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セミ・ステージ形式の『フィガロの結婚』@コンセルトヘボウ

モーツァルトのダ・ポンテ三部作オペラを好みの順から並べると、『フィガロの結婚』は
『コジ・ファン・トゥッテ』に次いで二番手だ。
コンセルトヘボウを会場としてのオペラの場合、コンサート形式が通常であるが、今回はセミ・
ステージ形式だった。
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Mozart - Le nozze di Figaro, KV 492
2015年10月14日@Concertgebouw
Orkest van de Achttiende Eeuw
Cappella Amsterdam
Kenneth Montgomery (dirigent)
Jeroen Lopes Cardozo (regisseur)
Kelebogile Besong (sopraan)
Ilse Eerens (sopraan, Susanna)
Roberta Alexander (sopraan, Marcellina)
Amaryllis Dieltiens (sopraan, Barbarina)
Rosanne van Sandwijk (mezzosopraan, Cherubino)
Fabio Trümpy (tenor, Don Basilio)
Henk Neven (bariton, Il Conte d'Almaviva)
André Morsch (bariton, Figaro)
Hubert Claessens (bas, Antonio)

今回と同じく18世紀オーケストラとカペラ・アムステルダム、主にオランダ人とベルギー
人キャストによる『コジ』セミ・ステージ形式を鑑賞したのは、丁度2年前、ロッテルダム
のデ・ドゥルンであった。翌日朝の便で日本に里帰りする前夜だったため、なんだか慌ただ
しく、その後2週間ほぼオフ・ラインでもあり、その鑑賞記は書いていない。憶えている
のは中途半端なお寒い演出という印象のみ。実力派の若手で揃えた歌手陣は悪くはなかった
のだが。(当時フランス・ブリュッヘンは存命だったが、オランダではもう長いこと指揮は
していなかった)

今回の『フィガロ』も同じような出演陣だし、似たような演出になるんだろうな、と、さほど
期待を抱かずに臨んだ。
まず、びっくりしたのはコンセルトヘボウの比較的せせこましいステージ上に演技スペース
を確保するため、前から3列の客席が取り外され、ステージが拡張されていたこと。
これは初めての経験だ。それで、私の席は6列目なのだが、実際のところ3列目になった。
(ここのステージは異常に高く、1.5メートルはある。前から3列目までは絶対に座りたくない。
ステージを真下から見上げる形になり、首が痛くなるのみならず、音が頭上を通り抜ける感じ
で最悪。)
だから通常は、4列目からが視覚的・音響的に許容範囲ギリギリである。普通のホールでの
かぶりつき席がここでの5列目という感じなので、理想的な6列目ほぼ中央を確保するため
アボ発売開始と共に速攻で選んだ席なのだ。

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二つ目の嬉しいサプライズは、会場の飛び切りいい音響のせいもあり、2年前にロッテルダム
で鑑賞した『コジ』とは全く異なり、生き生きしたいかにもモーツァルトらしい楽しいオペラ
のコンサートになったことだ。
18世紀オケの演奏にはそつがなく、全体的に典雅ながら、控えめな色合いがところどころに
添えられ申し分ない。指揮のケネス・モンゴメリーは白髪のため高齢に見えるがなかなか闊達
な指揮で、手堅いオケからノーブルな音を引き出している。
しかし、なんといっても今回の『フィガロ』成功の鍵は、歌手陣の実力に負うところが大きい。

オランダ人バリトンのヘンク・ネーフェンは、DNOやモネには割とよく出ているが、今まで
脇役でしか聴いたことがなかった。それが、今回は伯爵役である。まだ若くどちらかというと
甘いルックスの彼だし、今回はフィガロ役なのだと思っていた。ところが、いつの間にか声に
もルックスにも渋さが加わり、黒の衣装が似合うシックでエレガントな立ち姿も相まって、
若きハンサムな伯爵の役どころにぴったいの堂々たる歌手に成長していたのだ。今まで密かに
彼を応援していた私としては、 万感胸に迫るものがあった。

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もう一人、成長が著しく感じられたのは、スザンナ役のベルギー人ソプラノ、イルゼ・エー
レンスだ。前回の『コジ』でのデスピーナも悪くはなかったが、エレガントさもあり可憐な
彼女の声とキャラがイマイチ役に合っていないという印象を持ったのだが、今回のスザンナ
は、うってつけ。彼女の清潔感漂うルックスもよく通る澄んだ声も、邪心がなく賢いスザンナ
の役にドンピシャはまる。また少し成長したら、彼女の伯爵夫人役も聴いてみたい。

