カテゴリ:オペラ実演( 108 )

フランクフルト歌劇場の『リナルド』

急遽、フランクフルトまで弾丸遠征して鑑賞しようという気になった『リナルド』。
贔屓がアメリカに行ってしまって近場の遠征ができないという以外にも、他に
理由がある。
まず、何と言ってもヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ君が主役を張る舞台の応援に
駆け付けたいという気持ちが一番大きかった。
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オルリンスキ君(略称JJ)は、ポーランド出身の若手かつ超有望カウンター
テナーで、今年春にジュリアード音楽院のマスターを終了したばかりの弱冠27歳。
それなのに、すでにこの夏、エクサンプロヴァンス音楽祭のカヴァッリのオペラ
『エリスマナ』でメジャー・デビューを飾っている。
歌唱はディドナートのマスタークラスで絶賛されているし、見目麗しく、ブレーク
ダンスが得意で高度な身体能力も備えているから、将来のスターは嘱望されている。
そこへもってきて、フランクフルトでの主役抜擢である。(来年、別の『リナルド』
にも出演するが、そちらではチョイ役。題名役はイエスティン・デイヴィス)
興味がふつふつと湧き出して沸点に到達してしまった。そこへもってきて、友人から
行けなくなったチケットが回ってきたのだ。私が代わりに行かないわけにはゆくまい。
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割と直前に知ったのだが、会場は普段の歌劇場ではなく、1900年に建てられた元トラム
倉庫を改装した建物で、ルール・トリエンナーレの会場と似た雰囲気の非常に私好みの
インダストリアル・モニュメントである。
内部は、鉄骨が剥き出しで、客席は足場を組んだような雛壇というのもルールに似ている。
今回の舞台は後方が高く、客席に向かってかなりの急こう配の傾斜になっている。その
手前にあるオーケストラのスペースとの間にちょっとした奈落のような隙間があり、
そこに転がって落ちたり、這い上がったりの演技が付けられている。黒い床以外に舞台
装置らしいものはない。

オーケストラは歌劇場のオケに、オーボエやトランペット等バロック楽器演奏家の助っ人
が何人か入っている混成集団だ。通底もチェンバロ、リュート、ガンバ等がそれぞれ一人で
特に増強はしていない。聴き慣れているドイツやオランダやベルギーの古楽オケと比べると
大人しい感はぬぐえないが、オーソドックスでまじめな演奏で難はない。

主要歌手以外に、アルミーダとアルガンテの悪人組とゴッドレードとリナルドの善人組に
それぞれ手下であるダンサー数人のグループが付き、彼らの持つ刀や紐などの小物や可動
式の木と照明のみが、舞台上の視覚装置で、非常にシンプルだ。
舞台装置が少ない分、身体を使った表現が多用され、コンテンポラリー・ダンサーのみな
らず、歌手にも振付・演技が付けられている。
それは、今回の歌手陣が若手で固めてあるからこそ可能であったものであろう。とにかく、
若い肉体と声のみずみずしさが前面に押し出され、まことにすがすがしい舞台になって
いる。
その中でもJJ君の動きは特筆に値する。ブレークダンスで鍛えたからこそ決まるしな
やかな動作での殺陣、急斜面の舞台を回転したり前転・後転したり、ダンサーに負けない
柔軟でアクロバティックな動きを、歌いながらこなすのに誰もが見とれた。
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最初のCara Sposaでは、特にスローな曲に彼の声のよさが出ることを印象付けた。低音
部分にCTならではの男性的な深みがあり、中音域から高音までも区切りを感じさせず
スムーズ。
切々と丁寧に心を込めて歌う彼の歌唱は非常に自然な発声と相まって、聞き手の心に直接
響く。
テクニックで勝負というタイプとは異なるストレートな歌唱である。
Venti Turbiniでは、高音のアジリタにもう一つ物足りなさが感じられたが、アクロバ
ティックな歌唱には無縁なのが彼の持ち味であるから、その辺はないものねだりという
べきで、今の彼の実力や将来性、直球で迫ることを信条としていることは確信できた。
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その他の主要歌手も、若手でしかも特にバロック専門ではないのに舌を巻くくらい
上手い。
アルミーダ役歌手は特にエキセントリックでもドラマチックさを強調するわけでも
ないがしかしFurie terribiliでは絶妙なさじ加減でこなれた歌唱で印象付けた。
特に驚いたのは、アルミレーナ役のカレン・ブオンの歌うLascia ch'io piangaで、
この曲は耳垢のようにこびりついて誰にもお馴染みなため感動させるのは難しいのだが、
今回初めて「おお、これは」と思える歌唱に出会ったのであった。

プロダクション全体としては、舞台上で若さが弾ける印象が強く、わかりやすくシンプル
かつエンタメとしても楽しめる構成とするために音楽は端折ってはある。レチタティーボ
らしいレチタティーボがなく、スピーディな流れでハラハラドキドキさせ、見せ聴かせる
という点でバロック・オペラらしい王道でもあると言える。遠征の価値はあった。


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by didoregina | 2017-10-05 23:52 | オペラ実演 | Comments(0)

ルール・トリエンナーレの『ペレアスとメリザンド』

ルール・トリエンナーレに行ったのは昨年のDie Fremden鑑賞に続いてまだ2度目であるが、
このユニークな芸術祭がとても気に入り応援したい気持ちが抑えがたく湧き出たので、
久しぶりにブログ記事を書いてみよう。
トリエンナーレといっても3年に一度の芸術祭ではなく、3年連続で一人の芸術監督による
監修というもので、今年はオランダ人演出家ヨハン・シモンズが芸術監督を務める最後の
トリエンナーレだ。
プログラム内容的には演劇・オペラ・コンサート・ダンス・映像・インスタレーション
その他の舞台芸術全般が網羅され、それらがドイツの一大工業地帯ルール地方の様々な
インダストリアル・モニュメントを会場とし、しかもそれぞれのジャンルをクロスオー
ヴァーして有機的に結びつき合っているという点がヨーロッパの他のフェスティヴァルと
比べて異質かつ光っている。
これを一言で言うならオルタナティブというのがぴったりではないかと思う。
会期は8月18日~9月30日で、開場はルール地方一帯に散らばっている。
https://www.ruhrtriennale.de/en/festival-arts

昨年鑑賞したシモンズ演出の芝居Die Fremdenはマールという町にある元炭鉱の巨大な
体育館のような石炭貯蔵倉庫が会場で、石炭屑で黒ずんだ広大な床を舞台とし、舞台前方に
デ・レーウ指揮による室内現代オケがリゲティなどの音楽を奏でている脇や後方でNTヘン
トの俳優たちが芝居をし、客席は鉄骨で組んだ雛壇式。会場自体が伽藍洞となった巨大な
工場廃墟の趣であった。寒くなることが予想されるので暖かい服装をとの注意が事前に届き、
毛布も貸し出されていた。
倉庫の隣にやはり巨大なテントが張られ、オクトーバーフェストの趣のカフェおよび特設
トイレが設置されていた。

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それと比べて今年のオペラ『ペレアスとメリザンド』の会場ヤールフンデルトハレは、
普段からライブ・コンサートが行われていると思しく、フォワイエというかカフェのみ
ならず、地下にはかなりの数のクロークもトイレもしっかりある。
しかし、客席はやはり鉄骨で組んだ足場のような急勾配の雛壇で、階段をかなり上り
下りするため着席・離席には時間がかかる。(脚の不自由な人や年配の方々は苦労
されていたし、緊急時の避難を想像して心配になった)

メインの舞台は木のモザイク床で、オケは舞台後方の緩やかな勾配の馬蹄型バルコ
ニーのような階段の中の雛壇上に座る配置で、指揮者は常時歌手・俳優および観客に
背を見せていることになる。
お互いを結ぶモニター・スクリーンのような物も見当たらず、これではオケの指揮者と
歌手とのライブでのアイコンタクトが不可能なのでは、とびっくり。しかし、舞台
後方に巨大なスクリーンがあり、そこに舞台上の様子を約90度ずらしたカメラ
アングルのモノクロの粒の粗い画質でサイレント映画のように映し出されているので、
指揮者はそれを見ながらということなのだろう。

メインの舞台上手側は木の内装の壁とドアが3つ。中央辺りにダイニングテーブルと
椅子。下手は鏡張りのバーカウンターになっていて、そのさらに外側の壁に洗面台が
いくつか並んでいる。(それが泉というわけ)

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          開演前から役者や歌手が舞台下手のバーカウンターに座っている。

