スカラ座シーズン開幕の『椿姫』

スカラ座のシーズン開幕演目は、毎年イタリアはもちろんヨーロッパの他の国でもTV中継・
放映される。
つまり、国家的(汎ヨーロッパ的)・文化的に非常に重要なイヴェントなのである。
だから通常は、開幕前から様々な話題で盛り上がるものである。しかしなぜか、今年は事前
にブログやFBなど、わたしの周りでは全く話題にならなかった。だから、当日新聞のTV欄を
見て、「お、今晩がそうなんだ。夕ご飯後に皆で観よう」と思った程度で、サイトなどにも
全くチェックを入れず、ほとんど白紙状態でTVの前に座った。
「椿姫」は、ヴェルディー・イヤーの最後を飾る、しかもスカラ座のシーズン開幕演目に
まことにふさわしい演目だなあ、とプロセッコを飲みつつ、うきうきしながら。

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TV放送では、最初の国歌演奏のあたりは見逃して、丁度序曲が始まるところから見始めた。
ダムラウのヴィオレッタが、一人姿見の前に立っている。
無声映画時代のハリウッド女優風の金髪に赤い椿の花を挿し、薄手の青いロングドレス姿で
パウダーをはたき、眉墨を塗る。いかにもレトロチックな小道具とけだるげな仕草と佇まい
である。


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しかし、そのヴィオレッタのドレスのクレープのようなドレープも、シフォンの袖も、実に
容赦なく中年太り体型を顕わにしてしまう素材とデザインなのに唖然としてしまった。
ミラノはモードの中心地、しかも椿姫のドレスがこんなのでいいのか?
ダムラウは「こんなにデブに見えるドレス着たくない!」と駄々をこねなかったのであろう
か?
ここらあたりから、もしかしてこの演出は通常の規格に収まらないものなのかも、と思えて
きた。
しかし、まだその段階では、「ダムラウは産後の肥立ちが良すぎて、ミラノの服飾パターン
技術をもってしても隠せないほど、ブクブクの体型になってしまったのかしら」と怪しんで
もいた。

序曲の緩の部分は、悲劇性を否が応でも強調した寂寞に震えるような美しい音楽である。
それに呼応するように、演出でも、盛時のヴィオレッタに忍び寄る凋落の予兆が最初から
暗示される。
音楽と演出に齟齬はないのだが、なんだか妙な肌触りというか、微妙な感覚を覚えるのだった。

一転して音楽が明るく変わり、緩から急へと転回する。三々五々登場するパーティーの客たち
は、70年代風の服装や髪形の人が多い。
すなわち、時代設定は多分70年代か80年代で、「偽レトロ」の冒頭での無声映画風ヴィオ
レッタとアンニーナは、一種の「コスプレ」をしていたのだとわかるのである。
「偽レトロ」と「コスプレ」は、この演出のキーワードである、と気づいたのは観終わって
後のことではあったのだが。

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アルフレードは、遊び慣れないボンボンであることを強調するため、イケてない髪形に鼠色の
スーツ、ノータイという格好である。とてもオーソドックスで問題ない。
と思いきや、パーティの最中、ヴィオレッタとアルフレードはほとんど眼差しを交わさない
のでまたもあれっという違和感。
ヴィオレッタは徹底的に「年増の浮かれ女」を自ら演出・演技していて、アルフレードに対
しては若造というより子供と見なしているようで、おちゃらけて接するので、またまたあれれ?
と疑問符が浮かぶ。
二人だけになっても、ヴィオレッタとアルフレードは視線も合わせず、もちろん「物理的な
触れ合い」など皆無である。
年増女のプライドと矜持で、若造アルフレードに接するヴィオレッタって、往年の女優気取り
なのだろうか?それで、引退した往年のハリウッド大スター(実はその娘によるボディーダブ
ル)と彼女を崇拝する若い男との悲恋を描いた『フェードラ』という映画を思い出したの
だった。
親子ほども年の違う若い男との恋愛が本物になることを恐れているのか、感情を隠して、
冗談めかした態度で徹底して接するヴィオレッタ。
赤い椿を渡して「愛想づかし」のそぶりというか、大女優気取りで、追っかけファンみたいな
アルフレードを退却させるのだった。
「不思議だわ」とアンニーナと二人だけになってから歌うヴィオレッタ。真剣な恋に落ちる
なんてあんたにはありえないよ、とでも言い合うかのように、二人の年増女のガールズトーク
になっている。
結局、第一幕では、ヴィオレッタとアルフレードは、手さえ握らず視線も交えず、互いへの
愛情の吐露という演技や場面は皆無なのであった。
ううううう~む、なんとも微妙な演出、腑に落ちないと思いつつ、しかし、そのなんとも
不思議な面白さに、わたしは引き込まれていったのだった。

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第二幕第一場の舞台は、ヴィオレッタとアルフレードが郊外に借りた愛の巣だ。
この舞台装置がまた、びみょ~なのだ。なんだか、中欧・東欧に見かけそうな田舎っぽい
インテリアで、ダサさを誇張するため家具や小道具が実物よりも1.5倍くらい大きく作られ
ている。手がかかっているといえば言えよう。
そして、人物の格好も田舎っぽいのだが、ヴィオレッタはパリの高級アパルトマンにいる
ときよりも随分と若々しい。かつらも派手なメークもしていないのに、かえって可愛らしく
みえる。
アルフレードは、キッチンのテーブルでパンをこねたり、バイ生地を伸ばしたりとまめまめ
しい主夫ぶりである。ベチャワは、そういう動作をしながら歌うのだ。ファンにしてみたら
どういう心持だろう。