伯爵夫人役は、寡聞にして今まで名前も知らなかった黒人歌手である。出だしはどうも声に
伸びもツヤもなくざらざらした歌唱だったのでちょっとがっかりしたのだが、彼女のレチの
ディクションの美しさには惚れ惚れした。しかし幕を追うごとにだんだんと喉も温まってきて
歌唱にベルベットのような張りが出てきてほっとしたのだが、他のソプラノと比べるとハス
キーな声なのでさほど私好みとはいえない。しかし、Dove sono i bei momenti にはさすが
にぐっときた。
スザンナと伯爵夫人とのデュエットになると、エーレンスの声の素直な伸びやかさと品のある
声がよく通るのと比べ、彼女はちょっと弱い印象だった。

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さて、今回のキャストにはロバータ・アレクサンダーがマルチェリーナ役でクレジットされて
いたのも個人的には楽しみであった。彼女を生で聴いたのは、もう、かれこれ20年近く前だ。
今年の夏前にロッテルダムのオペラ・デイに出演するはずだったがキャンセルしていたし、
後進の指導に専念しているようで生舞台にはずいぶん長いこと立っていないのではないだろう
か。(去年、デン・ボッスでの国際歌唱コンクールで見かけた。予選の審査員だったらしい。)
かわいいおばあちゃんという風情で、辺りをはらうような威厳と存在感があり、とうに盛りを
過ぎているが声にかわいらしさが残っているのが印象的だった。

二人の黒人ソプラノ歌手が舞台に立ち、また片方が伯爵夫人役となると、どうしても思い出す
人物がいる。先月のロンドン遠征で訪れたケンウッド・ハウスで彼女の肖像画を見て、あっと
叫んだ。彼女はダイドー・ベルという名で、黒人奴隷女性と白人貴族のハーフながら、18世紀
のイギリスで上流婦人として育てられ、ハムステッド・ヒースに残る貴族の館であるケンウッド
ハウスに住んでいたという。
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彼女の数奇な人生に関する本を読んでいる最中だから、丁度同じ時代に作曲された『フィガロ』
での伯爵夫人役が黒人歌手であることが偶然ではない符号のように思われ、二重に楽しめた。
(ダイドー・ベルの映画が夏頃公開されたのだが、迂闊にも見逃したのが悔やまれる。しかし、
本の内容の半分は、当時の奴隷貿易および解放運動に割かれている。)

モーツァルトの音楽を聴く楽しさは、有名なアリアや器楽演奏部分でもお馴染のメロディーが
満載で、しかも所属する合唱団のレパにもいくつか入っているのでついつい一緒に歌いだして
しまいたくなるような、サロン的親密感もある。
貴族の館を舞台にしたこのオペラは、ドアや木枠、植木鉢などを上手に配置し動かしたりしな
がら、適度な演技も交え、衣装もそれなりのセミ・ステージの演出がうるさくなく、音楽を損
ねることなく、今回は大成功だったと言える。(ケルビーノが逃げる場面では、たぶんそうする
だろうなと思った通り、高い舞台から飛び降りた。)

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若手歌手が多いおかげで舞台に華やかな躍動感があるのみならず、皆、実力派揃いであるため、
観客も余裕をもって楽しめたのだった。そしてもしかしたら『フィガロ』がダ・ポンテ三部作
の中で一番好きなオペラかもしれない、と思ったことだった。
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by didoregina | 2015-10-17 00:23 | オペラ コンサート形式 | Comments(4)

カルダーラの『惑星の調和』La Concordia de' Pianeti ライブ録音コンサート

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指揮のアンドレア・マルコンとヴェロニカ・カンヘミ

Antonio Caldara »La concordia de’ pianeti«
KONZERTHAUS DORTMUND
2014年1月18日

Verónica Cangemi Diana,
Delphine Galou Venere,
Carlos Mena Marte,
Franco Fagioli Apollo,
Ruxandra Donose Giove,
Daniel Behle Mercurio,
Luca Tittoto Saturno,
La Cetra Vokalensemble Basel,
La Cetra Barockorchester Basel,
Andrea Marcon Dirigent

