マレーナ様『セルセ』をヴェルサイユ宮殿劇場で鑑賞

憧れのヴェルサイユ宮殿劇場で、マレーナ・エルンマン主演のヘンデル『セルセ』の
千秋楽を鑑賞した。
更新を怠っていたこのブログであるが、この遠征は久しぶりに特筆に値する、というより、
ほとんど歴史的記録として残さねばならぬという使命感を煽るプロダクションなのだ。

c0188818_21264387.jpg@ Royal Opera of Versailles
2015年6月7日
Malena Ernman, Xerxès
Bengt Krantz, Elviro
David DQ Lee, Arsamene
Kerstin Avemo, Atalanta
Hanna Husahr, Romilda
Ivonne Fuchs, Amastre
Jakob Zethner, Ariodate
Lars Rudolfsson, direction

Sara Larsson Fryxell, choreography

Ensemble Matheus

Jean-Christophe Spinosi, conductor




このプロダクションは昨年9月から3か月近く、ストックホルムの特設劇場で、マレーナ様の
イニシアティブによって公的補助金に全く頼らず、30回以上もの回数をこなすことによって
チケット売上収益のみでの上演を行ったという点で、まず画期的である。
オペラというものはとにかく金食い虫であるから、通常、国立・公立の劇場ならば公の補助金、
企業および個人のスポンサー篤志によってそのコストの大部分が賄われている。
例えば、オランダの国立歌劇場であるDNOの場合、オペラ一晩の上演にかかる費用平均は、
チケット代金売上の4倍であるそうだ。つまり、例えば85ユーロの席のチケットであれば
実際には4倍の値段が必要な元手がかかっているのだが、公的補助金のおかげでチケット料金
は抑えられているのだ。
逆に言えば、各地の夏のオペラ・フェスティヴァルでのチケット料金が高いのも頷ける。公的
補助金の割合が低いためである。
それを、物価の高いストックホルムでありながらさほど高くない料金設定での上演に漕ぎ着
けることができたのは、地元スウェーデンでのマレーナ様人気と手腕のおかげである。お

c0188818_21532797.jpg

そのプロダクションが、ストックホルムとほとんど同じキャストで(アルサメーネ役のCTは
デヴィッド・ハンセンではなく、今回はデヴィッド・DQ・リー)ヴェルサイユで上演された。

しかも、ヴェルサイユ宮殿劇場は、歴史的なバロック劇場であるから、2重の意味で私は
興奮していた。ここでヘンデルのオペラを鑑賞することは私の夢の一つであったのだ。
しかしまた、実現してみれば、夢はまた幻想でもあったことがわかった。
この劇場は宮殿の中にあり、王のために作られ鑑賞するのも身内みたいな貴族ばかりだった
ろうから、非常に親密な雰囲気でこじんまりとしていて、びっくりするほど小さい。
バロックの劇場らしい姿を再現したロンドンのグローブ座の中にあるサム・ウォナマー・
プレイハウスのこじんまりした規模にも驚いたが、こちらはしかも古めかしさとある種の
安っぽさも漂っているのだった。それは、劇場の内装に如実に現れていて、椅子は升席の
ような木のベンチに布が貼ってあり、壁は一面大理石模様を描いた木張りなのだ。
当時の劇場って、そんなものだったのね。。。。
c0188818_2265365.jpg


さて、マレーナ様主演でスピノジ指揮による『セルセ』は4年前にウィーンで鑑賞している。
そのときもマレーナ様のはまり役だと思ったものだし、スピノジとはよく共演しているし
今回の『セルセ』はもう40回目になるほどだから、オケとも息がぴったりと合い危なげな
箇所などあろうはずもない。こちらもゆったりと鑑賞気分だった。

