佐藤俊介さんのロマン派・モダン・コンサート

2年前からオランダバッハ協会のコンサートマスターである佐藤俊介さんが、オランダ
南部丘陵地帯にあるウィッテムのヘラルドゥス修道院図書館で、ロマン派から20世紀の
レパートリーのコンサートを行うことを知ったのは、1か月前である。

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たまたま、私がコレクションしている画家の展覧会が同会場であって、そこで毎年9月に
開催されるKunstdagen Wittem(ウィッテム文化の日々)というコンサート・イヴェント
のブロシャーを貰ってきた。このコンサート・イヴェントでは数年前、エマ・カークビー・
リサイタルを聴いたことがある。今年の演目中、Shuann Chai & Shunske Satoによる
ロマン派プログラムというのに目を剥いた。佐藤さんがバロックとモダンの両刀使いとは
聞いていたが、モダン・プロでの彼の生演奏を聴く機会はオランダでは少ない。これは
聞き逃せないと、早速、チケットを予約した。
(余談だが、このコンサートの数日前に、同日同時に行われるユトレヒト古楽祭のファイ
ナル・コンサートのペア・チケットが今年も当選した。Gli Angeli Geneveによるタリス
のポリフォニーである。出演歌手メンツがはっきりしないが、もしやハナちゃんが出演
するのでは、と心が大いに動いたのだが、初心貫徹して、佐藤さんのコンサートを選び、
ユトレヒトには友人夫妻に代わりに行っていただいた。果たして、ハナちゃんが歌ったの
だった。。。。)

c0188818_18363110.jpgShuann Chai & Shunske Sato
@Kloosterbibliotheek Wittem
2015年9月6日

Johannes Brahms
4 Hungarian Dances (arr. J. Joachim)

Johannes Brahms
Sonata no.2 in A, op.100

[interval]

Frederic Chopin
Barcarolle in F-sharp minor, op.60

Henryk Winiawski
Polonaise brilliante no 2 in A, op.21

Maurice Ravel
Sonata in G for violin and piano


まず、コンサートの前に主催者が今回使用されるピアノについて説明。
ちょっと時代がかった荘重たる外見のこのスタインウェイ・コンサート・ピアノは、
なんと1873年にニューヨークで製造されたもので、アンティック・ピアノの現地コレク
ターが新しく修復したものという。会場であるウィッテムの修道院図書館も1880年建造
なので同時代インテリア的にぴったりと嵌まる。(まさか、それが理由でこのピアノを
選んだのではないだろうな。。。)
そしてまた、今回のプログラムにも時代的には合致する楽器である。(そういう凝った理由
であることを望むのだが。。。)

そして、出演者の簡単な紹介(コンサートに至るいきさつ)の後、ピアニストのショーンさん
(アメリカ人)が少々文法的に怪しいが愛嬌のあるオランダ語で演奏演目の説明をしてくれた。
2年前にショーンさんはここでフォルテ・ピアノのリサイタル(当然古楽)を行い、半年前
主催者に、興味深いレパートリーがあるから、パートナーのヴァイオリニストとコンサート
をしたいと売り込んだそうである。ヴァイオリニスト佐藤さんは、彼女のご主人なのである。
(二人とも外見は全くの東洋人だが、アメリカ育ち。)

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photo courtesy of Kunstdagen Wittem

