。ウィーンの『リナルド』と組み合わせて日本からヨーロッパ遠征することをお勧めする。
[PR]
by didoregina | 2012-12-18 23:50 | オペラ実演 | Comments(27)

オペラ・ザウドの『マノン』

オペラ・ザウドのプロダクションは当たり外れが激しいので、実演鑑賞には及び腰になる。
上演機会の多い有名な演目の場合は、かなりの覚悟で臨む。他の歌劇場の有名歌手の
歌ってるのと比べてしまうとその差は歴然だから、まあ、がっかりすることの方が多い。
だから、この『マノン』も、当初全く鑑賞する気がなかった。ところが、マーストリヒトでの
プレミエの評がNRCなどの全国紙でもかなりよいので気が変わった。
全国巡業してまた南部に戻ってくる、シッタルトでの公演を予約した。
もうすぐ帰国されるバービーさんとA子さんにも、オランダで最後のオペラだからごいっしょに
いかが、とお誘いして。

c0188818_1926277.jpg

















Muziek  Jules Massenet
Libretto  Henri Meilhac en Philippe Gille naar de roman Histoire du Chevalier
des Grieux et de Manon Lescaut van Abbé Prévost
Regie  Lotte de Beer
Dirigent  Ivan Meylemans
Orkest  Limburgs Symfonie Orkest
Manon   Kim Savelsbergh,
Le Chavalier des Grieux  Rafael Vazquez Sanchis
Le Comte des Grieux  Marco Bakker,
Lescaut  Richard Morrison,
Monsieur De Bretigny  Martijn Sanders e.a

見たいという気にさせたのは、気鋭の新進演出家ロッテ・デ・ベア女史による読み替えが、かなり
好意的に評価されていたからだ。(デ・ベア女史は、今年のホランド・フェスティヴァル参加DNO
プロダクションの新作オペラWriting for Miss Monroeの演出担当)
すなわち舞台を現代に置き換えて、東欧かどこかからヨーロッパの都会に出てきた山出しの芋ネエ
ちゃんのサクセスおよび破滅のストーリーになっていて、アクチュアリティが抜群だという。

c0188818_19445993.jpg

     ヨーロッパの都会の空港に着いて、物品の質と量に圧倒されるマノン(右奥)

ハッピーな旅行者が行き交う空港は、きらきらと乙女の憧れを誘う高級品で一杯だが、田舎から
出てきた女の子を陥れる罠や悪の匂いも漂う。
金持ちのボンボン騎士デ・グリューは、バックパッカーの姿で空港に降り立ったばかり。喧騒の中、
マノンとお互い一目ぼれの恋に落ち、逃避行となる。

c0188818_1958936.jpg

          空港のブランド商店で愛を語る二人。

第一幕第一場、マノン役キム・サーベルスベルクの声は、ちょっと意外なほど精彩さを欠いていて、
これで主役はちょっと、と思ったのだが、どうやら芋ネエちゃんという役柄設定に忠実に、発声も
歌唱も押さえ気味にしていたらしい、と第二場になってわかった。

c0188818_19595758.jpg

          貧しい二人が暮らすのは、トレーラー・ハウス。

このトレーラー・ハウス(というかキャラバン)は、最初、空港でブランド商品としてリボンで包装
されていたのを破ると出てくるもので、巡業歌劇団の宿命で限られた舞台装置の有効な使い方に
感心した。

これ以降、マノンはちゃっかりと援助交際したり、美貌を武器にのし上がっていく。そうなると、第一
場でのおずおずとした少女とは別人のように、声にも艶と伸びやかさが加わり自信が覗えるのだ。
それに対して、世間知らずのボンボンのままであるデ・グリューは、親に金の無心することぐらいしか
出来ない。(パパへの頼みごとには携帯を使う)
デ・グリュー役はスペイン人歌手だが、テノール人材不足のオペラ・ザウドにしては、逸材を持って
きた。背丈こそ、他のオランダ人キャストより頭一つ低いが、いかにもラテン系の鼻にかかった甘い
声が二枚目役にぴったり。

第二幕は、金持ちド・ブレティニーの援助によってデザイナーとして成功したマノンのファション・
ショーから始まる。ココ・シャネルが成り上がったのと同様である。

c0188818_2085148.jpg

       ショーには、デ・グリュー父も現れて、息子が僧侶となったことを告げる。

面白いのは、デザイナーとして得意の絶頂にいるマノンに負けないほど、デ・グリューもTVタレント
神父として華々しい活躍をしていることだ。
カメラマンの注文に応えて様々なポーズをとる神父姿のデ・グリューは、セレブそのものでとても
笑える。彼は彼で傷心から立ち直り成功しているのだが、マノンが彼に遭いに行くことから破滅への
道のりが始まる。

c0188818_2020297.jpg

         再びいっしょになった二人は、博打で生活費を稼ぐ。

この『マノン』では、デ・グリューは完全に魔性の女マノンに切りきり舞させられる、憐れな若者だ。
小悪魔マノン、という従来どおりの解釈から抜け出ていない。
実生活の経験に乏しい世間知らずという点では、二人とも似たりよったりではあるが、女の武器で
のし上がるという体験をしているマノンの方が強いのだ。
        
カジノで不正の疑惑をかけられた二人のうち、デ・グリューは親の七光りと財力のおかげで、警察の
手から逃れるが、マノンは不法滞在者として強制退去させられる。
最後に二人がようやく出会えたのは、国境近くにある強制退去者の収容所だ。
監視員にワイロを渡して最後の別れをする二人だが、マノンは最後まで虚勢を張って、「これが
マノンという女のストーリーよ」と見得を切って終わるという幕切れであった。


歌手にも演出にも、自信とトータルの芯が貫かれていて、とても楽しめるプロダクションだった。
現代への読み替えということで、字幕ではフランのかわりにユーロと出たりしていたが、実際に
歌詞もユーロと変えて歌っていた。喧嘩シーンや言い争いでは、オランダ語字幕が、最近流行り
の言い回しそのもので、アクチュアリティとリアリティが高まっていた。

c0188818_20432346.jpg

         ホール入り口に立ってたマノンの実物大写真と。

また、オペラ・ザウドの強みは、音大オペラ科という新人供給源が近くにあることから、コーラス
その他の登場人物が皆若くてフレッシュ。これは、見ていて聴いていて清々しく、同じ巡回オペラ
であるナショナル・レイス・オペラの年寄りが多い合唱団のもさついた動きや演技と比べると、格段の
差だ。
若い出演者の多い華やかな現代的な舞台はミュージカルみたいな軽さが感じられ、主要歌手は、
しかし、しっかりとした聴かせる歌唱力を披露するので、その落差が心地よいプロダクションだった。

c0188818_20454154.jpg

           クリーム色の万筋の着物に、光るグリーンの洒落袋帯。
           帯には『富嶽三六景』から「駿州江尻」を写した刺繍。
           オレンジ色の帯揚げ、象牙色の冠組の帯締め。
[PR]
by didoregina | 2012-12-16 12:51 | オペラ実演 | Comments(6)