バロックオペラ・ファンおよびCTファンにとって鳴り物入りだったカルダーラの幻のオペラは、
キャンセル騒ぎの末、上記のキャストでのコンサート形式上演となった。
ディアーナ役はアナ・プロハスカからヴェロニカ・カンヘミに、ジョーヴェ役はクリストフ・
デュモーからメゾ・ソプラノのリュクサンドラ・ドノーゼにそれぞれ変更という正式発表が
あったのは、コンサートの数日前である。メールとその後ご丁寧にも封書でキャスト変更の
お知らせが届いた。

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この幻のオペラは300年ぶりの上演であるから、録音も資料もなく事前には一体どういう
内容なのか殆ど全くわからず、タイトルと役名からなんとなく推測するしかなかった。
当日のプログラム・ブックでも、内容説明について割かれたページは1ページのみだ。

1723年11月19日、ハプスブルク家の神聖ローマ帝国皇帝カール6世(ボヘミア王も兼ねる)
の皇后エリザベートの命名日にボヘミアで上演された。
リブレット作者はピエトロ・パリアーティで、歌詞内容を一口でまとめると、神々がエリザ
ベート(作品中ではエルザ)の徳と善と美を口々に讃える、という祝典劇である。
だから、まずはトランペットが祝祭らしい華やかなファンファーレを奏で、その後は神々
(天に煌めく惑星でもある)役のソリストが代りばんこに立って、エルザ称賛のアリアを歌い、
最後に合唱でまとめるという構成である。
エリザベート皇后は、将来ハプスブルクの女帝となるマリア・テレジアの母君で、初演当時
別のお子さんを妊娠中であった。男のお世継ぎが生まれ帝国安泰、母子ともに健やかなれと
の願いがこの曲には込められていたのかも知れない。
それゆえトランペットは重要なアリアでオブリガート伴奏にも活躍するし、朗々とめでたさ
を寿ぐ音楽と歌詞に終始するのだった。

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            二人のCT。フランコ・ファジョーリとカルロス・メナ。


ディアーナは、カンヘミが急な代役で歌った。彼女の方がプロハスカちゃんよりもずっとイタ
リアン・バロック・オペラには向いてる声質だし、急きょの代役を務めてコンサートを救って
くれてありがたい、と感謝の念は持った。
だが、やはり練習不足の感は否めない。まだまだ、自分のものになっていないからか、聴き手
にも説得力を持った歌唱として響くものが少ない。もともと声量豊かな歌手ではないが、彼女
のそこはかとない歌心の感じられる味わいが好きなのだが、もう少し華々しくまたは情感込め
て自信たっぷりに歌ってほしかった、と望んでもそれはないものねだりというべきか。
月と狩りの女神ディアーナ役のカンヘミと、対称関係であるアポロ役のファジョーリとの相性
はなかなかよかった。

もう一人の女神ヴェネーレ(ヴィーナス)には、デルフィーヌ・ガルー。彼女は今まで2回生
で聴いているのだが、いつもなんだか期待外れに終わっていた。それが今回は、他の女声陣が
急な代役での出演であったため相対的にかなり手堅く歌い込んでいるように聴こえるのだった。
練習時間の差であろうか。少し見直したほどであるが、まあ他の女性歌手にちょっとがっかり
させられたから、彼女への評価も甘くなるのはいたしかたない。自意識が強そうな、愛の女神
役は悪くはなかった。

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            左にテノールのベーレ。女声陣は、ガルー、ドノーゼ、カンヘミ。


ジョーヴェ(ジュピター)は天の神であるから、やはりどうしてもカウンターテナーの男声で
聴きたかった!ドノーゼの声も歌唱もおばさんぽいルックスも全て含めて、この役には向いて
いない。
彼女の歌唱を聴きながら、ああ、絶対数が少ないCTの中といえども、この役を短い練習期間
でも歌える歌手はきっと探したらいたはずなのに、と思えて残念でならなかった。
デュモーで聴きたかったのはもちろんだが、他のCTで代役を引き受けてくれる人がいればなあ、
と残念しきりである。男の神なのだし、他の2人のCTとのバランスを考慮に入れても、この役は
絶対にCTに歌ってもらうべきであった。