バーやスクリーンという舞台装置もさることながら、オペラの始まる前にプロローグの
ような口上があるのもワルリコフスキ演出の常道で、見慣れた・聴きなれたアプローチで
ある。
今回のプロローグはミッドライフ・クライシスのゴローの心情吐露である。これで、
かなり彼のキャラがハッキリしてきた。
そして、バーで酔いつぶれた薄汚れた家出少女のような女がメリザンドで、二人の出会う
「森」は場末のバーのような場所である。
カウンター脇のテレビの画面には映画『鳥』の映像が流れている。
ご丁寧に舞台後方の大スクリーンには、それぞれの場の説明文が入る。すなわち、
「森」や「泉」や「館の中」「海辺」といった具合である。そして、その説明の後で
舞台の白黒の映像が常時映写され、レトロな映画の雰囲気を作り上げている。
実際の舞台上で行われる演技の現代的でチープなイメージが、約90度角度を変えて
白黒で映し出されると妙に浄化されて現実味を失い魅惑的なのである。
このアイデアは素晴らしく、しかも映像による情報が実際の舞台を補足する形で存在し
邪魔にならない。
バンダのように舞台上に置かれたオケさえも、豪壮な館のお抱え音楽隊の趣である。
かように、ワルリコフスキの舞台にしては無駄な視覚的情報量が少なく、用法も
的確であるのがうれしい。

オケはなんと地元ボーフムのオーケストラだというので驚いた。舞台後方でのオケ
演奏はコンサート形式オペラでは普通なのが、舞台演出付だと色々な無理があり
そうなものだが、その辺は指揮者がバッチリとまとめていて歌と器楽演奏との
齟齬は感じられなかった。
音はドイツらしく明暗の輪郭がきっちりとした印象で、ドビュッシーの音楽に特有な
どこか霧のかかったような曖昧さがなく、このオペラに今まで抱いていたオーケ
ストラ演奏の捉えどころのないようなミステリアスなイメージを覆した。
舞台演出の明瞭さと並んで、こういう音のペレアスとメリザンドもありか、と目から
鱗であった。
ただし、歌手の声はPAを通しているのがありありとわかるのが、会場の音響問題も
あろうが、ちょっと残念。
全ての面での明瞭さが今回のプロダクションの特徴ともいえ、台詞・歌詞の内容と
演技・状況とが一部の隙もなくぴったりと合致しているのだった。しかも音楽進行の
タイミングと工場の屋根や舞台後方窓など外から入り込む光(落日とその後の暗闇)
ともストップウォッチで計ったかのように同化している。演出家は歌詞と音楽を熟考・
研究したのみならず、この会場・舞台方向・公演時期全てが細かく計算に入れられて
いることに舌を巻いた。
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歌手陣は、メリザンド役を元祖ファム・ファタルのコケットな体当たり演技と難のない
歌唱でこなすバーバラ・ハニガンの独り舞台になるかと思いきや、ゴロー役も孤独と
焦燥に苛まれた現代の中年男そのもので悪くない。ただし、ワルリコフスキの描く
メリザンドには悪女としての自覚と意志がはっきりしているから、ゴローもペレアスも
弄ばれてしまうのである。
ハニガンの面目躍如でその演技力も相まって、どうしてもそれ以外の人物は彼女の周りで
きりきり舞いする。
ペレアス役歌手は、狡猾そうな金持ちぼんぼんみたいなルックスは役柄設定にぴったり
だが声がイマイチこの役に合っていない。もっと若さある声の持ち主だと、ゴローとの
対比がはっきり出たはずなのにと残念だ。
舞台上にいつも姿のあるジュヌヴィエーブ役のサラ・ミンガルドの存在感は特筆すべき。
全てを見通しているが表情には出さない、いかにも旧家の奥様然と泰然としている。
また、アルケル役歌手も慈悲にあふれているのが感じられよかった。
いずれも声量で勝負の歌手ではないから、デリケートな台詞を囁くように歌うこのオペラ
にはPAの使用は悪くないと思わされた。

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休憩時間を日没後に設定したため会場の外は暗闇に包まれ、空の三日月が神秘的で、
虚構の世界(中)と現実(外)とが分離していない。
そういう点でもトータルで完成度の高い公演であった。






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by didoregina | 2017-08-30 22:01 | オペラ実演 | Comments(0)

VERYFAIRY もしくはセミオペラの勝利

地元の音大(在学生及び卒業生)と演劇学校のコラボによる、セミオペラVERYFAIRYは
パーセルの『妖精の女王』翻案舞台として画期的に素晴らしい出来だった。

c0188818_18404958.jpgTekst: William Shakespeare |
Muziek: Henry Purcell |
Vertaling: Johan Boonen |
Regie: Aram Adriaanse | Regie-assistentie: Amanda Dekker |
Muzikale leiding: The Continuo Company onder leiding van
Arjen Verhage en Jenny Thomas |
Spel: Alex Hendrickx, Bart Bijnens, Sofie Porro, Willemien Slot |
Zang: Mami Kamezaki, Sandrine Mairesse, Florence Minon,
Krisztián Egyed, Raoul Reimersdal |
Begeleidend ensemble: The Continuo Company onder leiding van
Arjen Verhage en Jenny Thomas en studenten Conservatorium
Maastricht |
Toneelbeeld: Rebecca Downs |
Kostuums: Frances Loch |
Coaching zang: Claron McFadden, zangdocenten Conservatorium
en Toneelacademie |

VERYFAIRY 2016年2月25日@Toneelacademie Maastricht

舞台は一面に15センチくらいの長さの黒いひも状の繊維が厚く敷き詰められ、左奥に
器楽演奏家(チェンバロ、テオルボ、ハープの通奏低音、リコーダー3名とヴァイオリン4名)
が陣取っている。正面奥に映写用に使われるようなスクリーン状の幕が下がっている他、
大道具は天井からかなり下の方に下げられたPL電灯が4、5個のみ。そのうちの一つは
舞台で座れるほどの高さに降りていて、すなわちベンチやブランコとして使用。

序曲の場面では、男女のペア4,5組が半円の形に立って微笑み見つめあいながら、一人
ずつ移動しては次つぎと異なるカップルを形成していく。展開されるストーリーをここで示唆し
ている。

そのうち白い服の男女4人が芝居の登場人物で、青い服の男女5人が歌手であることが
後でわかるのだった。すなわち、白い服の男女は人間で、青い服の男女は妖精である。

シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に基づいてパーセルが作ったセミオペラ『妖精の女王』は
それまでに2回、生で鑑賞しているのだが、いずれもこのジャンルの上演の難しさが痛ましい
ほど実感できるのであった。
そのうちの一つはいかにも苦労してセミオペラという形式に則りましたという感じで、役者が
語る台詞(ほとんど朗読)とダンス、歌手が歌う歌と器楽演奏とが、分離したまま全く
有機的に結合されていない演出で、咀嚼不足感が免れないものであった。
次に鑑賞したのは、コンセルトヘボウでのコンサート形式で、ヨハネット・ゾマーがメインのソリ
ストである以外は合唱団員がソロ・パートを歌うというもので、それもまた台詞が省かれている
分、そしてゾマー以外の歌手に華がない分、中途半端な出来であった。

しかるに、今回は学生がメインである故、歌は少々迫力不足であるものの、演劇学生による
芝居の熱演がそれを補って余りある、見応えのある舞台になっているのだった。
今回初めて、このセミオペラのよさがわかり、心から楽しめた。
パーセルらしが凝縮された音楽が、夢と現、魔界と人間界、森と町、男女という様々な対極を
きらびやかに映し出す。リサイタルなどで歌われることが多い珠玉のようなそれらの歌の一つ
一つがストーリー展開に繋がりセミオペラの全体を成すと、その良さがより一層しみじみと味わえ
るのだ。今までにない満足感を得ることができた。

それはなんといっても、舞台上を飛び回り、転げまわり、もつれあい、怒鳴り合う、2組のカッ
プル、ハーミアとライサンダー、ヘレナとディミートリアス役4人の役者の演技の迫力に負う
ところが多いのだが、演奏される音楽も歌も演技と隔離せず、しっかり寄り添うようにできて
いる演出も素晴らしい。
歌手も演技に加わるし、役者も歌う。人間と妖精との違いが説明がなくとも白と青の衣装と
いう見かけでハッキリと区別されているのがポイントである。妖精達には女王や王という威厳
はなく、(ティターニアとオベロンのケンカは省かれて、人間カップルのドタバタだけにストー
リーは集中)悪戯っ子達の集まりのようなシンプルさもいい効果を生んでいる。
(ダブルいざこざというシェイクスピアらしい楽しさが省かれてるのは遺憾ではあるが、若さに
焦点を当てるというコンセプトが理解できる)

セミオペラ成功のカギと言うのは、あれもこれもと様々な要素を入れ込まずに、一点集中
(今回は人間カップル2組のごたこたの芝居)することで、歌や器楽演奏など、他の要素が
かえって生きてくるし聴きごたえあるという、一見逆説的ながら素晴らしく効果的ですっきり
する答えがここに示されたのだった。

10月にアカデミー・オブ・エインシェント・ミュージックがイエスティン・ディヴィスを含むソリストで
パーセル『妖精の女王』をセミ・ステージ形式で上演(多分ツアーで)するのだが、どういう
セミオペラになるのか、楽しみだ。
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by didoregina | 2016-02-27 19:47 | オペラ実演 | Comments(0)

