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Farinelli and the King or how I learned to stop worrying and love the castrato

2015年最初のハイライトは、グローブ座のサム・ワナメイカー・プレイハウスでの新作芝居
Farinelli and the Kingにイエスティン君がファリネッリ役で出演ということで、期待とある
種の胸騒ぎを覚えつつ、2月12日を心待ちにしていた。
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Farinelli and the King by Claire van Kampen @ Sam Wanamaker Playhouse
2015年2月12日
Directed by John Dove
Designed by Jonathan Fensom
Musical Director/Harpsichord: Robert Howarth

Sam Crane:Farinelli
Huss Garbiya: Doctor Jose Cervi
Melody Grove: Isabella Farnese
Colin Hurley: Metastasio
Mark Rylance:Philippe V
Edward Peel: De la Cuadra
Iestyn Davies: Castrato

新作であるし、私たちが行ったのは二日目公演なので、ほとんどまだ評も出ていないから、
ほぼ白紙状態で臨んだと言える。事前に知っていたことといえば、年末にイエスティン君が
ラジオ局と組んでファンとのインタラクティブ・インタビューを行った際訊き出したのだが、
ファリネッリ役は役者と歌手の2人が舞台に立ち、イエスティン君は歌のみの担当で、台詞は
ないだろうということ。
う~む、ファリネッリが2人か一体どういう芝居になるんだろう、どういう歌をどの場面で
歌うんだろう、そして、歌手ファリネッリ役のイエスティン君の立ち位置はどこだろう、
普段ならなにがなんでも最前列中央の座席を取るのだが、劇場内部の構造がよくわからない
まま取った座席からの眺めはどうなんだろう、と疑問と期待とが交差する毎日であった。

さて、当日は早めに劇場に行った。付近のカフェか劇場カフェで軽く食事でもしようという
わけである。出待ちのための楽屋出口下見という意味もあるのだが、それらしきドアは全く
見つからない。着物にコートとマントの重ね着をしていたが外は寒い。中に入って、切符
売り場の辺りに立って同行者とおしゃべりなどしていた。すると、なんとそこに楽屋入り前
私服のイエスティン君が現れたのである。よく見かけるグレーのセーター姿にピンときた。
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以前ここに来たことのあるロンドンの椿姫さんによると、この劇場は内部写真撮影厳禁で
その厳しさは徹底しているということなので、カーテンコール写真は撮れないだろうし、
楽屋口もわからないから出待ちもできないし、と思っていた矢先だったので、これ幸いと
パパラッチさながらに取り囲んでパチパチとイエスティン君の写真を撮らせてもらった。
(私服姿でもあり、他の人たちはイエスティン君には全く気づいていないようで、私たち
以外に彼の写真を撮る人はいないのであった。それとも、この劇場に来る人たちの大半は
CTとかオペラとかバロックとかにはあまり縁がないのかもしれない。)

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昨年建ったばかりのサム・ワナメイカー・プレイハウスの見取り図。
左下部分がこじんまりとした劇場で、それ以外の空間に、切符売り場(右)、
カフェ(左上)、階段などが見える。

劇場内部の写真撮影が不可ならば、撮れるところで撮っておかねばと、フォアイエで着物姿の
記念写真撮影もした。

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昨年1月にこけら落としをしたばかりの新しい劇場だが、外観はイギリス版北方ルネッサンス
のジャコビアン風の端正かつシンプルな煉瓦造りなのに対して、劇場内装は木材に黒と金の
彩色が施されてかなりバロックっぽい趣味の豪華さで、しかも照明は天井から下がるシャン
デリアもステージ壁も舞台床も本物の蝋燭のみという凝りようである。だから、内部はほの暗く、
いかにも時代劇を見るのに似つかわしい雰囲気で気分は嫌が応にも盛り上がる。
丁度、四国高松にある、江戸時代の芝居小屋を模して造られた金丸座のような具合で、その
時代の空気が味わえるこの空間に、芝居好きならば一度は身を置いて劇場体験すべきだ。