歌劇場でのコスチューム・セール参戦記@リエージュ

歌劇場で不要になり場所塞ぎの衣装を放出するセールというのは、リエージュでは大体、
3年おきくらいにあるように思う。
アムステルダムの歌劇場では、知ってる限り今までに1回あった。
興味は大いにあっても、なかなか実際にセールに出かける機会に恵まれなかった。
満を持して、本日、リエージュまで行ってきた。同行したのは、ファンションに関しては情熱を
共有するPである。

実は、昨日、Pといっしょにマーストリヒト市内にあるウェディング・ドレスや式典およびパーティ用の
服専門店のセールに出かけた。オートクチュールで、オーソドックス過ぎず遊びのあるデザインと
素材およびシルエットで満足できるジャケット2着をゲットしたばかりだ。オペラやコンサートやパー
ティーにピッタリ。しかし、おかげで懐はあまり暖かくない。

リエージュでは、いつかヴェネツィアのカーニヴァルで着るためのドレスを狙うことにした。

c0188818_644663.jpg

       事前に目を付けていたのは、『ユグノー教徒』のマルグリット・ド・ヴァロワ
       役でアニク・マッシスが着たドレス。

一体いくら位になるのか見当が付きかねたが、100ユーロを上限と決めた。オークションと同様に
セールに参戦する時には、自分の決めた上限を絶対に超えないことを厳守する。そうでないと、
その場の熱気に押されて、どうでもいいようなものを安いからという理由で買って後悔することになる。

セールに勝つための鉄則はシンプルで、誰よりも早く、狙っているもの目がけて突撃することだ。

しかし、まず、出だしで躓いた。
11時開始のセール会場、すなわち歌劇場に到着したのが11時20分ごろ。出遅れている。
すでに入り口から黒山の人だかりで、恐れていた通り、デパートのバーゲン・セールのような様相を
呈している。開場前から並んで待って入った人が多いのだろうな、と思う。

ホール、フォアイエ、廊下などに、木製のコンテナのような衣装保管および移動用のケースが立ち
並び、その中に様々な衣装がハンガーにかかっている。全部で800点ほどだという。
試着室などないから、男女入り乱れて、その辺の廊下で真剣に試着している。すごい熱気である。
目指すタイプのドレスは、もうほとんどしっかりと誰かの腕に抱えられていて、探しても見当たらない。
そして、主役用の手の込んだドレスは大体、200ユーロくらいと、お安くない。

c0188818_6145799.jpg

     一番欲しかった、やはりマルグリット・ド・ヴァロワのドレスは、今回の
     目玉商品のようで、レジ近くのマネキンが着て立っていた。凝った
     素晴らしい素材(シルク)とデザインが光っていて、実物は工芸品の趣。
     さすがに300ユーロ。しかもバニエなし。


わたしの手が届きそうな値段のドレスは、その他大勢の合唱団員が着ていたようなものだ。
それでも120から160ユーロはする。そして、もうあらかた残っていない。
かろうじて、これならばと思えるドレスを一着見つけた。『ランメルモールのルチア』の結婚式の
場面で招待客の一人が着ていた衣装で、赤のロング・ドレスにブロカードのロングのガウンと
同布の帽子のセット。

c0188818_6285544.jpg

       左手後ろの方に立ってる女性が着ている衣装を試着。

このドレス・セットは、ワインカラーに黒で模様を織り出したブロカード素材でルネッサンス風提灯袖の
ロング・ガウンと、下の赤のロング・ドレスの胴の部分にヴェネツィアのカーニヴァル用仮面そのものの
デザインの鳥の羽とライン・ストーンを使った豪華でアーティな飾りがポイントになっている。
シルエットはオーセンティックだが、ディテールが凝っていて、全体的に派手で、ヴェネツィアの
カーニヴァルで着たいという目的にどんぴしゃだ。
ドレスの上半身部分は、デコルテがスクエアに開いていて、ビスチュエのようにしっかりした作りで、
背中は交差した紐を縛って結ぶようになっている。
スカート部分が安っぽい透けるようなオーガンジーなのだけが不満であるが、丈もウエストもぴったり。

ロングドレスはいずれもコルセットのようになった紐を後ろで締めるデザインになっていて、1人で着る
のは不可能なので、着付け部屋みたいなところで着せてもらえる。『風と共に去りぬ』の主人公が
小間使いにギューっとコルセットの紐を締められているところを思い出してもらいたい。
フォアイエの両面にある鏡の前に立って、着姿をチェックしてみた。かなり楽しいコスプレである。

買うべきかどうかかなり悩んだのだが、お値段が120ユーロで、予算を20ユーロ・オーヴァーした
ので、原則を貫いて諦めた。カメラを持っていかなかったので、着姿を写真に収められなかったの
が、返す返すも残念だ。


c0188818_6561941.jpg

       『エルナーニ』で使用された帽子その他をPはゲット。

Pとは、目指すものが異なるから、時間を決めて出口で待ち合わせることにした。
彼女はなんと、帽子5つ、ワンピース、エプロン、スカート、ショールの計9点を合計65ユーロで
ゲットした。(わたしは、結局何も買わなかった)

実際に舞台で着用されたものだから、全てに、歌劇場の名前、演目名、役名、そして歌手の名前の
タグがブランド・ラベルの代わりに縫い付けられている。
それを読むだけでも楽しい。

例えば、Pがゲットした帽子の一つは、『エルナーニ』でドン・リッカルドが被っていたものだし、
刺繍が素敵な大判のロング・ショールには、アンナ・カテリーナの名前が書かれているから、
「もしかしたら、アンナ・カテリーナ・アントナッチが使ったもの?」とか、物自体からストーリーが
発せられるのだ。
シャーベット・トーンのペール・グリーンのシザルで出来たつば広帽には、「コジ、フィオルディリージ、
ハーヴェマン」と書かれたタグが付いているので、そのプロダクションではバーバラ・ハーヴェマンが
フィオルディリージ役だったのだと思われる。果たして、彼女のバイオを読むと、ORWでコジ・
ファン・トゥッテに出演と書いてある。

どれも手作りの一品物、オートクチュールだから、手仕事を確かめるという楽しさもある。
その他大勢の着る衣装は、素材こそ高いものではないだろうが、結構デザインや細工が凝って
いて、縫製にも手が抜かれていない。

12時過ぎにセール会場を出る頃には、レジは長蛇の列。ホールやフォアイエを埋め尽くしたケースは
あらかた空になっていた。たったの1時間である。今日一日でほとんど全て捌けて、かなりの売り上げに
なったろう。
オペラの衣装にフィーヴァーする人たちの多いのに目を丸くしたが、マーストリヒト近辺はカーニヴァル
が盛んな地域である。皆、カーニヴァルのコスチュームをゲットするために来たんだろう。
カーニヴァルの衣装は、専門店で買うと、ちゃちなものでも結構な値段である。
手作りする人も多いが、時代もののコスチュームは、やはり専門家の手になるオペラの衣装だと
本格的であるから、100ユーロほどで手に入るなら、お値打ちともいえる。
[PR]
by didoregina | 2012-11-24 23:32 | オペラ実演 | Comments(8)

