カテゴリ:コンサート( 116 )

クリスティアン・ベザイデンホウトとアンネ・ソフィー・フォン・オッターのコンサート

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Ludwig van Beethoven Meilied opus 52 nr 4 (1805)
Sehnsucht WoO 146 (Die stille Nacht) (1816)
In questa tomba oscura (1807)
Aus Goethe’s Faust op. 75 nr. 3: Es war einmal ein König (1792/1809)

Wolfgang Amadeus Mozart Rondo in a KV511 (piano solo)(1787)

Franz Schubert Adagio in G D178 (piano solo)(1815)

Joseph Haydn Cantate Arianna a Naxos (1789)

Pauze

Adolf Fredrik Lindblad Der schlummernde Amor
Svanvits sång
En sommardag

Franz Schubert Der Winterabend D938 (1828)

Wofgang Amadeus Mozart Allemande from Suite in C KV 399 (piano solo)

Ludwig van Beethoven Rondo in C op. 51 nr. 1 (piano solo)(1796/97)

Franz Schubert Die junge Nonne D828 (1825)
Dass sie hier gewesen D775 (1823), An Silvia D891 (1826),
Der Musensohn D764 (1822)


先月は、我が町の我が合唱団の本拠地であるチャペルでクリスのコンサートがあった
というのに、その晩はロッテルダムのムジカ・エテルナのコンサートに行ってしまった。
今回は、クリスのフォルテピアノ伴奏でフォン・オッターが様々な歌曲やカンタータを歌うと
いう、なかなかめったに聴けないプログラムである。当然ながら、チケットは早くから
売り切れであった。

コンサート前にクリスによるフォルテピアノに関するプレ・トークがあるというお知らせが来た
ので、開演1時間前に会場に入るつもりだった。エイントホーフェンなら車でも電車でも1時間。
ホールは駅から徒歩5分なので電車で行くほうが安上がりと、早めに家を出たのだが。。。
駅に着いたらOVカード(スイカみたいなプリペイ・カードでオランダ全国の公共交通機関
共通)を忘れて来たことに気付いた。私のは平日朝9時以降と週末は一日中40%オフ
になる記名式アボネ・カードなので、これがないと痛い。主人に電話し持ってきてもらうが、
電車を一つ逃してしまった。
当初の予定より20分ほど遅れてホールに到着、トークはすでに始まっていたが、2階バル
コンにそっと入れてもらえた。

クリスは、なかなか素敵な私服にトレンディな横長の大き目のプラスチック・フレームの眼鏡、
カットしたばかりの新しい髪形で、舞台に立ってモーツアルトやロマン派の鍵盤曲をフォルテ
ピアノで演奏する意義(多分)というテーマで話している最中であった。
しかしながら、私が入ってから1,2分経つとトークは終わり、質疑応答になってしまった。
つまりトークのほとんどの部分を聴き逃したことになる。トークと質疑応答で印象に残っている
のは、「古楽の盛んなこの辺りではフォルテピアノ演奏というものが当たり前のように普及して
いるので聴衆にシリアスに受け止められ演奏会もしやすい。まだまだフォルテピアノ未開発の
ところに行くと、まるで見世物みたいなノリで聴きに来られる。」と、「シリアスに」という
単語を2回使って、普及活動に奮闘する彼の別の姿を垣間見せてくれたこと。
なるほど、そういえば、3年前の名古屋でのクリスのフォルテピアノ演奏会終演後、聴衆は
舞台に上がらせてもらえ、フォルテピアノを間近に(多分初めて)見る機会を与えられ、
調律師だったか楽器の持ち主だったかに色々説明を受け、楽器を取り囲んだ皆さんは興奮
気味だった。
まるで、種子島への鉄砲伝来、みたいなノリ。聴衆の大部分はフォルテピアノという珍しい
楽器に遭遇できたことで浮きたち、そのため、フォアイエでのご本人のサイン会は閑古鳥という、
ちょっと哀しい状況が展開したことを思い出した。まさしくあの時、フォルテピアノの存在自体が
見世物であった。。。。

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さて、コンサートが始まるとクリスのフォルテピアノ伴奏とフォン・オッターの歌唱との相性は
いかに、というのがまず一番の関心事だった。
私の座席は、小ホール右側バルコンの最前列で舞台に近く、舞台を斜め上から見る位置で、
フォルテピアノ演奏を聴くにも、歌手や演奏者の顔の表情を見るにもよい席だった。
このホールはこじんまりとして、余分な残響が全くなくドライに近いがニュートラルな音響で、
今回のようなコンサート(歌曲リサイタル)にはぴったり。
使用されたフォルテピアノに関する説明もプレトークではあったのだろうが、遅れたため
聞き逃した。
プログラムおよび楽器デザインから察するに、1800年から1830年代のウィーン製ではない
かと思われる。多分オランダのコレクターの持ち物で、今までにもこの楽器による演奏を何度か
聴いたことがあるはずだ。

この晩のフォルテピアノの音色は、歌手に寄り添う伴奏としての絶妙なニュアンスと色合いが
いつもより明白であった。ペダルを使って強弱の幅が広く出せるようで、特に力をふっと抜いた
弱音でのさりげなく美しい音がため息のように聴こえるのだった。それは、クリスの表現力の
またしても進化と呼ぶべきものか、伴奏者として歌手に息を合わせるためのテクニックゆえ
なのか。
フォン・オッターの歌唱も、肩の力を抜いたような、いささかも力を込めすぎず、自然な美しい
発音と発声で聴く者の心をほっこりさせる。ベートーベンの歌曲は今まであまり聴く機会が
なかったが、いかにもドイツ語らしい脚韻がリズミカルなのだが大仰でなく典雅。
前半最後の曲、ハイドンのカンタータ『ナクソス島のアリアンナ』が白眉で、イタリア語でかき
口説くように歌われる嘆きの歌が耳に懐かしい。オペラチックかつドラマチックな盛り上げ方も
大人の余裕と言うか、抑制が効いていて上品なのだった。また、彼女が出演するオペラを
生で聴きたい。(多分、この夏実現するはず。)

歌の合間に4曲ピアノソロが入るのだが、いずれも珠玉というべき小品で、クリスのフォルテ
ピアノ演奏では、こういう曲を聴くのがバリバリと弾くソナタよりもずっと楽しみなのだ。
自分もピアノで習ったことがある、難易度的にはそれほど高くない曲ばかりだが、彼によって
弾かれると、子供っぽさがまるでなく、流麗でいて可憐、しかも仰々しいロマンシズムに走り
すぎず、なるほど、これこそ究極の中庸の美だ、と目から鱗がポロポロ落ちるのだった。
そして、彼のように弾いてみたいという思いに駆られるのだ。
(今回、歌の伴奏の時だけでなく、ソロでも全部楽譜を見ながら弾いていた。クリスが暗譜で
なく演奏するのを見るのは初めてではなかろうか。また、顔芸も以前ほど大仰ではなくなって
いるように思えた。)

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この二人の相性は抜群、しかもフォン・オッターの声とフォルテピアノとの相性も抜群ということが
しみじみと感じられるコンサートだった。
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by didoregina | 2016-02-14 19:04 | コンサート | Comments(0)

MusicAeternaのコンサート@ロッテルダム

2016年最初のコンサートは、自分が出演の所属合唱団恒例ニューイヤーコンサートだった。
聴衆として行った最初のコンサートは、わが合唱団が練習場として用いニューイヤーコンサート
も行なったセレブルダースカペルでのクリス(すなわちクリスティアン・ベザイデンホウト!)の
フォルテピアノによるベートーベン・プログラムではなく、同日わざわざロッテルダムまで出かけ
たテオドール・クレンツィス指揮ムジカ・エテルナ(ソリストはパトリシア・コパチンスカヤ)である。
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2016年1月13日@De Doelen

Biber - Battalia a 10 (‘Sonata di marche’)
Mozart - Symfonie nr.25
Mozart - Vioolconcert nr.5
Beethoven - Symfonie nr.5

MusicAeterna, Perm o.l.v. Teodor Currentzis - dirigent
m.m.v. Patricia Kopatchinskaja viool
Anthony Romaniuk clavecimbel

