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セミ・ステージ形式の『フィガロの結婚』@コンセルトヘボウ

モーツァルトのダ・ポンテ三部作オペラを好みの順から並べると、『フィガロの結婚』は
『コジ・ファン・トゥッテ』に次いで二番手だ。
コンセルトヘボウを会場としてのオペラの場合、コンサート形式が通常であるが、今回はセミ・
ステージ形式だった。
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Mozart - Le nozze di Figaro, KV 492
2015年10月14日@Concertgebouw
Orkest van de Achttiende Eeuw
Cappella Amsterdam
Kenneth Montgomery (dirigent)
Jeroen Lopes Cardozo (regisseur)
Kelebogile Besong (sopraan)
Ilse Eerens (sopraan, Susanna)
Roberta Alexander (sopraan, Marcellina)
Amaryllis Dieltiens (sopraan, Barbarina)
Rosanne van Sandwijk (mezzosopraan, Cherubino)
Fabio Trümpy (tenor, Don Basilio)
Henk Neven (bariton, Il Conte d'Almaviva)
André Morsch (bariton, Figaro)
Hubert Claessens (bas, Antonio)

今回と同じく18世紀オーケストラとカペラ・アムステルダム、主にオランダ人とベルギー
人キャストによる『コジ』セミ・ステージ形式を鑑賞したのは、丁度2年前、ロッテルダム
のデ・ドゥルンであった。翌日朝の便で日本に里帰りする前夜だったため、なんだか慌ただ
しく、その後2週間ほぼオフ・ラインでもあり、その鑑賞記は書いていない。憶えている
のは中途半端なお寒い演出という印象のみ。実力派の若手で揃えた歌手陣は悪くはなかった
のだが。(当時フランス・ブリュッヘンは存命だったが、オランダではもう長いこと指揮は
していなかった)

今回の『フィガロ』も同じような出演陣だし、似たような演出になるんだろうな、と、さほど
期待を抱かずに臨んだ。
まず、びっくりしたのはコンセルトヘボウの比較的せせこましいステージ上に演技スペース
を確保するため、前から3列の客席が取り外され、ステージが拡張されていたこと。
これは初めての経験だ。それで、私の席は6列目なのだが、実際のところ3列目になった。
(ここのステージは異常に高く、1.5メートルはある。前から3列目までは絶対に座りたくない。
ステージを真下から見上げる形になり、首が痛くなるのみならず、音が頭上を通り抜ける感じ
で最悪。)
だから通常は、4列目からが視覚的・音響的に許容範囲ギリギリである。普通のホールでの
かぶりつき席がここでの5列目という感じなので、理想的な6列目ほぼ中央を確保するため
アボ発売開始と共に速攻で選んだ席なのだ。

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二つ目の嬉しいサプライズは、会場の飛び切りいい音響のせいもあり、2年前にロッテルダム
で鑑賞した『コジ』とは全く異なり、生き生きしたいかにもモーツァルトらしい楽しいオペラ
のコンサートになったことだ。
18世紀オケの演奏にはそつがなく、全体的に典雅ながら、控えめな色合いがところどころに
添えられ申し分ない。指揮のケネス・モンゴメリーは白髪のため高齢に見えるがなかなか闊達
な指揮で、手堅いオケからノーブルな音を引き出している。
しかし、なんといっても今回の『フィガロ』成功の鍵は、歌手陣の実力に負うところが大きい。

オランダ人バリトンのヘンク・ネーフェンは、DNOやモネには割とよく出ているが、今まで
脇役でしか聴いたことがなかった。それが、今回は伯爵役である。まだ若くどちらかというと
甘いルックスの彼だし、今回はフィガロ役なのだと思っていた。ところが、いつの間にか声に
もルックスにも渋さが加わり、黒の衣装が似合うシックでエレガントな立ち姿も相まって、
若きハンサムな伯爵の役どころにぴったいの堂々たる歌手に成長していたのだ。今まで密かに
彼を応援していた私としては、 万感胸に迫るものがあった。