まず、最初のブラームスのハンガリア舞曲(ホアヒム編曲版)から、佐藤さんは素晴らしい
冴えのある音色で聴衆の耳目を欹てた。
彼の演奏は、ヴァイオリンのソリストのステレオタイプ的なもの(自己中心的な立ち姿とか
大仰なジェスチャーとか、深刻ぶったり酔ったような表情になりがちで、ヴィブラートを
ビリビリ響かせたり、ヴィルチュオーゾらしさを下品なほど強調する)からは大きく外れて
いた。まず、服装も地味なグレーのごく普通のスーツであり、当日は眼鏡のせいもあって
なんだか新卒サラリーマンみたいなそっけない外見だが、彼の手元から流れてくる音楽は、
なんの衒いもない分ストレートに耳と心に届き、清冽。
大げさでないボーイングも指の運びも正確を期し、冷静かつ楽々と演奏しているように
目には写るが、重音やピッチカートなどが交差し次々と様々なテクニックが登場し、それを
いかにも軽々と弾き、そこから紡ぎだされる音色は緻密で目くるめくような多様性がある。
先日のコンサートでのバロック・リコーダー奏者テミングがど派手なアクションと超絶テク
ニックとで聴衆を魔法にかけたのとは丁度正反対のアプローチだが、結果的には、驚異的な
演奏で聴衆の度肝を抜いた点では同様。)
佐藤さんの全くケレンミのない演奏からは、大人の世界の穢れにまみれていないかのような
清潔感が漂い、それがいかにも古楽の人らしい安心感を与える。古楽オケのコンマスとして
身に付いた態度なのかどうかは不明だが、古楽っぽいストレートな演奏様式をロマン派レパ
ートリーにも適応して誠実な音作りなので、いかにもこの人の音楽には心を許せるという気
にさせるのである。

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photo courtesy of Kunstdagen Wittem


さて、休憩後は、まずショパンのピアノ・ソロ『バルカローレ』から。
比較的小規模な会場でのコンサートに相応しいインティメイトな選曲であるが、今日の
ピアノとの相性はいかに。
この1873年NY製スタインウェイは、重たそうな脚からも想像できるように、現代のスタ
インウェイとは全く音色も響きも異なるものであった。どちらかというとベーゼンドルファー
に近い重厚な感じの音で、鈴を転がすような音色の軽さが特徴のスタインウェイらしさが
全くない。
昔のエラールみたいな音色なのかもと期待したのだが、それとも異なり、だからショパンの
曲にはマッチしない。また、この木の内装の図書館の音響は悪くはないのだが、どうも情感に
乏しい演奏のためか、鈍重な音色のピアノそのもののためか、訴えかけてくるものがほとんど
なく印象に残らなかったのが残念だ。

ウィニヤスキーとくれば、ヴァイオリンのテクニック披露しまくりというイメージだが、
佐藤さんは相変わらず淡々と涼しい顔で軽々と、演奏している。さすがに、この後の拍手は
熱を帯びていた。
そして、最後はラヴェル。ジャジーなモダンな感覚が特徴のこの曲は、しかし、ラヴェル
らしい洒脱さも持ち味なのだが、いかんせん音色が重く切れ味のあまりよくないピアノの
せいか、四角四面になって遊びというか軽みが少々足りないのだけが物足りなかった。

しかし、今回、佐藤さんのモダン・ヴァイオリン演奏をこういう親密な雰囲気の会場で
聴くことができ、また佐藤さんが確固たる印象を聴衆に残したのはうれしかった。
(来月、オランダバッハ協会のコンサートで、彼はバッハのソナタを我がチャペルで演奏
してくれるので、今回のモダンとバロックとの聴き比べができるのがまた楽しみだ。)

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by didoregina | 2015-09-08 20:18 | コンサート | Comments(6)
Commented by Vermeer at 2015-09-10 01:29 x
新幹線にヴァイオリン・ケースを抱えて乗っていらしたのを偶然見かけました(調べたら名古屋での宗次ホールでリサイタルの前日だった)。

ひところ世に出て来る日本人ヴァイオリニストは女性優位という時代が長かったのですが、この数年は男性も奮起、彼はその筆頭。最近ピリオドでの活躍しか伝わって来ませんでしたが、両刀での活躍をこの記事で拝見出来て良かったです。個人的にはツィガ―ヌ(もちろんモダン;台湾のオケと、LFJ2007)でしか実演に接した事がありませんが、ひけらかしたい誘惑が多そうなラヴェルでも、実に端正な成熟した音楽だった印象が残っています。バッハ協会での来日も楽しみ(フェルトホーフェンは次回はマタイを持って来る、って言ってたけどはや4年。実現したら彼の助奏で“Erbarme dich, mein Gott”なんだ)。
Commented by didoregina at 2015-09-10 08:24
Vermeerさま、名古屋でもリサイタルされてたんですね、佐藤さん。