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トイレのある場所は2階奥で、一番上の写真にあるハーフティンバーのエリザベス一世時代の
チューダー風建物のグローブ座に壁を接して繋がっているようだ。

さて、ようやく開演時間が迫ってからドアが開き、客は座席に着くことが許される。
1階バルコニー右側の席で、びっくりするほど小さな芝居小屋ながら、柱が邪魔になる席も
あるので、値段は隣り合わせの席同士でもかなり幅のある設定になっている。私の席は45
ポンドだったと思うが、クッション付きベンチ席で余裕があり視界も悪くなかった。

ロンドンの歌劇場と芝居の劇場との違いで一番大きいのは、後者内部での写真撮影絶対禁止と
いう方針の徹底度だ。開演前に客席の様子を写すのすらきつく咎められるということは、
11月の遠征時に鑑賞したオールド・ヴィック座での『エレクトラ』で重々承知している。
狭い劇場に比して案内人の数が多いのと、客席数も少ないため係員一人ひとりが目を光らせて
いて、見つかれば遠くからでも叱責注意されるという現場を目撃しているから、カメラを取り
出すのさえ恐ろしくてできない。
そして、もう一つの驚きは、これもオールド・ヴィック座で経験すみなのだが、客席への
飲み物持ちこみが当たり前であることだ。皆、プラスチックのコップに入った水やビールや
ソフトドリンクを手にしている。(ラウンドハウスからのオペラ『オルフェオ』ライブ・スト
リーミング中継で映された客席でもリラックスして飲み物片手の人が目についたので、ロン
ドンの芝居小屋では当然のことであるらしい。)

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舞台奥の部屋や壁などはこの芝居のために作られたデコールではなく常設で、中央奥から
役者が舞台に登場する。舞台を客席から隔てるカーテンはない。また、芝居は舞台上だけで
なく平土間の客席通路や舞台の階上でも行われる。器楽演奏は、教会のパイプオルガンある
いは合唱団席さながらの舞台奥の階上にあるギャラリーが定位置である。

今回、イエスティン君の歌が目的で来ている客は少数派であるらしいことは、歌劇場やコン
サート・ホールとの客層が違うことから察せられた。そして、観客の目的は何よりも、今
飛ぶ鳥を落とす勢いの俳優、マーク・ライランス演じるスペイン王フェリペ役を見るためと
いうことは紛れもない事実だと実感した。それは、彼の一挙一動に会場の目が注がれ、意外
にも喜劇的要素の多い芝居なので、彼のセリフごとに笑いが起こる、という塩梅である
ことから知ったのである。なるほど、開演前に会ったイエスティン君が言っていた
「すっごくファニーで楽しく笑える芝居だから。」というのは、このことなのかと悟った。
ファリネッリと王様という芝居は喜劇とは最大の予想外であった。

それと同様に予想外で驚かされたのは、ファリネッリとスペイン王そしてイザベラ王妃との
三角関係が後半では重要な話の運びになっていることだった。
前半では主に、鬱で自分の世界に閉じこもり国政に興味を無くしている王の周りで起こる
悲喜劇と、そんな王をなんとか救いたいがために、音楽の力で病気や神経が和らげられるの
ないかと思い、ロンドンの劇場情勢に詳しいイザベラ王妃がファリネッリをスペインに招聘
し、王様専属歌手にしようとする、かなり状況説明的な筋で進んだ。