このコンサートは「バロック、その前後」というシリーズ・アボの一環であり、コンサート前の
レクチャーは、コンバッティメント(コンバッティメント・アムステルダム改め)のメンバー5人に
よる生演奏とチェンバロ奏者ピーター・ディルクセンによる解説という、内容も盛り沢山で素晴
らしい「前座」付きなのだった。すなわち、バロック最盛期からギャラントそして古典派への
流れを、バッハとその息子達および同時代の作曲家達(ビーバー、ゴルトベルク、C.Ph.E.
バッハ、テレマン、ブレシャネッロ、W.Fr.バッハ)の作品を生演奏で聴かせ対比しつつ論じ
るというもので、大変豪華かつ実に有意義な時間を堪能した。

さて、本日のメインイヴェントであるムジカ・エテルナのコンサートに関して、一つ重大な問題が
実は存在していて、私を悩ませたのであるが、その問題とは、一体、終演時間は何時になる
のだということである。コンサートホールからは「終演後、指揮者とソリストのサイン会があり
ます」というとても重要なお知らせが届いたが、終演時間は謎のままであった。
なにしろ、上記のプログラムは見ての通り「バロック、古典派、ロマン派」と盛り沢山であり、
クレンツィス指揮の演奏を一度でも聴いたことがある人ならわかっていただけると思うが、伸縮
自在・奇奇怪怪の演奏になることは必至なので、終演時間がまるきり読めないのだ。しかるに、
ロッテルダムからマーストリヒト方面への最終電車は22時48分発である。いざとなったら、
ベートーベンの『運命』はパスしようという気持ちで臨んだのだった。

まず、ムジカ・エテルナというロシアの古楽団体の生演奏を聴くのは今回が初めてである。
昨夏のルール・トリエンナーレでの『ラインの黄金』および11月のドルトムントでのダ・ポンテ
三部作の実演を聴き逃したのは痛恨の極みである。いずれもギリシャ旅行および日本里帰りと
重なったため。
モーツァルトでの編成では10、8、6くらいに見えたから、古楽オケとしてはかなり大きい部類に
入る。(舞台に近い席だったのと、チェロ、コントラバス奏者以外は全員立っての演奏だったため、
正確な人数がよくわからなかった)
当日変更になった演奏の順番は、ビーバー、モーツァルト、ベートーベンという時代を追っての
順当なものだった。しかるに、室内楽的小編成のビーバーの『バッタリア』では、クレンツィスの
指揮なしでコンマスがオケメンを纏めて楽しく自由闊達な演奏を繰り広げ、その晩のコンサートの
序章とした。
しかし、途中でなぜかソプラノのような声が舞台下手控えの間から聴こえ、わたしは訝しんだの
だが、そこからジブシー・ダンサーのような小グループが踊りながら舞台後方に出てきて、手拍子・
足拍子で賑やかに上手に通り抜けて行くという、ちょっとラルペッジャータのコンサートを思わせる
ような次第になった。
その後、モーツァルトの交響曲とヴァイオリン協奏曲になって、そのジプシー軍団の謎が解けた。
指揮者とソリストを含む、小編成のビーバーには参加していなかったミュージシャンたちが歌い
踊っていたのだった。

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クレンツィス(略してクレさん)の指揮の実演は、5,6年前にケルンで見ている。これは、
「見る」という表現をどうしても使いたくなるほど視覚的サプライズに満ちたものであった。
ピチピチのピタパンにアンクルブーツで踊り跳ね、耳の下で切り揃えたワンレンの髪を揺さぶり
ながらの大熱演の指揮であったのだ。(彼の髪形はそれ以後様々に変化していて、衣装も
ゴシックだったりするが)今回多分ロッテルダム初登場だろうから、そのケルンの時とほぼ同じ
なりとアクションの彼を初めて見る聴衆は、最初唖然、その後は隣の人と顔を見合わせるという
反応を一様に示した。
なにしろ、指揮台は置いてなく、直径二メートルの半円の空間が指揮者のために空けてあり、
そこで舞台として(そこだけでなく、後方のホルンに指示を出すときには、ホルン奏者に近寄って
行った)ワルツのごとく踊ったりフェンシングのトゥシェのごとく突っ込んだり行進のごとく足音高く
拍子を取ったり、自由自在のダンスに近い動きの指揮姿なのである。(足音で拍子を取るために、
靴は編み上げのアンクル・ブーツで、靴紐は赤。)
私の座席はケルンでもロッテルダムでも3列目中央で指揮者の至近かつ真後ろ。今回、私の前
の列には楽器を習っていると思しい中高生が5人座っていたのだが、目を丸くしていた。
そして、クレンツィスは聴衆の目を剥かせるのみならず、耳も体も驚かす演奏を展開するのだった。

音の強弱の幅が尋常ではないほど広い。弱音に強いピリオド楽器の特性をよくよく生かして、
聴衆の耳をそばだたせるようなデリケートなピアニッシモで高速演奏を繰り広げるかと思えば、
大編成の長所を生かして一気呵成に爆音へと昇り詰める。そしてリズムと言えば、もう楽譜には
小節の区切りがないかのよう。テンポの伸び縮みの仕方が、はたしてこれで許されるのかという
程なのはCD等で聴いて先刻承知であるが、それでも実演に接すると、これがモーツァルトの
Vコン5番?これがベートーベンの『運命』?と疑問符が頭を横切るのはいたし方あるまい。

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クレさんの手足の一部と化しているかのようなムジカ・エテルナの楽員たちが繰り広げの自由
闊達な演奏はまあ合点が行く。テンポやリズムがハチャメチャなのによくまあ破たんなく器楽
アンサンブルがまとまっているものだと感心するほどだが、クレさんの的確な指示に従えばいい
のだろう。
しかるに、ソリストというのは別物だから、クレサンと音楽的傾向・趣味を同じくしていないと辛
かろう。ケルメス姐、マレーナ様、プロハスカちゃんなど、いかにもいかにも癖の強いエキセン
トリックな歌手となら馬が合うのはわかる。
今回のソリスト、コパチンスカヤ嬢を聴くのは初めてであったが、彼女こそクレさんの追及する
方向と音楽的にも同じくする貴重なヴァイオリニストであることがわかった。
黒の半袖Tシャツに赤のグラデーションのフワフワのオーガンジーのスカートを押さえるため木の
枝を格子に編んだような硬い枠のようなものを上から着けている。そして裸足。
彼女とオケ、チェンバロ奏者および指揮者との遣り取りはまるでモダンジャズの奏者のような
あ・うんの呼吸のような間が感じられ、特にカデンツァはジャズのインプロビゼーションそのもの。
観客への媚びは全く見せず、いっそすがすがしいほどふてぶてしさすら感じさせる演奏はあっぱれ、
堂に入ったもので、自分の求める音楽世界を作り出しているのに感心した。
そういう自由な音が際限なく入るし、テンポは凹凸のある鏡に映ってデフォルメされたイメージ
さながらグロテスクなほど伸び縮みするし、船酔いしそうなルバートになったかと思うと、ジェット
コースターのように急下降したり、まあ忙しいことこの上ない。眠気に襲われることは絶対にないし、
思索にふけることも許されない。聴く者は退屈になったり自分だけの世界に閉じこもることも拒否
されるのだ。

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休憩後、10時ジャストに『運命』の演奏が始まった。指揮者は舞台後方下手からさっと現れ
るや、風のように素早い歩きを止めることなくそのまま演奏に突入。急・緩・急・急だから、
速い演奏なら33分くらい、でもクレさんの緩はどれほどゆっくりになるかわからないから、もしか
して40分近い演奏になるやもしれぬ。時間が読めないのが心配であったが、ホールから駅ホーム
まで歩いて8分見ておけばいいからギリギリ終電には間に合うだろう、と肝を据えた。
出だしのテンポが疾風の如くだったので、途中でこっそり時計を見たらアンダンテ終了も10時
15分。そのままイケイケ~と祈るのも不要なほど、緊張と高速は途切れず、ベトベンらしい
ねちっこくしつこい最後のテーマの繰り返しもするすると通り抜け、大団円が終了し、拍手とスタ
オベが始まった時間は、30分を切っていた。
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by didoregina | 2016-01-16 02:37 | コンサート | Comments(0)

佐藤俊介さんのロマン派・モダン・コンサート

2年前からオランダバッハ協会のコンサートマスターである佐藤俊介さんが、オランダ
南部丘陵地帯にあるウィッテムのヘラルドゥス修道院図書館で、ロマン派から20世紀の
レパートリーのコンサートを行うことを知ったのは、1か月前である。

