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デルフトの眺望

このところ毎週、デルフトに出かけている。長男の部屋探しのためである。
デルフトは、隣のデン・ハーグやロッテルダムに比べ、町自体が小さい。
しかし、世界中から学生が集まる工科大学があるから、学生数が人口の割に多い。
貸し部屋の供給に対して需要が大幅に上回るから、なかなか気に入ったものは見つからない。

デルフトでは、部屋探しに関して、学生の自治権が非常に強いのが、第一の困った点だ。
つまり、キッチンやバスルームやリビングをシェアするタイプの学生アパートの場合、空き部屋ができても次の住人を決めるのは、現在そこに住んでいる学生なのだ。大家は基本的に関知しない場合が大部分である。
ネットの空き部屋広告に対して、自分を売り込むメール(写真つき)を送り、そこに住む学生達のお眼鏡に適うと面接に呼ばれる。そこでまた自己アピールして、うまくいけば、部屋に住まわせてもらえるという仕組みである。
これが、まるで就活と同じくらい大変だ。20以上応募しても、面接にこぎつけたのは2つだけだった。

次に極少数だが、不動産周旋屋の物件で出ているものもある。この場合なら、借り手が気に入ったものを選ぶことができるが、絶対数が少ない。しかも、基本的に専用のキッチンやバスルームが付くから、値段は高めになる。
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第一の方法では、全く埒が明かないので、第二の方法に切り替えた。
2週間前に見せてもらった部屋はまあまあだったが、他に比べようがないので即決しなかったが、そんな悠長なことをしている間にすぐに売れてしまうのだと、後になって知った。

先週の木曜日に、周旋屋とのアポを4時に取りつけた。2時に学生住人が新人住人を決める部屋の面接があるから、組み合わせるにはいい、と思ったのは、甘かった。
マーストリヒトからデルフトには電車で3時間近くかかる。昼前、電車に乗っていると、周旋屋から「今日お見せする予定だった部屋は、今、借り手が決まりました」と電話があった。
「それでは困るから他にないのか」と問うと、空きそうなのがあるから、翌日連絡するという。
翌日金曜日に、部屋が空くことがはっきりしたので、月曜日に見学アポを取った。その際、わたしたちが一番最初に見る権利(すなわち最初に決定できる)を主張した。
そして、今日、またデルフトに行ってきた。

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マリア・ファン・イェセ教会のある並木の通りで、マルクト広場から程近く、お店も多い一等地だ。駅にも徒歩10分。
前回、たまたま見つけて入ったこの教会は、デルフトには数少ないカトリックの教会で、祭壇など装飾が多く、ロウソクも灯されて、普段見慣れた作り。入場料も取らず、「この教会の維持には1日に127ユーロかかります。皆様の浄財で賄いたく、よろしくお願いします」という、清廉な姿勢に心打たれ、財布の中の小銭を全部寄付してきた。
その心意気が神に通じたのだと思った。

今日案内された部屋は、割と立派なキチネットがあるストゥディオで、広告のよりずっと広い。
値段も思っていたのより160ユーロも高い。目をつけた広告の部屋の隣の部屋だった。
目をつけた広告のは、既に借り手が付いていたのだという。またしても無駄足か、とがっかり。

わたしたちが探しているのは、こんな立派なものではない、キッチンもバスルームもシェアでいいのだ、と強調しても、そういうのは、なかなかない。しかし、今日という日は絶対に無駄にしたくないから、食い下がった。
すると、実は、凄く変わった作りの部屋が空く予定だという。
どこが変わっているのかと問うと、トータルは15平米だが、7,5平米の部屋が二つで間に専用トイレとシャワーがある。しかし、その2部屋は廊下の端と端に位置しているから不便なため、格安だという。
まだ人が住んでいるが、とにかく粘って、今日中に見せてもらうことにした。どんなにヘンな部屋でも覚悟が出来ていた。どんな部屋でもいいから、何か確保してからヴァカンスに行きたい。デルフトに基盤さえできれば、新学期が始まってから、またゆっくりと時間をかけて気に入った部屋を探せばいいのだ。

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    マリア・ファン・イェセ教会の天井には、ゴシック窓の絵があって可愛い。

そのヘンな部屋というのは、思ったほど変な部屋ではなく、道路に面した表側にキチネットのある部屋、裏側に寝室、その間がバスルームで、それぞれが廊下で繋がっているが、離れているというだけだった。
しかし、そのロケーションは抜群!キチネットのある部屋の割りと大きな窓から、フェルメールの「デルフトの眺望」をすこし東にずらした風景が広がるのだ。眼下に小さな公園と運河と跳ね橋と、絵にも描かれた東門がほぼ正面にさえぎるものなく見える。
息子は、「デルフト随一の眺めのいい部屋だ」と、大乗り気である。即決した。

「しかし、最初の部屋のどこが気に入らなかったんです?」と周旋屋が聞くから、
「立派過ぎるのが気に入らないの」と答えた。
「学生には苦労させろ、というお考えなんですね」と言うから、
「でないと、親が苦労するはめになるから」と言うと、「もっとも至極の名言です」と。

