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Partenope @ Carre

この記事は本来ならばカテゴリー「オペラ・コンサート形式」に含まれるべきなのだが、
あえて、「カウンターテナー」に入れることにした。花形キャストであるフィリップ・ジャル
スキーのご家族に不幸があって、全公演出演をキャンセルすることになったといういわく
つきであるにも関わらず。
ツアー開始直前にPJのお父様の訃報が入り、その後の動向が心配になった。
結局、PJの代役としてヴェテラン・カウンターテナーのローレンス・ザッゾが全公演を歌う
ことになり、ファンの落胆と動転は大きかった。わたしもかなり暗い気持ちになり、ほとんど
気が進まなかった。
新譜CDでPJが歌うアルサーチェの声が耳の底にこびりついていて、彼以外は到底考
えられず、別の歌手によって歌われたら生理的拒否反応が起きそうな予感に慄いたのだ。
(カレ劇場正面に掲げられたポスターにも当然PJが大きく出ていた。)

Partenope @ Carre_c0188818_1873971.jpgPartenope (G.F. Händel)
17 januari 2016
Koninklijk Theater Carré, Amsterdam
Dirigent: Maxim Emelyanychev
Solisten: Karina Gauvin (Partenope),
Lawrence Zazzo (Arsace),
John Mark Ainsley (Emilio),
Emöke Barath (Armindo),
Kate Albrich (Rosmira),
Victor Sicard (Ormonte)












カレ劇場というのは、アムステルダム歌劇場(通称ストーペラ)から地下鉄で一駅先にあり、
アムステル川に面した19世紀の(新)古典主義様式の建物で、通常ここでは芝居やミュージ
カルはたまたサーカスなどが上演されていて、(コンサート形式)オペラ上演はほとんど行わ
れない。
この建物に入るのは初めてではなく、数年前、国家的イヴェントに招待された時、ここが
控え室として使われたため、内部の様子は知っていた。しかるに、コンサートやオペラを
ここで聴いたことはないので、音響的には一抹の不安を胸に抱いていた。
客席は平土間面積が広く、(半)円形に近い緩やかな雛壇のようなバルコンが数層取り囲む
造り。コンサート形式での上演のため、舞台後方は黒い幕で覆って面積を小さくしていた。
音響はデッドであるが、横幅のあるホールにしては隅の方でも全然問題なく聴こえたと友人は
言うし、こういうコンサート形式のバロックオペラの会場としては悪くないのではないかと思う。
コンセルトヘボウ以外に、ここにもっともっとバロックオペラを持ってきてもらいたい。

閉口したのは、椅子が2席ずつくっついていてしかもガタピシしていることで、隣に座ったフラ
ンス語話者巨漢オヤジがやたらと体を動かすたび、並んだ私の椅子も連動して不快な振動が
伝わるのである。(そいつもその連れの奥さんと思しき女性も相当非常識な輩で、割と後に
なって着席したのに同じ列の隣人への挨拶もなければ、終始落ち着きなく体を動かし、
奥さんは一幕目の最中なぜか外に出て行った。同じ列の人たちを立たせて。)
そのオヤジは、音楽に合わせて体を動かすのみならず、軽快なリズムのロスミラのアリアで
足拍子を始めてしまったのだ。し~っと手で押さえる仕草をするもそいつには通じず、私の
椅子もまた別隣の椅子も不快にギシギシと動き出し船酔い寸前。いくらなんでも無礼すぎると
頭にきて、「お願いですから、止めてくださいませんか?」と慇懃無礼に英語で言うまで
椅子は気持ち悪くグラグラ揺れ続け、音楽に専念できなかったのである。(ホールで傍若
無人に振る舞う輩ほどピシャリと叱ってたしなめると、青菜に塩のごとくしゅんと縮こまるのも
不思議だ。普段あまりに横柄で態度がでかいため非常識を注意する人が少なく、そういう
経験に乏しいのだろうか。)

Partenope @ Carre_c0188818_19364959.jpg


さて、肝心の音楽である。古楽オケのイル・ポモ・ドーロを、昨年末付けで指揮者のリッカルド・
ミナシが脱退していたというびっくりニュースが入ったのは年が明けてからで、CDは彼の
指揮で録音されていたのに、ツアーでは急遽、マキシム・エメリャニコフにバトンが渡された。
前回の『タメルラーノ』でも同様で、録音指揮ミナシ、実演指揮マキシム君というパターンが
続いた。
こういう場合、楽団員も歌手もCD録音のため練習を重ねているし、指揮者が急に代わっても
どうということなく上手くいくものなのだろうか。私には、前回も今回もマキシム君の指揮は
どうもなんだか空回りしているように見えた。彼の若さと情熱あふれる指揮と指示に楽団員は
さほど反応しないで演奏しているように思えるのである。齟齬とまでは言うまいが、熱が伝わ
らない感じだ。今後彼らの関係はどうなっていくのか、次回CD録音とツアーが待たれる。