眉間にしわを寄せて深刻ぶったり、がむしゃらに歯を食いしばるようにしてエネルギーを絞り出すのを見せつけたり、甘さを強調したり、陶酔に浸ったような表情だったり、ドヤ顔になったりという、ありがちなソリスト臭さが全くない態度で、テクニックをひけらかすことなく軽々と演奏を聴かせてくれる彼に好感を持ちました。隣に主催者が座っていて、名前の読み方を私に聞いてくるほど彼のことには疎い人なんですが熱狂的に拍手して、想像以上に凄いヴァイオリニストだ、と感嘆してました。

オランダバッハ協会が日本でマタイ演奏するとしたら、歌手のメンツはどうなるんでしょうね。Erbarme dichは誰に歌ってもらいたいですか、Vermeerさん。
Commented by Vermeer at 2015-09-10 12:02 x
ソロで聴くというより親密なアンサンブルで聴く団体ですし、御大のお眼鏡にかなった人選ならだれでもかまいません。

アレグロ・ミュージックという招聘先なのですが、予定の気配もないので、とっくに流れてしまっているのではないかと。年末ベザイデンボウトのリサイタルに行く機会があれば帯同しているスタッフに訊いてみよう。

過去2回(2008年;ヨハネ受難曲、2011年;ロ短調ミサ曲)の来日では、G.テュルク、S.マクラウド、A.トータス、M.ケオハナ、マシュー・ホワイト(CT)と、D.ミールズ、J.ゾマー、C.ダニエルズ、Pハーヴェイ、マルゴット・オイツィンガー(A).でした。御大はCT派、あるいはA派の原理主義ではなさそうですが、あの臓腑を抉る名アリアに関しては、深く沈潜するアルトの声(フェリアーとか)で聴くのが個人的には好みです。湿っぽいね。
Commented by didoregina at 2015-09-10 16:53
Vermeerさま、2014年のオランダバッハ協会による『マタイ』は、歌手陣の若返りが印象的でした。福音史家も若い歌手だったし、CTはティム・ミードでErbarme dichは名唱でした。
来年はだれかなあ、と見てみたら、先月グラインドボーンの『サウル』で印象的だったベンジャミン・ハレットが福音史家ではありませんか!それ以外のメンツもなかなか。(ティム君の印象が強く残ってるだけに、来年はCTがイマイチ。。。。天使君も、5月にID病欠ドタキャンになったオックスフォードでのコンサートでの代打だったオルソップもバッハには悪くはないけど)
Benjamin Hulett tenor (evangelist)
Maria Keohane & Griet De Geyter sopraan
Maarten Engeltjes & David Alsopp contratenor
Charles Daniels tenor
Stephan MacLeod & Matthias Winckhler bas
Commented by Mev at 2015-09-20 15:27 x
ユトレヒトのチケットありがとうございました。素晴らしいコンサートで楽しませていただき感謝です!俊介さんのコンサートはどうだったかしらと気になっておりましたが、やはり満足する内容だったようで本当によかったですね!俊介さんの演奏はバッハしか聴いてないですが、おっしゃるとおり、習いたての学生のように淡々と弾くのに、音の緻密さと情感豊かな響きがあまりにも美しくて、そのギャップに驚いた記憶があります。彼のブラームス聴いてみたいです。
Commented by didoregina at 2015-09-20 17:39
Mevさま、代わりに急きょユトレヒトに行っていただきありがとう。
佐藤さんの古楽コンサートはオランダでは聴く機会が多いのですが、モダン楽器でのロマン派以降のレパは珍しいので行った甲斐がありました。普段はコンマスのせいか、いかにもソリストらしいくささがないのが目に清々しく、奏でる音楽は耳に新鮮で満足でした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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