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たまたま、私がコレクションしている画家の展覧会が同会場であって、そこで毎年9月に
開催されるKunstdagen Wittem(ウィッテム文化の日々)というコンサート・イヴェント
のブロシャーを貰ってきた。このコンサート・イヴェントでは数年前、エマ・カークビー・
リサイタルを聴いたことがある。今年の演目中、Shuann Chai & Shunske Satoによる
ロマン派プログラムというのに目を剥いた。佐藤さんがバロックとモダンの両刀使いとは
聞いていたが、モダン・プロでの彼の生演奏を聴く機会はオランダでは少ない。これは
聞き逃せないと、早速、チケットを予約した。
(余談だが、このコンサートの数日前に、同日同時に行われるユトレヒト古楽祭のファイ
ナル・コンサートのペア・チケットが今年も当選した。Gli Angeli Geneveによるタリス
のポリフォニーである。出演歌手メンツがはっきりしないが、もしやハナちゃんが出演
するのでは、と心が大いに動いたのだが、初心貫徹して、佐藤さんのコンサートを選び、
ユトレヒトには友人夫妻に代わりに行っていただいた。果たして、ハナちゃんが歌ったの
だった。。。。)

c0188818_18363110.jpgShuann Chai & Shunske Sato
@Kloosterbibliotheek Wittem
2015年9月6日

Johannes Brahms
4 Hungarian Dances (arr. J. Joachim)

Johannes Brahms
Sonata no.2 in A, op.100

[interval]

Frederic Chopin
Barcarolle in F-sharp minor, op.60

Henryk Winiawski
Polonaise brilliante no 2 in A, op.21

Maurice Ravel
Sonata in G for violin and piano


まず、コンサートの前に主催者が今回使用されるピアノについて説明。
ちょっと時代がかった荘重たる外見のこのスタインウェイ・コンサート・ピアノは、
なんと1873年にニューヨークで製造されたもので、アンティック・ピアノの現地コレク
ターが新しく修復したものという。会場であるウィッテムの修道院図書館も1880年建造
なので同時代インテリア的にぴったりと嵌まる。(まさか、それが理由でこのピアノを
選んだのではないだろうな。。。)
そしてまた、今回のプログラムにも時代的には合致する楽器である。(そういう凝った理由
であることを望むのだが。。。)

そして、出演者の簡単な紹介(コンサートに至るいきさつ)の後、ピアニストのショーンさん
(アメリカ人)が少々文法的に怪しいが愛嬌のあるオランダ語で演奏演目の説明をしてくれた。
2年前にショーンさんはここでフォルテ・ピアノのリサイタル(当然古楽)を行い、半年前
主催者に、興味深いレパートリーがあるから、パートナーのヴァイオリニストとコンサート
をしたいと売り込んだそうである。ヴァイオリニスト佐藤さんは、彼女のご主人なのである。
(二人とも外見は全くの東洋人だが、アメリカ育ち。)

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photo courtesy of Kunstdagen Wittem

まず、最初のブラームスのハンガリア舞曲(ホアヒム編曲版)から、佐藤さんは素晴らしい
冴えのある音色で聴衆の耳目を欹てた。
彼の演奏は、ヴァイオリンのソリストのステレオタイプ的なもの(自己中心的な立ち姿とか
大仰なジェスチャーとか、深刻ぶったり酔ったような表情になりがちで、ヴィブラートを
ビリビリ響かせたり、ヴィルチュオーゾらしさを下品なほど強調する)からは大きく外れて
いた。まず、服装も地味なグレーのごく普通のスーツであり、当日は眼鏡のせいもあって
なんだか新卒サラリーマンみたいなそっけない外見だが、彼の手元から流れてくる音楽は、
なんの衒いもない分ストレートに耳と心に届き、清冽。
大げさでないボーイングも指の運びも正確を期し、冷静かつ楽々と演奏しているように
目には写るが、重音やピッチカートなどが交差し次々と様々なテクニックが登場し、それを
いかにも軽々と弾き、そこから紡ぎだされる音色は緻密で目くるめくような多様性がある。
先日のコンサートでのバロック・リコーダー奏者テミングがど派手なアクションと超絶テク
ニックとで聴衆を魔法にかけたのとは丁度正反対のアプローチだが、結果的には、驚異的な
演奏で聴衆の度肝を抜いた点では同様。)
佐藤さんの全くケレンミのない演奏からは、大人の世界の穢れにまみれていないかのような
清潔感が漂い、それがいかにも古楽の人らしい安心感を与える。古楽オケのコンマスとして
身に付いた態度なのかどうかは不明だが、古楽っぽいストレートな演奏様式をロマン派レパ
ートリーにも適応して誠実な音作りなので、いかにもこの人の音楽には心を許せるという気
にさせるのである。

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photo courtesy of Kunstdagen Wittem


さて、休憩後は、まずショパンのピアノ・ソロ『バルカローレ』から。
比較的小規模な会場でのコンサートに相応しいインティメイトな選曲であるが、今日の
ピアノとの相性はいかに。
この1873年NY製スタインウェイは、重たそうな脚からも想像できるように、現代のスタ
インウェイとは全く音色も響きも異なるものであった。どちらかというとベーゼンドルファー
に近い重厚な感じの音で、鈴を転がすような音色の軽さが特徴のスタインウェイらしさが
全くない。
昔のエラールみたいな音色なのかもと期待したのだが、それとも異なり、だからショパンの
曲にはマッチしない。また、この木の内装の図書館の音響は悪くはないのだが、どうも情感に
乏しい演奏のためか、鈍重な音色のピアノそのもののためか、訴えかけてくるものがほとんど
なく印象に残らなかったのが残念だ。

ウィニヤスキーとくれば、ヴァイオリンのテクニック披露しまくりというイメージだが、
佐藤さんは相変わらず淡々と涼しい顔で軽々と、演奏している。さすがに、この後の拍手は
熱を帯びていた。
そして、最後はラヴェル。ジャジーなモダンな感覚が特徴のこの曲は、しかし、ラヴェル
らしい洒脱さも持ち味なのだが、いかんせん音色が重く切れ味のあまりよくないピアノの
せいか、四角四面になって遊びというか軽みが少々足りないのだけが物足りなかった。

しかし、今回、佐藤さんのモダン・ヴァイオリン演奏をこういう親密な雰囲気の会場で
聴くことができ、また佐藤さんが確固たる印象を聴衆に残したのはうれしかった。
(来月、オランダバッハ協会のコンサートで、彼はバッハのソナタを我がチャペルで演奏
してくれるので、今回のモダンとバロックとの聴き比べができるのがまた楽しみだ。)

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by didoregina | 2015-09-08 20:18 | コンサート | Comments(6)

Orpheus Britannicus ドロテー・ミールズとシュテファン・テミングのコンサート@ユトレヒト古楽祭

今シーズンのコンサート始めは、ユトレヒト古楽祭のOrpheus Britannicusと銘打った
コンサートで、ソプラノのドロテー・ミールズとバロック・リコーダーのシュテファン・
テミングの共演であった。

c0188818_1845462.jpgDorothee Mields, Stefen Temmingh
@Geertekerk,
2015年9月3日

Anoniem
A tune in je mad lover (instrumental)

Henry Purcell (1659 - 1695)
'Tis women makes us love. A catch

Johan Christoph Pepush (1667 - 1752)
Corydon, Recittivo, Aria Vivace, Recitativo, Aria Allegro

Henry Purcell
A slow air by je late Mr. Purcell (instrumental)
The plaint: O let me weep (from The Fairy Queen)
Ye gentle spirits of the air (from The Fairy Queen)

Arcangelo Corelli (1653 - 1713)
Sonate no.10 in F "as played by Mr. Babell" (instrumental)
Preludio:Adagio, Allemanda:Allegro, Sarabanda:Largo, Giga:Allegro,
Gavotta:Allegro

Henry Purcell
Celia hath a Thousand charmes (from The Rival Sister)
Celia hath a Thousand chames by he late Mr. Purcell (instrumental)

