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カテゴリ:カウンターテナー( 13 )

イエスティン・デイヴィスのマスタークラス@RAM

今年2月の日本コンサート・ツアーには、イエスティン・デイヴィスのマスタークラスも
組み込まれていて、その時日本に行けなかった私は地団太踏んだものだった。
だが、その半年後にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックで、彼のマス
タークラスが行われた。RAMは彼の母校であり、後輩への指導ということになる。
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Vocal Masterclass with Iestyn Davies @ Royal Academy of Music
2016年11月8日

その日選ばれて歌った学生は計5人。カウンターテナー4人にソプラノ1人だ。
これだけ多くの若いCTを聴き比べることができる機会は稀だが、外部からの聴衆は少な
かったので、どんな様子だったのか私の感想も交えたレポをアップする。
一人当たりの時間は約30分。

6.30pm
Handel Agitato da fiere tempeste (Riccardo Primo)
Monteverdi E pur io torno (L’incoronazione di Poppea)

Edward Edgcumbe countertenor
Keval Shah piano

私の感想:彼が登場した時思わず「お、これは」と声を漏らしたほど、上背がありルッ
クスもなかなかよく、期待を抱かせた。しかし、一昔以上前の英国系CTにありがちな
聖歌隊系の弱々しい声で魅力に欠け、何より、歌唱が平板でずっと同じなので聴いていて
つまらない。音程は悪くないし、声も良く出てはいるのだが、それ止まり。

イエスティン先生の指導:舌の位置を奥に引っ込める傾向があるため、喉から口蓋への
息の通り道が狭まり、すなわち声が十分に出せない。息=歌声なのだ。だから、舌は歯
に意識してくっつけるつもりで喉からの声の通りをよくするという基本的な練習。
ヘンデルの『リッカルド・プリモ』からのアリアでは、速いパッセージの音の流れを細か
く区切って、例えば4音の連なりならアクセントの置く場所を違えて4パターンや、2音
ずつのポルタメントにしたり、様々なヴァリエーションでスムーズに歌えるように練習。
モンテヴェルディの『ポッペア』からオットーネのアリアでは、もう少しオペラの内容に
踏み込む指導。オットーネがどういう心情で歌う場面なのか自分で確固たる想定をするこ
と。初期オペラなので決まりごとに囚われず自由に、そしてイタリア・オペラのその後、
ロッシーニまで連綿と続く伝統を予期させるような華やかさを出したり、タメを利かせた
り、ベルカントも意識して。

7.00pm
Purcell (arr. Britten) If Music be the Food of Love – third version

Hamish McLaren countertenor
Katie Wong piano

私の感想:ずんぐりむっくりの体型とは裏腹に澄んだ声で、やはり聖歌隊系ではあるが、
声の通りもよく、パーセルの時代っぽい英語の発音も合っている。いかにもイギリス人
らしい選曲。

イエスティン先生の指導:ミュージックという単語の発音は「ミュー」にアクセントが
あるはずだから、「ジック」の部分に力を入れすぎず、もっと優しくそっと寄り添う
ように発音すること。言葉の意味をよく捉えて、それを聴衆にどう伝えたいのか、どう
いう風に歌えば自分の伝えたいことが伝わるのか、よく考えて発音し、歌のフレージング
作るをすること。
ブリテンのアレンジ第三ヴァージョンではコード低いから、高音が美しい君の声のよさが
生かせないから、別のキーので歌う方がいいかも。
また、とにかく様々な歌手の色々な録音を聴いて片っ端から真似してみること。遺伝子で
その人の個性は決まっているから、真似しても自分の個性は生き残る。好きな歌手でなく
ても、好みでない歌い方でも、真似してみることで新たな発見や見えてくることがあるは
ずだし、表現の幅が広がるから。それらを沢山自分の引き出しに入れることが大切。
毎晩歌ってるレパでも、急に舞台でこういう表現したい、と思った時に引き出せる。

7.30pm
Britten I know a bank (A Midsummer Night’s Dream)
Handel Sì spietata, il tuo rigore (Giulio Cesare)

Matthew Paine countertenor
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:大柄でふてぶてしいようなルックスだが、声はイエスティンに似て、伸びも
よく、オベロンらしい堂々たる役作りの歌唱。丁寧な発音で説得力十分。

イエスティン先生の指導:この役を舞台で歌ったことがあるんだね。じゃあ、出だしの
「ウェルカム・ワンダラー」の状況説明とオベロンの性格分析してみて。なるほど、ティ
タニアに対しては恐妻家なのに、パックにはボス的で上から押し付けるタイプだというな
ら、出だしの歌詞の発音にもそれを込めて歌って、オベロンの性格の役作りを。
「アイ・ノウ・ザ・バンク」という歌詞からも、聴衆がその景色が手に取るようにわかる
ような歌い方を考えて。
どこに的を絞って聴かせたいのか、どこに山を持っていくのか、最終着地地点はどこなの
か、どう声を飛ばしたいのか、自分でイメージして歌うこと。

私の感想:フレーズの色付けと歌詞の意味を表現して役作りという指導ののち、発音が
より明瞭になり語りかけるように歌う歌詞の意味内容も聴衆に迫ってくるようになった。
先生自らピアノ伴奏しながらの熱血指導のため、ヘンデルのアリアまで歌う時間は取れ
なかった。

(Short break)
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8.15pm
Britten How beautiful it is (The Turn of the Screw)
Handel Oh! Had I Jubal’s lyre (Joshua)

Ella Taylor soprano
Yulia Mamet’eva piano

私の感想:見かけ同様なかなかに骨太かつまろやかな声と歌唱で、歌いこみ、役柄にも
相当入り込んでいる。
(「ネジの回転」からのアリアのみでヘンデルの歌まで歌う時間はなかった)

イエスティン先生の指導:この物語背景と役柄の性格分析してみて。なるほど、子供たちを
守るということが第一の義務と考えている主人公なら、出だしももっと優しく語りかける
ように、子供たちへの慈しみの感情が顕わになるように歌わないと。威厳ありすぎ。
(この役を先生はもちろん歌ったことがないから、ずっと楽譜を手に持って読みながら)
このフレーズを朗読してみて。読んだりしゃべったりするととそういう発音なのに、歌うと
アクセントも変わってきてるよ。そこのAの発音が強すぎて違和感がある?それじゃあ、違う
母音で歌ってみて。しっくりくるまで。じゃあ、次のフレーズまた朗読してみて、その通りに
歌って。ブリテンの作曲書法だと、その時代の音楽らしく音が飛ぶけど、なるべく滑らかな
レガートで歌えば、言葉との音楽の乖離が少なくなる。フレーズも大きく弧を描くように、
途切れさせずに。

8.45pm
Handel Mi lusinga il dolce affetto (Alcina)

Patrick Terry countertenor
Marina de Lucas Garcia piano

私の感想:コンクールと同じく、後に出てくる人ほど上手くなってる。今回のCTの中では
一番気に入った。繊細な声のコントロールもヨーロッパ的な色彩感あふれる歌唱も他の
学生とは一線を画している。特に弱音から始まるメッサ・デ・ヴォーチェ風フレージング
のテクニック(でも弱音には戻らない)と澄んだ高音の美しさ!彼以外は皆話すアクセント
がイギリス人そのものだが、彼だけ違う。ヨーロッパからの留学生か?
(学内ですでに「アルチーナ」のルッジェーロ役デビューしているアメリカ人と後に判明)

イエスティン先生の指導:スローなアリアだから、大きなフレージングの作り方が重要。
細かく切らずに、クレシェンドやルバートなど入れつつ、山場を作って盛り上げる。
歌い出す前に吸う息や息継ぎの呼吸も止めないこと。吸ったまま吐く息と同時に歌おうと
すると出だしの声が上手く出ない。
君の音域は高いからレパートリーは今ではメゾソプラノが歌う、作曲された当時はカスト
ラートのための役が主のようだが、今後のキャリアを考える場合、それだけだと少々危険
というか不利。ルッジェーロ役にCTが選ばれることは現在極めて稀であり、劇場・指揮者・
演出家は、カストラートが歌った役にはメゾを起用することが多く、その傾向は今後20年
は変わらないのではないかと思われる。だから、メゾと役を張り合うよりは、メサイア、
受難曲のアルト・パートをレパに入れておくべき。この世からクリスマスやイースターが
なくならない限り、各地でコンスタントにコンサートがあるからアルトの需要は続く。
そういう手堅いレパがないとCTとして食べていくのは難しいのではないか。

私の感想:確かに将来のキャリアを考えた場合、適切なアドヴァイスと言えるが、状況は
少々変わってきているのではないか。特にヨーロッパでは。フィリップ・ジャルスキーは
去年も来年もルッジェーロ役歌うし。(これは終了後にイエスティン先生にも申し上げた)

