クリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノ・リサイタル@宗次ホール

丁度里帰り中に、名古屋の宗次ホールでクリスのフォルテピアノを聴くことができた。
ブログ友のgさん、nさん、Vさんとご一緒した。

クリスティアン・ベザイデンホウト フォルテピアノ・リサイタル
2013年10月19日@宗次ホール 名古屋

モーツァルト:
ソナタ 第4番 変ホ長調 K.282
アダージョ ヘ長調 K.Anh.206a
キラキラ星変奏曲 (フランスの歌「ああ、お母さんに聞いて」による12の変奏曲 ハ長調 K.265)
ロンド イ短調 K.511
ソナタ 第11番 イ長調「トルコ行進曲つき」K.331

アンコール
ソナタ第16番 K.545 第二楽章アンダンテ

[当日の使用楽器]
フォルテピアノ  Anton WALTER(1800年頃)のモデル
[製作者]
PAUL McNULTY(チェコ) 2002年作  Unequal temperament,  A-430

まず、宗次ホールの300席ほどのこじんまりした雰囲気がいい。
ただし、普通の雑居ビルに入っているため場所が分かりにくいのが難。
近くにとったホテルのフロント嬢に電話で場所を訊いても埒が明かず、覚悟を決めて地下鉄駅から
歩きだした。出口の階段を昇ろうとしたその時、後ろから「レイネさん?」と声を掛けられた。
ランデブー相手のgalahadさんとそこでばったり会えたおかげで、コンサート会場に辿りつけた。

カレー屋さんのオーナーが始めたというこのホール、こういう風な、耳を澄まして聴くようなか細い
音量の楽器のリサイタルとか室内楽にはぴったりの、すがすがしくモダンで親密な空間である。
比較的マイナーな楽器でのコンサートなので、あまり大きなホールだと空席が目立って哀しいこと
になるが、このくらいの席数がぴったりだ。満員御礼ではなかったが、一階席はかなり埋まっていて
一安心。

私達の席は、前から2列目中央より左寄りで、鍵盤が見える位置だ。
フォルテピアノのコンサートの場合、席はいくら前の方でも前すぎるということはないのである。

フォルテピアノを普段あまり聴きつけていないと、モダンピアノとの格差に耳が慣れるまで違和感を
覚えるものである。それは、フォルテピアノ・コンサートの最初の曲を聴いたときいつも感じるのだが、
今回も何とも言えない耳へのおさまりの悪さというか微妙なモヤモヤ感があって、しかしそれは割と
すぐに収まった。最初のソナタの第一楽章の途中までも続かなかったのが幸いである。
絶対音感は持っていないから、楽器のピッチの違いから感じる気持ち悪さというのとは違うと思うが、
モールアルトの音楽の音は結構こうあるべきという思惑が脳にあるのだろうか。脳内音楽と実際の音
とのズレが奇妙な感じでまとわりつくのが、わたしの場合通例である。

K282 は、4月のハッセルトでのクリスのリサイタルでも第一曲目であった。そして、あれっと思うほど
伸縮性のある音と、多彩な色を感じさせるほとんどロマン派的な解釈に驚いたのは今回も同様。
フォルテピアノらしからぬ伸びやかな音と軽やかで自然そのものの演奏とで、内田光子さんの弾く
モーツアルトに近いものを感じさせるほど。
クリスの演奏テクニックと解釈が2年間でかなり進化したと思ったのだが、その方向性もよくわかった。
むきにならずに、無理なく、そして恣意的にはならず堅実にモーツアルトの音楽に取り組んだ結果が
血肉になっているという趣で、わたしが理想と思う音楽にほとんど一致する。

アダージョでは、ロマン派っぽさがもっと前面に押し出されている。それなのに、突拍子もないようには
感じさせず、ごく自然で押しつけがましさが全くないのがクリスの持ち味といえる。
キラキラ星変奏曲も、クリスの個性がきらきらと溢れ出して楽しいことこの上ない。
モーツアルトの音楽に対する真摯さと誠実さとが膜となって表面を覆い、全体が確固とした形を成し、
その形は曲調の変化に応じて千変万化してはいるが、覆いがしっかりと保たれているので、感情の
中身が破れてこぼれ出すということはないのだ。
一言で言えば、エキセントリックとは程遠く、気持ちのいい安心感に浸れる演奏である。

休憩後は、わたしの好きなロンドK.511である。
この曲を数年前に再び練習していた時、丁度ラジオから流れてきた彼の演奏にはっとして耳を
澄ましたことがある。それは、自然ではあってもテンポにどことなくく恣意性が感じられたのだが、
耳に残って離れず、自分の解釈とは異なるのに真似したくなって困ったものである。
今回、生でその演奏を聴いて、またもびっくり。この曲こそ、モーツアルトのピアノ曲の中でもロマン
チックな激情を感じさせる代表格なのに、重苦しさや甘ったるさがなくて、その軽快な演奏は、まるで
ショパンのワルツを弾いているようなノリのよさである。
フォルテピアノで弾くモーツアルトがショパンの曲に近く感じさせるとは。またしてもクリスの進化には
端倪すべからざるものがある。

