セミ・ステージ形式の『ポッペアの戴冠』@バービカン

この秋一番期待の出し物は、バービカンでの『ポッペアの戴冠』だった。
なぜなら、ネローネ役にサラ・コノリー、オットーネ役にイエスティン・デイヴィスと
いう垂涎もののキャストだからだ。(当初ポッペア役に予定されていたアンナ・カタリナ・
アントナッチは、割と早いうちに降りてしまって、リン・ドーソンが題名役)

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Monteverdi L'incoronazione di Poppea
Semi-staged performance
2014年10月4日@The Barbican

Academy of Ancient Music
Robert Howarth director
Alexander Oliver stage director
Lynne Dawson Poppea
Sarah Connolly Nerone
Sophie Junker Drusilla/Virtu
Daniela Lehner Amore/Damigella
Marina de Liso Ottavia
Matthew Rose Seneca
Iestyn Davies Ottone
Andrew Tortise Arnalta
Vicki St Pierre Nutrice
Elmar Gilbertsson Lucano/2nd Soldier
Gwilym Bowen Valletto/1st Soldier/Highest Familiari
Richard Latham Liberto/Middle Familiari
Charmian Bedford Fortuna
Phillip Tebb Littore/Bass Familiari


モンテヴェルディのこのオペラ自体も好きな作品である。
バロック・オペラ黎明期の作品なので、音楽的には明快でキャッチーなアリアがちりばめ
られ書法もストレートでベーシックかつシンプルながら、ストーリー的には神々および
人間同士の愛憎・愛欲・美徳・哲学・権力欲などが絡み合って複雑なのが魅力である。
その後発展していくバロック・オペラに不可欠な要素は揃っていながら、まだまだアルカ
イック的な稚拙な荒々しさとでも言える香りがなんともたまらない。

実演舞台では、オーディ演出でネローネ役にマレーナ・エルンマン、オットーネ役に
べジュン・メータ、ポッペア役にダニエル・デニースというのと、ネローネ役にフランコ・
ファジョーリ、オットーネ役にデヴィッド・D.Q.リー、ポッペア役にマリア・ベングトソン
という2プロダクションを鑑賞したことがある。いずれも、演出的に凝った舞台で、オケも
かなり増強した編成になっていて、見ごたえ聴きごたえがあった。

今回のバービカンでは、ステージ形式かと思っていたら、なんとセミ・ステージ形式という
ことで、小規模編成のオケの前に、客席に張り出す形で舞台が広げてある。最前列に座った
私の目の前で、演技が繰り広げられるのであった。

神々の争いに人間世界での権力争いと愛欲とが絡み合い、全体のトーンとしては悪徳賛美に
なっているところが、このオペラの画期的な点であり、現代にも通じる普遍性のある所以で
ある。しかも、登場人物の誰もが一筋縄ではいかない、多面性を備えている。
複雑なストーリーのため登場人物が多く、主要人物以外は、何人かの歌手が複数の役を兼ねる。
セミ・ステージなので、私服に毛の生えたような舞台衣装というか、役柄にあった自前の衣装
という感じである。

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歌手では、とにかくご贔屓の二人が演じるネローネとオットーネにひたすら注目つつ、見
聴いた。

サラ様ネローネは、第一幕と第二幕を合わせた前半では、タキシード風のスーツを着崩した
いかにもプレイボーイ的な衣装で、ネローネの権力と愛欲へ固執する性格を表情や態度で
表す素晴らしい演技が冴えていた。堂々たるものである。1メート位先の舞台上だから、ごく
細かい点までよく見えるのだが、彼女の迫真の演技の素晴らしさ!ほぼオールバックに
ぴったりとなでつけてマニッシュな髪型がより男っぽさを醸し出す。
さわやかさの勝った彼女らしい歌唱と声も、ネローネにまさしくぴったりだ。
横たわったり、ポッペアのみならず男友との濡れ場シーンなどをかなりいろいろなポーズを
取らされて歌うのだが、ほとんど非の打ちようがないネローネぶりである。
彼女のズボン役には惚れ惚れするのだが、今回も最高の出来だった。

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大道具などの舞台装置は全くないのだが、照明で各場の雰囲気を変えているのと、オケ後方に
ある階段の段差や客席も用いたりして動きに幅を出し、場所的・音響的にも変化をつけている
演出はなかなかよかった。

オットーネというと気の毒な寝取られ男というイメージなのだが、そういうかわいそうな役に
イエスティン君はこれまたピッタリなのだ。ヒーローとは言いがたいが悪役でもない、アンチ・
ヒーローに彼ほどすんなりとルックス的にも声質的にも合うカンターテナー歌手は少ないかも
しれない。
毎度ながら、彼のコントロールのきいた歌唱には舌を巻くというか、全くどこにも不安を感じ
させない。今まで聴いてきた彼の歌でがっかりしたことは一度もなく、いつでも安心して聴い
ていられるのだ。そのコンスタントさという実力はかなりの強みではないだろうか。
そして、特に近くで見るとよくわかるのだが、細やかな表情での演技も上手い。

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ネローネの黒(前半)と花柄(後半)の衣装との対比も鮮やかな白のリネン・スーツのオットーネ。

