イエスティン・デイヴィスの『ソロモン』を聴きにリスボン遠征

リスボンへ一泊の弾丸遠征をした。それも1人で。
今年おっかけターゲットに定めたイギリス人カウンターテナーのイエスティン・デイヴィスが
タイトルロールを歌うヘンデルのオラトリオ『ソロモン』をどうしても聴きたかったからだ。

c0188818_4252940.jpgThursday, 20 Mar 2014, 19:00 - Grande Auditório

GULBENKIAN ORCHESTRA
GULBENKIAN CHOIR
PAUL MCCREESH (conductor)
IESTYN DAVIES (countertenor) (Salomão)
INÊS SIMÕES (soprano) (Rainha de Salomão)
GILLIAN WEBSTER (soprano) (Rainha de Sabá)
MHAIRI LAWSON (soprano) (Primeira Prostituta)
CÁTIA MORESO (mezzo-soprano) (Segunda Prostituta)
THOMAS WALKER (tenor) (Zadok)
HUGO OLIVEIRA (baritone) (Um Levita)

Georg Friedrich Händel
Solomon, HWV 67


イエスティン君が出演した(主演といってもいい)ヘンデルのオペラ『ロデリンダ』鑑賞の
ために行ったロンドン遠征から2週間ほどしか経っていないから、現在、彼にどれだけ入れ
込んでいるのかお分かりいただけるかと思う。

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ポルトガルに行くのは、ヨーロッパ在住30年近くになるが今回が初めて。ヨーロッパ大陸の
西南の果てに位置するポルトガルは、なんと、CETとは一時間の時差があるGMTを採用している。
ブリュッセル空港からリスボンまでは3時間のフライトであるから、同じヨーロッパ内とはいえ、
かなり距離的には遠い。
しかし、ライアン・エアの今月から出来たてほやほやのこのルートのフライトは安い。
往復で60ユーロである。
それに空港からトランスファー(ホテルへのキャブ送迎)が往復で14ユーロ。
ホテルは、ホール至近で朝食付き50ユーロ。
そしてなんと、グルベンキアン音楽堂のコンサート・チケットは最前列かぶりつきの一番高い
席で27ユーロ!
全部合計しても、近場の歌劇場の一番高い席より安いし、1月のドルトムント遠征費用よりも
100ユーロ近く安くあがる勘定である。
(こんなにくどくどと細かくお金の話をするのは、それだけ「リスボン遠征」が心理的・距離
的に引っかかるものがあり、1人で行くことに罪悪感さえ覚えたためである)

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グルベンキアン音楽堂の舞台後方はガラス張りで、外の公園が借景。


コンサートは2夜連続公演だが、初日を一回だけ聴きに行った。
通常、遠征するときには2泊して別の演目も組み合わせるのだが、リスボンの歌劇場は月に2,
3日しか稼働していず、コンサートとオペラを組み合わせるのはまず不可能だ。
それならば追っかけの王道として、同じコンサートを二晩続けて聴くという選択肢もある。
当日の歌手の出来不出来、コンディションの違いが分かり、音楽的にもより楽しめるというのと、
ドタキャンがあるかもしれないから、保険代わりに2回は同じ演目を鑑賞するのが、一般的遠征
の鉄則であるらしい。
しかし、私は一期一会を大切にしたいと思う。一回のコンサートやオペラ鑑賞に全力投球したい。
それに私の場合、おっかけ歌手がキャンセルしたことはほとんど皆無である。(1月のドルト
ムントでのデュモーのキャンセルは本人も言っているが10年以上のキャリアで初めて。今後
10年はないだろうとのこと)
だがしかし、一回だけコンサートを聴きにいくというのは果たして正しい選択なのか、直前に
なって悩んだ。

結果はどうだったかというと、一回のコンサートが十二分に満足いくものだったため、もう一回
聴くべきだったのに!という後悔はなかった。

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                   女性ソリストたち

数あるバロックオペラの中でも、ヘンデルのオペラの数々は上演機会がダントツに多い。
音楽的に美しく万人向けであるから集客がしやすいのと、歌手やオケのレパートリーに入って
いる作品が多いこと、そして、内容的にもギリシャ神話を題材に採ったものが多く、ユニヴァー
サルかつ時代を超越したテーマを扱っているため舞台にかけやすいという理由であると思う。
それに対して、聖書の物語を題材にとったオラトリオの方は、構成上オペラに近いにもかかわ
らず、舞台形式で上演されるものではないし、コンサートにしても演奏される機会はあまり
多くない。
そしてまた、ヘンデルのオラトリオの歌詞はほとんど英語で書かれているから、英語のネイ
ティブ歌手によって歌われるのが自然であるように思われる。
手持ちのCDは、ダニエル・ロイス指揮、ベルリン古楽アカデミー演奏、RIAS室内合唱団と
オール英国人ソロ歌手によるものである。(ソロモンは、メゾのサラ・コノリー)