このプロダクションのとったコスト対策として、もうひとつ特記すべきなのは、合唱団を
採用していないことである。セルセの護衛としてコミカルかつアクロバティックな動作の
ダンサーが4人、舞台によく登場するのだが、彼らがまず合唱も担当。しかし、大がかりな
合唱の必要なシーンでは、なんとアンサンブル・マテウスのオケ団員たちが楽器を演奏しな
がら合唱も担当していたのには度肝を抜かれた。もちろん、指揮のスピノジも一緒になって
歌っていた。
なるほど、これはなかなか便利であるし、バロック・オケを雇う費用がないという理由で
バロック・オペラ上演をばっさりと切ってしまった某劇場もこれは真似てもいいのではない
だろうか。
小さな舞台上に合唱団が乗ると見た目がますます狭苦しくなることから、演出上、合唱団を
舞台に乗せないこともあるから、オケ団員に歌わせたら、費用対策上もよろしい。

c0188818_22175195.jpg


舞台の作りはシンプルで、波打ったような丘のような木の床に大道具としては木が一本立って
いるのみ。波打った床での演技は結構大変そうだが、視覚的に平面的でないという長所のみ
ならず、丘の上から、真ん中の低くなった丘の下からという具合に上手・下手がそれぞれ3通り
できるので、登場・退場の仕方に変化が出せる。

衣装は、コミカルさを強調したヴォードヴィル調というか煌びやかなウェスタン風の歌手
と『スター・トレック』もしくは『ブレード・ランナー』の登場人物を彷彿とさせる髪型・
メイク・衣装のダンサー4人組の対比も、遠めにもパッと見てわかりやすい。
歌手はいずれも大仰な表情と動作の演技なのだが、臭さがない。さすがのセンスと上演回数
を重ねた結果でもあろう。
特に演技も上手いなあ、と唸らされたのは、もちろんマレーナ様のほか、アルサメーネ役の
リー君とアタランタ役のケルスティン・アヴェモちゃんである。特に、アヴェモちゃんの
エキセントリックな表情と演技は堂に入ったもので素晴らしい。彼女は、嫌味や癖のない歌唱
で、アタランタ役としては今までの中で一番だ。
逆に、ロミルダ役とアマストレ役は、通常は得する役回りなのに、非常に舞台印象が薄いのは、
歌唱もごく普通レベルなのに加え、舞台プレゼンスに訴えるものが足りないせいだ。
舞台プレゼンスでは、マレーナ様と張り合えるほどだったのが、CTのリー君である。
彼はメゾに近い澄んだ美しく伸びのある声かつ声量もテクニックも余裕があり、押し出しの
強い、稀に見る逸材である。彼を生で聴くのは『スザンナ』でのダニエル役、『ポッペア』
でのオットーネ役以来3度目だが、どの役も自分のものにしていて、音程に不安定なところも
もちろんないし、アジリタもよく回って素晴らしい歌手だ。

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終演後、楽屋口で私服のリー君と。

マレーナ様は、千秋楽での疲れも感じさせず、最初の「オンブラ・マイ・フ」から出し惜しみ
なく、余裕のフル・パワーで歌ってくれた。
(後で、リー君に聞いたところによると、歌手の皆さんは全員、風邪をお互いに移しあって、
喉や体力のコンディションは万全ではなかったそうだが、それは客には気どらせなかった。)
バカ殿役をやらせたら、マレーナ様の右に出るものはいないであろう。ウィーンでのプロダク
ションよりも、思い通りに演技もできたのだろう、コミカル・パワーも炸裂していた。
後半にアクロバティックなテクニックを要求するアリアが続くのだが、フラメンコ風振付
と共に難なく歌っていた。

スピノジと言えば、私が見た舞台ではいつもヴァイオリンその他のソロ伴奏で歌手と掛け合う
場面がいつもあったのだが、今回もロミルダのアリアでは、ヴァイオリンを手に持ち丁々発止
の掛け合いで客席を沸かせた。