デルフト随一の眺めのいい部屋の家賃は、月額245ユーロと超破格値で、予算を大幅に下回り、今日最初に見た部屋の半額である。
親子ともども満足だ。これで、ようやく安眠できる。

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     今日はカメラを持っていかなかったので、「デルフトの眺望」の写真なし。
     前回撮った、ベーステン広場に真ん中に立つカラフルな牛の像。
     広場には大きなプラタナスが15本ほど。その周りはカフェのテラス。
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by didoregina | 2010-07-06 01:09 | 旅行 | Comments(11)

デルフトの誇り

デルフトは小さいのに、確固たる誇りみたいなものを感じさせる町である。
この町にまつわる歴史が、オランダ独立や黄金時代の錚々たる著名人と関わるので、町を由緒あるものにしているからだ。

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           ブラウのデルフト地図 (1652年)

デルフト工科大学出身で、デルフトで仕事をしている友人Rは、理系にしては珍しいほどオランダ史に詳しいので、彼の案内でデルフトを歩いたら、目からウロコが何枚も剥がれ落ちた。

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           長方形のマルクト広場の片側に建つ市庁舎
           広場の反対側にある新教会の前には、
           グロティウスの像が立っていた。

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           新教会内部のグロティウス(フーホー・デ・フローテの
           ラテン語読み)の墓碑。国際法の父と呼ばれる彼は
           貿易上の障害のない公海の原理を提唱した。
           これ以外にも、17世紀の著名学者・科学者その他の
           墓がひしめき合っている。

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           その中でも別格は、オランダ独立の立役者
           オラニエ公ウィレムの立派なお墓。
           4方にオペリスクが立ち、ギリシャの女神達に
           守られて眠る。
           オランダ王室一族の墓所も地下にある。

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           オラニエ公ウィレムが22歳の時の肖像画 (1554年)
           アントニス・モル・ファン・ドゥスホルスト作。
           この肖像画を、デルフトのプリンセンホフ美術館で
           見て、あまりのその男ぶりのよさに惚れ惚れした。
           オランダ建国の父となる以前は、こんなにいい男
           だったとは!

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           新教会の塔を裏手の運河側から望む。

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           新教会内にもレプリカがあるこの地図の本物には
           プリンセンホフで出会えた。1536年の大火の年に
           描かれた地図で歴史的価値もさることながら、その
           稀な美しさに感動。紙に印刷されたものではなく、                               木の板に油絵で精密に描かれている。

大火でかなり消失したが、地図の中央より右上方に旧教会がある。その後修復され、立派な伽藍になっている。そこにも、有名人の墓があるが、デルフトといったらこの人、フェルメールの(だいぶ後世になって作られた)記念墓碑。
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           オルガンや側廊やチャペルが多い大教会なので、
           フェルメールの記念墓碑はちょっとわかりにくい。
           しかし、日本人なら間違いなく知ってるだろう、と
           思われたのか、オランダ人観光客から場所を訊かれた。

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           プリンセンホフ美術館にあった、黄金時代のデルフトの
           詳細地図。この美術館の所蔵品は、有名な絵画などは
           ないが、集め方にピリッとスパイスが効いていている。
           スペインとオランダとの確執をテーマにした展示が多くて、
           なかなかに楽しめる。オランダの歴史のお勉強に最適。


駅の近くに、いい品揃えのCD屋を発見。久しぶりに時間をかけて、掘り出し物を探した。
去年の9月に聴き逃した「ボッスの7つの大罪」を演奏したカメラータ・トラジェクティナのCDだ。タイトルも「黄金時代の音楽」という、デルフト観光の記念にこれ以上はないと思われるもの。
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カメラータ・トラジェクティナは、オランダの埋もれたルネッサンス、バロックの曲を掘り出して録音・演奏活動しているアンサンブルだ。
この「黄金時代の音楽」もコンスタンテイン・ホイゲンス作詞・作曲の宗教曲や当時の世俗曲を集めたもの。妙な土臭さがなくて都会っぽい音が意外である。なにしろ歌手が上手いし、曲目も久しぶりにレア度満点で、満足だ。視聴できるように、彼らのサイトにリンクを張った。
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by didoregina | 2010-05-26 12:27 | 旅行 | Comments(4)

ハンザ都市カンペン

10時間のミニクルーズのあとは、友人夫妻とカンペンのカフェで夜更けまでねばった。
100メートル先、同じアイセル川沿いのホテルに宿を取ってあるので、心置きなくビールを飲める。
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   バウンティ号の船着き場向かいにある、スペシャル・ビール・カフェ。
   De Stomme van Campen (「カンペンの聾唖者」)というのは、
   当地出身の画家、ヘンドリック・アーフェルカンプのあだ名だ。


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「スケートをする人のいる冬景色」(1609年頃)アムステルダム・ライクスミュージアム蔵

