『アグリッピーナ』@リセウは、エンタメ・バロックオペラ決定版!  バルセロナ遠征記 その4

c0188818_20281651.jpgConductor Harry Bicket
Stage direction David McVicar
Scenography and Costumes John Macfarlane
Lighting Paule Constable
Choreography Andrew George
Co-production Théâtre Royal de la Monnaie (Brussels) / Théâtre des Champs Elysees (Paris)
Jory Vinikour, clave
Symphony Orchestra of the Gran Teatre del Liceu

Agrippina Sarah Connolly
Nerone Malena Ernman
Poppea Danielle De Niese
Claudio Franz-Josef Selig
Ottone David Daniels
Pallante Henry Waddington
Narciso Dominique Visse
Lesbo Enric Martínez-Castignani

2013年11月18日@Liceu

リセウ歌劇場の今シーズン、ほとんど全演目がよそからの借り物か共同プロなのだという。
新作、新演出などのオリジナリティ追及派、冒険推進派からしたら、節操のない態度と思えるかも
しれないが、財政緊縮を余儀なくされている歌劇場にとって、こういう開き直った態度をとることも
一理ある。
なにより、すでにどこかの劇場で上演済みの安全パイ、しかも一流のキャストを持ってくるのだから、
集客もしやすいだろうし、成功は約束されたも同然である。

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今年の新シーズン開幕演目は、10年前にモネ劇場とシャンゼリゼ劇場の共同プロとしてブリュッセル
とパリで上演されて以来、バロックオペラ・ファン、ヘンデルオペラ愛好家にとって伝説と化している
マクヴィカー演出による『アグリッピーナ』だった。

マクヴィカーのヘンデル・オペラ演出では、グラインドボーンで上演された『ジュリオ・チェーザレ』も
伝説化しているが、そちらは全幕映像化されているし、昨年METでも再演されたし、安定した人気を
誇っている。
マクヴィカー版『ジュリオ・チェーザレ』は、ミュージカルと見まごうばかりダンスシーンの多い、しかし、
無理な読み替えがないシンプルな舞台のため、純粋にヘンデルの美しい音楽が楽しめる優れた
エンタメになっていて、その点は『アグリッピーナ』も同様である。だから、この2プロダクションは、
まるで2部作として見ることができるほど、似ているのである。

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モネでの初演でネローネだったマレーナ様と、ENOでの英語版でタイトルロールだった
     サラ様が共演!まさに私のために夢を実現してくれたとしか思えない、いいとこどりキャスト!


マレーナ様とサラ様は、わたしが一番好きなメゾ・ソプラノの両雄(!)であり、追っかけの対象で
あるから、単独では何度か生に接している。しかし、その二人そがろって同じ舞台に立つことは
今までなかった。
今回の『アグリッピーナ』は、だから、それだけでも世紀のプロダクションなのだ。
その二人の親子役は、どうだったであろうか。
舞台上の二人は、全く齟齬を感じさせず、奸智に長けた母親と彼女に対して屈折した感情を持つ
息子という役柄を、本当に説得力を持って演じていた。
しかし実際は、もしかしたらライバル歌手同士の火花も散っていたのではなかろうか、とわたしは
推測するのである。特に、マレーナ様ネローネに対する拍手喝采は凄まじく、人気の軍配は彼女の
方に挙がったのではないかと思われるから、主役を張ったサラ様の心理やいかに、と心配になるの
であった。逆にいえば、主役でないマレーナ様の方がずっと精神的には楽だし、はまり役でもある
ネローネを思いっきりのびのびと演じられ、余裕で溢れ出るエネルギーを歌唱にも回すことができた
のだと思う。


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              カーテンコールで、サラ様とマレーナ様が手を取り合って。


リセウ歌劇場の専属オケの演奏はしょぼくてイマイチかも、という声も事前に聞いていた。
しかし、ビケット指揮によるオケは非常にバランスよくまとまった演奏を披露してくれた。
どのセクションも、ちょっとこれは、と思うような点が見当たらず、通奏低音がよく響いてリードしている
から、モダンオケなのに古楽らしさが香っていたし、なにより音楽としての全体をまとめるためにあえて
歌手の伴奏に徹する、という態度を前面に出しているのがよかったのである。
ビシバシと歯切れよく、小気味いいドライブ感とか、エッジが立ってかっこいいという演奏とは全く
言えないが、主張と言うものが感じられずまったりして生気に乏しくてなんだかつまらない、という英国の
古楽オケと指揮者によくありがちな演奏とも別物であった。
これは、指揮者のバランス感覚が優れているためだと思う。そして、リセウ歌劇場の音響が、意外にも
バロックオペラに適しているのだった。ドライではなく、響きすぎもせず、稀に見るほど気持ちいい音響
環境なのだ。

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                  舞台上の字幕は、な、なんとカタロニア語のみ!

