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Orlando, もしくは防人の歌


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Händel - Orlando, HWV 31 @ Conertgebouw, Amsterdam 2016年3月7日
The English Concert
Harry Bicket - harpsichord/conductor
Carolyn Sampson - Dorinda
Erin Morley - Angelica
Iestyn Davies - Orlando
Sasha Cooke - Medoro
Kyle Ketelsen - Zoroastro

オルランドというのは、ヘンデルのオペラの主人公の中でも特異さでは際立っている。
心変わりしたアンジェリカ姫をひたすら一方通行の片恋で慕った挙句の物狂いの様子は
ほとんどストーカーになる一歩手前だが、生まれや位の貴賤は関係なく人間ならだれでも
経験しうる人生の苦みがにじみ出ている。
恋する相手につれなくされた哀しみが狂気に変容・凝固した姿が、オルランドでは文字通り
”痛い”ほど晒される。観客はそこに己を投影し、痛みを共感するのである。

さて、イエスティン君オルランドはいかに?そして、オペラ『オルランド』全体としての出来
映えは?

アムステルダム公演に先駆けて、ウィーン、バーミンガム、ロンドンと時間をかけてツアー
しているのだが、一週間前のバービカンでの公演評には5つ星もいくつか出て、各紙こぞって
絶賛していた。こういう時、私の場合かえって眉唾で臨んでしまうのが常だ。なにしろ、
イギリス人指揮者と古楽アンサンブルによる演奏にイギリス人歌手2人(イエスティン君と
サンプソン)それにアメリカ人3人のキャストであるから、ほとんどアングロサクソンで固めたと
言ってよい陣容だから、英国人の好みにハマるだろうことは容易に想像がつく。

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蓋を開けて見ると、歌手陣には若手が揃い、しかも英語を母国語とする人たちという共通点
のみならず、歌唱様式も非常に似通っている。すなわち、一人だけ特出したり様式上異質
だったり、個性の強い歌手の集まりのため音楽表現が各人バラバラで寄せ集め感が漂うと
いうことがまずない。歌手同士そしてオケとも調和が取れ、全体としてのまとまりが抜群である
ため、コンサート形式でありながらしっかりオペラ鑑賞したという満足感を聴衆に与えたことは
特筆すべきだろう。
また、アムステルダム公演はツアーの後半でもあり、それまでの舞台での実地練習も経て、
各人もこなれ、コンディションは最高ということもよくわかるのだった。

このプロダクションでは、非常に狭い舞台という制約があるのに、歌手たちは少々の演技も
行っていた。
それから、ストーリーの流れをぶち壊すようなレチやアリアの大幅な省略もなかった。すなわち、
コンサート形式でのオペラ上演がしばしば陥る歌謡ショーのような形式にならずにすんだ。
そして、舞台上にはオランダ語字幕も出ていた。アムステルダム公演は一回こっきりなのに、
これはかなり上質なサービスだと言えよう。印刷されたリブレットや対訳を読みながら舞台も見る
というのは難しいことなのだ。

演技といえば、イエスティン君は上目づかいで額に青筋を立てたり、暗い狂気の色を目に
浮かべたり、はたまたうなだれたり放心して椅子や階段に座ったり、とエネルギッシュで
迫真の演技を見せ、オルランドになりきっていた。情熱の発散のしようがない片恋と実のない
任務という状況下で鬱屈した若者の姿を熱演し、拍手喝采であった。(他の歌手には歌って
いる時の表情以外では演技と言えるほどの演技はなかった。)

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ドリンダ役のキャロリン・サンプソンとアンジェリカ役のエリン・モーリー

お姫様と羊飼いという対照的な役ではあるが、2人のソプラノはどちらもナイーブでイノセントな
娘らしい清楚な品のよさが要求される点では共通している。魔女や悪女ではないのである。
ドリンダ役のサンプソンには、バッハやモーツアルトのミサ曲やカンタータよりも、ヘンデルの
オラトリオやオペラの方がずっと合っていると思う。明るさのある清澄な声質はとても上品で、
クライマックスでは余裕ある声量を響かせながら格調高さを失わない。大げさでない表情の
演技も悪くない。来季は、オランダ各地のホールにやたらと登場する彼女である。様々な面を
見せてくれるだろうから楽しみである。
また、アンジェリカ役のエリン・モーリーは初めて聴いたのだが、サンプソンと堂々と張り合える
実力で、しっかりとした土台の上に乗った安定した歌唱で驚かせてくれた。アングロサクソン系
歌手らしいストレートな癖のない声が、ヘンデルのお姫様役にぴったりである。

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ゾロアストロ役のカイル・ケテルセンとメドーロ役のサシャ・クック