オランダらしい冬の風景に、コミカルな調子で沢山の人物を描きこんだこの絵の作者は
愛すべき人柄だったろう。耳が不自由な画家の描いたこの絵は、しんとした音のない印象。
冬の間、ライクスミュージアムで彼の絵の特別展が開催されていた。
特別展は見逃したが、先日、アムステルダムでこの絵に再会できた。


さて、翌日は快晴。カンペンの町を歩いてみた。

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   アイセル川にかかる橋。真ん中が上下するようになっているのだが、
   マストの高い船は、通航不可だから、船着き場は、橋より下流側。

カンペンは、15、16世紀に栄えた、ハンザ同盟の町である。ニシンと毛織物の貿易で賑わったようだ。
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         ブラウの地図に描かれたカンペン (1649年)


だから、町には当時を偲ばせる建物がそこここにある。
敬虔なプロテスタントの人たちが多く住み、大学レベルの神学校もあり、日曜の朝は、教会に行く率もよそと比べてかなり高いとみた。そして、ゼーランドの町々でも感じたのだが、家の窓ガラスはピカピカ、ドアや窓枠はペンキ塗りたてみたいにきれいなのだ。勤勉で清潔好きな雰囲気が漂い、心地よい。

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        市庁舎。広場に面していないので、写真が撮りにくい。

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        ブルダー門(ミンダーブルダース=フランシスコ派の名が付いている)
        1615年 トマス・バーレンズ設計のルネッサンス様式。

 
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        門を通り抜けると、花壇も整った公園。
        池に浮かぶ、蚊取り線香を入れる豚の形の容器に
        似たものは、水鳥の巣箱らしい。沢山設置してある。

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        こちらは、セレブルダース門。1617年、同建築家による設計だから  
        ブルダー門と似ている。セレブルダースはアレクシア派修道士のこと。
        市庁舎もそうだが、白地に水色のすっきりしたデザインの
        木の鎧戸が窓に付いている。
        デザインと色が統一されていて、いい雰囲気。

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        コールンマルクト門(穀物市場門)は、全然違う様式の門だ。
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by didoregina | 2010-05-25 15:14 | 旅行 | Comments(2)

卯月は花見月

日本は寒かった。
2週間強の滞在中は、強風、連日の雨、真冬並みの寒さと所によっては雪に見舞われ、しかも後半はアイスランドの火山噴火の影響で、ヨーロッパに無事帰ることができるのだろうかという不安に苛まれた。
しかし、人生万事塞翁が馬。悪いことばかりが起こるわけではない。思わぬメッケモノにも遭遇した。寒さのせいで、桜満開の期間が例年になく長かったのだ。
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          期待してなかったから、うれしさもひときわの満開の桜。


今回、絶対に見たかった花がある。牡丹である。
高校の古典の授業では、花といえば桜、と習った。しかし、わたしにとって、花といえば、牡丹、芍薬、チューリップである。どうも、肉感的な花が好きなのだ。
牡丹園のある可睡斎という寺に出かけた。しかし、屋外の牡丹はまだ一割の半分の5分咲きだった。あまりに開花が遅れているため、入場料を取られなかったのはラッキーというべきか。そうこうするうち、牡丹にとっては酷な雨も降り出した。
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             雨にぬれる牡丹

だが、この寺院には屋内牡丹園というものもあるのだ。精進料理を予約しておいたら、寺院内部拝観および屋内牡丹園入場はタダだった。一つ悪いことがあると、何か別のもので帳消しになる、というのは、やはり仏の功徳か。
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      旬の筍と蕗がたっぷり。胡麻豆腐は白とピンクの層で桜を表現。
      手抜きしていない料理を個室で頂くから、リッチ感抜群。

この寺には、日本一と自慢する東司、すなわちトイレがある。何が凄いかというと、トイレの真ん中にこういう立派な木像が立っているのだ。しかも、寺院のトイレにしては珍しく、戦前から水洗だったという。
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          烏蒭沙摩明王(うすさまみょうおう)

拝観を終え、土産物など物色していると、見知らぬ人から声をかけられた。
地元の新聞のカメラマン兼記者であるという。牡丹園の写真を撮りに来たが、雨天のため見物客がいない。花だけで人物なしの写真では新聞に載せられないから、わたし達にモデル(というかサクラ)になって欲しいという頼みである。
そこで、数少ない開花している牡丹の後に立っての写真撮影となった。さすがにプロである、位置を変え、モデルのポーズに注文をつけながら数十枚は撮った。そのうちのベスト写真が、翌日の朝刊のなんと一面ド真ん中に載った。休刊日の翌日でよほど特ダネがなかったと見える。撮影の後、おしゃべりが弾み、ついでに撮ったスナップ写真ともども引き伸ばして送ってくれるとの約束もしてくれた。
驚くことなかれ、新聞に載った写真は大きく引き伸ばされ、それ以外の5,6枚の写真も実際に送られてきたのだった。

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       これは後日、天気のいい日に再訪し、わたしが撮った写真。