アンコール曲も含めて、ピアノのお稽古風プログラムであるのは、日本ツアー向けなのだろうか。
晦渋なところがなくてわかりやすいのがよろしい。いかにもピアノを習っていそうな小さな子たちも
目についた。

終演後、フォルテピアノ所有者、梅岡俊彦氏による楽器説明があって、観客も舞台に上がって真近に
見る機会を与える配慮が素晴らしい。楽器の構造を実際に見て、皆、ほお~っと感心することしきり。
その間、フォアイエではクリスのサイン会があったのに、観客のほとんどは舞台上の楽器に見入って
いたので、サインを求める人はほとんどいなくてガランとしている。ちょっとかわいそうであった。

ヨーロッパでのコンサートに着物で行くのに、今回は日本なのに洋服であることを弁解すると、「カジュ
アルですね」と言われた。「あなたはいつも黒のシャツだし、今回の曲目もカジュアルよね」と返すと、
「いや、ジャケット着用のこともありますよ」とのこと。
お約束のツーショット。
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by didoregina | 2013-10-27 10:25 | コンサート | Comments(6)
Commented by ロンドンの椿姫 at 2013-10-27 18:36 x
あの着物のファン女性に名古屋で会えてクリスもさぞや感激したでしょうね。 洋服だと新鮮な印象でこれも素敵です! 
Commented by レイネ at 2013-10-28 15:55 x
ロンドンの椿姫さま、クリスの実力と日本での人気を確認できてうれしかったコンサートでした。
昨日も着物でコンサートに行く予定でコーデも考えて用意していたんですが、嵐との予報だったので泣く泣く洋装で。結局雨は一時的なものだし、風も大したことなかったので、着物にすればよかった!1日後の今はすごい風で、外に出たくない。。。。
Commented by 名古屋のおやじ at 2013-10-28 16:26 x
先日はお目にかかって、お話ができ、とても楽しいときを過ごすことが出来ました。
ベザイデンホウトの演奏は、使用楽器がどうこうではなく、音楽として素晴らしいと思います。あの演奏会の数日後、アンジェラ・ヒユーイットがファツィオーリのピアノを弾く演奏会を聴いたのですが、ピアノが「進化」してゆく過程で得たもの、失ったものについて考えさせられました。
Commented by レイネ at 2013-10-28 16:50 x
名古屋のおやじさま、コンサート後の居酒屋でのオフ会、楽しかったです。でもおやじ様は予想外に寡黙な方で、ちょっとびっくりでした。
クリスがフォルテピアノで弾くモーツアルトは、誰にでも安心してお勧めできるという境地に達してますが、やはり楽器とホールとの相性も大事で、宗次ホールの音響も当日の楽器もよく鳴ってマッチしていたと思います。
ほとんど間をおかずにヒューイットがファツィオリで弾くバッハをお聴きになられたとは羨ましい。モダンピアノの最も進化した形のピアノがファツィオリですからね。生で聴くと特にその低音部の迫力に度肝を抜かれるファツィオリですが、彼女の弾くバッハはどんな風だったのか、とても興味あり。CDだと結構つまんない印象なんですが、ライブでは大分異なるでしょうから。
Commented by Vermeer at 2013-10-29 11:44 x
先日は楽しいひとときをありがとうございました。翌日の大雨で心配しましたが、ヤマザキ・マザック美術館を堪能された由、何よりでした。

会場で買い求めた、モーツァルト鍵盤音楽集第5・6巻の解説最後にこう書かれていました。

この録音を親愛なる我が父、Daniel Schalk Bezuidenhout(1941~2012)に捧げたいと思います。父と母は偉大な音楽、とりわけモーツァルトに対する情熱を時間をかけて僕に教えてくれました。そしてその情熱は、最も辛い日々においてもインスピレーションの源泉であり続けています。

パパ、あなたがいなくなってみんなひどく淋しがっているよ。 

クリスチャン、ロンドンにて。
Commented by レイネ at 2013-10-29 17:16 x
Vermeerさま、楽しいオフ会、ありがとうございました。翌日は、雨にもめげず、コメダコーヒー、川上邸、ヤマザキ・マザック美術館、コメ兵など、名古屋を満喫しました。地元民のgさんのご案内がなければ、一日でこんなに回るのは絶対無理だったと思います。古川美術館のブシコー派画家の時祷書が見られなかったのだけが心残り。

なるほど、クリスのお父さんは昨年お亡くなりになっていたのですね。インタビューで、ご両親がモーツアルトの膨大なレコード・コレクションを持っていて、子供の頃から浴びるように聴いていたのでモーツアルトは体に浸み込んでる、と言ってました。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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