Tradidional
John come kiss me now


ユトレヒト古楽祭のコンサート・チケットの人気演目は、一般発売時にはもういい席は
ほとんど残っていないというのが毎年通例である。おととしも去年も今年も、オープニ
ング・コンサートやラルッペッジャータのコンサートはそれで諦めた。
England, my Englandと題した今年は、大御所ヘンデル以外のイギリス古楽を縦横に
集めたちょっと捻りの効いたプログラミングで、中でもかなりレアで今回を逃したら今後
おそらく生で聴く機会はあるまいと思われるジョン・エクルズ作曲『セメレ』に絞ることに
した。平土間5列目というまあまあの席がなんとか取れた。
『セメレ』と同じ日のこのOrpheus Britannicusコンサートも、行こうかという気になっ
た時にはもう悲しくなるような席しか残っていなかったのだが、当日何気なくサイトを眺
めたら、5列目ほぼ中央の席が3つ並んで出てきている。天の啓示かと喜び、即ゲット。

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会場である教会のGeertekerkには、6月27日にユトレヒト室内音楽祭でのジャニーヌ・
ヤンセン他によるハイドン『十字架上の七つの言葉』コンサートを聴き行ったのだが、
2か月後に来てみると、夏休みに突貫工事を行ったと思しく、地下に新しいトイレが出来
ている。まだ漆喰は乾いていないし、階段も仮設だし、ペンキもこれから、という段階
だが、新しいトイレ個室が4つも完成しているのには驚いた。その機能性と清潔度も
ギリシャから戻ったばかりの私に感涙をもたらすに十分のすばらしさ。(冗談ではなく。
ギリシャのトイレの悲しさは、経験のある人にはわかってもらえるだろう)

今回のコンサートは、ドロテー・ミールズが目当てであったが、サイトやブロシャーを
見ると、バロック・リコーダーのテミングの写真が大きく、しかも「フランス・ブリュッ
ヘンの再来」とかの賞賛文字が躍る。
ふ~ん、という態度で、会場の多くの人たちも臨んだと思う。ブリュッヘンのお膝元の
オランダであるから眉唾にしくはないし、何しろ彼は今回がオランダデビューなのだから、
知名度は低い。

しかしである、チェンバロ、テオルボ、ソプラノ・リコーダーによる最初の器楽曲の
一小節を聴くや聴衆は膝を乗り出し、どちらかというとパパゲーノ的イメージ風貌の
テミングの派手なアクションの一挙一動に目を注ぎ、まるでハーメルンの笛吹男に踊らされ
そのあとに続く子供たちのようなたわいなさで、一曲目から彼の吹くリコーダーの音色の
マジックに乗せられてしまったのである。
千変万化の音色は、まるで魔笛。その魔力や凄まじく、唖然となったあと、こりゃすごい、
と我に返った。

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テミングがコンサートで使用した各種リコーダー。

それからミールズの歌との掛け合いになると、これがまた驚き。彼がリードする形で歌の
伴奏ではなく、助奏には違いないのだが、今まで私が抱いていたオブリガートの概念を全く
覆すような演奏なのだった。
歌に適した音域・音色のリコーダーをとっかえひっかえ選び使用しているため、非常に
人間の声に近いものとなり、まるで二人の歌手のデュエットを聴いているような感じを
覚えさせる。人間の歌声には多彩な色が付けられるのだが、それと対等の音色を彼は
リコーダーから引き出すのだった。
歌手の歌声と伍すリコーダーの競演とはなんとも楽しいものである。

そして、リコーダーが活躍のコレッリのソナタとなるともう超絶テクニックの連続技で
聴衆の度肝を抜き、またそれがいかにも軽々と演奏されているため、会場は拍手万雷。

ミールズ目当てで来た聴衆が多そうだが、皆なんとも愉快なリコーダーの魔術に罹って
大満足である。
そして、ミールズももちろん、清楚で可憐な歌声でイギリスの古楽歌曲らしい雰囲気を
盛り上げた。

丁度一か月前、ロンドンのグローブ座サム・ワナメイカー・プライハウスで、アナ・
プロハスカとアルカンジェロによるラクリマと題したイギリスとイタリアの古楽歌曲を
中心としたコンサート(パーセル、ダウランド、カヴァッリ、ストロッツィ、メルーラ)に
行ったのだが、今回のと聴き比べると、ソプラノ両者それぞれの個性が選曲にも歌唱
スタイルにも発揮されていたことがよくわかる。
プロハスカちゃんのは、メランコリックなイギリスものもイタリア・バロックの場合特に
その野趣性というか荒々しさを強調した、ちょっといがらっぽさをのあるような喉での
歌唱がよかったが、ミールズはそこまで汚れ役をしないタイプであろう、ふくよかで自制
心のある歌唱という印象。

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アンコールは『グリーン・スリーブス』で、ここでもリコーダーが大活躍。
(ちなにみ先月のプロハスカちゃんのアンコールは『スカボロ・フェア』で、蓮っ葉な感じ
の歌唱が彼女らしかった。)
『グリーン・スリーブス』は、ミールズの大人の女性らしい誠意を込めた丁寧な歌唱で、
リコーダーがそれに呼応しつれなき相手への思いをかき口説く。
この曲に合わせてミールズはグリーンのドレスを着ていたんだ、と今にして思う。
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by didoregina | 2015-09-06 19:23 | コンサート | Comments(0)

Ricercar Consort による初期バロック歌曲コンサート

わが合唱団の本拠地というか練習会場である16世紀のチャペルでのリチェルカール・
コンソートによる初期バロック歌曲中心のコンサートに行った。

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Ricercar Consort @ Cellebroederskapel, 10 April 2015
Philippe Pierlo (Director & Viola de Gamba)
Céline Scheen (Soprano)
Giovanna Pessi (Harp)

Diego Ortiz (1510 - 1570)
Recerdadas (basgamba & harp)

Luzzasco Luzzaschi (1545 - 1607)
Aura soave (soprano & harp)

Giovanni Giralamo Kapsberger (1580 - 1651)
Toccata ll arpeggiata (harp)

Stefano Landi (1587 - 1639)
Augellin (soprano & harp)

Giulio Caccini (1551 - 1618)
Torna, deh torna (soprano, basgamba & harp)

Bartolomeo Selma y Salaverde (1595 - 1638)
Susann passegiata (basgamba & harp)

Giulio Caccini (1551 - 1618)
Amarilli
Non ha il Chiel (soprano, basgamba & harp)

-pauze-

Giovanni Felice Sances (1600 - 1679)
Cantada a voce sola spra il Passacaglie (soprano, basgamba & harp)

Sonetto Passegiato: Fiume cháll onde
Arietta: Traditorella che credi (soprano, basgamba & harp)

Luigi Rossi (1597 - 1653)
Passacaille del Seigr. Luigi (harp)

Giovanni Felice Sances (1600 - 1679)
Fuggi pur tu
Sopra la Ciaccona (soprano, basgamba & harp)

-encore-
Claudio Monteverdi
Si Dolce e'l Tormento

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このチャペルには昨年1月から隔週一回合唱の練習で来ているが、ここでプロの古楽演奏家に
よるコンサートを聴くのはずいぶん久しぶりだ。
座席は自由席なので、教会でのコンサートの鉄則「とにかく前の方に座るべし」を守るため
早めに行き、二列目中央を確保した。
会場の入りは6割程度だろうか、寂しいものである。
しかし、演奏家の皆さんは、ご機嫌よろしくにこやか。
歌手のセリーヌ・シェーンのソロを生で聴くのは初めてだが、写真での印象と異なり、黒い
ロングドレスに金髪ロングのすらりとした実に私好みの北ヨーロッパ系の美人である。まるで
映画『ロード・オブ・ザ・リング』でのケイト・ブランシェットみたいでドキドキしてしまう。

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まずは、ガンバとハープによるオルティスの『リチェルカール』で腕慣らし、耳慣らし。
ピエルロのガンバは、気負いとか感情入れ込みなどには無縁の実にあっさりとした演奏で、
そこから流れだす音色は澄んでしかも何とも言われぬ深みがあり、実に洒落た味わいである。
豪快な波のようなうねりはなく、流れに体を任すと自然にたゆたう気分になり心地よい。

しかし、歌曲の最初の2曲では、こちらの耳が慣れないせいなのか、感情を込め過ぎるためか
ソプラノがどうも張り上げ気味に聞こえ、もう少し音量を絞ってもらいたいなあと思うことが
しばしばだった。
このチャペルはとても小さいし響きが良すぎるので、リハでその点を見極めるべきなのだ。