パパ・ジェルモン登場。
いかにも冷たく、身勝手で傲岸なタイプとして描かれているのが新鮮と言えば新鮮である。
娘と息子の幸せを願うばかりに、ヴィオレッタには息子と手を切ってもらおうと迫る高飛車な
態度も悪者然として恥じることない。
最初は、そんな理不尽な別れ話など到底納得できません、と健気で強気な態度だったヴィオ
レッタもパパ・ジェルモンの高圧的態度に、ついには折れる。義理と人情には勝てないのだ。
お互い苦しみを分かち合おうというのではなく、抱擁もパパは嫌々ながらする、と言う感じだ。

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    アルフレードが帰ってくる。窓の外から中の様子をうかがう陰湿なパパの姿も見える。

ヴィオレッタが去った隙に、「プロヴァンスの海と陸」を歌いながら息子を諭そうとするパパ
と、イラついてパイ皮をこねたり野菜をぶった切ったりする(あぶないよ、指切るよ、と思っ
てるうちにやっぱり血が出た)アルフレードの態度に直情型な性格がよくわかる。うろたえて、
戸棚の中を探したり落着きのないアルフレードである。
ヴィオレッタが去ったと知り、茫然自失ののち、妙にマッチョぶると言うか虚勢をはる父と息子
なのであった。この父にしてこの息子あり、という印象を与えるための演技がこれでもかという
ほど強調されている。


第二場、フローラ邸宅でのパーティだ。
招待客は変な人たちばかりというのはお約束であるが、そこで繰り広げられる場面はエロでも
グロでもない。ブラックタイ姿で現れたアルフレードに人々の好奇の視線が集中する。皆から、
同情や慰めの言葉をかけてもらうアルフレードの居心地はよくない。まるで、彼という存在
そのものがパーティの一番の見どころみたいな具合である。実際、マタドールの歌の最中にも
ダンスやその他の人々による余興があるのではなく、人々の注目の的になっているのはアル
フレードなのである。
このあたりの演出は、焦点の定まりという点で傑出していると思う。すなわち、シンプルに
整理された舞台上の人々の演技で、彼らの全視線がアルフレードに向けられて、彼がその場の
中心人物であることが観客にも一目瞭然なのである。客席と舞台上の視線の対象が一致して
いるというのは、視線が分散しないから集中度が高いし舞台全体の密度も高まり、非常に
効果的だと思うのだ。

そこに現れたヴィオレッタは、ダムラウの顔立ちからも金髪のカーリーヘアのかつらや服装
からも、ベット・ミドラーを思わせる。ここでも、映画女優風に自らを演出しているヴィオ
レッタのちょっとコスプレがかったヴァーチャル好きな病的性格がうかがえるのだ。

どのみちパパには頭が上がらないアルフレードだから、罵倒したり札びらで頬をぶったりして
貶めたヴィオレッタにかえって慰められる有様である。情けない男の典型だ。カーリーヘアの
かつらをとってアルフレードの手を握るヴィオレッタ。しかし、この時も二人は視線を交わさ
ないのだ。嫌々ながら握手して別れるのだった。

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第三幕は、瀕死のヴィオレッタの殺風景なアパルトマンなのだが、このヴィオレッタはなか
なか死にそうにない感じである。落ちぶれて、治る見込みのない病気なのに、今までのどの
場面よりも美しく見えるほどだ。
往診に来る医者は棒立ちで、病人とは距離を置いたまま同情もなにも示さない冷た~い態度。
やっぱり今回の『椿姫』に登場する男たちは一様にヘンなのだ。
第三幕では、ダムラウの歌唱の冴えがより一層際立つ。ますます死にそうになく、迫力満点
である。
「過ぎし日よ、さようなら」も、辞世の歌ではなく、今まで生きた証よ輝けとばかり、満身の
力が込められている。病気とか衰えを感じさせないから、まるで、歌手の引退公演のような
具合である。
だから、しばし拍手は鳴りやまなかった。

外から聞えてくるカーニヴァルの音楽で起き上がるヴィオレッタはますます元気いっぱいだ。
そこへ、へんな花束と菓子箱を持ってアルフレードが登場する。いかにも気が進まない病人
見舞いに来たかのように、お仕着せっぽく、気が利かない、愛情の感じられないプレゼント
である。
再会の喜びを歌いつつ、やはり二人は近づかない。病気が移るのを恐れているのか、アル
フレード?
デュエットの最中も、別のことをしている二人である。
病人の肩を抱いたり、膝をなでたりとか、慰めの態度をとったら?と見ている方は思うだろう。
とにかく、気まずい雰囲気のままの二人なのであった。
写真箱から若いころの自分の写真を出して、死んだ私をこれ見て思い出して、とアルフレー
ドになんだかヴィオレッタ本人とは思えない人の写真を渡すのだが、なぜか後ずさりするアル
フレードなのだった。
アンニーナが気を利かせて、男たちを部屋から退却させる。

気分が晴れた、病気が治るかも、と明るいヴィオレッタは、まだまだ死にそうにない。しかし、
あっけなく一瞬で事切れたヴィオレッタの部屋の戸口に引けてる男たち三人を、完全に最後に
は追い出すアンニーナなのであった。そこで幕切れ。

当然、演出に対しては激しいブーイングの嵐であった。
音程が不安定で、決まることがなかった歌唱のベチャワもブーであるが、これには変人アル
フレードという今回の役割も減点対象に入っているだろう。厳しい評価であるが致し方あるまい。

ようやく見終わってから、演出はチェルニャーコフなのだと知った。知って納得、思わず膝を
打った。
私的には、この演出はかなり楽しめたのだった。

なぜかというと、ヴィオレッタの性格・態度に、コスプレで演出した自分と本当の自分自身
との見分けがつかなくなった女の哀しみがあふれ出ていて、同情を誘ったこともある。
かつらと化粧という虚飾を取り外して素のままの自分を捧げたアルフレードは、どうしよう
もない男であることが最後によくわかった。
虚勢を張って生きた女の一生に目を見はらされたのだった。