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という具合に、非常に内容の濃い、興味深いマスタークラスであった。
日本でのマスタークラスでは通訳が付いたのだが、それだと進行が途切れてしまって指導も
しにくかったのではと心配になるほど、今回のイエスティン先生はべらべらと喋り捲り、
ピアノを弾きながらの熱心な指導であった。
(その感想に対して先生は、「日本の場合、通訳は聴衆のために付けたんだけどね。」との
こと。料金取ってる公開リハだったので、なるほどね。今回は、聴講無料。)
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by didoregina | 2016-11-13 21:39 | カウンターテナー | Comments(6)

ヴィヴァルディ『ウティカのカトーネ』@ケルン

『ウティカのカトーネ』といえば、昨年夏ヴェルサイユ他の劇場でのCTが多数出演し、
男声のみで上演されたヴィンチ作曲版が話題になった。
半年後の今年2月にはヴィヴァルディ作曲版がコンセルトヘボウでもコンサート形式で
演奏され、こちらは女声がメインであった。
どちらも、残念ながらよんどころない用事と重なり見逃したのだった。(ラジオでは
聴いた。)
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ケルンでもヴィヴァルディ版コンサートがあることを知ったのは、8月である。
9月初めの遠征がやたらと続いた時期であるが、前日になって行くことに決め、行くのを
諦めざるをえなくなった友人からまたもや最前列中央の席を譲ってもらえた。
直前に決めたのは、金曜日と日曜日にあるケルン公演のチケット売れ行きが見るも
無残な有様で、これはバロック・オペラ・ファンとしては行かないと女が廃る!と発奮
したからだ。客席に穴をあけてはいけない、アーチストを応援しなければ、と。

Catone in Utica  2016年9月9日@Oper Köln Im Staatenhaus

MUSIKALISCHE LEITUNG: GIANLUCA CAPUANO

CESARE: KANGMIN JUSTIN KIM
CATONE: RICHARD CROFT
EMILIA: VIVICA GENAUX
ARBACE: CLAUDIA ROHRBACH
FULVIO: MARGARITA GRITSKOVA
MARZIA: ADRIANA BASTIDAS GAMBOA

ORCHESTER: CONCERTO KÖLN

目あては、ジュノー、キム、そしてコンチェルト・ケルンという順番だった。

ケルン歌劇場は、数年かかっている改修工事完了の見通しがまだ立たないままで、
今回の会場は、ライン川を挟んで大聖堂の反対側、見本市会場の近く(見本市会場の
一部かもしれない)Staatenhausという建物だった。駅裏のテントよりはまだ少しまし
と言う程度のいかにも仮設という感じで、ここはとにかく前々日の冷房の効きすぎた
ケルン・フィルハーモニーとは正反対で、冷房設備などないから暑いことこの上ない。
(その日も30度近くあったのだ。)

ステージらしきステージはなくて、雛壇上に幅の広い客席が造られているだけである。

コンチェルト・ケルンの演奏はいつも手堅くどのパートも万遍なく上手い。そして弦に
エッジが利いてきびきびして、いかにもヴィヴァルディらしい情熱がほとばしる感じが
好みである。だれるということがない。所謂濃い演奏なのだが、びしりとしまりがある。

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歌手では期待通りのジュノーが、とにかく機関銃のようなアジリタをビシバシと決めて、
小気味よいことこの上ない。彼女の少しだけ暗めの個性的な声がヴィヴァルディ独特の
ケレンミにぴったり合う。彼女の声と歌唱ほど、録音と生では印象が異なるのも珍しい。
余裕で自慢の喉を披露するという按配で、コンサート形式のバロックオペラ実演の醍醐
味と楽しさが溢れるのであった。

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もう一人のカンミン・ジャスティン・キム君には、期待以上の何かを持って臨んだ。
すなわち、キムチリアというあだ名の通り、バルトリの物まねで有名な彼だから
ちょっとキワモノ的なイメージがどうしてもあるから、偏見なしで聴くことが難しい。
ところが、最前列正面に座った私に自信たっぷりな視線を合わせて、反応を楽しみな
がら歌う彼には最初から度肝を抜かれた。
高音が無理なく美しく発声できるのはもちろん、低音にもなかなか魅力があり、声区の
移動も跳躍もスムーズである。派手なテクニックの披露も楽々とこなし、彼の歌唱を
例えるなら、男子新体操の筋肉質でかつ美しい動きを見るような快感があった。
キワモノ的イメージを自ら作り上げて名前を売る作戦も悪くない。実演を聴いて、その
実力に気持ちよくノックアウトされるという楽しみを作ってくれた彼に感謝している。

その他の歌手も皆実力あるソリストで、このヴィヴァルディ公演は大成功。堪能できた。
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by didoregina | 2016-09-25 21:15 | カウンターテナー | Comments(0)

『インドの女王』クレンツィス指揮ムジカエテルナ@ケルン

実は怒涛のロンドン遠征前日に、ルール・トリエンナーレのDie Fremdenを鑑賞して
いる。昨年からトリエンナーレの芸術監督になっているヨハン・シモンズの脚本・演出
作品である。マールという町の元炭鉱の石炭加工工場が会場で、なかなか面白い体験が
できたのだが、その感想は滞っているCT関連記事全てを書き終わってからにしたい。
ロンドン2日間遠征(ロッシーニの『セラミラーデ』とイエスティン君コンサート)の
翌日、ケルンのフィルハーモニーに『インドの女王』を聴きに行った。

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2016年9月7日@Kölner Philharmonie

Johanna Winkel Sopran (Doña Isabel)
Paula Murrihy Sopran (Teculihuatzin)
Ray Chenez Countertenor (Hunahpú)
Jarrett Ott Tenor (Don Pedro de Alvarado)
Thomas Cooley Tenor (Don Pedrarias Dávila)
Christophe Dumaux Countertenor (Ixbalanqué)
Willard White Bariton (Sacerdote Maya)
Maritxell Carrero Schauspielerin
MusicAeterna Choir
MusicAeterna Orchestra
Teodor Currentzis Dirigent

Henry Purcell
The Indian Queen Z 630 (1695)
Semi-Opera in einem Prolog und fünf Akten. Akt 5 (Masque) von Daniel Purcell.
Libretto von John Dryden und Robert Howard
In einer neuen Fassung von Peter Sellars mit vertonten Texten von John Dryden,
Katherine Philips, George Herbert u.a. und Sprechtexten von Rosario Aguilar

パーセルのセミオペラにオリジナルの台詞を加えてピーター・セラーズが翻案・演出した
舞台は、マドリッドで数年前に初演された時ストリーミングを鑑賞した。
インドとは新大陸アメリカのことであり、スペインによって征服された「インド」の女王
の一代記が台詞で語られる。スペイン訛りの英語の語りが最初から最後までメインで
それに音楽が付随しているという感じで、セミオペラの伝統に倣ってか歌はもうほとんど
添物程度であるのと、台詞・オーケストラによる音楽・歌・踊りのような演技のそれぞれが
有機的に結合しているとは言いがたく、パーセル・ファンとしてはストリーミングを見て
かなり不満が残った。

それをまた、なんでケルンまで聴きに行ったのはなぜかというと、クリストフ・デュモーが
出演することと、フィルハーモニーが会場だからあの妙な演技や踊りはないだろうから、
クレさん指揮のムジカエテルナによる音楽が楽しめるだろうという理由である。

しかし、やはり、あのセリフはうざかった。マイクロフォンを通してずっと生で語られる
ため、音楽の流れがぶちぶちとちぎれてしまい、台詞の存在価値が全く見受けられない。
ムジカエテルナにしか出せない、あの極上ピアニッシモにため息をつき、古楽オケにして
は人数編成がやたらと多いのに、クレさん指揮でびしっと統制が取れて、強弱の幅が極端に
広い独特の音楽世界にもっともっと浸りたかった。
オーケストラによる音楽は甘美で、典雅で、クレさんとムジカエテルナの白眉と言える。

クレさんの好みであろう配置でソロ歌手は主にオケの後ろに立って歌う。時たま前面に出て
歌うこともあったが、数えるほどである。
そして、デュモー選手のソロ部分がとにかく少なすぎたのにがっかり。CTパートはもう一人
のCTレイ君が歌う部分が多く、それがまた難がありすぎて隔靴掻痒。

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この晩のハイライトは、デュモー選手の歌ったMusic for a whileである。
最前列中央に座った私の目の前で、選手が奇妙な踊りをしながら、しかし力強く芯がしっか
りした発声と、びしっと締まってよく通る声で歌われると、歓喜の頂点に達する。
この歌にはもともと思い入れがあるのだが、彼の男性的な歌唱によるドロップ、ドロップ、
ドロップで涙がこぼれそうになるのだった。これが、そして選手の声で聴きたかったのだ。

その日は9月だというのに猛暑で30度近くなり、そのためか会場は冷房が効きすぎ、寒くて
寒くていたたまれなくなり、頭の中ではずっと、コールド・ソングが鳴り響いていた。
冷房装置でそういう効果を出すとは意外である。脳内だけでなく、デュモー選手が実際に
歌ってくれたらよかったのに、と不満が残った。

しかし、終演後の出待ちで選手に会え、知りたかったことを質問して、それに選手は全部
答えてくれるというメイン・イヴェントがあった。ケルンまで行った甲斐があるというもの
である。
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by didoregina | 2016-09-23 23:13 | カウンターテナー | Comments(6)

ユトレヒト古楽祭での目玉CTと初登場CT

毎年8月下旬から9月初旬にかけての10日間に渡ってユトレヒト市中の教会やコンサート・
ホールで繰り広げられる古楽祭の2016年のテーマはズバリ、ヴェネツィアだった。
(余談だが数年前のローマに続き、3年後のテーマはナポリであるから、今から期待大!)