曲目が進むにしたがって、音量調節がうまくいったかような感じになり、休憩前に歌われた
カッチーニの3曲はシェーンの個性にもぴったり合い、満足であった。彼女の声は、教会系
ソプラノとは異なり中音域に独特の土臭さがあるためこういうバロック初期の歌にはとても
適しているのだが、私の好みからすると、そこをあまり押し出さないで抑えた方がもっと美
しく聞こえると思う。
歌う姿はラファエル前派の美女を彷彿とさせ、ハントやウォーターハウス描く『シャロット
の姫君』そっくりである。

↓は、シェーンの歌うカッチーニ Torna, deh torna


休憩後の最初の曲で、ピエルロさんが最初の曲の楽譜を探すのに手間取って、笑いを誘う。
これで会場の雰囲気もほころんだのと、曲目も明るい色調の民謡っぽいものが多くなり、
全体の空気が軽くなった感じだ。浮き立つとまではいかないが。

ハープというのは、特に古楽演奏では艶やかさがなくごつごつとした素朴さも相まって、
とても男性的な楽器だと思う。指ではじくという豪快さがあるため、弓を使う楽器の伸び
やかで流麗な優しさと聴き比べるとそれが顕著で、ガンバとハープとの組み合わせは互いを
補っていいものだなあ、と思わされる。

図らずも、マルコ・ビーズリーでおなじみの歌が多いプログラムであったが、シェーンの
声質にはモンテヴェルディがぴったりだから彼女の歌う『ポッペア』など聴いてみたいものだ
と、コンサート中ずっと思っていた。すると、それを察してくれたかのような絶妙さで、
アンコールは「クラウディオ・モンテヴェルディのシ・ドルチェ・エル・トルメント』と
ピエルロが言ったときには膝を打ち、思わず「やった」と声がでたほどだ。
↓の動画はビーズリーによる歌。

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by didoregina | 2015-04-11 19:05 | コンサート | Comments(6)

コンサート・チケットの「当たり」年

年末ともなると、一年を振り返り、順位や回数などのまとめ記事を書きたくなるものだ。
「当たり年」というキイワードを使って2014年を総括すると、文字通りチケットその他の
プレゼントに「当たった」回数というのが今年はかなり多かったので、それをまとめて
みよう。
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1月27日のコンセルトヘボウでのカリーナ・ゴーヴァンのリサイタルはブログ記事にした。

その前の週からエイントホーフェンのミュージックヘボウで、室内楽のストリオーニ・
フェスティヴァルが開催されていて、1月31日、フェスティヴァル出演アーティストのほぼ
全員登場しての総集編ともいうべきラスト・ナイト・マラソン・コンサートに招待された。
Storioni Night o.a. Hervé Joulain hoorn, Bram van Sambeek fagot,
Nelson Goerner piano, Storioni Trio

Ives – The unanswered question
Dvorák – Strijkkwartet nr 12 ‘Amerikaanse’
Arthur – Farewell song of the deathless voice
Gotschalk – The banjo
Beach – Pastorale
Griffis – Threetone picture
Korngold – Romance impromptu uit Deception
Bloch – Prayer uit Jewish Life
Bartók – Contrasts
Bernstein – Ouverture Candide (versie voor blaaskwintet)
Greenstein – Nieuw werk
Muhly – The only tune
Bernstein – Delen uit Westside Story
Gershwin (arr. Van Klaveren) – Rhapsody in Blue
Saint-Saëns – Havanaise
Brouwer – Werk voor gitaar ntb
Golijov – Lullaby & Doina
Piazzolla – Primavera porteña
Piazzolla – Tango seis
Grande finale (Amerika-medley met muziek
van Irving Berlin, Jerome Kern en Cole Porter)

休憩2回を含む夜7時半から夜中までの長いコンサートで、内容も大変ヴァラエティに富み
いかにもフェスティヴァルの最後の夜を飾るにふさわしいもので楽しかった。(詳しいレ
ビューを書いたが、ブログ投稿に失敗して消えてしまった。。。。)
出演者の中で特に印象に残ったのは、フィンランド人のヴァイオリニストでメゾ・ソプラノ
のVirpi Räisänenというアーティストだ。室内楽でヴァイオリンを弾き、またソロ歌手として
素敵なデザインのコスチュームでモダンダンスを披露しながら現代ものを歌ったりするので、
もう彼女に目が釘付けだった。
↓の動画は2012年のものだが、これと似たパフォーマンスと衣装であった。




6月にはニシン漁が北海で解禁になり、初物は珍重される。それを祝うニシン・パーティと
いうのが各地で開かれるのだが、帽子イヴェントとして参加したことは記事にした。
そこでの私の生牡蠣の食べっぷりのよさが牡蠣屋さんの目に留まったらしく、屋台を出して
いたレストランFLOマーストリヒトから、ウェルカム・ドリンク付き3コース・ディナーと
いうのにあとで招待された。生牡蠣は一般的オランダ人には敬遠されがちなので、パーティー
などで牡蠣が出ていたら、一人勝ち状態である。
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また、8月にはロンジン・グローバル・チャンピオンズ・ツアーという馬術障害競技大会の
フェルドホーフェンでのVIP招待券が当たった。(これブログ記事にした。)

9月には、デン・ボッスのInternational Vocal Competitionという声楽コンクールにBrava
TVから選ばれた視聴者審査員の一人として3日間審査に携わる機会に恵まれた。
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その最中にユトレヒト古楽祭が開催されていて、9月7日の最終コンサートのチケットが当選
した。
ジュージー・トゥートというハンガリア人ソプラノの生の歌声を一度聴いてみたいと思って
いたので、万難を排してコンサートに行った。ジュージーちゃんは4人いるソプラノの一人で、
さほどソロパートがあるわけではないので、誰がどこを歌っているのかイマイチわかりづらい
のだったが、めったに聴く機会のないフックスの『皇帝レクイエム』なるものを生で聴くことが
できて満足だった。

Johann Joseph Fux - Kaiserrequiem

Vox Luminis:
Zsuzsi Tóth, Sara Jäggi, Elke Janssens, Maria Bernius - sopraan / soprano
Barnabás Heygi, Jan Kullmann - alt / alto
Olivier Berten, Robert Buckland - tenor
Matthias Lutze, Lionel Meunier - bas / bass

Scorpio Collectief:
Veronika Skuplik, Stefano Rossi - viool / violin
Johannes Frisch - altviool / tenor violin
Josue Melendez, Frithjof Smith - cornetto, cornetto muto / cornett, cornett muto
Simen van Mechelen, Claire McIntyre - trombone
Carles Cristobal - fagot / bassoon
Matthias Müller - violine
Kris Verhelst - orgel / organ

このコンサート動画がアップされているのでご覧いただきたい。


そのあとはもう軒並みコンサート・チケット当選ラッシュであったが、遠征とかち合って
しまい、自分では一つしか行けなかった。そうなると、行ってくれる人・ふさわしい人を
探すのに躍起になる。

デン・ハーグでのPJとナタリー姐のコンサートとかち合ってしまったのが、ロッテルダムの
ゲルギエフ・フェスティヴァルの「革命」と題された9月14日のコンサートで、ゲルギー
指揮マリンスキー劇場オケ、ソリストはデノケである。プログラム内容は以下の通り。
代わりに行ってくれた人たちは非常に感動していた。

Orkest van het Mariinsky Theater
dirigent Valery Gergiev
sopraan Angela Denoke
Falla Danza ritual del fuego uit 'El amor brujo'
Strauss Symphonische Fantasie aus 'Die Frau ohne Schatten'
Berg Drei Bruchstücke aus 'Wozzeck'
Sjostakovitsj Twaalfde symfonie 'Het jaar 1917'
Ljadov Uit de Apocalyps

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10月4日のロンドンでの『ポッペアの戴冠』と同じ日にあったデン・ハーグでのイレーネ・
テオリンがソリストのスウェーデン王立歌劇場オーケストラのコンサートにはハーグ在住の
友人に代わりに行ってもらった。

Wagner Tristan und Isolde: Vorspiel & Liebestod
Van Gilse Thijl Treurmuziek
Wagner / de Vlieger The Ring, an Orchestral Adventure

Royal Swedish Opera Orchestra
Lawrence Renes - dirigent
Iréne Theorin- sopraan

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11月の『イドメネオ』および『エレクトラ』遠征には、コンセルトヘボウでのアンジェラ・
ゲオルギューのリサイタルがかち合ったのだが、丁度日本からアムスとロンドンに遠征に
来ていたリュドミラさんに譲ることができた。「アンジェラのコンセルトヘボウでのコン
サート・チケットが当選したからには、くじ運の強さも本物」と友人たちから言われたものだ。
コンサートの内容に関してはリュドミラさんのブログ記事を参照されたい。(11月25日)