Direction
Conductor   Daniele Gatti
Staging e sets   Dmitri Tcherniakov
Costumes   Elena Zaytseva
Lights   Gleb Filschtinsky


CAST
Violetta Valery   Diana Damrau
Flora Bervoix   Giuseppina Piunti
Annina   Mara Zampieri
Alfredo Germont   Piotr Beczala
Giorgio Germont   Željko Lučić
Gastone   Antonio Corianò   
Barone Doupho   Roberto Accurso
Marchese d'Obigny   Andrea Porta
Dottor Grenvil   Andrea Mastroni
Giuseppe   Nicola Pamio
Domestico di Flora   Ernesto Petti
Commissionario   Ernesto Panariello
[PR]
by didoregina | 2013-12-13 17:42 | オペラ映像 | Comments(38)
Commented by Vermeer at 2013-12-14 12:38 x
ご無沙汰しております。

断片的にYouTubeで視聴しただけなのですが、おっしゃる通りカーリーヘアのダムラウはベット・ミドラーに激似ですね。そうやって観るとアンニーナはミドラーの母ちゃんに見えてきます。ミドラーの映画にもステージママとか、毒母とか出てきたような気がします(“Beaches”邦題;フォー・エヴァー・フレンズ)。

そのアンニーナに、かつて70~90年代初めまでマクベス夫人やトスカ、仮面舞踏会(パヴァロッティ、カプッチッり、アバド指揮スカラ座)など、プリマドンナとして鳴らした、マーラ・ザンピエーリが出演!にびっくり。ビブラートを抑えた鋭い唱法が“あいくち”みたいだったのを思い出します。
Commented by Vermeer at 2013-12-14 12:39 x
ヴィオレッタが恋を諦め、アルフレードに心の中で別れを告げる2幕「アルフレード、いつまでも愛しているわ。あなたも私と同じだけ愛して。さようなら」でやたら彼女が彼を叩くあたり、悲しみのあまり逆切れして八つ当たりするするミドラーの役所を彷彿とさせました。

旧い感性なのでしょうが、作品中最大のクライマックスだと思っている所で、感激させてくれないとがっかりです。音楽で感動させることが出来ないで奇を衒った小賢しい演出には懲り懲りという気持ちも抑えられません。

年末にNHK-BSで放映予定ですから、全編観たらまた違った感想を持つかもしれませんが。
Commented by hbrmrs at 2013-12-14 16:28 x
とにかく頭の中が「???」でいっぱいになってしまうチェルニャーコフの演出なんですよねー。彼を演出に起用するなんてスカラ座もついに禁断の果実に手を伸ばしてしまったかという感じ。

NHKの中継を見ようか見まいか迷っていたのですが、レイネさんの報告を読んで、やっぱり見てみよう、確かめてみようという気になりました。多分理解はできないと思いますけど(笑)。
Commented by M. F. at 2013-12-14 16:55 x
ネットでながら見した程度ですが、前半は笑いを堪えるのに必死でした.ダムラウは失礼ながら演技のみならず歌唱も結構大根さんだと思っておりスカラで大丈夫かなと心配しましたが、ケバケバしく何でも大仰に応えるオバサンに仕立ててしまう事で、見事にその歌が演出=演技の一部であるかのように聞こえる!(笑)チェルニャコフ余り好きな演出家でもありませんが、いつもながら歌手をよく見ているなあとその点には感心.

ただ第2幕前半や第3幕といったドラマの要になる部分でさしたるアイディアが感じられなかったですが、ドン・ジョヴァンニやブリュッセルでのトロヴァトーレ等での音楽ぶつ切りが頭にあったので、今回はそうでなかっただけでも御の字.第3幕の二重唱 Gran Dio morir si giovine... 等も含めほぼノーカットは貴重ですが(第2幕仮装舞踏会のヴィオレッタ登場シーンで歌が一部なかったのは出を間違えたアクシデントとの事)演奏自体は凡そ満足とは程遠かったです.只一人ルチッチだけ….
Commented by 名古屋のおやじ at 2013-12-14 20:09 x
海外にでかけなくても、インターネットやDVDで様々な舞台が見られるようになって嬉しい反面、レコードやラジオでオペラの楽しみを知った小生にとって、しんどい思いをすることも多くなりました。今回のスカラの3人は2月にNYで見たラスヴェガス版『リゴレット』と同じメンバーなので、関心がありました。「偏差値的」には、スカラの方が上のような気もしますが、自分にとって許容の範囲がどの程度かと悩む舞台でしたね。アンニーナは妙に貫禄があるなあと思ったらザンピエリだったのですね。気になる歌手だったので、ライブ盤など集めてた時期があるので懐かしいです。彼女はその実力が録音では分かりにくい歌手だったように思います。
Commented by 守屋 at 2013-12-14 21:32 x
こんにちは。ベチャラの歌唱は遥か昔に、ロットのロイヤルでの最後の舞台となった「薔薇の騎士」でのイタリアン・テノールで聞いただけなので僕は彼の今の実力を知りませんが、ずいぶんとご立腹の様子。ガーディアンのリンクを張りました。