また、今回の実演の指揮者と同じポール・マクリーシュの指揮、イエスティン君がソロモンを
歌う動画もYoutubenに全編アップされているので、↓に貼る。



上の動画も、上記CDも古楽オケによるきびきびしたテンポの溌剌たる演奏である。

今回鑑賞したコンサートでは、指揮者はマクリーシュだが、手勢のガブリエリ・コンソート
ではなく、ホール専属のモダンオケおよび専属合唱団による演奏だった。
どうも、なんだか水で薄まったような、ちょっと頼りない演奏である。
ソロ歌手は、半分くらいが英語ネイティブであろうかと思われる。
バリトンとテノールはちょっとオペラチックな歌唱だなあ、と思った程度でそれ以上、印象に
残らない。
女性歌手は、遊女その一とシバの女王の清らかな声と美しく惚れ惚れするような英語の発音とで
好感度が高かった。特に、遊女その一が、我が子を思う母親らしい心情を切々歌い、やはりこの
オラトリオの一番の聞かせどころだなあと、ぐっと胸を掴まれた。

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最前列中央より一つ右寄りの座席なので、イエスティン君は
            目の前。あまりに近すぎて、写真が上手く撮れなかったほど。


さて、肝心のイエスティン君の歌唱はどうだろう。
彼は、数日前までオペラ『ロデリンダ』に出演していた。そのオペラのマチネ公演の出待ちを
した時は疲れているようで、楽屋出口での彼は異常に言葉少なかった。
千秋楽の翌日にはリスボンに飛んだようで、すぐにリハーサルに入って、『ロデリンダ』の
千秋楽から5日後が『ソロモン』のコンサート初日だった。
本当にリスボンで歌うんだろうかと心配だったが、リスボンの天気を知らせるツイートを見て、
ああ、これでもうキャンセルはないだろう、と安堵した。
緊張気味の表情であるが、いつも通りどの音域でも安定してきっちりした歌唱としっかりした
声量で、安心して聴くことができた。

私自身びっくりしたのは、このところイエスティン君の実演やCDばかり聴いているため、あま
りに彼の声に耳が馴染んでしまって、舞台上の彼の歌唱を聴いてもトキメキを感じるよりも、
まるで生活の一部のようになっているというか、手の内がすっかりわかっている長年慣れ親し
んだ人に接するような気分になったことだ。
コンサートという非日常の時間と空間での体験の最中なのに、ごく日常的な幸福感に近いものを
感じ、自然に笑みが湧いてくるのだった。なんというか、ほっこりした羽毛に抱き包まれたかの
ような安心感に浸れるのだった。
こうなるともう、客観的になったり批評的に聴いたりすることは不可能である。

初めて見る詰襟のステージ衣装がストイックな雰囲気で、賢王のイメージにぴったりであった。

終演後、出待ちする人が他にはいなかったので、イエスティン君と少しおしゃべりができた。
今回の演奏は、モダンオケによる演奏で440Hzのモダンピッチなので、バロック時代のピッチ
に比べて高いため、特に高音が多いヘンデルのソロモンではCTである彼にはかなり辛かったそうだ。
翌日もう一回だけの実演で終了するからなんとかなるだろう、とのこと。
コンサート終了後の充実感と高揚感で饒舌になっている彼の態度からも、その晩のコンサートの
出来が満足いくものであったことが感じられるのだった。
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by didoregina | 2014-03-25 22:50 | コンサート | Comments(9)
Commented by ロンドンの椿姫 at 2014-03-26 09:13 x
充実した遠征でしたね! できれば私もご一緒したかったけど、どうしても都合がつかず、残念。
イエスティン君とはすっかりお友達のレイネさん、彼もロンドンから1ケ月半しか経ってないのに今度はまたリスボンまで追っかけてきてくれても驚かなかったかもしれませんね。
リスボンにも歌劇場があるんですね。知りませんでした。行ったことがないので、真剣に考えてみます。
Commented by ロンドンの椿姫 at 2014-03-26 09:58 x
すみません、間違えました。ロンドンでロデリンダをご一緒したのは1ケ月半じゃなくて僅か18日前でしたね。すごーい!
Commented by レイネ at 2014-03-26 18:32 x
ロンドンの椿姫さま、ロンドン遠征からあまり日を置かず、遠距離のリスボンまで行くというのがネックで最初悩んだんですが、どなたもご一緒してくれないしこのコンサートは逃したくないし1人でも行くしかない!と清水の舞台から飛び降りるような気持ちで決めました。イエスティン君はやっぱり驚いてましたよ。でも、コンサート開始前にも偶然会えてよかった。。。。
リスボンの歌劇場は、かなりシリアスな経営難に陥ってるようで、月に3回くらいしか公演がないんです。それに対してグルベンキアン音楽堂のコンサート・プログラムは意外なほど充実してますし、安いのも魅力ですし。ホールも木の内装がいい感じです。ここでしか聴けない、いいコンサートがあればリスボンにはまた行きたいと思ってます。
Commented by M. F. at 2014-03-26 22:41 x
検索してみましたが、ここのオーディトリアム面白いですね.とても印象的ですが、音響的にはどうなのでしょうか.
http://www.morfae.com/2240-the-fundacao-calouste-gulbenkians-grande-auditorio-refurbishment-by-arup/
ロデリンダの録音もまだ聴けていません.ちょうどツアーが終わったばかりのシュトックハウゼン:モメンテの録音ばかり聴いているのですが、そういえばグルベンキアン財団はシュトックハウゼンも何回か実演にかけていました.

