さよなら、アムステルダム・リング!

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アムステルダム歌劇場のオーディ演出『リング』は、現在のチクルス公演中の『神々の黄昏』(今週
金曜日)を最後に、17年に渡って語り継がれた伝説の舞台の幕を下ろす。
その伝説の舞台を一部とはいえ目の当たりにすることができたことは、なんという僥倖であろうと、
喜びと寂しさを噛みしめている。

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                  設営中の『神々の黄昏』舞台

わたしとワーグナーというのは、傍目にはどうやら意外な組み合わせのように映るらしい。
確かに『リング』の実演鑑賞は今回が初めてだった。しかし、オペラ舞台鑑賞を始めた20年前から
約10年間は、地元のオペラ団の定期会員だったから、ワーグナーも含む様々なジャンルのオペラを
観てはいたのである。10年前くらい前にそういうお仕着せから脱皮し、自分で選んでアムステルダム
やブリュッセル、リエージュなどにプチ遠征をするようになり、それから自分の好みがハッキリわかって
演目を選ぶようになった結果、ワーグナーからは遠ざかっていだけである。

今回の『リング』も、実は日本から友人が遠征で来なかったら、自分から見に行こうと思ったかどうか。
だから、アムステルダム・リングに導いてくれた友人には、非常に感謝している。

チケットはかなり早くから売り切れだった。サブスクライバー枠で3月に予約注文を入れたのは
正解だった。人気演目だから、8月からの一般発売時には、これはという席は残っていなかった。

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『神々の黄昏』舞台設営には8時間かかる。床材プレキシグラスの重さは一枚8トン。間に照明が
埋め込まれている。照明とブリュンヒルデの炎の点検の最中。

わたしは、チクルスの後半の2演目のみの鑑賞だったが、その合間に、歌劇場主催の『リング・
バックステージ・ツアー』に参加した。リングの上演時間も長いが、バックステージ・ツアーもそれに
見合うべく(?)2時間以上あった。なにしろ、話が17年前の初演に遡るし、すべてに最上級が付く
から説明が長くなる。

舞台造形は各夜毎まったく異なり、壊すのに2,3時間、新たに組み立てるのに6から8時間かかる。
普段はアムステルダムから150キロ離れたブラバント州の『リング』専用倉庫に保管されている舞台
装置を、トレーラー延べ120台を使って運び込む。

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             舞台裏に積み重ねてあるプレクシグラス


その舞台装置が、また超ど級なのである。普段の舞台の形態を全く留めない立体構造で、舞台の
平面構造も各夜毎に異なる。
『ジークフリート』では、オケは通常の舞台下手側後方に乗っかり、上手側とオケの前に3角形の
ような変則的なプレキシグラスの舞台がオケピットの上にも敷き詰められる。そして、客席前3列を
つぶして、木製の廊下のような舞台も延長されて作られる。

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下手バルコンの舞台脇の位置からのカーテンコール写真。斜め後ろを向いてオケの方にむかって
拍手を送る歌手たちの姿勢から、イレギュラーな形態の舞台を想像してもらいたい。
立体構造になっているのは、舞台上部に太い梁のようなものが何層も重なって、その上でも歌手は
歌ったり演技したりするのである。特に、この『ジークフリート』では、実際にボーイソプラノが森の
小鳥役を歌い演技する。それが、かなり高いところから身を乗り出したりして、迫真の演技なので
ある。ほとんど、サーカスの子役に近い。

また、『神々の黄昏』では、舞台設営中の写真をご覧いただくと分かり易いが、オケはまた通常の
ピットの位置に入り、通常の舞台はプレキシグラスで埋め尽くされ、上手後方上部からスロープが
伸び、オケピットを囲むように客席に張り出した半円形の木の舞台が造られている。

もちろん、『ラインの黄金』と『ワルキューレ』では、また異なる舞台造形なのである。

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『神々の黄昏』のジェットコースター状立体セットを舞台裏から見たところ。

こういう立体的かつ奥行きの深く変形舞台を造れるのは、世界広しと言えどもアムステルダム歌
劇場以外は無理だ。パリのバスティーユ、そしてNYのメトロポリタン歌劇場でも、規模を小さくすれ
ば似たような舞台造形も可能かもしれないが、それ以外の動力および防災上も含めたテクニカル
設備の面で無理だそうだ。
たとえば、プレクシグラスの床の一部が開き、舞台と奈落の間を歌手が一瞬で上下移動できる。
その床の上を音もなく動く宇宙船のような乗り物は、ホヴァークラフトと同じ原理で浮いて、音も
なくスムーズに移動する。