Ariodante @ DNO  サラ様『アリオダンテ』は「小間使いの日記」風

サラ・コノリーが題名役、ポリネッソ役にソニア・プリーナ、そしてダリンダ役がサンドリーヌ・
ピオーというトリプルSが揃い踏みの期待の舞台『アリオダンテ』@DNO千秋楽公演を鑑賞
した。このプロダクションは、エクサンプロヴァンス音楽祭との共同制作で、かの地では2年前
のフェスティヴァルで上演され賛否両論かしましかった。全編がYTにアップされているが、
わたしは敢えてアムステルダムでの実演鑑賞までサラ様の歌う場面を除いては見ないように
して、ほぼ白紙の状態で臨んだ。

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2016年2月3日 De Nationale Opera & Ballet in Amsterdam
Muzikale leiding Andrea Marcon
Regie Richard Jones
Decor en kostuums Ultz
Licht Mimi Jordan Sherin
Choreografie Lucy Burge
Regie poppenspel Finn Caldwell
Ontwerp poppen Nick Barnes en Finn Caldwell
Orkest Concerto Köln
Koor van De Nationale Opera i.s.m. jonge zangers in het kader van De Nationale
Opera «talent»
Instudering Ching-Lien Wu

Re di Scozia Luca Tittoto
Ariodante Sarah Connolly
Ginevra Anett Fritsch
Lurcanio Andrew Tortise
Polinesso Sonia Prina
Dalinda Sandrine Piau
Odoardo Christopher Diffey
Poppenspelers Sam Clark, Kate Colebrook, Louise Kempton, Shaun McKee

舞台は、いかにもリチャード・ジョーンズ好みの例のあれ。と言うだけではピンとこないという
向きのために補足すると、質素な内装の家の天井・屋根と客席に向いた正面の壁一面を取り
払った造りで、下手から玄関、キッチン、ダイニングルーム、ジネーブラの部屋と一列に続き、
その中でホームドラマが演じられるという仕掛けである。
原作ではスコットランド王家の権力争いと愛憎が交錯するドラマだが、時代設定はインテリアや
衣装から察するに前世期後半あたりで、王家は寒村の人々の支持と忠心を受ける有力者の家系
もしくは因習に縛られた素封家に置き換えられていて、違和感はない。
登場人物には高貴な家柄らしき人はいず、アリオダンテは漁師、ポリネッソは牧師、ダリンダは
王女に仕える侍女ではなく、小間使いという趣。

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スコットランド辺境の寒風吹きすさぶ小さな漁村では、牧師の持つ権力・影響力には想像を絶
するものがあることは徐々に明らかにされるのだが、序曲の間、牧師ポリネッソが説教を行い、
聴こえないその言葉が字幕に出てくるという点にもまず強調されている。
そして、神の威光で人々を目くらましにして自らの欲望のおもむくまま、悪事を働くのである。
そのポリネッソ役のソニア・プリーナの演技の上手さ。憎まれ役ながら、役得とも言えるのだが
この村を裏から支配しているのは、村長(王)ではなく、因習・妄信を利用したポリネッソなのだ
ということを体現している。
彼女は小柄ながら、ヘアメイクと衣装と態度とドスの利いた低音の独特の声で、嫌な男ポリネッ
ソを堂々と好演。ただ、今回は、どうも声があまり飛ばず、難しい低音域でのアジリタの切れが
イマイチだったのだけが、残念だった。

そのポリネッソに横恋慕されるイノセントそのもののジネーブラ役は、アネット・フリッチュ。彼女の
実演は初めて聴くのだが、特に秀でた個性はないものの無難にこの役を務めた。牧師に凌辱され
無実の罪を着せられ、精神的に不安定になり、だれからも理解されずに墜ちて行くという、哀れを
極めるこのジネーブラは若い女性の存在がいかに簡単に悪漢の餌食となりうるかという弱者その
ものの存在を示すのだが、最後のシーンでは、弄ばれるだけだった弱い女が自らの意志を持って
家を出る強い決意の表れという風にも受け取られる。

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ジネーブラと相思相愛のアリオダンテは、若いためか人生経験が足りず、ちょっとした諫言を信じて
ジネーブラから去り、絶望のあまり自ら海に飛び込む。最初から最後まで一貫して弱々しい男という
難しい設定で、それをサラ様はどう演じて歌うのか、これがまず第一の見どころ・聴きどころである。
この辺りが予想以上に説得力あるドラマになっている演出の力、ジョーンズの目の付け所にまず
脱帽した。北欧映画のようにリアリスティックかつシリアスな芝居構成になっていて、それを粘っこ
いまでにスローテンポの音楽でこれでもかと悲劇性を上塗りしていくのである。
だから、アリオダンテの絶望の歌Scherza Infidaは、なんと13分にも及ぶ。前奏からしてもう
ヴァイオリンの演奏もタメを効かせた演歌調。これ以上スローにしたら歌えないのではないか、と
危ぶむほどのテンポをマルコンは破綻させずに最後まで持っていくのだった。演出に合致した演奏
とテンポであるが、マニエリスティックになるぎりぎりの線だ。
サラ様は、顔面蒼白でしかも呆然自失という態で、しかし歌い方は比較的淡々としていた。今まで
サラ様の歌うこのアリアは実演を2回聴いているのだが、今回のは非常に異質というか異常性を
前面にだしたものだった。
あまりに悠揚迫らずくどいほど粘液質の演奏であったためか、途中でフライング拍手が、多分若い
観客から起きてしまったほど。しかし、緊張感はそのまま二度の休憩を経ても続いたのだった。

このシリアスなホームドラマの最初から最後まで舞台にほぼ出ずっぱなしなのが、ダリンダである。
サンドリーヌ・ピオーのあっさりした存在感ある演技と、それに反して情熱ほとばしる歌唱とが全編
を引き締める。「あなたがジネーブラ役ではないのが残念」と丁度一年前『アルチーナ』に主演
した時、サイン会でピオーに言ったのだが、「いえ、歌は比較的少ないけど、重要な役で大変
なのよ」とか何とかの返事だったように思う。
小間使いの屈折した心理、クルクルとネズミのように健気に働き、主に尽くさなければならない
立場をわきまえてはいるものの、愛と人並みの幸せを得たいという儚い望みと裏腹の、主人に対
するジェラシーと意地悪な気持ちが抑えてはいても出てくる。そういう人物設定のダリンダ=ピオー
が、このプロダクションでは光る。

人形劇を挿入して、アリオダンテとジネーブラの未来(夢と現実)を予言し表現するという手法も
絶品。
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ありえねえ、と切って捨てられるような展開や場面がなく、悲劇が淡々と北海の荒い波のように
押し寄せ緊張感のあるドラマなのだが、最後にポリネッソが倒され悪事を告白、正義は勝つという
展開になった時はそれまでの流れに比較してご都合主義に感じられたのか、客席から笑いが出た。

Dopo Notteは通常、暗い夜の闇が去ったという歓喜のアリアなのだが、このプロダクションでは
手放しで喜べないエンディングになっているため、サラ様の歌にも感情はごくごく抑えられていた。
この歌でば~っと一気にカタルシスという具合には行かないのが残念だが、さすがサラ様、微妙
な状況と心情を、絶妙に歌っている。コンサート形式であったら、ここで一気に最高潮に登りつめ
るのだがなあ、とファンとしてはほんのちょっぴり心残りだが、それを望んではいけないのであった。

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by didoregina | 2016-02-06 20:13 | オペラ実演 | Comments(0)

マレーナ様『セルセ』をヴェルサイユ宮殿劇場で鑑賞

憧れのヴェルサイユ宮殿劇場で、マレーナ・エルンマン主演のヘンデル『セルセ』の
千秋楽を鑑賞した。
更新を怠っていたこのブログであるが、この遠征は久しぶりに特筆に値する、というより、
ほとんど歴史的記録として残さねばならぬという使命感を煽るプロダクションなのだ。

c0188818_21264387.jpg@ Royal Opera of Versailles
2015年6月7日
Malena Ernman, Xerxès
Bengt Krantz, Elviro
David DQ Lee, Arsamene
Kerstin Avemo, Atalanta
Hanna Husahr, Romilda
Ivonne Fuchs, Amastre
Jakob Zethner, Ariodate
Lars Rudolfsson, direction