リエージュの王立ワロン歌劇場で衣装放出セール

リエージュのORWからのメールによると、来週の日曜24日に衣装放出セールがあるという。
何年かに一度、衣裳部屋やアトリエのスペース確保のために行われる恒例行事だ。
そしてサイトの詳細ページに飛ぶと、そこにある写真を見て腰が抜けそうになった。

c0188818_5361758.jpg

       2005年の『ユグノー教徒』でアニク・マッシスが着用した
       マルグリット・ド・ヴァロワの豪奢な衣装(中央)も放出される!


c0188818_540457.jpg

        同じく『ユグノー教徒』のもの。こちらは清楚で上品。


c0188818_541417.jpg

          しかも、ディテールが凝っていて可愛い。

このプロダクションのコスチューム・デザインは、ロザリー・ヴァルダという人が担当。デザイナー兼
女優で、しかも女流映画監督のアニェス・ヴァルダのお嬢さん。

c0188818_545772.jpg

       ロザリー・ヴァルダ。オランジュでの『ミレイユ』のためにデザインした
       いかにもプロヴァンス風衣装の数々。こちらも可愛い。


帽子や小物も合わせて全部で800点がセール対象になり、値段は5ユーロからという。
ドレスなんかは、一体いくらで出品されるんだろう。わくわく、どきどき。

かねてから、歌劇場の衣装が放出されたら、ぜひ手に入れたいと思っているものがある。
例えば、アムステルダムの歌劇場だったら『ばらの騎士』の元帥夫人のドレスとか、『ポッペアの
戴冠』でマレーナ様着用のネローネの衣装とか、『ダイドー』でもいい。そういうドレスをひとつゲット
して、いつかヴェネツィアのカーニヴァルで着てみたいという夢があるのだ。(仮面つければ大丈夫)

マルグリット・ド・ヴァロワの衣装も、なかなかわたしの好みである。衣装に興味がありそうな、帽子の
師匠Pとともにリエージュまで行って、実物を手にとって見たい。


さて、マルグリット・ド・ヴァロワといえば、『王妃マルゴ』である。
イザベル・アジャーニ主演のマルゴーは、普段はなんだか商売女みたいな下品な格好で、結婚式や
戴冠式では窮屈そうなドレスに身を包んでいて、そそられるコスチュームが登場しない。

しかし、1965年にジャンヌ・モロー主演で映画化された『バルテルミーの大虐殺』でのマルゴーの
衣装はノーブルかつ可憐でいい。

c0188818_624737.jpg

     ストライプがとってもポップでルネッサンス風デザイン。

c0188818_693647.jpg

     正統派美人とはいえないが、若い頃のモローは結構キュート。


こうして連想ゲーム風に、またもやたどり着くのはラファエル前派のジョン・エヴァレット・ミレー
による『ユグノー教徒』の絵。
ミレーがマイヤベーアのオペラ『ユグノー教徒』の実演鑑賞の舞台から触発されて描いたものと
いうのも、なんだかやっぱり好みが繋がってる証拠。。。

c0188818_6125148.jpg

       John Everett Millais A Huguenot (1851-52)
                     (The Makins Collection)


個人蔵だから普段はなかなか見れないこの絵も、やはりラファエル前派展のため特別にテートで
展示されてる!さすがというかおそるべきというか、徹底した集め方だ。
だからやっぱり、ロンドンまで行かなくてはならない。
[PR]
by didoregina | 2012-11-16 08:03 | オペラ実演 | Comments(4)

モネ劇場の『ルル』

c0188818_17481310.jpgLulu
Alban Berg
2012年10月21日@モネ劇場

Muzikale leiding¦ Paul Daniel
Regie¦ Krzysztof Warlikowski
Decors & kostuums¦ Malgorzata Szczesniak
Belichting¦ Felice Ross
Dramaturgie¦ Christian Longchamp
Choreografie¦ Claude Bardouil
Video¦ Denis Guéguin

Lulu¦ Barbara Hannigan
Grafin Geschwitz¦ Natascha Petrinsky
Gymnasiast & groom¦ Frances Bourne
Maler & Neger¦ Tom Randle
Dr. Schön & Jack The Ripper¦ Dietrich Henschel
Alwa¦ Charles Workman
Schigolch¦ Pavlo Hunka
Tierbändiger & Athlet¦ Ivan Ludlow
Prinz, Kammerdiener & Marquis¦ Albrecht Kludzuweit
Theaterdirektor & Bankier¦ Rúni Brattaberg
Mutter¦ Mireille Capelle
Kunstgewerblerin¦ Beata Morawska
Journalist¦ Benoît De Leersnyder
Polizeikommissar, Medizinalrat & Professor¦ Gerard Lavalle
Diener¦ Charles Dekeyser
Eine Fünfzehnjährige¦ Anna Maistriau
Dans en schriftuur van de solo’s¦ Rosalba Torres Guerrero
Danser¦ Claude Bardouil
Orkest¦ Symfonieorkest van de Munt

日本から帰ってきてすぐの日曜、ブリュッセルまで出かけてマチネ公演を鑑賞した。
舞台には近いが、照明やヴィデオなどが目の前にあって死角の多い座席で、下手側がよく
見えない。
このプロダクションは、視覚的情報が盛りだくさんなので、見逃したものが多いだろう、
と思ってストリーミングでもう一度鑑賞してからのレポである。
モネ劇場のサイトから、11月28日までオン・デマンド・ストリーミング視聴できるので、
ぜひご覧になっていただきたい。

c0188818_1804213.jpg

      わたしの席のほぼ正面のロイヤル・ボックスに照明が当たっている。


ワルリコフスキの演出なので、演劇的アプローチだろうな、と思ったとおりだった。
音楽は二の次、とは言い過ぎかもしれないが、視覚重視の演出である。
その姿勢がはっきりと示しだされているのは、音楽が鳴る前に観客(登場人物だが)を一人一人
舞台上のカーテン前に案内して座らせる、という始まり方からも明白だ。

そして、ロイヤル・ボックスから英語の語りが聞こえてくる。語られるのはリリスの話だ。
リリスは、アダムの伴侶として神が土くれから創った女性である。男性との対等性もしくは
上位性を求めるリリスは、アダムに三行半を突きつけて楽園から出奔する。そして、彼女は
悪魔と結託して諸悪の根源になるのであった。(エヴァは、そのあとでアダムの肋骨から造られた)

c0188818_18155191.jpg

       リリスといえば、ダンテ・ガブリエル・ロゼッティのこの絵を思い出す。
       現在、ロンドンのテート・ブリテンでのラファエル前派展のために
       デラウェアから来ている!やはり、観に行くべきだろうな。。。


