ルール・トリエンナーレの『ペレアスとメリザンド』

ルール・トリエンナーレに行ったのは昨年のDie Fremden鑑賞に続いてまだ2度目であるが、
このユニークな芸術祭がとても気に入り応援したい気持ちが抑えがたく湧き出たので、
久しぶりにブログ記事を書いてみよう。
トリエンナーレといっても3年に一度の芸術祭ではなく、3年連続で一人の芸術監督による
監修というもので、今年はオランダ人演出家ヨハン・シモンズが芸術監督を務める最後の
トリエンナーレだ。
プログラム内容的には演劇・オペラ・コンサート・ダンス・映像・インスタレーション
その他の舞台芸術全般が網羅され、それらがドイツの一大工業地帯ルール地方の様々な
インダストリアル・モニュメントを会場とし、しかもそれぞれのジャンルをクロスオー
ヴァーして有機的に結びつき合っているという点がヨーロッパの他のフェスティヴァルと
比べて異質かつ光っている。
これを一言で言うならオルタナティブというのがぴったりではないかと思う。
会期は8月18日~9月30日で、開場はルール地方一帯に散らばっている。
https://www.ruhrtriennale.de/en/festival-arts

昨年鑑賞したシモンズ演出の芝居Die Fremdenはマールという町にある元炭鉱の巨大な
体育館のような石炭貯蔵倉庫が会場で、石炭屑で黒ずんだ広大な床を舞台とし、舞台前方に
デ・レーウ指揮による室内現代オケがリゲティなどの音楽を奏でている脇や後方でNTヘン
トの俳優たちが芝居をし、客席は鉄骨で組んだ雛壇式。会場自体が伽藍洞となった巨大な
工場廃墟の趣であった。寒くなることが予想されるので暖かい服装をとの注意が事前に届き、
毛布も貸し出されていた。
倉庫の隣にやはり巨大なテントが張られ、オクトーバーフェストの趣のカフェおよび特設
トイレが設置されていた。

c0188818_21013809.jpg
それと比べて今年のオペラ『ペレアスとメリザンド』の会場ヤールフンデルトハレは、
普段からライブ・コンサートが行われていると思しく、フォワイエというかカフェのみ
ならず、地下にはかなりの数のクロークもトイレもしっかりある。
しかし、客席はやはり鉄骨で組んだ足場のような急勾配の雛壇で、階段をかなり上り
下りするため着席・離席には時間がかかる。(脚の不自由な人や年配の方々は苦労
されていたし、緊急時の避難を想像して心配になった)

メインの舞台は木のモザイク床で、オケは舞台後方の緩やかな勾配の馬蹄型バルコ
ニーのような階段の中の雛壇上に座る配置で、指揮者は常時歌手・俳優および観客に
背を見せていることになる。
お互いを結ぶモニター・スクリーンのような物も見当たらず、これではオケの指揮者と
歌手とのライブでのアイコンタクトが不可能なのでは、とびっくり。しかし、舞台
後方に巨大なスクリーンがあり、そこに舞台上の様子を約90度ずらしたカメラ
アングルのモノクロの粒の粗い画質でサイレント映画のように映し出されているので、
指揮者はそれを見ながらということなのだろう。

メインの舞台上手側は木の内装の壁とドアが3つ。中央辺りにダイニングテーブルと
椅子。下手は鏡張りのバーカウンターになっていて、そのさらに外側の壁に洗面台が
いくつか並んでいる。(それが泉というわけ)