Sara Larsson Fryxell, choreography

Ensemble Matheus

Jean-Christophe Spinosi, conductor




このプロダクションは昨年9月から3か月近く、ストックホルムの特設劇場で、マレーナ様の
イニシアティブによって公的補助金に全く頼らず、30回以上もの回数をこなすことによって
チケット売上収益のみでの上演を行ったという点で、まず画期的である。
オペラというものはとにかく金食い虫であるから、通常、国立・公立の劇場ならば公の補助金、
企業および個人のスポンサー篤志によってそのコストの大部分が賄われている。
例えば、オランダの国立歌劇場であるDNOの場合、オペラ一晩の上演にかかる費用平均は、
チケット代金売上の4倍であるそうだ。つまり、例えば85ユーロの席のチケットであれば
実際には4倍の値段が必要な元手がかかっているのだが、公的補助金のおかげでチケット料金
は抑えられているのだ。
逆に言えば、各地の夏のオペラ・フェスティヴァルでのチケット料金が高いのも頷ける。公的
補助金の割合が低いためである。
それを、物価の高いストックホルムでありながらさほど高くない料金設定での上演に漕ぎ着
けることができたのは、地元スウェーデンでのマレーナ様人気と手腕のおかげである。お

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そのプロダクションが、ストックホルムとほとんど同じキャストで(アルサメーネ役のCTは
デヴィッド・ハンセンではなく、今回はデヴィッド・DQ・リー)ヴェルサイユで上演された。

しかも、ヴェルサイユ宮殿劇場は、歴史的なバロック劇場であるから、2重の意味で私は
興奮していた。ここでヘンデルのオペラを鑑賞することは私の夢の一つであったのだ。
しかしまた、実現してみれば、夢はまた幻想でもあったことがわかった。
この劇場は宮殿の中にあり、王のために作られ鑑賞するのも身内みたいな貴族ばかりだった
ろうから、非常に親密な雰囲気でこじんまりとしていて、びっくりするほど小さい。
バロックの劇場らしい姿を再現したロンドンのグローブ座の中にあるサム・ウォナマー・
プレイハウスのこじんまりした規模にも驚いたが、こちらはしかも古めかしさとある種の
安っぽさも漂っているのだった。それは、劇場の内装に如実に現れていて、椅子は升席の
ような木のベンチに布が貼ってあり、壁は一面大理石模様を描いた木張りなのだ。
当時の劇場って、そんなものだったのね。。。。
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さて、マレーナ様主演でスピノジ指揮による『セルセ』は4年前にウィーンで鑑賞している。
そのときもマレーナ様のはまり役だと思ったものだし、スピノジとはよく共演しているし
今回の『セルセ』はもう40回目になるほどだから、オケとも息がぴったりと合い危なげな
箇所などあろうはずもない。こちらもゆったりと鑑賞気分だった。

このプロダクションのとったコスト対策として、もうひとつ特記すべきなのは、合唱団を
採用していないことである。セルセの護衛としてコミカルかつアクロバティックな動作の
ダンサーが4人、舞台によく登場するのだが、彼らがまず合唱も担当。しかし、大がかりな
合唱の必要なシーンでは、なんとアンサンブル・マテウスのオケ団員たちが楽器を演奏しな
がら合唱も担当していたのには度肝を抜かれた。もちろん、指揮のスピノジも一緒になって
歌っていた。
なるほど、これはなかなか便利であるし、バロック・オケを雇う費用がないという理由で
バロック・オペラ上演をばっさりと切ってしまった某劇場もこれは真似てもいいのではない
だろうか。
小さな舞台上に合唱団が乗ると見た目がますます狭苦しくなることから、演出上、合唱団を
舞台に乗せないこともあるから、オケ団員に歌わせたら、費用対策上もよろしい。

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舞台の作りはシンプルで、波打ったような丘のような木の床に大道具としては木が一本立って
いるのみ。波打った床での演技は結構大変そうだが、視覚的に平面的でないという長所のみ
ならず、丘の上から、真ん中の低くなった丘の下からという具合に上手・下手がそれぞれ3通り
できるので、登場・退場の仕方に変化が出せる。

衣装は、コミカルさを強調したヴォードヴィル調というか煌びやかなウェスタン風の歌手
と『スター・トレック』もしくは『ブレード・ランナー』の登場人物を彷彿とさせる髪型・
メイク・衣装のダンサー4人組の対比も、遠めにもパッと見てわかりやすい。
歌手はいずれも大仰な表情と動作の演技なのだが、臭さがない。さすがのセンスと上演回数
を重ねた結果でもあろう。
特に演技も上手いなあ、と唸らされたのは、もちろんマレーナ様のほか、アルサメーネ役の
リー君とアタランタ役のケルスティン・アヴェモちゃんである。特に、アヴェモちゃんの
エキセントリックな表情と演技は堂に入ったもので素晴らしい。彼女は、嫌味や癖のない歌唱
で、アタランタ役としては今までの中で一番だ。
逆に、ロミルダ役とアマストレ役は、通常は得する役回りなのに、非常に舞台印象が薄いのは、
歌唱もごく普通レベルなのに加え、舞台プレゼンスに訴えるものが足りないせいだ。
舞台プレゼンスでは、マレーナ様と張り合えるほどだったのが、CTのリー君である。
彼はメゾに近い澄んだ美しく伸びのある声かつ声量もテクニックも余裕があり、押し出しの
強い、稀に見る逸材である。彼を生で聴くのは『スザンナ』でのダニエル役、『ポッペア』
でのオットーネ役以来3度目だが、どの役も自分のものにしていて、音程に不安定なところも
もちろんないし、アジリタもよく回って素晴らしい歌手だ。

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終演後、楽屋口で私服のリー君と。

マレーナ様は、千秋楽での疲れも感じさせず、最初の「オンブラ・マイ・フ」から出し惜しみ
なく、余裕のフル・パワーで歌ってくれた。
(後で、リー君に聞いたところによると、歌手の皆さんは全員、風邪をお互いに移しあって、
喉や体力のコンディションは万全ではなかったそうだが、それは客には気どらせなかった。)
バカ殿役をやらせたら、マレーナ様の右に出るものはいないであろう。ウィーンでのプロダク
ションよりも、思い通りに演技もできたのだろう、コミカル・パワーも炸裂していた。
後半にアクロバティックなテクニックを要求するアリアが続くのだが、フラメンコ風振付
と共に難なく歌っていた。

スピノジと言えば、私が見た舞台ではいつもヴァイオリンその他のソロ伴奏で歌手と掛け合う
場面がいつもあったのだが、今回もロミルダのアリアでは、ヴァイオリンを手に持ち丁々発止
の掛け合いで客席を沸かせた。


大団円の合唱をアンコールではサーヴィスしてくれ、長い長い上演の有終の美を飾る千秋楽と
なったのだった。

(おまけとして、出演者全員が私と同じホテルに偶然泊まっていた。しかも、マレーナ様は、
隣の部屋だった。3時からのマチネ公演のため、1時ごろ着物に着替えていた私の隣室から
マレーナ様の発声練習が聞こえてきて、ドキドキしたものだ。翌日の朝食では、スピノジと
おしゃべりができた。)
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by didoregina | 2015-06-12 22:51 | オペラ実演 | Comments(4)

『真珠採り』レイス・オペラ公演

オランダの巡回歌劇団Nederlandse Reis Opera(旧称Nationale Reis Opara)による
ビゼーの『真珠採り』をマーストリヒトのフレイトホフ劇場で鑑賞した。
レイス・オペラ公演も、このオペラを鑑賞するのも久しぶりである。
見に行こうという気になったのは、所属する合唱団のコンサートでこのオペラの白眉とも
言えるテノールとバリトンによるデュエット「神殿の奥深く」をつい最近歌ったのが
きっかけである。
Les pêcheurs de perles @ Theater aan het Vrijthof 2015年2月3日
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Benjamin Levy: Muzikale leiding
Timothy Nelson: Regie
Wikke van Houwelingen: Decorontwerp
Elena Werner: Kostuumontwerp
Gé Wegman: Lichtontwerp
Jitti Chompee: Choreografie
Florentijn Boddendijk & Remco de Jong: Sound design

Kishani Jayasinghe: Leïla
Yaroslav Abaimov: Nadir
Robert Davies: Zurga
Yavuz Arman İşleker (TalentenEnsemble): Nourabad

Krittin Kiatmetha: Danser
Juan Carlos Toledo: Danser
Rocco Vermijs: Danser

Noord Nederlands Orkest
Nationaal Opera en Concert Koor
Koordirigent: Stephen Harris

連日異なる劇場を巡回する歌劇団の宿命で、舞台装置は移動も設置しやすいものでないと
いけないという制約があるので、舞台背後に白い大幕、その後ろに月、巨大な光源、そして
モルディブ辺りで海釣りをする人が座る杭のようなものが大道具の全てであるが、そのシン
プルさがなかなか効果的でもあった。

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小道具としては、頭からすっぽり被る白い仮面と大きな魚網の使い方が抜群だった。
仮面は着けた者の感情をその内に秘めてしまいながらも、逆説的だが露わにもするという
効果があることは、能面においても見いだせる。
主役3人は、使命・因習と愛情・友情との二局対立の葛藤と一方通行の三角関係に苦しむの
だが、個人の感情よりも共同体での使命や因習の比重が高いことを前提としていることから
起こる悲劇の深さを、仮面は無言ながら雄弁に語るのだった。
また、漁網は処女の純潔を象徴するベールとして使われたり、秘めた愛情関係の存在を世間
から天狗の隠れ蓑のように隠してくれるものになったり、がんじがらめになった苦悩を象徴
したりと千変万化の活躍である。