それから、熊野(ゆや)の長藤というものも一度見てみたいと、願っていた。能「熊野」で有名な熊野御前が植えたと伝わる樹齢400年の藤の花で、房は1メートル以上になるというものだ。
開花予定は4月下旬から。わたしが行った日は、正式オープンの翌日で、まだ2分咲き位。

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       確かに房は長いが、まだあまり花が開いていない。

東海道は池田の庄の娘、熊野は、平宗盛の寵愛を受け京に住む。母危篤の知らせが届き、暇を請いたい熊野だが、馬鹿殿宗盛は、熊野といっしょに清水寺に花見に行きたいと無理強いする。母の死に目を看取りたいという望みを歌に託し、その思いがようやく伝わるというストーリーで、能では人気絶大の演目だ。
ところが、わたしは10代の頃、三島由紀夫の「近代能楽集」に収められている「熊野」を最初に読んだおかげで、熊野というと、本歌とは違ってコケットで小悪魔的なファム・ファタールのイメージが植えつけられてしまった。

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        藤の庭園には、能舞台も設えられている。
        母お気に入りのグリーンの結城紬に葛布の帯。

いずれにしろ、熊野は実在の人物なので、熊野とその母の墓も、寺の境内にはある。
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寺から程近いところに、天竜川の池田の渡しがあった。
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by didoregina | 2010-04-25 23:43 | 旅行 | Comments(12)

Intermezzo フリースランドでの週末

毎年2月頃、再会の集いをするのが恒例となっている。
大学時代の友人夫婦4,5組といっしょに、週末を過ごすのだ。毎年9月には、男性陣だけで1週間、12年ほど続けて、アルプスのトレッキングまたはプロヴァンスでのサイクリングをしている。その半年後に、夫婦で集まるのである。
今年は、オランダ最南端のマーストリヒトから最北の州フリースランドまで出かけた。ホストのJ&Jが住んでいる。4人の子供のうち、3人が大学生となって家を出たので、空いた部屋に3組の夫婦が泊まれる。


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               村の風車が回っていた。
               粉挽きとして現役で、挽いた全粒粉が買える。

皆、普段からスポーツは欠かさないので、オランダ人としては、年齢の割りに若く見える。
今回も、土曜日に32キロのサイクリングをした。
わたしは、自転車より歩くほうが好きなので、いつもマーストリヒトの町の中心部まで出るのに片道30分歩くのだが、自転車には、かれこれ半年くらい乗っていない。
それに自分の自転車でなくて、人のを借りると何かと不都合である。32キロは、かなり堪えた。

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             国土が平らで、縦横無尽にサイクリング・ロード
             完備のオランダは、サイクリング天国。
             ジョッキー風の青い帽子は、マリメッコ。

ルート上3分の2くらいのところにある、森の中のリゾート・ホテルのラウンジで休憩。
ここには、フリースランドなのに、リンブルフの誇るブランド・ビールがあるではないか。
しかし、ドラフトでアントワープのデ・コーニンク・ビールもあったから、迷わずそれに決めた。
カフェでデ・コーニンクを頼むとき、通は、「ボルケ」と言って注文する。脚付きで丸みを帯びたビール・グラスの形を指すのだ。

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            アルコール度5%、濃い目のアンバー。ほのかな甘み。
            ホップも効いてさわやか。麦類のみで、とうもろこしその他の
            糖分無添加。

ホテル・ロビーで、アクセサリーを展示販売していた。考えられないほど安いので、女性陣は、いろいろ試着。
パープルのダルタニャン帽子とラベンダー色のセーターで現れたわたしに、Jが、パープルのネックレスとブレスレットのセットを勧めて、ネックレスを買ってくれた。ブレスレットは自分で払ったが、セットで25ユーロなのだった。高価なものなら、他人に買ってもらうのは気が退けるが、15ユーロくらいだから、厚意をありがたく受け取った。

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by didoregina | 2010-03-02 11:03 | 旅行 | Comments(2)

モダン建築のパリ

パリ2日目は、朝食後すぐ、エッフェル塔に向かった。
子連れでパリに来るのは5年ぶり。夫婦連れでは、2年前に夫がパリ・マラソンに参加したとき以来だ。
観光客は高いところに登るのが好きだ。エッフェル塔には、27年前と7年前に、2回登っている。本当は、一生に1度登れば、もういい。
セーヌ川の反対側、シャイヨー宮から臨むエッフェル塔は、眺めとして格別だ。

シャイヨー宮には、2年前に新しい博物館が出来た。元々は、歴史的建造物やそれに付随する彫刻および壁画のコピーを集めた博物館だったものが、建築・遺産博物館としてリニューアルしたものだ。
長男は、工科大学で建築を学びたいと言っているから、親としての教育的見地から、ここを訪問するのは悪くないと思った。
しかし、本当の目的は、実は別にあった。この博物館内のカフェからは、エッフェル塔が真近にほとんどパーフェクトな姿で臨め、そして空いているという穴場なのだ。
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      博物館のチケットを買わなくてもカフェは利用できる。