歌手はCD録音時とは、パルテノーペ、アルミンド、エミリオ役以外は変わってしまった。
しかし、誰一人として質的に落ちるという印象は全く与えず、役柄になりきって堂々と歌って
いるので安堵し、満足した。
パルテノーペ役のカリーナ・ゴーヴァンはいかにも女王然とした貫録で、最初から最後までパワー
全開、満々たる声量を出し惜しみせず圧倒的。彼女の場合、ガタイが大きいから声も大きい
という単純な図式だけが当てはまるのではなく、しっかり歌心を掴んでの情緒の表現が巧み
である。
気高い女王でも隠せない女の性の哀しみとでもいうものをしみじみと歌ってほろりとさせる。
血の通った肉体の心情を歌に込めるのである。技術的にも軽々とトリルのころがせ方がまろ
やかな声質と相まって心地よく耳に響く。

もう一人のソプラノ、エメケ・バラートは、ゴーヴァンとは好対照である。すなわち、ルックス
的には細身で、映画『ブレード・ランナー』のレイチェル風のエキセントリックなキュートさの
あるズボン役。
声はといえば、少しメタリックな芯のある硬質さと若々しさを兼ね備え、以前聴いたときより
格段に上手くなっているのと声の変化しているのに驚いた。バロック系ソプラノでは他にちょっと
似た人が思い浮かばないタイプの少し男性的な張りのある声質である。今後ますますの活躍を
期待したい。

Partenope @ Carre_c0188818_20131735.jpg


エメちゃんと同じくCD録音時からのオリジナル・キャストであるジョン・マーク・エインズリーは、
私服で眼鏡掛けて歌うと特に年寄りっぽく見えるのだが、明るく気品のあるテノールの声には
外見とは裏腹に若々しい張りがある。テノールは大体悪役を演じなければならないヘンデルの
オペラでは、全体の格調を高めるめにかえって品格ある声と歌唱は欠かせないが、なかなか
いい人材は得難いのも事実である。エインズリーの天性の声の魅力がこの役によく生かされて
いた。

メゾもバリトンも録音とは別のキャストになったが、ケイト・アルドリッチもヴィクター・シカードも
堂に入ったもので、無理のないきれいな低音の魅力で全体を〆てくれた。

なんと言っても今回のツアーの最功労者は、カウンターテナーのローレンス・ザッゾである。
ポスターにもなっている花形PJの急きょ代役というプレッシャーは多分あったに違いなく、口は
真一文字に結び、まるで敵を迎え撃つ侍みたいに隙のない目つきで舞台に登場した。
最初の一声は、あのPJの甘く澄んだ声とはもちろん異なるし、聴く側も心構えができていたが、
やはり予想した通り違和感が大きかった。しかし、ザッゾにはザッゾの個性があるし、それは
それでなかなかいいものだ、という思いに段々変わり、ノーブルで男性的な声の魅力にいつの
間にか囚われて行った。アメリカ人なので、アングロサクソン系・教会系の直球型歌唱かと思い
きや、オペラチックな表現力に富み、ふくよかさと軽さの同居した声はすがすがしく、しかも余裕
とも言うべきテクニックをそこかしこに散りばめて、思わず聴きほれてしまう。

Partenope @ Carre_c0188818_20484412.jpg


ヴェテランらしく余裕のある歌唱は技術的に綻びを全く見せず、尻上りに声にも艶が出てきて、
また、この役を舞台で歌うのはその週が初めてとは思わせないほど、役になりきり、表情
のみならず演技も体当たりで、PJの代役などとは言わせないほどの威力を発揮していった
のである。
「PJが出ないんじゃ、行く気がしないわ」などと罰当たりなことを言っていたわたしでも、
ザッゾの実力を目の当たりにして、「ごめんなさい」と心から詫びを入れる気持ちになった。
それどころか、この公演の危機を救った救世主、いや思わぬ付加価値を付けてくれた、という
感謝の思いを強くした。

近年とみに若手カウンターテナーが活躍しているなか、声の賞味期限が短いというのが通説
になっている世界で、1970年生まれのザッゾがいまだ衰えも見せずに聴衆の息を呑ませると
いうのは実に有難いことだ。ブームに巻き込まれなかったせいで、売れっ子として仕事に
追われて喉を痛めるという落とし穴に陥らずにに済んだということもあろう。何はともあれ、
オペラ舞台にぴったりの声量と演技力を持ち、そして体や顔の造作が大きくて歌舞伎役者の
ように舞台映えするザッゾを見直し、これから応援していこうと心に決めたのだった。

Partenope @ Carre_c0188818_2055356.jpg

by didoregina | 2016-01-21 20:56 | カウンターテナー


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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