メドーロ役には女声というのが伝統的配役で、このサシャ・クックという歌手も初めて聴いたの
だが、ルックスに似合わず実に堂々とした太い声のパワフルな歌唱である。
この3人の女声で歌われる三重唱は親和力抜群。彼女達のモーツアルトなど聴いてみたいな
と思わせる。

カイル・ケテルセンの歌声を生で聴くのを楽しみにしていた。溌剌とした若々しさのある好みの
声である。よくありがちな、太ったバスの歌手が体格に頼んで底太な声をビンビン響かせる
ようなのは下品で苦手だが、その正反対でほっとした。ノーブルな軽い味があるから、彼も
モーツアルトで聴いてみたい。

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何といっても、オペラ『オルランド』はオルランド一人で持つ、と言ってもいいほど物語の軸
の中心となる。
騎士オルランドの物語は、やるせなく悲しい。シャルルマーニュの時代に辺境警備をしていた
高貴な騎士の憤懣と無念の錯綜する思いに、律令制時代の日本で丁度同じ頃、九州での
警備任務を課せられた東国の防人の哀しさが私の中で二重写しになり、苛烈な状況下での
過酷なくびきの下に置かれた彼らに同情を禁じ得ない。

Fammi Conbattere、騎士として先走りと空回りの決意の歌は勇ましく、前半のハイライトだ。
手に汗握りつつ、イエスティン君のこの歌を聴いた。最初から最後までテクニック的に破たん
なく、緊張感も途切れず、力強い喉を惜しみなく使いアジリタも決めたので、まずはほっとした。
コンセルトヘボウの客は、総じてレベルが高いと思うのだが、前半はアリアごとの拍手などなく、
音楽の流れやストーリーを分断することなく緊張感が続いた。任務にも恋にも生真面目なあまり、
逃げ場のない袋小路に追いつめられたオルランドの心がピンと張った糸のようになっていく、
張り詰めた緊張感が前半はそうして客席との期待とともに高まっていった。

私にとってのハイライトは、後半のCielo! Se tu il contentiだった。絶望と怒りに心が支配
され、張り裂ける胸の痛みかれ救われるには死しかないという思い、狂気への兆しが見え隠れ
する絶唱である。ここでは高音から低音までの幅が広いのと高音で駆け抜けるアジリタ、
そして低音への跳躍もあるから気が抜けない。一か所だけ、コンテンティの低い音が上手く
聞えなかったのが残念だったが、それ以外は、強弱のメリハリ、声の明暗の変化などめくる
めく疾風のような歌唱を聴かせてくれた。連続発射装置の付いた機関銃のような正確さで
アジリタを飛ばすのだった。
声域的に比較的低めのオルランド役というのは、現在のイエスティン君の男性らしい歌声と
声域にぴったりだと確信できた。特に今シーズンは体調も絶好調、喉には今までにない艶と
深みが増してきている。
自身に咎はないのに誠実すぎることが罪であるかのように報われず、同情を惹くアンチ・ヒー
ローという役どころも甘い坊ちゃん的風貌の彼、にうってつけだ。

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後半から、客席にもオペラを楽しむ余裕が出たようで、アリアごとの拍手が多くなっていった。
このオペラ全体での頂点は、オルランド狂乱の場である。
上着を脱いで、(もともと下に着ているシャツには襟がなく胸ぐりが割と大きく取られている)
シャツの裾を出してしかも一番下のボタンを外し、野営のやつれと自棄自暴になった様を表し、
細かい点までけっこう凝った演技ぶりである。
狂と躁が交錯して、ころころと変わるオルランドの心を映し出すVaghe Pupilleは、調もテンポ
も一定しないかのように変化し、どこかモダンなところのあるのアリアだ。狂気と正気を行ったり
来たりで、ダカーポも破調で変化激しい。ああ、終わってくれるな、もっと繰り返してほしい、
と叶わぬ望みを願いつつ聴いていたのだった。

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コンサート形式のバロック・オペラ上演は、下手をすると歌合戦と化して、オペラとしてトータル
に楽しむことができず、隔靴掻痒というか鑑賞の充実感に欠けることがえてして多いものだが、
今回の『オルランド』は、全体のバランスがとてもよく取れていた。指揮のビケットは出すぎず、
イングリッシュ・コンサートの演奏も、イギリスの古楽オケにありがちな優等生的でまったりして
つまらないということはなく、適度に引き締まって、過剰な分はないが、上品な抑制が利いた
ものだった。特にコンミスがピッシリと演奏を引っ張っているのが印象に残った。
by didoregina | 2016-03-09 22:29 | イエスティン・デイヴィス


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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