実際、ここくらいではないだろうか、パリの美術館・博物館で列に並ばずに入場できるのは。。。
穴場、というより、もともと普通の観光客にはほとんど縁のない博物館であろう。歴史的建造物のコピーを展示する博物館だから、美術史を勉強する学生以外が訪問しても、メリットはあまりないのだ。
逆に言うと、ここのメリットは、実物大のコピーを真近に見ることが出来るから、お勉強のために足の便の悪い現地にわざわざ出かける必要がない。しかも、天候(太陽光線)に影響されずに、双眼鏡や鏡がなくても細部が見える。(25-27年前には、車を持ってなくて、近くまで行きながらバスがなくて訪問を諦めたり、電車の時間の都合で見学できなかった所がけっこうあった)
しかし、実物を現地で見るに越したことはないし、模造物はいくら上手く出来ていても、感動できない。
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      時代別に、おなじみのもののコピーが展示されている。

また、一体どんな目的で、どうやってコピーを作ったのか、と湧いてくる疑問には、様々なヴィデオや説明が答えてくれる。展示物よりも、そちらのほうが、実は相当面白かった。思ったとおり、シリコンやギプスで型を取って、石膏を流し込んで作ったものだったが、その手順をヴィデオで詳しく説明してくれる。


そして上階が、現代建築の新しい博物館となっている。こちらが今はメインだし、見ごたえがあった。
一口に現代、といっても千差万別、様々な建築物の模型や設計図、写真やインターアクティブの説明が展示されている。パリにもいろいろあるし、つい昨日、中まで入ったのにその設計の妙に気がつかなかった建物もある。(例:シャンゼリゼのシトロエンのショールーム)

ヨーロッパの主要画期的公営集合住宅の特別展が面白かったし、常設で一番の見所は、ル・コルビュジエ設計でマルセイユに建てられた集合住宅ユニテ・ダビタシオンの一戸を再現したものだ。
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インタリアもそっくりそのまま、原寸大で作ったものが設置されているから、中まで入って戸棚や本棚やヴェランダやドアや電気スイッチなど、細部まで見て触ることが出来る。
シャイヨー宮近くにあるル・コルビュジエ設計の私邸が博物館になっているが、クリスマスとお正月の間は閉館しているから、その代わりにこれが見られて満足した。

雨模様の冬の日は、誰しも美術館の中で過ごしたいものだ。だから、ルーヴルもオルセーも、信じられない長蛇の列になっていて、ざっと見ても入場待ちは半日くらいかかりそうだった。
ポンピドー・センターまで歩いてしまった。ここにも列はあったが、10分くらいのものだ。
地下でVIA (Valorisarion de L'Innovation dans L'Ameublement)の家具デザインの30年展をしていた。80、90、2000年代の錚々たるデザイナーによるフランス家具のプロトタイプ展示だ。
一番気に入ったのは、Elisabeth Ganousteと Mattia Bonettiによる Hiro-Hito Chair
(1989)。
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       背もたれの高いオークの椅子。
       体の触れる前面は金色。

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       それ以外は木地で、背もたれの後ろは
       お箸のモチーフ。


翌日は、セーヌ左岸のアラブ世界研究所の屋上テラスからパリを(タダで)眺め、南面ファサードを覆い尽くす幾何学的イスラム・モチーフの遮光システムを真近で見てから、ラ・デファンスに行って、現代建築を堪能した。
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       ラ・デファンスの新凱旋門の下で。
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by didoregina | 2010-01-02 21:43 | 旅行 | Comments(6)

ベル・エポックのパリ、フローのパリ

ヨーロッパにいると、クリスマスとお正月の間は、なんだか間延びした期間だ。
クリスマスがどうしてもメイン・イヴェントになるので、それまではストレスの多い、まるで師走のような様相を呈すが、27日以降はほっと一息ついて、もう年が明けたような静かな日々になる。

そんな時期のパリに行くのは、なんと20年振りである。その年は、丁度フランス革命200周年だった。ヌイイーに住んでいた知人の家に泊めてもらえたので、割とリッチな、あまり観光的でないパリを体験できた。

今回は、ティーンネージャーの息子二人を伴うので、何でも4倍かかるから、とにかくオランダ人一家らしく、なるべくお金を使わないですむように倹約第一とした。
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ロンドンでもパリでもベルリンでも、大都市のホテルは、超高級から格安までピンからきりまで。様々なチョイスのラインナップが揃う。それで、とにかく安いホテルを探したら、4人部屋トイレ・バス・朝食付き2泊210ユーロというのが東駅近くに見つかった。

去年までは、某大手ホテル・チェーンで16歳未満の子供2人までは宿泊・朝食タダというのを、散々利用した。夏休みの2日目に長男が16歳になったので、最初の1泊はタダだった。
今はもうその手が使えない。食べ放題のビュッフェ朝食やプール付きのホテルはもう最初から諦める。しかし、一挙に二倍料金を払うのは癪なので、安いホテルを探すと、2つ星くらい、冴えない立地、朝食はフランスパンにクロワッサンだけ、というものになる。
なに、学生時代は、そんなホテルでも部屋にシャワー・トイレが付いてるだけでもありがたかったものだ。そろそろ、子供達もそんな安ホテルに泊まってヨーロッパを貧乏旅行する年齢なのだ。今から慣れさせよう。