前日のグルベ様リサイタルですでに驚いたのだが、リセウ歌劇場の舞台上字幕は、バルセロナの
公用語であるカタロニア語のみである。
スペインからの独立気運の盛んなこの地方は、スペイン全体の経済(工業)を背負って立つという
自負があるが、火の車であるスペイン経済の重みが肩にずっしりとのしかかっているという苛立ちも
隠せない。
そのことは、町に一歩足を踏み入れると建物からずらりと下がるカタロニアの旗で一目瞭然だし、
学校教育の場でもスペイン語を用いずにカタロニア語だけなのだ。
だから、町中では、スペイン語とカタロニア語の二か国語表示や放送になっている場合もあるが、
カタロニア語がなんといっても主流である。なんとも凄い郷土愛と誇り。
ただし、平土間の座席に付いている字幕は、数国語から選べるようだった。(舞台と手元の字幕を
同時に見ることは不可能なので、利用しなかったが)

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                      幕間に舞台とオケピットを背景に。


オペラ演出に話を戻そう。
マクヴィカーは、当然ながら設定を現代に移しているが、舞台となっている国などが特定・
推察ができるわけではない。どこか小国の元首のお家騒動でもいいし、オーナー一家が株主や
取締役を占める企業のお話としても観ることができる。
ワンマン社長もしくは元首であるクラウディオ、経営や権力の座世襲に口をはさむ辣腕の妻と、
色情狂のバカ息子、それにもう一組ポッペアとオットーネが絡むコメディーである。
権力闘争が軸にはなっているが、暗殺が絡んだりする暗いお話ではない。そういえば、バロック
オペラには珍しく、この作品中に死人は出ないのだ。
だから、一人突出して怨みを持った人物が登場する、ということがないため、全体のトーンが明るく、
楽しいのだ。エンタメとして料理しやすい理由であろう。


女同士、悪巧み知恵比べのアグリッピーナとポッペア

マクヴィカーの演出で感心したのは、舞台上の焦点の定まりである。
上掲の動画をよくご覧いただきたい。歌のないレチタティーヴォの場面なのに、いい意味での
緊張感が途切れなく続き、神経が万遍なく舞台上に行き届いていることがお分かりいただける
だろうか。
無駄に大勢の人物を舞台に乗せず、主要人物以外は最小限にして、話の筋と音楽に焦点を当てる。
その場面で焦点を当てるべき人物には、舞台上の他の人物の関心も集まっているから、焦点が
ぼけない。インパクトが強い。
映画映像の主役に焦点を当てるのと同様の仕方でオーソドックスな方法ながら、最近のオペラ演出
ではあまり見かけないパターンである。
こうすることによって、観客の視線も一か所に集中しそのまま耳も歌手の歌に集中するので、会場
全体に一体感が生まれるのである。どうして、こういう正攻法なアプローチが最近のオペラ演出では
避けられる傾向になっているのか合点がいかないほど、これは効果的なのだ。
あれもこれもと欲張って、なんでも詰め込んだ過剰演出が、観客にとっては有難迷惑なサーヴィスで
ある、と、はっきりわからせてくれた。
マクヴィカーによる『アグリッピーナ』は、観客にとって、音楽と舞台を同時に楽しめる気持ちのいい
演出である。
その代り、舞台上の歌手へのスポットの当たり具合が半端ではないから、一点集中に耐えられる
演技力と歌唱力の両方が必要であることは言うまでもない。

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結論。このマクヴィカー版『アグリッピーナ』は、究極のエンタメとして、近年まれにみるほど
優れたプロダクションになっていた。
シンプル・イズ・ベスト。シンプルなものほど素材で勝負しないといけないし、誤魔かしがきかない。
舞台造形もシンプルだから、このプロダクションは他の劇場へのレンタルに適している。しかし、
演技力と歌唱力の優れた素材である歌手が揃わないと、これほどまでの効果は生まれなかったに
違いないのだ。
空前絶後の今回のプロダクションを見逃した人たちのために、全編が正式に映像化されることを
切に望む。
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by didoregina | 2013-12-07 15:41 | オペラ実演 | Comments(2)
Commented by fumieve at 2013-12-08 00:49
わあ、そう言われるとほんとにぜひとも観てみたい(聴いてみたい)気が・・・リセウ、すてきな劇場ですね。次回のバルセロナはぜひともオペラもプランに入れなくては・・・。

字幕、カタルーニャ語だけ・・・さすがですね。ずっとイタリア語だけだったフェニーチェも、昨年からようやく2カ国語になってます。あ、でも先日はイタリア語と仏語でした。イタリア語と原語ということですね。そういえば、ゴルドーニとかヴェネツィア弁のものはもちろんそのままです。
Commented by レイネ at 2013-12-08 04:07 x
fumieveさま、多分、貴女がバルセロナに行かれた頃はまだオペラ・シーン開幕前で、歌手のリサイタルがぼちぼちあったくらいだったのでは。ミラノのスカラ座も、今晩がシーズン開幕初日ですよね。リセウは近年改装されたばかりなので新しい内装が美しく、音響的にも大満足でした。各地のいいプロダクションを持ってきてるから、演目もけっこう充実してますし、次回はぜひ!

せめてスペイン語字幕はあるかと思いきや。。。徹底してますね。誇り高さが半端じゃない。フェニーチェでも、ヴァネツィア弁のオペラ字幕はヴェネツィア弁なんですか!それも凄いわ。いつか行きたい、フェニーチェ座です。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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