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『さまよえるオランダ人』ライブ音楽演奏と映像映写

ヤニク・ネゼ=セガン指揮ロッテルダム・フィルハーモニック・オーケストラによるコンサート
形式のワーグナー『さまよえるオランダ人』を鑑賞した。

『さまよえるオランダ人』ライブ音楽演奏と映像映写_c0188818_16383346.jpg
Wagner - Der fliegende Holländer

Rotterdams Philharmonisch Orkest
o.l.v. Yannick Nézet-Séguin
Franz-Josef Selig Daland
Emma Vetter Senta
Frank van Aken Erik
Agnes Zwierko Mary
Torsten Hofmann Steuermann
Evgeny Nikitin Holländer
Koor van De Nederlandse Opera
Shaun Gladwell video art

2013年9月15日@De Doelen




毎年9月にロッテルダムで開催される「ゲルギエフ・ファスティヴァル」との共同制作であること、
ヤニクがヨーロッパで初めてワーグナーのオペラ全曲版を指揮すること(出身地であるモントリ
オールでは、8月11日に『ローエングリン』でワグナー・オペラ・デビューを果たした)、RPhOは
ロッテルダムに引き続き、パリとドルトムントでも『オランダ人』演奏するなどの理由もあり、
本拠地ロッテルダムのフランチャイズ・ホールのデ・ドゥルンでは、今シーズンかなり力を入れて
いた演目のようである。
アムステルダムからネーデルランド・オペラ合唱団を呼んで(現在、DNOでは『ジークフリート』
上演中なので合唱団は暇らしい)、ソリストには、オランダ人にエフゲニー・ニキーチン、エリックに
フランク・ファン・アーケン(自国オランダでワグナー・オペラを歌うのは初めて)と歌手キャストにも
力が入っている。
そして、コンサート形式であるが、舞台後方上部のコーラス席前に映画館並のサイズのスクリーン
が設置され、そこにヴィデオ・アートが映写されたのだった。

ヴィデオ・アートが映写されることを知った当初は、なんだか得したような気分というか、訳もなく
期待が高まった。

演奏の始まる前に、当のヴィデオ・アーティスト、ショーン・グラッドウェルが舞台に上がった。
そして、なんとも不可思議な「お詫び」とも「弁解」とも取れるような説明を始めた。

自分はサーファーであり、かつ尊敬するワーグナーの海を舞台にしたこのオペラは大好きな
作品なので、今回、ヴィデオ・アート作成の依頼を受けここに上映の機会を与えられたことは、
うれしく光栄であると同時に畏敬の念も抱いた。
上映されるヴィデオは、サーファーの目から見た海の心象風景で抽象的・象徴的なイメージを
重視した内容であり、劇の進行とは必ずしも一致しないので、スクリーンの下部にはオランダ語
字幕が映ると思うが、ヴィデオより実際の舞台上の歌手の方に注目してもらいたい。そちらで
歌われる内容と演奏とが、オペラのメインであるので。

というようなお言葉であった。
どういう意図を持って、ヴィデオ・アーティスト自身が、プレミエ上演前にこういう発言をするのか。
聴衆は狐につままれたような気分になったと思う。
そして、実際に演奏が始まると、もやもやした割り切れないような気分が落胆に変化した。

わたしの座ったバルコン正面の丁度目の高さ、舞台背景一面がスクリーンに覆われている。
字幕の位置は、オペラ舞台のようにかなり上にあるのではなく、丁度映画の字幕のようにスク
リーンの下のほうである。だから、字幕を見ようとすると、スクリーン上の映像はいやでも目に
入る。

実際の生演奏と映像とは、ギャップがありすぎた。

このヴィデオ・アートは、映画のようでもありアンビエント映像のようでもあり、中途半場なイメージ
に留まってはいたが、一応オペラ内容とパラレルになった配役とストーリーがあるようだった。
しかし、サーファーの目から見た海がほとんどの映像は、非常に抽象的で、ゆったりしすぎた展開が
まるでニュー・エイジ的というか妙な催眠効果があるのだった。
波の揺れや、海中に立ったり砂浜で遊ぶ人物たちの動きはゆったりと緩慢で、演奏される音楽とは
全くシンクロしていない。
それどころか、音楽は荒々しい海のイメージを掻き立てるのに映像はのんびりとして、海をぼう~と
眺めていたり、砂浜で追っかけっこや竹馬に乗ったり、髭をそったり、火を焚いたりで、ほとんど
意味不明である。
少数ながら、その心象風景の意味するところや象徴的メッセージをくみ取れた人もいたようだが。
壮大な19世紀的ロマン溢れるワーグナーのオペラに、かなり現代的かつスタイリッシュなのだが
妙にしんとして音のない世界のようなモノクロの映像イメージとは全くそぐわなかった。