安ホテルに宿泊の場合でも、これだけは譲れないという基本さえ押さえて、一点豪華主義に徹すれば、あまり悲しい気分にはならないものだ。すなわち、ホテル代が浮いた分、美味しいものを食べるとか、オペラのいい席を奮発するとか、高いブランド物を買う、とか。
しかし、なんにしろ4人分というのは痛い。結局、我が家はオランダ人一家であるから、あまり豪華にお金は使わなかった。

まず、着いた日が火曜日で、公立の美術館・博物館は閉まっている。それで、個人美術館であるジャクマール・アンドレに行った。あわよくば、邸宅内のカフェで優雅にランチかティーなどとりたいものだと。しかし、誰しも考えることは同じであった。オスマン通りの美術館前は長蛇の列だったので、入場は即諦めた。
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        美術館の並びの古書店で、コレットの「シェリ」発見。
        47葉の挿絵つき1924年版が450ユーロ。

凱旋門前まで行って記念写真を撮り、シャンゼリゼを歩く。
そのまま、ガルニエ設計のオペラ座まで、雨模様のぬかるむ道を歩いた。

オペラ座では、今丁度、ラモーの「プラテー」をやっているから、当日券が手に入れば買おうかな、などと悠長なことを考えていた。しかし、オペラ座内部を見学しようとする観光客の列が、ここでも長い。なにしろ、ルーブルもオルセーも閉まっているんだから、行き場のない観光客が押し寄せてもいた仕方がない。
見学入り口とオペラのチケット売り場が並んでいるから、売り場まで入るのに一苦労。列を無視して、係員に「当日券を買いたいから」と頼んで中に入れてもらった。
「プラテー」の当日券は、最後の4枚というのが、奇跡的にあった。しかし、カテゴリー1で、一番高い席である。4人で500ユーロは下らないから、またしても即諦めた。ミンコフスキーにも、ポール・アグニューにも、ミレイユ・ドルンシュにも、縁がなかったのだ。(ポール・アグニューにだけは、2009年には2回縁があったが)

オペラ座隣のユニクロを覗こうとすると、ここも中に入るのに並んでいる。子供達は呆れ顔。
主人はデパートを見たいというので、ギャラリー・ラファイエットとオー・プランタンへ。クリスマス後のバーゲンが始まったばかりだから、この辺はパリで一番混雑している場所である。人ごみに疲れ果てた。
オー・プランタンの最上階、アール・ヌーヴォーのステンド・グラスのドームのカフェに、27年前パリに始めて来た時入ったのを思い出した。疲れたので、そこに行ってみると、モダンな椅子とテーブルとメニューの高級っぽいカフェに変貌していた。天井のステンド・グラスはそのままである。広々とした空間で、お茶が楽しめる。飲み物にはお水もついてきて、くつろげる。
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         なんと今はここもフローのカフェ。


暗くなっってきたので、ホテルまで歩いて帰ることにした。
ここから、サン・ドニ街あたりは、今まであんまり来たことがない。19世紀末から20世紀初頭に栄えた盛り場で、永井荷風の「ふらんす物語」の世界を彷彿とさせる。
今は場末の雰囲気で、中の下から庶民的というより、サン・ドニ門から東駅にかけては、黒人の移民街になっている。

この近くに、ブラッスリー・フローの本店と、今はその傘下に入ったジュリアンがある。
いずれも、ベル・エポックの匂いがふんぷんと漂う、古風なレストランだ。ホテルから歩いて10分とかからない。他にぱっとしたレストランもない地域なので、2晩でその両方を利用した。
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フロー・メニューは、2コースで22ユーロ、3コースで27ユーロとお得。
パリに来たら、絶対、フォア・グラとフリュイ・ド・メールを食べたい。

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       牡蠣や貝は、外で専門の人が剥いてる。

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       ジュリアンの内装は、純アール・ヌーヴォー。


しかし、ブラッスリー・フローのチェーン展開には、すさまじいものがある。パリやフランス中のめぼしいアール・ヌーヴォー、アール・デコ、ベル・エポックの建物・内装のレストランをどんどん、傘下に治めている。今回入った3店とも、満員の盛況だったから、ビジネス的には成功してるんだろう。
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by didoregina | 2010-01-01 22:08 | 旅行 | Comments(0)

アルデンヌの秋

秋になると、毎年一度はアルデンヌの森に友人達と別荘を借り、週末をいっしょに過ごすのが慣わしだ。子供達が小さいうちは、多いときは4、5家族で総勢20人以上で別荘一軒を借りた。
ベビーカーを4台くらい連ねて、ぬかるみの多い山道をハイキングしたことは懐かしい思い出だ。