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舞台演出効果として特に感心させられたのは、三人のダンサーの存在であった。
開演前、すでに舞台上では無言でコンテンポラリー・ダンスが繰り広げられていたのだが、
しなやかな肉体の美しさを最大限に出す振り付けで、古典バレエの素養のあるダンサーが
見せるアクロバティックな動きはうっとりするほど美しい。オペラの幕が上がってからも
歌手の周りで踊ったりするのが、まったく邪魔になるどころか、ほとんど道具立てのない
シンプルな舞台では一種のデコールも兼ねている具合で、全体との調和がいいのだ。
振付のJitti Chompeeという人は、ピナ・バウシュの影響を大きく受けているらしい。
エレガントな動きが目に心地よく、せかせかしたような振付けで観る者をイライラさせる
ことも、歌手の邪魔をすることもない。

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主役級の三人の歌手

歌手では、ナディール役のテノールの発音がいかにもフランス語らしい鼻音を強調する
ディクションで、ちょっとトピ君を思わせる若々しく伸びやかな美声である。
高音になると下からずりあげるのが癖のようにも思えたが、気になるほどではない。
バリトンの声はあまり印象に残らなかった。
レイラ役はスリ・ランカ系の美女で、ポスターも彼女の写真を基に加工デザインされている。
身長が低いのに体つきが予想外にがっしりしているので、顔とのギャップが大きかったが。
声は、この役にはどうなんだろう。ヴェルディ向けのしっかりしたつやと芯がある声質と
声量で、わたしの描くレイラのイメージとは異なったが、客観的には悪くはない。

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三人のダンサー



いつもこの歌劇団でがっかりさせられるのはコーラスだ。全体にのっそりして緊張感が
感じられずヴォリュームにも欠ける。前半は特にリズム感がひどいのにあっけにとられた。
最後の方のコーラスでなんとか盛り上げていけたのが救いだった。

オケも特に印象には残らなかったが、ソロ楽器を客席バルコンや平土間後方に配置したりと
工夫は凝らしていた。
繰り返し登場するテーマ・メロディーが抒情的かつ甘美で美しいのがビゼーの曲の真骨頂
なので、管楽器のソロが上手く決まっていたから及第点はつけよう。
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by didoregina | 2015-02-05 19:33 | オペラ実演 | Comments(4)

2014年オペラ鑑賞まとめ

2014年を総括する時期になった。
今年を一言でまとめるならば、イエスティン・デイヴィス応援・遠征の一年だった。
しかしそれ以外にも、いやイエスティン君のための遠征と組み合わせて、守備範囲から
少し逸脱するオペラ鑑賞もできたのだから、バラエティに富み実りは多かったと言える。
それらはほとんどブログ記事にしていないので、今回まとめて振り返ってみたい。

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まず、3月2日のENO公演『ロデリンダ』のついでに、翌日ROHで『連帯の娘』を鑑賞。
ローラン・ペリ演出の名プロダクションをフアン・ディエゴ・フローレスのトニオ、パト
リシア・チョーフィのマリー、そしてキリ・テ・カナワが公爵夫役という豪華キャストで。
フローレスの十八番ともいえるトニオ役は若々しさ溢れ、見ているだけでも楽しくなって
くるし、あの輝かしい明るさに満ちた美声を舞台近くの席からダイレクトに聴くことができ、
チョーフィの喉の具合は少々不調なのが残念だったが演技は元気はつらつとしていたし、
公爵夫人役のデイム・キリがほんの少しだが歌も披露してくれたし、全体的に満足の舞台
だった。(終演後に、レストランでフローレスやチョーフィと会えるというおまけ付け)

6月には2回ロンドン遠征を敢行した。そのうち最初のはなんと、エーゲ海の2週間ヨット・
クルーズから帰った翌日からで、イエスティン君のウィグモア・ホールでのコンサート、
オルドバラ・フェスティヴァルでブリテンの『オーウェン・ウィングレーブ』、ロイヤル・
アスコット・オープニング・デイに行ったその晩にはROHで『マノン・レスコー』鑑賞と
いう超盛りだくさんの内容だった。
クリスティーン・オポライス主演でヨナス・カウフマンとクリストファー・マルトマンが
共演した『マノン・レスコー』鑑賞記はブログ記事にしたが、ブリテンのオペラ鑑賞記は
書けなかった。遠征続きで忙しかったのとほかの印象が強すぎて『オーウェン・ウィング
レーブ』の印象が薄くなってしまったからだ。

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オルドバラの海岸

その日の午前中はロンドンで某オークション・ハウスの内覧会見学後、午後からブリテン・
フェスティヴァルの開催されているサフォークの海岸沿いの小さな町オルドバラまで出かけ、
海岸を散策したりブリテンのお墓参りをして、その夜、元ウィスキー醸造所を改造した素敵な
ホールでオペラを鑑賞した。カメラの電池が途中で切れてしまって写真があまり撮れなかった
のも、記憶がおぼろになってしまった理由である。

Britten Owen Wingrave at Snape Maltings Concert Hall,
16 June 2014
Mark Wigglesworth conductor • Neil Bartlett director
Ross Ramgobin, Owen Wingrave
Susan Bullock, Miss Wingrave, Owen's Aunt
Samantha Crawford, Mrs Coyle
Janis Kelly, Mrs Julian
Catherine Blackhouse, Kate Julian
Isaiah Bell, Lechmere
Jonathan Summers, Spencer Coyle
Britten-Pears Orchestra

とにかく暗い話を暗い演出と暗い音楽で表現したオペラで華やかさが全くないから、疲れて
いる夜に聴くのはきつい。兵役招集を拒否する若者を巡る家族の物語で、音楽には耳に
残る印象的なアリア等は全くない。
一度生で聴いてみたかったのでその願いが達せられたことと、こんなに辺鄙なところまで車で
連れて行っていただけたことに大変感謝している。

6月の2度目の遠征には、24日のイエスティン君のバッハ・コンサートのついでに、ROHで
25日に『ナクソス島のアリアドネ』と26日に『トスカ』も鑑賞した。
『ナクソス島のアリアドネ』と私とはどうも相性が悪いようで、カリタ・マッティラのアリア
ドネをはじめとして、ジェーン・アーチボルドのツェルビネッタ、ルクソンドラ・ドノーゼの
作曲家など女声陣がなかなか充実して健闘、しかもクリストフ・ロイ演出で期待の舞台だった
にも関わらず、今回もうつらうつらとしてしまって、ほとんど印象に残っていないのだった。
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『トスカ』の方は、映像で一度見ていて気に入っているジョナサン・ケント演出のプロダク
ションなのだが、特に好みの歌手が出演するわけではないので、プラシド・ドミンゴ指揮、
ブリン・ターフェルのスカルピアにちょっぴり期待して臨んだ。
美しいデコールと衣装、そして全く無理のない演出なので安心してわくわくしながら舞台を
楽しめることができた。メインの歌手の歌唱もそれぞれバランスよく、華やかさには欠ける
ものの手堅く満足いくものだった。

8月には今年のメインイヴェントであるグラインドボーンでの『リナルド』鑑賞と組み合わせ
られるオペラはなかった。
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10月には、今季の期待演目の一つである『ポッペアの戴冠』のセミ・ステージ形式をバービ
カンで鑑賞するのに合わせて、前日の4日にROHで『リゴレット』を。
とにかくサイモン・キーンリーサイドのリゴレットに注目していたのだが、当日夕方にロン
ドン着という無理のあるスケジュールだったため開演時間に間に合わず、前半はアンフィの
外廊下にあるスクリーンでの鑑賞となってしまったのは残念。
後半からは、舞台を上から見下ろすようなアンフィのアッパースリップの席に座ったのだが、
びっくりしたのはその音響のよさ。オケも甘美に響くし、歌手の声は舞台を横から見る定番
位置よりもいっそうはっきりと聴こえるのだった。
マクヴィカーによる演出はストレートかつスマートで、目を覆うような残酷さや醜悪さを排
しているのが好ましく、人間の欲望、親子の愛情、そして若さゆえの向こう見ずというか
ほとばしるパッションなどが見る者に迫る。
特にキーンリーサイドの、複雑な人格のリゴレットになりきりの役作りには目を瞠るほどの
凄味が感じられ、歌唱にも苦悩の様が表れていて感動を呼ぶのだった。