ジョーヴェ役に脳内変換していたデュモーの動画を貼る。


         2013年11月、マドリッド王立歌劇場の『インドの女王』でのデュモー。


CT以外の男性歌手は、テノールのベーレとバスのティットートだ。
ベーレはメルキュリオ(マーキュリー)、ちょっと優しい雰囲気の彼は残念なことに殆ど印象
に残っていない。バロック・オペラではテノールが活躍する場面が少ないし、ほとんど脇役
だったからだ。
ティットートはサチュルノ役で、これもバロックオペラではありがちなのだが、笑えてしまう
ほど低音がよく響く。大体、バスはコミカルもしくは好色爺みたいな役どころであるが、
サチュルノという役柄に似合うキャラと深い声とで、全体を引き締めていた。


さて、今回の歌手の中では、1人減って二人になってしまったが、CTに注目していた。

まずは、中堅と言ってもいいカルロス・メナ。
彼が参加したCDはいくつか持っているのだが、どうもいまひとつ個性が足りないような印象
を持っていたのだが、実際に聴く彼の声は外見よりもずっと若々しく、特に高音が澄んで美
しい。
12月に、彼が『リナルド』のタイトルロールを歌う公演を聴きに行くはずだったのだが、
その時はイエスティン君熱に浮かされていたため他のCTに目が向かなくなり、行くのを止め
てしまった。
それを後悔するほど、メナの歌唱はなんとも素敵で味わいがあるのだった。見直してしまった。

今回一番の目玉は、何と言ってもフランコ・ファジョーリだ。現在の若手CTの中でも群を抜い
て実力および個性が際立っている、CTファンの間では話題の歌手である。
彼の生の声を聴くのは3回目で、大体1年に一度の割合なのだが、その歌唱の進歩には今回も
驚かされた。別名「男バルトリ」と呼ばれるのに恥じない、イタリア人らしい濃い色合いの
深みのある声を持ち、歌唱はあくまで滑らかなベルカントで、得意な高音域をより際立たせる
ような装飾をふんだんに盛ったコロラチューラを聴かせるのである。
今までのカウンターテナーとは全く異なるタイプで、他に比べる人が見つからない。古今東西
見渡しても唯一のユニークな存在である。似ている歌手を探すならば、多分18世紀のカスト
ラートがこういう歌唱をしたのではないか、と思わせるようなスケールの大きな歌手なのだ。

彼をご存じない方のために、動画を貼る。


     昨年11月のパリでのリサイタルでグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』から
    「エウリディーチェを失って」を、独特の装飾を加えて歌うフランコ・ファジョーリ。


彼が歌うアリアは、カルダーラが彼のために(実際には当時の花形カストラート、カレスティ
ーニのために)作ったとしか思えず、ファジョーリは易々と超絶技巧を炸裂させて歌い上げる
のだった。
現在まだ30歳そこそこなのに、比較を絶する唯一無二のCTとしての自信が、歌唱と表情とに
あふれて、聴く方は胸がすく。1年ぶりに接する彼のルックスは、またまた精悍さを増した。
その日のスターは何と言ってもファジョーリなのだった。
CTファンもそうでない人も、同時代を生きしかも日々進化を止めない彼からは、目を離すべき
ではない。神話がそろそろ完成するだろう。


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                  終演後、楽屋口でツーショット。
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by didoregina | 2014-01-23 23:45 | オペラ コンサート形式 | Comments(8)

ヘンデルの『アレッサンドロ』@コンセルトヘボウ

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Händel - Alessandro
2013年9月21日@コンセルトヘボウ

Armonia Atenea
George Petrou (dirigent)
Max Emanuel Cencic (countertenor (Alessandro))
Julia Lezhneva (sopraan (Rossane))
Laura Aikin (sopraan (Lisaura))
Xavier Sabata (countertenor (Tassile))
Pavel Kudinov (bas (Clito))
Juan Sancho (tenor (Leonato))
Vasily Khoroshev (countertenor (Cleone))


この日のコンサートはオランダ・ラジオ4からライブ放送された。以下のリンクから、コンサート前(!)
の指揮者ペトロウのインタビュー、別のCDのディドナートによるリザウラのアリア、音楽評論家に
よる解説などの後、30分あたりからオペラ・コンサート全編を聴くことができる。
http://ntrzaterdagmatinee.radio4.nl/uitzending/201268/21-09-2013.html

新録音のこのCDは、昨冬に発売され、今年、アテネ、フランクフルト、ヴェルサイユ各地で舞台
形式で上演され、その後、アムステルダム、ウィーンなどでコンサート形式で公演が行われている。
CD録音メンバーと今回の出演歌手は、2役を除いて同じである。(CDではリザウラ役はカリーナ・
ゴーヴァン、クリト役はインスン・シム)