安いといえば、スペイン国立響の定期も安くてテアトロ・レアルのついでに行こうとしたのですが、私のクレジットカードではどうやってもチケットが取れず.仕方なく当日行くと売り切れ(ルセ指揮のモーツァルトという、そんなに人気かな…?というプロだったんですが).でも親切なおじさんが招待券を分けてくれて一緒に聴きました.
Commented by レイネ at 2014-03-26 23:15 x
M.F.さま、グルベンキアンの音響はニュートラルな感じでした。残響があまり感じられないけど、ドライすぎもしないという。きっと最新設備で調節してるんじゃないかと。プログラム、魅力的でしょ?ティム・ミードが歌うWritten on Skin聴きに行こうかと思ったくらい。(でも、IDが将来また歌うかもしれないから、焦るの止めました。
問題は、グルベンキアンのホール専属オケと合唱団。ちょっとイマイチだし、マクリーシュが音楽監督なのに、『ソロモン』はホール専属オケによるモダンピッチの演奏でIDが大変苦労してました。

スペインではクレジットカードだったか、チケットのサインインだったかに名前を二つ入れないといけないんですよね、たしか。わたしも苦労しましたが、試しに主人の名前も入れたら買えたと思います。
Commented by Vermeer at 2014-03-27 12:00 x
ヘンデルの良い上演が続き、慶賀の至りです。


こうなるともう、客観的になったり批評的に聴いたりすることは不可能⇒
御贔屓道の極みですね。


グルベンキアンは名前の通り、アルメニア移民で大成功した石油商だそうですが、遺産を元に、財団、オケ、美術館まで創設するって所が篤志家ですね。ラリックのコレクションでも名高い美術館はお出かけになりましたか?


アルメニア系って実業の才覚があるのでしょうか。“VOGUE”の表紙を飾り、「何であんなアホタレを」という批判が殺到した、キム・カーダシアンの記事を読んで思いました。
Commented by レイネ at 2014-03-27 17:11 x
Vermeerさま、やっぱり、ヘンデルのオペラやオラトリオの上演機会はダントツに多いですからね。5月にはチェンチッチとサバタ出演の『タメルラーノ』、8月には大御所(?)『リナルド』も控えてるし!

IDの場合、バロックはヘンデルやバッハが多いのですが、ルネッサンスから現代ものまで幅広いレパートリーのリサイタル(5月@ケルンと6月@ロンドン)も楽しみです。下に、これから始まる北米ツアー前のインタビュー記事リンク張ります。
http://www.straight.com/arts/613356/repertoire-doesnt-define-iestyn-davies

グルベンキアン財団は、広大な公園の中に複数の美術館、図書館、音楽ホール、会議場などを擁していて、そこだけで一日過ごすことも可能なのでちょっと考えたんですが、結局リスボンらしい下町に出かけました。また多分リスボンには行く機会がありそうなので、次回の楽しみにとっておきます。
Commented by Vermeer at 2014-03-27 19:18 x
結局リスボンらしい下町⇒
そんでもってアマリア・ロドリゲスのファドが流れて来た日にゃあ、一挙に別世界ですね。
Commented by レイネ at 2014-03-27 21:23 x
Vermeerさま、リスボンのどこでだったかしら、ファドがバックに流れてたんですよ。魚料理のレストランだったかな?ブログに旅行記事アップしますね。(そうでないと最近ID関連に偏りすぎ。。。)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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