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11月の遠征は、イエスティン君絡みではなく、フランコ・ファジョーリがイダマンテ役で
ROHデビューの『イドメネオ』を鑑賞するのが主目的だった。
千秋楽に行ったので、すでに実演鑑賞した友人や各紙・誌やネットの情報から、演出やCTに
よるモーツアルト・オペラ出演是非など、いろいろな意見を見聞きしていて、相当な覚悟が
できていて臨んだと言える。だから、あんなに騒がれていた演出がさほどのものでもない
のに肩透かしを食わされ、またこの程度の演出でブーイングが(しかも千秋楽に及んでも)
出ることにかえって驚いてしまった。
もともとイダマンテ役は損な役だからと割り引いていたせいもあるし、若手CTの中でも
イギリス人CTとは正反対の歌唱スタイルのため、ロンドンの観客にはかなり異質かつ耳馴染み
のあまりよくない印象をファジョーリは与えるだろうなあ、と予想がついていたせいもあるが、
全体的にはとても素晴らしいプロダクションだし舞台である。これは、ROHとリヨン歌劇場と
フランダース・オペラとのコープロであるので、来季以降、リヨンやアントワープ(および、
もしくはヘント)での上演が予定されている。誰が指揮を担当するのか、どんなキャストになる
のか、今からとても楽しみにしている。イダマンテ役にCTを選んだのは、演出を担当した
クシェイのたっての要望だったということなので、次回もCTが歌うんだろうか。その場合は、
誰に白羽の矢が立つのだろうか。

12月5日のロンドン弾丸遠征(ご存じイエスティン君のリュート・ソング・リサイタル)翌日
の聖ニコラスの日には、ドイツのドイスブルク歌劇場に『ウェルテル』の初日を見に行った。
なぜかというと、VIPペア・チケットがまたしても当選したからだ。今年は、くじ運のよさを
実感することが多く、その件に関しては別にまとめ記事にしたいと思っている。
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Musikalische Leitung Lukas Beikircher
Inszenierung Joan Anton Rechi
Bühne Alfons Flores
Kostüme Sebastian Ellrich
Licht Volker Weinhart
Orchester Duisburger Philharmoniker
Andrej Dunaev (Werther)
Sarah Ferede (Charlotte)
Elena Sancho Pereg (Sophie)

ドイツの地方歌劇場の数は半端ではなく、ほとんどの都市にあるのではないかと思われる。
ルール地方だけでも、エッセン、ドルトムント、デュッセルドルフ、ドイスブルク、
はたまたケルンやボン、アーヘンなど近距離にひしめきあっている。競争は厳しいものが
ありそうだが、地方自治体からの補助金は他の国とは比べられないほど潤沢なようでもある。
ドイツブルクの歌劇場は初めて行ったのだが、初日でもあり、いかにも戦後風のインテリア
ではあるが、おしゃれした客が多く、なかなか華やかな雰囲気が漂う。地元の富裕層が集まっ
ている感じである。
地方の歌劇場だから、歌手に名の知れた人はいないが、歌唱は馬鹿にしたものでは全くなく、
子供の合唱もぴたりと決まっているし、舞台装置や演出に至っては、スタイリッシュの極みで
ある。全くこの程度が普通なのだから、ドイツの地方歌劇場の実力や侮るべからずである。
こういう風に時代にマッチした演出が無理なく受け入れられる環境、近場でほどほどの料金で
オペラに親しむことができることから、観客の感性は自然と磨かれていくので、ドイツの
オペラ界の将来は非常に頼もしいと思われる。(もちろんいずこも同様に補助金カットなど
の辛苦はあるが)

というわけで、自分の好みの範囲外のオペラに色々と触れる機会が多かった今年(2月には、
アムステルダムで今年が最後となったオーディのリング・チクルスなんかも鑑賞してしまった)
なかなか充実していたのではないか、と振り返って思うのである。
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by didoregina | 2014-12-22 21:09 | オペラ実演 | Comments(10)

セミ・ステージ形式の『ポッペアの戴冠』@バービカン

この秋一番期待の出し物は、バービカンでの『ポッペアの戴冠』だった。
なぜなら、ネローネ役にサラ・コノリー、オットーネ役にイエスティン・デイヴィスと
いう垂涎もののキャストだからだ。(当初ポッペア役に予定されていたアンナ・カタリナ・
アントナッチは、割と早いうちに降りてしまって、リン・ドーソンが題名役)

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Monteverdi L'incoronazione di Poppea
Semi-staged performance
2014年10月4日@The Barbican

Academy of Ancient Music
Robert Howarth director
Alexander Oliver stage director
Lynne Dawson Poppea
Sarah Connolly Nerone
Sophie Junker Drusilla/Virtu
Daniela Lehner Amore/Damigella
Marina de Liso Ottavia
Matthew Rose Seneca
Iestyn Davies Ottone
Andrew Tortise Arnalta
Vicki St Pierre Nutrice
Elmar Gilbertsson Lucano/2nd Soldier
Gwilym Bowen Valletto/1st Soldier/Highest Familiari
Richard Latham Liberto/Middle Familiari
Charmian Bedford Fortuna
Phillip Tebb Littore/Bass Familiari


モンテヴェルディのこのオペラ自体も好きな作品である。
バロック・オペラ黎明期の作品なので、音楽的には明快でキャッチーなアリアがちりばめ
られ書法もストレートでベーシックかつシンプルながら、ストーリー的には神々および
人間同士の愛憎・愛欲・美徳・哲学・権力欲などが絡み合って複雑なのが魅力である。
その後発展していくバロック・オペラに不可欠な要素は揃っていながら、まだまだアルカ
イック的な稚拙な荒々しさとでも言える香りがなんともたまらない。

実演舞台では、オーディ演出でネローネ役にマレーナ・エルンマン、オットーネ役に
べジュン・メータ、ポッペア役にダニエル・デニースというのと、ネローネ役にフランコ・
ファジョーリ、オットーネ役にデヴィッド・D.Q.リー、ポッペア役にマリア・ベングトソン
という2プロダクションを鑑賞したことがある。いずれも、演出的に凝った舞台で、オケも
かなり増強した編成になっていて、見ごたえ聴きごたえがあった。

今回のバービカンでは、ステージ形式かと思っていたら、なんとセミ・ステージ形式という
ことで、小規模編成のオケの前に、客席に張り出す形で舞台が広げてある。最前列に座った
私の目の前で、演技が繰り広げられるのであった。

神々の争いに人間世界での権力争いと愛欲とが絡み合い、全体のトーンとしては悪徳賛美に
なっているところが、このオペラの画期的な点であり、現代にも通じる普遍性のある所以で
ある。しかも、登場人物の誰もが一筋縄ではいかない、多面性を備えている。
複雑なストーリーのため登場人物が多く、主要人物以外は、何人かの歌手が複数の役を兼ねる。
セミ・ステージなので、私服に毛の生えたような舞台衣装というか、役柄にあった自前の衣装
という感じである。

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歌手では、とにかくご贔屓の二人が演じるネローネとオットーネにひたすら注目つつ、見
聴いた。

サラ様ネローネは、第一幕と第二幕を合わせた前半では、タキシード風のスーツを着崩した
いかにもプレイボーイ的な衣装で、ネローネの権力と愛欲へ固執する性格を表情や態度で
表す素晴らしい演技が冴えていた。堂々たるものである。1メート位先の舞台上だから、ごく
細かい点までよく見えるのだが、彼女の迫真の演技の素晴らしさ!ほぼオールバックに
ぴったりとなでつけてマニッシュな髪型がより男っぽさを醸し出す。
さわやかさの勝った彼女らしい歌唱と声も、ネローネにまさしくぴったりだ。
横たわったり、ポッペアのみならず男友との濡れ場シーンなどをかなりいろいろなポーズを
取らされて歌うのだが、ほとんど非の打ちようがないネローネぶりである。
彼女のズボン役には惚れ惚れするのだが、今回も最高の出来だった。

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大道具などの舞台装置は全くないのだが、照明で各場の雰囲気を変えているのと、オケ後方に
ある階段の段差や客席も用いたりして動きに幅を出し、場所的・音響的にも変化をつけている
演出はなかなかよかった。

オットーネというと気の毒な寝取られ男というイメージなのだが、そういうかわいそうな役に
イエスティン君はこれまたピッタリなのだ。ヒーローとは言いがたいが悪役でもない、アンチ・
ヒーローに彼ほどすんなりとルックス的にも声質的にも合うカンターテナー歌手は少ないかも
しれない。
毎度ながら、彼のコントロールのきいた歌唱には舌を巻くというか、全くどこにも不安を感じ
させない。今まで聴いてきた彼の歌でがっかりしたことは一度もなく、いつでも安心して聴い
ていられるのだ。そのコンスタントさという実力はかなりの強みではないだろうか。
そして、特に近くで見るとよくわかるのだが、細やかな表情での演技も上手い。

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ネローネの黒(前半)と花柄(後半)の衣装との対比も鮮やかな白のリネン・スーツのオットーネ。

高校生という設定だったリナルド役以来、あごひげを剃ったのが、また少しうっすらと伸びて
きている感じ。下はきりっと刈り上げて上に行くにしたがって長いトレンディーな若々しいさ
と躍動感のある髪型もよく似合っている。