連日朝から真夜中過ぎまで行われる、全部で100以上のコンサートの中から今年私が選んだ
のは、フィリップ・ジャルスキーのコンサート、ステファン・テミングのリコーダー・コン
サート、そしてラルペジャータのカヴァッリ・コンサートだ。

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ジャルスキーは、今年前半、ご家族に不幸があったり喉の故障が比較的長引き、各地での
コンサートがキャンセルもしくは延期になった。今回のユトレヒトでのコンサートは、
復帰後2度目に当たるはずだ。
プログラムは、チェスティ、カヴァッリ、ロッシ、モンテヴェルディ、ステッファーニ等の
ヴェネツィアのオペラ黎明期に活躍した作曲家による曲が並び、なんとも今年の古楽祭テー
マにバッチリ合う選曲となっている。
(曲目およびラジオ録音は以下のリンクから見・聴くことができる)
http://www.radio4.nl/zomeravondconcert/uitzending/409670/zomeravondconcert

久しぶりに聴くPJの声は、いつも通り、会場を満たすほどの声量で、歌唱にぶれがなく安定
している。彼の歌唱は丁寧な発音と発声、正確な音程という基本中の基本がしっかりしてい
てるので、安心して聴くことができるのだ。
そして今回特に圧倒されたのは、表現力が増していること。昨シーズンは新作やヘンデルの
オペラ出演の機会が多かった彼だから、その経験から幅広い表現力を身に付けたのだろう。
ルネッサンスからバロックへの過渡期的なアルカイックな曲調や、イタリア古謡的な泥臭さ
が混じるこれらの曲を、ストレートに歌いながらどこかフランス的洗練を加えて、しかも
しみじみと味わい深く歌い、本当に上手いなあ、と唸らされた。
彼の声にこれらのイタリアの曲が意外なほど合い、芳醇そのもののコンサートだった。
CTとしての人気は多分オランダでは彼が一番だし、彼の声が現代CTの理想像として指標化
されていると思え、それにふさわしい実力を備えていることはその晩のコンサートで誰の耳
にも明らかであった。

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左から、オルリンスキ君、ヌリアちゃん、カペツート、ブリデリ嬢。

さて、今年のユトレヒト古楽祭のもう一つの目玉はラルペジャータのコンサートである。
彼らの人気は凄まじく、例年チケットを取るのが難しいため諦めるのだが、今年は友の会
会員である友人に頼んでなんとか平土間正面後方の席をゲットした。

L’Arpeggiata o.l.v. Christina Pluhar @ TivoliVredenburg, Utrecht 2016年8月30日
Nuria Rial [sopraan]
Giuseppina Bridelli [mezzosopraan]
Vincenzo Capezzuto [contratenor]
Jakub Józef Orliński [contratenor]

カヴァッリの歌(異なるオペラのアリア)の数々を組み合わせて、ソプラノのヌリア・リ
アルを中心にメゾとCT2人がそれぞれソロやデュエットで歌うという形式である。
(こちらも曲目および音源は以下のリンクから)
http://www.radio4.nl/zomeravondconcert/uitzending/435027/zomeravondconcert

私的目玉はヌリアちゃんの生の声を聴くという悲願達成だったのだが、それと同時に割と
直前に得た意外な情報にも興味津々でコンサートに臨んだ。CTのオルリンスキ君が出演
するというのだ。

隔年9月にオランダのスヘルトヘン・ボス(デン・ボス)で国際声楽コンクールが開催され
る。今年がその年に当たり、春に本選出場歌手の名前と声種が発表された。その中にCTが
入っていたので注目していた。ポーランド人の若手CTでヤコブ・ヨゼフ・オルリフスキと
いう名前である。早速ググると、彼はディドナートのマスタークラスでの歌唱で伸びやか
で素直な声を聴かせているのが耳を惹いた。(そして、また彼はブレイクダンスのグループ
の一員としても活躍していることを知った。)
コンクール応援に行く気満々だったのだが、なんと夏前に始まったコンクール会場の改修
工事でホールにアスベストが見つかり、コンクール開催が不可となり来年に延びてしまっ
た。
残念に思っていた矢先であったが、オルリフスキ君は、ラルッペジャータの公演ソリストの
一人としてユトレヒトに来るということを知ったのだ。

私的注目度はより高まった。
生で聴くオルリフスキ君は、温かみのある素直なきれいな声の持ち主で、発声に無理が
感じられないのが耳に心地よい。オランダ・デビューとなった彼のパートは少なかったが、
将来有望と太鼓判を押すにふさわしいと感じられた。現在、彼はNYのジュリアード音楽院
で学ぶ学生である。来年の声楽コンクールでの再会が楽しみだ。
(アンコールで、彼は得意のブレークダンスを披露し会場を沸かせた。ラルペジャータの
コンサートではなんでもありだが、これは誰も予想外だったと思う。この日の聴衆の中で、
もしかして彼がブレークダンス踊るんじゃないかと密かに期待していたのは、多分私一人
ではなかったろうか。)

このコンサートの模様は全て録画されているので、ご覧になっていただきたい。
https://youtu.be/lI_OloqQ6CQ

そして、私がもうひとつ密かに心待ちにしているのは、当たり役のトロメオの封印宣言を
したデュモーの後釜として、あのマクヴィカー演出の『ジュリオ・チェーザレ』のトロメオ
役をオルリンスキ君に演じ歌ってもらうことである。あのプロでは、トロメオ役歌手の
運動神経・身体能力が抜群でないとこなせないからである。
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by didoregina | 2016-09-19 18:20 | カウンターテナー | Comments(2)

The Castrato is dead, long live the Countertenor

本日9月16日は、18世紀の伝説のカストラート、ファリネッリの命日である。
そして、なぜか、カウンターテナーには乙女座(8月、9月)生まれが多い。
そして、はたまた、今年8月9月にはカウンターテナー出演のコンサートやオペラの
実演に接する機会が多く、数えてみると、延べ6演目延べ7人のカウンターテナーの
生の歌声を聴くことができた。
その僥倖を噛みしめ、往時のカストラートを偲びながらそれらを振り返ってみたい。

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9月16日は、イエスティン・デイヴィスの誕生日でもある。昨年のこの日、その事実を
知って驚愕。その時、イエスティン君はニューヨークのブロードウェイで出演する芝居
Farinelli and the Kingのリハーサル最中だったと思う。なんという偶然。
The Castrato is dead, long live the Countertenorと叫びたくなる気持ちもわかって
いただけよう。

そのイエスティン君が出演の新作オペラThe Extereminating Angel (皆殺しの天使)
を鑑賞するためにザルツブルクまで遠征し、初めてザルツブルク音楽祭というものを
体験した。モーツアルト劇場での8月8日千秋楽である。
作曲家トマス・アデスは遅筆で有名で、このオペラも果たして今年本当に上演されるの
だろうか、間に合うのだろうかと割と最後まで気を揉ませた。合宿のような長いリハー
サル期間と3回の実演を経ていよいよ楽日。
ルイス・ブニュエルの映画を翻案オペラ化したものなので、文字通り息詰まるような
室内劇のような具合である。
主要登場人物(歌手)がとても多く、それぞれに特異なキャラクターが設定されていて
特に主役と言える歌手はいない。そのため、各歌手に同じくらいの量の聴かせ所を設け
ている。皆が皆、極限のパニック状態に陥るその様を、ヒステリックな高音や不協和音
で表現しているのだが、イエスティン君の役柄は強迫観念に囚われて精神的にどこか
障害があり、かつ姉との近親相姦を暗示するような設定なので、キャラクターとしては
面白い。スプーンにこだわる彼のアリアには、バッハのマニフィカトからの引用が明白
とは本人の弁である。

