Lilith シーズン開幕前夜祭

ヘーレンでは、毎年シーズン開催前一週間にわたって、Cultura Novaと称したイヴェントが
劇場や広場や野外で行われる。ミニ・フェスティヴァルの趣で、コンサート、芝居、音楽劇、ダンス
など試験的かつ意欲的な出し物が多い。
今年見に行ったのは、Lilithという現代ものオペラというか(ほぼ)一人舞台の音楽劇である。

c0188818_16331222.jpgLilith
2013年8月31日@ Theater Heerlen

Muziektheater Transparant

Claron MacFadden (live)

Jeroen Willems (film)

Dimitar Bodurov (piano)

この作品とプロダクションは、昨年、アムステルダムのホランド・フェスティヴァルで初演された。













興味を惹かれたのは、まず、リリスという元祖悪女をテーマにした現代音楽劇であるということと、
企画および主演がソプラノのクラロン・マクファデンであるという点である。

リリスというのは、アダムと同時に神が土塊から創った女性で、アダムの最初の伴侶である。
しかし、男性であるアダムとの同権と文字通りの女性上位を主張するも叶わず、平等と自由を
求めて堕天使ルシファーとともに出奔。諸悪の根源を生み出した悪女とされる。
残されたアダムの肋骨から、神はイヴ(エヴァ)を作り出して伴侶にさせた。

そういう独立志向の強いイメージかつ悪女の原点ともいえるリリスであるから、つれなき美女を好んだ
ロセッティの絵に描かれたり、フェミニズムの旗頭に祭り上げられている。

そして、この作品を企画したのが、数年前のホランド・フェスティヴァルで世界初演されたザウダム
のオペラ『楽園追放のアダム』でイヴを歌い演じたクラロン・マクファデンである、というのが面白い。
そのオペラでのイヴは、自我に目覚め、意識の進んだ強い女性、というか悪女に近いイメージの
女性だった。
つまり、マクファデンは、リリスのイメージもある程度投影されていたザウダムのイヴにインスピレー
ションを得て、しかしそのイヴには飽き足らず、リリスを主人公としてまた一歩先に進んだ音楽劇を
プロデュースしたくなったのではないか、とわたしは想像するのである。

もう一つ、この音楽劇へのわたしの関心が高まったのは、ヴィデオを用いてライブとフィルムが同時
進行するという方式のこの音楽劇のスクリーン上で演じる俳優イェルン・ウィレムスが昨年末に急逝
したという事実と、亡くなってから知ることになったのだが、彼は世界でも一流の舞台俳優だったと
いうことによる。
一体どうやって、生の歌手とスクリーン上の俳優が同じ舞台で音楽劇を作り出すのか、という興味で
ワクワクして臨んだのはもちろんのことである。

c0188818_1711797.jpg


ヘーレン市民会館での『リリス』の舞台および客席は、舞台の奥に造られていて、観客も同じ平面
上(舞台)に座る。だから、歌手との物理的距離は非常に近い。
舞台設定はホテルのバー「パラディ」ということになっていて、別れたアダムとイヴがそこで再会して、
それぞれの視点から別れた理由やその後の生活などを怨念を込めて語る、という内容である。

マクファデンの歌は、ピアノ伴奏とコンピューターからアウトプットされる音楽、そしてスクリーンから
語りかけたり歌ったりするウィレムスに合わせる形になる。
それらは、独白であったり、相手を責めたりする丁々発止のスリリングな掛け合いなのだが、
絶妙なタイミングでぴったりと合い、ずれも齟齬もなく進むのであった。

こういう風に、ヴィデオと生の器楽演奏および歌とコンピュータ出力の音楽との融合した形態の
音楽劇というと、近年、ミシェル・ファン・デル・アーによるオペラ作品とプロダクションを思わせる。
彼の作品『アフター・ライフ』と『サンクン・ガーデン』は、ともに数年前と今年のホランド・フェスティ
ヴァルで初演された音楽劇で、それらにクラレン・マクファデンが出演しているのも偶然ではない
だろう。

今回のプロダクションの演出で、おお、なるほどそういう方法があったか、と思わず膝を打ったのは、
生身のリリスとスクリーン上のアダムがベッド・インする場面である。
ベッドの上に横たわるアダムを上から映しているが、スクリーンは垂直なので、アダムの横にリリスが
立つと、二人が同じベッドに横たわっているように見えるのだ。だから、二人で同じベッドに横たわる
場面は観客から見るとインタラクティブ性に全く問題ない。
しかし、問題は、リリスとアダムが上下に重なる場合である。アダムにのしかかられて、嫌がるリリス
というシーンだ。それがシーツをうまく使うことによって、見事に解決されているのだった。
リリスがシーツを自分の上に広げて垂直に垂らして、そこにアダムを映写すると、生身の人間と
スクリーン上の人物とのベッドシーンになるのだ。言われてみれば、コロンブスの卵的ではあるが、
オリジナリティがありかつ成功している。




クラロンさんの声は、基本的に正統的オペラのリリコなのだが、ポップス風にもっと軽く歌ったり、
ジャジーかつドスを効かせたり、千変万化。現代音楽だから、音が取りにくそうなメロディーが
多いが、ほぼ独り舞台でも実力を発揮していた。
観客を見据えるようにスクリーン上から語りかけるウィレムスの求心力が凄い。眼力も台詞の
言い回しもストレートに迫り、生に引けを取らないインパクトがあるが、オペラ歌手と伍して歌う
のに感服した。
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by didoregina | 2013-09-07 11:03 | オペラ実演 | Comments(2)
Commented by Mev at 2013-09-20 03:55 x
今頃すみません。
これ、うまいビデオ&生演奏のコラボだったでしょうねえ。主題も面白いし、ワザも効いてるようだし、満足度高かっただろうなあと思います。興味深いです。再演はあるのかなあ。見てみたいですね。
Commented by レイネ at 2013-09-20 05:17 x
Mevさま、これ見て、『サンクン・ガーデン』もきっと素晴らしいプロダクションだったんだろうな、と想像しました。小さな劇場向けで可動式なので、いつかどこかで再再演はあるだろうと思います。(5月にアントワープ他、ベルギーのフランダース・フェスで再演されました。)


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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