 ダムラウは、来年春のロイヤル・オペラでヴィオレッタを歌う予定。こちらのポストを読んで、モシンスキィの演出で良かったと思っています。

 コノリィのインタヴューは、Economist Intelligent Lifeに掲載されて居たものですが、ネットでは公開されていません。バロック・オペラの悪女役・ズボン役で世界中で活躍していると大きく紹介されていました。
Commented by 守屋 at 2013-12-14 21:43 x
訂正。モシンスキィ=>Richard Eyre。
Commented by レイネ at 2013-12-15 04:56 x
Vermeerさま、お久しぶりです。いやあ、この椿姫って、繰り返し見ると一層面白いと思えて。そんな変人は、世界中に私だけなのかしら。
往年の女優っぽく自演・してる自分に酔ってるようなヴィオレッタの哀れさに同情を禁じえません。
マーラ・ザンピエーリと言う方は、寡聞にして知りませんでしたが、いい味出してましたね。この作品でのアンニーナの役割の重要性が今回はっきりわかりました。
チェルニャーコフは、従来の意味での「見せ場」とか「盛り上がり」をわざと避けている演出というか、クリシェ化した「椿姫」像を否定するところを出発点にしたに違いありません。それを、ヴィオレッタ自らが作り上げた「虚構」の自画像を観客に見せるという風に膨らませたのだと思えます。なかなか微妙ながら、その点では統一感があって面白かったというか、ハマるかハマらないかで評価は大きく分かれるのでしょう。
Commented by レイネ at 2013-12-15 05:03 x
hbrmrsさま、最初、白紙状態でTV中継を見たときは、よもやチェルニャーコフがスカラ座の『椿姫』、しかもヴェルディ・イヤーの、シーズン開幕演目の演出を任されるとは思いもよらず、なんだかびみょう~と思って観てました。チェルニャーコフにしては、イタリア人とくにスカラ座の観客が対象と言うことでかなり押さえた演出だったので、わたしは見破れなかったんです。観終わってから、彼演出と知って、微妙だと思ってたもやもやがハッキリしたんです。
エクスの『ドン・ジョ』よりは、ひねりがすくなくてよっぽど分かり易いです。ざひご覧になって、評価をを下してくださいね。
Commented by レイネ at 2013-12-15 05:14 x
M.F.さま、ちぇるさん演出だと最初から知っていたら、わたしもニヤニヤしながら見てたと思います。わたしにとっては、あとで種明かしと言うことになって、面白さはひときわでした。
まるで新派か商業演劇の女優っぽく誇張した演技のヴィオレッタ像というのは、逆説的ですが、演出家のシニカルなものの見方から創られたわけなので、その点が新鮮に思えたのでした。
ヴィオレッタが素顔になっている田舎屋や落ちぶれて死に際の場面では、男たちのどうしようもなさが強調されていて、こちらの幕でわたしは笑えることが多かったです。パパ・ジェルモンなんて本当に新派風で。
ダムラウの歌唱では、第三幕で、本当に死にそうもない迫力に感心しました。
やっぱり、見る人によって評価がまったく割れるというのは興味深いことです。
Commented by レイネ at 2013-12-15 05:24 x
名古屋のおやじさま、ネットでご覧になられたんですね。日本でもArte LiveWebで視聴できるんですか?NHK放映前にはご法度なのかと思ってました。
なるほど、主役3人がメトでの『リゴレット』と同じメンバーなんですね。それでいて、演出も対照的だから歌手の印象もまったく異なるんでしょうね。おやじさまの評価では、スカラ座の『椿姫』の方が全体的にメトの『リゴレット』よりも僅差でよかった、ということなんですね。
この『椿姫』気に入った、とおっしゃる方が他にも出てくるといいのですが、それもかなり微妙としか言えませんね。
Commented by レイネ at 2013-12-15 05:34 x
守屋さま、TV放送直後から、ネット上でベチャワの発言が大きく取り上げられて盛り上がってました。トンデモ演出の犠牲になった彼に同情・擁護する声も多かったようですが、演技はなかなかだけど彼の歌唱には問題ありだったから、判官びいきにの気分にはなれませんでした。しかも、初日の後で、もうイタリアでは歌わないとかイタリア人歌手に歌わせたらよかったんだ、とか言うのもどうかなと。てちょっと大人げないと思いました。結局降りずに続投するんでしょうから。
チェルニャーコフ演出とROHとかMETとかは、全く合わないから、来春のはもちっと安心してご覧いただけるでしょう。スカラ座もよくぞ彼に依頼したものだと思います。いずれにせよ、非常に世間の関心を集める結果になりましたね。
Commented by kametaro07 at 2013-12-15 16:56 x
エクスのドンジョはアル中、このヴィオレッタもアル中の要素がありませんか?
全編観たわけではないので、なんとも言えないところはあるのですが、Y-tubeや写真をチラ見した限りではソ連のトラヴィアータという印象です。
80年代のソ連はアル中が大きな社会問題で、外国人が泊まるホテルのレストランのウェイターでさえ、昼間から赤い顔して酒の匂いをプンプンさせて注文を取りに来たものです。
チェルニャーコフがロシア出身とわかって、少年時代に酒に逃げるしかなかった大勢の人たちを見て、一種のトラウマがあるのではないかと想像してしまいました。
オペラというとどうしても社会背景まで表現するのは難しく、ハーレクインロマンス的な薄さのお涙頂戴ものになってしまうこともありますが、これは現実的痛みを覚える演出のように思えて全編見たくなりました。
男性を俗人としてしまうことでヴィオレッタの孤独と意地とやるせなさがより深く浮き彫りになっているようですね。
チェルニャーコフは同じスカラで『皇帝の花嫁』も手がけますが、ロシアものなので反発は少ないかもしれませんね。
Commented by レイネ at 2013-12-16 04:58 x
kametaro07さま、このヴィオレッタは、エクスのドンジョほどのアル中症状は呈していません。第三幕では酒瓶が床に並んでたり薬漬けみたいな印象も多少ありますが、基本的にはしらふのヴィオレッタです。ただし、ある種の心の病気を持っていることは間違いありません。でもそれが今回の演出では、それらは正面には押し出さず非常に控えめというか微妙なセンに抑えられているんです。それでちぇるさん演出だとは最初思わなかったほどなのです。