ウィーンのメタスタージオを仲介人にして人気絶頂のファリエッリをなんとかスペインまで
来てもらうことに成功。王の枕もとで歌う、Alto Gioveが前半のハイライトであろう。
ファリネッリといえば誰もがこの曲を思い浮かべるし、ポルポラ作曲で彼の音楽書法および
カストラートの喉やテクニックを聴かせる技巧など全てが凝縮したこの歌は、最近では若手
CTたちも何人かレパートリーとしている。
この歌なしではこの芝居もあり得ないだろうと思っていたが、イエスティン君がこの歌を
歌うのを聴くのは初めてなので、どんな具合なのか、しかし彼の得意とする唱法とはかなり
異なるテクニック、メッサ・デ・ヴォーチェやヴィヴラートなどのケレンミを必要とするから
なあ、と不安半分・期待半分であった。やはりと言うべきか、かなりあっさりと正攻法聖歌
隊的で、艶めかさや哀愁や甘美からはほど遠いものであった。しかるに例えるならば、夜空に
きっかりと輝く星の清澄さ、森の木立の間から地面に差し込む月光のごとくひたすらと清々
しいのである。
もしも超絶技巧を駆使した唱法でこの歌を歌われたら、王は興奮、ますます目が冴えてし
まって眠るどころではなくなるから、子守歌のような歌唱は本来の目的に適っているとも
言えよう。

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後半は、心の平安を取り戻した王と王妃とファリネッリとの楽しい田舎生活、そして王妃と
ファリネッリとの不倫が軸になる。
森の中の狩の場面では、景気づけのため勇ましいVenti Tribuniをファリネッリが歌う。
このアリアは、ヘンデルの『リナルド』での白眉であり、昨年グラインドボーンで題名役を
歌い演じたイエスティン君の十八番である。男っぽいこの歌は、だから、二重の意味で
テクニックも含めてばっちりと決まる。
だが、しかし、ここでまたいくつか疑問が湧く。
まず、この選曲は脚本家(作曲家としての方が有名なクレア・ファン・カンペンが初めて
脚本を書いた)によるものなのか、イエスティン君からのアドヴァイスなのか。
そして、イエスティン君が歌手ファリネッリとして舞台に登場するのはほぼ歌う時のみで
あるが、もう一人のファリネッリ役俳優とイエスティン君とはルックスがよく似ている。
歌が始まると2人のファリネッリが舞台上で入れ替わる時もあるし、2人がそのまま一緒に
いる場合もある。わざわざ、そっくりさんを選んだのだろうか。
そしてまた、イエスティン君はオペラ舞台経験も多く演技力もあるのだから、わざわざ
ファリネッリ役を2人にする必要はあったのだろうか。

第一の疑問に加えるに、後半の二番目のアリアにCara Sposaが使われたのは、王妃とファ
リネッリとの不倫の愛という場面にはぴったりであるが、逆に考えると、もしかしたらこの
歌を使いたいために不倫という設定を作ったのかもしれない。そんな疑問も湧くほど、
この歌もイエスティン君にお誂え向けの十八番で聴かせる歌なのだ。

第三の疑問にも加えると、オペラ歌手だから舞台で歌以外の台詞を覚えたりしゃべるのは
さほど苦になるとも思えないのだが、地の声がかなり低いイエスティン君の場合、しゃべる
のとファルセットの歌唱とを交互にというのは喉には負担になるからだろうか。
かなりの回数出演の舞台だから、出ずっぱりというのは重労働かもしれないが、イエスティ
ン君の演技や異なる表情をもっともっと見たかった。というのは、歌手ファリネッリとして
登場する彼は、人気と地位に恵まれた華やかな人生を象徴しているとは思えないほど沈痛な
表情で歌うことが多かったからだ。

王のもとを去るファリネッリが歌うのは、『私を泣かせてください』で、これとともに幕。
この曲は、『リナルド』では本来ソプラノが歌うのだが、今まで一度たりともソプラノが
歌うこの曲を聴いて満足したことがない。かなりスローテンポなのは己の境遇の辛さを切々
とかきくだき、悲劇のヒロインである自分に酔っているようなのが常道で、かえって聴く方は
白けてしまうことが多いのだ。それに対して、女々しいところの少ないメゾやCTが歌うと
この曲はいい曲だなあ、と思うことが多い。
イエスティン君がこの曲を歌うのを聴くのは今回が初めてだったが、『ファリネッリと王』
のラストでストレートに全くてらいなく歌われたこの曲がしみじみと心に響き、これほど
イエスティン君向けの曲だとは、と新たな発見に目を瞠らされたのだった。
by didoregina | 2015-02-26 22:11 | イエスティン・デイヴィス


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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