出演歌手では、マックス・エマヌエル・チェンチッチとシャヴィエ・サバタのCT両雄に加えて、新星
メゾ・ソプラノのユリア・レジネヴァに大きな期待を向けていた。
今年初めに買ったCDは私にしては聴きこんだ方だし、コンサート前日にはヴェルサイユ宮殿劇場
での舞台動画も見て泥縄式学習も行った。また、当日は、主役アレッサンドロ役のチェンチッチの
誕生日であることは、ファンには周知の事実であり、期待はいやがうえにも高まったのだった。

ただし、私の座席の位置は酷かった。サブスクリプションや土曜マチネ・チクルス発売はかなり前
から始まっていたので、一般チケットばら売り発売日には、全くろくな席が残っていなかったのだ。
3列目の右寄り座席4で、音響的には非常に不利であることは、最初から予測済みである。
コンセルトヘボウの舞台は異常に高く、しかも客席に張り出してるので、前5列までは下から見上げる
ことになり、音は頭上を通り過ぎていくのだ。7から9列目くらいが、視覚的にもかぶりつきに近くて
好きな位置なのだが。。。。

そして、今回の座席は視覚的にも隔靴掻痒であった。
主役級の3人(アレッサンドロ、ロッサーネ、リゾウラ)はほとんどいつも下手側に立って歌うので、
指揮者に隠れて姿が見えない。いきおい、左斜め上に首を曲げた姿勢で鑑賞せざるを得なくなり、
体が疲れる。
チェンチッチは、たまに上手側から登場することもあり、楽屋ドアから出てきて目の前の階段を駆け
上るので、ステージ衣装やヘアスタイルのディテールをガン見することはできた。
そしてまた、男性歌手3人はいつでもこちら側から登場して上手位置に立つので、サバタはよく観察
できた。

器楽演奏は、ピリオド楽器を用いた(とCDジャケットにわざわざ明記するのも今時珍しい)ギリシャの
古楽アンサンブルであるアルモニア・アテネで、指揮はCD同様ジョージ・ペトロウ。
CDと(そしてまたラジオ放送とも)大きく印象が異なるのは、その古楽アンサンブルの演奏であった。
CDのクレジットを見ると第一および第二ヴァイオリンは6人ずつで、ヴィオラは3人、チェロ4人、
コントラバス2人、チェンバロ2台、テオルボ、それにリコーダー2名、オーボエ2名、バスーン1名、
ホルン2名、トランペット2名、ティンパニ1名となっている。

しかし、今回のコンサートでは高音弦楽器の人数が大幅に削られているように思われた。(私の座席
側からだと人数がはっきりわからないが、半分くらいの印象)
上手側には(通奏)低音弦楽器奏者が座り、中央に置かれたチェンバロも含めて、通奏の音は
ビンビンとよく響いてくるのだが、ヴァイオリンの音が薄っすらとしか聞こえない。
座席の位置のせいもあろうが、弦楽器の人数不足のためか控えめすぎる演奏のせいか、オケ全体が
貧血気味みたいでエネルギーに非常に乏しい印象だ。元気もないし、自信もないような演奏だ。

古楽が盛んなオランダやベルギーでは、コンセルトヘボウをはじめとして各地のコンサートホール、
そして教会で、錚々たる演奏家による様々な古楽オケの演奏会がしょっちゅうあり、生演奏を聴く
機会が多い聴衆の耳は肥えている。
はっきり言ってしまうが、ギリシャは音楽後進国であることが、今回これほどあからさまに露呈される
とは思わなかった。古楽の演奏レベルとしては、アングロサクソン系のドライブ感や個性に乏しい、
ぬるま湯のようにまったりしているような古楽オケよりももっと初心者的な感じ。コンセルトヘボウの
舞台で演奏する水準とは思えない、というのが正直なところだ。
歌手のレヴェルとの落差が激しく、指揮者もリードが下手だし(出だしを間違えたり)、歌唱が盛り上
がって、アクロバティックなアジリタを滑らかに歌う歌手にオケが付いていけてないということもあった。
『アレッサンドロ』は古代ギリシャの大王とはいえ、なぜ、ギリシャの古楽オケがCD録音や演奏ツアー
に参加しているのか、大きな疑問であった。しかし、このレビューを書くためにCDジャケット裏をふと
見ると、名を連ねるスポンサーの欄に、オナシス基金というのを見つけた。「2011年から2013年の
オーケストラの大スポンサー」と明記されている。なるほど!