題名役のポッペアには、あまり期待していなかったのだが、それでも不満がありすぎた。
清涼感が売り物だったリン・ドーソンの声には、今や張りや潤いが感じられず、高音と
低音の声に滑らかな統一感がないから、聞き苦しいことこの上ない。年のせいで声全般に衰え
が隠せないのはまだしも、歌唱も不安定である。主役の歌にハラハラさせられるというのは、
聴いていて辛い。
ポッペアといえば、悪女中の悪女であり、しかもコケットなかわいらしさも必要な役だ。
ルックスに関しては、もう今更何も言うまい。後半になって、歌唱は持ち直したので、彼女が
出てきても、そちらを見ないようにして聴いていた。

今回、はっとさせられたのは、オッタビア役のマリナ・デ・リソの安定して迫力のある歌唱だ。
オットーネと同じくらい同情を買う役だが、皇后の気位の高さも出さなければならないから、
どうかな、と心配していたのが全くの杞憂に終わるほど、堂々たるもので見直してしまった。
今回の歌手陣の中で、彼女だけイタリア的テンパラメントを感じさせる、熱いものがほとばし
っている歌唱だった。

それ以外の歌手も、皆それぞれ役柄に合って上手で、(題名役を除いて)不満は全くなかった。
ただし、イギリスの歌手とイギリスの器楽演奏家でほぼ揃えたため、よくいえば、清らかで
典雅だが、このオペラ作品の持ち味であるねっとりとした毒のようなもの、あざとさが音楽
から感じ取れなかった。生真面目そのもので遊びの要素がないのだ。その点で、今まで聴いた
『ポッペア』と比較した場合、少々物足りない。
オケの編成もごくごくシンプルなもので、チェンバロ2台とテオルボ2台の通奏低音楽器が
主に活躍するのみで、それもかなり控えめなのだ。それ以外の弦楽器や管楽器になると全く
印象に残っていない。
アルカイックなモンテヴェルディの音楽の土臭さを感じさせるような、躍動感を強調するよう
なリズミックな楽器の使い方がされていなかったためだ。ある意味、古風な演奏なのだった。
今回も、ヨーロッパ大陸とイギリスおよびアメリカの楽団によるバロック演奏の違いをまた
改めて認識させられた。

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by didoregina | 2014-10-10 23:39 | オペラ実演 | Comments(5)

グラインドボーンの『リナルド』2014年リバイバル版

2014年夏のグラインドボーンでのカーセン演出の『リナルド』上演は、2011年の夏フェスティ
ヴァルでの初演と秋のツアーに続いてのリバイバルだ。8月19日の公演を鑑賞した。

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Rinald. Glyndebourne Festival 2014. Photo: Robbie Jack

Conductor Ottavio Dantone
Director Robert Carsen
Revival Director Bruno Ravella
Designer Gideon Davey
Movement Director Philippe Gireaudeau
Lighting Designers Robert Carsen and Peter Van Praet

Rinaldo Iestyn Davies
Goffredo Tim Mead
Eustazio Anthony Roth Costanzo
Almirena Christina Landshamer
Armida Karina Gauvin
Argante Joshua Hopkins
A Christian Magician James Laing

Orchestra of the Age of Enlightenment

今回のキャストにはカウンターテナーが4人も入っているのが大きな特徴で、映像化された
3年前の舞台ではリナルドとゴッフレード役が女声だったのに比べて顕著な変化である。
特に現在イギリスを代表する若手実力ナンバーワンCTのイエスティン・デイヴィスともう
一人ティム・ミード、そしてアメリカ人CTアントニー・ロス・コスタンツォが同じ舞台に
立つから、その競演も見ものの一つだ。

まず、イエスティン・デイヴィスに関していえば、このプロダクションは彼を念頭に置いて
作られたとしか思えないほど、ヴィジュアル的にも適役で、最初から最後まで期待を全く
裏切らない出来だった。

カーセンの演出では設定を現代の寄宿学校として、いじめられっ子高校生のリナルドと
彼が恋い慕う清純なアルミレーナや十字軍総司令官ゴッフレードを含めた男子仲間(キリ
スト教徒)と、邪悪な異教徒である女子生徒からなる悪役組(寄宿学校の女教師・舎監が
魔女アルミーダと魔法使いアルガンテ)との戦争ごっこのような対立図式になっている。
そして、すべてはリナルドが頭に描くマンガチックな空想世界のお話ということにして、
破天荒なストーリーに信憑性・統一性を持たせているアイデアが素晴らしい。
そういう演出だから、童顔できりりとハンサムなイエスティン君はリナルド役にぴったり
なのだ。

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最初は男子生徒からもいじめられるひ弱なリナルド

いじめられて、窮屈な学校生活から空想世界に飛躍する際、リナルドは甲冑を身に着ける。
そうすると、女教師も校長も異教の魔法使いに化すのである。

ヘンデルの『リナルド』では、魔女アルミーダというのがとても重要な役で、彼女役の歌手
いかんで舞台の印象がかなり左右されると思う。
ケルンで実演鑑賞したことがあるプロでは、アルミーダ役はシモーネ・ケルメスだった。
普段のキャラからしてぶっ飛んだ魔女そのもののケルメス姐には、Furie terribili!の最初の
登場から幕が下りるまで観客の目も耳も釘付けで、リナルド役のパトリシア・バードンを
完全に食ってしまい、彼女の独り舞台の趣であった。そのくらい個性的な歌手でないと難しい
役なのだが、今回のカリーナ・ゴーヴァンはちょっとキャラ的に弱いように思えた。

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カーテンコールでのゴーヴァン

ゴーヴァンの歌唱に関しては文句をつける点はほとんど見つからないが、表情を含めた演技が
イマイチなのが残念。ベタなくらい悪役に徹したクサイと思えるほどの大げさな演技でないと、
魔女役としてのキャラが生きてこない。地の性格の善さが裏目に出ている感じだ。
女教師が若くてハンサムでかわいい高校生に横恋慕するという設定なんだから、もっと羽目を
外してほしかった。ヒステリックな年増女の秘めた恋心を歌うしっとりしたアリアAh Crudel!
(ああ、つれない人よ)は、ひたひたと胸に迫りよかった。
彼女の声質では清純なお姫様役も似合うし、バロック系ソプラノにしてはよく響く深みもある
声で声量も十分だから悪役もこなせるはずなのだ。今後の課題といえよう。

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十字軍総司令官ゴッフレード役のティム・ミードはひげ面。

もう一人注目のCT、ティム・ミードは、どうやらその日のコンディションがあまりよく
なかったようで、最初に登場した時の歌唱では声になんだか張りがないように感じられ、
精彩を欠いた。
これに関しては、アルミーダ登場の際のアリアFurie terribiliでも、あれっと感じたので、
舞台後方で歌うという演出でこの二人は損していたともいえる。客席まであまり声が届いて
こないのだった。
(でも、それに対してイエスティン君は舞台のどこで歌っても客席によく響かせられる、声の
プロジェクションが非常にいいのだ)
しかし、後半になるにつれ声に潤いと力強さが出てきたようで、最後のSorge nel petto
(胸に湧き上がる喜び)を、しっとりと聴かせ拍手喝采を得た。

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その日の出来が不本意だったのか、カーテンコールでもあまり晴れ晴れしていない表情のティム。
(この日と翌々日の2公演を鑑賞した方によると、やはりティムはこの日イマイチだったのだが
次の公演では持ち直していい出来だったそうだ)

これらしっとりとしたアリアでは、特に通奏低音が美しくリードする。
今回の古楽オケOAEの指揮はオッタヴィオ・ダントーネで、彼自身がかなり重要な場面で
指揮を執りつつチェンバロを弾くのだったが、オケピットにチェンバロは2台が入り、もう
一台はかなり隅の右手に置かれていたが、2台のチェンバロが絡み合って通低だけの伴奏の
場合でも美しさと奥行きを出していた。
帰りの電車でたまたまその2人目のチェンバロ奏者が隣に座ったので色々おしゃべりできた。
チェンバロは2台とも比較的新しいコピーなのだが(中央の指揮者が弾いたチェンバロには2008
年と銘が入っているのが読めた)、深みのある低音が美しく嫋々としたいい音であると感想を
述べたら、我が意を得たとばかり喜んでくれた。
また、リュート、テオルボやチェロなどの通奏弦楽器の溌剌とした音が、最前列の私の席には
よく響き、バロックらしい気分をかきたててくれ、いかにも楽しそうに演奏するオケのメン
バーを見ているだけでも幸福感に浸れるのだった。
ヴァイオリンも馥郁たる響きと溌剌とした演奏が好ましく、ああやっぱりOAEはいい古楽オケ
だなあ、とうれしくなった。トランペットも、木管楽器も外すことがなく皆べらぼうに上手い。

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アルミレーナ役のクリスティーナ・ランズハマー

アルミレーナ役というのは、このオペラのある意味で要になる重要で難しい役である。
単なるお姫様というのだけでは弱い。
このプロでは、眼鏡と金髪三つ編みのイケてないまじめな女の子で、いじめられっ子同志で
リナルドとは愛情で結ばれている。だから、キス・シーンが非常に多いのだった。
イエスティン君はどうも潔癖症なのか災いするのか、3月に鑑賞した『ロデリンダ』ではキス・
シーンが上手くなかったのだが、今回はかなりこなれていた。
アルミレーナの歌う『わたしを泣かせてください』は、誰でも知っていて口ずさめる名曲で
ある。だから、本当に胸に響いてくる歌唱というのは稀でもある。だから、はっきり言うと、
あんまり期待せずに聴くのがよろしい。
ランズハマーの歌唱は、悪くはなかったが、ここでクライマックスに達するというわけには
いかなかった。発音では「リーーベルタ」ではなくて「リベーーールタ」式だった。

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楽屋廊下で会えたアントニー君の日本で買ったというTシャツがキュート!