まさしくハーレクインロマンス色を極力排した演出で、そこを出発点にして人物像を膨らめているのだと思います。出てくる男という男がどいつもこいつも変なのばっかりなので、ヴィオレッタの哀しみと孤独が逆に浮き彫りにされる仕組みですね。

ぜひご覧になったご感想をお聞きしたいと思っています。
Commented by Kinox at 2013-12-19 07:47 x
キャラ各種をドラマクィーンとかおままごとのように演じて、自分で酒と薬を乱用して「薄幸美人の死」まで演出するような究極の構ってちゃん女、対する男性陣がヘンな筈です。唯一共感できたのはヴィオレッタの描く筋がきを忠実に守る「彼女を理解して守ってきたのはあたしだけ!」のアンニーナかな。妙に距離感が近い無感情ジェルモン父もヘン、せめて抱きしめて、も本気じゃなく挨拶程度、あの二人の会話の素晴らしい音楽ドラマを台無しにした以降も贋物色が拭い去れない演出、これはヴェルディに対する犯罪とブーしたお客さんにわたしも同意です。べチャワの細かいトリルつきで高音を出す芸風もこの作品には合わないので良くないし、ルチーチは美声だけど歌唱演技力が乏しくてジェルモン父としては不合格、ガッティも間違ったことはやってないけどしつこ過ぎ、ということでわたし自身はダムラウ&ザンピエーリ以外は演出も含めて残念賞です。ダムラウの役づくりに合わせた歌唱表現と歌唱の美しさとのバランスが絶妙の名人技は凄い
Commented by レイネ at 2013-12-19 10:00 x
Kinoxさま、自分をあそこまで演出できる、病的なヴィオレッタに思わず共感してしまったんです。アンニーナは役者として上手いし美味い役ですね。
チェルニャーコフの「偽物色」にハマるかハマらないかで、好き嫌いが分かれるのかもしれません。理性よりは感覚的に、彼とはどうやら合うみたいなんです。申し訳ないことに、ヴェルディはどちらかというと苦手なので、演出で見てしまうというわたし。。。通俗的そのものなのに単なるメロドラマではない、という演出のひねりが気に入って。
ラジオで聴かれた方で、ベチャワが一番マシだったんじゃないか、というご感想もありましたが、わたしには???
ダムラウですよね、やっぱり、このプロダクションの白眉は。視覚的には厳しい役柄であんまり美しくなかったけど、歌唱・音楽的には掃き溜めに鶴でした。
それにしても、皆さまのご意見が百家争鳴となるという点でも、後を引く面白いプロダクションなのだとわたしは思います。
Commented by Kew Gardens at 2013-12-26 00:44 x
22日の公演を鑑賞しましたので、少しコメントさせてください。 まさにTcherniakovの”道を外した女”でしたが、Verdiはちょっと脇において楽しめました。 テーマがわかり易く、各所にひねりもあって面白かった。 歌手も慣れが出てきたのか、変な人達もそれなりにはまっていました。 ベチャワも、のびのびと浅薄なアルフレッドを好演、ブラボーまで飛んでいました。 Violettaに焦点がある演出なので、武骨で感情がほとんどない(演技だと思いますが)Germon pape=Lucicも適役ではなかったかしら? 私のご贔屓がよくやる細かいところまで演技したら、バランス崩れます。 ただ、2幕のデュエットがつまらないものだったのは残念ですが、この演出じゃ仕方なし。 白眉のDamrauでしたが、"E strano..."から"Sempre libera"までを自分に酔った、人をおちょくったような笑いを挟みながら歌う部分に、このViolettaの空虚な心を垣間見たようで、ぞくっときました。 彼女は演出が違うと別のViolettaになるのでしょう、そちらも聞いてみたいものです。 概ね楽しめましたが、歌手もオケも音楽的にハイレベルでしたので、この凝った演出が必要だったのかは、やはり疑問です。 
Commented by レイネ at 2013-12-27 05:32 x
Kew Gardensさま、ミラノで実演をごご鑑賞されたんですね!初日とは客層も違うし、客の側にも演奏家・歌手の側にも心の余裕が出てきたんでしょうし、回数を重ねたことで質も向上してきたんでしょう。舞台を楽しまれたようでご同慶!ヴェルディに重きを置いて鑑賞される方々には、この演出では辛いものがあるだろうと同情してしまいますね。ベチャワ、ブラヴォーもらえてよかったよかった。初日直後のぶち切れで「降りる降りる詐欺」とか言われてましたが、ご機嫌直して悪評ものともせずそのあとも舞台を務めてくれて。
本当に、ダムラウは名人芸に近い演技と歌唱だったと思います。あのヴィオレッタには、「マルシャリン症候群」とでも名付けたくなるものがあると思います。いつか若い男から捨てられる「年上の女」として自分を演出して、男の心が離れていくことを予期してわざとおちゃらけて演じて見せて、女の哀しみを自嘲するような態度なのに、実は自作の悲劇に酔っているような複雑な心境。それが見え隠れして、実に身につまされたのでした。
Commented by 等伯 at 2013-12-29 02:23 x
チケットを買えなかった妻が調べて、独仏共同テレビ局Arteで見ました。
私達は現在ドイツにいますが、たぶんレイネさんと同じ時刻だったと思います。
実況中継と思っていましたが、マンデラへの黙祷と幕間が短かったので時間をずらして編集をしたのでしょうか。