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         『アレッサンドロ』でコンセルトヘボウ・デビューのユリアちゃんの独擅場


しょぼいオケに対して、歌手は皆堂々としたもので、安定した歌唱を披露して、コンサート全体の
レヴェルをぐんと引き上げてくれた。
女性陣二人は、ヘンデルの時代の大歌手ファウスティーナ・ボルドーニ(ロッサーネ役)と
フランチェスカ・クッツォーニ(リザウラ)もかくや、と思わせる実力。もともと、この二人(特にロッ
サーネ)のアリアには、拍手喝采や大向こう受けを狙ったテクニックを見せつけることができる
美しい曲が多く、得な役回りではある。

特に、今回がコンセルトヘボウ・デビューになるユリアちゃんの歌唱は、いかにも清々しく気持ちよく、
安定したテクニックと声量も十分あり、聴衆は皆安心して身を任せることができる快感に浸った。
休憩前の第一部では、ロシアっぽい花の刺繍のある可愛いドレスで、(Mevさん目撃談によれば)
日によく焼けたデコルテの背中を見せて、若々しさ初々しさとキュートさをアピール。後半の衣装は
オペラ・ピンク。
年齢やルックスに似合わないほど落ち着きすら感じさせる歌唱とテクニックには誰がも唖然とするの
だった。アジリタはまるでコマドリかナイチンゲールのような滑らかさで、心地よい。
この日、一番拍手やブラーヴァの掛け声を受けたのは彼女だ。

CDでのリザウラ役はゴーヴァンで、彼女は来月からのDNOオペラ『アルミーデ』主演なので、アムスに
滞在しているはずだから、もしかして1日だけコンサートに出演しないかな、と淡い期待を抱いていた。
もしくは、舞台公演で同役だったアドリアーナ・クチェロヴァちゃん登場だったら可愛い子ちゃんコンビ
が実現したのだが、ローラ・エイキンもさすがの貫録と歌唱で文句のつけようがない。エイキンの方が
ちょっと年増っぽいから役に無理がないし、ユリアちゃんの可憐さが際立った。

二人のCTは、外見も声質上も対照的でよい組み合わせだ。
チェンチッチは、小柄でまろやかな少し暗めの声の持ち主である。声量はあまりない方だが、
スターとしての存在感と、感情を込めたしみじみした歌唱で座長らしい貫録を感じさせる。
最初は抑え気味な歌唱でパワー温存、コンサート進行とともに少しずつパワーアップしていき、
ここぞという場面では聴かせクライマックスに持っていくというコントロールの仕方と、実力を
心得たテクニックである。もちろん全部暗譜で、芝居も交えて歌う。
益荒男ではなく優男という設定のアレッサンドロに、チェンチッチのキャラクターは抜群にマッチ。
お洒落な彼は、スリム・フィットのスモーキングにブラック・タイ、エナメルの靴。ソックスは赤!

それに対するサバタは、最近シェイプアップしてスリムになったがいかつい外見の大男なので
ルックスに似つかない優しい声に聴衆はどよめいた。声量はしっかりあって明るく伸びも響きもいい
声の持ち主だ。特に生で聴くと、その実力に唸らされる。(譜面台をチラ見しながら歌っていたが。)
いかにもインドの王様らしい、ちょっとコミカルな役どころが似合う。
舞台衣装は、シングル・ブレストの黒のスーツにシルバーのシャツとタイで、他の男性歌手とは異なり
個性的なのが彼らしい。

この二人のCTがまた共演する『タメルラーノ』の録音はこの夏終了した。来年から各地でコンサート
が行われるので、非常に楽しみにしている。


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               鯖田さんのために作った帽子をプレゼント。

若さと清々しさ溢れる『アレッサンドロ』コンサート終了後には、パルナッソス・プロダクション恒例の
サイン会があった。
鯖田さんは先月、チッチは当日がバースデイだったので、プレゼントを持参してサイン会に臨んだ。

まず、ユリアちゃんに素晴らしい歌唱へのお礼。舞台を下りて真近で見る彼女は、あどけない笑顔で
本当にちっちゃくて、話しかけながら先ほどの歌唱を思い出して涙が出そうになった。