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かように、現代作品ながらバロックから古典派ロマン派と連綿と繋がる様々な音楽要素
が盛り込まれ、音楽自体は耳に心地よくさらさらと流れて行く。
独白と対話、そして重唱・合唱部分もあり、60年代ブルジョワの屋敷の密室中で起こる
芝居仕立ての総合オペラ・アンサンブルと言える作品になっている。
ザルツブルク音楽祭の後は、来年のロンドン、ニューヨーク、そしてコペンハーゲンでの
上演が予定されている。(コペンハーゲン以外はほとんどオリジナルキャストが出演。)

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イエスティン君を追っかけているうちに興味を覚えたのは、現代作曲家のオペラ作品に
カウンターテナーが主要な役で登場するものがコンスタントに作られているということで
ある。
それらは大概、登場人物が極端に少なく、1人から3人、多くても5人程度である。
現代ものを歌える(練習時間が取れる)歌手の数が限られているという理由もあるかも
しれない。
しかし、現代の作曲家に、その声のために曲を作りたいと思わせる実力ある若手カウン
ターテナーが現在揃っているという事実も重要だと思う。イメージを膨らませ、作品の
制作意欲を掻き立てるミューズのような存在としてのカウンターテナーという声種は、
現代の作曲家にとってインスピレーションの恵の泉のような存在なのかもしれない。
そういう意味で、バロック物以外にも活躍できるカウンターテナーの雄としてのイエス
ティン君に心から拍手を送りたい。
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by didoregina | 2016-09-16 17:59 | カウンターテナー | Comments(6)

Partenope @ Carre

この記事は本来ならばカテゴリー「オペラ・コンサート形式」に含まれるべきなのだが、
あえて、「カウンターテナー」に入れることにした。花形キャストであるフィリップ・ジャル
スキーのご家族に不幸があって、全公演出演をキャンセルすることになったといういわく
つきであるにも関わらず。
ツアー開始直前にPJのお父様の訃報が入り、その後の動向が心配になった。
結局、PJの代役としてヴェテラン・カウンターテナーのローレンス・ザッゾが全公演を歌う
ことになり、ファンの落胆と動転は大きかった。わたしもかなり暗い気持ちになり、ほとんど
気が進まなかった。
新譜CDでPJが歌うアルサーチェの声が耳の底にこびりついていて、彼以外は到底考
えられず、別の歌手によって歌われたら生理的拒否反応が起きそうな予感に慄いたのだ。
(カレ劇場正面に掲げられたポスターにも当然PJが大きく出ていた。)

c0188818_1873971.jpgPartenope (G.F. Händel)
17 januari 2016
Koninklijk Theater Carré, Amsterdam
Dirigent: Maxim Emelyanychev
Solisten: Karina Gauvin (Partenope),
Lawrence Zazzo (Arsace),
John Mark Ainsley (Emilio),
Emöke Barath (Armindo),
Kate Albrich (Rosmira),
Victor Sicard (Ormonte)












カレ劇場というのは、アムステルダム歌劇場(通称ストーペラ)から地下鉄で一駅先にあり、
アムステル川に面した19世紀の(新)古典主義様式の建物で、通常ここでは芝居やミュージ
カルはたまたサーカスなどが上演されていて、(コンサート形式)オペラ上演はほとんど行わ
れない。
この建物に入るのは初めてではなく、数年前、国家的イヴェントに招待された時、ここが
控え室として使われたため、内部の様子は知っていた。しかるに、コンサートやオペラを
ここで聴いたことはないので、音響的には一抹の不安を胸に抱いていた。
客席は平土間面積が広く、(半)円形に近い緩やかな雛壇のようなバルコンが数層取り囲む
造り。コンサート形式での上演のため、舞台後方は黒い幕で覆って面積を小さくしていた。
音響はデッドであるが、横幅のあるホールにしては隅の方でも全然問題なく聴こえたと友人は
言うし、こういうコンサート形式のバロックオペラの会場としては悪くないのではないかと思う。
コンセルトヘボウ以外に、ここにもっともっとバロックオペラを持ってきてもらいたい。

閉口したのは、椅子が2席ずつくっついていてしかもガタピシしていることで、隣に座ったフラ
ンス語話者巨漢オヤジがやたらと体を動かすたび、並んだ私の椅子も連動して不快な振動が
伝わるのである。(そいつもその連れの奥さんと思しき女性も相当非常識な輩で、割と後に
なって着席したのに同じ列の隣人への挨拶もなければ、終始落ち着きなく体を動かし、
奥さんは一幕目の最中なぜか外に出て行った。同じ列の人たちを立たせて。)
そのオヤジは、音楽に合わせて体を動かすのみならず、軽快なリズムのロスミラのアリアで
足拍子を始めてしまったのだ。し~っと手で押さえる仕草をするもそいつには通じず、私の
椅子もまた別隣の椅子も不快にギシギシと動き出し船酔い寸前。いくらなんでも無礼すぎると
頭にきて、「お願いですから、止めてくださいませんか?」と慇懃無礼に英語で言うまで
椅子は気持ち悪くグラグラ揺れ続け、音楽に専念できなかったのである。(ホールで傍若
無人に振る舞う輩ほどピシャリと叱ってたしなめると、青菜に塩のごとくしゅんと縮こまるのも
不思議だ。普段あまりに横柄で態度がでかいため非常識を注意する人が少なく、そういう
経験に乏しいのだろうか。)

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さて、肝心の音楽である。古楽オケのイル・ポモ・ドーロを、昨年末付けで指揮者のリッカルド・
ミナシが脱退していたというびっくりニュースが入ったのは年が明けてからで、CDは彼の
指揮で録音されていたのに、ツアーでは急遽、マキシム・エメリャニコフにバトンが渡された。
前回の『タメルラーノ』でも同様で、録音指揮ミナシ、実演指揮マキシム君というパターンが
続いた。
こういう場合、楽団員も歌手もCD録音のため練習を重ねているし、指揮者が急に代わっても
どうということなく上手くいくものなのだろうか。私には、前回も今回もマキシム君の指揮は
どうもなんだか空回りしているように見えた。彼の若さと情熱あふれる指揮と指示に楽団員は
さほど反応しないで演奏しているように思えるのである。齟齬とまでは言うまいが、熱が伝わ
らない感じだ。今後彼らの関係はどうなっていくのか、次回CD録音とツアーが待たれる。

歌手はCD録音時とは、パルテノーペ、アルミンド、エミリオ役以外は変わってしまった。
しかし、誰一人として質的に落ちるという印象は全く与えず、役柄になりきって堂々と歌って
いるので安堵し、満足した。
パルテノーペ役のカリーナ・ゴーヴァンはいかにも女王然とした貫録で、最初から最後までパワー
全開、満々たる声量を出し惜しみせず圧倒的。彼女の場合、ガタイが大きいから声も大きい
という単純な図式だけが当てはまるのではなく、しっかり歌心を掴んでの情緒の表現が巧み
である。
気高い女王でも隠せない女の性の哀しみとでもいうものをしみじみと歌ってほろりとさせる。
血の通った肉体の心情を歌に込めるのである。技術的にも軽々とトリルのころがせ方がまろ
やかな声質と相まって心地よく耳に響く。

もう一人のソプラノ、エメケ・バラートは、ゴーヴァンとは好対照である。すなわち、ルックス
的には細身で、映画『ブレード・ランナー』のレイチェル風のエキセントリックなキュートさの
あるズボン役。
声はといえば、少しメタリックな芯のある硬質さと若々しさを兼ね備え、以前聴いたときより
格段に上手くなっているのと声の変化しているのに驚いた。バロック系ソプラノでは他にちょっと
似た人が思い浮かばないタイプの少し男性的な張りのある声質である。今後ますますの活躍を
期待したい。

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エメちゃんと同じくCD録音時からのオリジナル・キャストであるジョン・マーク・エインズリーは、
私服で眼鏡掛けて歌うと特に年寄りっぽく見えるのだが、明るく気品のあるテノールの声には
外見とは裏腹に若々しい張りがある。テノールは大体悪役を演じなければならないヘンデルの
オペラでは、全体の格調を高めるめにかえって品格ある声と歌唱は欠かせないが、なかなか
いい人材は得難いのも事実である。エインズリーの天性の声の魅力がこの役によく生かされて
いた。

メゾもバリトンも録音とは別のキャストになったが、ケイト・アルドリッチもヴィクター・シカードも
堂に入ったもので、無理のないきれいな低音の魅力で全体を〆てくれた。

なんと言っても今回のツアーの最功労者は、カウンターテナーのローレンス・ザッゾである。
ポスターにもなっている花形PJの急きょ代役というプレッシャーは多分あったに違いなく、口は
真一文字に結び、まるで敵を迎え撃つ侍みたいに隙のない目つきで舞台に登場した。
最初の一声は、あのPJの甘く澄んだ声とはもちろん異なるし、聴く側も心構えができていたが、
やはり予想した通り違和感が大きかった。しかし、ザッゾにはザッゾの個性があるし、それは
それでなかなかいいものだ、という思いに段々変わり、ノーブルで男性的な声の魅力にいつの
間にか囚われて行った。アメリカ人なので、アングロサクソン系・教会系の直球型歌唱かと思い
きや、オペラチックな表現力に富み、ふくよかさと軽さの同居した声はすがすがしく、しかも余裕
とも言うべきテクニックをそこかしこに散りばめて、思わず聴きほれてしまう。