オーディ演出のトレードマークとして、炎や煙のスペクタクルな使用というのがある。
アムスの歌劇場舞台では、それらの炎は高圧のガス管を通して供給し作るので、コントロールが
容易であるという。
必要な量と圧力でガスを送り火の大きさを調節し、消すときには高濃度の酸素を充填送風するので
一瞬でできるし、完全に消える。
鍛冶の場面などでは盛大に炎が出るのだが、その上部に、なんとアドヴェンチャーシートと呼ばれる
太い梁のような特設客席が造られていて、前3列潰した客席代わりに40人ほどが座れるようになって
いる。舞台を文字通り上から見下ろす位置であり、臨場感とスリル満点であろう。

かように、オーディ好みの、サーカスのようなスペクタクル満載の、しかしファンタジックなショーに
なっているのが、アムステルダム・リングの特徴である。
読み替えとか小難しいところはなく、シンプルかつ分かり易い。ただひたすらおとぎ話の具現化に
終始していて、観客は五感でそれを体感できるという仕組みである。

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             衣装アトリエで、森の小鳥用衣装素材のプロトタイプを見る。

ジョージ・ツィーピンによる舞台セットは、17年前から見かけは変わらないが、傷んだり壊れたり
した部分には修理が入っているがもうそれも限界で、似たような材料や部品が手に入りにくくなって
いるし、老朽化した装置は安全面で万全とはいえなくなっているから、今回のチクルスを最後に、
これらのセットは壊して破棄される。(ただし、『ワルキューレ』だけは、単独で近い将来もう一度
上演されることが決まっている。)

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衣装デザインは、石岡瑛子さんである。これも、近くで見ても精密なのに驚くし、遠目にも惚れ惚れ
するほど美しい。染めのぼかしのグラデーションが絶妙だし、ぱっきりと潔い造形が大きな舞台に
映える。
近年は、映像化されたりHDでも細かいところまで見えるので、衣装にも手を抜くことが許されない
ようになっている。
石岡さんの亡き後、彼女の名を冠した財団が、『リング』の衣装を引き取ることになっているが、
来年か再来年には、アムステルダム市立美術館で、彼女の回顧展とともに『リング』の衣装も
展示されるという。

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アムステルダム・リングの最後のチクルスはHD録画されて、TV放映、オンライン・ストリーミング
もしくは劇場公開される。それは、記録に残すという意味で重要なのだが、歴史に残るアムステル
ダム・リングは、実演に接しないとその全体像をつかむのは容易ではなく、その偉大さも実感でき
ないだろう。
ぎりぎりセーフで間に合って、歴史を見届けることができたことをうれしく思う。
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by didoregina | 2014-02-12 11:51 | オペラ実演 | Comments(4)
Commented by Mev at 2014-02-12 21:22 x
まことに楽しい舞台です~。ラインの黄金は吊り舞台、ワルキューレは炎が走る競技場、ジークフリートは直線と斜面を多様、神々の黄昏は円筒状に舞台を包む壁、と、各舞台には特徴があり、シンプルながら機動的、舞台がいきもののようです。ハイテクも炎もドライアイスもスケールが大きいし。私はジークフリートが一番好きです。舞台構造もストーリーも。宙乗りもあってちょっとスーパー歌舞伎のようですよね。
Commented by トワイライト at 2014-03-02 19:26 x
アムステルダム・リング観ました。日本からやってきました。日程の都合上、第1チクルスの”黄昏”から第2チクルスの”ジークフリート”まで。
良かったですね。2月5日の”黄昏”を観る前に、デュッセルドルフの”フィガロ”新演出初日と1月中旬が初日の”ローエングリン”を観ています。”ジークフリート”のあとは、ウィーンで"サロメ””マノン””アドリアーナルクヴルール”を観ました。19泊21日の日程でした。

急遽決まった旅行でしたが、アムステルダムは、気に入りました。
今度、都合が許せば、次シーズンのマルク・アルブレヒト指揮の初のイタリアオペラですね。
Commented by レイネ at 2014-03-05 19:58 x
Mevさま、コメントへのレスを誤って消してしまいました。以前の内容とはちがうかもしれないけど、もう一度書きますね。本当に最後に間に合って鑑賞することができてよかった。ひとつの歴史を見届けた気分です。オーディとDNOのすべてが投入されたスケールの大きなプロダクションですよね。歌手も皆さま素晴らしいし!
Commented by レイネ at 2014-03-05 20:06 x
トワイライトさま、ようこそいらっしゃいました。ワーグナーをメインのオペラ鑑賞ヨーロッパ遠征、素晴らしい充実ぶりだったようでご同慶。
アムスのリングは、多分コアなワグネリアンがご覧になったら笑えちゃうような大スペクタクルのエンタメですが、それを堂々とあそこまでの規模でやってしまうところが潔く、爽快です。第一チクルスの『神たそ』は、同じ日にわたしも鑑賞しましたが、アナセン最後のジークフリートでしたね。第二チクルス前半は舞台上でちょっとしたアクシデントがあったようです。
アムスには、またぜひいらしてくださいね。コンヘボにも次回はどうぞ!


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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