コンセルトヘボウでのマチネ・コンサートの後は、ロッテルダムに移動して夜はサラ・コノリーの
リサイタルに行くため電車の移動が長い日だし、プレゼントその他の持ち物も多かったので、着物は
無理だった。ドイツからの追っかけ友達と3人で写真を撮りあったりしてサイン会終了片付けの最後
まで粘った。私のカメラは壊れてしまったので写真はないが、特に鯖田さんには、手作りプレゼントを
とても喜んでもらえ、楽しかった。
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by didoregina | 2013-09-29 13:50 | オペラ コンサート形式 | Comments(4)

『さまよえるオランダ人』ライブ音楽演奏と映像映写

ヤニク・ネゼ=セガン指揮ロッテルダム・フィルハーモニック・オーケストラによるコンサート
形式のワーグナー『さまよえるオランダ人』を鑑賞した。

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Wagner - Der fliegende Holländer

Rotterdams Philharmonisch Orkest
o.l.v. Yannick Nézet-Séguin
Franz-Josef Selig Daland
Emma Vetter Senta
Frank van Aken Erik
Agnes Zwierko Mary
Torsten Hofmann Steuermann
Evgeny Nikitin Holländer
Koor van De Nederlandse Opera
Shaun Gladwell video art

2013年9月15日@De Doelen




毎年9月にロッテルダムで開催される「ゲルギエフ・ファスティヴァル」との共同制作であること、
ヤニクがヨーロッパで初めてワーグナーのオペラ全曲版を指揮すること(出身地であるモントリ
オールでは、8月11日に『ローエングリン』でワグナー・オペラ・デビューを果たした)、RPhOは
ロッテルダムに引き続き、パリとドルトムントでも『オランダ人』演奏するなどの理由もあり、
本拠地ロッテルダムのフランチャイズ・ホールのデ・ドゥルンでは、今シーズンかなり力を入れて
いた演目のようである。
アムステルダムからネーデルランド・オペラ合唱団を呼んで(現在、DNOでは『ジークフリート』
上演中なので合唱団は暇らしい)、ソリストには、オランダ人にエフゲニー・ニキーチン、エリックに
フランク・ファン・アーケン(自国オランダでワグナー・オペラを歌うのは初めて)と歌手キャストにも
力が入っている。
そして、コンサート形式であるが、舞台後方上部のコーラス席前に映画館並のサイズのスクリーン
が設置され、そこにヴィデオ・アートが映写されたのだった。

ヴィデオ・アートが映写されることを知った当初は、なんだか得したような気分というか、訳もなく
期待が高まった。

演奏の始まる前に、当のヴィデオ・アーティスト、ショーン・グラッドウェルが舞台に上がった。
そして、なんとも不可思議な「お詫び」とも「弁解」とも取れるような説明を始めた。

自分はサーファーであり、かつ尊敬するワーグナーの海を舞台にしたこのオペラは大好きな
作品なので、今回、ヴィデオ・アート作成の依頼を受けここに上映の機会を与えられたことは、
うれしく光栄であると同時に畏敬の念も抱いた。
上映されるヴィデオは、サーファーの目から見た海の心象風景で抽象的・象徴的なイメージを
重視した内容であり、劇の進行とは必ずしも一致しないので、スクリーンの下部にはオランダ語
字幕が映ると思うが、ヴィデオより実際の舞台上の歌手の方に注目してもらいたい。そちらで
歌われる内容と演奏とが、オペラのメインであるので。

というようなお言葉であった。
どういう意図を持って、ヴィデオ・アーティスト自身が、プレミエ上演前にこういう発言をするのか。
聴衆は狐につままれたような気分になったと思う。
そして、実際に演奏が始まると、もやもやした割り切れないような気分が落胆に変化した。

わたしの座ったバルコン正面の丁度目の高さ、舞台背景一面がスクリーンに覆われている。
字幕の位置は、オペラ舞台のようにかなり上にあるのではなく、丁度映画の字幕のようにスク
リーンの下のほうである。だから、字幕を見ようとすると、スクリーン上の映像はいやでも目に
入る。