Angela Gheorghiu (sopraan)
Marius Vlad Budoiu (tenor)
Het Gelders Orkest
Tiberiu Soare (dirigent)

Saint-Saëns - Bacchanale (uit 'Samson et Dalila', op. 47)
Puccini - Tu, che di gel sei cinta (uit 'Turandot')
Mascagni - Suzel, buon dì (uit 'L'amico Fritz')
Leoncavallo - Vesti la giubba (uit 'Pagliacci')
Bizet - Entr'acte (uit 'Carmen')
Verdi - Ave Maria (uit 'Otello')
Verdi - Dio, mi potevi scagliar (uit 'Otello')
Verdi - Già nella notte densa (uit 'Otello')
Dvořák - Slavische dans in C (uit 'Slavische dansen', op. 46)
Cilea - Ecco, respiro appena (uit 'Adriana Lecouvreur')
Cilea - Ma, dunque, è vero? (uit 'Adriana Lecouvreur')
Wagner - In fernem Land, unnahbar euren Schritten (uit 'Lohengrin')
Tsjaikovski - Polonaise (uit 'Jevgeni Onegin', op. 24)
Lehár - Dein ist mein ganzes Herz (uit 'Das Land des Lächelns')
Catalani - Ebben? Ne andrò lontana (uit 'La Wally')
Puccini - O soave fanciulla (uit 'La bohème')

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そして、12月のロンドン遠征から帰った足でそのまま、ドイツのドゥイスブルク歌劇場
から招待された『ウエルテル初日』を鑑賞しに行ったことは、先日ブログに書いた。
偶然だが、チケット・プレゼント当選は、遠征と連動しているかのような法則性が見られる。
不思議だ。

たぶん、今年最後のプレゼント当選は、Het Nieuwe Rijksmuseum (邦題『みんなのアム
ステルダム国立美術館へ』)公開記念として、配給元からフィルムハウス・リュミエールに
贈られた、アムステルダム国立美術館とプレイモービルのコラボ限定版「牛乳を注ぐ女』の
フィギュアである。これはクリスマス・プレゼントとしてきれいにラッピングされていたので
うれしさもひとしおであった。ラッピング・ペーパーには12月公開の日本映画『2つ目の窓』
ポスターが使われ、カードは現在映画博物館EYEでリバイバル上映されている『風と共に去り
ぬ』でしかもカードにはなんと日本語で「おめでとうございます」と書いてあった!
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プレゼント当選のコツとしては、応募の際、必ず1、2行、担当者の心に響くコメントを書く
こと。これに尽きる。大概は、「応募の動機」もしくは「誰と一緒に行きたいか」を書く
ことになっているが、そうでなくて「先着順」とか「抽選」と謳っている場合でも、実際は、
気の利いたコメントを書いたことが当選の理由なのは、担当者からの返事やその後のやりとり
から明らかである。
中学生時代、ラジオの深夜放送などにリクエストはがきをよく出していて、当時それが
読まれたりプレゼントに当選したりしたことがよくあった。あれと全く同じコツが現在の
プレゼント必勝法にも当てはまるのである。
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by didoregina | 2014-12-30 20:05 | コンサート | Comments(8)

International Vocal Competition に視聴者審査員として参加

今年で50回目を迎えたInternational Vocal Competition Den Bosch (IVC)は、過去の受賞
者名を見ると、過去または現在各地の歌劇場で活躍の歌手の名前が出ている。このコンクールは
綺羅星のごとくスターを輩出しているのに驚く。
そのオペラ・オラトリオ部門に、クラシック専門のテレビ局Bravaの視聴者審査員として参加
することになった。
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今年からBrava視聴者賞が設けられて、テレビ局が募集した審査員に自薦で応募した中から
選ばれた12人が、デイム・キリ・テ・カナワや元ウィーン国立歌劇場のホレンダー総裁を
はじめとする錚々たるメンツの本物の審査員会とは別にアマチュア審査団を組んだのだ。

土・日2日間に渡って繰り広げられた本選第一ラウンドでは、午前・午後・夜それぞれ10人が
自分の得意とするアリア3曲を歌った。そして、われわれ審査員は1日に30人の異なる歌手
(の卵)が歌うアリア90曲を聴いた。

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われわれの採点方式は、出場歌手の歌唱を聴いて、名前と歌う曲が印刷された用紙に100点
満点で点数を付けるというもの。視聴者審査員の出した点数から平均値を計算し、最高点を
得た歌手がBrava視聴者賞を受賞するという仕組みである。
仕組みは単純ながら、点数を付けるために歌を聴くという行為は実は思ったよりもずっと大変
なのだった。

わたしは、歌唱を聴きながら気付いた点・感想をメモった。大体、歌手一人につき3、4行だ。
声質、歌唱、スタイル、ルックス、その他のアピールする点を、実際に生で聴いたことのある
現在活躍中の歌手と比較しての印象を書きこんだ。
それを元に点数を付けるのだが、それがまた難儀である。
特に初日午前中の部出場者は、本選に最初に登場であがっているだろうし、朝11時では通常
声のコンディションは万全ではないだろうし、こちらとしても比較対象が少ないから困る。

どうも初日午前の部はあまりパッとしないというか、ハッと鮮烈な印象に残る出場者があまり
いないのだったが、午後からだんだん盛り上がって、上手い人が続々と出てきた。
夜の部となると、皆甲乙つけがたいほど優秀な歌手ぞろいなのだった。
そして、最初の方に付けた点数が甘すぎたと痛感することになる。このままいくと、100点満点
に限りなく近い点数を付けざるを得ない。

テクニックなど様々な点を考慮に入れつつ、この人の声が好きだし、この人の歌をオペラ舞台で
観たい・聴きたいと思う場合、高得点を付けた。

とどめは、夜10時、最後に歌ったオランダ人ソプラノだった。
堂々たる押し出しの強さと自信がみなぎった態度の成熟した歌唱で、どの音域でも声量は十分
あり、発音もはっきりとして、ドラマチックな声なのに気品がある。無理の感じられない自然
な発声で、ガタイのいいせいかよく響きよく通る。まるで、ウエストブルックの再来か、と
思えるほどのオーラを放ち、完成度が高くて素晴らしいリサイタルの趣だった。
ほとんど視聴者審査員全員一致で、その日の一位は決定した。

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その晩、われわれアマチュア審査員は皆よく寝付けず、よく眠れなかった。
集中しつつ生で聴いた歌の絶対量が多すぎ、頭が一杯になってしまったのだ。
リラックスしたり、ピュアに楽しむために音楽に身や心を任せて聴くコンサートやオペラ鑑賞
とは全く別の態度で臨んだためだ。

そして、翌日も同様に朝から晩までアリアを聴いた。(実は、わたしは日曜夜の部は抜けさせて
もらった)
全部聞くと2日間で180曲だ。しかも、コンクールだから熱唱・熱演の真剣勝負である。
そのエネルギーを受け止めるためにはこちらも万全の構えで臨まないと圧倒されて疲れてしまう、
ということがよくわかった。
しかも、感情的に好き嫌いのみで評価するわけにもいかず、理性的思考を行いつつ音楽を聴くと
いう行為は精神的にも重く、こういう疲労感は今まで味わったことのないものだ。

本職の審査員たちによる本選の結果が出て、20人のセミ・ファイナル出場者が決定した。
わたしが高得点を付けた人で入っている人もいれば落ちている人もいる。その逆に、低得点を
付けた人が残っていたりして、なるほど、プロの審査員とアマチュアとは好みも目の付け所も
かなり分かれるんだなあ、と思ったことである。(プロの審査員団には、歌手以外にも指揮者、
インテンダント、インプレッサリオが入っている)

一日置いて、火曜日にセミ・ファイナルが行われる。出場者は今年のコンクールのために
委託作曲された現代曲の課題曲ともう一曲自分の得意な曲を歌う。20人X2だから、40曲で
すむが
、精神体制を整えてセミ・ファイナルの審査に臨むつもりだ。
(追記: 課題曲ともう一曲だと思ってセミ・ファイナル審査に出かけたが、なんと課題曲
プラス3曲のアリアを歌うということを当日知った。またまた丸一日、20人X4曲歌うのを
聴くことになった。結局、コンテスタントたちが全員歌い終わったのは夜11時過ぎで、その後、
得点集計・審査会議があり、結果が発表されたのは真夜中の0時だった。)