c0188818_21061375.jpg
          開演前から役者や歌手が舞台下手のバーカウンターに座っている。

バーやスクリーンという舞台装置もさることながら、オペラの始まる前にプロローグの
ような口上があるのもワルリコフスキ演出の常道で、見慣れた・聴きなれたアプローチで
ある。
今回のプロローグはミッドライフ・クライシスのゴローの心情吐露である。これで、
かなり彼のキャラがハッキリしてきた。
そして、バーで酔いつぶれた薄汚れた家出少女のような女がメリザンドで、二人の出会う
「森」は場末のバーのような場所である。
カウンター脇のテレビの画面には映画『鳥』の映像が流れている。
ご丁寧に舞台後方の大スクリーンには、それぞれの場の説明文が入る。すなわち、
「森」や「泉」や「館の中」「海辺」といった具合である。そして、その説明の後で
舞台の白黒の映像が常時映写され、レトロな映画の雰囲気を作り上げている。
実際の舞台上で行われる演技の現代的でチープなイメージが、約90度角度を変えて
白黒で映し出されると妙に浄化されて現実味を失い魅惑的なのである。
このアイデアは素晴らしく、しかも映像による情報が実際の舞台を補足する形で存在し
邪魔にならない。
バンダのように舞台上に置かれたオケさえも、豪壮な館のお抱え音楽隊の趣である。
かように、ワルリコフスキの舞台にしては無駄な視覚的情報量が少なく、用法も
的確であるのがうれしい。

オケはなんと地元ボーフムのオーケストラだというので驚いた。舞台後方でのオケ
演奏はコンサート形式オペラでは普通なのが、舞台演出付だと色々な無理があり
そうなものだが、その辺は指揮者がバッチリとまとめていて歌と器楽演奏との
齟齬は感じられなかった。
音はドイツらしく明暗の輪郭がきっちりとした印象で、ドビュッシーの音楽に特有な
どこか霧のかかったような曖昧さがなく、このオペラに今まで抱いていたオーケ
ストラ演奏の捉えどころのないようなミステリアスなイメージを覆した。
舞台演出の明瞭さと並んで、こういう音のペレアスとメリザンドもありか、と目から
鱗であった。
ただし、歌手の声はPAを通しているのがありありとわかるのが、会場の音響問題も
あろうが、ちょっと残念。
全ての面での明瞭さが今回のプロダクションの特徴ともいえ、台詞・歌詞の内容と
演技・状況とが一部の隙もなくぴったりと合致しているのだった。しかも音楽進行の
タイミングと工場の屋根や舞台後方窓など外から入り込む光(落日とその後の暗闇)
ともストップウォッチで計ったかのように同化している。演出家は歌詞と音楽を熟考・
研究したのみならず、この会場・舞台方向・公演時期全てが細かく計算に入れられて
いることに舌を巻いた。
c0188818_21555219.jpg
歌手陣は、メリザンド役を元祖ファム・ファタルのコケットな体当たり演技と難のない
歌唱でこなすバーバラ・ハニガンの独り舞台になるかと思いきや、ゴロー役も孤独と
焦燥に苛まれた現代の中年男そのもので悪くない。ただし、ワルリコフスキの描く
メリザンドには悪女としての自覚と意志がはっきりしているから、ゴローもペレアスも
弄ばれてしまうのである。
ハニガンの面目躍如でその演技力も相まって、どうしてもそれ以外の人物は彼女の周りで
きりきり舞いする。
ペレアス役歌手は、狡猾そうな金持ちぼんぼんみたいなルックスは役柄設定にぴったり
だが声がイマイチこの役に合っていない。もっと若さある声の持ち主だと、ゴローとの
対比がはっきり出たはずなのにと残念だ。
舞台上にいつも姿のあるジュヌヴィエーブ役のサラ・ミンガルドの存在感は特筆すべき。
全てを見通しているが表情には出さない、いかにも旧家の奥様然と泰然としている。
また、アルケル役歌手も慈悲にあふれているのが感じられよかった。
いずれも声量で勝負の歌手ではないから、デリケートな台詞を囁くように歌うこのオペラ
にはPAの使用は悪くないと思わされた。

c0188818_21571546.jpg
休憩時間を日没後に設定したため会場の外は暗闇に包まれ、空の三日月が神秘的で、
虚構の世界(中)と現実(外)とが分離していない。
そういう点でもトータルで完成度の高い公演であった。






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by didoregina | 2017-08-30 22:01 | オペラ実演 | Comments(0)


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