実際の生演奏と映像とは、ギャップがありすぎた。

このヴィデオ・アートは、映画のようでもありアンビエント映像のようでもあり、中途半場なイメージ
に留まってはいたが、一応オペラ内容とパラレルになった配役とストーリーがあるようだった。
しかし、サーファーの目から見た海がほとんどの映像は、非常に抽象的で、ゆったりしすぎた展開が
まるでニュー・エイジ的というか妙な催眠効果があるのだった。
波の揺れや、海中に立ったり砂浜で遊ぶ人物たちの動きはゆったりと緩慢で、演奏される音楽とは
全くシンクロしていない。
それどころか、音楽は荒々しい海のイメージを掻き立てるのに映像はのんびりとして、海をぼう~と
眺めていたり、砂浜で追っかけっこや竹馬に乗ったり、髭をそったり、火を焚いたりで、ほとんど
意味不明である。
少数ながら、その心象風景の意味するところや象徴的メッセージをくみ取れた人もいたようだが。
壮大な19世紀的ロマン溢れるワーグナーのオペラに、かなり現代的かつスタイリッシュなのだが
妙にしんとして音のない世界のようなモノクロの映像イメージとは全くそぐわなかった。

ヴィデオ・アートというのは、現代アートの様々なジャンルの中でも、評価するのが難しい部類に
属すると思う。
ヴィデオ・アート黎明期であった80年代初頭に、ベルリンでヴィデオ・アート展覧会みたいなのを
体験したが、その件をオランダの大学の美術史の先生に話すと、頭を振って「ベルリンまで行って
そんなものを見たのか」と呆れられたことを思い出す。当時はまだまだマイナーなアートであり、
伝統的美術史の世界では正当な評価は得られていなかった。
日本での方が、ナム・ジュン・パイクとかのヴィデオ・アーティストがすでに70年代終わり頃には
名前も売れていたし、現代アートとしてある程度のファン層があったのではなかろうか。
現在ではどうかというと、う~ん、どうなんだろう、としか言えないようなニッチ存在なのではないか。
だから、その他の芸術部門とのコラボでなんとか飯を食ってくしかないのだろうか、とも勘ぐる。

今までにも、オーケストラのコンサートのバックにヴィデオが映写されたのを見たことは何回か
ある。それは、ベルリオーズの『幻想交響曲』やラフマニノフの『死の島』やムソルグスキーの
『展覧会の絵』、ラヴェルの『子供と魔法』などで、まあ、ヴィデオとのコラボにもさほど違和感を
覚えない類の音楽であった。
また、それらの場合、音楽の喚起するイメージを増幅する手段として映像が使うという目的が
はっきりしていて、ヴィデオ・アートとしての完成度は低いが、その分独自性・メッセージ性が少なく
あるいはかなり控えめであったので、音楽の邪魔にはならなかった。

昨今、オペラ演出の一部に映像を用いるのは、さほど珍しいことではない。
もしくは、現代新作オペラの場合、ミシェル・ファン・デル・アーの一連の作品のようにヴィデオ・
アートと一体化している例もある。先月鑑賞した『リリス』など好例で、しかもヴィデオ上の演技と
生演奏の音楽が上手く融合していて、あっと驚いた。

これらの場合、ヴィデオは、演出もしくは作品の一部であるから、生で演奏される音楽と乖離して
いないし、邪魔もしない。上手くシンクロしているのはもちろんのことである。

すでに作ってある映像と生演奏とをシンクロさせる場合、テクニカル上の問題が大きいだろう。
録音した音楽なら、細かく速度を計ったりして映像のタイミングを合わせることはできるが、生の
場合、しかもワーグナーのオペラ一作全部のタイミングが、映像にぴったり合うように演奏できる
わけがない。もし映像の方にオケの演奏を合わせたりしたら、それでは無声映画の伴奏みたいに
なってしまって本末転倒である。
かように、オーケストラ音楽、しかも具体的ストーリー進行のあるオペラと、映像映写とは、
かなり相性の悪い相手同士とは言える。

それでも、あえて、ロッテルダム・フィルは、ヴィデオ・アーティストに作品を依頼した。
ある意味、快挙というか文化的英断というか、無謀というべきか。
鑑賞直後はブーとしか思えなかったのだが、ヴィデオ・アートとオペラ演奏とのコラボというものに
関して考えさせるところが多々あることに気づいた。じわじわと効いてきたというのが、意外である。
だからこそ、今回挑戦したヴィデオ・アーティストには、事前にお断りする逃げの姿勢など取らずに、
堂々たる態度でコンセプトを説明してもらいたかった。よっぽど、自信がなかったのか。自らの作品を
卑下してるような態度が男らしくなく、それが非常に残念である。
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by didoregina | 2013-09-19 10:40 | オペラ コンサート形式 | Comments(10)


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別名: didoregina
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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