ヴィデオ・アートというのは、現代アートの様々なジャンルの中でも、評価するのが難しい部類に
属すると思う。
ヴィデオ・アート黎明期であった80年代初頭に、ベルリンでヴィデオ・アート展覧会みたいなのを
体験したが、その件をオランダの大学の美術史の先生に話すと、頭を振って「ベルリンまで行って
そんなものを見たのか」と呆れられたことを思い出す。当時はまだまだマイナーなアートであり、
伝統的美術史の世界では正当な評価は得られていなかった。
日本での方が、ナム・ジュン・パイクとかのヴィデオ・アーティストがすでに70年代終わり頃には
名前も売れていたし、現代アートとしてある程度のファン層があったのではなかろうか。
現在ではどうかというと、う~ん、どうなんだろう、としか言えないようなニッチ存在なのではないか。
だから、その他の芸術部門とのコラボでなんとか飯を食ってくしかないのだろうか、とも勘ぐる。

今までにも、オーケストラのコンサートのバックにヴィデオが映写されたのを見たことは何回か
ある。それは、ベルリオーズの『幻想交響曲』やラフマニノフの『死の島』やムソルグスキーの
『展覧会の絵』、ラヴェルの『子供と魔法』などで、まあ、ヴィデオとのコラボにもさほど違和感を
覚えない類の音楽であった。
また、それらの場合、音楽の喚起するイメージを増幅する手段として映像が使うという目的が
はっきりしていて、ヴィデオ・アートとしての完成度は低いが、その分独自性・メッセージ性が少なく
あるいはかなり控えめであったので、音楽の邪魔にはならなかった。

昨今、オペラ演出の一部に映像を用いるのは、さほど珍しいことではない。
もしくは、現代新作オペラの場合、ミシェル・ファン・デル・アーの一連の作品のようにヴィデオ・
アートと一体化している例もある。先月鑑賞した『リリス』など好例で、しかもヴィデオ上の演技と
生演奏の音楽が上手く融合していて、あっと驚いた。

これらの場合、ヴィデオは、演出もしくは作品の一部であるから、生で演奏される音楽と乖離して
いないし、邪魔もしない。上手くシンクロしているのはもちろんのことである。

すでに作ってある映像と生演奏とをシンクロさせる場合、テクニカル上の問題が大きいだろう。
録音した音楽なら、細かく速度を計ったりして映像のタイミングを合わせることはできるが、生の
場合、しかもワーグナーのオペラ一作全部のタイミングが、映像にぴったり合うように演奏できる
わけがない。もし映像の方にオケの演奏を合わせたりしたら、それでは無声映画の伴奏みたいに
なってしまって本末転倒である。
かように、オーケストラ音楽、しかも具体的ストーリー進行のあるオペラと、映像映写とは、
かなり相性の悪い相手同士とは言える。

それでも、あえて、ロッテルダム・フィルは、ヴィデオ・アーティストに作品を依頼した。
ある意味、快挙というか文化的英断というか、無謀というべきか。
鑑賞直後はブーとしか思えなかったのだが、ヴィデオ・アートとオペラ演奏とのコラボというものに
関して考えさせるところが多々あることに気づいた。じわじわと効いてきたというのが、意外である。
だからこそ、今回挑戦したヴィデオ・アーティストには、事前にお断りする逃げの姿勢など取らずに、
堂々たる態度でコンセプトを説明してもらいたかった。よっぽど、自信がなかったのか。自らの作品を
卑下してるような態度が男らしくなく、それが非常に残念である。
by didoregina | 2013-09-19 10:40 | オペラ コンサート形式


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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