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ヴェテランらしく余裕のある歌唱は技術的に綻びを全く見せず、尻上りに声にも艶が出てきて、
また、この役を舞台で歌うのはその週が初めてとは思わせないほど、役になりきり、表情
のみならず演技も体当たりで、PJの代役などとは言わせないほどの威力を発揮していった
のである。
「PJが出ないんじゃ、行く気がしないわ」などと罰当たりなことを言っていたわたしでも、
ザッゾの実力を目の当たりにして、「ごめんなさい」と心から詫びを入れる気持ちになった。
それどころか、この公演の危機を救った救世主、いや思わぬ付加価値を付けてくれた、という
感謝の思いを強くした。

近年とみに若手カウンターテナーが活躍しているなか、声の賞味期限が短いというのが通説
になっている世界で、1970年生まれのザッゾがいまだ衰えも見せずに聴衆の息を呑ませると
いうのは実に有難いことだ。ブームに巻き込まれなかったせいで、売れっ子として仕事に
追われて喉を痛めるという落とし穴に陥らずにに済んだということもあろう。何はともあれ、
オペラ舞台にぴったりの声量と演技力を持ち、そして体や顔の造作が大きくて歌舞伎役者の
ように舞台映えするザッゾを見直し、これから応援していこうと心に決めたのだった。

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by didoregina | 2016-01-21 20:56 | カウンターテナー | Comments(4)

2014年も若手カウンターテナーが大活躍!

2014年のコンサートおよびオペラは、基本的にカウンターテナー出演のものに食指が動いた
ので、若手CTの旬の声を生で聴く機会に恵まれた一年だった。だが、行ったものすべてを
ブログ記事にしたわけではないので、漏れていたものをここにまとめて、今年のCTの活躍を
振り返ってみよう。

ブログにレビューを書いたが、1月18日のドルトムントでのカルダーラの『惑星の調和』コン
サート形式には、CTはフランコ・ファジョーリカルロス・メナのみの出演となりクリストフ・
デュモー
の歌唱が聴けなかったことが大変な心残りというか痛手であった。結局、
今年は一度も彼の歌唱の実演に接することができなかった。来年2月の『タメルラーノ』まで
待たねばならない。

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5月4日にケルンでコンサート形式の『タメルラーノ』を聴きに行った。CTは題名役のシャビエ・
サバタ
マックス・エマニュエル・ツェンチッチが出演。
Musikalische Leitung Maxim Emelyanichev
Tamerlano Xavier Sabata
Bajazet Daniel Behle
Asteria Sophie Karthäuser
Andronico Max Emanuel Cencic
Irene Ruxandra Donose
Leone Pavel Kudinov
Orchester Il Pomo d'oro

このオペラはコンサート形式だったためか、どうもあまり印象に残らなかった。なぜか、
この日の指揮者は非常に若いのに、オケのポモ・ドーロから若々しさや躍動感が引き出せず、
全体的にのっぺりとした演奏で退屈してしまうのだった。オペラそのものも地味で魅力が乏
しいこともあり、好きなCTが出演しているというのに、聴きながらついうとうとしてしまう
こともしばしばあり、レビューを書きたくなるほどの感動につながらないのだった。
なぜだろう、と今でも腑に落ちないほどだ。

4月の復活祭の前に1日おきに『マタイ』と『ヨハネ』受難曲をそれぞれ聴くことができ、
若手イギリス人CTであるイエステイン・デイヴィスティム・ミードをバッハで聴き比べる
という贅沢に浸れた。共にイギリスの教会系CTであるから、バッハとの相性は抜群だ。

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バッハといえば、なぜかレビューを書かなかったのだが6月24日のウィグモア・ホールでの
イエスティン君のコンサートも、バッハがメインだった。
Cantatas for the Soul

J Christoph Bach
Ach dass ich wassers gnug hätte

JS Bach
Brandenburg Concerto no 6
BWV 54 Wiederstehe doch der Sunde
Violin Concerto in A Minor
BWV 170 Vergnügte Ruh, Beliebte Seelenlust

The Dunedin Consort
Iestyn Davies - Countertenor
Cecilia Bernardini - Violin

今年はイエスティン君のヨーロッパとイギリスでのコンサートとオペラはほとんど制覇した
と言ってもよいほどだが、このウィグモアでのコンサートは当初予定に入れてなかった。
チケットはすぐに売り切れになってしまい、リターンを狙っていたのだがいい席はなかなか出
てこず、少なからず諦めていた。
ところが、直前になって友人の友人が出張のため行けなくなり、棚ぼた式に最前列中央の席が
手に入った。
ヨハン・クリスチャン・バッハのこのラメントは、コジェナーのCDをよく聴いたものだが、
CTによって歌われると、哀しみよりは、じりじりと身を焦がすかのような渇望が甘美な官能
の響きに聴こえるのである。しかも、イエスティン君のストレートでしみじみとした歌唱に
よってそのほてりのような感覚が聴きながら体にすっと入り込み、哀しみと裏表の諦めに近い
ようなマゾヒスティックなイメージすら湧いてくる。こういうところにCTの歌唱の真価が現れ
るのであろう、この最初の一曲で打ちのめされてしまった。

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9月1日にはユトレヒト古楽祭のコンサートを二つ梯子したのだが、まず、ピータース教会で、
Cinquecentoというウィーンのアンサンブルによる6声のポリフォニー・コンサート。
16世紀にウィーンの宮廷で活躍したリエージュ出身の作曲家によるものという渋い内容だ。
'Jean Guyot de Chatelet & Philippe Schoendorff'

Terry Wey, coutertenor
Franz Vitzthum, countertenor
Tore Tom Denys, tenor
Achim Schulz, tenor
Tim Scott Whiteley, bariton
Ulfried Staber, bas

グレゴリオ聖歌とリエージュ出身の二人の作曲家による作品が交互にア・カペラで歌われる。
お目当ては、若手CTのテリー・ウェイ君である。彼は、昨年のデュッセルドルフでの『セルセ』
で、ヴァラー・サバドゥス君と組んで弟役を歌ったのだが、この二人はほぼ同年代でCTでも
メゾとアルトと声質的に異なるのだが声の親和性は抜群である。
今回、テリー君は渋いポリフォニーのコンサートで、教会系らしいすがすがしさとふくよかな
温かみのあるアルトの歌声を聴かせてくれた。

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9月14日には、デン・ハーグのアントン・フィリップス・ホールでのフィリップ・ジャルス
キー
とナタリー・シュトゥッツマンのコンサートに行った。
Ensemble 55
Philippe Jaroussky en Nathalie Stutzmann

Antonio Vivaldi (1678 – 1741)
Concert voor strijkers in g (RV 157)
Uit: OLIMPIADE Aria Lo seguirai felice [PJ]
Adagio uit Concert voor strijkers in C (RV 109)
Uit: IL GIUSTINO Aria Vedro con mio diletto [NS]
Uit: FARNACE Aria Gelido in ogni vena [PJ]
Allegro multo uit Concert voor strijkers in C (RV 109)
Uit: OLIMPIADE Aria Gemo in un punto [NS]
Uit: OLIMPIADE Duet Nel giorni tuoi felici [Megacle PJ / Aristea NS]

Georg Friedrich Händel (1685 – 1759)
Uit: SERSE Ouverture
Uit: RODELINDA Aria Se fiera belva ha cinto [NS]
Uit: SERSE Sinfonia uit Acte III
Uit: RADAMISTO Aria Qual nave smarrita [PJ]
Adagio uit Sinfonia voor strijkers (HWV 338)
Uit: ARIODANTE Aria Scherza infida [NS]
Largo uit Concerto Grosso, opus 3 nr. 2 (HWV 313)
Uit: ORLANDO, Sinfonia uit Acte III
Uit: SERSE Aria Crude furie [PJ]
Uit: AMADIGI Ballet voor herders en herderinnen uit Acte III
Uit: ATALANTA duet Caro/ Cara [Atalanta PJ / Meleagro NS]