才能あふれる新人発掘というチャンスに遭遇するのは、何と言ってもスリリングだし、とても
楽しいことでもある。
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by didoregina | 2014-09-08 13:14 | コンサート | Comments(4)

San Giovanni Nepomuceno はカルダーラらしさ爆発のオラトリオ

今年のユトレヒト古楽祭のテーマは「ハプスブルク、ウィーン、プラハ」となっていて、
チェコの古楽アンサンブルCollegium1704がアーティスト・イン・レジデンスである。
彼らが演奏する古楽祭オープニング・コンサートのチケットは取れなかったが、私的には
非常に興味を惹かれる演目であるカルダーラのオラトリオ・コンサートを聴きに行った。

c0188818_19161420.jpgA. Caldara: Oratorio San Giovanni Nepomuceno
@TivoliVredenburg Utrecht
2014年9月1日

Collegium 1704
Václav Luks - Conductor

Hana Blažíková - Regina, soprano
Alena Helerová - Angel, sorano
Sophie Harmsen - San Giovanni Nepomuceno, mezzosoprano
Václav Čížek - Ministro, tenor
Tomáš Král - Venceslao, bass









例によって、あまり演奏される機会のない曲のため、事前予習なし(ほぼ不可)である。
ストーリーをかいつまむと、ヨハネス・ネポムセヌスという聖職者の殉死がテーマの曲で、
ボヘミア王ウェンセスラウス4世(ヴァクラフ4世)は、王妃ヨハナの懺悔を聴く僧ヨハネス・
ネポムセヌス(サン・ジョヴァンニ)と王妃の仲を疑い、嫉妬が嵩じたあまり人間性を失って、
僧を残虐な手段で拷問した挙句、半死のまま川に投げ捨てさせたが、天使と王の寵臣によって、
僧も王も最後には救われる、という筋書きだ。

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以前と変わらない大ホール

今年からユトレヒト古楽祭のメイン会場は、今年の春にようやく改修工事が終わって新装
リニューアル・オープンとなったフレーデンブルク(新名称はティヴォリ・フレーデンブル
ク)だ。再オープンまで、8,9年かかったのではないかと思う。それで、内部はどうなったか
というと、大ホールにはほとんど全く手が加えられないまま、建物の箱は大きくなって外観
が変わり、建て増し部分に小ホールとポップやロックなどのコンサート向け会場が加わった。
多目的総合ホールになったのだった。

このコンサートも結構人気演目で、1か月半ほど前にチケットを注文した時にはすでにいい
席は残っておらず、ステージ横を上から見る位置の席を選ばざるをえなかった。
ところが開演してみると。会場は満席ではなく、平土間にもかなり沢山空席が目立つのだ。
いったいどういうわけだろう?納得いかない。
この位置では、舞台は真横上から俯瞰するので指揮の様子はよく見えるが、ソロ歌手の声が
人によっては全く届いてこない。
特に、王役のテノール歌手の声が聴こえない。字幕も見辛い位置にあり、ストーリーを知る
ために字幕を追うと歌手は視界から消える。視界に入らずしかも声が届かない歌手の歌を
聴くというのはしんどいものである。
寵臣役のバリトンとサン・ジョヴァンニ役のメゾの声はまあまあ聴こえる。
しかし、一番期待の王妃役ハナちゃんは素晴らしかった。すっとさわやかかつのびやかな
澄んだ声がびんびんとこの位置まで響いてくるのだ。

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ハナちゃん、感動をありがとう!

ハナちゃんの歌唱も声質もいかにも教会系で、バッハのカンタータやオラトリオにうって
つけのストレートな美しさで勝負なのだが、録音ではなぜか彼女の声は妙にキンキン響く
ように聴こえることがしばしばあり、「そうじゃないんだ、彼女の生の声は!」と触れ回り
たくなる。
今回の彼女の歌唱の素晴らしさは群を抜いていて、声には深みと艶と温かさが増し、ピンと
張ったきらめく絹糸のような芯のある美しいアジリタも決まって、びしびしと届く。
レチタティーヴォの発声もきれいで説得力があるので、うっとりと聞きほれてしまう。
無垢でかわいらしい印象だったのが、女王らしい威厳と気高さの表現力もあるのに驚かされた。
そして、無実の罪を着せされた王妃の無念さと、それに負けじと運命を切り開く強さを堂々
たる歌唱に込め、聴く者の心にじんと迫るのであった。

特にトランペット・オブリガートとの掛け合いのアリアでは、彼女の声質とバロック・トラン
ペットの華々しい音質が上手い具合にマッチして、このコンサートの白眉であった。
崇高という言葉はこれを指すためにあるんだな、と思え、目頭が熱くなるほどだった。

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幕間休憩時に、空いていた平土間の席に移動した。
やはり、音響・視覚的に難ありの席に座っていた大多数の人が、上からがら空きに見えた
平土間に移動してきたので、最前列には座れなかったが、2列目右はじの席を確保した。

すると当然ながら、前半では全く冴えなかったテノール他の歌手の声もまっすぐ届くから
よく聴こえて、まるで別の印象になるのだった。
しかし、もっと印象が変わったのはオケの演奏だ。
ステージ上手側上方の席だと、正面からのヴァイオリンの音が妙にぬるりとした感じで、
テンポが遅れ気味で、よく言えば典雅でおしとやかに聴こえるのだったが、平土間から
直に響くオケの音にはもっとびっしりとしたしまりがあった。
このオケには、イタリアのバロック・オケによくあるような、あざとさと紙一重になるほど
効かしすぎたエッジやドライブ感は期待していなかったが、演奏や音にぼやけたところは
なく、かえってノーブルで正統派でいわば育ちのよさを感じさせる好ましいものがある。
ウィーン的、いやプラハ的におっとりとしている。
プラハご当地ものオラトリオだが、カルダーラ作曲のおかげでドラマチック、オペラチッ
クなバロック感覚が炸裂していた。

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後半になるとドラマが意外な展開を見せるため、もう一人のソプラノの天使も登場する。
せっかくいい席に移動したのにハナちゃんの見せ場・聞かせどころが少ないのが少し残念
だったが、やはり間近で聴く彼女の声と歌唱は感動的で、すったもんだのキャンセル劇で
スケールが矮小化してしまった1月のカルダーラの別のコンサートのソプラノ代役として
彼女が出演していれば!と思ってしまったほどだ。それほど実力を見せつけたハナちゃんの
独り舞台だったのだ。
今シーズン、彼女は見逃せない。
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by didoregina | 2014-09-02 13:40 | コンサート | Comments(2)

マルコ・ビーズリーのコンサート@AMUZ とボレケ・フェスティヴァル

アントワープのAMUZをメイン会場として、毎年夏の終わり頃、古楽祭Laus Polyphoniae
が開催される。
今年は、マルコ・ビーズリーの土曜マチネ・コンサートに出かけた。

アントワープに着いたらなにやら別のお祭りのようで、賑わっている。

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フルンプラーツに立つルーベンスの像はビア樽で囲まれている。

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こちらはフローテ・マルクト。ボレケスフェースト(ボレケ・フェスティヴァル)の幟が。

ボレケとは、アントワープの地ビール、デ・コーニンクの愛称だ。通常、大きな半球型の
グラス(オランダ語フラームス弁でボレケ)に注がれたものを飲むから、カフェやバーでは
ボレケと言って注文する。
その週末はボレケ・フェスティヴァルで、町中がボレケ一色である。

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広場ではボレケ一杯が1ユーロ50セント!

大きなフェスティヴァルでは、ビールはプラスチックの味気ないコップでアルコール度数も
抑えめのビールが供されるのが普通だが、ボレケスフェーストでは、ビールはもちろんオー
センティックなボレケ・グラスに注がれる。
ベルギー・ビールはベルギーのカフェで飲めば普段でもめちゃ安だが、祭りの広場では
もっと安かった。
コンサート前、すっかり愉快な気分になってしまった。

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フローテマルクトに立つのは、アントワープのシンボル、ブラーボの像。

こちらでは、ご当地名物の食べ物屋台がいろいろ並んで祭り気分を盛り上げている。
アントワープ・パン屋組合の出しているクッキーの屋台に目が惹かれた。

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型で抜いているのは、、、、、

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手の形のクッキー!