そういった一連の演劇的プロローグの後で、ようやく音楽演奏が始まり、実際にベルクがプロ
ローグとして作曲した導入部に入るのであった。
そこまでの間にも語りの内容とは無関係に少年が踊るバレエ・シーンがあるし、それから後も、
下手後方スクリーンにヴィデオ映像が映し出されたり、舞台では黒鳥のようなバレエ・ダン
サーが踊っていたり、上手後方のガラスの部屋の中やその後ろでメインの音楽や歌とは別の
芝居が行われていたりする。観客は、目も耳も同時に色々な情報を取り入れないといけないので
忙しい。
いくつかの異なった視覚要素が同時に存在しているから、いつも舞台が分断されている。

正面席(およびストリーミング映像)だったら舞台全体が見えているから、それらがある意味で
有機的に結合していることがわかるが、舞台を横から観る位置の座席だと非常に不利である。
いつでもどこかに死角があり、意味深かつ重要らしい出来事が見えないのでイライラした。
モネ劇場は、アムスの歌劇場のように舞台も客席も横に広くて死角がほとんどないというモダンな
造りではないから、視覚重視の演出にするなら、座席配置にも気を配ってもらいたいものである。

c0188818_18335540.jpg

        舞台装置の全体像。ラスト・シーンだが、上手前方でゲシュヴィッツが殺され、
        その後ろのガラス張りの部屋の中にルルが倒れている。下手前方では、幼い
        ルルを象徴する少女バレリーナがシゴルヒに連れられて舞台を去るところ。
        その後ろでは黒鳥のダンサーが踊っている。そのまた上部にヴィデオ映像。


無調の音楽は、ドラマチックな盛り上げ方がしばしば映画の効果音やサントラのような印象を
与える。
つまり、ストーリーに沿ってはいるが、音楽が主役になってはいない。あくまでも添え物・
二次的な存在になっているかのように聞こえるのだ。
『ルル』の場合、ベルクはかなり詳しいト書きに演出上の注意書きを加えていて、映像を流す
場面もその映画音楽になる部分も指定されているから、そういう印象はもともと織り込み済みで
ある。
全体的に、無声映画に添えられた楽団の演奏という雰囲気になるのだ。
そう感じてしまったのは、どうも、今回の演出は作曲家のもともとの意図よりもずっと視覚
重視の方向に行ってしまっていることと、歌手の声質にもよるのではないかとも思われる。
つまり、ヴィジュアル重視のため細身で軽い声の歌手を揃えた結果、歌唱も音楽も軽い印象に
なってしまったのだ。また、オーケストラ演奏に厚みが乏しいのは、毎度ながらモネの欠点で
ある。

c0188818_18484143.jpg

       バーバラ・ハニガンは、可憐なルックスもスリムな体型もルルにぴったり。

バーバラ・ハニガンは、音を取るのが難しい現代ものオペラに欠かせないソプラノで、声が
とても軽い。
下着やバレエのチュチュ姿で登場することが多いし、若々しいルックスもルルの印象そのもの
だからヴィジュアル重視のキャストにピッタリだ。
ただし、昔の録音の歌手と比較すると、あまりに軽い声質とさらりとした歌い方なので、歌唱
だけ取り上げた場合、主役としてのインパクトにイマイチ乏しい。
その軽さがスタイリッシュかつ現代的なので、今回の演出には正に適役なのだが。
爪先立ちでバレエ風に踊ったり、表情も豊かで演技も上手いのだが、歌唱に関してはどうも
一本調子でメリハリに乏しいような気がした。可愛いだけでなく、ルルは生来の悪女である
ことを歌唱でももう少し印象付けてほしいものである。

c0188818_19185091.jpg

           ルルとアルヴァ、そしてシェーン

シェーン役のディートリヒ・ヘンシェルは、ニヒルなルックスもスリムな体型も現代物にぴっ
たりのバリトンだ。やはり、モネには欠かせない歌手で、軽めの声である。
アルヴァ役テノールのチャールズ・ワークマンも同様。だから、ルルとシェーンの絡み、
ルルとアルヴァの絡みのシーンでは、軽い味の歌手同士なのでそれぞれとてもバランスが取れ
ている。全体的に、うまく均されていて1人だけ突出するという歌手がいなかった。

c0188818_192813.jpg


視覚情報過多と言ってもいい演出なので、一度観ただけでは疲れてしまって消化不良になる。
何度か鑑賞するとよさがわかってくるプロダクションだ。

ワルリコフスキの『ルル』がファム・ファタールであるのは、ボーダーライン症候群で
『ブラック・スワン』の主人公のように解離性障害もあるという理由のようである。
そういう設定なら、なるほど、自分も周りの人物もことごとく破滅に導く彼女の行動にも
納得がいく。
また、クラシックのバレリーナであるルルには、ベルクの隠し子だった女の子の境遇や
生い立ちも反映されているようだ。
規律や束縛も欲しながら、放埓と安逸を求めてしまうという対極さがルルの中に存在し、
美貌と相まってその生き方が人々を魅了してしまったために起きた悲劇だ。
[PR]
by didoregina | 2012-11-13 11:50 | オペラ実演 | Comments(26)

『セヴィリアの理髪師』@ストックホルム王立歌劇場

8月にウィーンでマレーナ様主演の『湖上の美人』を鑑賞したばかりですが、彼女が9月に
本拠地ストックホルムでの『セヴィリアの理髪師』にロジーナ役で出演することがわかった時、
2ヶ月続けての遠征を決意しました。
4月のチケット発売日に、即、オンライン参戦したのですが、争奪戦はなかなか厳しく、平土間の
席は全く残っていませんでした。歌劇場の規模や座席と舞台との相対関係や音響も分からないので、
無難に1階バルコニー正面席を選びました。スウェーデンの一般物価と比較すると一番高い席でも
それほどのお値段ではありません。

c0188818_1633882.jpgIl barbiere di Siviglia
Musik: Gioacchino Rossini
Text: Cesare Sterbini efter Beaumarchais komedi
Regi: Knut Hendriksen
Scenografi och kostym: Per A. Jonsson
Ljus: Ronny Andersson
Medverkande
Greve Almaviva : Michele Angelini
Doktor Bartolo : John Erik Eleby
Rosina Malena : Ernman
Figaro : Ola Eliasson
Basilio : Lars Arvidson
Berta : Agneta Lundgren
Fiorello : Kristian Flor
Officeren : Kristian Flor
Dirigent : Jean-Christophe Spinosi
Herrar ur Kungliga Operans Kör
Kormästare: Folke Alin och Christina Hörnell

Kungliga Hovkapellet


さて、当日は、ホテルにチェックインしてからすぐに歌劇場に向かいました。チケットが上手く
プリント・アウトできなかったので再発行してもらうためです。
オンラインでのチケット・ダウンロードとプリントは一回限りと注意書きがあったのですが、どうやら
サイトの不備でプリントのサイズ設定がおかしくなっていたため、A4から重要な部分がはみ出て
しまったのです。これにはあせって、電話とメールで問い合わせたので、再発行はスムーズでした。
劇場窓口でも、オンライン・プリントした人は皆プリントに失敗したらしい、と言われました。