前半はヴィヴァルディ、後半はヘンデルというわかりやすい構成のプログラムで、器楽曲では
アンサンブル55を指揮しながらアルトのシュトゥッツマンと、メゾというより誰とも比較でき
ない独特の声の持ち主であるジャルスキーとが、ほぼ交互に歌うのだが、デュエットでの二人の
声の相性も素晴らしい。
PJの生の歌声は何度か聴いているので、この日はナタリー姐の歌唱を聴くのを楽しみにしていた。
ほれぼれとするほど深みのある声と噛めば噛むほど味わいのある歌唱とで、姐は期待以上だった。
PJの人気はオランダでも高いから、会場は熱気に溢れ、アンコールも3、4曲に及んだらしい。
(電車の時間の都合があるためアンコール一曲だけで会場を出てしまった。)
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12月16日には、風邪で咳が止まらなくなったMevさんの代りにコンセルトヘボウでのトン・
コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラによるバッハ『クリスマス・オラト
リオ』コンサートに行った。座席は平土間4列目中央である。
Amsterdam Baroque Orchestra & Choir
Ton Koopman (dirigent)
Yetzabel Fernandez (sopraan)
Maarten Engeltjes (countertenor)
Tilman Lichdi (tenor)
Klaus Mertens (bas)

J.S. Bach - Eerste cantate: Am ersten heiligen Weihnachtsfeiertage (uit 'Weihnachtsoratorium', BWV 248)
J.S. Bach - Tweede cantate: Am zweiten heiligen Weihnachtsfeiertage (uit 'Weihnachtsoratorium', BWV 248)
J.S. Bach - Derde cantate: Am dritten heiligen Weihnachtsfeiertage (uit 'Weihnachtsoratorium', BWV 248)
J.S. Bach - Vierde cantate: Aufs Fest der Beschneidung Christi (uit 'Weihnachtsoratorium', BWV 248)

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ソリストでは、CTのマールテン・エンゲルチュスとソプラノのイェザベル・フェルナンデス
に注目して臨んだ。
エンゲルチュスはオランダ人CTであるが、やはり教会系と呼ぶにふさわしい声と歌唱なので
バッハは安心して聴くことができる。ちょっと収まりすぎていて物足りないと感じるほどだ。
ところが、イェザベルの方は、かなりラテン的な骨太さのある声の持ち主で、イギリス系教会系
ソプラノの歌唱に耳が慣れていると、彼女の歌うバッハには最初戸惑ってしまった。しかし、
今回のソリスト全体のバランスから言うとそれは悪いチョイスではなく、ソプラノがあまり
活躍する曲ではないからかえって時折ピリッと隠し味が効いているのであった。
トン様の指揮は、オルガンでガンガンと通奏を弾きながらもしくは体全体でオケとコーラスを
率いていくのだが、どうもコーラスもオケもそれに応えるほどの迫力を伴わないのだった。
特に残念だったのがコーラスの薄っぺらさで、あまりにぼやけすぎていてつまらない。これは、
もしかしたら教会でのコンサートの音響を念頭に入れた人員構成のせいなのか、それとも座席が
ステージに近すぎたため、頭上をコーラスの声が通り過ぎて行ったのか。
祝祭的音楽だから、元来太鼓やトランペットやホルンなど華々しく活躍する曲なのに、それら
は非常にストイックかつ控えめなのも意外だった。あまりにトランペットを高らかに鳴らし
すぎたらそれはクリシェっぽくなってしまうが、主キリストの誕生を寿ぐめでたい曲なのだから
もう少しガンガン太鼓も響かせたらよかったのにと思った。
ABOによる受難曲演奏を非常にプロテスタント的だと評したパリ在住の知人がいるが、今回、
それがよく納得できた。それはそれで衒いがなくピュアで潔くよろしいので、純然たる好みの
問題である。

こうして、コンサートもCTメインに明け暮れた1年が終わろうとしている。来年もこの調子で
邁進したいと思っている。
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by didoregina | 2014-12-28 01:04 | カウンターテナー | Comments(6)

ヴァラー・サバドゥス (Valer Sabadus)の Le Belle Immagini コンサート

若手カウンターテナーの中でも、声質が特に好みなので贔屓にしているヴァラー・サバ
ドゥスのコンサートに行った。@Opernhaus Düsseldorf, 09. November 2014

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Carlo Giuseppe Toeschi (1731–1788)
SINFONIE D-DUR
1. Satz: Allegro maestoso

Christoph Willibald Gluck (1714–1787)
ORFEO ED EURIDICE (Parma-Version)
Arie des Orfeo „Che farò senza Euridice“

PARIDE ED ELENA
Rezitativ und Arie des Paride „Le belle immagini“

SCHAUSPIELMUSIK ZU „ DON JUAN“ (Fassung Wien 1761)
Chaconne Espagnole
Andante
Allegro ma non troppo

SEMIRAMIDE RICONOSCIUTA
Arien des Scitalce „Non saprei qual doppia voce“ & „Voi che le mie vicende“

PAUSE

Wolfgang Amadeus Mozart (1756–1791)
CASSATION IN G-DUR KV 63
Auszüge

Christoph Willibald Gluck (1714–1787)
DEMETRIO
Arie des Demetrio „Non so frenar Il pianto“

Josef Mysliveček (1737–1781)
FARNACE
Arie des Farnace „Ti parli in seno amore“

OVERTURE IN B-DUR (F 30)
Allegro con Spirito
Andante

Antonio Sacchini (1730–1786)
IL CID
Rezitativ und Arie des Rodrigo „Se pieta tu senti al core“
Arie des Rodrigo „Placa lo sdegno o cara“


会場であるデュッセルドルフの歌劇場で、サバドゥス君はヘンデルのオペラ『セルセ』に
2年前主演しているし、10月にはケルンの歌劇場でも『ルイキッポ』に主演し、20代と
若いにもかかわらずドイツやフランスでは(比較的レアな)バロック・オペラには欠かせない
実力派カウンターテナーとして活躍している。

このコンサートは、新譜Le Belle Immaginiのプロモートの意味合いもあり、器楽演奏は、
CDと同じくHofkapelle Münchenが担当し、選曲もCDから採られている。
前半プログラムは、グルックのオペラ・アリア が中心で、前奏曲代わりの器楽演奏による
トゥスキの『シンフォニア41番』の後は、いきなり『オルフェオとエウリディーチェ』
から「エウリディーチェを失って」を歌うのだった。
こういう選曲と構成にしたのは、端正な古典派らしい衒いのないストレートな美しさで勝負
の曲から始めて少しずつ喉の調子を上げながら、次第にテクニック的に複雑な技巧を要する
ブラヴーラ・アリアでクライマックスに持っていくというわけなのだろうが、一曲目の
「エウリディーチェを失って」は、聴いているほうもなんだか苦しくなってくるほど、
サバドゥス君の表情は硬くほとんど蒼白で、眉間に皺を寄せたままか細い歌声で最愛の妻が
戻ってこないことを嘆くのだった。



上記動画の音源はわたしが行ったコンサートの一週間後にラジオ放送されたオペラの録音で
あるが、どちらもソプラノ・カストラートのためのパルマ版の演奏で、ダカーポの装飾の
付け方も伴奏も同じであった。
3列目の席で歌手の真正面で聴いたのでよかったが、後ろのほうの席までしっかり届いたんだ
ろうか、と少々心配になってしまったほど潤いと声量に欠けていたのが残念だった。緊張も
あろうし、喉がまだウォーミングアップ不足だったのだろうか。こういう超有名曲で始めると
いう構成は、ヘンデルの『セルセ』における「オンブラ・マイ・フ」と同様であるが、歌手に
とってはちょっと難しいものがあるのではなかろうか。
それほど、一曲目に持ってきて聴衆に印象付けるのは困難な曲なのだ。

2曲目の『パリーデとエレナ』の歌唱も同様で、こちらも高音部分が大変そうだなあ、と
いらぬ心配をしてしまうのだった。このオペラは、以前に実演鑑賞したことがあるのだが、
いかにもソプラニスタのために作られたようなアリアが満載で、その時歌ったCTの歌唱の
伸びやかな高音の美しさにノックアウトされたのだ。
しかし、休憩前の『セミラミーデ』からの2曲になると、喉の調子も上がったようで、ブラ
ヴーラも輝かしくテクニック全開でエネルギッシュに聴かせてくれた。ここに持っていくために
最初の2曲は喉を抑えめにしていたのだろう。

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合間に入る器楽演奏と伴奏はホフカペレ・ミュンヘンが担当。高音弦楽器の多い編成の
ため、相対的に通奏低音があまり聞こえなかったが、全体的に華やかかつ手堅い演奏である。
特に管楽器の上手さにドイツの古楽団体の演奏ではいつも唸らされるのだが、バロック・
オーボエ、ホルン、トランペットは音色の美しさも、音の決まり具合もしっかりしていた。

後半はグルックとミシュリヴェチェクとサッキーニ作曲アリアの数々で、いずれ劣らぬ
華やかな技巧を要するのだが、もう喉は十分に温まったと見え、表情も晴れ晴れとし曲間に
余裕でジョークを言いつつ、目くるめくようなコロラチューラで歌い上げてくれた。
彼の生の歌声にも歌い方も、マレーナ様に似ているなあ、と感じさせる部分があるのだが、
特に中音部と高音部のメゾらしいファルセット部分がそっくりなのが、彼贔屓の理由の一つ
かもしれない。ほかのカウンターテナーと比べた場合の彼の個性としてはメゾそのものと言える
声質が際立つのだが、逆に低音部に男性らしい力強さがあるのが、メゾと比較した場合いかに
もカウンターテナーらしくて、それもまた好きな理由である。