妻も私もこの演出と舞台美術に大変失望しました。
元オペラファンでアホらしくて見るのを止めてしまった私はDamrauは全く知りませんでしたが、素晴らしい歌手だと思いました。
序曲のときの舞台は誰だこの太腕歌手はと思いましたが。
テノール歌手はブーイングされましたが、なんでと思いました。
このテノール歌手はポーランド人ということですが、幕間に放映されたインタビューでは上手なドイツ語をしゃべっていました。

レイナさんの深読みコメントを読んで、もう一度放送を見たいと思いましたが、演出に失望して録画を消してしまったのが残念です。
Commented by レイネ at 2013-12-29 05:04 x
等伯さま、ようこそお越しを。ドイツにお住まいでしたら、ArteLiveWebのサイトからあと9日間、オンデマンドストリーミングでこの『椿姫』全編無料で視聴できるはずです。ぜひ、もう一度ご覧になってください。わたしは2度目もとっても楽しめました。
TV放送は確かに幕間が短かったですね。生中継に近かったと思いますが編集して少し時間をずらしていたのでしょう。

ヴィオレッタ役のダムラウには殊勲賞をあげたいですよね。テノールのベチャワは、初日の放送を見たわたしにはアレレという音程に聞こえたので、変人という設定の役柄も相まって多分歌手になって初めてのブーイングを受けたのでしょう。彼にとってもかなりショックな体験だったようですが、結局降りずにその後の公演も務めて、22日に実演をご覧になった方のコメントによるとブラヴォー貰っていたそうで、ご同慶。
もう一度ご覧になって、別のご感想がありましたら、またコメントくださいね。
Commented by 等伯 at 2013-12-30 02:56 x
レイネ様
Arteのサイトにありました。
ありがとうございます。
演出家、主役二人とのインタビューも別にあり、とりあえずこれらをもう一度聞きました。

ロシア人演出家:
19世紀のオペラであり当時の世相が反映されたものであるが、(私の演出では)これは当代風に、モダーンになる。
しかし感情をどう生きるか、愛をどう生きるか、あるいは傷つくことを恐れてこれらの感情を抑えるのか、の基本的問題は今も変わらない、このことを出演者にわかってもらうようtryした。
ダムラウはドイツ人らしく精密にアプローチする歌手で、二人で前に進むことができたことを誇りに思っている。

ダムラウ:
チェルニアコフは、ロシア語で洪水の如く情報を出し、それを私にはドイツ語、他の人にはイタリア語で同時通訳された。
私は12歳からヴィオレッタと関わっており、伝統的な演出でも歌っているが、彼は新しい見方を示した。
私はめったに使わない言葉であるが、彼には天才性があると思う。
彼との共同作業は楽しかったが、血と水も流した。

ベチャワ:
モダンな演出である。 私にはモダン過ぎかも。 しかし役は(演出家の言う通りに)演じなければならない。
Commented by レイネ at 2013-12-30 05:32 x
等伯さま、インタビュー抜粋訳、ありがとうございます。チェルニャーコフ、なかなかはっきりと種明かししてますね。「傷つくことを恐れてこれらの感情を抑えるのか、の基本問題」をまさに体現するヴィオレッタでした!ダムラウもしっかりとそのことを把握した演技と歌唱のアプローチあっぱれです。血と水(血と涙と汗?)を流した成果ですね。
それに対して、ベチャワのコメントのなんとおざなりなこと。もう少し気の利いたこと言えないのかしら。。。。
Commented by 等伯 at 2013-12-30 08:03 x
ダムラウはインタビューでヴィオレッタのどの歌が好きかと聞かれて、どれもだが特に三幕の感情のほとばしりだ、と言っていたので、三幕を聞きました。
レイネさんの解説の通りだと思いました。

ダムラウは、二人の息子の母になったことで(次男にはまだ授乳しているそうです)、前は未知であった感情を知り得た、声がよりwarmにまろやかになったと思う、純粋のコロラトゥーラからリリコの領域も歌えるようになったと思う、と言っています。
私は声楽を評価できませんが、三幕の彼女の表現力は素晴らしいと思いました。
テノールのベチャワがかすんで見えました。

ベチャワのインタビューは私がはしょってしまいましたが、今回の演出に必ずしも同意していないことを匂わせる発言です。
例えば今回の演出では三幕のアルフレードに愛がないと言っています。
このようなアルフレードを演じることは興味深いことではある、その際ヴェルディの音楽が大きなサポートになっていると。
自分の考えと演出家のそれとの折り合いを付けねばならないのでしょう。
それが初日は払拭できていなくてブーイングにつながったと言えば、ブーイングした連中を過大評価し過ぎでしょうか。
Commented by M. F. at 2013-12-30 18:35 x
「愛がない」のが困るなら「愛が過剰」も困る…のがモルチエがパリで冒険したマルターラー=カンブルラン版(カウフマン)で、ルルとの相似性を見せてくれた奇演出でした.まあ、ヴィオレッタがシェーファーだったし(笑)
ダムラウはブレイクする少し前の2002年にヴィーン国立歌劇場でF.ツェルハ(ルル3幕版をオーケストレーションした墺音楽界の重鎮)《シュタインフェルトの巨人》の「小さい女 Die kleine Frau」役(主役は高下駄履いたハンプソン)、ついでスカラ座改修記念でムーティが振った最後のシーズンオープニング《見出されたエウローパ》(サリエリ)で主演したのを録画で見ましたが、その頃からは大分レパートリーが変わったものです.ヴィオレッタは先にMETで歌っていましたね.
よい休日をお過ごしください!
Commented by レイネ at 2013-12-30 21:56 x
等伯さま、インタビューの補訳、ありがとうございます。Arteだとドイツ語吹き替えがかぶるのが不快で、インタビュー聞いてないんです。
ダムラウは、演出家のかなり難しい要求にも応えて新たなヴィオレッタ像を創造しようと意欲的なのに対して、ベチャワは自分の中で納得できなくて消化不足というかどこかで引いちゃってる感じなのかしら。両者の態度の違いが初日の出来に自ずと顕わになったとも思えますね。
Commented by レイネ at 2013-12-30 22:08 x
M.F.さま、「愛が過剰」だったパリの『椿姫』、どこかにアップされてるでしょうか?去年のモネの「椿姫」は、主要登場人物すべてが愛おしく思えて秀逸な人物描写だったと思います。
ダムラウは、様々な演出家の要求に応えて様々な役が演じられる(歌える)便利なタイプなんじゃないかしら。