そして、楽屋口の位置を尋ねておきました。
これで準備完了。

ホテルに戻り、ゆっくりと着物の着付けとヘア・メークをしました。遠征では、大概、遊びすぎて
時間が足りなくなるのですが、その日は気温10度で強風しかも小雨模様なので、町歩きをする
気分にならなかったのです。

c0188818_1734744.jpg

       ホテルのロビーで。8月にウィーンで着ようと思っていた絽の着物。
       ようやく袖を通すことができた白と黒の細縞に萩の花の模様の小紋。
       博多の献上帯に白と黒の変わり織の帯締めと幾何学模様の帯揚げ。
       (公演後ホテルに戻ってからの写真なので髪が乱れてる。)


c0188818_17124882.jpg

            対岸の王宮から眺めたストックホルム王立歌劇場
          
ロビーに入って、開場を待ちながら人々の服装を眺めると、皆、アムステルダム同様にかなり
カジュアルです。金曜日夜の公演なのに、ほとんど着飾っている人は見当たりません。
各階の左右にクロークがあるため、一箇所に混み合わず、ゆったり鷹揚な気分になれます。

正面バルコニー席は、さほど大規模な劇場ではないので舞台も遠からず視界は悪くありません。
しかし、左隣に座ったオヤジが、恐怖のグミ食い魔だったのです。なぜか、ズボンの右ポケットに
グミを入れていて、1,2分おきにポケットに手をつっこんで取り出すので、その度に肘をわたしの
左腕にぐいぐいと押し付ける形になるのです。アングロ・サクソンの国とは異なり、体が他人に
触れても謝ったり気にしない人が多いのは、スウェーデンもオランダと同様のようですが、気分は
害されます。劇場の座席に座って物を食べるという行為も、褒められたものではありません。
劇場からは、電話のスイッチを切れとか、撮影や録音は堅く禁じるとかのアナウンスはありましたが、
食べ物持ち込みも厳重に注意してもらいたいものです。

そして、グミというものは、食べだすとなかなか止められなくなるものです。
もう、袋ごと膝の上に出して堂々と食べたらいいものを、こっそりとポケットから出して口に入れようと
する態度と動作が、他人を不快にするのです。
そうこうするうちに、指揮者のスピノジが登場しました。拍手で迎えられた彼がオケ・ピットの指揮台に
立ち、指揮棒を下ろした瞬間にも、隣のグミおやぢがズボンのポケットに手を入れたので、わたしは、
そいつに向かって制するようなしぐさをして「プリーズ、ストップ・イット」と冷たい口調で命じました。
虚をつかれたおやぢはひるんで、そのままフリーズしてしまいました。そして、とうとう、序曲の間中、
じっとポケットに手を入れたままだったのです。きっと、ぐっしょりと手の汗にまみれたグミはべとべとに
なったことでしょう。

c0188818_18142963.jpg


ロッシーニのオペラをスピノジがストックホルムで指揮する、というのは、意外な組み合わせに思え
ますが、昨年のウィーンでの『セルセ』以来のマレーナ様つながりのご縁でしょうか。この二人は、
この夏にもブルターニュの野外バロック・ロック・コンサートでも共演しています。音楽的にも気が合う
ようです。
そのスピノジですが、いつものようにきびきびと若々しい動作で、溌剌とわくわくするような音楽を
作り出していきます。

オケは大編成でもないのに、PAのためか、よく鳴り響きます。とくに下手側からの管楽器が響き
すぎ、バランスとしてはちょっと突出しすぎの感がありました。それは器楽だけの演奏の時にはさほど
気になりませんが、歌手との絡みや伴奏では、管の音が大きすぎて歌唱がよく聞こえずいらいら
した場面がしばしばあったのです。

スピノジといえば、ウィーンでのオペラの指揮の最中に、『狂えるオルランド』でも『セルセ』でも、
お得意のヴァイオリン・ソロを披露してくれました。観客にはウケルし、彼の定番パフォーマンスなの
かしら、と思っていましたが、今回も彼のソロ演奏がありました。それは、カスタネットでした。
アルマヴィーバ伯爵が「わたしの名前はリンドーロ」と歌う場面では、フィガロ役の歌手が見事な
ギター演奏を披露するのですが、そのあとスピノジがカスタネットでアンダルシアらしさを盛り上げる
のでした。

スムーズな音楽展開とややこしくない喜劇なので、演出らしい演出は必要ない演目ですが、だから
こそ、上手い歌手が揃わないと興ざめになってしまいます。
ロジーナ役のマレーナ様は、歌いなれてるという感じでそつなくこなし、コロラチューラは滑らかかつ
まじめ一本やりのオペラ歌手とは一味異なる、お遊びの要素も散りばめた歌唱です。
喜劇なのである程度の演技力は必要とされますが、その点では表情豊かなマレーナ様にはうって
つけの役です。
サーヴィス精神旺盛なマレーナ様の歌唱および演技には、誇張しすぎともとれる場面も見受けられる
のですが、読み替えのないストレートな演出には、盛大なノリの過剰な歌い方でも浮いたりしません。
こなれた歌唱で役にぴったりという点では、先月のエレナ役以上と思えました。


           2010年のストックホルムでのコンサート

アルマヴィーバ役の歌手は、なかなかに甘いマスクと晴れやかな明るい声の持ち主で、時にはフロー
レス様の声に似ているとも思えるほど。育ちのいい若者らしいくったくのなさと、自然な伸びやかさが
歌声に溢れていて、好感度が高かったのです。

それ以外の歌手、特にフィガロに、あまりにも声量が傑出する人を配置すると嫌味と言うか、
くどくなるのですが、今回のフィガロ役歌手はあまり低音を響かせるタイプではなく、脇役に徹する
ほどほどの中庸感覚を心得ていました。だから、歌手同士のバランスがとれて、全体的によくまと
まってひきしまった印象になりました。


休憩中には、1人だったので、飲み物はとらずに金が基調できらびやかなフォアイエの天井を見たり
廊下や階段をしゃなりしゃなりと歩いたりして過ごしました。
ロングドレス姿の人は皆無で、かなりカジュアルな服装がほとんどを占めていたのですが、中学生
くらいの女の子が、感に堪えたように「すみません、よく見せてください、素敵なドレスですね」と
話しかけてきました。
「日本の着物なんですよ」と言うと、「知ってます。本当に美しい!」とうれしいことを言ってくれる
のでした。
階段を下りて、入り口付近を歩いて、買う気もないままショップを見たりしていると、手持ち無沙汰な
風情のアッシャーがCD売り場の方を指差しています。その方向を見ると、今さっき通りかかった
ショップのお兄さんが、
「そんなに素敵なお召し物でオペラにお越しいただいたので、このCDを差し上げたいと思います」
と言って、歌劇場のサンプルCDを差し出しすではありませんか。
「当歌劇場で活躍した歌手達の録音を集めたものなんです。どうぞ」と言うので、ご好意に甘え
喜んでいただいてきました。

c0188818_19323248.jpg

         「お兄さん、ありがとう」

ここの歌劇場のユニフォームは、日本の詰襟そっくりなので、
「あなたの着ているユニフォームも素敵ですよ。日本の男子中・高生の制服そっくりのデザインね」と
褒めあったのでした。
いただいたCDには、ニーナ・シュテンメの歌う『マノン・レスコー』『オネーギン』からのアリアなど
が収められています。