アンコールは、モーツアルト風であるがモーツアルトではないのがミソ、と言うサッキーニの
Vieni, o caro amato bene。CDにも入っているというのだが、わたしはすっかりモーツアルト
作曲なのかと思って騙されてしまった。サバドゥス君がモーツアルトのオペラに出演したら
ぜひ聴きたいものだ。

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ドイツの聴衆にいかに愛されているかがよくわかるのは、熱烈にブラーボ、ブラーヴィが飛び
交い、スタンディングオヴェーションになったことだ。(オランダでは、スタンディング
オヴェーションは儀礼的というかいつでもどこでもデフォルト化しているのが残念)
一曲一曲歌いあげるたびに、嬉しそうな笑顔を見せ、お辞儀も深々として好青年そのものの
すがすがしさ。
サイン会の列もとても長かった。

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by didoregina | 2014-11-19 18:45 | カウンターテナー | Comments(0)

怒涛のカウンターテナー・ルネッサンス・イヤーを振り返る

「今年はカウンターテナー・ルネッサンス」宣言を行ったのは、今年2月8日の記事だった。
しかし正確に言うと、丁度一年前の12月17日が、わたしにとってのカウンターテナー・
ルネッサンス・イヤー元旦であったのだ。
すなわち、ケルンでヴィンチ作曲『アルタセルセ』を鑑賞した日である。http://didoregina.exblog.jp/19021085/

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その日から、めくるめくセンセーションと驚愕と出会いに満ちた一年が始まった。
その怒涛の一年を振り返ってみたい。

この『アルタセルセ』のCD録音および、ヨーロッパ各地での舞台形式およびコンサート形式
上演は、現在ヨーロッパで進行中のCT革命のマイルストーンとして21世紀音楽史上に残る
画期的出来事だった。
比較的マイナーなバロックオペラの全曲録音・上演であることに加えて出演歌手は男性のみ、
そして現在注目すべき若手実力派カウンターテナー5人が出演したのだった。フィリップ・
ジャルスキー、マックス・エマニュエル・チェンチッチ、フランコ・ファジョーリ、ヴァラール・バルナ=
サバドゥス、ユーリ・ミネンコ。
(同様の先例としては、男性歌手のみ出演しかも若手カウンターテナーが9人登場して、
クリスティー指揮、ラザール演出で、ランディの『聖アレッシオ』がすでに2007年にカーン、
パリなどで上演されているが、わたしは未体験)

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ケルンでの『アルタセルセ』公演は、当初の予定とは変わって、コンサート形式での上演と
なった。舞台形式でないことを残念に思ったのだが、実際に鑑賞してみるとコンサート形式だと
歌唱に集中できるからそれはそれで悪くないのだった。

カウンターテナーの声と歌唱は、録音を聴いただけでの判断は禁物だ。
生の舞台で見て聴いて、ようやく個性が発見できたりよさを納得できたり欠点もわかるものだ。
その際、CTが1人だけ登場するオペラよりも複数登場のオペラの方が、比較対象が多くなって
面白さの度合いはずっと高まる。
また、舞台上ではCT同士の間で、ある種のライバル意識も働くため、単独の場合よりもずっと
素晴らしい歌唱を披露するということが往々にして起こる。
個々のCTの個性がぶつかり合って炸裂するのを眼にし耳にする醍醐味!
彼ら若手CTは、いずれ劣らぬ実力を誇り、つい数年前までは考えられないほどの多様性を
見せる。技術の進化した、現在のヨーロッパにおける最新CTの姿がこのプロダクションでは
まとめて堪能できるのである。


TV放映された『アルタセルセ』舞台の全編ヴィデオ。


              キッチュで安っぽくケレンミ溢れる演出でバロックオペラの本質抽出。



そして、2月には、ヘアハイム演出によるヘンデルの『セルセ』をデュッセルドルフで鑑賞した。
http://didoregina.exblog.jp/19232452/



2011年にウィーンで、マレーナ・エルンマン主演、スピノジ指揮、エイドリアン・ノーブル演出の
『セルセ』を鑑賞しているので、デュッセルドルフでのヘアハイム演出のタイトルロールをCTの
ヴァラール・バルナ=サバドゥスが歌うことに興味津々だった。
マレーナ様とサバドゥス君の声はよく似ていると思う。彼の声、特に高音は、表面を覆う膜が
引き伸ばされて薄くぴんと張った感じで、ストレートに響く美しいメゾそのもので耳に心地よい。
そして、核に男性的な野太さを感じさせるのだが、全体のテクスチュアにマレーナ様の声と
共通する部分が多い。肺活量が多そうなのは、男性であるCTの長所か。
マレーナ様のズボン役は、実際に舞台鑑賞すると驚愕するくらい、姿かたちも態度も演技も
男性そのものになりきり、他のメゾ歌手の追随を全く許さない。
セルセ役をCTが歌うことは稀なのだが、サバドゥスの自然な高音がそれを可能にし、
若さと舞台映えするルックスも相まって、マレーナ様セルセと拮抗する出来栄えだった。
ヘアハイム演出のスラップスティックそのものの舞台、Xerxes=Sex Rexという設定では
CTの方が無理がなく、彼は正に適役。
弟アルサメーネ役がやはり若いCTのテリー・ウェイで、サバドゥスとはいいコンビであった。


サバドゥスは、夏のエクサンプロヴァンス音楽祭でも、カヴァッリ作『エレナ』のメネラオ役に
抜擢された。爽やかな歌唱が印象的で、将来有望株No.1であることを再確認した。
(TV放映のみの鑑賞だったが)

TV放映された『エレナ』の全編。





7月には、アムステルダムのDNOでブリテンの『ヴェニスに死す』を鑑賞した。
http://didoregina.exblog.jp/20490829/

この作品に登場するCTは1人で、アポロ役のティム・ミード。生の彼の声を聴くのは初めてだ(と思う)。
しかし、このオペラはブリテン作曲ゆえかほぼテノールの独り舞台という趣で、CTの歌唱および登場
部分は予想以上に少ないため、ミードの歌唱はノーブルでストレートでいかにも英国系CTらしい
なあ、という程度の言うもがなの感想しか持たなかった。
初めて鑑賞するこの作品そのものにも演出にもとてもハマったのに、CTにはさほど特別な感慨を
抱かなかったのは、歌手のせいなのか、それとも、あまりに濃いヨーロッパ大陸(および南米)の
CTに耳や感覚が慣れてしまって、淡白な英国人CTの歌唱があっさりしすぎで物足りなく感じたの
かは、定かではない。

演出のウォーナー女史のインタビュー入りトレイラー。スカラ座公演でのCTはイエスティン・デイヴィス。






9月には、アムステルダムのコンセルトヘボウで、コンサート形式のヘンデル『アレッサンドロ』。
http://didoregina.exblog.jp/20785631/

これも『アルタセルセ』同様、今を時めくパルナッソス・アート・プロダクションズによる製作だ。
ラング氏主宰のこの事務所は、近年、若く優秀なCTを集結させて、比較的マイナーなバロック・
オペラの全曲録音やその舞台化などに意欲的に取り組んでおり、CTルネッサンスもこの事務所
抜きにしては考えられない。ヨーロッパのCT界最先端を牽引しているのである。

こちらは、一年前に録音されたCDプロモーション用トレーラー




出演のCTは、マックス・エマニュエル・チェンチッチ、シャビエル・サバタ、ワシリー・コロショフ。
個人的な好みではあるが、主役で花形歌手であるチェンチッチの成熟しきった声と歌唱よりも、
サバタの温かみを感じさせる豊かな低音からリリカルな明るさのある高音まの幅の広さ、そして
会場全体に届くプロジェクションに感嘆させられた。やはり、CTの歌唱は生で聴いてナンボ、
そして複数のCTが同じ舞台に立つことで個性の比較が容易にできて楽しさ倍増だということを
再確認したのだった。



特にCTが重要な役を演じたわけでははないが、バルセロナで鑑賞した『アグリッピーナ』にも
オットーネ役でディヴィッド・ダニエルズが出演していた。
http://didoregina.exblog.jp/21059013/



この動画をご覧いただくと、CTの新旧の違いが一目瞭然であろう。
ダニエルズ氏は、アングロサクソン系CT旧種の代表格と言える。ファルセットのようにしか聞えず
(「女の腐ったような声」と形容した人もいる)、変化に乏しい歌唱で、パワー不足の感が否めない。
一昔前のCTのイメージそのものである。
ただし、氏の名誉のために付け加えると、リセウでの実演で接した彼の歌唱は、この動画ほどは
酷くなかった。会場の音響が良かったせいだろうか、豪華キャストの中で彼一人が足を引っ張るの
ではないかと恐れていたほどではなく、ホッとしたのであった。