大団円の合唱をアンコールではサーヴィスしてくれ、長い長い上演の有終の美を飾る千秋楽と
なったのだった。

(おまけとして、出演者全員が私と同じホテルに偶然泊まっていた。しかも、マレーナ様は、
隣の部屋だった。3時からのマチネ公演のため、1時ごろ着物に着替えていた私の隣室から
マレーナ様の発声練習が聞こえてきて、ドキドキしたものだ。翌日の朝食では、スピノジと
おしゃべりができた。)
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by didoregina | 2015-06-12 22:51 | オペラ実演 | Comments(4)
Commented by M. F. at 2015-06-15 20:33 x
補助金なし、それは確かに凄い!合唱をオケ団員に兼務させるのは、劇場サイズ上の制約も大きそうな気が(1100キャパのモネ程度でも).
ヴェルサイユ宮殿の劇場は通路が狭いのとベンチ席のクッションの綿が偏って薄いのが印象に残っています.座り疲れた(笑)木にマーブル模様彩色と言うと、そういえばオットーボイレンの有名なベネディクト派僧院もそうで、逆に一種の工芸という感じでしたけどね.
Commented by レイネ at 2015-06-15 21:58 x
M.F.さま、モネではよくありますよね、合唱団を舞台に乗せない演出。だから、オケに合唱兼務って方式も検討してもらいたいものです。
あと、ヴェルサイユでびっくりしたのは、妙に暗くて狭い通路ですね。フォアイエのせせこましさもアン・デア・ウィーンと双璧って感じで、どちらもこじんまりとしてバロック・オペラ上演では気を吐いてるって点でも似てるかも。(劇場至近のホテルで、部屋にいながら歌手の発声練習の声が聞こえるっていう点も)
次なる夢の宮廷劇場はドロットニングホルムですが、そちらもやっぱりゴージャスとかコンフォタブルというのを期待してはいけないみたい。。。。
Commented by kametaro07 at 2015-06-20 23:10 x
こんにちは。
4日に観てきました。補助金なしというのは他でも見習うべき姿勢ですね。それにセットがシンプルで歌手の演技が全てといった演出でしたが、すごくこなれた感じでオケとの息もピッタリ、すでに30回もこなしているというのを伺って納得しました。初っ端オケピがガラガラで、バイオリンや木管の人たちが演奏しながら舞台上に現れてオケピに降りて行ったのにはちょっと驚きでしたが、洒落た演出でした。
4月にはデュッセルドルフのセルセを観たのですが、演出の手法は違っても共にオケとの一体感があっておもしろく、両方楽しめました。
ベルサイユは古いですけど安っぽいとは一度も思ったことはありません。ドロットニングホルムはもっと質素ですけど、そちらも安っぽいとは私は思いません。ただ当時は王室が財政的に余裕がなかったのでやはり木造で壁紙に大理石模様を描いたとガイドさんが説明してました。それよりも舞台芸術を愛した王室とそれをオリジナルのまま守り保存し続けようとする人たちの心の豊かさに贅沢感さえ感じてしまいます。
ただ王室の歌劇場ですからトイレは中には一つしかなく、外にある近くのカフェの前にもトイレがあるので、そこまでいくか中で並ぶかです。オリジナルを守るということはそういった面はどうしてもコンフォタブルとはいかなくなってしまいますね。
それとドロットニングホルムは一定の割合で普段オペラなど興味のないであろう観光客の人たちも見に来るので、後方の団体の意味不明の拍手は仕方ないところでもあります。
Commented by レイネ at 2015-06-21 04:42 x
kametaro07さま、同じプロダクションを同じ会場でご覧になったんですね。こうして感想などがお聞きできうれしいです。
そうそう、オケ・メンバーが舞台から演奏しながら登場してピットに降りていくことで、最初からミニマルな舞台と演出であることを示唆しつつ
オケの存在感と役者ぶりをしっかりと印象づけてましたね。序曲部分ではオケ演奏のみで間延びすることを恐れてか、舞台に不必要な演出を加える
例もありますが、そんな余分なことしなくてもいいんだ、という自信に満ちてました。
デュッセルドルフのヘアハイム演出『セルセ』は、今年はパスしましたが、あれもこじんまりとした舞台向けながら、これでもかってほど過剰な
演出ですが、好きなプロダクションです。

ヴェルサイユの劇場は、宮殿のキラキラ度から推し量って、もっとゴージャスなのを想像していたのです。内装も客層もかなり地味なので
びっくりしたわけで。
バロック劇場として修復されたのは10年位前ですが、バロック・プログラムが充実してきているのはこの数年で、その意欲的な演目を推し進めて
いるインテンダントの若いご夫妻がなぜか幕間に微笑んで会釈して来たんです。出待ちしてたら、彼らも楽屋口から出てきたので、あれっと思ったら、
物知りの知人がそう教えてくれました。
そういうわけで、劇場の箱自体は公的資金で修復・維持されてるはずですが、内容的にはかなりそのご夫妻の趣味が反映している劇場だと思われ、
その独自の路線はバロック・ファンとしてはありがたく喜ばしいものです。それで数年来わたしの夢の劇場だったわけです。
ドロットニングホルムにも、いつか遠征してみたいと夢見ています。(去年、デュモー選手が出たからチャンスだったのですが。。。)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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