子供達もみな成長し、別の用事があったり家を出たりしているので、とうとう今年は、同行の子供は我が家の二人だけになった。大人8人と子供2人だけの小グループなので、別荘探しは楽になったが、やはり物足りなく寂しい。
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      別荘のキッチンからの庭の眺め。広い庭で去年は野球をした。
      ハイキングの後は、グレン・フィディッシュ入りアイリッシュ・コーヒーで
      体を温める。
      シングル・モルトのほうは、そのまま飲む。

アルデンヌは、ベルギー南部からフランス北東部にまたがる丘陵と渓谷、川の多い森林地帯である。標高はさほど高くないが、植生は高原湿地、針葉樹林、照葉樹林、牧草地が入り混じるので変化に富み、川が沢山あるため起伏も激しく奥が深い。ハイキングにはとても楽しい地方だ。

家からだと、リエージュを過ぎたらもうアルデンヌ地方なので、ハイキングや冬はクロスカントリー・スキーに日帰りで出かけられる。

アルデンヌのもう一つの楽しみは、美食だ。
アルデンヌ・ハムは、軽くスモークした生ハムで、スペインのセラノ・ハム、イタリアのパルマ・ハム、クロアチアのダルマチア・ハムに比肩する。
森の恵みであるジビエやキノコはもちろん、内陸部であっても小さいベルギーのこと、いいレストランでは、海辺と同じくらい新鮮で美味しい魚が食べられる。

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        ハイキングの途中、森の中でみつけた見張り番小屋。
        ハンターは、ここで獲物を待つ。内装は布張りソファーに
        クッションもあり、快適そう。

アルデンヌは、わたしにシェークスピアの喜劇「お気に召すまま」のアーデンの森の世界を呼び起こす。というより、あの戯曲の舞台は、ぜったいにアルデンヌであるはずだと思っている。木漏れ日や森の中にひらけた空き地の透明な明るさ、せせらぎや泉、神秘的な樹木の姿、牧歌的な森での生活、全ての雰囲気が「お気に召すまま」にマッチするのである。
その感覚の原点になっているのは、高校から大学時代にかけて、NHKで放送されたシェークスピア劇場シリーズである。そこで垣間見た、若葉がみずみずしく陽光が黄金色に輝く森の美しさを実際に見たい、入り込みたいと願って、毎年アルデンヌの森に行くのだ。
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by didoregina | 2009-10-08 11:39 | 旅行 | Comments(3)

リキアの遺跡    テュム・ベイとクサントス

水上生活が続くと、陸地が恋しくなる。
毎日フネをもやうと、歩くのが可能な上陸地点なら、付近を探検してみる。
大げさではなく、山羊の糞を道しるべに道なき道の藪を踏み分け、岩を登る、という探検行になるのだ。

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Tomb bayという入り江の切り立った崖には、神殿のような麿崖墳墓が刻まれている。

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藪を掻き分け、最後はロッククライミングで、たどり着いた。

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            崖の上から入り江を眺める。

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        蜃気楼のような、雪を戴いた山々が海上から望める。

1週間のセイリングの後、一旦出発港グチェックに戻った。そこから1日、バスを乗り継いで、リキアの遺跡の残るクサントスに出かけた。雪山が眼前間近に迫ってくる。

リキア(もしくはリュキア)というのは、ヒッタイトの流れを汲む古い文明で、小アジアの西南海岸沿いに点々と遺跡が残っている。トロイ戦争ではトロイ側につき、武勇を誇る小王国の連合であった。
その中でもクサントスには興味を惹かれた。大英博物館で、素敵なモニュメントに出会ったからだ。

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ネレイドの像が立つ、神殿風の廟。
モニュメントはそっくりロンドンに持っていかれ、現地に残るは看板のみ。

廃墟しか残っていないのでは、とおそるおそる出かけたのだが、なかなかどうして、兵どもが夢の跡、という雰囲気の見ごたえのある遺跡であった。

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   あんまり修復・整備されてないのが、かえってイマジネーションをかきたてる。

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   リキア独特の高い塔の上に載せた石棺。下の人物と比べると高さが分かる。
   馬の鞍型ゴシック・アーチの形状が独特。死者を運ぶセイレンのレリーフが美しい。

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          別の石棺。狩猟の様子が浮き彫りに。

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ローマ時代の劇場や、ギリシャ時代のアクロポリスも残る。碑文は、ギリシャ文字のようで、違う文字が混じったり、装飾模様も柱頭部分はギリシャ風のアーカンサスだったり、フリーズがオリエント風の幾何学模様だったりで、いろいろな要素が混在するのが、ミステリアス。

リキアの墳墓は各地に残っているが、ゴシック型の形状といい、麿崖に刻んだり、ギリシャ文明とは別物だ、というのは見ただけで素人目にもはっきり分かる。
アレキサンダー大王のインド遠征の影響が見られる、という説を読んだ。
また、エトルリア人の祖先は、この辺りのリディア人ではないか、ということがDNA測定の結果証明された、という話もある。
訪れたいリキアの遺跡は、まだ沢山あるので、次回のお楽しみにとっておくことにした。
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by didoregina | 2009-05-24 09:12 | 旅行 | Comments(7)