バルセロナ遠征から戻って間もなく、わたしにとってのカウンターテナー・ルネッサンス・イヤーに
急展開が起こった。
イエスティン・デイヴィスとの出会いである。
ヨーロッパのCT達とは全く異なる進化を遂げた、イギリスのCTを再発見することになったのだ。
(パーセル3曲とブリテンの『カンティクルズ』コンサートの英文記事を書いた。)
http://didoregina.exblog.jp/21023113/

c0188818_2223774.jpg


バロック・オペラおよびCTを熱く語る、(在欧)日本人とヨーロッパ人から成るコミュニティーに日夜
浸っていると、イギリスやアメリカでのCT動向に疎くなる。CT先進圏の真っただ中にいるものと
思い込んでしまうからだ。
そして、もともとヨーロッパ大陸と、英米というアングロサクソン国とではCTのキャラクターも大きく
異なっているのだ。
ヨーロッパでは、バロック・オペラには欠かせない存在だったカストラートの再来を思わせるような
装飾や色彩感に溢れた、ベルカント様式を感じさせる歌唱を、男性ならではのパワーで聞かせる
実力を持つ頼もしい新CT種が百花繚乱のごとく咲き誇っている。
それに対して英米のCTは一般的に、聖歌隊出身であるためか清廉で上品だが、色気の足りない
歌唱が主流のように思われる。
これら両者をいっしょくたに語ることはできない。CTと言えども、ほとんど異なるカテゴリーに属して
いるからだ。
その違いを、友人の言葉を引用しつつ例えると、「ヨーロッパのCTは金銀使った彩色写本の趣で、
英米のCTは石に彫ったローマ字体のようだ」
前者は、直射日光を避けた修道院の図書館で見ることができる写本の彩色が施されて装飾で
飾られた文字のどこか隠微な匂いのする人工的な美しさで、後者は、楷書体のようにストレート
かつシンプルだが外光の下で映える健康的で端正な美しさである。

そして、いつの間にか、イエスティン・デイヴィスは、ヨーロッパのCTとはまた別の方向ではあるが、
新種CTらしい進化を遂げていたのだ。


彼を意識して聴いたのは、2011年のウィーンでの『狂えるオルランド』でルッジェーロ役を歌った時
だった。http://didoregina.exblog.jp/17015440/

その衝撃は忘れられない。いわゆる教会系のケレンミのないストレートさで勝負の歌唱なのに
しっかりと男性的かつパワフル、安定したプロジェクションで声はびんびんと飛んでくる。
ボーイッシュな澄んだ高音から中音域・低音まで滑らかに繋がり、アジリタも気持ちよく、かつ、
歌心に深みを感じさせるのだった。これぞ進化したCTの理想の声と歌唱ではないかと思った。
なんとなくお行儀のよすぎるようなイメージだった彼と、ヴィヴァルディ(およびスピノジ指揮)との
相性の良さも意外だった。

2006年録音のヴィヴァルディ『グリゼルダ』から、イエスティン・デイヴィスの歌うコッラードのアリア
Alle minacce di fiera belva



しかし、彼の場合、その後出演したオペラ・レパートリーに現代ものが多かったことと、活躍の場が
イギリス、アメリカ、もしくは南ヨーロッパであることが多かったので、実演に遭遇する機会がなんと
2年間なかったのである。その間、彼は、メトロポリタン歌劇場のブリテンのオペラ『真夏の夜の夢』で
主役を張るくらいに成長していた。

ブリテン作曲『カンティクルズ』のヴィデオ・リンクを張るので、ご視聴いただきたい。
http://www.theguardian.com/music/video/2013/nov/20/britten-centenary-the-canticles-video

ティペット、ブリテン、アデスによる編曲によってかなり現代的な味付けとなり、わたしの舌には
馴染みがないほど変貌していたパーセルの3曲とカンティクルズ2曲を彼が歌うのを聴いて、
ボーイッシュという形容を使うのはためらわれるほど大人っぽい深みのある声で、高音にも
男性らしさが混じっているし、熟成された中低音の美しさに新たな衝撃を受けたわたしは、
コンセルトヘボウに続いて、二年間の空隙を埋めたいという念に駆られ、ブリュッセルのモネ
劇場に同じプログラムを聴きに行ったのであった。

c0188818_2356125.jpg


年の終わりに近づいてから思わぬ新発見に巡り合うことのできた2013年は、わたしにとってまさに
センセーショナルなCTルネッサンスの一年だったのだ。
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by didoregina | 2013-12-19 16:32 | カウンターテナー | Comments(18)

デュモーの脱トロメオ宣言に喝采!

(追記・訂正あり)
現在メトロポリタン・オペラで上演中、4月27日にHDで全世界ライブ映画公開される
『ジュリオ・チェーザレ』にトロメオ役で出演中のクリストフ・デュモーが、FBで
脱トロメオ宣言をした。



       METのドレス・リハーサル。デュセのクレオパトラに
       口ひげ生やしたトロメオのデュモー選手


グラインドボーンでのマクヴィカー演出『ジュリオ・チェーザレ』で鮮烈な印象を残して以来、
トロメオといえばデュモー、デュモーといえばトロメオというイメージが確立された。
今回のNY公演で、トロメオ役100回を達成したデュモー選手である。
その後5月・6月にはパリのオペラ・ガルニエでも公演があり、6月18日には120回目になると
いう。
それほどトロメオは彼のハマリ役十八番で、各地の歌劇場から声がかかるのは有り難いこと
ではある。

しかし、デュモーの才能と魅力を知るファンとしては、トロメオ役に限定されているという
状況はあまり好ましいとは言えない。彼の歌手としての可能性も野望も、もっともっと大きい
はずである。
若いうちからイメージが固定されてしまうのはよくない。わたしは何年か前から現状打破を
望んでいた。
だから、FB上での脱トロメオ宣言および今後の予定を見て狂喜した。

c0188818_21433077.jpg

まず、CDリリースに関するファンからの質問に答えて
「バルトリとのチェーザレは、まもなくDVDが発売されます。多分CDも。今後二年間には、
他のオペラ(世界初演)2作も予定されています。それからCDリサイタルも。でもこれはまだ
はっきりとはわかりません。」と書き込んでいる。

昨年のザルツブルクでのバルトリ姐クレオパトラ、ショル兄チェーザレのプロダクションは、
やはりDVD発売が決まっている!素晴らしい歌手揃いなのに、演出はあまり上等とはいえ
ないものだったから、CDの方がよさが堪能できるだろう。

また、ファンからのコメントに応えて、こう書いている。
「2011年のヴェルサイユでは、チェーザレ役でした。チェーザレを歌うのは楽しいことでした。
チェーザレはトロメオよりも複雑で興味深い人物なので、演じるのは難しいですが、楽しく
やりがいのある役でした。2015年に再演される予定です。しかし、トロメオ役に関しては、
わかりません。でも正直に言えば、もう演じることはないと思います。」

そして、今後の予定として
「2015年にモネ劇場で『タメルラーノ』に出演します。2013年は、チューリッヒでヴィ
ヴァルディ、マドリッドとパルミで『インドの女王』に出演、ミュンヘンで『ラ・カリスト』
のサティリノ役、チューリッヒで『ウリッセの帰還』の人間の儚さとピサンドロ役。オース
トリア、インスブルック、オスロで秘密のオペラ作品の悪役。ウィーンとブリュッセルで
『ポッペアの戴冠』のオットーネ役、等等。そして、METのすぐ後、パリで最後のトロメオ役」
と書き込んでいる。

新役が目白押しで、ファンとしては狂喜乱舞するほかない。
モネでの『タメルラーノ』(タイトル・ロールよね?)と『ポッペア』のオットーネは、
いずれもデュモー選手にとってロール・デビューで、大きな挑戦だ。
(追記:マネージメント事務所の正式バイオによると、タメルラーノ役はアメリカ・チャール
ストンのスポレート・フェスティヴァルで歌っており、『ポッペア』のオットーネも既に
グラインドボーン、パリ、ジュネーブ、マドリッドで経験済み。訂正しお詫びします。おみそれ
しました。)

わたしの予感では、ウィーンとブリュッセルでの『ポッペア』では、ネローネ役はマレーナ様
になりそうな気がする。
(そして、ポッペア役はまたしてもダニエルちゃんで決まりか?)

デュモー選手の最後のトロメオ役と知って、パリで生の舞台を鑑賞したくなってきた。

デュモー選手の今後の活躍を祈って、心から喝采したい。
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by didoregina | 2013-04-19 14:46 | カウンターテナー | Comments(18)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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