演出には、特記すべきものはありませんでしたが、正統的喜劇で満場の笑いを取り、拍手も鳴り止
まず盛況に終わりました。
アムステルダムの観客と似ているのは、服装だけでなく、誰もカーテンコールの写真を撮る人が
いないという点も同様なので、わたしも写真を撮るのは控えてしまいました。

その代わり、楽屋口でマレーナ様の出待ちをしました。
ウィーンには遠征してくるファンがいつも待っていて、和気藹々とした楽屋口ですが、ここには私以外
一人も待っている人はいませんでした。
先月のウィーンでは、マレーナ様の旦那様や出演歌手も勢ぞろいした劇場のカフェに、ファンクラブの
面々も行って、公演後、楽しいひと時を過ごしたのですが。。。。

間もなく、化粧を落としたマレーナ様が出てきました。
わたしが声をかけると驚いたようですが、「まあ、また来てくれたのね。うれしいわ」と向こうから
ハグしてくれたのです。
M「どこに泊まっているの?」
R「ここから駅の方向に向かったところです」
M「今日のストックホルムは、寒かったでしょう?」
R「飛行機から降りたら、気温10度だというので、おもわずショールを買っちゃいました」
M「明日からは、いいお天気になるらしいわ。週末はここにいるんでしょう?」
などと、いつものように、普通の女の子の会話になるのでした。

R「先月のウィーンでは、空港から荷物が届くのが遅れて。だから、このプレゼントは一月遅れです」
M「そうそう、そうだったわね。着物が着れなかったと言ってたわね」
R「今日の歌手は皆、期待以上に上手い人が揃ってました。また、スピノジが指揮というのが意外で」
M「彼とは、このところ良く共演してるのよ」
R「昨年ウィーンでの『セルセ』以来のコンビですね。フランスでも」
M「そうなのよ。来週はベルリンでまた、彼と共演するのよ」

c0188818_19591842.jpg


楽屋口外に置いてあった自転車は、もしやマレーナ様のかと思ったのですが、そのとおりでした。
籠にバッグを入れて自転車を引いて歩いてくれるマレーナ様と一緒に、深夜のストックホルムを駅に
向かって二人でおしゃべりしながら歩いたのでした。
[PR]
by didoregina | 2012-09-19 13:15 | オペラ実演 | Comments(19)

『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場

c0188818_18274328.jpg2012年8月12日@Theater an der Wien
La donna del lago
Melodramma in zwei Akten (1819)
Musik von Gioachino Rossini
Libretto von Leone Andrea Tottola nach Sir Walter Scott

Musikalische Leitung Leo Hussain
Inszenierung Christof Loy
Szenische Einstudierung Axel Weidauer
Ausstattung Herbert Murauer
Choreographie Thomas Wilhelm
Licht Reinhard Traub
Dramaturgie Yvonne Gebauer

Elena Malena Ernman
Giacomo Luciano Botelho
Rodrigo di Dhu Gregory Kunde
Malcom Groeme Varduhi Abrahamyan
Douglas d’Angus Maurizio Muraro
Albina Bénédicte Tauran
Serano Erik Årman
Orchester ORF Radio-Symphonieorchester Wien
Chor Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)


ロッシーニ作曲のこのオペラは、スコットランド王ジャコモ、反乱軍首領ロドリーゴ、反乱軍騎士
マルコムがそれぞれ皆、国王の元忠臣だが追放後は反乱軍側に付いたダグラス卿の娘エレナを
愛することから起こるロマンチックな四角関係の物語である。
しかし、演出家クリストフ・ロイは、その図式を改変して、スリリングで現代的な心理劇に作り
変えた。

まずエレナの設定が、少女から大人へ脱皮する過程の最中にいる神経症を病むお嬢様という
ことになっている。
それは、まるでグレン・グールドがそうだったように、帽子を被って手袋やマフラーで不安な身を
外界および外敵から守る姿勢をとるエレナの神経質な態度や顔の表情からわかる。
そして、彼女は、ごちゃごちゃとしてキナ臭い現実からは目をそむけて空想の世界に生きている。
夢見る夢子ちゃんである。
おどおどと引きつったような顔つきで歌ったり子供っぽさを誇張したマレーナ様の演技に、最初は
違和感を覚えたが、だんだんと上記の設定だということがわかって納得。
シリアスでロマンチックなお話というより、コミカルな味もかなり濃厚だ。それは三つ編みの赤毛
の髪型からもうかがえる『長靴下のピッピ』的な破天荒なヒロインの心象が、全体を支配して
いるからだった。

c0188818_18565670.jpg

         エレナは突然現れた王子様に夢中になる。
         photo by Monika Rittershaus


わからずやで強権をかざす父親が決めた結婚相手である、マッチョで自信満々でかなり年上の
ロドリーゴには少女らしい嫌悪感を感じるだけだ。
その彼女の心の悩みをわかってくれるのは、もう1人の自分であるマルコムのみ。

c0188818_1953547.jpg

            マルコムがなぜエレナと同じ格好をしてるのか
            ようやく謎が解けた。photo by Monika Rittershaus

マルコムは、エレナの鏡写しの分身である。この設定は、マルコムの歌う「わたし達はいつでも一緒。
分かちがたい」という歌詞にもしっかり対応しているから無理がない。
二人の対話には、だから互いに胸のうちが分かり合った者同士の親密さがあるのも当然である。

マルコム役のアルトのとってもまろやかな声で歌われる、いかにもベルカントの王道をいく様式美に
溢れた歌唱が素晴らしい。もともと女声で歌われるズボン役なのだが、今回はエレナと同じ格好を
しているから、エレナの心の奥底に芽生える成長した大人の女らしい毅然たる意思を表現していて
秀逸。かなり美味しい役ともいえるから、マレーナ様が食われちゃったらどうしよう、と前半は
はらはらしてしまった。

c0188818_192691.jpg

         マルコムは、エレナの分身であり守護天使でもある。
photo by Monika Rittershaus

というのも、マレーナ様のいつもの癖であるが、前半の歌唱はかなり押さえ気味であったからだ。
声量はそれほどセーブしてはいないのだが、アジリタの転がり具合が滑らかに感じられない。
低音には艶があるが、高音になると妙に弱かったりする。
子供から大人への過渡期で、成長の不安を隠しきれないという難しい役柄だ。もっと子供子供して
いたり、少女らしい表情でもよかったのではないか、と思えたのは、どうも所々でセルセみたいに
見えてしまう狂を孕んだ表情のせいである。後半になると声にも脂が乗ってきて役作りや設定が
よく見えてきたので、それほど不満には感じなかったが。