ブラーボの像が今まさに天高く投げようとしている巨人の手は、アントワープ名物で
いろいろなところで見かける。ボレケのグラスにも描かれているし、博物館MASの壁にも
プレートが沢山埋め込まれている。そして、カフェでコーヒーを頼めば、コーヒーのお供に
手の形をしたクッキーが付いてくる。

さて、ソーセージやポテトフライなどでお腹を満たした後、コンサートホールに向かう。

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AMUZというのは、Augustinus Muziekcentrumの略で、アウグスティヌス教会がそのまま
コンサートホールになっていて、HIP古楽コンサートが行われる。

Marco Beasley, Fabio Accurso & Stefano Rocco
La Clessidra @AMUZ 2014年8月23日

Rappresentatione di Anima, et di Corpo ‘recitar cantando’
fragmenten uit Jacopo Peri’s L’Euridice en Monteverdi’s L’Orfeo
de bundel Le Nuove Musiche van Giulio Caccini

マルコ・ビーズリーは、オランダとベルギーではかなりの人気を誇り、今回の古楽祭でも
彼のコンサートは目玉の一つだった。同日の夜の部のコンサートが早々と売り切れになり、
マチネコンサートが追加された。そして、AMUZからのオファーで、先着5名、通常一人28
ユーロの座席のペアシート+フリードリンクが20ユーロ(つまり一人10ユーロ!)というのに
応募したら当たったのだった。

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バロック様式の教会内陣がステージ。内装は白と黒の大理石に金色がアクセント。
いかにもルーベンスの町アントワープらしいゴージャスなバロックで、くらくらしてしまう。

今年の古楽祭のテーマは「若き日のモンテヴェルディを探して」と題されていて、この
コンサートもイタリアの1600年ごろのモノディ様式の歌曲が中心のプログラムだ。
だから、伴奏には通低のリュートが二人。
モンテヴェルディの「オルフェオ」からのアリアや、同時代のカッチーニ作(と言われる)
「アマリリ」など、シリアスな歌の数々をしんみりと聴かせてくれた。

しかし、ビーズリーの歌唱の神髄は、もっと古いイタリア南部の土臭い古謡にある。
プーリア地方のタランテッラやナポリのバロック以前の愛の歌を、両手でカスタネットを鳴ら
しつつ明るく高々と歌うビーズリーを見るのは楽しい。やっぱりこういう歌の方が、彼独特の
甘じょっぱいような、鼻音が美しく響くテノールの声にぴったりで、耳に心地よい。
イタリア南部に降り注ぐ太陽と光る海を連想させる、明るい愛の歌がビーズリーの本領なのだ。

c0188818_3523617.jpg

マルコ・ビーズリーと二人のリュート奏者。


ビーズリーは、ルーベンスの家でもコンサート(というか語り)を行ったらしい。
やはりAMUZからのオファーで、開演前にルーベンスの家の庭で食べるピクニック料理
付きというのがあり心惹かれたが、開演が夜10時半と遅いので帰宅が難しくなるため
諦めた。
AMUZがアップした写真を見ると、ロケーション最高で素晴らしい雰囲気だったろう。
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by didoregina | 2014-08-31 21:09 | コンサート | Comments(2)

Britten Sinfoniaによるヨハネ受難曲@コンセルトヘボウ

c0188818_18305588.jpg

2014年4月17日@Concertgebouw

J.S. Bach - Johannes-Passion, BWV 245

Britten Sinfonia Voices
Britten Sinfonia
Jacqueline Shave (viool/leiding)
Nicholas Mulroy (tenor, Evangelist)
Matthew Brook (bas, Christus)
Julia Doyle (sopraan)
Iestyn Davies (countertenor)
Jeremy Budd (tenor)
Eamonn Dougan (bas, Pilatus)

オランダ・バッハ協会による『マタイ』の2日後に、アムステルダムのコンセルトヘボウでの
イギリスの団体Britten Sinfoniaによる『ヨハネ』コンサートに行った。
前者のネームバリューが各段に高いのに対して、後者の名前は寡聞にして知らなかったし、
イギリスの楽団は中庸の美徳を重んじるかのようでスリリングな演奏にはぶち当たったことが
ほとんどないから、あまり期待せずにいた。
ハッキリ言うと、今年はとにかく生のイエスティン・デイヴィスを聞き逃したくないという理由から
チケットを買ったのであった。『ヨハネ』の方が耳なじみがよくて好き、という理由もあるが。
案の定、チケットの売れ行きはほとんど直前まで芳しくなかったが、当日、少なくとも平土間
席は埋まっていたと思う。

しかし、結果は期待を上回るどころの話ではなく、聞く前になんだかしょぼそうとか言っていた
自分を恥じ土下座して謝りたいほどの素晴らしくエネルギッシュな演奏だったのだ。
ヴァイオリンの最初の音がちょっとばらけているように聞え、あららやっぱり、などど一瞬だけ
思ったのを除くと、スリリングかつドラマ性のあるオケの演奏は冴えていた。
チェンバロ奏者が指揮を兼ねているのかと思ったらそうではなく、コンミスのジャクリーン・シェイヴ
女史がきびきびとリードして、オケ全員がまるでソリストのように主張溢れかつ室内楽風に親密で
息のあったまとまりを作り上げていた。
脱帽である。

↓にBritten Sinfoniaのプロモ・ヴィデオを貼るので、ご視聴あれ。




なぜ、わたしは『ヨハネ』が好きかと言うと、最初にガツンとくるHerr, unser Herrscherで
否応なく熱い音楽の渦中に引き込まれ、こうべを垂れる思いになり、最後まで緊迫感溢れる
ドラマが無駄なく進行して続くので、コンパクトにきゅっと詰まった緻密な音楽の中に自分が
閉じこまれたような感覚になるのがたまらなく気持ちいいからだ。
そして、コラールの部分にどこか中世的な土臭い匂いが感じられ、ホッとできる部分がちゃんと
ある。聴く方にも緊張だけを要求しないのである。
それでいて劇と音楽の融合性と密度が高いため、途中で飽きたり他のことを考えたりする余裕を
与えない。
その晩の演奏は、まさにそういう密度が高く結晶化したかのようで、弛緩した部分が全くない
理想的な姿なのだった。

コンセルトヘボウで聴く受難曲というのは初めての経験だったのだが、それも期待以上であった。
音響的にモダンでドライすぎたりすることなく、大きな教会で聴くように合唱が団子になってしまう
こともなく、ソロ・パートはクリアでよく響き、隔靴掻痒感が全くない。
荘厳さと言う点では教会で聴く受難曲に勝るものはないという思いもあるのだが、音楽として聴く
にはこのホールはやはりさすがの素晴らしさである。

もう一つ期待していたのは、コンセルトヘボウの大ホールで聴くイエスティン君の歌唱である。
彼は声の飛ばし方が大変よく大ホールの隅々まで届くはずだし声量もしっかりあるから、去年
11月に小ホールで聴いたときには会場が狭すぎて響きすぎるし、もっと大きなホールで聴きたい
なあと思ったものである。
その期待は裏切られなかった。彼の声の魅力は、確固とした男性的な芯を内包しつつ外側も
ふやけたりぼやけたりしたところがないが優しさを感じさせ、ストレートな直球で勝負という歌唱の
小気味よさである。
てらいがなく、またある意味カウンターテナーらしからぬ男性的なアプローチなのである。
小柄ながら胸板が厚そうなので、胸声の幅が広いのかもしれない。だから、特に中音域にその
精華が詰まった歌唱を聞かせるのだが、高音にもその特徴が現れている。高音域でもあまり
ファルセットっぽい声ではないところが、ちょっと一般的にCTに期待されるものとはずれるかも
しれないが、それが彼の個性だと思う。

c0188818_200016.jpg


ソロ歌手は皆若く、先日の『マタイ』でも思ったように重厚さよりも爽やかさが勝る。
福音史家の歌手も若いが堂々と安定したものである。バスは渋みのある重々しい声で説得力も
あった。そして、ソプラノの軽く清々しい歌唱がとても光っていた。
合唱もソロも全体的に、非常にハイレベルなのに驚かされた。

そういうわけで、今回の『ヨハネ』は、演奏の小気味よさもさることながら感動レベルも高い、近年
稀に遭遇するコンサートなのだった。
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by didoregina | 2014-04-23 13:01 | コンサート | Comments(0)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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モットー:Carpe diem

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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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