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もう一人、成長が著しく感じられたのは、スザンナ役のベルギー人ソプラノ、イルゼ・エー
レンスだ。前回の『コジ』でのデスピーナも悪くはなかったが、エレガントさもあり可憐な
彼女の声とキャラがイマイチ役に合っていないという印象を持ったのだが、今回のスザンナ
は、うってつけ。彼女の清潔感漂うルックスもよく通る澄んだ声も、邪心がなく賢いスザンナ
の役にドンピシャはまる。また少し成長したら、彼女の伯爵夫人役も聴いてみたい。

伯爵夫人役は、寡聞にして今まで名前も知らなかった黒人歌手である。出だしはどうも声に
伸びもツヤもなくざらざらした歌唱だったのでちょっとがっかりしたのだが、彼女のレチの
ディクションの美しさには惚れ惚れした。しかし幕を追うごとにだんだんと喉も温まってきて
歌唱にベルベットのような張りが出てきてほっとしたのだが、他のソプラノと比べるとハス
キーな声なのでさほど私好みとはいえない。しかし、Dove sono i bei momenti にはさすが
にぐっときた。
スザンナと伯爵夫人とのデュエットになると、エーレンスの声の素直な伸びやかさと品のある
声がよく通るのと比べ、彼女はちょっと弱い印象だった。

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さて、今回のキャストにはロバータ・アレクサンダーがマルチェリーナ役でクレジットされて
いたのも個人的には楽しみであった。彼女を生で聴いたのは、もう、かれこれ20年近く前だ。
今年の夏前にロッテルダムのオペラ・デイに出演するはずだったがキャンセルしていたし、
後進の指導に専念しているようで生舞台にはずいぶん長いこと立っていないのではないだろう
か。(去年、デン・ボッスでの国際歌唱コンクールで見かけた。予選の審査員だったらしい。)
かわいいおばあちゃんという風情で、辺りをはらうような威厳と存在感があり、とうに盛りを
過ぎているが声にかわいらしさが残っているのが印象的だった。

二人の黒人ソプラノ歌手が舞台に立ち、また片方が伯爵夫人役となると、どうしても思い出す
人物がいる。先月のロンドン遠征で訪れたケンウッド・ハウスで彼女の肖像画を見て、あっと
叫んだ。彼女はダイドー・ベルという名で、黒人奴隷女性と白人貴族のハーフながら、18世紀
のイギリスで上流婦人として育てられ、ハムステッド・ヒースに残る貴族の館であるケンウッド
ハウスに住んでいたという。
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彼女の数奇な人生に関する本を読んでいる最中だから、丁度同じ時代に作曲された『フィガロ』
での伯爵夫人役が黒人歌手であることが偶然ではない符号のように思われ、二重に楽しめた。
(ダイドー・ベルの映画が夏頃公開されたのだが、迂闊にも見逃したのが悔やまれる。しかし、
本の内容の半分は、当時の奴隷貿易および解放運動に割かれている。)

モーツァルトの音楽を聴く楽しさは、有名なアリアや器楽演奏部分でもお馴染のメロディーが
満載で、しかも所属する合唱団のレパにもいくつか入っているのでついつい一緒に歌いだして
しまいたくなるような、サロン的親密感もある。
貴族の館を舞台にしたこのオペラは、ドアや木枠、植木鉢などを上手に配置し動かしたりしな
がら、適度な演技も交え、衣装もそれなりのセミ・ステージの演出がうるさくなく、音楽を損
ねることなく、今回は大成功だったと言える。(ケルビーノが逃げる場面では、たぶんそうする
だろうなと思った通り、高い舞台から飛び降りた。)

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若手歌手が多いおかげで舞台に華やかな躍動感があるのみならず、皆、実力派揃いであるため、
観客も余裕をもって楽しめたのだった。そしてもしかしたら『フィガロ』がダ・ポンテ三部作
の中で一番好きなオペラかもしれない、と思ったことだった。
by didoregina | 2015-10-17 00:23 | オペラ コンサート形式


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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