もう一人のCTアントニー君は、今回がヨーロッパデビューであるから、期待していた。
どちらかというとピンと張ったような若々しい声であるが、まろやかさに欠けるというか、
それほど好みの声質ではない。しかし、こういう風に個性の異なる若手CTがどんどん出て
来てくれるのは大歓迎である。声質には好き嫌いが顕著に表れるが、音程が不安定だとか
のテクック的に不安要素はないから、彼もいろんな舞台を踏めばもっと成長してどんどん
伸びていくだろう。

こうして見ると、全体的にイエスティン君のコンスタントに安定した歌唱は驚異的だ。
声量はいつもしっかりあるし、最初から最後まで歌唱にも発声にもコントロールが効いて
いる。体力があるのだろうしコンディション管理がしっかりしているのだろう、息切れなど
することもなく、どこにも無理が感じられないから安心して聴いていられる。
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このオペラの一番のクライマックスは、第二幕最後のリナルドのアリアVenti, turbini
(風よ、旋風よ)であることは間違いないのだが、アクロバティックなテクニックを要する
アリアの途中で、カーセンはとんでもない演出を入れたのだ。
十字軍が皆自転車に乗って異教徒との戦いに向かうのだが、リナルドの自転車はなんと、
映画E.T.の場面さながらに、大きな月を背景に宙乗りになって、舞台を横切るのである。
歌いながら宙乗りで自転車をこぐから笑いを取る演出であるが、軽々としてこなさないと
いけないから歌手としてはかなり大変な重労働でもあろう。
あまり装飾にや技巧に凝るタイプの歌手ではなくストレートな歌唱で勝負!というのが
イエスティン君の持ち味であるが、このアリアではアジリタも決めて聴かせてくれた。

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満面の笑みとガッツポーズで、本人も大満足気のカーテンコール!

というわけで、この『リナルド』プロダションは3年たってようやく真に適したリナルド役を
得て完成し、イエスティン君にとって当たり役の舞台となったことを確認したのだった。
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by didoregina | 2014-08-27 23:42 | オペラ実演 | Comments(2)

プッチーニの『マノン・レスコー』初日@ROH

昼間はロイヤル・アスコット競馬のオープニング・デイを楽しみ、夕方からは、
ロイヤル・オペラ・ハウスでプッチーニの『マノン・レスコー』初日を観賞。
A day at the races とA Night at the Opera を一日に詰め込んだという
クイーンもかくやと思われる贅沢さである。

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2014年6月17日@ROHコヴェントガーデン

Conductor Antonio Pappano
Orchestra Orchestra of the Royal Opera House
Director Jonathan Kent
Designs Paul Brown
Lighting design Mark Henderson
Choreographer Denni Sayers

Manon Lescaut Kristīne Opolais
Lescaut Christopher Maltman
Chevalier des Grieux Jonas Kaufmann
Geronte de Ravoir Maurizio Muraro
Edmondo Benjamin Hulett
Dancing Master Robert Burt
Singer Nadezhda Karyazina Lamplighter Luis Gomes Naval
Captain Jeremy White
Sergeant Jihoon Kim
Innkeeper Nigel Cliffe
Chorus Royal Opera Chorus

なんと、このオペラ、ROHでかかるのは30年ぶりで、新演出はジョナサン・ケントの手
になる。
出演歌手陣も豪華で、マノンにクリスティーヌ・オポライス、騎士デグリューにヨナス・
カウフマン、兄レスコーにクリストファー・マルトマンときた!
わたしにとっての初生カウフマンである。期待はいやましに盛り上がる。

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ドレス・リハーサルをご覧になった方からのまた聞きによると、時代設定は現代で、衣装・
デコールは「アナ・ニコール」風にチープでポップであるとのこと。
そして、舞台セットは2階構造で、階上での場面が多く、座席によっては非常に見ずらいと
いうことも聞いていた。

なるほど、第一幕、旅籠のシーンは安っぽいカジノとダイナースみたいだし、実際に
本物の車が舞台に上がったり、ハリウッド映画のようなリアリスティックな舞台装置や
衣装で、現代アメリカの拝金主義と消費社会という空虚なイメージが醸し出されている。

自らの美貌に自信のあるマノンは、都会での華やかな生活に目を瞠り、憧れを隠そうと
しない田舎娘だから、好色漢の格好の餌食である。
そして、騎士デグリューやエドモントは、いかにもアメリカ映画に出てきそうな学生だ。
デグリューは最初から最後まで白シャツに黒のぴっちりパンツ姿で、若々しさとナイーブ
さが強調されている。

カウフマンを生で聴くことが、今回の第一の目的であった。
その望みは、舞台至近のオケボックスの指揮者を真横から見る位置のサークル・ストール
席のおかげで、歌手の直接の声を聴くことができて叶った。
生の彼の歌声にはテノールらしからぬようなはっきりとした暗さがあるのが特徴で、それが
独特の魅力となっている。だから、テノールにはほとんど興味を覚えないわたしにもアピー
ルするものがある。明るい能天気さとは正反対のダークな陰影が魅力となっている。
今一番脂がのっていて最盛期かもしれない彼の歌唱には大満足した。

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実は、昨年モネ劇場で観賞した『マノン・レスコー』もほぼ同じく、オケの真横で舞台を
横から見る位置だったので、今回も一つ心配事があった。
舞台が見切れるのは仕方がない。それよりも、オーケストラの直の音が響きすぎて歌手の
声が座席にはよく届かず隔靴掻痒感が残るのではないかと。
しかし、その心配は不要であった。
パッパーノの元気いっぱい歌うような指揮から引き出されるオケの響きは、壮快であっても
爆音にはならなかった。そして、歌手の声も皆よく聴こえたのである。
主役のウェストブルックの歌声しか聴こえてこず、他の歌手は全く印象に残らなかった昨年
のモネとはえらい違いである。

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オポライスには、実はびっくり。
こんなに美人で若々しくプロポーション抜群だったのかと。そして、歌も悪くない。
どうしてもウェストブルックのマノン・レスコーと比較してしまうのだが、オポライスの
重さがあまりなく、ドスもほどほどに軽みさえ感じられる声がこの役にはぴったりだ。
特に第二幕でのアナ・ニコールばりのゴールド・ディガーぶりが、いかにも現代のマノン
らしく、オポライスは役になりきりだった。無邪気で馬鹿だけど憎めないかわいい女を演じ
歌い絶好調だった。
ただ、プッチーニのこの音楽には世紀末感とともに当時ではかなり新鮮なジャジーな
アンニュイが漂うはずなのに、オポライスの声質が少々あっさりしすぎて倦怠感や退廃の
色が足りなく感じられたのだけが残念だ。かわいらしさを前面に出しすぎていたためか、
パッパーノがその辺はあっさりと通り抜けてしまったためか。

兄レスコー役のマルトマンも、ジェロンテ役も、エドモンド役も警察官役も皆、舌を
巻くほどうまく、主役や準主役の誰か一人だけ突出してしまってほかの歌手が霞んでしまう
ということがなく、バランスよくまとまっているのだった。

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演出に関しては、カーテンコールでブーイングが出たが、わたしは非常に気に入った。
とにかく視覚的にわかりやすく、無意味にごちゃごちゃしたシーンや無駄もなく、センス
よく整理されているのだ。見ための軽いポップさが受けなかったのか、それとも舞台セット
がブーだったのかもしれない。しかし、新演出としては近年まれに見るほどのストレートさ
で勝負しているのがすがすがしいほどだ。
ファム・ファタールにはなれなかったが男を惹き付ける小悪魔のようなマノンという女の
愚かさと落ちぶれていく様が、現代社会を背景に浮き彫りにされて、ハリウッド映画の
ようなクリアさであっけらかんと見せる。何も考えずとも楽しめる。万人向けオペラ・
プロダクションとしてとてもうまく出来ているのである。
この点でも、昨年のモネのプロダクションとは正反対である。大陸と英米でのオペラの
違いがよくわかる。
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by didoregina | 2014-06-25 19:15 | オペラ実演 | Comments(10)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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