c0188818_19295661.jpg

           デリカシーのかけらも無いオジンと結婚するのなんて嫌!
photo by Monika Rittershaus

ロドリーゴ役のグレゴリー・クンデは、以前モネ劇場で『イドメネオ』のタイトル・ロールで、
イダマンテ役のマレーナ様とは親子の役だった。そのときは、クリントン元大統領に似てるなあ、
という印象しかなかったのだが、今回は、まるでヘンリー8世そっくりの、嫌~な感じのオヤジ。
見かけだけでなく声のパワーも凄まじく、まるでライオンが咆哮するかのような歌声である。
彼が歌うと、聞いている耳にかかる圧力がきつい。こんなにパワーで押し捲る人だったのか。
でも、彼との絡みやデュエットになると、マレーナ様の歌声はパワーアップして負けてはいないの
だった。


c0188818_19363730.jpg

         甘く鼻にかかったテノールの声は、王子様役にぴったり。
photo by Monika Rittershaus

ジャコモ役は、若いメキシコ人テノールのルチアーノ・ボテロ。伸びのある嫌味のない声の持ち主だが、
緊張してたのか「おお、甘美な炎」では、一部高音が上手く出なかったのが残念。

後半は、ロマンチックなバレエ・シーンもある。スコットランドが舞台で、ロドリーゴなどはキルトを
着ているくらいだから、バレリーナの着ているチュチュの背中には小さな羽根が生えていて、振付も
大真面目な『レ・シルフィード』風。
振付は、DNOの『シチリア島の晩課』でもロイとコンビを組んで、30分にも及ぶバレエ・シーンで
飽きさせなかったトマス・ウィルヘルムだから期待していた。
しかし、今回のバレエ・シーンは短くてロマンチック・バレエのパロディー風味付けだ。

c0188818_19453285.jpg

         決闘シーンに相対して、バレリーナも血まみれになる。
         photo by Monika Rittershaus

ロドリーゴとジャコモの決闘シーンは、バンダも時々乗っかる舞台上の舞台で行われ、残酷な
場面は見せないのだが、その回りで踊っていたバレリーナたちは、次々に血まみれになって
倒れていくのだった。
血まみれの乙女達というのは、ロイが『シチリア島の晩課』でも用いたものだ。多分このイメージが
彼の美学に合うんだろう。いかにも彼らしさが現れているので、あ、またやってる、と喜んでしまった。

結局、葵の御紋の印籠ならぬ王の指輪の力で、全ては丸く収まるというハッピーエンドだ。
ただし、エレナはマルコムではなくジャコモと結婚し、シンデレラ的なエンディングになるのが元の
筋とは異なる。花嫁のブーケを後ろ向きになって客席に投げて幕。

c0188818_19594044.jpg

         後半のクライマックスに向かって、マレーナ様の歌声は
         パワーアップ。アクロバティックなアジリタや幅広い音域を
         行ったり来たりのウルトラC級のワザもバッチリ決まった。
photo by Monika Rittershaus

男性歌手陣は、合唱も含めてパワー全開、迫力満点だった。
女声のマレーナ様とアブラハムヤンは、特に低音の声質が似ているから、マルコムはエレナの
分身という設定にもピッタリ。
後半になると、マレーナ様も温存していたパワーを惜しみなく出し、アジリタもスムーズで切れ味抜群。
コロコロと転がす喉自慢・歌合戦の趣になるロッシーニのオペラでも観客からやんやの声援と拍手で
主役の面目躍如だった。

c0188818_20221659.jpg

           ブラーヴァの波をかぶる、カーテンコールでのマレーナ様

c0188818_20231393.jpg

          左から クンデ、マレーナ様、ボテロ
[PR]
by didoregina | 2012-08-17 13:33 | オペラ実演 | Comments(22)

『オルランド』@モネと『ファルナーチェ』@コンセルトヘボウ

モネ劇場でヘンデルの『オルランド』を鑑賞したのは、もうかれこれ一ヶ月近く前だ。
すぐに記事にすればよかったのに、字幕が見えない席だったため、モネのサイトからの
ストリーミング配信を見てから書こうと思ってのばしのばしにしていた。しかも、5月は超多忙
だったため、そのストリーミングを見たのは、なんと昨日、ようやく6月になってからだった。
そうなるともう、初回の感動は失せてしまっている。

c0188818_8174022.jpg

        『オルランド』カーテンコールでのアンジェリカ役ソフィー・カルトホイザー


そして今日は、コンセルトヘボウでヴィヴァルディの『ファルナーチェ』コンサート形式を
聴いてきた。これも、今日中に書かないと、セイリングから戻る2週間後になってしまう。
それでは、また『オルランド』@モネと同じ轍を踏むことになる。

そこで、趣向を変えて、両方ともカウンターテナーが主役であるというに着目してこの二つ
のオペラ公演を比較する形でレビューを書いて(お茶を濁して)みようと思う。

また、主役がCTであるという以外にも、この二つのオペラを比較するのはさほど荒唐
無稽な試みとは言いきれない共通項がいくつかあるのだ。

まず、ヘンデルとヴィヴァルディというほぼ同時代のバロック・オペラ好敵手による作曲である。
そして、どちらの作品でも苦悩する騎士が主人公である。
最後にはいきなりハッピーエンドになるのもお約束であるが、それまでの過程には紆余曲折
があり、主人公やその愛する人にとっては理不尽ともいえるような愛憎の葛藤の存在も共通
する。


c0188818_7475792.jpg

             絶好調だった公演後のチェンチッチ。
             パープルがかった茶色のビロードのジャケットに
             金色っぽい幅広のネクタイがダンディー風。


Handel Orlando@ De Munt 2012年 5月 6日

Muzikale leiding    René Jacobs
Regie   Pierre Audi
Decors en kostuums   Christof Hetzer
Belichting   Jean Kalman
Video   Michael Saxer

Orlando   Bejun Mehta
Angelica   Sophie Karthäuser
Medoro   Kristina Hammarström
Dorinda    Sunhae Im
Zoroastro   Konstantin Wolff

Baroque Orchestra B’Rock

c0188818_8101473.jpg

     けなげな看護婦のようなドリンダ役のスンハエ・イムとオルランド役のベジュン・メータ


ベジュン・メータが主人公オルランドで、CTの中でも明らかに暗い彼の声が、この役には
とても合っている。そして、メータは、毎年聴くたびに歌唱が上手くなっている。
ショルと同年とはとても思えないほど、40代に入ってもまだまだ進化を止めないのだ。
比較的歌手としての寿命の短いCTとしては、驚異的である。
彼はまた、大スクリーンに映し出される茫然自失の表情も素晴らしく、役者としても成長して
いる。