ところで、モネの『アムレ』、Cultureboxのストリーミングながら見中なんですが、母親役はちぇるさん演出『イル・トロヴァトーレ』でアジズチェーナ役だったあの人なんですね!この収録日だけAキャストに混じってたとは。ジェニファー・ラーモアの母親像とは全然別人格になってる。。。。
『トロヴァ』つながりで、ミュンヘンのピイ演出には納得できなかったので、来月ケルンでピイ演出の『運命の力』見てみたくなりました。『アムレ』『カルメル会』と続いて丁度お誂え向きなんです。
Commented by M. F. at 2013-12-31 03:03 x
そうです、モネではトロヴァトーレと、あと春先のペレアスにも出ていましたがジェルトルードの方が遙かに「役を得た」感じで圧倒的ですよね.彼女ミンコとは仲のいい歌手の一人らしく(アズチェーナなんか歌ったのもそのよしみなのかも.仏語版のCDには出ていますが)、エクスで1999年から上演したポッペーアでオッターヴィアでした.故ミヒャエル・グリューバーの、いつしか時空の狭間に誘い込まれる感動的な舞台です.ラーモアはしばらく前まではまだレパートリーだったアンジェリーナ(チェネレントラ)で、5年ほど前にミンコとモネで共演していましたがご覧になりましたか?

ピはアムレット(tも読むようです)とカルメル会は良かったけれど、レイネさまもご不満のトロヴァトーレにアイーダはどん底の印象で、ケルンの運命の力も同じ空気が…冒頭40分だけ観て、用事があったので出てきちゃったんですが.来夏からはアヴィニョン演劇祭の監督で忙しくなると思いますが、またときどきオペラの世界に戻ってきてほしいものです.
Commented by M. F. at 2013-12-31 03:09 x
そういえばガルニエの椿姫はYouTubeでtraviata paris 2007で幾つか出てきますが、以前は全部あった気もするのですが….役者の歌う歌と全くのナンセンスの積み重ねだけで成り立つマルターラーの芝居(「内部空間の劇」H.T.レーマン『ポストドラマ演劇』)には『リナ・ベグリの旅』の衝撃で一気にハートを鷲掴みにされましたが、ここでは同じガルニエ宮でのルル3幕版世界初演上演への参照が随分見受けられ、バリトン的な声のカウフマンがピッタリ!ヴィオレッタにひたすら倒錯した自己愛様のシンパシーを投影するが故に破壊してしまうアルフレード像が、シェローがコミカルな面を捨ててひたすら粘着質で猜疑心の強い男に演出したシェーン博士にどこかオーヴァーラップしてくるわけです(もう身体が混じり合っているようなのに離婚なんてできるか?なんて台詞があった).マルターラー自身はヴィオレッタはピアフでアルフレードはテオ・サラポだ!なんて嘯いていたけれど(笑)
Commented by レイネ at 2013-12-31 18:31 x
M.F.さま、話題が『椿姫』からどんどんずれてしまってますが、ブリュネット=ガルッポーゾって、4月の『ペレアスとメリザンド』にも出演してたんですね、そういえば。その記事には彼女に関する記述がないから、あまり印象に残らなかったんだと思います。ポッペアのオッターヴィアまでうたってたとは。ラーモアの実演に接したのは、今回が初めてだったような気がします。(そう思ってて、実は以前にも生で聴いてたということがよくある。。。。)ラーモアの方が熟女の色気では勝っていると思うから、ストリーミングでは彼女のガートリュードが見れないのが残念です。コメント欄に書いてないで、ちゃんとブログ記事にしなくちゃ。。。。

ええ~、ケルンの『運命の力』演出、あんまりよくないんですか。。。見に行く気になってたのに。。。ピイは、ミンコさんと一緒の時だけ力だして張り切っちゃうとか?
Commented by レイネ at 2013-12-31 18:43 x
M.F.さま、お勧めのマルターラーの『椿姫』ヴィデオ断片見てみます。『ルル』3幕世界初演版って、シェロー演出のですよね。古臭いけどけっこう面白かった記憶が。映画『パンドラの箱』へのレファレンスもあるでしょう?
『ルル』のシェーン博士に変容したアルフレードって、ちょっと通常は見かけない像で、それは興味深いです。椿姫って、とっても料理のし甲斐がある素材のオペラだといつも思うんです。そういう意味で、初心者向けオペラとひとくくりにしたりバカにできませんよね。
Commented by M. F. at 2013-12-31 23:11 x
え〜、何せ一部しか観ていないので何とも言えませんが…ケルンはお近くですしもしご覧になったらご感想をお聞かせ下さい.アムレットも記事にされましたらぜひ拝読します!

パープストの映画は未チェックなので見てみたいです.勿論シェーン博士とアルフレードでは、ベルクらしいイロニーに対する情熱、また老いと若さといった大きな違いもある訳ですが.2002/03シーズンのリンデンオーパーでは新制作の椿姫とレパートリーのルルを前後してかけていたりと、この組合せは結構気になるものみたいですね.