テイト・モダンとセント・キャット

泊まったホテルはストイックで (別の言葉で言うと、ボロくて最低限の設備しかない)、朝食時間は7時から9時までとスパルタ式である。
これには、朝早くから1日目いっぱい観光ができるというメリットもある。

本日も、お金を使わないですむ場所、美術館で過ごすことにする。
テイト・モダンに開館前から並んで(早く着きすぎたのだ)、10時に入館。
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         ミレニアム・ブリッジを歩いてテムズを渡り、テイト・モダンへ。

イギリスのものだけでなく、一応西洋の現代美術を一通り俯瞰できるようなコレクションになっている。別の言い方をすると、満遍なく集めてあるけれど、これといった特徴がない。
その中で、光るものはやはり輝いているので、1,2点でもお気に入りが見つかれば、それでいいのだ。

昨日の大英博物館は写真撮影OKだったので、ここもそうかと思って知らずに撮ってしまったのは、イギリス人アーチスト、コーネリア・パーカー(1956年生まれ)の作品。
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これは、文字通り光っていた。持ち主が亡くなって引き取り手もなく手放された銀メッキのカトラリーやキャンドル・スタンドなどをジャンク・ショップで大量に買い込み、それをローラー車でひき潰しぺしゃんこにしたものを、テーブル・セッティングしてあるかのように丸く並べて上から吊るしたインスタレーションで、壮観である。
35卓ほどの、光り輝いてはいるが、使い途のない、誰も欲しがらないものが、部屋いっぱいに吊り下がっているのは、諸行無常を感じさせる。

その他のインスタレーションでは、ヨーゼフ・ボイスによる、そりにフェルトと獣脂を乗せたものが30くらいならんでいるのが気に入った。戦時中、飛行機事故で九死に一生を得た彼の体験を具体的に表現したものである。タタール人たちに助けられ、獣脂とフェルトで全身を包まれたおかげで生き延びたのだという。
この写真を撮ろうとしたら、係員から注意された。

アーチスト別の部屋では、アンディ・ウォホールの部屋が気に入った。壁一面に牛のポップ・アートがプリントしてあるのがまず、いい。そして、冷戦中の作品で、ソヴィエトの核基地を地図にしたちょっとプロパガンダっぽいものが彼のイメージから離れていて、その意外性がいい。

ジェフ・クーンズの部屋は、どうも彼らしい毒のあるものが少なくて、拍子抜けであった。この美術館の趣味で、キュートなものだけ集めたようだ。

一番よかったのは、マルレーネ・デュマスの部屋である。彼女は、女性であるからというだけでなく、とっても好きな現代アーチストなのだ。ひとつ、手に入れてみたいが、作品の値段が最近高騰しているのが気にかかる。
アパルトヘイト時代の南アフリカで生まれ育った白人女性で、80年代からオランダ在住である。
黒人、白人、女性、をモチーフにした絵が多いが、墨絵のような淡いモノトーンの色合いにピンクを混ぜてあるので、どうしてもエロティックな印象になる。具体的に性器を描いたりしたエロティックな題材の絵が多いのでもあるが。フェミニスティックな画家でもある。
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そのあと、タワー・ブリッジのすぐ近くにある、セント・キャサリン・ドックに出かけ、ロースト・ビーフ・サンドイッチのランチをとった。
ここは、ロンドン塔のすぐ近くなのに、観光客はあまり来ない。なんでここに来たのかというと、2年前のリベンジのためである。
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丁度2年前の4月に、ヨットでベルギーのゼーブリュッフから海峡を渡り、ロンドンに行こうとしたことがある。ぽかぽかと暖かくて絶好の日和だったのは、陸の上だけであった。ゼーブリュッフからラムズゲイトに渡るには12時間かかる。しかも、4月は満干の差が激しいためハーバーを出る時間やテームズをヨットで遡れる時間は限られているから、朝4時に出発したが、海上は波が高くヨットは揺れに揺れる。スキッパー以外は皆船酔いで、暑さ寒さも分からない、判断能力がなくなってしまったので危険だと判断し、引き返してきたのだった。ヨットでロンドンに行き、町のど真ん中のヨット・ハーバーで都会生活という夢はあえなく消えた。
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大都会のど真ん中に、こんな水辺の憩える場所があるなんて、とってもいい。いつか、ヨットで来たいものだ。

本日は、Oysterという地下鉄プリペイド・カードを買ったおかげで、とても安く上がった。キングズ・クロスからコヴェント・ガーデンまで駅3つの距離なのに一回4ポンドは高い!とこぼしたら、このカードなら1回1.5ポンドで済むはずだと、椿姫さまに教わったのだ。10ポンド分のクレジットを入れて(カードのデポジット代3ポンドも別途必要だが、有効期限は無期)残り2日間使いまくった。残った分は又来た時に使える。いいことを教わり、得した。
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by didoregina | 2009-04-06 16:53 | 旅行 | Comments(2)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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