アンジェリカにソフィー・カルトホイザー、ドリンダにスンハエ・イムという共に可憐で清楚な
ソプラノ2人に対して、メドーロ役のクリスティーナ・ハマーストレームのズボン役がヴィジュ
アル的にもバッチリ決まっていた。ドラマを影で操るザラストロは出ずっぱりで、オルランドの
上司というより創造主のような趣。
ズボン役には、北欧系歌手が一番、とかねがね思っているのだが、ハマーストレームには
その歌声ともども惚れ惚れさせられた。

c0188818_8134270.jpg

           凛々しいメドーロ役のクリスティーナ・ハマーストレーム


ヘンデルの『オルランド』は、主要登場人物が5人と少ないため、室内劇のような息詰まる
サスペンスの趣で、悩める主人公の心理劇になっている。今回のオーディによる演出では、
オルランドの狂気を表現するのに、屈折した彼を放火魔の消防士にしてしまうというもので、
めらめらと燃える炎が病んだ精神の暗闇を炙り出している。この心理描写の着想は秀逸で
オーディは(ハネケの)映画にインスパイアされた手法(フラッシュ・バックやフラッシュ・
フォワード)を用い、舞台後方のスクリーンで映像を流した。今までのオーディらしくないが、
新境地開拓という意味で興味深かった。シンプルかつシャープな舞台装置もわかりやすくて
よかった。

『オルランド』@モネの指揮はルネ・ヤーコブスだが、オケはモネ専属でも、当初予定されて
いたというフライブルク・バロック・オーケストラでもなく、ベルギーの若手古楽オケのビーロック
であった。この名前を最初に見たとき、どうもあまりいい予感がしなかった。去年聴いた
『四季』その他のヴィヴァルディの演奏があまりにこじんまりとしていて、若さや躍動感に
乏しかったからだ。
このオケに白羽の矢が立ったのは、予算的な理由であると、インテンダントも指揮者も明言
している。だからあまり期待していなかったのが幸いしてか、首都の王立オペラ出演という
ことで発奮して練習もバッチリで臨んだのか、全体的にそれほど悪いとは思わなかった。
ただし、演奏にギアが入ってドライブ感が出てきたのは Fammi combattere以降からだ。
それまではなんだかおずおずといた調子だったので、ああまたか、と思ってしまった。



c0188818_7492957.jpg

       一番乗りできたサイン会でチェンチッチとツーショット


Vivaldi - Farnace RV 711@ Concertgebouw 2012年6月2日

I barocchisti o.l.v. Diego Fasolis

Farnace   Max Emmanuel Cencis
Gilade   Vivica Genaux
Bernice   Mary Ellen Nesi
Tamiri   Sara Mingardo
Pompeo   Daniele Behle
Aquillo   Emiliano Gonzalez Tro
Selinda   Carol Garcia

対する『ファルナーチェ』のタイトル・ロール、マックス・エマヌエル・チェンチッチの声は、
今日コンセルトヘボウで聴くと、CDとは全く異なる印象だった。男らしさよりは、古典的な
女っぽさ(女性演歌歌手のような艶っぽさ)を感じさせる。
前回のコンセルトヘボウでの不調を挽回するかのような力強さが漲り、コントロールも自由
自在に利いているので、聴いていて安心感がある。
指揮者ファゾリスとも、共演歌手との息もぴったりと合っていて、座長の風格すら感じさせる
チェンチッチの堂々たる歌唱であった。
しかし、この『ファルナーチェ』は、主役の登場場面が少ないのと相まって、対訳と歌詞の
ブックレットを見ながら聴いていたMevさんによると、かなり端折っての公演だったらしい。
だから、座長格のチェンチッチは、美味しいところをとって甘い汁を吸ったと言えるかもしれない。

『ファルナーチェ』の演奏は、ディエゴ・ファゾリス指揮イル・バロッキスティだ。生で聴くのは
多分初めてだと思う。
まず、ファゾリスのノリノリのしかしオーヴァーアクションとは無縁でポイントを絞った指揮姿の
美しさにびっくり。体全体から発散されるオーラでオケを引っ張っていく。しかも、立ったまま
チェンバロも弾く。チェンバロの音はほとんど聴こえてこないから、通奏低音というよりリズムを
リードするための弾き振りなのだった。あの体格だから、小型のチェンバロが壊れそうなくらいで、
キース・エマーソン張りのエネルギッシュな弾き方が見ていて楽しかった。
オケは、どうも、弦が弱い印象であったが、リュートは八面六臂の大活躍。

そして、女性歌手が全員素晴らしい充実度。ネジは堂々たる迫力で率先して全体を引っ張って
行ったし、ミンガルドは、声量こそ少な目ながら滋味のある深い歌声でしみじみと聞かせる。
ネジに比べて華やかさも声量もないから損な人だが、コンセルトヘボウの客は見掛け倒しの
派手さにだまされる人たちではない。まるで『スターバト・マーテル』を思わせる味わいの
ミンガルドの美しい弱音の魅力溢れるアリアに対して「ブラーヴァ」が飛んだ。
ネジは、ギリシャ風デザインの薄いシルクの花柄ドレスが素晴らしく似合っていて、美しい。
自信満々で悪役を歌うからかなり得なのだが、さすがの実力で圧倒的。
CDでは、なんだか鼻にかかったべったりしたような声で、男性的だが魅力に乏しいと思って
いたのとは生の声が全然異なりびっくりさせられたのは、ヴィヴィカ・ジュノーだ。
CTばりの唱法と声質のため、歌唱の変化に乏しいきらいはあるが、テクニックの凄さには圧倒
された。
アジリダの回り具合はもちろん余裕でしっかりと決まるし、リズムの安定したポルタメントが小気味
よい。もっと生のオペラ舞台で聴きたい観てみたいと思わせる人である。

アラン・カーティス指揮の『アリオダンテ』(サラ・コノリーがディドナートの代役で主役)を
コンサート形式で聴いたときにも感じたのだが、CD録音後にCDとほぼ同じキャストで各地を
巡回公演していたから、チームワークというか歌手同士の結束が強まり、コンサートも納得の
行く出来だった。
それに対して、2年前の『スザンナ』は、その時クリスティーがコンヘボでのコンサートを録音
するとか言っていたが、あまりいい出来のコンサートではなかった。その日、チェンチッチは病
上がりみたいだったし、録音のために歌いなおしすらさせていたが、歌手の出来不出来に
差が大きすぎた。まず、練習を積んでからスタジオで録音してこなれてから、そのキャストで
コンサートを行う方がよさそうだ。


c0188818_7505139.jpg

          Mevさんが疑惑の目を向けたチェンチッチの髪形。
          ステージでは、かなり金髪に近く見える薄いモヒカン。
          これって、地毛それとも鬘?
[PR]
by didoregina | 2012-06-03 01:01 | オペラ実演 | Comments(6)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49
このところネットからも音..
by Mevrouw at 16:37
斑猫さま、もうすでにパリ..
by レイネ at 16:57
ロンドンの椿姫さま、まさ..
by レイネ at 16:54
こんにちは CT研究会..
by 斑猫 at 00:16

以前の記事

2017年 11月
2017年 10月
2017年 08月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