それでは、レイネさまもよい年をお迎え下さい!
Commented by レイネ at 2014-01-01 09:56 x
M.F.さま、新年あけましておめでとうございます。今年も刺激的な作品や人物との出会いが沢山ありますよう。

ケルンの『運命の力』、行きたいような行くのがちょっと億劫になってきたような、微妙~な気持ちです。。。

『ルル』と『椿姫』の組み合わせは、昨年のモネもそうでしたね。それプラス『マノン』ですごく筋が一貫していたと思います。モネには、大概マチネしか行けないのですが、デ・カーリウは客席にいつも見かけるような気がします。そして、『アムレット』では、ちょっといいこともあったんです。(ドゥグーの出待ちはしませんでした。彼の全裸がよく見える座席だったし、モネで出待ちしてる人ってほとんどいませんよね)
Commented by 等伯 at 2014-01-04 08:43 x
2011年2月7日にArteで放映された、ディアナ・ダムラウ密着取材9カ月をYoutubeで見ました。
概略下記です。

(その一)

‐ 12歳のとき、他に誰もいない家のテレビで映画版La Traviata(監督Zeffirelli) を偶然見て涙を流して感動した。 それまでオペラを見たことがなかったが、私もこの世界で活躍したいと決心した。

‐ 両親はクラシックを聞かず、クラシック音楽の背景のない家庭であった。

‐ 地元ギュンツブルク(2012年の人口2万人)在住のルーマニア人の歌の先生Carmen Hanganuに歌を習った。 Hanganuはダムラウのクリスタル透明な声を聞いたとき、直ちに素質を認識した。

‐ 19歳でヴュルツブルク音大に入るとき、審査した教授達全員はダムラウの素質を認識し、特別の贈り物と感じた。 ただし音大で別の先生につくことが素質発展の障害となることを懸念し、ダムラウの入学と共に先生のHanganuも講師として雇った。 当時の教授はこれは普通でない措置であったと証言している。


Commented by 等伯 at 2014-01-04 08:43 x
(その2)

‐ 学生時代、失恋で歌を歌えないときがあった。

‐ 学生時代、全身麻酔で腹部の手術をしなければならなかったとき、気管挿管で声帯が傷つき、半年間歌を歌えず地獄の思いをした。

‐ 毎年出演するN.Y.のような大都会では学ぶことも多いが、私はLandei(田舎の卵=田舎育ち)でありそれは変わらない。 私は自然と静けさを必要とする。

‐ 演出家Barrie Koskyによれば、ダムラウは一人の歌手、一人の演技者を超えた存在、またワンダフルなお笑いのタレントも持っており、心も広いと。


2010年にフランス人バス・バリトンNicolas Testéと結婚し、2児の母として、家庭とオペラ歌手を両立させているスーパーウーマン、よく笑う、明るい、集中力ある、素直まっすぐで体育会系男前、皆から好かれる1971年生まれのドイツ人ソプラノ、今のところ順風満帆、ご同慶の至りです。


Commented by レイネ at 2014-01-05 09:21 x
等伯さま、ダムラウのドキュメンタリー番組の概略、お知らせくださりありがとうございます。
彼女がクラシック音楽とは縁のない家庭に育ったとは意外です。大概の音楽家は、両親が音楽家だったり音楽マニアだったりして、生まれたときからクラシック音楽に浸って育つものなのに。それとも歌手になるのだったらそうでなくても成功する例がけっこうあるのかしら。
お子さんが生まれてからは貫録が出てきましたが、のびのびと田舎で育った人らしい陽性な人柄が表情に溢れていますよね。特に、震災直後の日本公演にもキャンセルせずに(しかも赤ちゃんを連れて)来て歌ってくれたので、なかなか得難いほど肝が据わった人だなあと感心していました。これからも成長して末長く活躍してくれるように祈っています。
Commented by 等伯 at 2014-01-06 16:15 x
検索でヒットした、スカラ座椿姫新演出についてのメディアでの批評(独語英語)では、演出家とテノールについては賛否両論でしたが、ダムラウについてはすべて好意的でした。

また2011年11月のアウクスブルクの地方紙でのインタビューでは、次の様なエピソードが紹介されています。
「ミュンヘンでの公演の前にインタビューアポを取っていたが、ダムラウから、用事があるので場所を変え時間を少し遅らせたいとの電話があった。 喫茶店に着くと、CDと封筒を並べており、質問したい顔つきをすると、これは地元の音楽大使に推薦してくれた州議会議員に贈るためにさっき買った自分のCDだが、17.50Euroもした、高過ぎると言いながら、カードを書いて封筒に入れた。

喫茶店の店員がダムラウと気づき、彼女が頼んだカプチーノにハートマークをつけて持ってきた。 彼女は少し頬を染めた。

インタビューの終わりにもう一つ用事があるというのでチケット事務所に一緒に行ったが、その夜の自分の公演用のチケットを164Euroを自分で支払って買った。 これは姑用で、まだ前の席があった、やったと喜んだ。」

Commented by 等伯 at 2014-01-06 16:15 x

自分中心、利己的なドイツ人が多いですが、たまにこういう好感の持てる人もいます。
今回ダムラウに関心を持ちましたが、ダムラウを応援していきたいと思っています。
レイネさんのボルグを読んでいなければ、ダムラウは名前さえ頭に残らなかったでしょう。
ありがとうございました。
Commented by レイネ at 2014-01-07 08:19 x
等伯さま、この『椿姫』がきっかけでダムラウ・ファンになられたんですね。よかった、よかった。彼女は、今年ロンドンでもヴィオレッタ役を歌うそうです。次回は全く別の演出で、全く別のヴィオレッタを演じてくれることでしょう。楽しみです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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