高校生という設定だったリナルド役以来、あごひげを剃ったのが、また少しうっすらと伸びて
きている感じ。下はきりっと刈り上げて上に行くにしたがって長いトレンディーな若々しいさ
と躍動感のある髪型もよく似合っている。


題名役のポッペアには、あまり期待していなかったのだが、それでも不満がありすぎた。
清涼感が売り物だったリン・ドーソンの声には、今や張りや潤いが感じられず、高音と
低音の声に滑らかな統一感がないから、聞き苦しいことこの上ない。年のせいで声全般に衰え
が隠せないのはまだしも、歌唱も不安定である。主役の歌にハラハラさせられるというのは、
聴いていて辛い。
ポッペアといえば、悪女中の悪女であり、しかもコケットなかわいらしさも必要な役だ。
ルックスに関しては、もう今更何も言うまい。後半になって、歌唱は持ち直したので、彼女が
出てきても、そちらを見ないようにして聴いていた。

今回、はっとさせられたのは、オッタビア役のマリナ・デ・リソの安定して迫力のある歌唱だ。
オットーネと同じくらい同情を買う役だが、皇后の気位の高さも出さなければならないから、
どうかな、と心配していたのが全くの杞憂に終わるほど、堂々たるもので見直してしまった。
今回の歌手陣の中で、彼女だけイタリア的テンパラメントを感じさせる、熱いものがほとばし
っている歌唱だった。

それ以外の歌手も、皆それぞれ役柄に合って上手で、(題名役を除いて)不満は全くなかった。
ただし、イギリスの歌手とイギリスの器楽演奏家でほぼ揃えたため、よくいえば、清らかで
典雅だが、このオペラ作品の持ち味であるねっとりとした毒のようなもの、あざとさが音楽
から感じ取れなかった。生真面目そのもので遊びの要素がないのだ。その点で、今まで聴いた
『ポッペア』と比較した場合、少々物足りない。
オケの編成もごくごくシンプルなもので、チェンバロ2台とテオルボ2台の通奏低音楽器が
主に活躍するのみで、それもかなり控えめなのだ。それ以外の弦楽器や管楽器になると全く
印象に残っていない。
アルカイックなモンテヴェルディの音楽の土臭さを感じさせるような、躍動感を強調するよう
なリズミックな楽器の使い方がされていなかったためだ。ある意味、古風な演奏なのだった。
今回も、ヨーロッパ大陸とイギリスおよびアメリカの楽団によるバロック演奏の違いをまた
改めて認識させられた。

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by didoregina | 2014-10-10 23:39 | オペラ実演 | Comments(5)
Commented by Vermeer at 2014-10-11 11:33 x
ネローネとの対比も鮮やかな白のリネン・スーツのオットーネ
Sam's Tailor in Hong Kong will be proud!⇒
セレブ御用達の有名な香港のテーラー製なんですね。

清涼感が売り物だったリン・ドーソンの声⇒
モーツァルトハ短調ミサ“Et Incarnatus est”ではエーテルで大ホールが満たされるような至福の瞬間もあったのですが、1992年の話。
Commented by レイネ at 2014-10-13 17:52 x
Vermeerさま、ヴェネシアーナのポッペア日本公演を無事鑑賞できた由、ご同慶。マメリがネローネ役だったヴィデオを見聴きしたんですが、やっぱりイタリアっぽく濃いなあと思いました。

イエスティン君がリネン・スーツお誂えした香港のテーラーってセレブ御用達なんですか。

今回のポッペア題名役は、ちょっと勘弁してもらいたかった。もれなく付いてくる彼女のほうがずっとずっとよかったです。
Commented by Vermeer at 2014-10-14 19:17 x
仰る通り輪郭のはっきりした真のイタリア声。音の始まりから、収め方まで全てをコントロール、ホールに漂う残響にまで彼女の意志が感じられました。ポッペアの第一声まで結構時間があるし、漆黒の髪をショートのブロンドにした出で立ちに、あれ、と思う間もなく、“Signor,deh,non partire”の声で聴衆がさらわれたのを実感しました。演奏会形式とはいえ、もう少し舞台進行に工夫があれば(例えばポッペアの眠る安楽椅子とか)良かったのですが。今年見聞したうちで『死の都』と共にベストでした。西宮公演と連日鑑賞出来ればなお良かったのですが、公演は開催されたものの、台風が許してくれませんでした。何故か女性の思し召しの芳しくない彼女、意地の悪そうな風貌含めてこの悪女にピッタリなのではありません?
Commented by Vermeer at 2014-10-14 19:26 x
香港のテーラーってセレブ御用達⇒
ウェブを見ると、クリントン、ブッシュ親子元大統領、シガニー・ウィーヴァー、ケヴィン・スペイシーの来店写真が冒頭に載っています。
Commented by レイネ at 2014-10-15 15:15 x
Vermeerさま、マメリちゃんは、昨年ウィーンで初めて生を聴いたんですが、イタリア人らしい明暗の対比の濃い、テンパラメントあふれる声と歌唱が印象的でした。彼女のネローネもよいし、ポッペアもさぞかしピッタリだったことでしょう。よい公演を鑑賞できてラッキーでしたね!(私たちには福の神が付いてる?)

服といえば、イエスティン君の生成のリネンスーツ、ステージで横たわったりする演技付きだったので、汚れないかしら、と最前列で見ていてハラハラしたのでした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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